複雑・ファジー小説
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- 【短編集】藍色蓮の短編工房
- 日時: 2017/10/24 16:28
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
INDEX
1 テーマ「風」→【ミストラル】>>1
2 テーマ「曇り」→【曇天の町】>>2
3 テーマ「花火」→【Fireworks】>>3
4 テーマ×一行
「トリップ」×「夏の終わる季節になった」
→【Heat Haze】>>4
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
はじめましての方ははじめまして。
流沢藍蓮と申します。普段はダーク・ファンタジー板に生息しております。
最近、皆さんが短編集を書いているのに触発されて、私も書いてみることにいたしました。
「テーマ」か「一行」、あるいはその両方を決めて短編を書くというのがメインです。文章力が低いのは承知の上ですが、たまに更新していきます。
あまり明るい話にはならず、大抵がファンタジーになってしまうこの頃です。一応「テーマ」と「一行」を募集しておりますが、別に何も下さらなくても結構です。
ではでは。藍色蓮の短編工房、今宵は果たしてどのような物語が紡がれるのか?
よろしかったら、ご覧ください。
- 【ミストラル】 ( No.1 )
- 日時: 2017/10/23 22:27
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
8月頃に書いていたやつをリメイクしだした藍蓮です。
テーマはタイトルからわかるとおり、「風」ですねハイ。
私が今書いているどんな小説とも関係はないです。完全なるオリジナル。
ではどうぞ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
——今日も、風が吹く。
「シオン? 早く家に戻りなさい!」
「はぁい、母さん」
母の声に、僕、シオンは歩き出す。
——あの日も、風が吹いていた。
そうさ、ちょうど今日みたいに。
あの日も風が吹いていて。
僕らは変わらず遊んでいたんだ。
風を受けて回る風車を、あの子が面白いと言ったんだ。
だけど、あの子はもういない。
目の前にあるのはあの子の墓で。
どろどろのぐちゃぐちゃの。
人間だったとはとても思えぬ肉塊と化して死んだ、あの子の墓で。
そこには。あの日にあの子と死んだ「僕」も、一緒に眠っているんだ。
そしてまた、風が吹きすぎる。
この地方ではこの季節風のことを、「ミストラル」というらしい。
その響きが好きだ。あの子も、あの気ままな子も「ミストラル」と呼ばれていたんだ。
「シオン?」
「すぐ行くよ、母さん」
考え事なんてしている暇はなさそうだ。
僕は走って家へと向かった。
家は湿ったにおいがした。
悲しいにおいだなと、心のどこかで思った。
◆
「籠を編むんだよ」
母さんが芋の蔓を広げた。
僕は一応男だけれど、華奢で力仕事には向いていない。
でも、手先は器用だから。こうして母さんの手伝いをするんだ。
今日はただの手伝いじゃないけれど。
ビョォォォォォオオオオオオオオオオオ。
どこか悲しげな音を立てて風が吹いた。
その音を聞きながらも母さんは僕に言う。
「風泣きの音は悲しみの歌だよ。ほら、あの子が。『ミストラル』が、泣いている」
その言葉を聞いて、僕は唇を噛んだ。
ミストラル。そう呼ばれ、本名すら忘れられたあの子。
あの子を殺したのは僕なんだ。
話をしようか。
◆
あの日も強い風が吹いていた。
その中を僕とあの子は走って行ったんだ。
村の中の唯一の風車、そこまで一緒に追いかけっこした。
でもね、運動音痴な僕が「ミストラル」に勝てるわけがなかったのさ。
完敗した僕は悔しがって、大人たちには内緒で風車の中を探検しようとあの子に提案した。
あの子は面白がって、その提案を呑んだ。
そして僕らは知っていたから。鍵のかからない裏口を。そこから二人して悪戯っ子のように中に入った。えもいわれぬ背徳感があって、それがまた楽しかった。
あの子が先頭、僕は後ろ。僕らは風車の中にしつらえられた螺旋階段を、真っ暗な中で明かりもなしに登ったんだ。この暗さが怖かったけれどそれでも少し面白くって。冒険者になったつもりで、天辺まで登ってみたんだ。
天辺まで登ってみたら、明かり採りの窓から明かりがもれてうっすらと辺りを照らしている光景が目に入った。ガタンゴトンと風車の規則正しい音が、時計の時を刻む音に似ていた。目の前には大きな大きな風車内部の羽根が、回っていた。
それはどことなく幻想的で、美しくって。
僕は夢遊病者のように、ふらふらと一歩前に進み出た。
でも、たどり着いたそこは整備用スペースで、転落防止の柵なんてなかったんだよね。
僕は進み、あの子にぶつかり。
前にいたあの子はそのまま転落した。
回り続ける羽根の中に。
あっ、と思ったときはすでに遅かった。
僕は止まった。けれど、あの子は止まれなかった。
あの子は回り続ける羽根の中に落ちて。
あ、と小さく呟いて。
悲鳴すら上げずに。
その頭がすり潰されて、真っ赤なトマトジュースになって。
白いワンピースに、赤い花が咲いた。
その一部始終を、僕は淡々と見ていた。
怖くはなかった、血を見てもなんとも思わなかった。
ただ残ったのは、空虚。
そして、鈍く光る後悔。
あの子は死んでしまったのだと、心に焼きつけられた現実。
それだけだったんだ。
◆
こうして「ミストラル」はいなくなった。自由な風はいなくなった。
でも、不思議だよね。また巡ってきたあの子がいなくなった日に。
——風が吹く。
「ミストラル」と呼ばれた風が吹くんだ。
怨嗟の響きを乗せて、風は僕に恨み言をぶつける。
ねぇ、シオン。大好きだったのに。
どうして私を殺したんですか——?
僕はそれに応える言葉を持たないから。
だってそもそも。僕が「風車を上ろう」なんて言わなければよかった話なんだから。
僕は悲しみの風の中、作り終わったばかりの籠にたくさんの「シオン」の花を詰めて。
地面にそっと置いて。
送り出す。
去年は「ミストラル」は吹かなかったけれど。
これが僕の恒例行事。
「ミストラル」を、風のようだったあの子を、僕の過ちで死なせてしまったあの子を、あの子の魂を、怨嗟の思いを。
死者の世界に送り出すための恒例行事だ。
思いを込めて、地面に置いた籠。
刹那、突風が吹きすぎて。
シオンの花だけをさらって行った。
ビョォォォォォオオオオオオオオオオオ。
風が吹く。
ああ、「ミストラル」が泣いている。
この償いはきっと、永遠に続くのだろう。
——そして僕は毎年。彼女の嘆きを見るのだろう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
深夜テンションで書きましたが途中で眠くなって、最後をぱっとしない感じで終わらせてしまいました、藍蓮です。当時は2時半でした。流石に眠いわ。
前々からぼんやりとした構想はあった短編です。ちなみにヒロインの名前と季節風の名前を一緒にしたのは意図的です。主人公を花の名前にしたのも意図的です。
ある季節風から呼び起こされる、少年の罪の記憶——。
短いですが、楽しんでいただけたら幸いです。
淡々とした語り口なのは、主人公の性格です。
- 【曇天の町】 ( No.2 )
- 日時: 2017/10/23 22:40
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
8月に書いたもののリメイクです。
リア友からアイデアをもらって短編を書きだす藍蓮です。
今回のテーマは「曇り」です。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
——その町では、青空が見られたためしがない。
「今日はいい天気ね!」
一人の少女が、雲を眺めてそう言った。
「いい天気だね、洗濯物でも干そうかぁ」
その後ろから、彼女の兄らしき青年が現れて、しみじみと言った。
空は今、晴れていないけれど。これからもずっと晴れないけれど。
彼女らにとって、今日は「いい天気」なのだ。
「雨が降らないよ、雨が降らないよー!」
「こんなにいい天気は、何日ぶりのことだろうねぇ」
はしゃぎ回る少女を微笑みつつ眺めながらも、少女の兄は家の中に消えた。
「わーい、わーい、いい天気ー!」
くるくる回る少女の髪は、綺麗な金色。
そもそもこの曇天の町には黒髪の人なんて見たためしがない。
しばらくして、少女の兄が洗濯籠を抱えて家から出てきた。
「ほら、兄さんも手伝うから。お前もしっかり仕事しなさい」
「はーい!」
どこまでも元気な少女は、洗濯物を抱えてずっこけた。
その瞳から涙があふれ出す。
「うわぁぁああああん! うわぁぁぁあああああん!」
「はいはい、気をつけようねー」
呆れたように笑いながらも。青年は慣れた手つきで傷の手当てをする。
「はい、おしまい。でも、怪我したからってさぼっちゃ駄目だよ?」
「……お兄ちゃん、鬼なの?」
「当然のことを言っているんだよ!?」
笑顔で言って、彼は洗濯物を少女に手渡した。
少女は半ベソをかきながらも洗濯物を干していく。青年はその倍のスピードで、干していく。
相変わらずの曇天の空を、眺めながらも。
「……今日はいい日だねぇ」
この町の人にしかわからぬ違いを見つけながらも。彼は穏やかに微笑んだ。
曇った空は、変わらずだけど。
そもそも晴れた空を知らない彼らにとって、今の空は「いい天気」なのだ。
終わったよー、と。少女が腰に手を当ててふんぞり返る。青年はそんな少女の頭をはたいた。
「そんなことで偉そうにしてちゃ、将来絶対苦労するよ?」
はたかれた少女は涙目だった。怒ってプイとそっぽを向く。
そんな少女を青年がなだめようとした時だった、不意に、天から光が降り注いだのは。
彼らはそれの正体を知らない。だってここは「曇天の町」。みんな「それ」なんて見たことがなくいから。
突如、雲が晴れて天から差し込んだのは、日の光。
「あ…………」
青年は小さく声を上げた。
その身体が、どろどろに融けた。
「お兄ちゃんッ!?」
叫んだ少女の。
その身体が、どろどろに融けた。
だって仕方がなかったんだ、この町に住む人は。
生まれつき身体が太陽に適応しなくて。日の光を浴びただけで死んでしまうのだから。
だから300年前に高名な魔導士がやってきて、途切れることなき雲を町に送ったのだけれど。
その日、その魔導士はついに寿命で急逝してしまった。
魔法が解けた町には。
その町の人にとっての殺人光線たる、日光が降り注ぐ。
この町が「曇天の町」だったのは、決して最初からではなくて。
しかし曇天はもう、曇天でなくなって。
屋外にいる人も、屋内にいる人も。
突如降り注いだ殺人光線に、みんなやられて、一人残らず死んでしまった。
後日。そこを訪れた人たちは、町人どころか町があった跡さえ見つけられなかったという。
当然だ、太陽のない町で育った人々。太陽に耐えうる建物なんて、建てられるわけがなかったんだから。
かくして「曇天の町」は、なくなった。
地図上から、大地から。
やがては人の心から——。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
相変わらず、深夜に短編をお送りした藍蓮(当時)です。
最初は幸せな展開だったのに、藍蓮の作品はどうしてこうも悲劇になるのでしょうか。
リア友からアイデアをもらった時は、「一年中曇りの町の話にしよう」と思い立ったものですが、そこに太陽を混ぜようと思った時点でもうおしまい。後は悲劇まっしぐらでした。……ご愁傷様です。
……本当に短編ですが、ご精読、ありがとうございましたー。
- 【Fireworks】 ( No.3 )
- 日時: 2017/10/24 17:23
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
2017/8/29分をリメイクしました。
花火のようだった少女の、儚く美しい、ひと夏の物語です。
リア友がテーマくれました。ありがとうございました。
◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★
「私、花火が見たいの」
その日、私は言ったんだ。
夏の終わり。病気だった私は、まだ花火を見ていない。
だから、好きな人に言ったんだ。
「私を、連れてって」
★
私、天野 火花(あまの ひばな)。高校二年生だよぉ。生まれつき大きな病気を背負っていて、高校三年生までは生きられないらしいって。
でも、別にいいんだよ? 私は火花。この名前である時点で……長くはない命だったのかもしれないし。それに今、私はリアルに充実しているんだ! 病人がリア充だよ? あははははは、笑っていいよ?
私は高校二年生。で、来年には死んじゃうんだって。だから今年見る景色が、私の最後の記憶になるの。私には……来年なんてないんだし、ね。
というわけで、私は恋仲のみっくん(御橋 友也((みはし ともや))だからみっくん)に連絡を入れたんだ。
「花火が見たい」って。
夏は私の好きな季節なんだもの。どうせ死ぬなら最後、夏の風物詩を見届けてから死にたいなって、できれば海辺で花火を見たいなって、そう思ったの。素敵でしょう?
みっくんには申し訳ないけれど……。最期のわがまま、付き合ってよ、ねぇ?
★
しばらくしてからみっくんが私の病室までやってきた。
ちなみに近頃の両親は、私のやることに対して何も言わなくなった。私が彼とどこへ行ったって、みんな好きにさせてくれた。
だから今日彼が来たって、両親は何も言わなかったわ。
やってきたみっくんは、涼やかな青の浴衣を着ていた。
その手には赤い浴衣を持っていた。
私のだよね、絶対!
みっくんは優しく笑って言った。
「火花? 花火見るって言うから、持ってきたよ」
彼は優しく微笑んで、私に浴衣を手渡した。
「着替えられる? なんなら看護婦さん呼んでもいいけど」
「大丈夫。みっくん、外で待っててね」
私は浴衣を受け取って広げてみせた。
女の子らしい赤い花柄に白いかすみ草、黄色い福寿草。
福寿草の花言葉は「あなたに幸福を」だっけか。
見ていて嬉しくなってきた。
浴衣を着る。病気は大丈夫かって? これは慢性的だもん。浴衣を着るくらい、どうってことないでしょう?
でもね、病気は確実に私から力を奪っていったんだ。
帯を結び終わって。ここでは草履を履けないから、下はまだスリッパのままで。
よしっ、と歩き出そうとしたら。
くたっ、急に足が崩れてそのまま、立てなくなっちゃったんだよね。
ナースコールを押そうにも、私は今ベッドにいないし。
困った。うーん、困った。
だから、呼んでみることにしたんだよ?
あまり大きい声は出せないけどさぁ。
「……みっくーん……」
そうしたらさぁ、笑ってよねぇ。
小さい声で呼んだのに、みっくんったら血相抱えてドア開けて。
「火花!? おい、大丈夫かしっかりしろ!」
大騒ぎで私を抱きあげたの。
私、笑っちゃったぁ。
「……火花?」
「いやだなぁ、みっくん……。大げさだよぉ。立てなくなっちゃっただけだもーん」
病気の理由も原因も、全くわからないんだ。
でも私の身体は確実に、死へと向かいつつあって。
心配げな顔でみっくんは、私を背負い上げた。ついでに足に赤い草履を履かせてくれた。
「……無理は、するなよ?」
「しないしない。じゃあ、花火にはまだ時間あるし。夏祭りの屋台を回ろう?」
この時期。私の病院のある地区では花火大会が開催されるんだ。
でね、それと同時に屋台もできるの。
今日は花火大会最終日のはずだから、きっと賑わっていると思うの。
楽しみだなぁ。
「みっくん、ゴーゴーゴー!」
生憎と。私は無理する気でいるよ?
だって最後の夏なんだもの。
無理したって、楽しむんだから。
★
みっくんと一緒に屋台村に向かった。
みっくんは私に訊いた。
「火花は何食べたい?」
背負われたまんまの私は答えた。
「ふわっふわの綿あめー!」
あれを食べたのはいつ以来かなぁ。甘いあの味、ふわふわ食感。思い出すだけでうれしくなって。
でも私を背負いながらだと、みっくんはうまく会計できないんだよね。
だから私はみっくんのポッケからお財布を取り出して、勝手に会計を済ませてしまった。
「お、おい、火花?」
「みっくんは私を楽しませるために頑張るのです!」
みっくんの驚いた声に。私は無邪気に笑って返した。
片手に綿あめを持って、もう片方の手にみっくんの財布。
私はみっくんの財布を浴衣の袖にしまって、明るく笑った。
「ねぇねぇ! 金魚すくい、やりたいな!」
なんか立てなくなっちゃった私は、係の人に椅子を貸してもらって、金魚すくいをやってみた。
綺麗な赤い金魚がいた。浴衣を着た私みたいな。
だから私はその子を狙って、何度も網をくぐらせたんだけど。
結局網は破れちゃって、その子は捕まえられなかったんだよね。
思わず半泣きになった私の頭に、大きな手が乗った。
金魚すくい屋のおじさんが、私に透明なビニール袋を差し出していた。
そこを泳いでいたのは、先ほどの金魚。
「……いいの?」
思わず私が尋ねれば。
「おまけだよ、お嬢ちゃん」
白い歯を見せて、おじさんはニッと笑った。
★
ラムネも飲んだしかき氷も食べた。
レモン味のかき氷はつんとさわやかで、切なく痛む味がした。
みっくんの隣に座って。片手にかき氷の椀を持って。
見上げた空。
暗くなっていく空。夕暮の空に。
不意にアナウンスが響き渡る。
「みなさん、みなさーん! これより、花火大会を開催しまーす!」
そんな声がしたから。
「海まで行こうか?」
笑うみっくん。
私は二人分の器を持って、うん、とうなずいた。
「だから、連れてって」
★
海辺に座ってかき氷を食べながら、私とみっくんは打ち上げられる花火を今か今かと待ち構えていた。
ザザァッ、ザザァッ……と。寄せては返す波の音が。不思議と耳に快い。
その静寂を、引き裂いて。
打ちあがる花火よ。
ドォォオオオオオオン。
まずはじめに。空にくれないの花が咲いて。
ドォォォオオオオオン。太鼓みたいに響く、重く深い音。
花火は次から次へと打ちあがる。
ドォォォオオオオオン……ドォォォオオオオオン……ドォォォオオオオオン……。
和音のように重なった重低音。
それとともに打ちあがる花火は、時に赤、時に青、黄色に緑、極彩色に輝いた。
でもどんなに綺麗に輝いたって、花火はやがては見えなくなって。
完全に消えるその瞬間だけ、何よりも強く鮮やかに輝いて。
あぁ、私の命みたいだなと、そう思った。
「みっくん、綺麗だねぇ」
「これで、いいのか?」
「うん、いいよー。私、この花火が、見たかったの」
漆黒の空に浮かび上がる、幾重にも咲いた鮮やかな花たち。
夜空を彩る、夏の風物詩。
——これを、見たかったの。
蝉の声と潮騒の音。そして花火の重低音。
夜空を彩る幻想的な光景。
いずれ私は散るのだとしても、この光景だけは忘れたくない。
死の間際。私はきっと、何度でもこの光景を思い出す。
みっくんが優しく私の髪を撫でた。私はみっくんの腕の中に、その身をゆだねた。
この幸せな時間が、永遠に続けばいいのに。
★
永遠なんて、存在しなかった。
やがてついに花火は終わって、海岸は夜の静けさに包まれる。
ザザァッ……ザザァッ……。
寄せては返す波の音と、やたらうるさい蝉の声だけが今、世界にある音のすべてだ。
私もみっくんも。しばらくは何も言わなかったけれど。
不意にみっくんが、強く私を抱き寄せたんだ。
「……みっくん?」
……みっくんは、泣いていた。
「……お前のことが好きだよ、火花。だから、逝かないでくれ……!」
なんだ、そんなことか。きっとあの花火を見て、そんなに感傷的になったんだね。
私は笑って、みっくんを抱きしめた。
「私もみっくんのことが大好き。大丈夫、どこにも行かないよ」
「でも、病気が……」
「みっくんらしくなーい。ネガティブやめよ、私は元気!」
笑って、私はすっくと立ってみる。
立てた。足がちょっと震えたけれど大丈夫だよ。私、立てるもん!
「……火花」
「帰ろ、かーえろ! 今日は楽しかったよみっくん。だから、これあげる」
私は先ほどの赤い金魚を、みっくんの手に手渡した。
「……いいのか? あんなにこだわっていたのに」
「みっくんのためだからこだわったんだよ? 私は金魚より食べ物がいいのー」
「即物的というかなんというか……」
「ま、そういうことで!」
赤い金魚を。みっくんの手に押しつけるようにして。
「帰ろう!」
みっくんと手をつないで。星光る夜道を歩いて帰った。
★
そのあと。みっくんと少し話をして。
みっくんにあげた金魚の名前を決めて。
それで、私とみっくんは別れたの。
別れた途端、だるくなって。
押し寄せた眠気。
そうだよ私、無理してた。
あんなに歩くなんて、できなかったのに。
でも思い出がほしかったんだよ。
永遠に記憶に残る、私のひと夏の思い出が。
だから無理した。だから平気なふりして歩いたの。
ああ、息が苦しくなる。
——みっくん、みっくん。
————次に誰かと付き合うときは、長生きできる子を選ぶんだよ————?
★
それから一週間後に火花は死んだ。
安らかに、眠るようにして。
あの子が渡した赤い金魚。今なら意味がわかるんだ。
どうせ私は死ぬから、この子を私と思って、泣かないで。
どこまでも優しくて、どこまでも無邪気で。
どこまでも強がりで、どこまでも残酷で。
火花は僕の心に、消すことのできない暗い炎をつけた。
僕はこれから、彼女の死を抱えて生きることになるのだろう。
あの優しくて残酷な、ひと夏の思い出とともに。
金魚の名前はfireworksにしてと、あの子が言ったんだ。
その意味は、花火。
あの子は知っていたのだろうか。近いうちに自分が死ぬことを——。
ゴーン、ゴーン。重苦しい鐘が鳴る。
今日はあの子の葬式の日だ。
もう空に花火はなくて。ただ波の音だけが変わらないけれど。
僕は心の中で、君に問うた。
————僕は、あなたの。
————幸せになることが、できましたか————?
儚く散った鮮やかな火花は。もうこの世にはいない。
◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★
「花火」というテーマから浮かんだのは、花火のような少女の物語でした。
こんにちは、藍蓮です。今回はこちらをお送りします。
花火のように生き、花火のように死んだ少女と。彼女をめぐる一夜の夏の物語、いかがでしたか?
夏の終わりに、美しい夏の風物詩を。
ツンと鋭く痛む切なさを、感じていただけたら幸いです。
- 【Heat Haze】 ( No.4 )
- 日時: 2017/10/23 23:44
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
2017/8/30分をリメイク。
今回は、文芸部員で「一行」を決めて、そこから話を書いて行く企画として書いた、ある、夏の終わりの物語を掲載します。
今回は例外的に、「テーマ」と「一行」が決まっています。
「テーマ」は「トリップ」(世界間移動)、一行は「夏の終わる季節になった」です。
それではどうぞ。
(一部改稿)
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夏の終わる季節になった。
あと数日で、秋が来る。
道端には、ゆらりと揺れる陽炎が立ち上り、まだ冷めやらぬ暑さが肌を灼く。
残暑と言っても夏は夏。暑いのは変わらない。
残暑残る八月の午後。
することもなしにふらりと歩いていた僕はその時、何かに触れた。
うだるような暑さの中で揺らめく陽炎の、銀色の影を見た。
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ふと気が付いたら、そこは僕の知らない場所だった。
うだるような熱気は変わらないが、どこか涼しげな雰囲気がして。
ピーヒョロロと間抜けな笛の音。子供たちの楽しげな笑い声。
ああ、夏祭りだなと思った。
でも、僕の町ではもう、夏祭りは行われないんだ。
二十年前、僕の生まれる前に。大きな事故があって人が死んで。
それきり夏祭りは行われなくなった。
でも今、僕がいる場所は夏祭りの真っ最中だ。
だとしたら。今僕がいる場所は一体——?
と、声がした。
「坊。そんな所に突っ立ってどうした」
振り返れば。そこには白いハチマキをつけた、日に焼けたおじさんが立っていた。
「夏祭りは始まっているぞ。めいっぱい楽しめ」
おじさんはそう言って笑って、僕の頭を軽くぽんと叩いて、奥に見える屋台の方へ歩いて行った。
なんだかよくわからないけれど。
夏祭りのない町だ、一回くらいは味わってみたいから。
コンビニでお菓子やジュースを買うために持っていたお金を握りしめて、歩き出す。
楽しんでみるのも、悪くない。
屋台から漂う様々な匂いが、誘うように漂っていた。
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「かき氷はいらんかねー」
「焼きそばアッツアツだよ!」
「ふわふわの綿あめ、いかがですか?」
様々な物を食べ歩くうち、僕の財布は空っぽになった。
そうやって歩いていたらある女の子と行きあって、色々と話した。
けれど彼女の話す話題は、僕の知らない話ばかりで。
「世間知らずゥーッ」
思いっきり、すねられてしまった。
……知らないものは、仕方ないと思うのだけど。
{}
屋台を楽しむのもいいけれど、もう財布は空っぽだし。
帰ろうとして背を向けて。そのまま三十歩ほど歩いた時。
不意に爆音が、して。
僕は思わず振り向いた。
そして、見たのは。
——事故は、一瞬だった。
急に屋台の一つが爆発を起こして。
飛び散った破片が、燃え盛る炎が。
他の屋台に次々に飛び火して。
幸せだった夏のワンシーンが。
一瞬にして、阿鼻叫喚の地獄と化した。
既に場を離れた僕は無事だったけれど。
おそらくあの女の子も生きてはいまい。
暗くなっていく風景の中、血の色を宿して燃え盛る炎は。
美しくも残酷で、魅力的でも残虐で。
まるで過ぎ行く夏を送り出す、人を火種にした送り火のようにも見えた。
そしてその光景を目の当たりにして。
僕は気づく。
——これは、二十年前に起きた、あの事故なのだと。
何の因果か僕は偶然、あの事故の日に迷い込んで。その日に起きた惨状を今、その目に焼き付けている。
「……成程。こんな惨状になれば、もう二度と夏祭りは行われない」
小さく呟き、僕は納得した。
炎の中。魂消(たまげ)るような悲鳴が上がる。
こうして、この町から夏祭りはなくなった。
視界の端に、銀色に光る陽炎がゆらゆらと揺れているのが目に映った。ああ、僕をこの日に連れてきた、あの陽炎だ。
僕はそれに向かい、ふらふらと近づいて行く。
そして。
{}
ふと気づいたらそこは僕のよく知る場所だった。
うだるような熱気は変わらないが、あのどこか涼しげな雰囲気はもうない。
ピーヒョロロと間抜けな笛の音も。子供たちの笑い声も。
燃え上がる屋台と血と悲鳴。阿鼻叫喚の光景も。
何もない。
ああ、戻ったんだなと思った。
あの夏祭りの一日から。
二十年前の悲劇の日から。
残暑残る八月の午後。
時間は一切経っていない。
あれは幻だったのだろうか。僕が見た、あれは。
視界の端にゆらゆらと、銀色の陽炎が目に映る。
しかしそれはすぐに消え、夏の暑さのひと欠片となった。
あれは幻だったのだろうか。あの銀色の、陽炎の見せた。
今となっては確かめようもないけれど。
僕はあの瞬間、二十年前のあの日にトリップしたんだ。
空を見上げれば、灼けつくような日差し。
耳を澄まさずとも聞こえる、やかましい蝉時雨(せみしぐれ)。
僕は思い出を抱き、前へと一歩踏み出した。
——夏休みも、あと一日。
もうすぐ新学期が、始まる。
{} {} {} {} {} {} {} {} {} {} {}
「夏の終わり」×「トリップ」と言われて、過去の時代に巻き戻る少年の話が浮かびました、藍蓮です。
今回は、文芸部のみんなと暇つぶしに書いた作品を、大幅改稿してお送りします。
過去の時代に迷い込んだ少年。彼を導くは銀色の陽炎——。
夏の終わりの不思議な物語。楽しんでいただけたら、幸いです。
※「Heat Haze」とは陽炎のことです。
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