複雑・ファジー小説
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- 隘路を往く者
- 日時: 2017/11/22 19:00
- 名前: 壱之紡 (ID: vGUBlT6.)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12072
貴方の瞳に輝く曙は、希望の色か、決意の色か。
続く獣道を覆う漆黒は、絶望の色か、躊躇の色か。
嗚呼、目の前に広がるこの隘路、
歩み往く以外の選択肢がもし、あったなら。
____是非とも、教えてくれないか?
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初めまして、壱之紡と申します。
蘇る妖、生ける屍、その他魑魅魍魎がそこら中に蔓延っている御噺です。
※性的、流血、残酷描写を含みます。
- Re: 隘路を往く者 ( No.1 )
- 日時: 2017/10/18 18:48
- 名前: 壱之紡 (ID: vGUBlT6.)
「ねぇ、知ってる?」
……という台詞で始まる漫画は結構多い。漫画に限らず、小説とか、ゲームとか。そこから始まった物語で主人公は、勇敢に悪と戦ったり、可愛いヒロインと恋したり、めくるめく謎を追いかけたりするのだろう。日常的に使っている、こんな台詞から。
そして大抵の主人公はこの時、これから自分にどんな展開が待っているのか知らない。クラスや学校に広がる噂は知っていても。その先の壮大なストーリーまでは予測出来ない。
前の席で頬杖をつき、寝ている友人の、派手な金色をした後頭部を見つめ、考える。
こいつに今、オレがその台詞を吐いたら、こいつの人生が一変するかもしれない。例えば、異世界を救うとか、可愛いヒロイン……ヒーローかもしれないが、ともかくそいつと恋愛するとか。もしかしたら、秘密結社に入社してしまうかも。バタバタと騒がしい、昼下がりの教室。ここにいる俺達二人の関係も変わってしまうかもしれない。
しかし、オレはこいつの人生を変える気はさらさらない。そう思うのには理由がある。この男、オレが言うのも何だが結構不憫なキャラだ。将来確実に幸せになって貰わないと虚しいし、オレがもしこいつの人生を狂わせてしまったら、なんだかやりきれない。だから迂闊な事は……言わない方がいい。
ぼんやりとした頭でも、手は欲望に忠実に動いた。食べかけのチュッパチャップスを口に運ぶ。複雑な心境とは裏腹に、キツくてキラキラと明るい、単純なプリンの味が舌に絡む。それを味わっているうちに、何だかどうでもよくなってきてしまった。
手足が生えていて、やたらアメリカンな顔のあるチュッパチャップスが満面の笑みを浮かべている。オレの肩を叩く。どうでもいいさ、と……そんな感じ。
……まあ、何だっていいか。
たまに考え過ぎるのがオレの癖。慎重でいいじゃん、なんて目の前のこいつは言うけど、結果変な方向に思考を飛ばしてばかりだ。今だって、友達に一言声をかける位でこんなに悩んでいる。それじゃオレがコミュ障になっちまうじゃねーか。そろそろなんとかしないといけないな。
オレは頭をがしがし掻いて、前の席の友人の、金色の後頭部に手を伸ばした……
「なぁ、知ってる?」
後頭部に何かの感触がして、目が覚めた。目を擦り、髪を引っ張ってくる手をどけて後ろを振り返る。チュッパチャップス__おそらくプリン味__をくわえた黒髪の奴が、笑顔でピースサインを送っていた。
「何だよ代田」
「寝ぼけてんの? オレ田代。た・し・ろ」
田代はそのまま、飴を俺の髪にくっつけようとした。流石にそれは嫌なのでその手を押し返す。そしてやっぱりプリン味。この前に、故意ではなかっただろうがイチゴ味を制服につけられたばかりだ。プリンとイチゴだと俺がファンシーな感じになってしまう。
本当はあまり気に留めていないが、わざと仏頂面を作って田代と向き合う。田代のヘラヘラと緩んでいた口の端がひくついた。恐る恐る、といった感じで飴を再びくわえる。
「あの、怒ってらっしゃる?」
「……どうだか」
……随分前にこいつと下らない喧嘩をしたことがある。もちろん散々な殴り合いだ。その時俺が田代を徹底的にボコって以来、俺が怒っていると分かると、こいつは必ず下手に出る。
「だって、あんな死ぬ思いをもう一度するとか……無いわ」
「馬鹿だな、今は怒ってねぇよ」
苦笑、といった感じで肩を軽く小突くと、田代は打って変わった明るい笑顔を咲かせた。何だよ、と肩を小突き返してくる。本当にこいつは調子が良い。見ていて呆れるし、一周回って感心したりもする。よく、○○を吹き飛ばすような……という表現があるが、こいつが正にそうだ。今日のようなどんよりした曇天を吹き飛ばすように、くるくる忙しくて明るい。
「そう言えば、何? 知ってるって」
「……あっ、そうだったそうだった。噂だよ、噂」
ぱちん、と指を鳴らす田代。
噂話には興味があまり無い。無い、とは言い切れないかもしれないが、まあ、人並み位だ。女子の様な食い付きは無いし、隣のクラスの担任の長谷川みたいに冷たく突っぱねもしない。暇なら聞く、程度。同級生が妊娠したとか、そんな話題なら反応はする。
しかし田代の持ってきた噂となれば少し違う。田代はその方向で結構有名らしく、様々な情報が即日あいつの元に入ってくるらしい。まあ、あいつが自分で言っているだけだから信憑性は無いが。
「何かさ、オレらいっつも通る交差点あんじゃん? 二丁目の」
「ああ、ある」
二丁目の交差点。車の通りが嘘みたいに無く、開いてるんだか閉まってるんだか分からない店が多く、年中静かなあの場所がどうかしたのだろうか。
「……それがさ、出るらしいんだよなー」
「は? 何が?」
「……コレが」
そう言うと、田代は両手をだらりと下げ、にんまりと笑ってみせた。
「……は?」
- Re: 隘路を往く者 ( No.2 )
- 日時: 2017/11/02 19:19
- 名前: 壱之紡 (ID: vGUBlT6.)
思わず、眉がぴくりと動いた。始めから期待などしていなかったが、どうやらそれで正解だったようだ。俺がそんな事を、信じるとでも思ったのだろうか。元々幽霊や妖怪の類いには興味も無いし、居るとも思っていない。そんな反論の意思を込めて、田代を軽く睨みつける。田代は慌てた様子で机を叩いた。チュッパチャップスをくわえながらも、器用に舌を使って捲し立てる。
「違うって! 信憑性は抜きん出て抜群! しかも結構な重大案件!!」
「抜きん出て抜群ってのはおかしい」
「ごめん信憑性抜群」
目を細め、足を組む。ここまで言うなら本当かも知れない……とは思わない。そんな非現実的な事あるわけがない。噂は噂だし、見間違いの可能性だって大いにある。シビアだと言われたってどうしようもない。それが俺の性格だし、信じられないものは信じられない。冷たい視線を送ると、正面の田代が舌打ちし、スマホを取り出して何やら操作し始めた。
しばらく画面をいじった後、ずいっと俺の鼻先にスマホをつき出す。ラインの、しかも数日前の会話ログがそこに映っていた。相手のアカウント名は「☆しろ☆」。多分、隣のクラスの城前だろう。よく廊下で数人の女子を引き連れ、キャーキャー騒いでいる金髪のギャル。この学年で知らない者は居ないとされる、二年の雌猿、城前綾菜。と、前に田代が言っていた。雌猿と蔑みながらもラインを交換し、情報を絞りとる田代の努力は素直に認める。ちなみに田代のアカウント名は「☆たしろ☆」。ややこしい。
「なっ? すげえだろ、オレ……じゃなくって! 会話内容を見ろ!!」
「はいはい、内容な……ってうわ……無いわ」
ドン引きする位に散りばめられた顔文字、絵文字、スタンプ。なんでいちいち文末が小文字なんだよ。あとお前にとっての句読点はハートマークなのか? 小学生から国語やり直してこいマジで。
「……こいつ絶対田代に気があるよな」
「いや? 男子には常にその調子だぜ?」
「……害悪かよ……」
どうにかこうにか読み取ろうとし、ひたすら嫌悪感が止まらない画面と格闘する。
少しずつ読んでいくうちに、噂の全貌が掴めてきた。同時に、ぞわぞわと嫌な感じが背中を這い上ってくる。怖くはない。でも、決してただごとではない。そんな雰囲気を纏った、今まで聞いたことのない噂。がちゃがちゃと派手な画面に、例えようのない違和感を感じた。
田代が、頬杖をついてニヤニヤと笑いながらこっちを見ている。何だか無性に腹が立つ。
「怪我人まで居るんだぜ? ヤバくね?」
実際に実害があったという噂話は多くない。しかし、今回は明らかに怪我人が出ている。実際、話の中で名前のあった同じクラスの生徒は、一週間前から学校を休んでいた。複雑な心中のまま、空っぽのそいつの席をぼんやり見つめる。今日の教室がいつになく静かなのも、そう言えば、バカみたいに騒がしいあいつがいないせいなのか。なるほど、解せた。
……今回はいつもの噂話とは違い、絶対に「何か」がある。その「何か」が何なのかはよく分からない。しかし今、俺はその「何か」に強く惹かれていた。勿論、この噂を信じる気なんて全く無いけれども。
一言も口を開かずに、頭を捻る。
「お前はこの噂どう思うんだ、田代……」
……返答が無い。無視かよ、とぼやき田代を見やった。
「田代……田代?」
机に額を付け、小刻みに震えている田代が目に映った。真っ黄色の、随分小さくなったチュッパチャップスが床に落ちていた。その表情は当たり前だが見えない。
何があった。さっきまであんなにうざったく笑っていたのに。しかもこいつ、チュッパチャップスを床に落としてやがる。普段の田代からしたらしてはいけない、正に禁忌といったところだろう。田代はそんなタブーを、おふざけで簡単に犯す使い手……いや、しゃぶり手ではない。
若干自分の頬がひくついているのを感じながら、椅子から半立ちになって、田代の顔を無理矢理上げる。そして文字通りびびった。田代の顔面が、紙のように白い。今までのヘラヘラ顔はそこにはなく、眉間にしわが寄り、歯を思いっきり食い縛っている。田代は俺の事をすがるような目で見ると、何か呟いた。しかし口の動きだけで、何も聞こえない。もう一回、と必死に耳の神経を研ぎ澄ませた。
「つ……ば、き……」
椿、と俺を呼んだ。しかも今にも死ぬんじゃないかってくらいか細い声で。
「ど、どうした田代……!?」
まさか、この噂の呪いとか……怨念とか。俺らしくもない考えが頭をよぎる。しかし、田代は今にも死にそうだ。噂が俺達を呪い殺そうとしているのか……?
頭を必死に巡らせるが、俺らしくないオカルト的な考えしか浮かばない。頭がこんがらがる寸前、田代が俺の方に手を伸ばす。そして、あまりにも拍子抜けな言葉を口にした。
「め……っちゃ、腹いてぇ……」
「えっと……腹痛、田代かざはる君ね。かざはるってどう書くの?」
「風に……太陽の陽で風陽です」
さらさらと、鉛筆の先が紙の上を滑る。綺麗な字だ。名前を書き終え、細身の女性が立ち上がる。保健室のドンと陰で呼ばれる、三十路の養護教諭。名前は忘れた。誰だっけか。美人でもない、ブスでもない、いたって普通の女性。その普通さに逆に闇を感じるという酷い偏見から、ドンと呼ばれている。てかこの人本当に誰だっけ。クーラーの風がふわふわと髪を揺らし、肌を撫でる。どうでもいいか、どうでもいいな。
田代に肩を貸し、保健室まで来たは良いのだが、この養護教諭に捕まって保健室から出られない。田代とここまで来る時、色んな人から変な目で見られたのが今更恥ずかしい。まだ首筋が熱いままだ。しかし時々、熱い視線を送ってくる女子が居たのだがあれは何だったのだろう。田代は気付いただろうか。向こう側の白いカーテンの奥にあるであろう、ベッドの方を見る。田代を気にしたと勘違いしたのか、養護教諭が若干気持ち悪い、子供を諭すような声で告げる。
「大丈夫よ。安静にしていれば良くなるだろうし」
「はぁ」
気の抜けた返事をすると、肩を大袈裟に竦めてにっこり笑う。ああ気持ち悪い。俺はそろそろこの気まずい部屋から出ようとするが、会話を続けようとしたらしい養護教諭が、余計な事を聞いてきた。
「そう言えば、君見たことない顔ね。名前は?」
「……椿っす」
答えると、養護教諭はまた大袈裟に目を丸くして驚いた。そうなのねぇ、とまたあのねっとりした笑みを浮かべる。本当にやめてほしい、クーラーと相まって鳥肌が立つ。もはや確信犯だろお前。
やめろ、下の名前だけは聞くなと願いながら、椅子から腰を浮かせた。しかし祈りも虚しく、養護教諭はその口を開く。
「椿って、苗字よね? 下の名前は?」
聞こえない位の小さな舌打ち。俺は完全に椅子から立ち上がった。
「夜平っす。夜に平らで、よひら」
養護教諭が俺を見上げ、まぁ、と口を押さえた。そして、三度目の気持ち悪い笑顔。もう止めてくれ、と言うように俺は頭を下げ、さっさと保健室を出た。やはりあいつは保健室のドンだ。色んな意味で。
そして廊下に足を踏み入れた瞬間、まとわりつくような湿気と熱気、喧騒に襲われた。さっきの笑顔は悪い夢だ。早く忘れてしまうに限る。
「……暑っつ」
そう呟いて、俺は歩き出した。
- Re: 隘路を往く者 ( No.3 )
- 日時: 2017/11/14 18:58
- 名前: 壱之紡 (ID: vGUBlT6.)
- 参照: 関係無いですけど美術の実技で椿描きました
「……二丁目の交差点、だね」
『そう。あまりに言うことを聞かん子だったら、封印しても構わんよ。何せ、危険な子だからね』
「分かった」
『気を付けて、いってらっしゃい』
がちゃんと音をたて、電話が切れた。有り難うございました、と緑色の箱から音声が流れる。冷たい声を出す機械仕掛けの箱を、同じ位冷たい目で見下ろしてから少女は去った。硝子窓の向こう側には、じわりじわりと広がる濃紺に追いやられた橙色が、申し訳なさそうに去ろうとしている。つかつかと靴音が響く廊下も、人はまばら。しかし、少女の細い背を見つめてひそひそと語る女子生徒が二人、いた。
「……あの人、美人だよね。あたし見たことあるよ」
「えー、今時おかっぱ頭だよ? それは無くない?」
「でも確か、名前もカッコいいの」
「何々?」
少女の片方が興奮気味に、口を開く。
「ケイコウイン。螢に光と、病院の院で、螢光院____」
「田代……早退しやがって……」
俺は校門を後にしながら、ぼそっと呟いた。夏真っ盛り。大暑の日までもう少しだが、流石にこの時間となると日は沈む。今は太陽が必死に山の端にへばりついて粘っているが、あと五分もしないうちに沈んでしまうだろう。そこからはあっという間だ。今日は雲も出ていないし、冷えるだろうな、思いながら歩を進める。足元のアスファルトを何となく眺め、目の前を歩いている学生カップルは見ないことにした。俺には恋人はおろか、共に帰路につく友人すらまともにいない。そんな事実をつきつけられたようで、少し胸がむっとした。
暫く歩いていると、前を進む足音が消えていることに気が付いた。顔を上げると、あのカップルはもういない。カップルどころか人影自体が少なくなっていた。街灯がぽつぽつと点き始めている。どこか遠くで蝉が鳴く。ここら辺は商店街のそばの筈だが、店は軒並みシャッターを下ろしているし、唯一開いている所と言えば居酒屋や、風俗店まがいのスナックバーしかない。何もない、寂れた下町だ。その更に先、ここよりも人がほぼ通らない場所。それが二丁目の交差点だった。
別に、そこを通らなければならないという訳ではない。大きく大きく迂回すれば、そこを通らずに家に着く。しかし、二十分もロスしてしまうのは俺にとって非常に耐え難かった。それだと、近所のスーパーのタイムセールに間に合わなくなってしまう。
「はぁ……」
しかし、あんな噂も流れていたが為に、俺はだいぶ気分が下がっていた。
噂の内容は、ざっくり言うとこうだ。
二丁目の交差点を通る学生は、俺や田代の他にもいるっちゃいる。被害に合ったのは、その生徒だ。
ある日、その生徒が傷だらけで二丁目の交差点に倒れているのが見つかった。その体には、切り傷と思われる傷が大量に付いていた。しかし不思議と出血は無い。更におかしな点もあり、その生徒が目覚めた当初は、痛みを全く訴えていなかったという。しかし数時間後、突如として猛烈な痛みがその生徒を襲った。生徒はあまりの痛みに半狂乱になっていたという。
そして数日後、第二の被害者が現れた。そいつも俺達の通う高校の生徒だった。しかし、その日俺と田代もそこの交差点は利用したが、襲われてはいない。
その後監視カメラが置かれたり、警察による見張りも置かれたりしたが、監視カメラは壊され、見張りの警官は何故か毎回解雇されたりと、不可解な点がかなり多い。
(……今日は、俺かもしれない)
俺がそう思うのは、今日俺が『一人』だからだ。これまでの被害者は、二人とも一人で交差点を歩いている。だが、俺と田代は常に一緒だった。そういう言い方をすると何だかいかがわしいが、家が隣なのだから仕方ない。兎に角、この騒動が始まってからは、一人で帰ったことが無かった。もしかしたら今日は、俺の番かもしれない……
「……ねぇな」
苦笑いしながら呟く。でも、その笑いがひきつっている事位は自分で分かる。顔を軽くひっぱたき、息を吐きながら角を曲がる。あり得ない、あり得ないと呟きながら。もうすぐあの交差点だ。
遠目から見る交差点は、街灯のほんのりとした明かりに照らされていた。信号は勿論、無い。見慣れた光景だが、改めて見るとどこか儚げな雰囲気を纏っている。相変わらず、人っ子一人居なかった。止まりかける足を無理に動かし、ぎくしゃくとした足取りで近付く。寂しそうに立っている街灯が、おいでおいで、と言うように光っていた。それに誘われるように俺は歩く。
そして、立ち止まった。目の前には、ごくごく普通の、ありふれた交差点。取り囲む灰色のシャッターが、冷たく光を反射して輝いていた。まるで俺を睨んでいるかのように。ごくりと唾を飲み、深呼吸を一つし空を仰ぐ。藍色の空に白く光る、一番星を場違いに見付けた。優しい、淡い光。
「……よし」
地面が半ば剥き出しの横断歩道。白の部分だけ踏めよ、と笑う田代の声が自然と浮かぶ。俺はその、何回も何回も通ってきた場所に、足を踏み入れた……
その瞬間だった。
「えっ?」
しなやかな、という言葉が、真っ先に浮かんだ。いつの間にか、目の前に何かがいる。純白の獣が、冷たく深い紅の瞳で俺を見つめていた。思わず惹かれてしまうその目に、俺は状況を忘れ釘付けになった。
その獣は、犬ではない。猫でもない。二つを混ぜ合わせたような、見たことのない姿。己自身が輝きを放つような美しさ。俺はまずその獣に見惚れたが、次に襲ってきたのは何故か、大きな既視感だった。あまりに大きすぎて、懐かしさ、郷愁を覚えるような、不自然な感覚がする。
「…………」
冷えた赤色の目を此方に向け、ゆっくりと、その獣は歩む。俺は金縛りにあったように動けず、目を逸らせずにいた。程なくして、距離が限りなく近付く。
その時だ。
「……っ!」
背中が粟立つ。ようやく後ずさりすることが出来た。これはとんでもなくヤバいと、何かが俺に訴えかけていた。
獣の両の前足。白銀に光る刃が、突如として顕現したのだ。例えようのない殺意を刃から、その瞳からひしひしと感じる。まるで、あれはそう、鎌。……鎌?
出血の無い傷。痛みを感じない被害者。幼い頃の、もういない祖母の声がふっと甦った。
まさかあれは。
「……鎌鼬」
「そこを離れろ!!」
凛とした怒号が、静かな交差点に響きわたった。
- Re: 隘路を往く者 ( No.4 )
- 日時: 2017/12/23 15:23
- 名前: 壱之紡 (ID: vGUBlT6.)
気が付くと、俺は数歩後ろの地点まで後退していた。跳び退いた実感はまるで無い。思考停止したように、脳が働かない。実際に停止したのか。じわじわと白いモノが頭の中を侵食していく間、視線はずっと敵の方を向いていた。じわじわと、俺と獣の距離が詰まる。あぁ、丸腰の俺にはどうしようもない……やっぱり死ぬか。とうとう死ぬのか……
……しかし、その時何かが起こった。
いや、正確に言えば「舞い降りた」。頭がショートする寸前、はっきりと見えたのは、獣が俺に跳びかかってくる一瞬。黒い塊が目の前に落ちてくる光景。黒い塊はそのまま器用に空中でフィギュアスケートのように横回転し、軽やかに着地する。
「……!!?……」
目を疑った俺の耳に、がしゃん、という轟音が届いた。さっきまで鎌を振りかざしていた鼬は、見事なまでに吹っ飛びシャッターに磔にされている。口を開け唖然とする俺の前で、その黒い塊はゆっくりと立ち上がった。見慣れたセーラー服。真っ黒なおかっぱ頭には街灯の光で、輪っかが出来ている。振り返ったその人物は、鋭い光を秘めた目……つまり目力が強い、綺麗な少女だった。
「怪我はない」
「あっ……は、はい」
はっきりとした、しかし静かな声。返答も思わず敬語になってしまった。それにしてもかなりの美人だ。色白で華奢。目は大きいという程では無いが、透き通るように綺麗。「大和撫子」という言葉をそのまま体現したかのような容姿だ。……あ、待てよ。この女子絶対何処かで見たことある。確か二年生だ。同級生。何処だったっけか……
ぼんやりしないで、と少女は形の良い眉をひそめた。我に返りごめん、と呟く。駄目だ。思い出せないし、タメ語だとどうしても違和感がある。
「……! おい、後ろ!」
そうだった、ぼんやりしている場合じゃない。
磔から復活した鎌鼬が、またも刃を煌めかせて襲ってきた。速いし近い。そしてさっきより目がヤバい。ぎらぎらとした赤色が少女を睨み付けている。俺に向けられた殺意ではないと分かっているが、どうしても鳥肌が立ってしまう。しかし少女は迫り来る殺気にも、俺の声にも表情一つ変えず、迷わずに肘を後ろに突き出した。
「ガァッ」
短い呻き声を上げ、鼬は再び弧を描いて飛んだ。少女の肘鉄はかなり勢いがあったが、鼬の着地はいたってしなやかだ。鋭い爪が地面と擦れる音が響く。着地を見届けた少女は、いきなり右手をポケットに突っ込んだ。直ぐに何かを取り出して掲げる。紫色をした小さな宝石のような物だ。そしてそれを、少女は躊躇せず地面に叩きつけた。
「解!」
砕け散った宝石。少女の声と共に、地面に転がったその破片一つ一つが目映く輝き始めた。目を開けていられなくなる程に明るい。冷たい、灰色の交差点が神秘的な紫の光に包まれる。光の隙間で、鎌鼬は毛を逆立て、牙を剥き出しにしていた。対して俺は何が何だか分からず、光の中でさっきと同じように混乱していた。この光は何だ、少女は一体誰だ、そもそも鎌鼬は何なんだ……
沢山の問いが湧き、ぐるぐると回る頭。そしていつの間にか、光は消えていたようだ。俺は目を隠していた腕を少しずつ解き、少女の方を見る。微かに吹く風に吹かれ、少女が凛々しく立っていた。しかし、そこにいたのは少女だけではなかった。
更に、何かが現れていたのだ。
「何だこいつ……!!」
俺の身長より大きい、淡い藤色の光を放っているそれは、まさに威風堂々といった感じで少女の前に立ちはだかっていた。頭が混乱し過ぎて思わず、笑いが来てしまった。本当に何なんだこれは。何なんだ一体。
すっかり腰が抜けてしまった俺を振り返り、少女は呟いた。
「待っていて」
正面からじゃなくても、後ろからでも、はっきりそれと分かるシルエット。
おかしいを通り越してもはや滑稽なそれは____
____大きな、招き猫だった。
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