複雑・ファジー小説
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- 隠恋慕 —かくれんぼ—
- 日時: 2018/04/15 20:13
- 名前: 雛風 ◆iHzSirMTQE (ID: Kot0lCt/)
私たちは恋をする。誰かに惚れて、誰かを愛して、溺れていく。でも、この世界の人間は——自分自身の好意を知ることはできない。代わりに——
「なあ、俺はお前のこと愛せてるか?」
「ええ……私はあなたのこと、愛せてる……?」
「ああ、もちろんだ」
他人の好意は簡単にわかってしまう。知りたいと頭の中で軽く願えば、目の前に相手が自分を好きか嫌いか、文字として表れる。好きすぎて愛していたり、嫌いすぎて憎んでいたりすると、好きや嫌いといった文字がいくつも現れるとか。
皆、お互いに愛を確かめながら結婚に踏み切る。相手が自分を愛している限り。相手が、自分が相手を愛していると言う限り。
* * *
「好きって……どういうことなのかな」
重なる疑問
「私たちがお互いを好きだったら、キスもできる、よね……」
重ねる唇
「他の奴が、お前が俺のことを好きだって言ってるんだから……そういうこともして、いいんだよ……な?」
重なる体
——私は貴方のことが好きらしい——
自分が愛しているという保証は、他人の証言により成り立つ。
そんな世界の、脆く儚い恋物語。
* * *
〈 注意事項 〉
荒し、なりすまし等は止めてください。
※胸糞描写・軽い暴力描写や性的描写が入ってくるかと思います。苦手な方はブラウザバックをおすすめします。
- Re: 隠恋慕 —かくれんぼ— ( No.1 )
- 日時: 2018/04/29 00:50
- 名前: 雛風 ◆iHzSirMTQE (ID: RnkmdEze)
カーテン越しに太陽の光が部屋へと注がれ、電灯のついていない暗がりに明りを灯していく。時計の針が七時ちょうどをさした時、静かだった室内に目覚ましの大きな音が響き渡った。
「う……る……さい!」
ベッドで寝ていた少女は爆音に意識を引っ張り上げられ、もぞもぞと布団の中で動く。彼女は右手をマットレスにつけて体を起こした。乱れた銀髪が肩から落ち下へと垂れる。見た目は十七歳ほど、眠たいのか、少し閉じられた目からは水色の瞳が覗いている。
少女は目覚ましを止めようとベッドのヘッドボードへ思いっきり右手を振り下ろした。しかし、そこには目覚ましはなくて、彼女の手は硬いヘッドボードを勢いよく叩いた。
「っー! いっ、たぁあああ! ああ、あー……あー……うー?」
目覚ましの音が鳴り響き続ける中、それとは違う爆音が少女の喉の奥から溢れ出る。痛みで一気に意識が覚醒し、彼女は体を丸めて右手を押さえた。小刻みに手を震わせ、くぐもった声で小さく唸る。
目覚ましの音も止み、絶叫以降しばし静けさを取り戻していた部屋にメールの着信音が短く鳴った。少女は不思議そうにしてベッド脇に置いていたスマホを取る。画面に写っていたのは兄からのメッセージだった。
『朝からうるせーよ』
『あ、そういやお前、朝起きてもどうせ目覚まし止めて二度寝するだろうし、お前が寝た後にベッドから離れたところに置き直しといたぞ。ほめろ』
最初のメッセージに軽くイラつく。しかし続いて送られてきたものに目を通し、彼女は素早くスマホのロックを解除し『黙れ』と返信した。
「まあ……お陰で起きれたし……」
苦笑いしながらも呟き、スマホを机に置き朝食を食べにリビングに行く。階段を降りると二十代前半ほどの男が見えた。少し長めの金髪のオールバックで瞳は彼女と同じ水色、彼女の兄、島崎リクである。
さっきのこともあり、少女は少しムッとしながら空いた椅子へと足を進める。
「おそよー。朝から元気な遠吠えご苦労さん」
「うっさい……まあ、ありがと」
「…………」
礼を言われるとは思ってなかったのか、リクは少し目を見開いた。そしてどこか嬉しそうに面白そうにして、手で口許を隠してクスッと笑った。
「どーいたしまして」
「でも今度からはちゃんと言ってよね。お陰でベッド叩いて右手が死んだじゃんか」
「おー、ベッドが壊れなくて何より」
「殴るよ」
少女が刺々しく返すも、彼はどこか楽しそうにして朝食を食べ始めた。
しばらくして食べ終えると食器を片付けて自室に戻り高校の制服に着替える。彼女が支度を終えて玄関に行く頃にはリクはすでに玄関の扉を開けて出るところだった。
「今日は大学お昼まで?」
「ん? いや、十八時まである」
「そっか、じゃあ今日は私がご飯作っとくね」
「ああ……」
彼は扉を手で押さえつつ少女が靴を履き終わるのを待つ。少女は靴を履き爪先を地面に二度当ててリクが開け放っているドアを抜けた。
「じゃあ和泉、気を付けてな」
「ん、うん。お兄ちゃんもね」
「おう」
リクはドアから手を離し閉めると妹の名前を呼んで軽く彼女の頭を撫でた。和泉は撫でられて気持ち良さそうに目を細めるも、気恥ずかしくなって慌てて彼の手を掴んで離した。
リクを見送り、自分も学校へ行こうと体を向き直る。向き直った先に見慣れた少年が見え、彼も和泉の方を見ていた。彼は和泉と同い年くらいで黒髪に、同じく黒の目付きの悪い三白眼を持っている。
「あ……おはよ」
「……はよ」
和泉と彼は、いわゆる恋人である。ただ、それは普通の恋愛ではなくて、契約的な意味を含むものだった。
* * *
「なあ……俺と付き合ってくれないか」
中学一年生の夏、私は彼にそんなことを言われた。彼は目付きの悪い三白眼をこっちに向けている。なかば睨まれているようにも見えるけれど、その声は普段より少し柔らかい。
彼の言葉が脳を駆け回る。心臓が煩く動き出して思考が停止する。
「え……」
言葉を探すよりも先にその音が口から漏れてしまう。でも、それ以外に何か言葉は出てこなくて。
「言っておくが別に俺はお前のこと好きって訳じゃないからな」
「え……」
煩く鳴っていた心臓は彼の言葉でスッと落ち着きを取り戻した。さっきから同じ音しか発しない私の口は徐々に引きつっていった。
好きじゃないのに付き合うの? なんで?
疑問が頭の中で闊歩(かっぽ)する。いったい彼が何を考えてそんなことを言っているのか、全然分からない。
「いや、でもなんで……」
「体質のせいで女が煩いから」
だからか……。彼は、普通にモテる。私の知っている中でも、彼を好きな子はかなりいる。本人いわく、仏頂面なのに度々異性から声をかけられるのは、彼の体質のせいだとか。
彼は、少し変わった体質を持っていた。人は皆、自分が誰が好きで誰が嫌いかが分からない代わりに、他人が誰を好きで誰を嫌いか、知りたいと念じれば可視化させることができる。
でも彼は、自分の好意が分からない上に、他人も彼の好意を可視化させることができない。いくら『彼の好意を知りたい』と念じても、何も見えてこない。そんな人は今まで一人もいなくて、彼はかなり変わった体質だった。
他人とは違う特殊性に魅せられた女性や、はたまた遊び目的で彼を騙そうとする女性等々、色んな人たちが彼の周りを囲んでいる。
「いや、でもなんで私……」
「別に」
別に、だと……?
「お前、どうせ彼氏とか好きな奴いないだろ」
彼の無神経に言い放たれた言葉が心に突き刺さる。
「まあ……好きな人とかいないのは事実だから良いけど」
「…………」
「どうしたの?」
「いや……」
私が言った途端、彼は黙ってしまった。何か変なこと言っただろうか……。
「でも、好きな人とかできたときはすぐに辞めるからね」
「いつになるんだかな」
「うっさいな」
相変わらずの減らず口にムカつくも、そこまで彼を嫌いになれない自分がいた。幼稚園の頃からずっと一緒にいたから、慣れてしまったんだろうか。
「まあ、宜しくね。良介っ」
「……ああ、一つ、言っておきたいことがある。あんま馴れ馴れしくするなよ」
「え……?」
「ん……あくまで、彼女『役』ってだけだからな」
読め、と彼は紙を差し出してきた。その紙には、いくつかの事項が箇条書きで書かれていた。
一、お互いが恋人を演じる。二、必要なとき以外のデート、恋人らしい行動はしない。三、必要以上に干渉しない。四、デート等の資金は必ず割り勘。五、好きな人ができたら報告する。六、キス・行為はしない。などなど……。
「な、る……ほど……」
「言っとくが——お前はただ煩い女たちから避けるための道具だからな。ヘマは許さないからな」
前言撤回だ。やっぱり私は、彼が嫌いだ。
* * *
何て、ことがあったりもしたけど……最近では特にデートもなにもしなくなった。それどころか、あまり話していない気がする。
……私、寂しがってる……?
「…………」
「あ、待って……」
気づけば歩き出していた彼を慌てて追いかける。良介の顔は前へ向いていて、目だって私の方なんか向いてはくれない。
——胸の奥が、何だか痛い。
勝手についてきたけど、嫌がっている様子はなくて安堵する。
「……何だよ」
「えっ……いや、なんでも……」
「……お前、最近おかしいぞ」
「え……」
前を向いたまま、彼は言葉を投げてきた。私が見つめてしまっていたからか、慌てて否定するも、良介はそう続ける。
「ずっと俺のことばっか気にしてるだろ」
「…………」
否定はできなかった。彼は黙り込んだ私をよそに、言葉は続けず歩みを進める。
歩きながら、今のやり取りが私の頭の中を繰り返し流れていく。自分でもどうして彼を気にしているのか、分からない。昔、友達が言っていたことが脳内に浮かぶ。
——人を好きになるとさ、その人のことが色々と気になるんだってさ——
私はもしかして——いや……それは、ないな。きっと。
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