複雑・ファジー小説

〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下
日時: 2019/11/08 15:38
名前: 銀竹
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=17224

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都――アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-300

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『成就』 >>163-189 >>192-230
第三話『詭策』

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『存念』
第二話『永訣』
第三話『約定』
第四話『苦悶』
第五話『崩壊』

†終章†『黎明』


……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる――。

【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは――。

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・人語を知らぬきみたちへ《複ファ》
さあ、人語を知らぬきみたちよ。
ただどうか、共に在ることを許してください。

【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の王、エイリーンと共に、突如姿を消したルーフェン。
召喚師への不信感が募っていく中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
アルファノル興国に隠された真実、そして、召喚師エイリーンの思惑とは――?

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。


……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

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Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.216 )
日時: 2020/02/06 18:18
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE


 じっとこちらを見上げてくるロゼッタに、ルーフェンは、肩をすくめた。

「……そうかな? まあ、トワリスちゃんは、五年前までアーベリトで引き取ってたから、なんとなく、上手くやってるかなって気になりはするね。……結局彼女のこと、この屋敷に魔導師として置くつもりなの? 倒れたあと、すぐに屋敷の警備に回ってたみたいだけど」

 誤魔化しついでに、以前ロゼッタが、トワリスには休暇を申し渡した、と嘯(うそぶ)いていたことを指摘する。
遠回しな言い方だったが、通じたらしく、ロゼッタは、むっと頬を膨らませると、ルーフェンから顔を背けた。

「それは誤解ですわ、召喚師様。立場は問わないから仕事に復帰したいって言ったのは、トワリスのほうですもの。私は、もう少し休むよう勧めましたのよ。でもあの子が、大丈夫だって聞かないから……」

 ぷりぷりと怒った様子で、ロゼッタが腕を組む。
その言葉も、疑わしいところではあったが、仕事に復帰すると言って聞かないトワリスの図も容易に想像できたので、それ以上は何も言わなかった。

 意外にも、ロゼッタの口ぶりからして、トワリスを屋敷に置き続けることには、クラークも反対していないらしい。
となると、今後もトワリスは、魔導師としてマルカン家に仕えるのだろうか。
ルーフェンとて、トワリスの意思を無視して、無理矢理魔導師をやめさせようとは思っていない。
しかし、あんな風に思い詰めた調子でマルカン家に居続けても、いずれまた、トワリスに限界が訪れるのは目に見えている。

 アーベリトにおいで、と。
あの誘いに乗ってくれたなら、昔のように、守ってやれたのに。
五年前、トワリスは、サミルやルーフェンにとって必要な人間になるために、魔導師を目指すのだと言っていた。
もし本当に、その気持ちを原動力にこれまで一途に走り続けてきたのだとしたら、見上げた根性である。
しかし、正直なところ、今のアーベリトには、中途半端な実力の魔導師なんて、いてもいなくても同じだ。
むしろトワリスは、見ていて危なっかしいから、平和な街中で安全に暮らしていてくれたほうが、こちらも精神的に助かるといえよう。

 思えば、トワリスが魔導師になるだなんて言い出した時に、はっきり反対すれば良かったのだ。
自由に生きようと、ようやく一歩を歩み出せた彼女を、見守ってみたかった。
かといって、賛同した記憶もないが、所詮は幼い少女の夢物語だと、完全に侮っていた。
あの時、ちゃんと止めていれば、こんなに気を揉まずに済んだのだろうか。
少なくとも、体格の良い男たちと肩を並べ、いつ命を落とすかも分からぬような生活を送る羽目には、ならなかったかもしれない。

 今のトワリスには、きっと何を言っても聞き入れてはくれないだろう。
彼女が傷ついて、立ち上がれぬ程ぼろぼろになる前に、手を差し出してやりたいが、そんな手は、恐らく振り払われて終わりだ。
その頑なさに、何度いらいらさせられた事か、もう分からない。

 釈然としない思考のまま、しかし、終始突っ立っているわけにもいかないので、ルーフェンは、ロゼッタに付き合って、賑わう貴族たちの輪に入った。
見知った顔もいたし、遠方から来た初対面の者もいたが、どれも大して変わらない、蠢く絵のように見える。
聞いたことのあるような、ないような名前を挙げられても、忘れてしまった話題を振られても、笑顔で適当に相槌を打っていれば、大概はうまく受け流せた。
けれど今日ばかりは、意識が別のところにいって、上手く立ち振る舞うことができない。
煌びやかに彩られた広間で、埋もれてしまいそうなトワリスの姿が気になって、笑みすらちゃんと浮かべられているか分からなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.217 )
日時: 2020/02/10 19:08
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE



 祝宴の参加者たちが、食事で腹を満たし、各々酒も回ってきたところで、突然、シャンデリアや燭台の炎が消えた。
視界が暗転するのと同時に、談笑していた者たちも、一斉に口を閉じる。
突如訪れた暗闇と沈黙に、それでも、動じる者が一人もいないのは、今から始まる興行が、この祝宴恒例の目玉であると、皆が分かっていたからであった。

 ぽっと、広間の奥にある壇上に、魔術の光が灯る。
その中心へと現れた、派手な服飾の語り手に、賓客たちの視線が、一様に注がれた。

「──遠い昔、あるところに、一人の男が在った」

 語り手は、一度深々と観客に礼をすると、朗々とした声で言った。

「男は、類稀な叡知と、鋼の如き強健さを持ち合わせていた」

 澄んだ声が広間に響き渡り、やがて再び、舞台が暗転する。
次に明かりが灯った時には、語り手の姿は消え、代わりに壇上には、屈強な一人の男が立っていた。

「名を、ドリアード。後に、炎剣の使い手として語り継がれる、水蛇殺しの英雄である……」

 俳優が、腰の大剣を引き抜くと、その残光が炎を纏って、舞台上を焼き尽くす。
観客たちは、思わず身をすくませ、あまりの迫力に、短く悲鳴をあげた。
といっても、これは本物の炎などではなく、幻術である。
クラークが毎年用意する、この祝宴の目玉──それは、名のある劇団を招いて上演する、演劇なのだ。

(……今年は“ケリュイオスの蛇”か)

 目を引く幕開けに、周囲が息を飲む中。
ルーフェンは、どこか冷めたような気分で、英雄役の男を眺めていた。

 “ケリュイオスの蛇”とは、ハーフェルン発祥の、有名な伝承の一つである。
かつて、西のケリュイオスと呼ばれる海域には、九つの頭を持つ大蛇が棲み着いていた。
大蛇は、その巨大な九つの口で、通りがかった船を海水ごと飲み込んでしまう、邪悪な化物であった。
人々は大蛇を恐れ、ケリュイオスには船を出さなくなったが、すると大蛇は、陸地まで首を伸ばして、近隣の漁村を襲うようになった。
そこで、困り果てた人々を救おうと立ち上がったのが、ドリアードという男なのである。

 ドリアードは、生まれつき魔術の才があり、賢く心優しい青年であった。
元は魔導師などではなく、ただの船乗りであったが、漁村に襲来した水蛇に挑み、追い返してみせたことをきっかけに、周囲から英雄視されるようになっていた。
人々は、そんな彼の勇敢さ、そして強さを見込んで、海へと逃げ延びた水蛇を退治するように頼んだのだった。

 とはいえ水蛇は、九つある頭を全て落とさねば死なない、化物である。
荒れ狂う海上に一人、大蛇を討たんと航海に出たドリアードは、三日三晩の苦戦を強いられ、最終的には、燃え盛る炎剣と共に自ら喰われることを選ぶ。
己の命と引き換えに、水蛇を身の内から焼き滅ぼしたドリアードは、伝説の英雄として、後世に名を残したのだという。

 最期は相討ちになって終わりだなんて、悲劇的な結末のように思われるが、この“ケリュイオスの蛇”は、演劇などではよく取り上げられる演目であった。
英雄の海への旅路──命を擲(なげう)って、人々を救わんとするドリアードの苦悩、そして勇猛果敢な姿に、誰もが胸を熱くする、いわゆる冒険譚というやつだ。
子供の頃、親が読み聞かせてくれる絵本の中に、“ケリュイオスの蛇”があったという少年少女も少なくはないだろう。

 しかしながらルーフェンは、この物語が、昔から好きではなかった。
他人の死を美化した、ありがちな御伽噺など、掃いて捨てるほどあるが、その中でも、随分と胸糞の悪い結末だな、と思う。
王道な英雄譚、というよりは、哀れな生贄の生涯を目の当たりにしているような気分になるのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.218 )
日時: 2020/02/14 19:48
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE

『ああ、なんと恐ろしい! 彼(か)の残虐な水蛇めは、きっとまた、村を襲い人を喰らうでしょう。この漁村だけではありません。いずれは大陸中の父を、母を……そして子を貪り、殺してしまうのでしょう。そうなる前に、どうか、あの水蛇を葬っては下さいませぬか! どうか、どうか──……』

 村人役の男が、ドリアードにすがりつく。
その悲嘆に暮れた、胸を引き裂くような懇願の声に、観客たちは、時を忘れて舞台の世界に引き込まれていった。

 読み手は皆、ドリアードが正義心から水蛇退治を引き受けたと考えるのだろう。
しかし、どうか助けてほしいと乞われたとき、実際にドリアードは、何を思ったのか。
いくら屈強で、魔術の才があったのだとしても、彼は元々、船乗りとして生きる道を選んでいた男だ。
それなのに、生まれつき力を持っていたというだけで、人喰いの化物に挑めと言われて、一体どんな気持ちだったのか。

 自分が生まれ育った村を守るだけならともかく、関わったこともないような他人を守るために、命をかけて戦うなんて、そんなことをする筋合いは彼にはない。
荒れた海上に船を出し、三日三晩戦い抜いた末に、己の身ごと化物を焼き尽くそうなどと、それは本当に、彼の意思だったのだろうか。
ドリアードの悲惨な生き様を、正義の一言で片付けたのは、読み手の一方的な望みのように思える。

『おのれ、化物め……! これ以上、貴様に好きにはさせぬ! その身切り裂いて、二度と海上へ出られぬようにしてやる!』

 天を裂かんばかりの絶叫を上げ、炎渦巻く剣を振りかぶって、ドリアードは水蛇へと立ち向かう。
水蛇は、九頭の化物ではなく、幻術で産み出された、強大な渦潮で表現されていた。
実際は、壇上でドリアード役の男が、剣舞を披露しているだけに過ぎないが、彼の迫真の演技と、幻術による水の炎の激しいぶつかり合いで、より美しく、力強い演出となっている。
内容自体は単純で、元は子供向けの御伽噺だが、そのあまりの迫力に、観客たちは皆、固唾を呑んで英雄の最期を見守っていた。
周囲から力を求められ、孤独に戦った哀れな生贄の末路は、語り手次第で、美談へと変わるのである。

 とはいえ、作り話にケチをつけていても仕方がないので、ルーフェンは、手近にあった杯を傾けながら、背後の壁に寄りかかった。
本来なら、社交場でこんなだらしのない格好は見せられないが、今は辺りが暗く、賓客たちは演劇に夢中なので、誰もルーフェンのことなど見ていないだろう。
すぐ隣にいるロゼッタも、目をきらきらと輝かせて、英雄ドリアードの勇姿に釘付けのようだ。
芸術は一通り嗜んでいるであろう、目の肥えた貴族たちさえ唸らせているわけだから、流石はクラークの選んできた劇団である。
演劇など見たことがなさそうなトワリスだって、目を奪われているに違いない。
子供の頃から彼女は、一見関心がなさそうでいて、意外とこういった娯楽に興味を示すのだ。

 視界が悪い中で、トワリスのほうを見ようとして、ふと、ルーフェンは一人の侍従に目を止めた。
演劇に魅入る賓客たちの間を、つまみや酒が乗った盆を持って、うろうろと行き来している。
一見、給仕としての役割を果たしている、ただの侍従のようであったが、彼の行動は、実に不可解であった。
今、酒など持って往復しても、肝心の賓客たちが演劇に夢中なので、呼び止められることはないはずからだ。

 召し出された様子もなく、侍従はただ、広間を見回しては、時折立ち止まって、一点に視線を注いでいる。
誰に気づかれることもなく、人の間を縫うようにして、目線を動かす侍従のそれが、目配せだと察したとき──。
ルーフェンは、持っていた杯を静かに卓に置いて、そっと周囲の気配を探った。

(相手は誰だ……? 何人いる?)

 ずっと、何者かがマルカン邸を狙っているのは、分かっていた。
ロゼッタと運河に行ったときも、トワリスを除いて他に二人、尾行してくる気配があった。
おそらくこれには、クラークも気づいている。
だからこんなにも、広間に多くの警備を置いているのだ。

 元々クラークは、物々しい雰囲気を嫌って、こういった祝宴の場には、最低人数の自警団員しか置かない。
その分、外の警備は固めるが、賓客たちの目の触れるところには、信頼できる一部の武官しか配置しないのである。
しかし、今回はどうだ。トワリスを始め、信用できるかどうかも分からぬ手合いを、広間中に置いて、目を光らせている。
これに敵が怯んで、動かなければそれで良いし、何か悪巧みをすれば、ついでに炙り出して叩こう、という算段なのかもしれない。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.219 )
日時: 2020/02/17 18:35
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE


 ルーフェンは、隣で演劇に心奪われているロゼッタに、小さく耳打ちをした。

「……少なくとも四人、いや、もっとか。胡散臭いのが紛れ込んでる。心当たりは?」

 問うと、ロゼッタは、舞台上から目を離さぬまま、しれっと答えた。

「あんまりしつこいから、お父様が、この祝宴に招待なさったのだと思いますわ。……本当に来てくださったなら、良かった」

 次いで、にこりと笑って、ルーフェンを一瞥する。

「召喚師様、やっつけてくださる?」

「…………」

 特に動じる様子もなく、平然とそう言ってのけたロゼッタに、苦笑する。
呆れたように肩をすくめると、ルーフェンは、謀ったな、と一言だけ呟いた。
つまりは、全て計画の内だった、ということだ。
他街からの印象を重んじるクラークが、こんな大胆な作戦に出るとは少し意外であったが、要は、相手がそれだけ執拗にマルカン家を狙っている、ということなのだろう。
この祝宴に不遜な輩が紛れ込むことも、そして、その場に召喚師であるルーフェンが居合わせることも、全てクラークの策の内だったわけだ。

 賓客たちは演劇に夢中で、周囲は暗闇。
潜り込んだ刺客からすれば、これだけ動きやすい環境はない。
ルーフェンは、再び壁に寄りかかって、演劇を観る振りをしながら、侍従らしき男の動向を注視していた。
どんな攻撃を仕掛けてこようと、ねじ伏せることは造作もないが、問題は、相手が何人か、そしてどう賓客たちを逃がすか、である。

 マルカン家を狙っているなら、標的は当然クラークかロゼッタだろうが、敵が必ずしも、二人に的(まと)を絞るかは分からない。
大勢いる賓客相手に、同時に魔術でも放たれたら、流石に防ぎきれないし、そもそも大広間の中で戦闘をすれば、何かしらの被害が出ることは確実。
場合によっては、こちらから仕掛けて、負傷者が出る前に敵を潰すほうが有効かもしれない。

 ルーフェンは、ロゼッタを近くの自警団員に任せると、静かに侍従らしき男の元へと歩み寄った。
今のところ、この男以外に、怪しげな動きをしている者はいない。
この男を仕留めて、敵がマルカン家の急襲を諦めるならば、祝宴後に身元を調べれば良い話だし、強攻するならば、その場で動きを見せた者全員を、芋づる式に片付けていく他ないだろう。

 不自然に目線をちらつかせていた男と、ふと、目が合った。
男は、漫然と広間を見渡しているようにも見えたが、やはり、その視線の送り方には、意味があったのだろう。
ルーフェンの接近にいち早く気づくと、横目に何かを訴えてから、焦ったように駆け出した。

 周囲を押し退けて走る男に、賓客たちが、何事かと目を向ける。
男が頭上のシャンデリアに手を掲げ、魔術を使う──その素振りが見えた時には、ルーフェンは、男の首筋に一発入れて、昏倒させていた。

 しかし、その次の瞬間。
鈍い金属音と同時に、吊っていた金具部分が弾け、大量の蝋燭とシャンデリアが、ルーフェンの頭上に落下してくる。
手を翳し、短く詠唱すれば、シャンデリアは横から風で殴られたように吹き飛び、壁にぶち当たった。
蝋燭の土台となっていた色硝子が、床に落ちて割れる、派手な音が重なる。
賓客たちは悲鳴をあげ、さっと顔色を変えたが、腰をあげただけで、扉まで向かう者はいなかった。
突然の出来事に、事態を把握できていない者もいれば、劇の演出の一部ではと、勘繰っている者もいる。
逃げようにも、視界が暗く、思うように動け出せない者も多いようであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.220 )
日時: 2020/02/18 20:44
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE


 素早く舞台上に駆け上がると、ルーフェンは、騒然とする広間を俯瞰した。
残っている二つのシャンデリアや、燭台に炎を灯してから、腰を抜かした舞台役者たちに、目で逃げるように示す。
次いで、クラークの姿を探したが、つい先程まで舞台脇にいたはずの彼は、忽然と姿を消していた。
わざわざ祝宴に敵を招き入れたわけだから、賓客の避難に関しては、彼が算段を立てているものと信じていたが、どうやらあては外れたようだ。
クラークの性格上、一人で逃げて、顰蹙を買うような真似はしないはずだが、何の指示も出さないところを見ると、そもそも避難誘導をする気がないのだろう。
賓客ごと敵を逃がすつもりはないし、それどころか、この騒ぎを、演出の一部だった、とでも言い張るつもりなのかもしれない。

 混乱に乗じて、剣を抜いた四人の自警団員──刺客たちが、逃げようとする賓客たちに斬りかかった。
マルカン家に仕える、本物の武官たちも、応戦しようと身構える。
しかし、彼らが剣を交えるより速く、ルーフェンが遠隔から手を動かすと、その動きを準(なぞら)えるように、刺客たちの身体が宙に吹っ飛んだ。
壁で後頭部を打った者もいれば、吹っ飛んだ拍子に、剣が自らの身体に突き刺さった者もいる。
動揺して身をすくめる賓客の中で、四人の刺客たちは、呻き声をあげながら床に転がった。

「早く! 全員逃がせ!」

 ルーフェンが近くの魔導師に怒鳴り付けると、魔導師は、びくりと肩をすくませてから、慌てた様子で周囲に避難指示を出し始めた。
この際、クラークの思惑など、考慮してはいられない。
賓客にまで斬りかかっていたところを見る限り、今回の敵は、見境なく人を殺しても構わないと考えている。
そんな厄介な連中を逃がしたくない、という思いは確かにあるが、何人いるかも分からない刺客が一斉に動き出せば、ルーフェンとて即座には動けない。
このまま広間に閉じ込めておいて、人質でもとられるよりは、この場から全員逃がした方が、被害は最小限に抑えられるだろう。

 いよいよ、開いた大扉に向かって、賓客たちが走り出した、その刹那。
再び金具の弾ける鈍い音が響いたかと思うと、残っていた二つのシャンデリアが、地面に落下して砕け散った。
幸い、直下に人はいなかったが、蝋燭の炎が絨毯に燃え移って、一層人々の恐怖心を煽る。
自警団員たちが、咄嗟に火を消そうと集まってきたが、このような惨事に見慣れぬ大半の賓客たちは、腰を抜かしてうずくまるしかなかった。

 広間を照らすのは、心許ない燭台の光と、絨毯に燃え広がっていく貪食な炎のみ。
凄惨な絵図の中で、ルーフェンは、首謀者を見つけようと気配を探った。
シャンデリアが落ちた瞬間、魔力は感じなかった。
思えば、侍従に扮した刺客を仕留めたときだって、ルーフェンは、彼が魔力を使う前に気絶させたはずなのに、シャンデリアは落ちてきた。
つまりこれは、事前に仕掛けられていたことなのだ。
魔法陣を仕込んで、予備動作だけでシャンデリアが落ちるように細工をしていた、計画的犯行である。

 ルーフェンは、小さく舌打ちすると、フォルネウスを召喚しようと詠唱を始めた。
未だ潜んでいる刺客が、使用人として紛れているのか、賓客に扮しているのか。
また、この屋敷に、他にどんな小細工が仕組まれているのか、それすらも分からない。
こうなったら、フォルネウスの力で、全員の動きを封じたほうが手っ取り早いだろう。

 ルーフェンが、魔語を唱える、その時であった──。
不意に、視界に赤らんだ光が飛んだかと思うと、目の前で、燃え盛る火球が軌跡を描いた。
まるで巨大な鳥のように滑空したそれは、やがて渦を巻き、広間全体で炎のとぐろを巻く。
視界を覆う業炎は、一見規模の大きな魔術のように見えたが、何ということはない。
魔術を学んだ者であれば大抵が使えるような、簡単な幻術であった。

 劇団員の誰かが、刺客の動きを止めるために放ったのかと思ったが、そうではない。
炎を使ったこの幻術に、ルーフェンは、微かに見覚えがあった。

 視界の端で、木の葉が、ふわりと宙を舞った気がした。
熱風に巻き上げられたかの如く、軽やかに。
そして、獣のようにしなやかに。
炎渦の上を揺蕩うそれは、まるで重力を感じさせない動きで、床を蹴り、抜刀して翻る。

 運河に飛び込んでいった彼女を見たときと、同じ感覚だ。
一人、別の時間を生きているような──そんなトワリスの動きには、きっと、何人たりとも追い付けない。

 炎の幻術を使ったのが、トワリスであることは分かったが、その狙いまでは読めず、ルーフェンは、ただ瞠目して立っていた。
舞台下を業炎が包んだことで、刺客たちは、攻撃の手を止めざるを得なくなったはずだ。
しかし、この程度の幻術では、そう長くもたないし、標的が見えず、攻撃ができないのはこちらも同じである。
幻術が解ければ、再び戦闘が始まるだろう。
炎の明るさに視界を焼かれ、目が眩んで動けなくなるのは、ほんの一瞬程度。
けれど、その一瞬こそが、トワリスにとっては、十分な時間稼ぎなのであった。

 宙で一転し、壁に着地したトワリスが、その脚に魔力を込めた瞬間──。
身を踊らせていた木の葉は、一閃、矢の如く炎渦を切り裂いた。

 電光石火で駆け抜けた刃は、人々の目に、どう映ったのだろう。
吹き抜ける突風か、あるいは、地上に迸る稲妻か。
ぶわりと火の粉を散らし、尾を引くように紅鳶をたなびかせながら、トワリスは、縦横無尽に敵を薙ぎ倒していく。

 幻術が解け、人々の視界が元に戻った頃には、広間に八人の身体が転がっていた。
空気が、未だにびりびりと震えている。
トワリスが、潜んでいた刺客たちを峰打った瞬間は、速すぎて認識できなかった。
倒れた刺客のすぐそばにいた者でさえ、ただ、すり抜ける風を感じただけだ。

 双剣を鞘に納める、鍔(つば)鳴りの音が響く。
身を低くしていたトワリスは、すっと立ち上がると、唖然としている自警団員たちを見回して、言った。

「早く捕まえてください。気絶させただけです」

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