複雑・ファジー小説

〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下
日時: 2019/11/08 15:38
名前: 銀竹
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=17224

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都――アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-300

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『成就』 >>163-189 >>192-230
第三話『詭策』

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『存念』
第二話『永訣』
第三話『約定』
第四話『苦悶』
第五話『崩壊』

†終章†『黎明』


……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる――。

【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは――。

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・人語を知らぬきみたちへ《複ファ》
さあ、人語を知らぬきみたちよ。
ただどうか、共に在ることを許してください。

【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の王、エイリーンと共に、突如姿を消したルーフェン。
召喚師への不信感が募っていく中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
アルファノル興国に隠された真実、そして、召喚師エイリーンの思惑とは――?

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。


……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

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Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.207 )
日時: 2019/12/30 19:22
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE


 見かける度に、と考えたところで、ルーフェンは、いつもロゼッタの隣に仏頂面で立っていた、獣人混じりの少女のことを思い出した。
そういえば、運河に行ったあの日以来、トワリスのことを見かけていない。
あの一件が原因で、ロゼッタの専属を外されていたのだとしても、屋敷で生活している以上、全く姿を見ていないというのはおかしな話である。
まさか、早々に屋敷から追い出されたか、あるいは自分から出ていったのだろうか。

 ルーフェンは、唇に笑みを刻んだまま、事もなげに尋ねた。

「そういえば、あの護衛役の子は? ほら、前は四六時中、君にべったりだったでしょう」

 一瞬、誰のことを言っているのか分からなかったのか、ロゼッタは、こてんと首をかしげた。
しかし、すぐに思い立った様子で頷くと、困ったように眉を下げた。

「ああ、えっと……トワリスのことですわよね? 獣人混じりの。実はあの子、私の専属護衛からは、外れてしまいましたの」

「…………」

 やはりか、と内心一人ごちて、ルーフェンは密かに嘆息した。
元はといえば、ロゼッタが運河に耳飾りを落としてしまったことが原因だが、あれだけの騒ぎを起こしたのだ。
クラークも相当頭に血が昇っているようであったし、何かしら処分を受けることになってもおかしくないとは思っていた。

 ロゼッタは、探るようにルーフェンを見やってから、悲しげに目を伏せた。

「私はトワリスのこと、すごく気に入っていたから、止めましたのよ。だけどお父様は、もっと経験豊富で、頼りになる魔導師が良いだろうって……。こちらから護衛になってほしいって呼んだのに、トワリスには、なんだか申し訳ないことをしてしまいましたわ」

 次いで、ルーフェンの顔を覗き込むと、ロゼッタは続けた。

「でもね、トワリスを専属護衛から外した一番の理由は、彼女のためでもありますの。あの子ったら、相当無理をしていたみたいで、この前、急に倒れてしまったんですもの」

「……え、倒れた?」

 思いがけない返事に、ルーフェンが目を瞬かせる。
ロゼッタは首肯すると、心配そうに胸の前で手を合わせた。

「急なことで、私もびっくりしましたわ。大きな音がして、廊下に出てみたら、私の部屋の近くでトワリスが倒れているんですもの。ほら、あの日ですわ。私と召喚師様で、運河まで行った日の午後。……とはいっても、もうお医者様に診て頂きましたし、その日のうちに目を覚ましたんですけれどね。トワリス自身も、何でもないから大丈夫とは言っていたのだけれど、念のため、休暇を言い渡して、今も医務室で休ませていますの。トワリスって真面目だし、ハーフェルンに来てから環境が変わって、ずっと気を張っていたんじゃないかしら。お医者様も、疲れが溜まっていたようだから、しばらく休めば大丈夫だろうって、そう仰ってましたわ」

 だから安心してほしい、とでも言いたげに、ロゼッタが見上げてくる。
そんな彼女の両耳で、ちらりと紅色の耳飾りが揺れて、ルーフェンは、微かに目を細めた。

 毎日変わるロゼッタの装飾品なんて、それほど気に止めたことはなかったが、その対の耳飾りだけは、妙に目についた。
運河に落として、片方だけになった、あの耳飾りではない。
別物だが、限りなくそれに似た、紅色の耳飾りであった。

(……ほら、やっぱり)

 今、目の前にトワリスがいたら、そんな心ない一言を、投げ掛けていたかもしれない。
そう思うくらいには、ルーフェンの胸の奥底に、呆れのような、苛立ちのようなものがぶり返していた。

 トワリスが命がけで取りに行ったあの耳飾りは、ロゼッタにとっては、やはり数ある贈り物の一つに過ぎず、いくらでも替えの利く存在だったわけだ。
そしてロゼッタは、トワリスを案ずる言葉を並べ立てながら、その一方で、何食わぬ顔で代わりの耳飾りをつけてしまうような、そういう価値観の人間なのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.208 )
日時: 2020/01/06 19:44
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE


 ロゼッタには、悪意などないのだろう。
単に、お気に入りだった耳飾りを片方落としたから、似たような代わりをつけることにしただけで、彼女にとっては、それが普通なのだ。

 権力者の“普通”は、大抵どこかぶっ飛んでいる。
まず、臣下は主に尽くすのが当然だと思っているし、今回に関して言えば、トワリスが耳飾りを追って運河に飛び込んだことを、有り難いと感じるどころか、疲れて気でも触れたんじゃないかと思っている可能性がある。
勿論、一概にそう断言するつもりはないが、金持ちの感覚とは、大概そんなものだということを、ルーフェンは嫌になるほど分かっていた。

 ルーフェンの視線が、自分の耳飾りに向けられていることに気づくと、ロゼッタは恥ずかしげ俯いた。
そして、左耳から耳飾りを外すと、それをルーフェンに差し出した。

「前の耳飾りは、私が運河に落としてしまったから、結局お話が途中になってしまいましたわね。……これ、差し上げますわ。アノトーンではないのだけれど、同じく北方で採れた石でできてますの。もらってくださる?」

 控えめな、けれど断られるなんて考えてもみないような口調で、ロゼッタは、ルーフェンの手に耳飾りを握らせる。
されるがままに受け取ったルーフェンは、ロゼッタの片耳で光る耳飾りを、つかの間、じっと見つめていた。

(……片耳だけ、なら)

 片耳だけつけている状態なら、それこそ、前に運河に落とした耳飾りの片割れを、ロゼッタが大事に身に付けているように見えるだろうか。
同じ紅色で、似たような耳飾りだから、余程注目して見ていた者でなければ、別物だなんて分かりはしない。
トワリスだって、近くで凝視でもしない限りは、別の耳飾りだなんて判別できないだろう。
ロゼッタにとって、あの落とした耳飾りが大切なものだったのだと分かったら、例えそれが勘違いでも、トワリスの気持ちは、幾分か救われるだろうか。

 そんなことを一瞬考えて、ルーフェンは、慌てて思考を振り払った。
トワリスの行動を、無駄な親切心だと内心揶揄ていたのに、今度は自分が頼まれてもいないお節介を焼こうとするなんて、とんだ笑い種である。

 ルーフェンが黙っているので、不安に思ったのだろう。
どこか戸惑った様子で見上げてきたロゼッタに、ルーフェンは、すぐに笑みを浮かべると、受け取った耳飾りを懐にしまった。

「ありがとう、大事にするよ。……願掛け、してくれてるんだもんね?」

 そう返事をすれば、ぱっと表情を明るくしたロゼッタが、深く頷く。
ルーフェンは、そんな彼女の左耳に残った耳飾りに触れると、自ら敬遠して振り払ったはずの思考とは裏腹に、口を開いて、言った。

「……じゃあロゼッタちゃんも、この耳飾り、大事にして、ずっとつけていてね」

 ぽっと染まった頬に手を当て、ロゼッタが、こくこくと頷く。
照れ臭くなったのか、目線を落としてしまったロゼッタに、ルーフェンははっと手を止めると、それ以上何も言わなかった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.209 )
日時: 2020/01/09 19:08
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE



 ロゼッタと別れた後、ルーフェンも他街の賓客と話したり、持ち込んだ事務作業などをして時間を潰していたが、ふと気を抜くと、頭の中で、先程のロゼッタとのやりとりが再生されていた。
トワリスが気づくかどうかも分からないのに、ロゼッタに「耳飾りを大事につけていてほしい」だなんて、果たしてそこまで、口走る必要があったのだろうか。
ロゼッタが、こんな甘い囁き合いは、単なる戯れだと線引きできる相手であることは分かっている。
だから、これといって大きな問題はないのだが、それでも、自分がろくに考えもせず、半ば衝動的にあんな発言をしてしまったことが、驚きであり、また後悔するところでもあった。

 言葉でも行動でも、考えずに実行すると、意図せず大きな影響をもたらすことがある。
例え上辺だけのものでも、相手によっては、冗談では済まないことがあるのだ。
特に上層階級の人間と話すときは、どんな些細な会話、やりとりをしているときでも、いつも頭の片隅には、本当にその行動が正しいのか、慎重に推考を重ねている自分がいる。
たかが“婚約者ごっこ”をしている者同士の、意味のない睦み合いだと一蹴してしまえばそれまでだが、何かに執着を見せるような物言いをしてしまったことが、ルーフェンにとっては誤算であった。
相手がたまたまロゼッタだったから良かったものの、執着を見せるというのは、弱みを見せるのと同じようなことだ。
立場上、いつどんなことが脅迫手段に利用されるか分からない。
今ならそうと、冷静に判断できるのに、何故あの時、ろくに考えもせずに耳飾りを受け取って、あろうことか「大事にして」だなんて発言をしてしまったのか。
どれもこれも、うっかりトワリスを気遣ったせいである。

 褪せていく夕陽の光を見つめながら、ルーフェンは、悶々と考えを巡らせていた。
窓から差し込んでいた西日が途絶え、やがて、辺りが暗くなると、ひんやりとした夜の空気が、足元から這い上がってくる。

 灯りもつけず、ただ椅子に腰掛けて、部屋の一角を眺めていると、ふと、寝台と壁の隙間に、かつての幼かったトワリスが、うずくまっているように見えた。
暗闇に怯え、血が滴るまで手首に噛みつきながら、その小さな背を震わせていた。
周囲を拒絶し、身を振り絞るようにして泣いていた彼女の姿が、ひどく痛々しく、弱々しく目に映ったのを思い出す。

 トワリスが倒れた、と聞いたが、原因は一体なんなのだろう。
ロゼッタは疲れだと言っていたが、トワリスは、冷たい運河に飛び込んだ後も、悠々と歩いていたような娘だ。
肉体的にというよりは、きっと精神的に、負担になるようなことがあったに違いない。
失敗と不運が重なって、専属護衛を外されたことが悲しかったのかもしれないし、獣人混じりだなんていう特殊な出自だから、今まで何かしら、嫌がらせを受けてきたことがあったのかもしれない。
あるいは、ルーフェンの言った、ロゼッタにとってあんな耳飾りは大したものじゃない、という言葉が、トワリスにとっては余程ショックだった可能性もある。

 何か辛いことがあったのか、なんて尋ねたところで、おそらくトワリスは、何も答えない。
ロゼッタにも、別に何でもないと答えたようだし、ルーフェンが問うたところで、結果は同じだろう。
そういう娘(こ)なのだ、今も、昔も。
思えば、アーベリトで一緒に暮らしていたときから、トワリスは、助けてやると言っているのに、その手を振り払って、噛みついてくるような子供だった。
かといって、一人で何でもこなせるほど、器用なわけではない。
むしろ、見ているこちらが気を揉むくらい不器用で、抱える不安を吐き出すのも下手くそなのに、それでも唇を噛み締めて、一直線に走っていく。
疲れても、傷ついて倒れても、そういう生き方しかできない、呆れるほど頑固で、真っ直ぐな娘なのだ。
──そう思った時には、ルーフェンは、上着を羽織って部屋を出ていた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.210 )
日時: 2020/01/13 19:19
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE



 日が暮れ落ちて、燭台の炎だけがぼんやりと光る長廊下に出ると、辺りは、染み入るような静けさに包まれていた。
警備の者以外は、既にその日の業務を終え、自室に戻ったのだろうか。
もしかしたら今は、もう人々が寝静まる時間なのかもしれない。
時刻も確認していないし、そもそも、ロゼッタの言っていた医務室とやらに、確実にトワリスがいるかどうかも定かではない。
それでもルーフェンは、何かに突き動かされるような形で、足早に長廊下を抜けた。

 別館へと足を向け、吹き抜けの廊下に出れば、冷たい空気が肌をさする。
無情な夜風にさらわれて、足元をからからと転がっていく枯れ葉を見ながら、ルーフェンは、今までトワリスと交わした会話の端々を、ぽつぽつと思い返そうとした。

 いきなり運河に飛び込んでおいて、やれ助けは不要だっただの、余計なお世話だっただのと喚き出したときは、なんて面倒臭い女だと内心呆れたが、思えばトワリスは、出会ったときから扱いが面倒臭かった。
異様に足が速いから、捕まえるのも一苦労だったし、ようやく捕まえたと思えば、噛むは蹴るわの大騒ぎで、こちらは傷だらけになった。
怪我を手当てしてやろうとしているのに、唸って威嚇してくるし、食事を持っていっても、怯えて暴れて熱いスープをぶっかけてくる始末。
その様は、少女というより、まるで野生動物のようで、それでも諦めずに接して、ようやく少し打ち解けてきたかと思いきや、最初に懐いたのはルーフェンではなくサミルだったので、微妙な気分になった記憶がある。

 アーベリトで一緒に暮らしていく内に、やがて、トワリスも落ち着いて、ルーフェンに着いて回るようになったが、やはり彼女は不器用で、いまいち難しいところがある少女であった。
口下手ながらに必死に言葉を紡いで、遠慮がちにルーフェンの側に座っていたり、文字を教えてほしいと乞う姿は、手のかかる妹のようで可愛らしくもあったが、やはり、肝心な心の内は、なかなか明かさないところがあったのだ。

 街に連れ出してみても、露店に並ぶ品々や、目新しいものに逐一目を輝かせはするものの、眺めるだけで、子供らしく欲しいとは絶対に言わなかった。
地下に閉じ込められていた記憶が蘇るのか、夜闇が苦手で、上手く寝付けなかったときも、その理由を口に出すことさえしていなかったように思う。
最初はまだ泣くことが出来ていたのに、いつしか、涙すら飲み込んで、一人で堪えるようになっていた。
何かに耐えている時ほど、トワリスは、頑なに唇を結んでいる。
こちらもあえて問いただしはしなかったが、助けてだなんて言われたことがない。
だからこそ、目が離せなくて、放っておけなかったのだ。

 本音を表に出すまいとする気持ちは、ルーフェンにもよく分かる。
本心などさらけ出したところで、それが認められるわけではないし、今更誰かに、助けてほしいなどと考えることもない。
周囲から差しのべられた手を拒絶して、一人、部屋の隅で身悶えしていた幼いトワリスを見て、彼女と自分は、似ているのかもしれないと感じたことも、しばしばあった。
ただ、ルーフェンとトワリスで違うのは、きっと、彼女の場合、言わないのではなくて、言えないのだ。
不器用故に、上手く本音を伝えることができず、身の内に留める術しか持っていないのである。

 感情表現が下手くそで、存外に控えめのかと思いきや、そのくせ頑固ではあるので、一度思い込むと一人で突っ走りがちだ。
だから、周囲に上手く溶け込めるように、こちらが彼女の心の内を読み取って、手助けしてやらねばと、十五のルーフェンも、子供ながらにそう思っていた。

 特殊な出自ではあるが、トワリスは、心優しいごく普通の少女だった。
ルーフェンのように、己を縛る立場も、役割もないわけだから、人と馴染めるようになりさえすれば、アーベリトの穏やかな街中で、平々凡々に暮らしていくのが良いだろう。
そう、思っていたのに──。
レーシアス邸を出る直前に、突然魔導師になるなどと言い出したから、驚いたのだ。
本心を言えないだけで、決して気持ちを押し殺すことに長けているわけではないトワリスが、魔導師なんて向いているはずもない。
まして彼女は、獣人混じりだ。
読み書きもままならなければ、通常よりも魔力を持っていないのだから、実際に魔導師にまで上り詰める過程で、相当の苦労を要したのではないだろうか。

 そこまで彼女を駆り立てたものは、一体なんだったのか。
魔導師になりたいと打ち明けてきたとき、トワリスは、確か何と言っていたか。
所々記憶が朧気になっていて、はっきりとは思い出せない。

 五年の月日が経って、偶然にもこのマルカン邸で再会したときから、ずっとトワリスは、眉間に皺を寄せている。
なんとなく、ルーフェンの軽薄な態度が気に入らないのだろうなというのは勘づいていたが、それを抜きにしても、ハーフェルンでのトワリスは、終始居心地が悪そうに見えた。

 折角自由を得たのに、何故トワリスは、魔導師だなんていう窮屈な道を選んだのだろうか。
一方的な押し付けになってしまうが、人とは違う獣人混じりだからこそ、トワリスには、それに縛られず、普通に生きてほしかった。
トワリスの捕らわれる柵(しがらみ)に、共感できる部分があったからこそ、ルーフェンでは叶えられぬ“普通”を、彼女には手にいれてほしかったのだ。
再会するまでは、過去の出来事になりつつあったが、まだそんな思いが心のどこかにあったから、トワリスを見ると、妙に苛立つのかもしれない。
彼女との会話を辿っていくうちに、ふと、そんな結論に至ったのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.211 )
日時: 2020/01/18 18:41
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE



 長い吹き抜けの廊下を渡り終えると、マルカン邸の所有する縦長の別館が、目の前にいくつも立ち並んでいた。
細い月を背景に、塔のように立ちはだかるそれらを、こうして間近に見るのは初めてである。
以前、その一棟一棟が、使用人たちの宿舎であったり、医療棟であったりと、個別に役割があるのだと、クラークが自慢げに話してきたのを覚えている。
その記憶だけを頼りに、訪れたのだ。

 息を潜め、整備された石畳を歩いていくと、棟の一つに、ちらりと灯りが見えた。
開け放たれた二階の窓から、わずかに光が漏れている。
それを見たとき、五年前、一人で二階の窓から飛び降りたトワリスが、当時の主人であった絵師の元へと戻ってしまったときのことが、脳裏に甦った。
行こうと思えば、どこにでも自由に跳んでいける脚を持っていながら、それでも彼女は、逃げようだなんて恐ろしくて実行できなかったのだろう。
頭の隅に追いやられていたトワリスとの記憶は、今でも思い返そうとすれば、ぽつりぽつりと瞼の裏に浮かんでくる。
──地下の闇の中で、震えていた姿も。
助けに駆けつけたときの、驚愕と困惑の狭間で揺れる、怯えたような顔つきも。

 月を覆っていた雲が流れて、ルーフェンの足元を、仄白い月光がなぞった。
足音を立てぬようにゆっくり歩いて、灯りの漏れる棟に近づくと、その影に隠れて、開いた窓の様子を伺った。
窓際に手燭をかけて、誰かが、腰かけて本を読んでいる。
それが、トワリスではない、見知らぬ女性だと悟った時──。
ルーフェンは、無意識に入っていた肩の力を、ふっと抜いた。

(……俺、何やってんだろ)

 自嘲めいたため息が、思わずこぼれる。
医務室とやらの場所を把握していたわけでもないのに、そう都合よく、トワリスを見つけられるはずがない。
見つけたところで、自分でも、どうしたかったのか分からない。
ただ、こんな風に静かな夜は、昔のように、トワリスも心細くなっているのではないだろうかと、根拠のない心配をしただけだ。

 祭典に招待された身でありながら、夜中に屋敷内をうろつくなど、我ながら、随分と怪しい行動をとってしまった。
警備の者に見つかっていたら、それこそちょっとした騒ぎになっていたかもしれない。
夜更けに大した理由もなく、元護衛役の女性を訪ねて徘徊していたなど、それこそトワリスの言う通り、変態である。

 早々に退散して、頭を冷やそうと踵を返した、その時だった。
不意に、首元に鋭い殺気が迫ってきて、ルーフェンは、咄嗟に身を翻した。

 迫ってきた素早い手刀を避けて、その手首を掴み上げる。
マルカン邸に侵入したならず者かと思ったが、その手首の細さに違和感を覚えて、ルーフェンは、思わず動きを止めた。
相手も、同じく不自然に思ったのだろう。
間髪入れずに蹴りあげようとしてきた脚を止めて、訝しげにこちらを見上げてくる。

 視界の悪い夜闇の中、驚いたように目を見開いて、二人は、つかの間互いを凝視していた。
しかし、やがて掴んでいた手を放すと、ルーフェンは口を開いた。

「……トワリスちゃん、なんでここに」

 間の抜けたような声で尋ねれば、同じく硬直していたトワリスが、我に返った様子で一歩後退する。
攻撃を仕掛けた相手が、まさかの召喚師であったことに焦ったのか、トワリスは、どぎまぎとして言葉を詰まらせた。

「な、なんでって……見回りに決まってるじゃないですか。今日からその、この屋敷の警備を命じられていて、夜番だったんです。最近、なんだか変な視線を感じることが多いので、巡回を……」

「警備……」

 言われてみれば確かに、トワリスは、自警団用のローブを着用している。
同時に、トワリスには休暇を申し渡した、と言っていたロゼッタの笑顔の裏が見えたような気がして、ルーフェンは、内心苦笑いした。
どうやらトワリスは、倒れた後、ロゼッタの専属護衛から外されて、マルカン邸常駐の自警団員扱いされることになったようだ。
つまりロゼッタは、ルーフェンが心配しているような素振りを見せたから、まだ現場復帰させていないだなんて、トワリスを気遣ったような嘘をついたわけである。

 トワリスは、睨むようにルーフェンを見た。

「召喚師様こそ、なんでこんな場所にいらっしゃるんですか。こそこそ隠れたりなんかしてるから、てっきり不審者かと……」

 危うく刀まで抜くところだったとぼやきながら、トワリスは、視線をさまよわせる。
今回に関しては、全面的にルーフェンが悪いので、責める気は毛頭ないが、トワリス的には、やはりばつが悪い様子だ。

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