複雑・ファジー小説

〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下
日時: 2020/03/13 22:02
名前: 銀竹
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=17224

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都――アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-300

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-240

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆』
第二話『欺瞞』
第三話『永訣』

†終章†『黎明』


……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる――。

【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは――。

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・人語を知らぬきみたちへ《複ファ》
さあ、人語を知らぬきみたちよ。
ただどうか、共に在ることを許してください。

【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の王、エイリーンと共に、突如姿を消したルーフェン。
召喚師への不信感が募っていく中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
アルファノル興国に隠された真実、そして、召喚師エイリーンの思惑とは――?

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。


……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

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Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.229 )
日時: 2020/03/22 04:06
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE

 そんな子供さえ殺している内に、身悶えするような痛みを感じることは少なくなっていったが、心を巣食う負の感情が、消え去ったわけではなかった。
無意味に時間を過ごしている時は特に、悩んでもどうしようもない不安を、悶々と考えてしまう。
厄介なことに、そういう時間ほど、ゆっくりと流れていくものだ。
苦しんでいることを、人に悟られたくはないから、誰かと話すときは、笑って慇懃(いんぎん)に済ませるが、ハーフェルンに来て、久々に社交場に出てみると、その時間は、永遠に続くのではないかと思うほど長く、憂鬱であった。

 しかし、意外なことに、いざ祭典が始まると、それは身構えていたよりずっと早く、幕引きしてしまった。
一日目の祝宴で一悶着あった後も、ロゼッタを連れ立って、貴族たちの相手をしなければならなかったが、その時間は、あっという間に過ぎ去った。
というより、今思えば、終始ぼーっとしていたのだろう。

 祭典中、賑やかな街並みを眺めていても、誰かと話していても、常に意識は別のところにあった。
客室に戻り、窓から射し込む月明かりを見ながら、その日一日を振り返ると、今日もトワリスを見かけなかったと、そんなことばかり思うようになっていたのだ。

 トワリスのことを考えていると気づく度、最初こそ、呑気な己を嘲笑するだけで終わっていたが、いつしか、ひやりとしたものが、首筋に触れるようになった。
彼女の頑なな態度に、妙に苛立っていたのも、単なる庇護欲から来るものだけではないと、だんだん勘づき始めていた。
しかし、だからこそ早い内に、目をそらすべきなのだと、そう言い聞かせていた。

 トワリスに限らず、誰かとの未来なんて、想像したことはない。
刹那的な関係を求めるなら、手を伸ばしても良いかもしれないが、潔癖なトワリスが、そんな不誠実な真似を許すはずがないし、かといって、長い間召喚師一族の横に縛り付けておくには、彼女は優しすぎるだろう。
召喚師に寄り添った者の末路を、ルーフェンはよく知っている。
母シルヴィアは、十八で一人目のルイスを産み落とし、結果的に四人の夫と四人の子を持ったが、誰一人として、幸福を得た者はいなかった。
召喚師一族と関わるというのは、つまり、そういうことなのだ。
本人たちの意思に関係なく、たとえどんな軽い気持ちで一緒にいたのだとしても、いずれは次期召喚師という、国の贄を誕生させる重責を背負わされることになる。
そんな重責を、他でもない好いた相手に、誰が背負わせようなどと思うのか。
少なくとも、ルーフェンには理解できなかったし、完全なる利害の一致で関係を持っていたロゼッタとも、これ以上続けるのは申し訳がないから、そろそろ潮時だろうと考えていた。

 日毎、悶々とそのような思考を巡らせていると、危機感を感じていながら、自分にも人らしく春を知る余裕があったんだなぁと、他人事のように思えておかしくなった。
かつて、牙を剥いて噛みついてきていた少女に、まさかこんな想いを抱くようになるなんて、人生とは分からないものである。

 初日の祝宴以降、下っ端の武官たちは、城下の警備に回されていたようで、結局祭典の間、ルーフェンがトワリスを見かけることは、一度もなかった。
顔を見ない時間が増えれば、トワリスのことを考えることも減っていくだろうと思っていたが、人の心とは不思議なもので、その逆だった。
二日目、三日目と祭典が過ぎていくと、むしろ、彼女はどうしているだろうかと、考える頻度が増えていったのだ。

 祭典が終われば、ルーフェンはアーベリトに戻るし、トワリスだって、解雇通達を受け次第、シュベルテに戻るなり、魔導師を辞めるなりするだろう。
彼女が解雇される原因に、少なからず自分も関与していると思うと、多少罪悪感はあったが、そうなれば、今後トワリスと顔を合わせることはなくなる。
その事実に、安堵している自分がいた。
ロゼッタは、ルーフェンがトワリスに慕情を抱いている、とでも言いたげであったし、自分でも、これがそうなのかと思ったが、ルーフェンには、トワリスと共に過ごしたいとか、そういった願望はなかった。
アーベリトに誘ったのも、単にトワリスが、ハーフェルンにいるよりは穏やかに暮らせるんじゃないかと、そう思っただけだ。
あのときは、不器用なトワリスを守ってやりたい一心で、自分の目の届くアーベリトに来ないかと提案したが、今考えてみると、そんな誘いすら軽率だったと後悔しているから、トワリスが断ってくれて、良かったかもしれない。
今後、彼女に関わらなければ、身の内に起きた余計な変化を、認めずに済む。
このまま別れて、更に時が経てば、記憶なんて風化していく。
人生のほんの一瞬、一時抱いただけの感情など、簡単に薄まっていくだろう。
十年も経てば、若い頃の良い思い出だったと、満たされた気持ちで、忘れ去っていける。
自分の立場であれば、そうであるべきだ。
きっと、そうでなければならないのだ。

 そんな風に思い込むと、纏まりのなかった思考は、途端に収束して落ち着いたが、代わりに、虚ろになった胸の奥に、ぽっかりと空洞ができたような気がした。
マルカン家の客室には、部屋全体を暖める大きな炉も、分厚い豪奢な寝具も用意されていたが、一度胸の空洞を意識してしまうと、足元から、薄寒さが這い上がってくる。
夜、しんしんと冷え込む室内で、独り物思いに耽っていると、妙に冴えた頭が、恐ろしいほど冷静に現実を叩きつけてくるのであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.230 )
日時: 2020/03/23 19:24
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE



 不意に、扉を叩く音が響いた。
我に返ったルーフェンは、返事をしようとして、しかし、扉越しに聞こえてきた声に、さっと血の気が引いた。

「あの……夜分に失礼します。召喚師様、いらっしゃいますか?」

──トワリスの声だ。
そう悟った瞬間、開こうとした口を閉ざし、寝台に腰かけたまま、ルーフェンは動けなくなった。

 狙ったかのようなこのタイミングに、一体、何をしに来たのだろう。
祭典が開かれていた七日間、折角会わずに済んだと安堵していたのに──なんていうのは、ルーフェンの勝手な都合だが、それにしたって、トワリスがわざわざ尋ねてくる理由なんて思い付かない。

 無意識に息まで殺して、居留守を決め込んでいると、やがて、扉の外に佇んでいた気配が消えた。
ルーフェンを不在だと思って、帰ったのだろうか。
詰めていた息を吐き出し、目をつぶると、のし掛かるような疲れが、どっと押し寄せてきた。
確かに会いたくはなかったが、無視までするなんて、なんだか自分が情けなくなった。
トワリスに対して、後ろめたいことがあるわけでもないし、いつも通りの態度で、扉を開ければ良かったのだ。

 自分自身に呆れ果てながら、ほっと肩を撫で下ろしたのも、つかの間。
ふと、窓の方から、枠が軋むような、微かな音が聞こえてきた。
まさか、と思いながら腰をあげ、恐る恐る窓に近づき、押し開く。
一階の窓を見下ろし、それから、突き出た屋根のほうを見上げると、その──まさかであった。
視線の先では、屋根伝いに渡ってきて、ルーフェンの部屋を窓から伺おうとしていたトワリスが、洋瓦から顔を覗かせていたのだ。

「──!?」

 目があった瞬間、二人は驚いて、同時に悲鳴をあげた。
トワリスは、飛び退いた拍子に屋根から落ちたが、咄嗟にせり出した窓枠を掴んで、事なきを得たらしい。
腕一本で落ちずに持ちこたえたトワリスを、そのまま室内に引きずり上げると、ルーフェンは、目を白黒させながら尋ねた。

「な、えっ!? 何してるの!?」

 二階なので、そこまでの高さがないとはいえ、不意打ちで落下していたら、トワリスとて着地に失敗していたかもしれない。
妙にずっしりと重たそうな背負い袋を下ろし、腹に抱え込みながら、トワリスは、ふるふると首を振った。

「いや、あの……すみません。でも、違うんです。別に侵入しようとしたとかじゃなくて……気配はあるのに、扉を叩いたとき、返事がなかったから、中で召喚師様が倒れてるんじゃないかと思って……。別の人なんですけど、前にそういうことがあったから、心配で……」

 もう一度、すみません、と付け足して、トワリスは言葉を濁した。
だからといって、屋根を伝ってくるのはいかがなものかと思うが、心配してくれていたのは、本当だったのだろう。
よほど焦っていたのか、いつもは血色のよいトワリスの頬が、心なしか青白い気がする。
彼女の心境を思うと、居留守なんて決め込んでいた自分が、一層憎らしく思えた。

 窓を閉めると、ルーフェンは、床に座り込んでいるトワリスと向かい合った。

「……ごめん。その、寝てて気づかなくて。何か用だった?」

 一度咳払いをして問うと、トワリスは、躊躇いがちに顔をあげた。
まるで、この場にいる自分に戸惑っているような、まごついた表情であった。

 床の上で正座をすると、トワリスは、口を開いた。

「用、というほどのものではないのですが……召喚師様は、明日には、アーベリトに帰られますよね? 私も、実は解雇を申し渡されてしまったので、祭典の後始末が終わり次第、シュベルテに戻ろうと思うんです。それで、その……色々と失礼なこともしてしまったので、ご挨拶に伺いたいって言ったら、ロゼッタ様が、召喚師様の泊まっているお部屋を教えてくださって……」

 たどたどしいトワリスの言葉に、なるほど、と納得して、ルーフェンもその場に胡座をかいた。
祝宴の際は、随分と素っ気ない態度だったので、トワリスももう自分とは関わりたくないのだろうと思っていたが、それはそれとして、召喚師に対して暴言や暴力を振るったことを、きちんと謝罪したいらしい。
律儀なトワリスのことだから、お互いがハーフェルンを去る前に、ルーフェンに会いに行かねばと思い悩んでいたのだろう。

 冷たい床に座らせたままというのも酷なので、椅子を勧めようかと思ったが、やめた。
トワリスは、そこまで気にしていないだろうが、仮にもここはルーフェンの部屋で、他に人はいない。
一度椅子に腰を落ち着けてしまうと、長話になるかもしれないし、仮にも二人きりの状態で、トワリスを長く引き留めるのは、なんとなく憚られた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.231 )
日時: 2020/03/25 19:10
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE


 ルーフェンは、にこりと微笑んだ。

「……それは、わざわざありがとう。君には嫌われてたような気がしてたから、最後に会えて嬉しいよ」

 そう言うと、トワリスは表情を曇らせた。

「べ、別に嫌ってたわけじゃ……。ただ、いろんな女の人の前で鼻の下を伸ばして、いい加減な態度ばかりとるのは、いかがなものかと……」

 口ごもりながら、目線を下にそらして、トワリスは不満げにぼやいた。
この調子で、ロゼッタにもあれやこれやと、口うるさく注意していたのだろう。
母親になったつもりか、と憤慨していたロゼッタの表現が言い得て妙で、思い出すだけで、再び笑いそうになった。

 言うか言うまいか迷ってから、困ったように肩をすくめて、ルーフェンは続けた。

「あのさ、一応言っておくけど、祭典中に会った女の子たちは、全員ただの知り合いだから。社交場だと、ああいう距離感が普通というか、深い意味はないというか……。なんなら、ロゼッタちゃんとも別に──」

「分かってます。いちいち気にしてる、私が悪いんです。ロゼッタ様にも怒られました、他人のすることに逐一目くじらを立てるなって。浮気したとかしてないとか、そういう恋愛沙汰も、貴族の方々は本来、笑ってやり過ごさないといけないんですよね。まして、私みたいな一般の魔導師が、怒るようなことじゃない。今回の件で学びました」

「……いや、俺が言ってるのは、そういう話でもないんだけど……」

 言葉を遮り、間髪入れずトワリスが答える。
まるで分かっていない答えに、改めて説明しようとも思ったが、そこまで必死に言い訳をするのも、逆に怪しまれそうだったので、ルーフェンは口を閉じた。
誤解されたままというのも、なんとなく嫌であったが、そう思われるような振る舞いをしていたのも確かなので、弁解の余地はない。

 一方のトワリスは、しばらく小言を言った末に、しまった、という風に口元を押さえると、自分の頬をぴしゃりと叩いて、怒ったように言った。

「そうじゃなくて……! えっと、私はこんな話をしに来たんじゃないんですよ!」

 何やらぶつぶつと溢しながら、やがて、ふと真剣な顔つきになると、ルーフェンに向き直る。
居住まいを正し、一つ呼吸をしてから、トワリスは、持ってきた背負い袋の中から、三冊の分厚い魔導書を取り出した。

「これ……ようやく、召喚師様にお返しできます。いずれ私が、アーベリトに直接伺って、お返ししたかったのですが、先になってしまいそうなので……今、お返しさせて下さい」

 ルーフェンの方に向きをそろえ、丁寧に重ねると、トワリスは、そのまま魔導書を差し出してきた。
五年前、トワリスがアーベリトの図書室から借りていった、三冊の魔導書であった。
よほど使い込んだのだろうが、丁寧に扱ってもいたようだ。
魔導書は、所々擦りきれている部分があったものの、その硬表紙の保存状態は、元が古い蔵書と思えぬほど良かった。

 続けて、その上に便箋を一枚乗せると、トワリスは、どこか恥ずかしげに言った。

「あと、この手紙は……私の気持ちです。直接だと、余計なことしか言えないので、手紙にまとめました。もし、お時間があったら読んでください。なければ、捨てていただいて構いません」

「…………」

 色味も飾り気もない、無地の白い便箋であった。
きっと中の手紙には、粛々とした別れの挨拶だけが、几帳面な文字で書き連ねてあるのだろう。
業務連絡でもあるまいし、そこまで畏まった文面にしなくても良いのに、トワリスが寄越す手紙は、昔から妙に堅苦しかった。
それでも、口では上手く言えないからと、選び抜かれた言葉が並ぶその手紙には、いつだって彼女らしさが認(したた)められている。
今日まで祭典で、トワリスとて日中忙しかっただろうから、昨夜あたりに、徹夜で書いたのかもしれない。
あの細い手指で筆を持ち、一生懸命文を綴っていたのかと思うと、なんとも言えぬ温かさが、胸の奥に広がった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.232 )
日時: 2020/03/27 18:52
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE



 そっと便箋を手に取ると、ルーフェンは問うた。

「……今、開けて読んでいい?」

「えっ」

 トワリスの顔が、ほのかに赤くなる。
それはちょっと、と俯いてから、ややあって、ルーフェンから便箋を引ったくると、トワリスは、か細い声で言った。

「や、やっぱり、直接言わせてください……」

 手繰り寄せた便箋が、トワリスの手の中で、くしゃりと丸まる。
もったいない、と思ったが、トワリスはもう、便箋のことなど頭にないらしく、強ばった顔で身を縮こまらせていた。

 緊張しているのか、便箋を握りつぶしているその手が、微かに震えている。
しばらくの沈黙の末、三つ指をつくと、トワリスは、決心したように、深々と礼をした。

「……まず、五年前のこと、本当に……ありがとうございました。陛下と召喚師様には、言葉では言い表せないほど、感謝しています。今こうして生きているのも、魔導師になれたのも、全部、お二人のおかげです。ハーフェルンでは、いらぬことばかり口走ってしまい、誠に申し訳ありませんでした。失敗しているところばかり晒してしまって、お恥ずかしい限りなんですが……本当は、ずっと、ずっと、お礼を言いたかったんです。偶然召喚師様と再会できたときも、すごく、嬉しくて……色々あったけど、今まで頑張ってきて良かったなって、心から、そう思ったんです」

 トワリスの中で、何度も繰り返してはいたが、結局一度も、口には出せていなかった言葉であった。
本当は、中庭で再会したときに、開口一番で言いたかった言葉。

 顔を上げぬまま、トワリスは言い募った。

「短い間でしたが、ハーフェルンにきて、自分がまだまだだったんだってこと、沢山思い知らされました。マルカン侯やロゼッタ様に言われたことも、召喚師様に言われたことも、祭典の間、ずっと考えていたんです。納得できたものもあれば、正直、納得できないものもありました。だけど、全部私に対してのご意見だと思って、大切にします。シュベルテに戻ってからも思い出して、精進します。それでいずれは──」

 そこまで言ったところで、トワリスは、言葉を止めた。
ルーフェンが、話を聞きながら、くすくすと笑っている。
トワリスが顔をしかめたことに気づくと、ルーフェンは、慌てて手を振った。

「……ああ、ごめん、ごめんね。話がおかしくて、笑ったんじゃないんだ。ただ、トワリスちゃんって本当、真面目だなぁと思って」

 「そうですか?」と小さく問い返して、ようやく、トワリスが顔をあげる。
一度笑みをおさめると、ルーフェンは、いたずらっぽく口角を上げて、トワリスに尋ねた。

「ロゼッタちゃんが、君をそばに置くのが嫌になっちゃった理由、聞いた?」

 ぱちぱちと瞬いたトワリスが、首を横に振る。
眉を寄せ、考え込むような表情になってから、トワリスは、おずおずと答えた。

「……魔導師として、未熟だから、ですか?」

 一瞬、ルーフェンの顔が、笑いを噛み殺したかのように歪む。
真剣に答えたのに笑われて、トワリスが再び顔をしかめると、ルーフェンは謝りながら、どこか楽しげに答えた。

「……君がさ、乳母より口うるさいからだって」

「は? いや、だってそれは──」

 反論しかけて、慌てて口をつぐむ。
つい先程、納得ができない言葉でも、大切にすると宣言したばかりなのに、早速破ろうとしてしまった。
だってそれは、の先に続けたい文句は腐るほどあったが、それはルーフェンの前で言うことではないだろう。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.233 )
日時: 2020/03/29 19:06
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE


 トワリスの心の中の葛藤を察したのか、ルーフェンは、苦笑混じりに言った。

「真面目なのは結構だけど、無理して飲み込まなくていいと思うよ。どうせ影で、悪どいことしまくってるんでしょ、天下のロゼッタ様はさ。まあ、侯爵令嬢としての生活は窮屈だろうから、その気持ちも分かるけど、あくまでトワリスちゃんは、善意で注意してたわけなんだし、そんなに気にしなくていいんじゃない?」

 返答が予想外だったのか、トワリスは、目を丸くした。
しかし、すぐに俯いて、ゆるゆると首を振ると、膝上に置いた拳を、ぎゅっと握りしめた。

「い、いえ、気にします……。単に私の言い方が、悪かったって話で……。ロゼッタ様の身の安全が第一なのは勿論ですが、あくまで私は一臣下ですから、出すぎた行為や発言は非礼にあたるっていう自覚が、足りなかったんだと思います」

「そう? まあ、君がそう思うなら、いいんだけどさ。ただ、トワリスちゃんには、自分を曲げてほしくないなぁと思って」

 思い詰めた様子のトワリスに、ルーフェンは、眉を下げた。

「俺も、色々余計なことを言ってしまって、ごめんね。トワリスちゃんみたいな子は、狡猾な奴等に利用されそうで、見てられなかったんだ。でも、だからって周りと同じく狡猾になって、自分を偽れだなんて、よく考えたら可笑しいよね。トワリスちゃんは、そのまっすぐさで、実際にここまで来ちゃったんだもんな」

 呟くように言ってから、ふと、目を伏せる。
言葉の意味を図りかねて、難しい顔をしているトワリスに、ルーフェンは付け足した。

「要は、周りが何を言ってこようと、今後もトワリスちゃんは、トワリスちゃんらしく、そのまんまでいてほしいなぁってこと。大層なことを言えるほど、長い時間を君と過ごしてきたわけじゃないけど、トワリスちゃんは、今も昔も、根っこの部分は変わってないなって感じるし、これからも、変わらないでほしいと思うよ」

 言い終わると、トワリスは、更に表情を固くしてしまった。
変わらないでいてほしいというのは、ルーフェンの本心であったが、どうやら彼女には、頷きがたい意見だったらしい。
かといって、何か言わねば、生真面目さ故に一人で思い悩んで、どんどん落ち込んでいきそうなので、やはりトワリスは、面倒臭い性格だと思う。
面倒臭いのに、ずっと見ていたいと思うようになってしまったのは、いつからだっただろうか。
五年前から、その気持ちはあったような気もするし、この七日間で、急速に芽生えた気持ちのような気もする。

 トワリスは、また考え込むように下を向いて、しばらく押し黙ってきた。
だが、やがて、思い定めたようにルーフェンを見ると、その身を乗り出した。

「でも、変わらないと……強くなれません。私、もっと強い魔導師になりたいんです。出すぎたことだって思われるかもしれませんけど、召喚師様にも頼ってもらえるような……そういう存在に、本気でなりたいって思ってるんです」

 思いがけず、熱のこもった声で言われ、見つめられて、ルーフェンは、思わずどきりとした。
また、あの瞳だ。五年前、魔導師になると告げてきた時と同じ、静かな迫力に満ちた、赤鳶の瞳──。
この目に捕らえられると、もう顔を背けられなくなってしまう。

 不意に、炉で踊っていた炎が、ばちっと音を立てて爆ぜた。
トワリスの赤みがかった瞳は、炎の色とは違う赤であったが、ゆらゆらと揺れるその奥──芯の部分で放つ不動の光は、どこか似ているように見えた。

 揺蕩う火影が、その頬を撫でる様を見つめながら、ルーフェンは、トワリスの腕を掴んで、引き寄せた。

「……それなら、やっぱり、アーベリトにおいでよ」

 こぼれ出た言葉に、トワリスの目が、微かに動く。
言ってしまってから、自分が何を口走ったのか分かって、ルーフェンは、慌てて補った。

「ああ、いや、もちろん。前にも言った通り、無理強いするつもりはないんだけど……」

 気まずくなって、目線をそらす。
乗り出していた体制を戻し、俯くと、トワリスはどこかおかしそうに言った。

「……召喚師様も、なんだかんだで、根本は昔と変わらないですよね。だってこの前も、今も、命令だから来いって言えば、それで済む話なのに」

 それからトワリスは、落ち着いた表情になると、再び黙りこんでしまった。
長い沈黙が続いて、徐々に、彼女の目の色が、色味のないものへと変わっていく。
トワリスは、一線引くと、遠くを見ているような、静かな顔つきになった。

「召喚師様は、私を心配してくださってるんですよね。……そのお気持ちは、とても嬉しいですし、未だに気にかけて頂いてるのは、光栄です。でも、実力不足のままアーベリトに行ったって、意味がないんです。私が目指しているのは、アーベリトで守られている獣人混じりじゃなくて、アーベリトを守る魔導師なんです」

「…………」

 ここで、そうかと答えて、話を切り上げるのが正解だったのだろう。
そうすれば、現時点で、トワリスがアーベリトに来ることはなくなる。
頭では、そのことが分かっていたが、ルーフェンは躊躇ったように口を開きかけるだけで、なにも言うことができなかった。
ややあって、ため息をつくと、ルーフェンはぽつりと溢した。

「……そうじゃないよ」

 顔を上げたトワリスが、怪訝そうに首を傾げる。
トワリスは、ルーフェンの否定の意味が分からないようであったが、正直なところ、ルーフェン自身も、よく分からなくなっていた。
同情心からアーベリトに誘われているのだと勘違いして、落ち込むトワリスの誤解を解きたいだけなのだと思いたかったが、それだけではないような気もしていたのだ。

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