複雑・ファジー小説

〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下
日時: 2019/11/08 15:38
名前: 銀竹
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=17224

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都――アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-300

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『成就』 >>163-189 >>192-230
第三話『詭策』

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『存念』
第二話『永訣』
第三話『約定』
第四話『苦悶』
第五話『崩壊』

†終章†『黎明』


……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる――。

【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは――。

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・人語を知らぬきみたちへ《複ファ》
さあ、人語を知らぬきみたちよ。
ただどうか、共に在ることを許してください。

【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の王、エイリーンと共に、突如姿を消したルーフェン。
召喚師への不信感が募っていく中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
アルファノル興国に隠された真実、そして、召喚師エイリーンの思惑とは――?

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。


……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

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Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.197 )
日時: 2019/11/27 19:00
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE



 ルーフェンは、抵抗するトワリスを押さえ込んで、石造の岸辺にずり上がった。
閘門橋を見上げれば、騒ぐ人々がこちらを指差して、忙しく行き交っている。
この分なら、こちらが動かなくとも、じきに助けが来るだろう。
そういえば、気絶したロゼッタも、橋の上に放置してきてしまった。

 無理矢理引きあげられたトワリスは、ルーフェンの腕をはねのけると、咳き込みながら怒鳴った。

「どうして離してくれなかったんですか! 耳飾り、まだ見つけてなかったのに!」

「耳飾り……?」

 訝しげに問い返して、目を見開く。
トワリスが運河に飛び込んだのは、ロゼッタの落とした耳飾りを探すためだったのだと気づいて、ルーフェンは、思わず眉をひそめた。

「耳飾りって……まさか、そんなことのために飛び込んだの?」

「そんなこと……?」

 トワリスの声音に、押し殺したような怒りが混ざる。
きつくルーフェンを睨み付けると、トワリスは激昂した。

「あの耳飾りは、マルカン候がロゼッタ様に贈ったものなんですよ! 大切な宝物なんだって、前に言ってたんです! そんなことじゃありません!」

 トワリスの真剣な面持ちに、ルーフェンは、つかの間言葉を止めた。
ロゼッタの“大切な宝物だ”なんていう言葉に、おそらく深い含みはない。
あるとすれば、単純に宝石としての希少価値が高いから、“宝物だ”というだけである。
父親からの贈り物だとか、願掛けをしたとか、そんなロゼッタの綺麗な言葉に、さして重大な意味はない。
ロゼッタに限らず、貴族の娘とは大概そういうものであることを、ルーフェンは知っていた。
けれどもトワリスは、そんな彼女たちの言葉を、いちいち額面通りに受け取っているのだろう。
だから、こんな風に真剣になれるのだ。

 ルーフェンは、言葉を選びながら、小さく息を吐いた。

「……仮にそうだったとしても、飛び込むのは危ないよ。あんな高さから落ちて、下手したら、死んでたかもしれない」

「あの程度じゃ死にません。私はそんな柔じゃないです!」

「第一、あんな小さな耳飾り、運河の中から見つけられるわけないだろう? 浅瀬ならまだしも──」

「召喚師様が途中で割り込んでこなければ、見つけられました! 私一人だったら、耳飾りを持って自力で岸まで上がれてたのに……!」

「…………」

 この言い種には、流石のルーフェンも、むっと眉根を寄せた。
意地になっているのだろうが、どう考えたって、トワリス一人で耳飾りを見つけられたとは思えない。
閘門橋から飛び降りて、今現在こうして口論を交わせるくらいだから、柔じゃないという彼女の言葉も、嘘ではないのだろう。
けれど、ルーフェンが助けに入らず、長時間あの冷たい運河の中で揉まれていれば、どんな頑丈な人間でも、体力を奪われて動けなくなってしまっていたはずだ。

 言い返そうとして、しかし、トワリスの姿を改めて見ると、ルーフェンは口を閉じた。
飛び込んだときに水を飲んでしまったのか、何度か叫んだ後に、トワリスは苦しげにひゅうひゅうと喉を鳴らしている。
寒いのか、それとも怒り故なのか、その小柄な肩は、微かに震えていた。

 ルーフェンは、やりづらそうに嘆息した。

「……助けが不要だったなら、ごめんね。でもやっぱり、いきなり運河に飛び込むなんて、誰がやったって危ないよ。今回助かったのは、運が良かったからだと思った方がいい。……耳飾りはまた買えるけど、君は買えないだろう?」

 はっと見開かれたトワリスの目が、大きく揺れる。
何を言っても怒鳴り返してきていたトワリスは、突然戸惑ったようにうつむくと、黙りこんでしまった。

「……大丈夫? どこか痛む?」

 心配になって声をかけるが、やはりトワリスは、唇を閉ざしたままだ。
顔色を伺おうにも、彼女は下を向いているので、濡れた前髪に隠されてよく見えない。
トワリスの表情を伺うため、赤褐色の髪に触れようとした──その、次の瞬間。

「触んないで下さいこの変態っ! 不潔っ! 女ったらしーっっ!!」

 ルーフェンの反応速度を上回る速さで、トワリスの掌が飛んでくる。
怒号と共に、スパァンと鳴り響く、乾いた音。
トワリスの手が、ルーフェンの頬──というよりは顔面をぶっ叩いた音は、辺り一面に、高々に響き渡ったのであった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.198 )
日時: 2019/11/30 18:44
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE


「君は一体! 何をしに行ったのかね!?」

 温厚さの欠片もない、太い声でクラークに怒鳴られて、トワリスは萎縮した。
落ち着いて、と宥めるように言って、ルーフェンは、クラークとトワリスの間に立つ。
召喚師の手前、怒りは抑えているようであったが、クラークの顔つきは、今にも殴りかかってきそうなほど険しかった。

 運河でびしょ濡れになったルーフェンとトワリス、そして倒れていたロゼッタは、無事に自警団の者達に助け出され、マルカン邸に戻ってきた。
事の成り行きを聞いたクラークは、ひとまずトワリスたちを着替えさせ、応接室に通すと、烈火のごとく激怒した。
ただ逢引の監視を命じただけなのに、そのトワリスが、突然運河に飛び込むだなんて奇行に走るとは、一体誰が予想できただろう。
結果的に、大事なロゼッタを気絶させ、賓客であるルーフェンまで全身ずぶ濡れにしたわけだから、クラークの中で、トワリスは重罪人に成り上がっていたのだった。

「黙っていないで、なんとか言ったらどうなのだ。この前の毒混入を許した件といい、役に立たぬだけならまだしも、君はなんなのだ。私の顔に泥を塗りたいのか?」

「……申し訳ありません」

 仏頂面で謝罪をするだけで、トワリスは、それ以上何も言わない。
何故非難されるのか、まるで納得がいかないという心の内が、そのまま顔に出てしまっている。
そんな態度が、一層頭に来るのだろう。
クラークは、わなわなと拳を震わせて、床に正座するトワリスを指差した。

「第一、何故運河なんぞに飛び込んだのだ! トワリス、君のせいで市街はちょっとした騒ぎになったのだぞ。召喚師様にまでお手間を取らせおって……!」

「まあまあ……私は大丈夫ですから」

 憤慨するクラークを、ルーフェンが諌める。
豪奢な椅子から立ち上がり、ばんばんと机を叩いて叫んでいたクラークは、ルーフェンに向き直ると、恭しく頭を下げた。

「召喚師様、なんとお詫びを申し上げてよいやら……。本当に医術師は呼ばなくてよろしいのですか? 頬が赤く腫れておりますが……よほど勢いよく顔面から着水なさったのですね」

「いや、そんな器用な着水はしてないですけど……」

 あはは、と苦々しく笑って、ルーフェンは、トワリスを一瞥する。
この頬の赤みは、他でもない、トワリスにぶん殴られたせいで出来たものだ。
しかし、そんなことを話せば、クラークはいよいよトワリスを厳罰に処すだろう。
彼女も彼女で、少しは弁解すれば良いのに、ぶすぐれた顔で沈黙しているだけだ。
こんな態度をとっては、クラークの頭に血が昇るのも仕方がない。

 ルーフェンは、やれやれと肩をすくめると、クラークに笑みを向けた。

「マルカン候、そう怒らないで下さい。別に彼女も、意味がなく運河に飛び込んだわけじゃないんです。実は──」

「──子供が!」

 仕方なく、代わりに弁解してあげようと口を開いたルーフェンの言葉は、しかし、当の本人、トワリスによって遮られた。
思わず声が大きくなってしまって、トワリスは、はっと口をつぐむ。
ルーフェンとクラーク、二人の視線を受けて、トワリスは、どこか辿々しい口調で告げた。

「……子供が、溺れているように見えたんです。それで、助けようと思って、飛び込んだんですが……私の勘違いでした。すみません」

「…………」

 クラークの顔が、怒りを通り越し、呆れに歪む。
ルーフェンは、少し驚いたように瞠目して、トワリスを見つめていた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.199 )
日時: 2019/12/02 20:58
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE


 彼女が嘘をついた理由が、分からなかった。
ロゼッタのために、落とした耳飾りを取り戻そうとしたのだと説明すれば、クラークの怒りは幾分か解けたはずだ。
無鉄砲さに注意を受けることはあったかもしれないが、娘のために動いた臣下を処すほど、クラークは横暴ではない。

 その時、不意に、扉を叩く音が聞こえてきた。
クラークの返事を聞いて、一人の侍従が、部屋に入ってくる。
侍従は、入室と同時に頭を下げると、クラークに進言した。

「申し上げます。ロゼッタ様が、たった今、お目覚めになりました」

「おお! それは真か!」

 曇っていたクラークの表情が、ぱっと輝く。
足取り軽く扉まで向かってから、ふと振り返ると、クラークは言った。

「今日のところは、この話は終わりだ。トワリス、君の処遇については追って沙汰する。召喚師様は、どうぞこの後も我が屋敷でごゆるりと。何かございましたら、侍女までお申し付けを」

 それだけ早口で残して、クラークは、さっさと部屋を出ていってしまう。
静まり返った室内で、ルーフェンは、どうすべきかとクラークの机に寄りかかったが、トワリスは、少し体制を崩しただけで、未だ硬い床の上に正座をしたままであった。

「椅子に座ったら?」

 クッションのきいた長椅子を示して、ルーフェンが口を開く。
トワリスは、どこか強張った面持ちで、おずおずと長椅子に腰かけると、やがて、暗い声で尋ねた。

「……召喚師様は、怒ってないんですか」

「何に?」

「邪魔をしたことと、頬を叩いたことです」

「……それを言うなら、昔噛まれたときの方が痛かったよ?」

 冗談のつもりで言ったが、トワリスは、くすりとも笑わなかった。
ただ目を伏せ、床の一点を見つめながら、膝上に置いた拳をぐっと握っている。

 ルーフェンは、一拍置いてから、トワリスに問うた。

「どうして耳飾りのために飛び込んだんだって、説明しなかったの? 子供が溺れてると勘違いしたなんて、嘘でしょう?」

 トワリスの目が、一瞬、ルーフェンを捉える。
しかし、すぐにそっぽを向くと、トワリスは、ぼそぼそと答えた。

「……だって……耳飾りをとって戻れたわけじゃありませんし。わざとじゃなかったとはいえ、贈った耳飾りを娘がなくしたと知ったら、父親としては悲しいじゃないですか」

「…………」

 驚きの答えに、ルーフェンは、思わず絶句してしまった。
優しい、といえば聞こえはいいが、それはあまりにも意味のない、無駄な親切心であった。
ロゼッタにとってもそうだが、クラークにとっても、あの耳飾りはさして重要なものではないだろう。
そもそも、贈ったかどうか覚えていない可能性が高いし、仮に覚えていたとしても、数ある贈り物の一つに過ぎない。
あの耳飾りには、命をかけるような価値などないし、クラークを気遣うあまり、己の立場を危うくするだなんて、思いやりがあるというよりは単なるお人好しだ。
耳飾りを取り戻そうとしたのだと訴えて、自分の地位を守った方が余程利口である。

 ただの町娘として暮らすならば、優しさは美徳と言えるだろう。
しかし、トワリスが選んだ魔導師という道は、戦いに身を投じる中で、時には人を騙し、貶めることも必要になるはずだ。
それなのに、彼女は今まで、この愚直さで生きてきたのかと思うと、感心するのと同時に、言い知れぬ苛立ちや呆れのようなものも感じた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.200 )
日時: 2019/12/05 19:44
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE


 ルーフェンは、顔に出さぬように、内心ため息をついた。

「……耳飾りがなくなったのは、君のせいではないし、正直に言えばよかったと思うよ。トワリスちゃんは、あの耳飾りがすごく価値のあるものだと思っているようだけど、多分そうじゃない。マルカン候の娘の溺愛ぶり、見てるでしょ? あの調子で、しょっちゅう娘に物を買い与えてる。あの耳飾りは、その中の一つでしかないよ」

「……どうしてそんなこと言うんですか」

 忠告のつもりで言ったが、それこそトワリスにとっては、不要な親切心だったらしい。
どこか不機嫌そうにルーフェンを見ると、トワリスは、言い直した。

「お言葉ですが、召喚師様こそ、人の気持ちを軽く見すぎじゃありませんか。あの耳飾りは、マルカン候からの贈り物であり、ロゼッタ様が召喚師様のために身に付けてたものでもあるんですよ。数日前から、嬉しそうに耳飾りを自慢してくるところを、私はずっと見てました。そういう背景を知らないくせに、そんな風に言わないでください」

「…………」

 いや、ロゼッタちゃんに限っては──と言いかけて、ルーフェンは口を閉じた。
トワリスは、見るからに頑なな態度で、ルーフェンを睨んでいる。
ここで何か反論をするのは、火に油を注ぐこときなるだろう。

 ルーフェンは、話を別の方向に向けた。

「でも、このままだと、君の立場が危ないかもしれないよ。マルカン候は、君が勘違いで運河に飛び込んで、騒ぎを起こしたと思い込んでる。相当ご立腹のようだったし、誤解を解かないと、屋敷から叩き出され兼ねない」

 ぴくりと、トワリスの睫毛が動く。
唇を噛むと、トワリスは、細く息を吐いた。

「……そうなっても、仕方ないのかもしれません」

 弱々しい声で、トワリスは続けた。

「……マルカン候には、感謝しているんです。ハーフェルンに来て振り回されることも多かったけど、私みたいな新人魔導師を、こんな大役に起用して、期待してるって言って下さった。経歴とか獣人混じりだとか、そういうことも気にせず、魔導師としての実力だけを見ようとして下さってたんです。マルカン候は、きっとそういう方で……だから、その上で、私じゃロゼッタ様の護衛は勤まらないって判断されたなら、仕方がないです」

 どこか諦めたような声音で、トワリスは言った。

「前にも、叱られたんです。ロゼッタ様の夕食に、毒が盛られていたことがあって、それを、私が見逃してしまったから……。今回の件も、耳飾りを取りに行こうとしたこと自体は、後悔していません。でも、結果的に皆さんに迷惑をかけてしまったので、見限られても文句は言えません。中途半端に辞めることになるのは悔しいですが、ここでしつこく食い下がって、ロゼッタ様を危険にさらしたら、元も子もない。暇を出されたら、大人しく魔導師団に戻って、修行し直します……」

 言い終えたあと、膝上に置かれたトワリスの拳に、ぎゅっと力が入ったのが分かった。
言葉だけは聞き分けの良いものだが、やはり、悔しいのだろう。
トワリスは、投げ槍になっているというより、ただ、良かれと行ったことが空回って、気落ちしているようであった。

 ルーフェンは、そんな彼女の顔つきを、しばらく意外そうに眺めていた。
クラークと対峙していたときは、仏頂面に見えたが、実際のトワリスは、騒ぎを起こしたことを気にしているようだ。
叱られてぶすぐれていた訳ではなく、単に緊張して、表情が固くなっていただけだったのかもしれない。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.201 )
日時: 2019/12/09 18:52
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE


(不器用というか、なんというか……)

 予想でしかないが、今までもこの堅すぎる性格が災いして、トワリスは痛い目を見たことがあったのではないだろうか。
そんなことを考えていると、トワリスが、居心地が悪そうにルーフェンを見上げて、言い募った。

「……召喚師様、やっぱり怒ってるんですか」

 そう問われて、はっと我に返る。
どうやら、トワリスのことを長時間凝視ししすぎたらしい。

 ルーフェンは、首を左右に振った。

「いや、そういうわけじゃないよ。殴られたところも、もう痛くないし。触られるのが嫌だったんでしょ? ごめんね、大した意味はなかったんだ。もう何もしないよ」

 笑みを浮かべ、何もしないという証明に、両手をひらひら上げて見せる。
トワリスは、少し罰が悪そうに目をそらした。

「いえ、その……私も、申し訳ありませんでした。いきなり、叩いたりして……。でも私、もう一つ謝らなければならないことがあって……実は、召喚師様たちのこと、尾行していたんです」

「…………」

 知っていたが、この後に及んで本人が打ち明けてくるとは思わず、ルーフェンは眉をあげた。
尾行していただなんて、それこそ言わなければ済む話なのに、どこまで馬鹿正直なのだろうか。

 ルーフェンは、肩をすくめた。

「……気づいてたよ。というか、それもマルカン候からの命令でしょう? 君が気にすることじゃない。トワリスちゃんはお金持ち連中の感覚にあまり慣れていないみたいだけど、基本的にご貴族様は、護衛も監視もなしに出掛けるなんてあり得ないんだよ。それが例え、ただのお散歩でも、何でもね」

 皮肉っぽく言うと、トワリスは、微かに眉を下げた。

「それは、まあ確かに何が起こるか分かりませんし、護衛がつくのは大事なことですけど……。でも、今回は召喚師様がいたし、無理に尾行する必要はなかったのかなと。だって、嫌じゃないですか? 折角その……こ、婚約者と出掛けてるのに、誰かに見られてるなんて……」

 どこか恥ずかしげに言って、トワリスは、視線を斜め下にそらす。
ルーフェンは、苦笑混じりに答えた。

「どうかな? まあ、親心もあるだろうし、いいんじゃない? 大事に育ててきた娘が人混みに出掛けるってなったら、そりゃあ心配だろうし、まして一緒にいる男が、俺みたいなフラフラした奴じゃあね」

 そう冗談混じりに返すと、トワリスの目が、大きく見開かれた。

「ご自分がフラフラの変態である自覚はあったんですね」

「……え? 俺、変態だと思われてたの?」

 あ、と声を上げて、トワリスが口を閉じる。
そういえば、運河で殴ってきた時も、変態だの不潔だのと、トワリスは叫んでいた気がする。

 いや、とか、あの、とか口ごもった末に、トワリスは、言いづらそうにぼやいた。

「……へ、変態、というか……だって、ロゼッタ様がいるのに、金髪の女の人と仲良くしてたじゃないですか……」

「金髪……? 誰だっけ?」

 ぱちぱちと瞬いたルーフェンに、トワリスが、怪訝そうに眉をしかめる。
信じられないものを見るような目つきになると、トワリスは、強い口調で言った。

「い、いたじゃないですか! 私と召喚師様が、この屋敷の中庭で偶然会ったとき! 金髪の、女の人が嬉しそうに来て、その、召喚師様と……」

 ごにょごにょと口ごもりながら、トワリスの語尾が、尻すぼみになっていく。
ルーフェンは、うーんと呟いて、それから、首をかしげた。

「そういえば、そんなことがあったかな。金髪の、髪長い子だっけ。それとも短い方?」

「まさか複数心当たりがあるんですか……」

 いよいよ本気で軽蔑し始めたのか、長椅子の右端に移動して、トワリスがルーフェンと距離を取る。
ルーフェンは、からからと笑うと、トワリスが座っている長椅子の、左端に座った。

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