複雑・ファジー小説

〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下
日時: 2018/07/18 22:20
名前: 銀竹
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=17224

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都――アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-300

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-70
第三話『成就』
第四話『裏切』
第五話『慕情』

†第四章†──淋漓たる終焉

第一話『存念』
第二話『永訣』
第三話『約定』
第四話『苦悶』
第五話『崩壊』

†終章†『黎明』


……………………

【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる――。

【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは――。

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・人語を知らぬきみたちへ《複ファ》
さあ、人語を知らぬきみたちよ。
ただどうか、共に在ることを許してください。

【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の王、エイリーンと共に、突如姿を消したルーフェン。
召喚師への不信感が募っていく中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
アルファノル興国に隠された真実、そして、召喚師エイリーンの思惑とは――?

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。


……お客様……

和花。さん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、一作目のミストリア編が無事完結しました!
執筆開始してから約三年半、応援して下さった方々、本当にありがとうございました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

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Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.55 )
日時: 2018/09/09 15:43
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE



「……慣れたって、なにを言ってるのですか」

 動揺した様子で、一歩離れると、サミルはきつい口調で言った。

「こんなことに、慣れてはいけません。以前、言ったではありませんか! 殺しを良しと思うことだけは、あってはならない。人の死を悼む気持ちは、絶対に忘れてはなりません、と」

「良しだなんて思ってません。だけどこれは、誰かがやらなくちゃいけないことだ!」

 言い放って、サミルに向き直る。
ルーフェンは、ぐっと拳を握った。

「……サミルさんは、甘いんだよ。その甘さが、きっと沢山の人を救ってきて、今のアーベリトを作ってる。俺だって、そんなアーベリトの雰囲気が、好きです。……でも、それだけじゃ駄目なんだ。この先もずっと、今のアーベリトで在り続けるなら、それを阻むものを、誰かが斬り捨てなきゃいけない。……その役は、俺が適任だと思う」

「…………」

「シュベルテは、色んな思惑が交錯している街だ。協力関係を結んでいるからといって、裏切られないとは断言できないし、領主であるバジレットの権力が、必ずしも臣下に及んでいるとも限らない。シルヴィアだって、また何か仕掛けてくるかもしれない。……俺は、ずっとシュベルテにいたから、分かるんだ。あの街は、簡単に信用しちゃいけない……。サミルさんが人を信じ、助けることでアーベリトを形作るなら、俺は、人を疑い、斬り捨てることで、アーベリトを守ります。召喚師には、それを成せるだけの、絶対的な力がある」

 ルーフェンの物言いに圧倒された様子で、サミルが口を閉じる。
決して、シュベルテで燻っていた頃のように、召喚師の責務に縛られて言っているわけではない。
ルーフェンは、自らの意思で、アーベリトの影の部分になろうとしている。

 サミルは、額に手を当てると、消え入りそうな声で返した。

「そのような、悲しいこと……。私は、頷けません。シュベルテで、日に日に弱っていく貴方を、私は助けたかった。だから、ルーフェンをアーベリトに呼んだんですよ。君にそんな辛い役目を負わせるために、アーベリトを王都にした訳じゃない」

 ルーフェンは、静かに返した。

「……悲しいことでもないし、辛い役目だとも思ってません。アーベリトを守れるなら、俺は、なんだってやります」

 大きくなったサミルの目を、ルーフェンは見つめ返した。

「俺は、こうなることを、覚悟していました。アーベリトを王都にしたときから……いや、それよりも前から、ずっと……。だって、俺とサミルさんが選んだのは、そういう道だから」

「…………」

 ルーフェンはしばらく、悲しげに歪むサミルの顔を、じっと眺めていた。
しかし、やがて、ふいと目をそらすと、サミルに背を向けた。

「……残党がいないか、見てきます」

 それだけ言って、ルーフェンは足早に去っていく。
長廊下の角を曲がって、ルーフェンの姿が見えなくなると、サミルは、大きく息を吐いた。

「私も、分かっています。分かっていますが……」

 独り言のように呟いて、苦しそうに目を閉じる。
そんなサミルの肩に手を置いて、ダナが口を開いた。

「サミル坊、おぬしも疲れとるんだろう。こんな襲撃があった後じゃ。明日も忙しくなるだろうし、少し休んできたほうがいい」

「…………」

 サミルとダナのやりとりを眺めながら、トワリスは、その場に立っていることしかできなかった。
ぼんやりとした月明かりが照らす中、ロンダートは、呆然と転がる死体を見つめている。

 どこかで、見えない亀裂が入る音を、トワリスは聞いたような気がした。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.56 )
日時: 2018/09/11 19:00
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE




 犠牲者一人という小規模なものではあったが、レーシアス家への襲撃は、アーベリトの人々にとって衝撃的な事件となった。
国王、サミル・レーシアスを狙った暗殺未遂──。
この知らせは、瞬く間に街中に広がり、王都になってから沸き立っていたアーベリトの人々に、冷水を浴びせたのだった。

 レーシアス家でも、以前のような活気はなくなってしまった。
一層任務に打ち込むようになった、と言えば聞こえはいいが、自警団員たちの雰囲気が、ぴりぴりするようになったし、サミルとルーフェンも、あまり話さなくなった。
二人とも、前々から仕事に追われて、話す時間が多かったわけではない。
それでも、屋敷内ですれ違った時なんかは、楽しそうに会話していたのに、今はもう、気まずそうに一言二言交わすだけになっていた。

 そんな中でも、トワリスが会いに行けば、ルーフェンはいつも通り優しかった。
最初は、変わらぬ態度に安堵したものだったが、だんだん、その優しさが作っているもののように感じられて、ふと悲しくなることがあった。
だって、サミルとの間に亀裂が入った上、アーベリト全体の雰囲気も悪くなったのだ。
こんな状況にいたら、ルーフェンとて、穏やかに笑っていられるはずがない。
それなのにルーフェンは、いつも優しく、前と同じ態度で接してくれる。
いっそ、不平不満でもぶつけてくれたら良いのに、ルーフェンは、全く心の内を見せない。
そんな彼と話していると、自分は全く頼られていないのだと実感してしまって、寂しくなった。
結局、ルーフェンにとってトワリスは、哀れな境遇から救いだした、少女の一人に過ぎないのだろう。

 疲れに良いだろうと、ミュゼと作った焼菓子を持っていった時も、ルーフェンの態度は、普段通りだった。

「トワリスちゃん、どんどんお料理上手になってくね。ありがとう」

 そう言って、ルーフェンは、美味しそうに焼菓子を食べてくれる。
以前なら、それだけでトワリスも幸せな気持ちになったが、本当は、ルーフェンは別のことを考えているのかもしれない。
そう思うと、純粋に喜べなくなった。

 トワリスは、図書室の指定席になりつつある、ルーフェンの向かいの椅子に座った。
そして、特に口を開くこともなく、黙って、事務仕事をするルーフェンのことを眺めていた。

 ルーフェンは、また報告書に目を通しているのだろう。
用紙の署名欄に、素早く自分の名前を書いている。

 ルーフェンの字は、教本に載っているような、丁寧で整った文字ではなかったが、滑らかで流暢なものだった。
少なくともトワリスは、それが綺麗だと思えたし、ルーフェンの文字を手本に練習ばかりしていたので、なんとなく、トワリスの書く字も、ルーフェンのものに似るようになった。

 今なら、文字の読み書きも出来るようになったから、読んで署名するだけの作業なら、本当に手伝えるかもしれない。
──なんて、そんなに簡単な仕事ではないのだということも、トワリスは理解できるようになっていた。

 物思いに耽っていると、気づかぬ間に、難しい顔になっていたらしい。
ふと顔をあげたルーフェンが、話しかけてきた。

「どうしたの? 何かあった?」

「……え」

 ルーフェンに見つめられて、思わず俯く。
最近、なぜかルーフェンと目を合わせられなくなっているのも、悩みの一つだったが、今はそんなことは二の次だ。

 トワリスは、しばらく迷った様子で黙っていたが、やがて、微かに顔をあげると、意を決して尋ねた。

「……ルーフェンさん、サミルさんと、仲直りしないんですか?」

 襲撃があってから、数日間。
ずっと触れづらかった話題に触れて、緊張しながら返事を待つ。
しかしルーフェンは、小さく鼻を鳴らしただけで、思いの外あっさりと返してきた。

「仲直りもなにも、別に喧嘩なんてしてないよ。お互い時間が合わなくて、話せてないだけ」

「……でも……」

 反論しようとするが、上手く言葉が見つからない。
ルーフェンは、少しの間、トワリスの言葉を待っていたようだったが、彼女が完全に口を閉じると、再び事務作業に戻った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.57 )
日時: 2018/09/13 19:06
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE



 こういうときのルーフェンは、どことなく、相手に有無を言わせぬような、近寄りがたい空気を纏っている。
別に、黙れと怒鳴るわけでもなく、むしろ、纏う空気自体は柔らかい。
それなのに、触れようとすれば、するりと指の間をすり抜けてしまって──。
なんとなく、それ以上は踏み込むなと牽制されているようだった。

(……私の、役立たず)

 和やかなアーベリトに戻したいのに、何もできない。
サミルやルーフェンの力になりたいのに、どうすれば良いのか分からない。
そもそも、自分が手を出そうとしていること自体が、間違っているのだろうか。
そんな風に思い始めると、自然と目の前がぼやけてきて、涙がこぼれ始めた。

 突然ぽろぽろと泣き出したトワリスに、ルーフェンが、ぎょっとする。
手を伸ばし、涙を親指で拭うと、ルーフェンは渋々といった様子で問うた。

「……俺と、サミルさんのこと?」

 こくりと頷けば、ルーフェンが困ったように眉を下げる。
やはり、ルーフェンとしても、この話題には触れられたくなかったのだろう。
やりづらそうに目線をそらすと、はぁっと息を吐いた。

「……俺たちのせいで、気まずい思いをしていたなら、ごめんね。でも、本当に喧嘩してるとか、そういうのじゃないから。ちょっと意見が食い違ってるだけ」

「シュベルテの魔導師達に、アーベリトに来てもらうかどうかって話ですか?」

「……まあ、そう」

 答えてから、ルーフェンは、真面目な表情になった。

「サミルさんの意見も理解できるけど、やっぱり俺は、シュベルテや他の街を、安易に信じようという気にはなれない。今回の襲撃だって、アーベリトを狙っている勢力があるからこそ、起きたことなんだ。サミルさんは頭の良い人だし、そう簡単に利用されたり、騙されたりはしないと思う。だけど、人一倍お人好しなのは確かだし、すぐに無茶をするから、いつ誰があの優しさにつけ込んで来るか、分かったもんじゃない。下手に動いてアーベリトを危険に晒すくらいなら、俺が守り抜いた方が確実だ」

 堅い声音でそう言いながら、ルーフェンは目を伏せた。
トワリスは、ごしごしと袖で涙を拭ってから、小さな声で返した。

「……多分、サミルさんも、同じこと考えてるんだと思います。ルーフェンさん、すぐに無茶をするから、負担をかけさせちゃいけないって」

「…………」

 わずかに視線を動かしてから、トワリスに向き直る。
ルーフェンは、微苦笑をこぼすと、肩をすくめた。

「……そうなんだろうね。だから、サミルさんはお人好しなんだよ。そんな甘さ、俺には必要ないのに。だって俺は召喚師で、守ることが使命なんだから」 

「……使命?」

「そう。……召喚師は、国の守護者だから」

 まるで、自分に言い聞かせるように言って、ルーフェンは、再度目線を落とした。
近くを見ているのに、どこか遠くを見据えているような、銀色の瞳。
トワリスは、そんなルーフェンの茫漠とした目を見ながら、ぽつりと言った。

「国を守るのが召喚師の使命なら、ルーフェンんのことは、誰が守るんですか……?」

 一瞬、ルーフェンの動きが止まる。
呆気にとられた様子で瞬くと、ルーフェンは、聞き返した。

「守るって、誰を? ……召喚師を?」

「うん」

 首肯した途端、ルーフェンが吹き出して、けらけらと笑い始めた。
何故笑われたのか分からず、首を傾げる。
深刻な雰囲気が一転──ルーフェンは、しばらく笑った後、ふうと息を吐くと、答えた。

「召喚師は、守らなくていいんだよ。強い力を持ってるからこそ、国の守護者なんだから」

「そうなんですか?」

 トワリスは、納得のいかなさそうな面持ちで、眉を寄せた。

「……でも、いくら強い力を持っていたとしても、一人で国を守るのは、無理だと思います。だって、この国には……いえ、アーベリト一つをとっても、沢山の人が住んでるんですよ。それをたった一人で守り切ろうなんて、誰にも出来ないと思う」

 言ってから、失礼な発言をしてしまっただろうかと、慌てて口をつぐむ。
だが、そんなことは気にしていない様子で、ルーフェンは苦笑いした。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.58 )
日時: 2018/09/16 18:55
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE


「そうだね。でも、普通はそんな風には思わないんだよ。魔導師団があって、騎士団があって、召喚師一族は、その上に立つ者だ。強大で絶対的な守護者……それが、世間の認識だ。俺も、守れとはよく言われるけど、召喚師を守ろうなんて話は、今、初めて聞いたよ」

 どこか冗談めかして言ってから、ルーフェンは、静かに続けた。

「ただね、本当は俺も、国を守るなんて、どうすればいいか分からないんだ。そもそも、俺自身、サーフェリアのために命を懸けようだなんて思ってない。──それでも」

 言葉を継いで、ルーフェンは、トワリスを見つめた。

「……それでも、このアーベリトの平穏だけは、崩したくない。ある人が、サーフェリアの召喚師は人殺しだと言っていたけれど、それが、守ることに繋がるなら、そうなったって構わない。それだけアーベリトは、俺にとって大切な街だし、唯一の場所なんだ。この数ヵ月で、改めてそう感じた。俺は、アーベリトのためなら、何にでもなれる」

「…………」

 人殺し、という言葉が、数日前のルーフェンを想起させた。
屋敷に侵入した暗殺者たちを、いとも簡単に、まるで虫でも踏み潰すかのように、殺してしまったルーフェン。
結果的に、サミルの命は守られたのだから、あれで良かったのだと思う。
だが、あの時のルーフェンの残虐な瞳を思い出す度、トワリスの心には、底知れない恐怖が沸き上がってくるのだった。

 アーベリトを守りたいのだと、そう語るルーフェンの表情は、存外穏やかだった。
しかし、何にでもなれる、という言葉が、なんだか危なげで、不安定な響きを孕んでいるようにも思えた。

 トワリスは、ぎゅっと唇を噛んでから、か細い声で言った。

「……私も、この街には、感謝しています。暖かくて、優しくて、素敵な街だと思う……。でも私は、それ以上に、サミルさんや、ルーフェンさんのことが好きです。だから、二人が変わっていってしまうことの方が、嫌です」

 トワリスは、ルーフェンの目を、まっすぐに見つめた。

「襲撃者たちを殺してしまったときの、ルーフェンさんは、なんだか別人みたいで、すごく怖かった……」

 ルーフェンの瞳が、微かに動く。
もしかしたら、本人には自覚がなかったのかもしれない。
一瞬だけ、動揺したように見えたルーフェンだったが、嘆息すると、すぐにいつもの穏やかな表情に戻ってしまった。

「そりゃあ、あんな場面を見せられたら、怖いよね。ごめんね」

「…………」

 ──誤魔化された。
優しい言葉で一線引かれて、もうこれ以上は、踏み込んで来るなと告げられる。
トワリスは、口を開こうとして、閉じると、そのまま俯いて、何も言えなくなってしまった。

 脳裏に再び、血の海の真ん中に立つ、ルーフェンの姿が蘇る。
残虐で、冷酷で、狂気的な銀色──。
確かに、あの夜のルーフェンは、全くの別人のような目をしていた。

 トワリスの表情が、怯えたように強張っていくのを密かに見ながら、ルーフェンは、黒変した左腕に、袖越しに爪を立てたのだった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.59 )
日時: 2018/09/19 19:04
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE




 胸の中に、漠然とした不安のしこりを抱えたまま、トワリスは、また一日、また一日と、レーシアス家での慌ただしい日々を過ごしていった。
結局、日が経つにつれて、サミルとルーフェンの間にあった確執も、薄れていったように思えたし、襲撃があってから、騒然としたアーベリトの雰囲気も、徐々に穏やかでのんびりとしたものに戻っていった。
それでも、トワリスは思うのだ。
不穏な影の足音は、着実に、この頃からアーベリトに忍び寄っていたのだろう、と。

 サミルやルーフェンに救われ、アーベリトに身を置いたことは、トワリスにとって人生最大の転機であり、また、幸運であった。
その後の自分の選択にも、後悔はないし、きっと、もしもう一度人生をやり直したのだとしても、トワリスは、同じ道を歩むのだと思う。

 ただ、襲撃されたあの夜から、確かに感じていたこの不安、そして恐れは、決して勘違いなどではなかった。
トワリスは、何年もあとになって、そのことを強く感じるのだった。



 日向の庭園に、何本もの竿受けを立て、そこに物干し竿を引っ掛けると、ミュゼは、洗ったばかりの洗濯物を、手早く干していった。
布地が薄いものは、ぱんぱんと手で叩いて、皺を伸ばしてから竿にかける。
簡単な作業だが、両腕一杯の大きな籠五つ分の洗濯物を干さなければならないので、見かけ以上の重労働だ。
しかも、日が出ているとはいえ、冬を目前にした今の時期は、湿った洗濯物を長時間触っていると、手がかじかんできて、ろくに動かせなくなる。
ミュゼを手伝って、トワリスも素早く籠を運んでくると、早速作業に取りかかったのだった。

 やがて、ほとんどの洗濯物を干し終えた頃。
残りの洗濯物を確認すると、ミュゼは、とんとんと肩を叩きながら、言った。

「トワリスちゃん、まだ干しきれないから、もう一本、物干し竿をとってきてちょうだい」

「分かりました」

 頷いてから、腰を伸ばして立ち上がる。
そのまま、物置小屋まで駆けていこうとしたトワリスは、しかし、屋敷の裏で、サミルと見知らぬ誰かが話しているところを見つけると、立ち止まった。
レーシアス家の使用人ではない、見たことのない中年の男だった。

(誰だろう……?)

 サミルと親しげに話していることから、怪しい人物ではないのだろう。
こんな裏庭で、何を話しているのか気になって、立ったまま二人を見つめていると、こちらに気づいたらしいサミルが、にこりと笑った。

「ああ、トワリス、ちょうど良かった。今、少しこちらに来られますか?」

「えっ……」

 まさか自分が呼ばれるとは思わず、困ってミュゼの方に振り返る。
頼まれごとをされていた最中だったので、どうすべきか迷ったトワリスであったが、ミュゼは、サミルと中年の男に気づくと、何かを察したように、曖昧な笑みを浮かべた。

「あ、ああ……トワリスちゃん、行ってらっしゃい。あとは、私がやっておくから」

「でも……」

「大丈夫よ。あと残り少しだから」

 そう言って、籠に残った洗濯物を示してから、ミュゼが頷く。
急にぎこちなくなった彼女の態度に、疑問を覚えながらも、トワリスは、仕方なくサミルの元へと向かったのだった。

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