複雑・ファジー小説

まあ座れ話はそれからだ
日時: 2019/07/02 20:45
名前: ヨモツカミ

 題名を見た時、あなたはコレをどういう話だと思ったでしょう。
 実はホラー? いやいやギャグかもしれない。もしやラブコメ。まさかのファンタジーか。
 どう思っても構いませんが、まあ、まずは座って下さい。お茶でも飲みながらのんびりと。椅子がないなら床に座って。床がないならいっそ空気椅子でもどうぞ!

 立っていても歩いていても見えないものは、案外座ってみたら見えるのかもしれない。だからまあ、座れ。話はそれからだ。

………………………………


こんにちは、ヨモツカミです。気に食わなかったのでまた書き直しつつ。温かいを通り越して暑い季節になりましたね。だるいです。小説もどんどん更新していきますよ!




#読む前に
・百合的な描写苦手な人はごめんなさい。
・流血描写注意。
・更新が遅いです。
・気に食わないとこがあると、加筆や修正を加えます。
・コメントはご自由にどうぞ。
・誤字脱字も多々あると思うので、気付いたら教えいただけると嬉しいです。



#目次
一気読みしたい方用>>1-

空席 登場人物>>1
一席目 羽ばたき方の参考書>>2 >>3 >>4
二席目 わーるどいずゆう>>5 >>6
三席目 正義の赤い色>>7 >>8
四席目 僕の日常はここに>>9 >>10 >>11

五席目
六席目
七席目
八席目

九席目
十席目
十一席目
十二席目

十三席目
十四席目
十五席目
十六席目

十七席目
十八席目
十九席目
二十席目 さあ話は終わりだ立ち上がれ

Page:1 2 3



Re: まあ座れ話はそれからだ ( No.7 )
日時: 2019/06/17 20:30
名前: ヨモツカミ

三席目 正義の赤い色
【高砂 篝(タカサゴ カガリ)】

 俺は彼女を殺したい。ただ、そう思う。

 きっかけは何だったのだろう。偶々テレビを付けたときにドラマで見た殺人シーンだったかもしれない。子供の頃に眺めていた生物図鑑だったかもしれない。それとも、他にも理由があったのか。
 始まりなんて、どうでもいい。俺がしているのは、悪いことではないのだ。人間は皆残酷な生き物だ。生きるためなら、他の生物の命を奪うことは仕方のないことだと誰もが言うじゃないか。家畜は人に殺されるために生きているから屠殺されるし、生物について知識を得る為に解剖する事を悪だと言う人はいない。
 だから俺は悪ではないのだ。少し残酷な事に興味を持ってしまった、周りの誰とも違わない、残酷なだけのただの人間である。

 それは黒い艷やかな体毛をもった、人懐っこい子犬だった。垂れた耳と愛くるしい顔や、甘えるような鳴き声を思い出す。
 中学二年生の頃の事。
 首輪はしていなかったが、恐らくは迷子の飼い犬だったのだろう。暗い夜道。塾の帰り道に出くわして、何故か俺に付いてきた。足元にじゃれつくので俺が優しく頭を撫でると嬉しそうに尻尾を振って、ころん、と転がって腹を見せてきた。可愛らしくて、思わず口元を綻ばせてしまう。柔らかそうな腹が呼吸に合わせて上下している。そこをワシワシと撫でてやると喜んでいるように見えた。触り心地の良い短い毛皮はとても暖かかった。暖かい、生きてるものの温度だった。
 丁度そのとき、親の目を盗んで購入した鋭いナイフを持ち歩いていたから、必然的に、それを犬の腹に突き立てた。
 貫いた犬の身体から滴る赤色に、ただ、溜め息が出る。
 一度地面に強く叩き付けてから、それでも暴れるのを押さえつけて、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も刃物を振り被って、引き抜くと銀色の刃先に粘着く体液がまとわりついてきて、もう一度腹の中にナイフを落とすと、酷い声が耳をつんざく。腕も、耳も、犬の生きた証に染まっていく。それでも繰り返した。角度を変えてみたり、中で刃先を捻じったり。手先に伝わる感触にゾクゾクする。でもきゃうきゃう煩いから喉元をかき切ってしまったし、腹の中身を引き出してみた。暖かくて、鮮やかで。生命の証。
 ──命が尽きるその瞬間に、鳥肌がたった。
 日常が、崩れてゆく音を聞いた気がする。
 悪いことをしている自覚はあったが、でも、それが心地よくて。
 なんだか全部どうでもよくなっていた。
 生き物を切り刻むのは、俺をかつてない高揚感で満たしてくれたのだ。
 小学生のとき、アゲハ蝶の羽を毟ったことや、ザリガニの腕をもいだのよりも、トカゲを自転車で轢き殺したことよりも歩道橋の上からミドリガメを落としたことよりも、鳥の巣にボールをぶつけて、落ちてきた雛を野良猫に与えたことよりも、ずっとずっと楽しい事だった。

 ああ。でも、その延長線で彼女を殺したいと思ったわけではない。犬や猫よりも大きな動物の身体にナイフを落としたいと思わなかった、と言えば嘘になるけれど。

 つい、先日のこと。
 あれは夢だった?
 俺は知らない廃墟の中にいた。仄暗い部屋は随分荒れており、転がった回転椅子や、事務机や土まみれの書類が散乱した空間は、強盗かなにかに踏み荒らされた跡みたいだと感じた。
 あれは夢だったのだろうか。夢と呼ぶにはあまりにも精緻で、現実と信じさせるには、あまりにも歪すぎた出来事。
 もう涼しくなってきた時期なのに、空気は生温く、俺の肌に纏わりついてきた。酷い悪臭もした。数週間放置した生ゴミなら、同じような臭いがするのかもしれない。気持ち悪い。この場にいたくない、と胸騒ぎがした。
 違う。
 あれは夢では無かった。夢だと思いたかっただけだ。
 だって、そうだろう。目の前には見知った顔の女がいた。場違いなほど見た目の整った、後輩の姿。夢じゃなかったら、なんだって言うのか。
 ……現実だ。

「唐洲……?」
「はい。なんでしょう?」

 名前を呼んでみると、当たり前のように返事をした。凛とした鈴の音のような声は、日常の断片を切り取ったように平然としていて。闇に溶け込んでしまいそうな艷やかな黒髪と、闇に際立つ白磁の肌の女が、涼しい顔して微笑む。
 でも、その石膏のような肌には、どす黒い汚れがこびりついてる。服の至るところにも。非日常の象徴であるその汚れの正体を、俺はよく知っている。生き物の命を奪うときに、浴びるからだ。なんでそんなものに塗れてるんだこの女は。その答えは、彼女の足元に転がった動物の死骸が示していた。
 彼女は、唐洲 世津那(カラス セツナ)は、中学生のときの、陸上部のマネージャーだった。俺が三年生になった秋頃には辞めてしまったけれど、二年間マネージャーとして関わってきた。その頃から何を考えているかわからないマネキンのような女だと思っていたが、あの頃よりも人間味が薄くなったように感じた。微笑んでいるだけの人形と対峙している。そんな感じ。

「こんなところで何してんだ」
「食事です。ほら、見覚えありませんかコレ。一昨日あなたが殺した猫ですよ?」

 そう言って屈み、足元に転がっていた肉塊を拾い上げて、愛おしそうに抱き締めた。それに集っていた小蝿が羽音を立てて離れ、こちらに飛んでくるのを手で払う。ついでに腐敗臭が漂ってくるので、口元を手で覆った。
 暗がりの中でもわかる。彼女の抱える肉片に付いた、茶虎の毛皮。確かに一昨日、十月三日に殺した猫の柄と一致した。でも、パーツが足りない。頭部や手足は何処だ。これじゃあ、尻尾の生えた茶虎の毛玉じゃないか。

「あなたが殺してきたワンちゃんやネコちゃん。こないだはエアガンで野鳥を殺してましたね。あの子達、みぃんな美味しかったですよ」

 美味しかったって。食事って。それよりも、どうして。

「なんで、知ってんだよ」

 俺はそれらを一人で行ってる。姿を見られても大丈夫なように、黒いパーカーのフードをすっぽりと被って。深夜帯にやっている。あのとき、周りに人なんていなかったはずだ。なのに、どうして。

「何ででしょうねえ。いつも死骸を埋めてる雑木林、掘り返してみたらどうです?」

 肌が粟立つ。何故そんなことも知られているのか。

「空っぽですから」

 動物の腐肉を食い散らかしたというのか、こいつは。俺の犯行を知っているだけでも気持ち悪くて仕方がないのに、その行動は得体が知れない。
 何なんだ? こいつは? 人間ではないのか。だったら。

「お前、何者なんだよ」

 唐洲は口元に手を当てて、上品に笑う。その掌と口元に血痕が無ければ、普通の女の子と見間違うくらい普通に。笑いながら、俺の質問には答えない。

「次のご飯、待ってます」

 その言葉を最後に視界がぐにゃりと歪んで。
 気が付いたら俺はベッドの上にいて、窓から爽やかな朝の日差しが溢れていた。汗で背中に張り付いたティーシャツが気持ち悪くて、俺は全然爽やかな目覚めては無かったが。

 十月六日金曜日、朝六時頃。この時間に大きいものを持ち歩くと怪しまれそうなので、小型のシャベルを懐に隠し持って、家から徒歩十分くらい歩いたところにある雑木林に向かった。道中、上下薩摩芋色のジャージに身を包んでジョギングする中年のおばさんと、トッポを咥えながら歩く男子学生とすれ違った以外に、人の姿は無かった。しかし何故朝からトッポ。まあ、美味しいよな。最後までチョコたっぷりだし。
 住宅街の外れ、空き地の奥にある雑木林の中。伸びた草や細い木を掻き分けながら進んでいき、目印である針金を巻き付けた太い木の側までくると、その根本の土を確認する。前に来たときと変わらないように見えたが、シャベルで掘り返してみると彼女の言うとおり、何処まで掘り返しても、死骸は一つも出てこなかった。

 あのバケモノ女、本当に人間じゃないらしい。人間の形をした“何か”だ。前から見た目が整い過ぎていて、作り物みたいな女だとは思っていたが。ゲームじゃないんだから、本当にそんなバケモノがいるわけ無いだろう、と否定したがる自分を、もぬけの殻となった土が横殴りにしてくる。

「…………」

 本当にバケモノなら、切り開いてみたいと思った。

 彼女に刃物を振りかざしてみたら、どうだろう。
 あの、血が通ってないみたいな石膏の皮膚を貫いたとき、ちゃんと中身は赤いのだろうか。
 芸術作品のような顔はどの様に歪むだろうか。
 彼女の絵画よりも整った顔を鉄パイプで、あるいは拳で殴ってみたらどうだろう。小学生の頃、クラスメイトが作った工作の作品を壊したときとは違った気持ちになれるだろうか。中学生のとき、親友の腕にカッターナイフを突き立てたときとは違う感動を得られるだろうか。一年前に殺しそびれた先輩の顔の、恐怖に引き攣った顔が脳裏に浮かぶ。あれを超える何かが。俺の日常を変えてくれるかもしれない。
 大丈夫。だってあいつはバケモノだから。俺がやるのは卑劣で残虐な殺人ではない。バケモノ退治だ。
 丁度いい機会だったと思う。一年前、学校で暴力事件を起こして、停学を食らって、そのまま学校に行かなかったら留年していて、親も見事な放任主義で。なんだか人生どうでも良くなってきていたし、本格的に自宅警備委員目指そうかと思っていたところだ。FPSのゲームで幾ら人を殺したって、幾ら近所の犬や猫を殺したって、俺の中の何かがまだ満たされなかった。
 あの暴力事件を起こしたのは、なんでだっけ。

 高二の夏、照り付ける日差しの下、陸上部の先輩を校庭整備に使うトンボで殴った。ガツン、と程よく硬く、重みのある感触。衝撃に腕が痺れるような感じがした。校庭の砂の中に鮮血が染み込んで、その場に居合わせた誰かの悲鳴が、甘美に響いた。あの瞬間、酷く胸が高鳴って高揚感に支配されていたのをよく覚えている。
 先輩が顔を上げるので、もう一発殴った。鈍くて重たい音。それから呻き声が、耳に心地良い。やや長身の俺よりも更に背が高くてガタイの良い先輩が、そのときはとても小さく見えた。怯えて引き攣った顔が網膜に焼き付いている。
 もう一発――そう、振り被った瞬間、後ろから誰かに腕やら頭やらを掴まれて、砂の上に倒された。顧問だか何だかに取り押さえられたのだ。時間切れだったらしい。
 あの日のことは、今でも後悔はしていない。強いて言えば、もう一発を繰り出せなかったことは、惜しかったかもしれない。

前話>>6
次話>>8

Re: まあ座れ話はそれからだ ( No.8 )
日時: 2019/06/17 20:30
名前: ヨモツカミ

 家に帰ると、俺は机に向かって、まだ使ってないノートを開いてみた。こうして席についてノートを開いてペンを持つなんて、久しぶりだった。学校生活は懐かしい。
 殺人計画──いや、相手はバケモノだから、討伐計画か。とりあえずは思いつく限りの殺し方を書き出してみることにした。命を奪う手段はいくつもあっても、実際の死因となる要因は一つしか選べない。だから、一番良い殺し方を考えたかった。頭で考えるよりは紙に書くほうがわかりやすいだろうし。ノートに殺害方法を書き出していって、そのひとつひとつを実行する場合の過程も事細かにまとめてみた。どれも魅力的で頭を抱えてしまう。やはり血は見たいし、苦痛に歪む顔も見たい。肉の断面にも興味がある。否、撲殺の爽快感を味わってみたい。
 色々書き出して行って悩んだ結果、実物を見てから決めようと考えた。唐洲世津那を観察して、殺すのに最善の時間、場所、方法を考えるのだ。
 ノートの表紙にはサインペンで『観察記録』と表記した。夏休みはとっくに終わっている時期だが、毎日夏休みみたいな俺は、小学生の頃にやった自由研究でもするような気分になって、胸を躍らせていた。
 小学生の頃の研究では、ミミズは何処を切ったらどれくらいで死ぬか、みたいな実験をしたことがあった。さて、あのバケモノは何処を切ったらどんな顔をするだろう。楽しみだ。

 唐洲世津那を観察するにしても、どこの高校に進学したのかをよく知らない。
 緑のアイコンのSNSアプリを起動させ、親友に電話してみた。三コールくらいしたあたりで相手に切られてしまった。液晶に表示された時間は午前九時過ぎで、考えてみたら、あいつは今授業を受けている時間だった。
 そのくせ「現文なう」「山月記」「お主、我が友李徴では無いか?w」とメッセージが来るのは、真面目に授業を受けてない証拠である。
 数十分ほど待っていると、相手から電話がかかってきた。

「おはよー、んな時間に、しかもお前から電話とか珍しいな。なしたん?」
「お前さぁ、唐洲世津那って分かるか」

 少しだけ間が空いて、ああーあの娘か、と小さい声が聞こえる。

「スゲー美人だよな。Cカップだってさ」

 Cか。意外と小さ、

「──や、んなこと聞いてねぇよ。てか何処で得た情報だ、気持ちわりぃ」
「んで、知ってっけど、なんで?」
「そいつ、今何処の高校通ってるか分かったりするか?」

 また少し間が空いてから、返答がくる。

「……坂ノ下高じゃなかったっけ。うん、坂ノ下だわ、あそこの制服着てたの見たことあったさ」

 すんなり情報が手に入ってしまって、少し驚いた。ゲームだってもっと苦労するのではないか。いや、むしろゲームじゃないからこそ苦労せずに入った情報とも言えるのか。何はともあれ、やはり持つべきものは友達だ。こいつくらいしか友人と呼べる者はいないが。
 オッケ、じゃあな、と言って通話を切ろうとしたら、親友がそれを遮った。

「まてまてまて、そんだけ? なんでそんな事聞いてきたんだよ?」

 確かに突然こんな事を聞かれたらいぶかしむだろう。親友の反応は最もで、それでいて面倒だったから、適当にあしらう。

「お前には関係ねぇ。じゃな」
「チョマテヨッ」

 普段通話なんかしないため、通話終了時のテロン、という音に少し肩を跳ねさせつつ、スマホをベッドに放り投げた。
 さっそく坂ノ下高校の場所を調べると、自分の家の最寄り駅の一つ隣の駅から、徒歩十五分程度のところだった。ちゃんと学校に通っていたとき通ってた比良坂高校の最寄りの隣の駅とは逆方向。とりあえずこんな時間に行っても、まだ授業受けているだろうし、いつも通りゲームでもして暇を潰すことにした。放課後の時間になったら行けばいい。

 部屋には壁際にベッドがあって、少し感覚を開けて勉強机やクローゼット、本棚がある。ベッドの足元の方には姿見鏡が置いてあって、寝るときいつも自分の姿が映るような状態になっていた。それを親友には自分の姿大好きなのかよ、と笑われたりもしたが、他に配置する場所がなかったし、今ではなんだかそこがしっくりしてしまって、移動させる気はないのだ。
 ベッドに腰掛け、姿見に映った自分を見る。目にかからない程度の適当に分けた前髪。少し寝癖のついた頭頂部。問題はその色彩だ。停学食らった瞬間、どうせ校則なんてもう守る必要もないと思い、赤っぽく染め上げてしまったのだ。更に校則違反に手を染めたくて開けた、耳元でジャラジャラと黒い光を放つ十字のピアスやらイヤカフに、目つきの悪い目元、そしてそこそこの身長のせいで、俺という存在は少し目立ってしまう。
 着ていたネコ科の動物のロゴで有名なジャージをベッドの上に放って、クローゼットを漁る。黒ければ目立たないだろう、という安直な考えで黒のパーカーを着用する。
 多少怪しく見える気もするが、夕方ならそんなに気にならないんじゃないか。そう言い聞かせて、日が暮れるのを待つ。
 待つ間は、オンラインのとにかく相手を射殺する系ゲームで連勝して時間を浪費していった。俺はこの手のゲームが得意で、ついついハマリ過ぎると時間を忘れてしまう。だが、予めセットしていたアラームが夕方を知らせてくれた。

 ──とりあえず、偵察に行くぞ。
 パーカーのポケットに財布とスマホだけ突っ込んで、家を出る。駅まで近いのが救いだった。徒歩五分程度でたどり着いた駅で、改札にPASMOを叩きつけて電車に乗り込む。三分程度揺られて、たどり着いた閑散とした駅を出ると、坂ノ下高校まで十五分歩く。殆ど一本道だし、スマホのグーグルマップで迷うこともなく正門の前にやってきた。
 スマホで時刻を確認すると、十月六日金曜日、午後四時五十分。空は雲の輪郭が夕焼けのオレンジに染め上げられていて、吹き付ける風は少し冷たい。
 門から溢れ出す生徒、一人一人の顔をぼんやり確認しながら、例の女子生徒──唐洲 世津那(カラス セツナ)を探す。
 少しだけ、胸が踊っていた。ゲームのやり過ぎにより、俺の頭は完全にゲーム脳になっていて、そのせいで、この偵察ミッションみたいなことをしている現状が、楽しくて仕方がなかった。
 唐洲を見つけたら、そのまま尾行して、家を特定して、討伐の決行日を決めて、ああ、やることがいっぱいあるじゃないか。
 なんて、昂ぶっていた熱を一気に冷めるような出来事は、本当に突然起きた。

「なんであいつが……?」

 見慣れた比良坂高校のブレザーが、坂ノ下高の茶色ブレザーの中に交じる違和感。見知った生徒の姿が、何故かここにあったのだ。本日通話していた相手。俺の親友である。
 門からはだいぶ離れたところに立っていて、目深にフードを被っていたお陰か、親友に俺のことは気付かれていない。でも、なんであいつがここに?
 好奇心で観察しようとも思ったが、そんなことをして標的である唐洲世津那を逃しては大変なので、俺は奴のことは気にしないことにして、門から溢れてくる生徒一人一人の観察を続けた。
 ……しかし、マジでなんで他校の生徒であるあいつがこんなところに来ているのだろう。他人のことに興味はないが、こんな偶然会うなんて、不思議なこと。少し興味が湧いてしまう。
 しばらくすると、親友は何事もなかったかのように門を出て、帰宅する生徒の流れの中に溶け込んでいった。俺には一切気付かなかったらしい。それでいい。変に話しかけられて、計画が駄目になったらどうしてくれようか。

 それから少し、門から少し離れたところで待っていると唐洲世津那を目撃することに成功した。マネキンみたいな白い肌に、艷やかな長い黒髪、黒いカーディガン、制服の赤いスカート。三色で構成されたシルエットは、何処か不自然に思わせるほどで。やっぱり不気味な女だと思った。そいつと、ツインテールの女子生徒がずっと一緒にいる。仲睦まじげに談笑し、こちらに気づく事なく帰宅しようとする。その二人と、ある程度距離を保ちながら俺は付いていく。イヤホンを耳に挿して、スマホとか弄りつつ、自然に歩いています、という感じを演出しながら。

 日が完全に沈んできて、少し肌寒く感じるようになった頃、俺は寒さに耐えかねて家に帰った。基本、引きこもりがちだったため、季節の巡る速さに取り残されているような気分だった。
 あの後、唐洲とツインテールの女はカフェに入って行った。唐洲の家を特定するために尾行しようかと考えていた俺は、そのまま店から出てくるまで奴らを待ったが、どうもツインテールの女が邪魔臭いと感じて、何もせずに帰ってきたのだ。
 帰ってくるなりベッドに横になって、スマホを確認する。LINEの通知に気付いて、緑のアイコンをタッチしてみると、親友からだった。メッセージは「明日遊ぼうぜ」「昼くらいにお前んち行くからよろ(^^)」とのこと。
 面倒くさいから来るな、と返信しようとしたが、立て続けに「ところで例のモノ撮れた?」とメッセージが来て、手が止まる。親友に頼まれていた“例のモノ”のことを脳裏に浮かべて「撮れたけど。お前、割と悪趣味だよな」と送った。
 それからスマホの画像フォルダを開いて、それらを確認する。
 そこにあるのは、一昨日殺した茶虎の猫の写真だ。
 怪我をさせる前の元気な姿から、怪我をして動けなくなった姿、までの数枚。親友はそういう写真を撮ってきてほしいと俺に頼んだ。
 動物殺しをしていることを知られたのは本当に最近のことで。あいつが家に急に遊びに来て、服についていた血の痕でバレてしまった。
 打ち明けたとき、親友はあまりいつもと変わらない口調で「マジかよ、まあお前ならやりそうだもんなあ」と笑った。普通なら、引かれて、もう二度と関わらないようにするだろう。でもあいつは、俺の行動を淡々と受け入れた。そうなってくると、本当におかしいのは親友の方な気がした。逆の立場なら、俺はあいつと関わることをやめたはずだ。だから、あいつのことが理解できなくて、気持ち悪いと思った。

 けど、こういうのは初めてではないのだ。
 昔からそう。小学生の頃、俺は蝶の翅を毟って殺した。親友はただ、物珍しそうに見ていた。蛙を自転車で挽き殺した。親友はとりあえず埋めるべ、なんて言って庭に穴を掘った。蜥蜴を踏み殺した。「それ、木の枝に刺してみ?」と、珍しく提案してきたので、従ってみた。「これ、百舌鳥の早贄って言うんだって」得意げな顔で笑っていた。意味はわからなかったが、意味など無いのだと教えられ、もっとよくわからなかった。
 ほら。あいつは、俺よりずっとおかしかった。

 まだLINEのメッセージは幾つか送られてきたが、今日はこんなことがあった、とかどうでもいいことをつらつらと書き連ねられていたので、面倒になってスマホの電源を落とした。
 俺はおかしくない。悪ではない。少し残酷な事に興味を持ってしまった、周りの誰とも違わない、残酷なだけのただの人間である。
 だがあいつは少しおかしい。俺の親友はおかしいのだ。
 でも、だから安心する。俺はまだまともだって、思えるから。
 スマホをその辺に転がして、目を閉じる。
 殺したい。唐洲世津那を、俺の手で。どんな方法で。どんな武器で。どんな死に様を。殺したらその後どうする。死骸はどこに隠す。隠したとして、見つかってしまったらどうなる。俺は、捕まってしまうのだろうか。

「それでも、いっか」

 どうでもいいのだ。この先の人生なんか期待していないから。
 ゆったりとした眠気が瞼の暗闇を一層色濃い物にした。ああ。今日は眠ろう。おやすみ、世界。

 化物退治という大きな目標に胸を躍らせながら、俺は微睡みの中に沈んで行った。

前話>>7
次話>>9 四席目 僕の日常はここに

Re: まあ座れ話はそれからだ ( No.9 )
日時: 2019/06/18 13:23
名前: ヨモツカミ

四席目 僕の日常はここに
【四方田 朝(ヨモダ アサ)】

 これは僕と彼女の真剣勝負なのである。

 今朝見た夢が、脳裏を離れない。いいや、アレは本当に夢だったろうか。現実と大差無い異常。夢と相違ないリアリティ。僕の中には、それを夢であったとも現実であったとも断言できるほどの確証はない。
 だとしても、僕は。

「ワタシ、小豆澤先輩のこと怒らせちゃった……」

 紙飛行機同好会の部室にて、彼女の声で現実に引き戻される。
 視線を落として、覇気のない声。肩につく程度の癖毛を二つに結った後輩は、目に見えて落ち込んでいた。

「そう? でもツバメ、笑ってたよ?」

 突然部室を出ていったのは驚いたが、怒っていたわけではなく、なんだか急いでいただけなのだと、僕はそういうふうに解釈していた。でも後輩──御神 黄泉(ミカミ ヨミ)は静かに首を横に振る。

「違う。小豆澤先輩って、周りに自分が機嫌悪いアピールなんてしないでしょ? そういうの、隠す人だよ。だからさっきのは、繕った笑顔だ」

 ヨミは友達があまり多くない。だからこそ、数少ない友人を失わぬよう、細心の注意を払い続けていて、気を遣うから、人の心の動きには敏感だった。まあ、僕に対してだけ、その気遣いを発揮してくれなくなるんだけども。多分ヨミは、彼女の友人たちより、嫌われていい相手である僕と話すときのほうが、本当のヨミを曝け出しているのだと思う。そもそも僕が滅多に誰かを嫌いになんかならないから、それをわかった上での対応なのかもしれない。

「んーでも、なんで怒ったの? 昔バスケ部でカッコよかったって話でしょ?」

 イマイチツバメの行動が理解できない僕は、手に持った箒をプラプラと指先で弄びながら訊ねる。

「よもあさは小豆澤先輩の話聞いてなかったの? バスケ部だったのに、バスケ嫌いだって、言ってたでしょ」

 ヨミは僕のことをよもあさと呼ぶ。四方田朝を略すと、そうなるから。本当は気軽に名前で呼んでね! と伝えたのだが、名前で呼ぶと、僕を呼んでいるのか、モーニングの方の朝の話をしているのかわかりづらくてウザいということで、よもあさに落ち着いたのだった。

「あ、そっか。バスケ部だったのにバスケ嫌いって、なんか変だねえ。てゆーか、女バスの顧問、葛城先生だっけか。厳しい先生だから金髪とかピアスとか怒られるんじゃないの?」

 校則違反である髪を染める行為も、ピアスも、元バスケ部であるツバメが手を染めていることは不可解だった。それとも、不良になりたいからバスケ部を辞めてしまったのだろうか。僕なりに考えてみてもよくわからない。

「昔の小豆澤先輩、もっと髪長くて黒くて、かっこよかったんだよ。今の髪型もカッコイイと思うけど。髪型も髪色も全然違うから、しばらく小豆澤先輩だって気付かなかった」
「へえ。突然イメチェンしちゃった感じ?」
「うん……。綺麗な黒髪ポニーテールだったのに、急にショートにして、金髪に染めちゃって。本当に、別人になりたかったんじゃないかってくらい、変わっちゃったよ」

 同じ学年ならわかりそうなものだが、僕は他クラスの生徒にまで興味を持てなかったから、少し前のツバメの姿なんて、言われても想像がつかなかった。初めて会ったときからあのショートの金髪姿で、紙飛行機同好会に入りたいのだと声をかけてきた。

「まあ、ツバメの話はもういいよ。それよりヨミ、聞いてほしい話があるんだ」

 僕は箒で掃いていたゴミを塵取りで纏めて、ゴミ箱に放りながら、話を切り替える。適当に椅子に腰掛けていたヨミは、長い前髪の隙間から視線だけをこちらに向けて、黙ったまま。
 元々、ヨミを呼び出したのは今朝の話をするためだったのだ。ツバメを呼んだことにより少し話が逸れてしまったけれど。

「夢だったのか、現実だったのかすらわからない。もしかしたら現実だったのかもしれないし、夢だとしてもおかしいし、」
「どっちでもいいよ。聞いてからワタシが判断する。早く話して」

 ヨミに促されて、僕は静かに語り始めた。


 冷えた外の空気は心地良く僕の肌を撫で、優しく髪をさらう。肌寒さが体温だけでなく、頭や心までも冷やして、精神は研ぎ澄まされていた。
 見上げた空にあいにく満天の夜空は無い。重く淀んだ雲が月さえも隠してしまい、両脇を田んぼに囲まれたこの道では民家の明かりも遠く、年老いた弱々しい街灯だけが頼りだった。
 リイ、リイ、リリと、草むらの中から響く虫の声に視線を向けるが、声の主はけして見つかりはしない。ぶっちゃけ虫は嫌いだから、姿なんて目にしたら悲鳴を上げてしまいそうだが、彼らは夜の闇に紛れて見えやしない。
 闇は、目を凝らせば凝らすほど何も見えなくて、時にいらぬ想像を膨らませてしまう。この闇に乗じて、刃物を手にした男が飛び出してくるのではないか。そこに落ちているビニール袋の中には、青白い腕が入っているのではないか。あの電柱の影には異形の者が潜んでいるのではないか。なんて。ありもしない空想をかきたててしまう闇を、見つめないように、僕は真っ直ぐ前を向いて歩く。

 それから2、3分程歩くと、そこにたどり着いた。
 入り口のフェンスはすっかり錆び付いて茶色く変色しており、建物の壁も昔は白かったのだろうが今では所々塗装も剥がれ、薄汚れ、蔦の植物に覆われて、もう相当長いこと放置されてきたのだろう。
 僕はどうしてか、廃墟に来ていた。
 この廃墟は昔は小さな会社だったと誰かが言っていたが、敷地内の伸びきった雑草の中、転がっているひしゃげた看板の文字はかすれてしまって、なんの会社だったかまではわからなかった。
 施錠を外して、錆び付いたフェンスの入り口を開く。ギイイイ、と金属の擦れる高く嫌な音を聞きながら、僕はゆっくりと敷地内へ進んだ。
 僕の膝上程まで伸びた雑草の中を歩き、開けっ放しの扉をくぐり抜けて、廃墟の中へと足を踏み入れる。
 建物の中は妙にひんやりとしていて、少しホコリとカビ臭さがあった。そこには当然の如く人の気配など無い。あったら嫌だし。月や星明りのない夜だ。ただでさえ暗い外を、嘲るほどに中は暗い。墨で塗りつぶしたような、光や音の全てを飲みこんで、僕さえも嚥下してしまいそうな闇が、そこに佇んでいた。
 僕は肩にかけていたバッグの中から懐中電灯を取り出して、電源のスイッチを押す。ぼんやりとした光に照らされて、内装があらわになった。
 まずは下駄箱があり、その先にホコリまみれの廊下が真っ直ぐと続いている。突き当りには薄汚れた窓があるようだが、どうしてか外からの光は完全に遮断されている。
 下駄箱近くの壁には、自然にできたのか経年劣化によるものなのか、大きな穴が空いている。流石にその穴を覗くのは恐ろしく感じて、僕はどうにか視界に入らないようにして廊下を進んだ。
 これだけ暗い空間にひとりでいると、やけに音に敏感になってしまう。だって、この空間には僕以外の何もいないはずなのに、音がするとなると、他の生命が此処に潜んでいる、ということになってしまうではないか。

 だから、左側の部屋から何か音が聞こえるのは、おかしいことなのだ。

 パキ、パキと。僅かだが確かに枯れ枝を踏み付けるような音を聞いた。野良猫か野良犬でも棲み着いているのだろうか。
 僕はゆっくりと左側の扉に手を伸ばす。ドアノブに触れずとも、軽く押すだけで、蝶番を軋ませながらも扉は動いた。
 部屋の中央にはいくつかのデスクが寄せて並べられており、床や机に書類が散らばっていた。他にも、ホワイトボードと脚のひしゃげた回転椅子が横たわっている。多分、ここは事務室の様な場所だったのだろう。
 音は更に奥の部屋から聞こえる。僕は椅子やら書類やらを踏まないように足元を照らしながら、奥の部屋に向かう。
 音はさっきよりもはっきりと聞こえ始めていた。半開きの扉の隙間からみし、みし、ばき、パキパキ。と、折れる音に混じって、水分を多く含んだなにか、くちゃくちゃ、というような咀嚼音に似た音がする。異質な音だ。思考を巡らせると、どうしても変な想像をしてしまう。
 例えば。何か生き物の肉を食い千切って骨を砕く音、とか。これだけはっきり聞こえると、食う方も食われている方も、それなりの大きさがありそうだ。勿論想像だ。でも、一度そう思うと別の可能性を考えられなくなって、きっとこの臭いのせいだ。なにか獣臭いような、ツンと鼻に付く──鉄臭さが混じっている、血の臭いに似たもの。
 似ているんじゃない、これは血だ。血の臭いがする。ぐちゃぐちゃ、バキバキという音は消えない。やばい、やばいと思ったけれど、好奇心を抑え切れなかった。
 だから僕は覗、  いた の だ。

「──、──」

 ギョロリ、と。め? が合った。人間の目玉にみえる──それは三つ、四つ、もっと……七つ……九、十、十一、十二、十三……もっと、もっともっともっと、まだある、全部の目? が、僕を見ていた。血走った濁った色の大きな目玉。見ていた、のを、認識して。僕は走った。走った、走った、足がもつれて、転がっていた回転椅子に足を引っ掛けて、ひきつった喉からは悲鳴が漏れないように堪えて、息が詰まるみたいに苦しくなったけれど、陸にいるのに溺れているみたいに不格好に足を前に踏み出して、踏み出して、走る、走る、走る。
 わかんない、わかんないわかんない分かんない解かんない判んない。なんだ、あれはなんだ、なんだった? 蠢く、無数の粘り気のある触手みたいなもの。ソレに目玉がついていた。沢山ぎょろぎょろと忙しなく黒目が蠢いて、急に全部、ぜんぶぜんぶぜんぶ、僕を僕を見ていたみていた、た。
 そんなことより、僕は何処を目指して走ったのだろう。無我夢中だったから、でも滅茶苦茶に走ったとしても、事務室のような部屋を出て少し廊下を進んで、そしたら玄関が見えてきて、外に出られるはず、適当に走ったって、そうなる。でも、でもでもどうして、

 どうして僕はさっきと同じところにいる?


>>8
>>10

Re: まあ座れ話はそれからだ ( No.10 )
日時: 2019/07/04 01:45
名前: ヨモツカミ

 部屋の中央にはデスクが寄せて並べられており、床や机に書類が散らばっている。すぐそばにホワイトボードと回転椅子が横たわっていて、奥の部屋を隔てる扉は依然、半開きになっている。パキ、パキと不気味な音を漏らしていて、扉の、扉の隙間から、なにか、出てくる、黒々と粘り気の、ある、質感、細長い、なにか、目玉、が、僕を、僕を僕を僕を僕を見て、

「四方田君?」
「ギャアアアアアアアア──ッ!」

 背後から声を掛けられて飛び退くと、足元に落ちていた書類を踏みつけて滑り、受け身も取れぬまま、盛大に背中を叩きつけた。床は冷たくて硬い。打ち付けた肘がじわりと熱を帯びる。
 思わず落としてしまった懐中電灯が、その人の足元を照らす。女性物の黒い革靴と、白く細い足首。それから黒いスカートの裾が見えた。

「なんで叫ぶんですかぁ、失礼ですよぉ」

 見上げると、見知った顔の女の子がいた。夜の闇に紛れてしまいそうな長い黒髪と、黒いワンピース。色白の肌の中にぽっかりと2つの空洞があるみたいに、大きな瞳。ああ、知っている顔だ。僕が高校一年生の時同じクラスだった、えっと、名前は。

「唐洲ですよ!」

 そうだ、世津那さん。彼女の名前は唐洲世津那。今は別のクラスだし、一年生の頃は席が近くて少し会話をしたとか、学校行事で少し関わったとか、それくらいの関係だ。
 でもどうして世津那さんがこんなところにいるのだろう。女の子が一人で廃墟にくるなんて、危ないじゃないか。

「それはこっちの台詞ですよー。ワタシは普通に帰ろうとしてたんですけど、四方田君が凄く走ってたのを見て、なんだかランニングって感じでもなかったし、気になっちゃって。何か、見たんですか?」

 見……た? ああ、見た、見た。なんだか得体の知れない恐ろしい物を見た、というか見られたような──というか、まって。

「はい。どうしましたか?」
「なんで1人で喋ってるの?」
「なんでだと思いますかー?」

 世津那さんが目を細めて、柔らかく微笑んでそう言った。一年生の頃は可愛いと思えた彼女の笑顔が、今は恐ろしく感じた。背中をじわりと嫌な汗が伝う。
 僕は思わず叫んでしまったあとから今まで、一言だって声を発していなかったのだ。

「えへへ、可愛いだなんて照れちゃいますよー」

 まただ。
 僕が声にしてない事に対して彼女は返答する。会話が成り立つことは不自然で不気味で、僕は思わず声を荒げてしまう。

「だから! なんで僕の考えてることわかってるの!?」
「なんでだと思いますか」

 その声に温度は無く、表情も不安になるほど冷たく凍てついていた。冷たい冷たい、空洞の様に大きな瞳の中に僕が閉じ込められているみたいに思えた。
 自然と足が動いて、靴の底を床に擦らせながら一歩後ろに引く。

「四方田君。何を、見たんですか?」

 再び微笑みながら、責め立てるみたいな、それでいて優しく諭すような口調。
 いや、彼女は笑っていない。口元だけ弧を描いているのに、僕を捉える両目は何処までも黒々と、底の見えない闇が広がっている。
 僕を飲み下してしまいそうな、闇。

 ──恐い。この子は、こいつは、なんだ?

 彼女が一歩、距離を詰めてくる。

「もしかして、貴方が見たのって──こんなのですかぁ?」

 彼女の背後に、あの目玉が! 三つ、四つ、五つ、もっと、沢山、ギョロギョロと、蠢く、黒目が、僕を探しているみたいに!

「うわああああ! 目ェええええ! 目ェーー!」
「あはっ、四方田君羊さんみたいですねぇ」
「違いますー羊はもっと、ヴァアアアアって鳴くからこれは違いますーどっちかというとムスカ大佐でーす」
「……そんな細かいことはどうでもいいんですよ」

 目玉は世津那さんの背後でギョロギョロと蠢いている。でも、蠢いているだけだ。そう考えたら、なぜかあまり怖くなくなってきた。いや、僕の拳ほどもある目玉とか怖いけど。世津那さんは余裕そうにしているし、僕だけ慌ててるのもなんだか馬鹿らしく思えてきてしまった。から、僕も慌てるのはやめた。

「その目玉、なんなの? それに、君はいったい……」
「ふふっ。知りたいですかぁ? ワタシのこと」

 世津那さんは不敵に笑う。背後にキモい目玉が幾つもあるのに、余裕そうに笑う。だから、割とヤバイ目玉ではないのではないか? なんて思えてしまって、精神的な余裕が生まれる。
 彼女は長い髪を腕でサラリと払って、微笑を携えたまま、口を開く。

「ワタシは──神様です」
「……はあ?」

 ちょっと頭がおかしいのか。いや、この状況がおかしい、全部おかしいのだから、彼女の頭がおかしいのなんて些細なことなのかも。いや、そんなわけ無い。何言ってるんだろう、世津那さんは。
 そんなことを思考していると、いつの間にか、彼女の背後にあった目玉は減っていた。三つ、二つ、一つ、そして、最終的には全部消えていた。闇に溶け込むように、すうっと全部の目玉が消えてしまう。
 世津那さんは指を折って数を数えながら言う。

「イース、ニャルラトホテプ、チャウグナルホーン、ディブク、ピシャーチャ……色んな呼ばれ方をしてきましたが、まあ、名前なんて意味はありませんよ。ワタシは、ワタシなんですから。ワタシはワタシという神様なんです。ふふ、よくわからないって顔してますねぇ四方田君」
「そりゃあ、わけわからないよ。同じ学年の女の子が何故かこんなところにいて、変な目玉とか出てきて、神様です、なんて言われても、困るし」
「ふふっ。でも、ワタシがただの人間ではないのなら、この状況に納得がいくんじゃないですか? ワタシ、唐洲世津那は人間じゃないんですよぉ」

 確かに、神様とかいうのはよくわからないが、世津那さんが人間ではない何かなのだ、と言われれば、確かにそうなんだろうな、という感じがする。僕が声を出してないのに会話が成立したのとか、何故かこんなところにいるのとか、目玉とか。
 世津那さんはコツコツと僕の周りを歩きながら、静かに微笑んだ。

「ねえ、四方田君。ゲームをしましょう?」
「ゲーム……?」

 彼女は僕の耳元に顔を近づけた。吐息が輪郭を撫でる。訳のわからない彼女がこんなに側にいることに、若干の恐怖を覚えながらも、身を竦めることもできず、固まって彼女の行動を待つ。

「ワタシを、倒してみてくださいよぅ」

 倒す。世津那さんを?
 咄嗟に僕は拳を振り上げた。

「チェストォーー!」
「ぎゃーー……っいや! 四方田君何やってんですか、人が真面目にお話してるときに!」

 世津那さんはギリギリのところで僕の攻撃を避けて、たたらを踏む。余裕そうな笑みは消え失せ、驚きに目を見開いている。

「だって、倒せって言うから……」
「そういうことじゃありませんよ! 話は最後まで聞けよまったく! ああもうっ、貴方と話しているとペースを崩されますね!」

 彼女は苛立った様子で髪の毛を軽く掻き上げてから、大きく溜息をついた。

「ワタシは、貴方の日常を非日常に変えます。だから、抗ってみてくださいよぉ」
「非、日常……?」

 僕が聞き返すと、薄く笑って彼女は続ける。

「そう。ワタシは神様として、貴方の周りを狂わせる。試練を与えます。それに屈することなく普通に過ごせたら、貴方の勝ちです」
「そんなのに付き合うメリットが何処に──!」
「残念ですが、貴方に主導権はありませんよ?」

 また、彼女の背後の暗闇に、拳大の目玉がギョロリと数個現れる。僕を見ている。見て、ただ、ひたすらに見続けた。威嚇のつもりなのか。目玉の視線に怯える僕を眺めて、世津那さんは楽しげだった。
 僕は一歩後退りながらも、世津那さんの顔を真っ直ぐに睨みつける。

「君の目的は何なの!?」
「神様はねえ、飽きているんですよね常に。だから欲しいんですよ」

 世津那さんがゆらりと右手を上げると、目玉は一斉に消えた。おぞましい視線に晒されなくなった僕は少しだけ肩の強ばりを緩めて、彼女はそうした僕の一挙一動を面白がっているらしく、口角をぐい、と吊り上げた。
 それから僕の耳元に顔を寄せて、囁くような声で言う。

「玩具が、ね」
「…………っ」

 僕は堪らず彼女を押しのけると走り出した。事務室を抜けて暗い廊下を駆け抜け、玄関の扉を乱暴に開け放つ。

「そぉだ、四方田君」

 こんなに走って逃げている筈なのに、声は僕の背中にべったり付き纏うみたいにはっきり聞こえた。振り返る勇気はない。ただ恐ろしくて、錆び付いたフェンスに足をかけて飛び越えると、止まることなく地面を蹴る。

「こんな音が聞こえたら、気を付けてくださいね」

 来るな、来るな来るな来るな来るな来るな! やめろやめろやめろ! そう心で叫んで必死に耳を塞ぐのに。どうして、その声はまるで僕の喉から発せられているみたいに、こんなにこんなに近くで聞こえるのだろう。

「嫌だっ、嫌だ……! やめろッ!」

 荒い呼吸で叫んだ僕の声は震えていた。

「──リリ、テケ、リリ……」

 テケ、リリ、テケリリ、と。世津那さんの声が耳にこびりついて、離れなくって。その音の意味も知らない筈なのに、恐ろしくて仕方がなかった。


>>9
>>11

Re: まあ座れ話はそれからだ ( No.11 )
日時: 2019/07/03 00:47
名前: ヨモツカミ

「──で、気が付いたら僕は家にいて、朝になっていて。こんな話なんだけど、信じてもらえる? てゆーか、聞いてた?」

 僕が話している途中にも関わらず、スマホを操作し始めたヨミを見て、ちゃんと話を聞いてくれていたのか心配になって訊ねる。
 ヨミはこくこくと頷いて。うん、勿論ちゃんと聞いてくれていたようだ。

「なるほどね。沸騰したお湯に冷蔵庫から出したばかりの卵を入れると温度差で殻にヒビが入るから、予め常温で置いといた卵を用意するのね?」
「ねえ、誰も上手な茹で卵の茹で方の話なんかしてないんだけど!? あれっ、嘘、もしかして僕の話聞いてなかった? 聞いてたよね! そうだと言ってくれ!」
「冗談だよ。殻をむくときは、少しヒビを入れて、転がすと剥きやすくなって、指の腹で剥くのがコツなんでしょ、ちゃんと聞いてたよ」
「ハーイッ殻の剥き方の話もしてなーいッ! このやろやっぱり僕の話聞いてなかったのか、どっからだ、丁寧に説明し直してやる!」
「廃墟に行ったら知ってる女の子が出てきて、なんやかんやあって、自室のベッドで目が覚めたところまで」
「思ったよりしっかり聞いてたねえ!! 今のやり取りなんだったんだいまったく!」

 少し騒ぎすぎて疲れた。
 けどまあ、ちゃんと話を聞いていたようならなりより。
 僕はポケットから出したスマホの画面を、ヨミに見せる。画面には、ある人からのLINEのメッセージが表示されていた。

「唐洲、世津那……からの、LINE?」

 ヨミが首を傾げて画面を凝視する。

「僕はね、世津那さんとLINEを交換したことなんかない。なのに、彼女からメッセージが来ていた」
「去年、クラス一緒だったんでしょ。それなら、クラスラインから追加することもできるじゃん」
「それ、僕も考えた。でも去年のクラスラインは残ってないんだよ。僕、今年の春にケータイが壊れたから買い替えて、それでLINEも全部新しく追加したし……」

 ヨミは黙って画面を見つめている。
 あれは夢だった。それで終わればよかったのに、交換した覚えもないLINEが来ていて、妙にリアルな昨晩の出来事を、夢だったとは片付けられなくなった。
 ちなみに、彼女からのメッセージは、こんな内容だった。
『おはようございます、四方田君! 昨日は大変でしたね。よく眠れましたか? 多分寝ぼけているでしょう四方田君になぞなぞです!

一人では持て余し、二人では十分で、三人では駄目になってしまうものなーんだ?

あと、10/6は誕生日ですよね? おめでとうございます!』

「よもあさは、このなぞなぞの答えわかったの?」
「わかんないから既読つけたまま返信してないんだよ……てか、そう! 僕今日誕生日なんだよねー!」
「よかたじゃん」
「え、他に言うことない?」
「いくつになったの?」
「……もういい」

 ツバメにも無視されたが、僕は今日“本日の主役”と書かれたタスキをかけている。なのにツバメとヨミにはツッコミもされず、誕生日も祝われず。なんて悲しいことだろう。
 しょぼくれている僕の横顔に、ヨミはポツリと声をかけてくる。

「よもあさはさ、」
「ん?」
「どうしてこの廃墟に行ったの?」

 どうして。って。

「LINEが来たなら、それは現実だったんじゃないの。昨日、唐洲世津那と会ったのも現実で、廃墟に行ったのも現実。じゃないと説明つかない。だからよもあさはどうして廃墟なんかに行ったのか、気になったの」

 僕は思わずヨミの顔から視線を逸した。それから、少し考え込む。ヨミの目は、早く答えろと言わんばかりに僕を見続けているから、ひたすらに困ってしまう。

「……実を言うとね、僕、全然覚えてないだ」

 は? と、予想通りな声が溢れて、僕はへらっと笑いながらヨミの方を見た。

「あの廃墟が何処なのか、どうやって行ったのか、それからどうやって帰ったのか。何一つ、わからないんだ」
「自分で行ったのに? なに、夢遊病なのよもあさ」
「仮にそうだとしても、否定できないよ……」

 ヨミはふうん、と言いながら腕を組む。
 僕が夢遊病だとしたら、やっぱり病院とか行かなきゃならないのかな。それとも。

「なら、答えは一つ」

 ヨミは組んでいた腕を腰に当てながら言った。

「唐洲世津那が見せた夢だったんだよ」
「彼女の“見せた”夢?」
「だって、唐洲世津那は言ったんでしょ。自分が神様だって。神様ならできてもおかしくないんじゃない? そういうこと」

 確かにそうかもしれないが、彼女の見せた夢、という発想は少々ぶっとびすぎてはいないか。僕が夢遊病で、半分意識がない状態で見た見た夢だっていうほうがまだしっくりくるじゃないか。

「ていうか神様って……ヨミは世津那さんの話信じるの?」
「うん。もう、何を信じていいかわからないけど。それから、よもあさは唐洲世津那から幾つか耳馴染みのない名前を口にしたね?」

 ヨミは真剣な眼差しで話を進めていく。
 僕が聞いた幾つかの不思議な名前。それらをえっと、と思い出していると、代わりにヨミが口を開く。

「チャウグナルホーン」

 そうだ。他にも色々、聞いたが、そんなのも言っていた。
 ヨミは握っていたスマホの画面に視線を落としてから、椅子を立ち上がる。

「よもあさ。明日暇? 土曜日なんだから暇だよね。九時に図書館集合ね」
「えっ、何急に。いや暇だけど、なんで図書館」
「唐洲世津那の正体を突き止める。よもあさと唐洲世津那のゲームに付き合ってあげるってことだよ。ハーゲンダッツくらい奢ってよね」

 そう言うと、ヨミは椅子に掛けていたリュックサックを背負って、紙飛行機同好会の部室を出て行った。
 家の方向ほぼ同じなんだから、一緒に帰っても良かったのに。

「ゲーム……か」

 僕は窓の外を見る。濃紺の空に、点々と小さな光が灯っている。名前も知らない星々が、自ら光を放っているのだ。
 もう随分と暗い。夜道を女の子に一人で歩かせるのもどうなんだろうと思って、僕はヨミを追いかけることにした。

 ゲームだかなんだか知らないが、僕は彼女に負ける気はない。

 僕は僕なりに、僕の日常を守るのだ。

 廊下に出て、遠くにあるヨミの背中に声をかけながら、僕は小さな宣戦布告をした。


「秘密、だ」
「んえ?」

 いい感じに終わらせようとしたところで、ヨミが振り返って、急に何か口にした。
 秘密? なんのこと言ってるんだろう。
 ヨミは僕が追いつくのを待つために立ち止まって、それから話し始めてくれた。

「唐洲世津那がよもあさに出した、なぞなぞの答えだよ。ほら、一人で持て余し、二人では十分で、三人では駄目になってしまう。秘密は二人っきりでするものだから、一人じゃできないし、三人じゃ多すぎるの」
「ん、あれ真面目に考えてたんだ……。僕、シーソーかと思ってた。世津那さんに返信しとこうかなあ」
「シーソーなら三人目は真ん中で適当にバランス取ればいいからできる」
「そんな危険な遊び方しちゃ駄目!」

 ヨミに答えを教えてもらったので、端末にそれを打ち込んで送信する。
 既読はすぐ付いて、そして返信もすぐに来た。

『四方田くん正解です。そう、わたしたち二人の秘密ですからね♪ 約束』

 ヨミと僕で彼女からの返信を見ていたから、互いに変な顔をしてしまう。
 世津那さんと僕の秘密。昨日の出来事をそう言ってるのだとすると、僕は既にヨミに話してしまったのだが、それはどうなるのだろう。

「まあ、約束は破るためにあるから、いいんじゃない?」
「え」

 ヨミはそう口にすると、僕に背を向けて、廊下を歩いて行ってしまう。慌ててヨミを追いかけると、彼女は小さく微笑んでいた。

「だって、アホなよもあさだけでどうにかなるなんて思わないもん。仲間外れなんてクラスだけで十分。唐洲世津那のゲーム。ワタシも参加させてもらうから」
「クラスで仲間外れにされてるの?」
「……そこには触れないで」
「はい」

 ヨミがいてくれるなら少しだけ心強い。ヨミと、僕の日常はきっと守ってみせる。
 負けられない。心の奥でそう思ったとき、どこからか奇妙な声が聞こえた気がした。

「リリ……テケ、リリ……」

 テケリリ、テケリリ、と。

>>10
>>12 五席目 模範解答の行く末

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