複雑・ファジー小説

まあ座れ話はそれからだ 八席目 完
日時: 2020/07/26 16:53
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)

 題名を見た時、あなたはコレをどういう話だと思ったでしょう。
 実はホラー? いやいやギャグかもしれない。もしやラブコメ。まさかのファンタジーか。
 どう思っても構いませんが、まあ、まずは座って下さい。お茶でも飲みながらのんびりと。椅子がないなら床に座って。床がないならいっそ空気椅子でもどうぞ!

 立っていても歩いていても見えないものは、案外座ってみたら見えるのかもしれない。だからまあ、座れ。話はそれからだ。

………………………………


こんにちは、ヨモツカミです。気に食わなかったのでまた書き直しつつ。
今年も暑い時期がきますね。水分補給とこまめな塩分摂取を忘れずに、どうぞよろしくお願いします。




#読む前に
・百合的な描写苦手な人はごめんなさい。
・流血描写注意。
・更新が遅いです。
・気に食わないとこがあると、加筆や修正を加えます。
・コメントはご自由にどうぞ。
・誤字脱字も多々あると思うので、気付いたら教えいただけると嬉しいです。



#目次
一気読みしたい方用>>1-

空席 登場人物>>1
一席目 羽ばたき方の参考書>>2 >>3 >>4
二席目 わーるどいずゆう>>5 >>6
三席目 正義の赤い色>>7 >>8
四席目 僕の日常はここに>>9 >>10 >>11

五席目 模範解答の行く末>>12 >>13 >>14
六席目 げっといんざうぇい>>15 >>16
七席目 物書の独り言>>17 >>18 >>19
八席目 “神”に抗え!>>21 >>22 >>23

九席目 夜鷹に答案用紙
十席目
十一席目
十二席目

十三席目
十四席目
十五席目
十六席目

十七席目
十八席目
十九席目
二十席目 さあ話は終わりだ立ち上がれ

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Re: まあ座れ話はそれからだ ( No.19 )
日時: 2020/06/27 13:37
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)

「ところで、昼ご飯にカプ麺を買ってきた。お前んちのポット借りるから、台所行ってくるな」
「おー。俺のぶんは?」
「無いけど」
「……」

 不満げな顔をする俺を横目で見てニヤつきながら、百舌は部屋を出て行った。
 俺がパソコンの画面に向き直ってしばらくすると、蓋の隙間から湯気を立ち上らせるカップ麺を片手に、百舌が帰ってくる。

「お前んち、この辺に砂時計置いてあったよな。あ、あったあった」

 百舌は言いながら空いた方の手で、パソコンの机の隅に置かれた小さな砂時計をひっくり返した。

「は、キモ、なんで俺んちの物の位置把握してんだよ。クソクソキモいな」
「ここに砂時計あるのわかっててカプ麺を買ってきた」
「マジか、超絶怒涛にキメェ」

言いながら、俺は砂時計を握り締めると、それを激しく上下に振る。

「あああ! おい! カプ麺の食べ時がわかんなくなっちゃうべや! やめろぉ! やめて下さいお願いします! 何でもしますからぁ!」
「なんでもすんだな。じゃあ出てけ」
「酷え!」
「じゃあ俺はこれを振り続ける」
「あああ! もうヤダ! やだあ!!」

 そうやって砂時計の取り合いをして、多分三分なんて普通に経っているだろうから、百舌は割り箸を割って、ズルズルと麺をすすり始めた。カップ麺の湯気で眼鏡が曇っている。特に何も言わないことから、麺の硬さは丁度よかったのだろう。
 ところで俺も、朝から何も食べてないため空腹感を感じ始めた。百舌の食べているカップ麺美味しそう。超美味しそう。眼鏡が曇るほどに熱々で、カレーの匂いがこっちまで漂ってきている。めっちゃ美味そう。

「百舌」
「んー?」
「じゃーんけーん……」

 突然俺が拳を振り出したので驚いていたが、流石の反射神経でしっかりパーを出す百舌。俺はチョキを出していた。勝った。

「えっ、なんのジャンケンだ?」
「俺が勝ったらそのカップ麺を半分貰うジャンケンだ。寄越し給え」

 ちょっと嫌そうな顔をしたが、百舌は小食なので、快く譲ってくれる。渡されたカップ麺と箸を使って、一口啜る。熱い。

「あっつ」

 しかし美味い。この謎肉が好きなのだ。謎肉は実は肉は一切使ってないらしい。じゃあ何を使っているのか、と言うかそれは最早肉と呼べるのか否か。でも脳がこれを肉だと判断して味わうからきっと肉なのだ。
 多分半分かそれより食べたので百舌に返した。

「いやお前馬鹿、絶対半分以上食べてんじゃん、馬鹿。カガリのバーカ」
「今度なんか奢るから許せ」
「はい、許すー」

 そんな緩いやり取りをして、一緒にゲームをしたり百舌の愚痴──最近三又していたらしいが、全員に振られたとかなんとかという話を聞かされて、気が付けば夕方になっていた。
 百舌が荷物を持って立ち上がる。帰るのか、と俺が聞くと、いや、と返事が帰ってくる。

「川越行こうぜ。夕飯でも食べに」
「いいけど、なんで川越まで」

 俺達の地元にだってそこそこ店はある。川越の方が駅周りの店は充実しているが、でも電車で十五分くらいかかるし、わざわざ行く必要が感じられないのだ。
 首を傾げていると、百舌がにっと笑う。悪戯っぽく、というよりはもっと悪意の篭った悪い笑みに見えた。

「お気に入りの刃物持ってこいよ? 川越の駅から少し歩いたトコにある公園に最近猫がずっといるんだよ。リアル解体ショー、見せてくれや」

 俺も思わず釣られて微笑んだ。きっと百舌と同じ、悪い笑みを浮かべているだろう。
 本当に狂ったやつだ。俺が目の前で生き物を殺すところを見せてほしい、なんて言い出すんだ。しかもそのための獲物を自分で探し出しておくなんて。
 俺は机の引き出しから、一番最近通販で買った気に入っている折りたたみナイフを取り出すと、パーカーのポケットの中に滑り込ませた。

「んじゃ、駅に行くか」

 短く口にして、家を出た。
 外は日が沈み、紺碧の空に星が散らばっている。やはり少し肌寒いな、なんて思いながら、駅までの道を歩いた。俺の家から駅まではそれなりに近い。歩いて五分くらいだろうか。

「ありおりはべりいまそかりアタック!」
「痛ってぇな!! 何しやがる! 手加減とかできねぇのかよ!」

 道中、百舌が訳のわからないことを叫びながら鳩尾に拳を叩き込んできた。通りすがりのカップルと思わしき高校生たちにガン見された。なんかもう、屈辱的だし、普通に痛いし恥ずかしいし、許し難い。

「なんか殴りたくなっちゃって、てへぺろ」
「ぶっ殺すぞ」

 でも殴り返したりはしない俺、偉いんだよな。
 そうこうしている間に駅についた。
 ポケットに入れていたPASMOで改札を通ろうとする前に、百舌に肩を掴まれて止まる。

「オレ定期忘れたから切符買ってくる。待ってて」

 仕方なく改札の横で百舌が切符を買うのを待った。なんとなく、ポケットの中に手を突っ込む。中には財布とスマホと折りたたみナイフが入っている。周りにいる人間はそんなこと知らない。そう考えると、なんとなくゾクゾクする。
 なんて考えているうちに百舌がやってきたので、一緒に改札を通り抜ける。
 ホームで電車を待って、その間にまた謎の攻撃ありおりはべりなんとかが飛んできたので、掌で受け止めた。

「なんだと、オレの拳を受け止めるとは! じゃあ今度はありおりはべ、」
「それ以上やったらてめぇの眼鏡のレンズ、ベタベタ触んぞ」
「そんなことしたら眼鏡へのセクハラで訴えんぞ」
「警察は物的証拠が無いと動かねぇんだよ」
「ツッコミどころはそこじゃないんだよなぁ」

 話している間に、騒音と共にホームに電車が滑り込んできた。休日の午後七時、電車の中は席に座れない程度に混んでいる。仕方なく、二人して扉の前に立って、適当に駄弁る。そういえば有名なあのRPGゲームがリメイクして発売されるらしい、と百舌が思い出したように言う。キャラクターに声優がついて、あんなシーンやこんなシーンがフルボイスになるとか。ちなみに俺は買わないけど。

 川越駅に着くと、広い駅のホームに人が溢れる。流れる人混みに巻き込まれて階段を上がり、改札を通り抜けた。百舌が東口の方に向かうので、俺は黙ってその後ろをついて歩く。警察署の前を通り抜けて、階段を降りて、更に真っ直ぐ進む。
 それからグネグネと道を曲がり、駅から30分近く歩いた頃、ようやく小さな公園にたどり着いた。
 少し歩いた所、と言われていたのに思ったより歩かされた。その不満について文句を言おうとしたが、百舌が指差す先を見て、言葉を飲み込んだ。
 猫だ。赤い首輪をした、三毛猫。滑り台の下にちょこんとお行儀よく座っている。二人でゆっくり近付いていったが、猫は逃げる様子はなく、それどころかにゃあ、と声を上げて俺の足に擦り寄ってきた。可愛い。
 百舌は猫の側に屈むと、スマホで撮影してから、首の下を撫で始めた。ゴロゴロ、と人懐っこく喉を鳴らしている。

「まだ公園にいてくれてよかったわ。家に帰っちゃうかと思ったんだけど、まだ夜遊びしたい悪い子ちゃんなんだな」
「飼い猫だろ、こいつ。誰ん家の猫か知ってんのか」
「……さーあね」

 含みのある言い方だと思った。けれど、百舌がこの猫の何を知っているかについては、まあ、どうでも良かった。

「んじゃあ、始めてよ」

 百舌が言う。俺は薄く笑って、猫の首輪を掴み、胴体を抱え込んだ。猫が嫌がって身をよじる。無理やり押さえつけて、茂みの裏に連れて行った。百舌はあまり近寄らず、ちょっと距離を置いて眺めている。
 俺は猫の首輪を放さないよう、しっかり地面に押さえ込んで、ポケットに入れていた折りたたみナイフを開いた。銀色に月明かりが当たって光を反射する。
 それを猫の首筋に振り下ろした。

「──あハ、ハハハっ」

 耳障りな鳴き声。暖かく手触りのいい毛皮。そこから溢れる赤い、赤い赤い赤い、鉄臭くて汚くて、なのにとても綺麗で温かい液体。ゲームで見るよりずっと鮮やかな色彩。リアルの血に触れてしまうと、画面越しの流血なんか安っぽく思えてしまう。ディスプレイに表示された赤い光を血と呼ぶには物足りない。本物はもっと暖かく鮮やかで、手を浸しているとなんとなく落ち着く。最初は鉄分を多く含んだ臭いに噎せ返りもしたが、今では包まれていると安心する。
 ナイフを引き抜く。まとわり付いた毛と血が辺りに跳ねる。振り下ろす。肉を突き破って、程よい手応えと共に猫の唸り声が煩い。早く黙れ。そう念じて喉元をナイフで抉る。骨の硬さが邪魔をする。引き抜いたナイフを、別の角度で喉元に落とす。猫の声が止んだ。まだ体は動いているから、あと何度かナイフを突き刺した。
 まだ音がする。そう思ったが、それは自分の喉の奥から溢れる、笑い声だった。
 楽しくて仕方がないんだ。この高揚感。獣臭さと鉄の臭い。生き物の命を奪う感覚。最高だ。

「カガリ、終わったー?」

 我に返って、顔を上げる。少し顔を引きつらせた百舌と目が合う。

「ああ。もう死んだ」

 答えてから、手元の肉塊に視線を落とす。柔らかい毛皮を濡らす赤。てらてらと光る肉の断面。見開かれた目は、激しい苦痛を訴えている。死して尚、殺した俺を睨みつけている。目障りだ、とナイフを落とすとぶにゅ、と嫌な手応えにゾワリ、背中に悪寒が走った。
 百舌が近寄ってきて、控えめに見下ろす。うわ、と顔をしかめて声を漏らす。

「そうだ。お前、解体ショーが見てぇって言ってたよな」

 俺は猫の死骸の腹にナイフを突き立てて、呟く。
 百舌の反応はあえて見ない。腹に深くナイフを沈みこませると、左手で胴体を押さえながら、刃先を滑らせていく。

「ちゃんと見とけよ?」

 毛皮の隙間からドロドロ溢れてくる血が、土に染み込む。うわわ、と百舌が嫌そうな声を上げつつ、ちゃんと見ているのを確認しながら、腹を切り開いていった。切り込みの隙間に指を入れて、引っ張る。臓物が覗いた辺りで百舌が、

「あー、オレ無理。これ以上は遠慮するわ」

 なんて言い出した。不満を隠しもせず、俺は顔を上げて言い返す。

「これから良いところなんだから、」
「いやいいって。思ったよりキツイ。もう十分見たからさっさと手洗って飯行こうぜ」
「え、お前これ見たあとに飯食うのかよ」
「これから夕飯食べるからこれ以上見たくないって言ってんだべや! 寿司とか食べよーぜ! 肉以外のもの食べたい」

 まあ、確かに川越には夕飯を食べにきたはずだった。食べる前に殺すのは、順番が逆だった気もするが、とりあえずは楽しかったので良しとする。
 死骸は適当に土をかけて埋めて、公園の水道で手やナイフについた汚れを流した。夜風に晒されて、濡れた肌が冷たい。爪の間の血までは落ちない。いつもそういうものなので、もう気にしないことにしていた。

「臭いも落ちねぇんだよなあ。このまま店入って大丈夫かよ」
「臭いがかき消えそうなとこいくか? お好み焼きとかどーよ」

 ものによっては肉も入っている気がするが、百舌がそれについては気にしないようなので、俺は頷いておいた。

「よーし、腹減った! 早く行こうぜ」

 猫の解体を見たあとに食欲がある百舌って、本当に頭おかしいやつだな。そう思ったが、本人には伝えずに、無言で俺は親友の後ろについていった。

前話>>18
次話>>21 八席目 “神”に抗え!

Re: まあ座れ話はそれからだ※更新じゃない ( No.20 )
日時: 2020/02/19 18:30
名前: ヨモツカミ (ID: CstsioPs)

更新滞っており申し訳ございません。ヨモツカミです。
本編にてミスがあったので修正しました。

四席目 僕の日常はここに >>10>>11にて、

唐洲世津那の台詞
「イース、ニャルラトホテプ、チャウグナルホーン、ディブク、ピシャーチャ……色んな呼ばれ方をしてきましたが、まあ、名前なんて意味はありませんよ。ワタシは、ワタシなんですから。ワタシはワタシという神様なんです。ふふ、よくわからないって顔してますねぇ四方田君」
この台詞の
チャウグナルホーン→ヒュプノス
に直させて頂いてます。私のクトゥルフ神話知識に誤りがあったためです。
同様に御神黄泉の台詞もチャウグナルホーン→ヒュプノスに直させていただきました。もしかしたらどうでもいいかもしれませんが、クトゥルフ神話を深く齧ってる人からすると割と重大なミスをやらかしたので申し訳ございません!

引き続き執筆頑張りますのでよろしくお願いします。

Re: まあ座れ話はそれからだ8-1 ( No.21 )
日時: 2020/06/27 13:39
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)

八席目 神に抗え!

【四方田 朝(ヨモダ アサ)】

 どこからか声が聞こえる。沢山の、声だ。

 男か女か。どちらかといえば男っぽいような、低い声が幾つも、幾つも重なって聞こえる。でも、何を言っているかまではわからない。
 ここは何処だ。薄暗い。聞こえる声が反響しているから、洞窟みたいだ。薄ぼんやりとした青い床に視線を落として、僕は声のする方へと顔を上げる。
 海が近いのか、潮の匂いがする。生臭い気もする。魚市場の入り口が、まさにこんな臭いだったはずだ。
 潮の匂いに、生臭さ。それに見覚えのない洞窟。そもそも、日本にこんな場所があるだろうか。日本じゃない。あ、多分これ夢だ。明晰夢ってやつだ。そうそうに気づいてしまったので僕は自分の両目をグリグリ擦って、脱出を試みる。中々目が覚めない。

「ふ──……な……るふ」

 聞き取れなかったはずの言葉が、段々とはっきりし始めた。夢から出ることも上手く行かないし、目が覚めるまでこの声の解読でもしてみようか。そう思って、耳を傾ける。
 薄暗いし、見ようともしてなかったから気が付かなかったが、洞窟はかなり奥まで続いていて、天井がすごく高い。学校の体育館よりも遥かに高いだろう。
 奥の方に、青っぽい巨大な石像みたいなものがある。その足元で、五十人くらいの人影が蠢いているのが見えた。何をしている? 膝を地につけて、両手を大きく上げたと思ったら、下げて地面に額を擦り付けている。それからまた両手を上げて、地面に顔を擦り付ける。繰り返し。その中で何か、全員が同じ言葉を唱えている。

「くとぅ……るる……うがふ……たぐん」

 もっと近くに行かなければ聞こえないかな。僕は少しだけ彼らに近付いてみることにした。段々、人影もはっきりとしてきて、みんなおかしな顔つきをしていることにも気付く。なんだか、妙に目が離れていて、鼻が低い。それに肌の血色が悪い。更に頭皮は大体が禿げ上がっている。何かの障害か、病気の人みたいだ。近づいて行くと、生臭さが強くなったような気がした。
 魚みたい。それが第一に思った答えだった。全員が魚のような顔をしている。これだけの人数いて、皆同じ顔をしているのは、かなり気持ち悪さがある。

「ふんぐるい、むぐるうなふ、くとぅるう、るるいえ、うがふなぐる、ふたぐん」

 言葉がはっきり聞こえてきたけれど、意味はわからない。呪文みたいだ。何を唱えているんだ。
 もっと近寄ろうか、と足を踏み出したとき、何者かに肩を掴まれた。
 振り返るよりも先に耳元に顔が近付けられる気配がした。生臭い! 息が、というよりはその人自体が生臭い、腐りかけの魚みたいな臭いがする。鼻が曲がりそうだ。離れてほしい!
 なのに、その人はぐいっと口を耳に寄せてきて、大きな声で叫んだ。

「いあいあ! いあいあ!」
「ぎゃああああっ」

 十月七日の土曜日。午前十一時過ぎ。
 地元の図書館で調べものをしていたら、僕はうたた寝をしてしまったらしい。
 机に突っ伏していたからか、頬がひんやりしている。ついでに大声厳禁である図書館で突然叫んだことにより、周りからの視線もひんやりだ。ごめんなさい。視線の合った人たちにペコペコと頭を下げて、ようやく、頭が冴えてきた。いつ頃から眠っていたのだろう。休日はこの時間まで寝てるはずだから、図書館に来ても眠くなってしまったんだっけ。
 椅子の背もたれに体重を預けて伸びをしていると、長い前髪で目元を隠し、肩につく髪を二つ結びにした少女が、何冊かの本を抱えて隣に腰を下ろした。
 そうだ。本日図書館に集合、と僕に声をかけてきたのは彼女、御神黄泉だ。
 彼女は本を机の上に置き、前髪の隙間からじとっとした視線で僕を突き刺してくる。

「おはよ」
「あ、おはよーございまぁす」

 集合したのは午前九時だったので、この会話は二度目である。ヨミが頑張って資料集めをしていた隙に僕が居眠りなんてしたため、やはりちょっと不機嫌そうにしている。

「気持ちよさそうな寝顔だったね。寝言まで言っちゃってさ」
「どうも。寝言は……恥ずかしいなあ」

 ヨミはこちらを見るのはやめて、集めてきた本の中から、一冊抜き出して、ページを捲る。

「うなされてたよ。悪夢?」
「そりゃ叫んで起きるほどだもんね……なんで起こしてくれなかったのか」

 ヨミはそれに関しては何も言わない。まさか、僕がうなされているのを少し面白がっていた? その可能性が捨てきれないのが、困るところだ。
 彼女は尚も本のページを捲りながら、ポツリと言う。

「ふんぐるい、むぐるうなふ、くとぅるふ。て、言ってたよ、寝言で」

 肌が粟立つのが分かった。言語としては意味がわからないのに。わからないから? 居心地の悪さと、形のない不安が纏わり付く。

「……なにそれ。怖」

 なんで? ただのどうでもいい言葉の羅列じゃないか。普段ならナニソレ意味分かんなーいうけるー! と茶化せたであろうに、どうして僕は今、こんなに不安で気持ち悪いと感じたのだろう。その事実が一番不気味だった。だって、これじゃあその言葉の意味を、知っているみたいじゃないか。
 みたい、じゃなくて。僕は、知っている?
 ふと、急にその言葉が初めて聞いたものではない気がしてきた。夢の中で聞いたのが初めてではない。僕は以前にも何処かでそれを耳にした。でないと、こんなに意味のわからない言葉の羅列を、わざわざ記憶しているはずが無い。
 何処で。どこで聞いた。確か中学生の時だ。誰から聞いた。

「……るるいえ、うがふなぐる、ふたぐん」

 ビク、と肩を震わせる。あの言葉の続きを、ヨミはそっと口にした。遠くを見るような目で。
 記憶の中の言葉もまた、ヨミの声で再生される。

「ヨミ、なんか知ってるの?」

 尋ねた声が、変に震えた。ヨミが本を閉ざして、机の少し離れたところに置いた。
 こくり、と頷く。それから彼女は、なんでだか、少しだけ悲しそうな目で僕を見た。

「でも、今日はこんなことを調べに来たんじゃないからね」

 ヨミが、持ってきた何冊かの本に手を伸ばしたので、僕もそちらを見る。都市伝説、とか神話とか、そんなタイトルの本ばかりがそこに集められていた。

「よもあさの夢で、唐洲世津那は自分のことをいくつかの名前で呼んだんだよね? イースとか、ニャルラトホテプ、ヒュプノス、とか」

 もう夢の内容だから、そんなに鮮明に覚えているわけではないが、記憶にある範囲でヨミに聞いた名前は伝えてあるのだ。イース、ニャルラトホテプ、ヒュプノス、ディブク、ピシャーチャ。僕はそれらについて、一切知識がない。

「ワタシはいくつか聞き覚えのある名前があったから、それについての本を何冊か持ってきたの」
「なんで聞き覚えあるのか。すごいね」

 素直に賞賛すると、まあ、と照れたのか、視線を逸らされる。

「唐洲世津那のゲーム、とやらは“ワタシを倒せ”って言われたんでしょう?」

 あの、恐ろしいほど整った顔が近づいてきて、倒してみろと口にした。妙な夢の一部始終を思い出して、ブルっと身震いする。

「うん。でも、倒すってよくわからないよね。そのままの意味で捉えるなら、彼女を……殺す? とかすれば、勝ちってことになるのかな」
「勝利条件は不明だけど、ワタシとしては“正体の解明”が倒すってこと、もしくは、倒すことに繋がると思うの。彼女の口にしたいくつかの名前は、自分の正体のヒントだよ」

 ヨミは『クトゥルフ神話』と書かれた本を手元に持ってきて、中身を開いた。
 というか、くとぅるふって、確かさっきの夢の中で聞いた言葉の一部だったような。言いかけたが、真剣な顔をしているヨミを邪魔してはいけないと、口を噤んだ。

「クトゥルフ神話で有名なのはニャルラトホテプかな。他にもイースやヒュプノスも、クトゥルフ神話の神様だよ」

 そう言って、開かれたページには、メガ盛りにしたラーメンみたいなものの挿絵が書かれていた。よく見ると、触手が複雑に絡み合い、そこに目玉やら爪やらがわさわさとついた、冒涜的な姿の挿絵だとわかる。それがニャルラトホテプと言うらしい。

「……二郎系ラーメンみたい」
「千の顔を持つ外なる神の一柱なの!」
「へえ」

 挿絵が真の姿であるらしいが、人間の姿を模して人前に現れることもあるという。“顔がない”故に千もの別の姿を模して現れる。つまり、特定の人間の姿ではなく、現れるときによってその見た目は変わるらしい。顔がないからこそ、何者にでもなれるのだという。
 世津那さんの顔を思い出す。整い過ぎて、人間離れして見えもする彼女なら。ニャルラトホテプが作り出した千の顔の一つだと言われても、疑いはしないだろう。

「じゃあ、世津那さんはニャルラトホテプだってこと?」

 ちょっと呆れたような目でヨミは僕を見た。

「そんな簡単に答えが出るわけ無いでしょ? あの女は他にいくつかの名前をあげたんだから。例えば、イース」

 ヨミは本のページを捲り、別のところを開くと僕に見せてきた。
 下半身だけ見れば、ドレスを着た足元にも見える、円錐型の体と、上半身には先端に刃物やらラッパ状の何かが付いた三本の触手と、これもまた奇妙に首の長い……もしかしたら首ではなく、触手の一本なのかもしれないそれに、実在する生物の何にも当てはまらない頭の、おかしな挿絵が描かれている。なんと形容していいかもわからぬそれに、僕は顔をしかめた。

>>19
>>22

Re: まあ座れ話はそれからだ ( No.22 )
日時: 2020/07/17 06:33
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)

 ヨミがその下に書かれた説明を読み上げる。

「イースという、滅亡しかけた銀河の彼方から地球に飛来してきた……イースの大いなる種族。別の生命体と精神を交換する能力を持っていて、様々な知識を得るために、そこに住む最も相応しい知的生命体と一時的な精神交換を行うの」
「ちょっと難しくてよくわからないけれど……世津那さんがその、イースとかいうのに選ばれて、精神交換されている、とでも言うの?」
「名前を出してきたんだから、可能性はあると思うよ。イースは知識を得るために不可解な行動をとるって言われてるからね。唐洲世津那が、イースに体を乗っ取られて、不可解な行動に及んでいる……の、かもしれない。でも、そうなると、よもあさの唐洲世津那とのやり取りが夢では無くなって、現実のものとなるから、イース説はあくまで説でしかなくてね、もっとそれらしい、夢に関係する神話生物がいるんだよ」

 なんだかヨミはいつもの様子からは想像つかないほどやたらと饒舌になって、僕はその内容の半分も理解できたかどうか怪しかった。僕の頭がぐるぐると回っている間に、ヨミはまた別のページを開いて、僕に見せてくる。
 そこに書かれた名はヒュプノス。挿絵にはルネサンス期の彫刻でよく見るような美しく若い人間が描かれている。

「別名、眠りの大帝。挿絵ではカッコイイ若者として描かれてるけど、真の姿は悪夢のように歪んで悍ましい存在である、と言われているの。その姿は描かれてないけど。現実世界とドリームランドの間にあるっていう、眠りの境界に関係する存在で、夢を見る人はヒプノスの領域を通って旅行しているんだって」

 そこまで説明して、ヨミは顔を上げて僕を見つめる。

「よもあさが、唐洲世津那に夢で会ったって言うなら、夢を司るヒュプノスと唐洲世津那に関係がある、もしくは彼女がヒュプノスだって可能性も考えられる。そうでしょ?」
「そう……なのかなあ。ヨミが言うならそうなのかもね」

 理解が追いつかない僕は、曖昧な返答をすることしかできなかった。それに、あの出来事を夢だと片付けていいのか、という疑問もあって、ヒュプノスのことについては何かとピンと来なかった。
 一旦本を閉じたヨミは、いつもより沢山喋って疲れたのか、ふう、と息を吐く。

「ワタシの知識でわかる範囲はこの程度だよ。今後は今挙げた神話生物について深く探りを入れていくか、他の唐洲世津那が言っていたディブクやピシャーチャとかいう名前について調べるかって、感じ」

 椅子の背もたれに体を預けて、それきりヨミは黙り込んでしまった。普段、あまり多くを語らない彼女がこれだけ多くのことを口にするのは珍しいな、なんて、僕は感心していた。

「ねえ、ヨミってこういう……オカルト? な話好きなの?」
「好き! あっ、うんと……別に」

 一瞬素直に答えたように聞こえたが、ヨミはすぐにいつものテンションで、興味なさそうに答え直す。確かに今、彼女の素が垣間見えた。だが、そこについて言及すると、ヨミが機嫌を損ねるかもしれないと思って、僕も黙ることにした。

 そうしてお互いに黙っていると、不意に独り言みたいにヨミが口を開く。

「ワタシは信じてるの。普通ではありえないかもしれないけど、そのありえない物を見た人は確かにいたんだから。スカイフィッシュも、スレンダーマンも、イエティもいる。よもあさが見たものも、そういう類のはずだよ」
「スカイフィッシュとイエティはわかるけど、スレンダーマンってなあに?」

 ヨミは少し説明しづらそうに、謎のジェスチャー──そっちのほうが意味分かんない……をしながら教えてくれる。

「顔が無くって、すごく背が高いの。細長い男」

 その特徴から、自分のよく知る身近な物に結びつけていく。

「ピクトさんじゃない? それ」
「誰」

 僕は思わず、驚愕に思わず声を上げる。

「ピクトさんだよ、知らないの? すっごい有名じゃん。ほら、緑色してて、少し屈まないとドアをくぐれない、のっぺらぼう」
「非常口の男? あれ名前ついてたの?」

 そう、あまり知られていないと思うが、非常口のマークのあの緑色の人型。ピクトさんと言うのだ。よく覚えておいてほしい。今後の生活でピクトさんを覚えておいて役に立つことはないと思うが。

 唐突にヨミが本を抱えて席を立った。それから、少し怪訝そうな顔で、僕の目を覗き込んでくる。

「ねえ、よもあさ。よもあさはなんで廃墟になんて行ったんだっけ?」
「えっ。だから……よく、わからないんだって。どこにあるのかも知らないし、どうやって行って帰ってきたのかも」

 昨日、学校で説明した通りのことをまた言う。

「そう。だから、ワタシ達はこの出来事を夢かもしれないって考えた。そこで、ヒュプノスの事が気になる、と」

 そうだ。でも、僕は心の何処かであれが夢だったと断言できないでいた。
 まだそのことはヨミに伝えていなかったが、彼女は僕の考えに答えるみたいに言う。

「でも、だったら夢と関係のないニャルラトホテプやイースの名前を、どうして唐洲世津那は言ったのか。わかんないよね」

 夢ではない可能性、について。ヨミは机に並べた本を全て回収して、何処かに行こうとする。多分、元あった棚に戻すのだ。数が多いから手伝おうとして、僕もついていく。

「お腹空いたからさ、昼御飯を食べ終わったら、この辺にある廃墟を探してみようよ」

 そうだ。僕が訪れた廃墟が本当にある場所だとしたら、何か。何かわかるかもしれないのだ。ヨミの言葉に頷いて、僕らは図書館を出ていった。

 お昼は適当に某ハンバーガー屋で済ませて、残ったドリンクを啜りながら、店内にてスマホで近所の廃墟を探す。

「廃墟のまとめサイトとかあるんだね。よもあさが行った場所もここに載ってるかな?」

 ヨミが検索したページの写真を一つ一つ、注意深く確認していく。

「こんなとこに載ってるかなあ、ないんじゃないか……あ!」

 僕が望みのないことを言いかけていた途中で、やけに見覚えのあるものが視界を掠めた。なんとか建築会社、と書かれた看板が転がった、小さなコンクリート製の建物。蔦植物に覆われた外装も、錆びたフェンスも、記憶の中のものと合致する。
 まさかこんな簡単に見つかってしまうなんて。半分、夢だったら良いと思っていた部分もあるために、なんだか現実になってしまったことがとても不気味に思えた。

「これ? この廃墟がそうなの?」

 ヨミに訊ねられて、僕はコクリと苦い表情で首肯する。
 サイトに載った位置情報や廃墟の外観をじっと見ながら、ヨミが言う。

「じゃあ、夢じゃなかったのかな。ここならよもあさの家から歩いていける距離だもん」
「そうなんだ……あ、ここからもそう遠くないね」

 ジュル、とドリンクのストローを吸い上げてから、ヨミは小さく微笑んだ。

「よし、ここに行こう」
「えっ……」

 これから楽しいことが起こるような、ワクワク顔のヨミと、対象的にげっそりした顔の僕。夢だろうが現実だろうが、あんな恐ろしいものを見た場所にまた向かうなんて、考えたくもない。そんな僕の考えなんてちっともわかってないのか、わかった上で面白がっているのか。

「で、でもさ……また、化物が出たら、」
「じゃあ近くのホームセンターで武器を買ってから行こう。あと、中暗いんだっけ? 懐中電灯も買おうね、うんうん、なんだか楽しくなってきた」
「うわー、ヨミが珍しく楽しそうにしてて嬉しいけど複雑な気持ちー」

 ジュルジュル、と残り少ないドリンクを飲み干すと、僕らは店を出た。そうして、近所のホームセンターに向かう。足取りの重い僕のことなんて気にも止めず、ヨミは軽快な足取りだ。こんな肝試しみたいなこと、やめておいたほうがいい気がするのに。この子、本当にオカルトなこと好きなんだろうな。困る。いや、本当に困っているんだよ僕は。
 溜息を吐きながらも、ちょっと歩いて辿り着いたホームセンターで、ヨミは真っ直ぐに懐中電灯の置いてある場所を見つけ出し、手頃なサイズと値段の物を手に取る。

「あと武器ね」
「マジで武器も買うの? そんな物騒な。何を武器にするつもりなの、包丁とか?」
「包丁は万が一奪われたときに相手にとっても使いやすい武器になっちゃうから、向いてない」

 なに本格的なお話してるんだろうか、この子は。言いながら店内を迷いのない足取りで移動していく。僕はそんなヨミにへろへろと着いていくばかりだ。

「だから、武器として向いてるのは……そう、バールのようなもの!」
「バールのようなもの……」

 棒状の、大きめの釘抜き的なもの。確かに鉄の棒は武器として振り回しやすいし、落とさない限りは奪われる心配も少ないのだろう。知らんけど。
 あまり大型の物は値が張るので、やや小型の千円以内で買えるものを購入して、僕らは店を出た。
 外はいつの間にか黄昏色に染まり始めていて、もうそんな時間なのか、と僕は焦りだす。今の時間から廃墟に向かったら、前と同じで、不気味な時間に着くことになる。いや、それが怖いわけではなくてですね、嘘ですもう僕は廃墟がトラウマなのでできれば行きたくないのです。
 行きたくない。しかもあえて暗い時間に行くなんて、危険極まりない。やはり日を改めるべきではなかろうか。
 道中、何度かそう伝えてみようとしたものの、結局やる気満々なヨミを止めるのが忍びなくて、僕はしなしなと彼女のあとを続くのであった。


>>21
>>23

Re: まあ座れ話はそれからだ ( No.23 )
日時: 2020/07/24 17:54
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)

 時間が過ぎれば、更に空はワントーン暗くなっていって、秋の寒さが肌に滲むようだった。冷え込むし、夜道は危ないだろうし、憂鬱な事だらけだ。
 やっぱり引き返そう、明日にしよう。そういうことを口にするのは簡単だったかもしれないが、でも、ヨミがこんなにも僕に協力的でいてくれるのに、その気分を無下にするのは忍びない気がして、やっぱり何も言えない。
 もう僕も、腹を括ろう。
 気持ちを切り替えたとき、僕達の横を通り過ぎていった男子校生たちが視界に入る。

「ありおりはべりいまそかりアタック!」

 とかなんとか言って、じゃれ合っていた。なんだか溢れんばかりのセンスを感じる一撃だ。カッコイイ。
 目を輝かせた僕は、自分なりにアレンジして、ヨミに攻撃を繰り出した。

「すいへーりーべーぼくのふねスラッシュ!」

 そう叫んで、ヨミの腕に軽く手の甲をぶつけようとしたが、躱されてしまう。恐ろしく早い反応だ、僕だったら見逃しちゃうね。

「ひとよひとよにひとみごろキック」
「いたぁい!」

 そしてカウンターを食らう。脛を的確に狙って放たれる、美しい放物線を描いた蹴り。それほど手加減されていなくて、めっちゃ痛かった。
 思わず立ち止まって、脛を撫でる。それをヨミは冷たい目で見下ろしていた。

「……今通った男子高生たち、いいセンスしてたね」
「くっだらない」

 そう吐き捨てられる。残念ながら、同意は得られなかった。

「でも今、ヨミも数学の語呂合わせ、だっけ? やってたじゃん?」
「うるさい」

 ヨミの攻撃もまた、センスを感じるものだったのだが、彼女は恥ずかしそうに目を逸らして、またスタスタと歩きだしてしまう。それを慌てて追いかける。なんだかその頃には、廃墟に対する恐怖心も和らいでいた。
 と、思っていたのは、実際に廃墟に辿り着く道中までである。
 最早夢なのか現実なのかも不確かな記憶の中で見た光景と、寸分違わずそこに存在する。寂れたフェンスに、蔦の絡んだ建物。雑草が伸び放題の敷地に、ひしゃげて掠れた読めない看板。
 途端に情けなく足が震え始めた。心臓も苦しいくらいに胸を叩くし、不安で仕方がない。

「しぃーあわっせなら手ーをたったこっ」
「…………」

 虚しく、自分の分の手拍子だけがパチパチと夜道に響いた。

「あれれ。ヨミ、幸せじゃないの?」
「普通。なんで突然歌いだしたの」
「怖いからだよ!!」

 素直に気持ちを吐露すると、ヨミに鼻で笑われた。笑い事じゃないのだが。
 ヨミは怖じ気付く僕の背中を押して、懐中電灯を押し付けて、僕をさっさと進ませようとする。待って。

「僕怖いって言ったよね!? なんで先に行かせようとするわけ!」
「よもあさは女の子に、こんな危なそうなところで先陣を切れとでも言うの?」
「都合のいいときだけ性別の壁で解決しようとするなよ! 僕は男女平等に扱うからヨミが先に行けば、いや嘘です僕が先に行くからバールのようなもの構えるのやめよっか!」

 もう既に、僕は涙目だった。でももう、後戻りもできない。夢の中の情景が浮かんで、怖くて足が震える。

「もう、情けないんだから」

 そう言って嘆息したヨミが、僕の前にひらりと出てきて、そして錆びたフェンスに手をかける。鍵は開いているようで、簡単に開いたから、そこから中に入っていった。開けるときに悲鳴みたいな酷い音がした。
 結局先陣を切ってくれるらしい。情けない男でごめんよ、と心の中でだけ謝りつつ、僕はその頼もしい背中に着いていった。
 敷地内に入って草を掻き分けて進み、廃墟の扉にヨミが触れる。ギイ、と錆びた扉は蝶番を軋ませて開いた。先を進むヨミが懐中電灯で照らした通路にはホコリが舞っていたし、中はカビ臭い。下駄箱を通り過ぎると、壁には経年劣化なのかなんなのか、謎に穴が空いていて、怖いことを想像してしまうから見ないふりをする。

「あさ、ちゃんと着いてきてる?」

 ヨミの声がしたから、うん、と短く返事をする。こんなとこでハグレたりなんてしたら、失神してしまうだろうから、ちゃんと着いていくに決まっている。

「あさは、何しにここに来たの。ワタシを探しているの?」
「……うん?」
「ワタシを、探しに来たんじゃないの?」
「ヨミ、どうかしたの? 探すって、何の話──」

 そもそも、この声はどこから響いているだろう。
 目の前を歩いていたヨミが、振り返った。
 ……酷く青ざめた顔で。

「ねえよもあさ、さっきからやめてよ。誰と話してるの? 今ここにはワタシとよもあさしかいないでしょ……?」

 え。
 ドキン、と心臓が嫌な跳ね方をする。

「え、でも、だって、ヨミの声が……」

 そう言いかけたとき、ごめんねなんでもない、と声が響く。
 ──後ろから。

「よもあさ……? ワタシを怖がらせるつもりなら、面白くないよ」

 目の前にいるヨミは、青い顔で眉を吊り上がらせている。僕がふざけていると思っている……わけではないと思う。何かがおかしい。その何かに、漠然と気付いていて、目を逸らそうとしている感じ。

「あさ」

 なんで、ききまちがえ? そんなわけない、ヨミは目の前にいるのに、じゃあ後ろにいるのは、なに、なんだ、ふりむく? 僕の後ろになにがいる、なんだ、何がいる何がいる。

「あさ、どうしたの?」

 後ろのやつが喋る。どうして、じゃあ目の前にいるのは、何、なんだこれ。後ろは誰。
 そもそも。ヨミは僕のことを“よもあさ”と呼ぶじゃないか。あさ、だと同じ意味の単語と間違えて紛らわしいから。
 後ろの声は僕をよもあさとは呼ばない。
 だったら。

「……ヨミ。バールを貸して」

 目の前にいるヨミにそう言って、手を伸ばす。彼女は一瞬迷うような素振りを見せたが、何も言わずにバールを渡してくれた。
 手に馴染む、適度な重さの鉄の棒。それを落とさないように、もしくは何か切り替えるような気持ちで強く握りしめる。
 そうして、後ろに向かって思い切り振りぬいた。

 後ろには、実際に“何か”いた。でも、手応えは妙に柔らかく、振りぬいたバールはぐにゃぐにゃしたものに沈みこんだような、不思議な感覚。

「ッリリ、テケリリ!」

 その何かが、声を上げた。鳥の声のような、人間の声のような、でもヨミの声とは明らかに違う。
 懐中電灯でそれを照らす。

「うっ……なに、コレ」

 黒い、石油みたいな光沢のある不定形の体に、幾つもの目玉。大きさも色もバラバラの、でも全てがぎょろぎょろとどこを見ているかわからない──何個かは僕らを見ていて、目が合ってしまった気がする──とにかく気持ちの悪い、気味の悪い何か。大きさは教室の机くらいはあるだろうか。ウゴウゴと絶えず蠢いていて、明らかに地球の生物だとは思えない。ゲームに出てくるモンスターだと言われたほうがまだ納得できる。
 そんなやつが、いたのだ。

「テケリリ、テケ、リリ!」

 この声みたいなもの、なんだか聞いたことがある。そうだ、世津那さんが言っていた。「こんな音が聞こえたら、気を付けてくださいね」って。
 テケリリ、というような、謎の声。その正体が、こいつなのだ。僕はバールを構える。二発目を食らわせるか、その前に何かされるだろうか。どう動くべきだ。

「ショゴスには勝てないよ! よもあさ逃げよう!」
「しょご……何?」

 ヨミが後ろから鋭くそう叫ぶ。切羽詰まった顔だ。なんだか知らないが、ヨミはこの化物を知っているらしい。

「いいから! 入り口は塞がれてる、窓を叩き割って出るよ!」

 腕を引かれるままに、廃墟の奥に走った。化物は、鈍い動きで、でも確実に迫ってくる。
 廊下の突き当りにあった窓に力づくでバールをぶつける。カシャン、と鋭い音が響くが完全に通れるほどには壊れなかったので、何度もバールを叩きつける。その間にも、──ヨミはショゴスと呼んでいたか。そいつはジリジリと迫ってきてきた。

「よもあさ早く……!」
「急かさないでよっ、よし、」

 窓枠に足を引っ掛けて、縁で怪我をしないように気をつけながら外に抜け出す。伸び放題の草の上に上手く着地すると、振り向いてヨミの様子を窺った。僕より身長が低いぶん、少し脱出に苦労しているようだった。それでも、運動音痴なわけじゃないヨミはどうにか窓枠から飛び出して、着地には少し失敗した。それで膝を擦りむいたらしい。
 ヨミは痛みに顔をしかめはしたが、とにかく廃墟から離れようと必死で、どうにかして立ち上がる。僕も彼女に手を貸して、走り出した。

 随分離れたところまで走って、僕らは息を切らしながら立ち止まった。ここまでくればもう大丈夫だと、根拠もなくそう思うことにして、胸を撫で下ろす。
 折角廃墟に行ったが、ヨミがショゴスと呼んだ化物との遭遇により、結局何も調べられなかった。ただわかったのは、もうあの廃墟には近寄るべきではないだろう、ということ。
 二人で帰路に着きながら、僕は静かな声でポツリと言った。

「ねえヨミ。ヨミが僕のこと、あだ名で呼んでくれててよかった」
「急に何……」
「さっき、多分僕にだけ声が聞こえたんだ。僕を惑わすつもりだったのかもしれない、あのモンスター。でもね、あいつが僕のことよもあさじゃなくって、あさって呼んだから、すぐに偽物だって気付けた。だから、よかったの」

 ありがとう、と笑いかける。
 ショゴスとかいうモンスターとの遭遇には驚かされたけれど、二人とも大きな怪我はない。いや、ヨミは膝を擦りむいた。でも、その程度で済んでいるから、まだ良かったのだろう。咄嗟に逃げる判断をしてくれたヨミに救われた。
 でもなんで、ヨミはショゴスのことを知っていたのだろう。
 そんな疑問を抱きつつ歩いていると、ヨミが不意に立ち止まった。ので、僕も彼女の隣で足を止めた。ヨミは神妙な顔をしている。

「御神さん。御神さん。今まで皆ワタシをそう呼んでた。黄泉ちゃん、だったときもあったかもしれないけど、だいたい皆、御神さんってね。あだ名がね、無かったの」

 呼び方。名字で名前を呼ぶのは、距離の現れ。それ以上あなたと仲良くなる気はない、と無口のままに告げているようなものだ。だけど。

「ヨミ。ヨミって。よもあさが呼んでくれる。だからワタシも。あんたをよもあさって呼ぶの」

 ヨミが、長い前髪の隙間から笑っていた。照れたような、優しい目で。

「帰ろ、よもあさ」


>>22
>>24 九席目 夜鷹に答案用紙

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