複雑・ファジー小説

まあ座れ話はそれからだ※更新じゃない
日時: 2020/02/19 18:30
名前: ヨモツカミ

 題名を見た時、あなたはコレをどういう話だと思ったでしょう。
 実はホラー? いやいやギャグかもしれない。もしやラブコメ。まさかのファンタジーか。
 どう思っても構いませんが、まあ、まずは座って下さい。お茶でも飲みながらのんびりと。椅子がないなら床に座って。床がないならいっそ空気椅子でもどうぞ!

 立っていても歩いていても見えないものは、案外座ってみたら見えるのかもしれない。だからまあ、座れ。話はそれからだ。

………………………………


こんにちは、ヨモツカミです。気に食わなかったのでまた書き直しつつ。
あけましておめでとうございます。新年ものろのろと更新頑張るのでどうぞよろしくお願いします。




#読む前に
・百合的な描写苦手な人はごめんなさい。
・流血描写注意。
・更新が遅いです。
・気に食わないとこがあると、加筆や修正を加えます。
・コメントはご自由にどうぞ。
・誤字脱字も多々あると思うので、気付いたら教えいただけると嬉しいです。



#目次
一気読みしたい方用>>1-

空席 登場人物>>1
一席目 羽ばたき方の参考書>>2 >>3 >>4
二席目 わーるどいずゆう>>5 >>6
三席目 正義の赤い色>>7 >>8
四席目 僕の日常はここに>>9 >>10 >>11

五席目 模範解答の行く末>>12 >>13 >>14
六席目 げっといんざうぇい>>15 >>16
七席目 物書の独り言>>17 >>18 >>19
八席目 “神”に抗え!

九席目
十席目
十一席目
十二席目

十三席目
十四席目
十五席目
十六席目

十七席目
十八席目
十九席目
二十席目 さあ話は終わりだ立ち上がれ

Page:1 2 3 4



Re: まあ座れ話はそれからだ ( No.16 )
日時: 2019/10/21 19:05
名前: ヨモツカミ

 十月九日、月曜日の放課後。部活動が終わって、空も紺青に変わる頃。
 わたしは手芸室に忘れ物をしたことに気が付いた。
 スクールバッグを肩に掛けて下駄箱まできた辺りで、ようやくその事に気が付けたのだ。普段は今肩にかけている皮のバッグ一つで登下校しているものから、もう一つ荷物が増えると、ついその存在を忘れてしまう。忘れた理由は、もしかしたらそれだけではなかったかもしれないが。
 今日はせっちゃんと一緒に帰る日でなくてよかった。待たせてしまう人もいないため、急ぐこともなく廊下を進み、階段を上がって、二階の手芸室の前までやってくる。

「……あれ、先輩」

 手芸室の前には、胸の上辺りで切り揃えられた色素の薄い髪の女子生徒。彼女が振り向くと、前髪の上に黒いカチューシャをしていて、やっぱり弥生先輩だった。

「きむちちゃん、どうしたの」

 独特のあだ名に、思わず苦笑する。木村散帝亜の苗字と名前の最初を組み合わせるとキムチだねー等と意味のわからないことを言われて、そのあだ名がついたのだ。別に、せっちゃんと同じ呼び方をしてこない限りはなんと呼ばれても構わないけれど、そのネーミングセンスにはわたしの両親と近しいものを感じる。
 忘れ物を取りに来たのだと告げると、彼女はちょうど鍵を閉めるところだったと教えてくれたので、急いで荷物を取って、手芸室を出た。

 そのまま帰ってしまうこともできた筈だけど、なんとなく、一緒に職員室へ鍵を返しに行って、一緒に廊下を歩いた。
 せっちゃんより数センチ背の高い弥生先輩が隣を歩くのは、なんとなく違和感を覚える。やっぱりわたしの隣はせっちゃんじゃなきゃ駄目なんだ。ひっそり噛み締めて、じわりと胸に広がる暖かさに、彼女の存在を確かめる。

「きむちちゃん。話を聞いてほしいんだけど、いいかな」

 興味はなかったが、断ったら断ったで、空気を悪くしてしまうだろう。女子同士の付き合いというのは、最低限の気遣いを持って行わなければ、今後の学校生活を居心地の悪いものに変えてしまう。だからわたしは、せっちゃん以外に心を開ける人はいないけれど、友達がいないわけではない、という丁度いい立場にいる。
 気付かれないように溜め息を吐きつつ、先輩の顔を見ると、彼女の目にはわたしなんか映ってなくて、随分と遠く。一体その瞳は何を宿しているのだろう。

「なんですか、急に」

 うまく笑顔が作れなくて、苦笑交じりにわたしが言う。先輩はわたしの声をよく聞いてないみたいだった。

「……わたしね、いつも正しい答えを導き出していたと思ってたの」

 弥生先輩はわたしの方に顔を傾けはしたけれど、なんだかそれは、わたし越しに、何か別のものを見ているように思えた。
 やっと視線が合うと、弥生先輩は困ったように笑う。

「あ、突然ごめんね。なんだろう。後輩のあなたに話すのもおかしい気がするけど、きむちちゃんって、他の部員ともなんだか一定の距離を取ってる気がしてね。近づき過ぎないように、かと言って離れすぎず。その距離感のあなただから、話したいって思ったの」

 自分の人間関係の方針を、言い当てられた。この人、わたしのことよく見ているんだ。だからこそ、わたしに話したいのだと。そういう言い方をされると、聞いてやらんこともない、と思えた。

「いいですよ、話して下さいよ」

 他人の話なんて、興味はないけれど。
 真面目に聞こうと思ったのは、単なる気まぐれだ。

 下駄箱の並ぶ昇降口の隅で、靴だけ履き替えたわたし達は並んで座る。
 彼女の話は、誰かに向けた懺悔のようだと思った。

 先輩には、前の部活をしていたとき、好きな人がいたらしい。
 そう言われてから、弥生先輩は途中から手芸部に入って来たんだっけ、と思い出す。前の部活が何だったのか。さして興味もなかったし、彼女が話さなかったから、聞かなかった。
 とにかく、側にいるだけで安心できて、側にいない今、不安を覚えてしまうような、そんな存在が、確かにいたらしい。

「いなくなった今、こんなに世界の色彩がぼやけて見えるなんて。わたし、おかしいんだなって、思う」

 何故、今は側にいないのか。まさか死んだんですか、とわたしが聞く前に先輩が話してくれた。
 先輩は、その人を傷付けて、遠ざけてしまったのだと言う。
 ……馬鹿だと思った。大切に想う存在なら、それこそ繊細に、硝子細工を扱う如く接していなければならないのに。先輩は、その人との距離感を掴みあぐねて、正しい距離を取ろうとした結果、選択を誤ったらしい。
 踏み込んではならないところに、その人の足先が入っていたから。それを突っぱねたのだと、先輩は言っていた。

「そうするのが正解だと思ったんだ……。多分、今でもわたしは同じ選択をするはずだから、きっと正しかった。うん、間違えてなんかない」
「なのに、間違えたって思うんですか? なんか、変、ですね」

 正直な感想を口にする。あ、しまった、先輩相手に流石にそれはいけなかったかな、とは思ったが、先輩は苦笑を浮かべていた。

「うん、わたしは間違えている──変だよね。正しいのに、不正解なんて」
「……先輩の言うこと、よくわかりません」

 また正直さが先走って、そう伝えると、そうだよね、と先輩はふんわり笑う。先輩はわたしの良くも悪くも正直な性格を許してくれるようで、少し安心した。
 先輩は空と校舎の境界の辺りをぼんやり見つめ、目を細めた。

「居ても居なくても、何も変わらず居られるのが友達。でも、居なくちゃ駄目になっちゃう、今のわたしは……依存、していたのかな」
「恋じゃないんですか?」

 敢えて“依存”という言葉を使ったことに違和感を覚えたのでわたしはそう言う。

「好きだったんですよね? その人のこと。それなら、それは普通に恋なんじゃ、」
「恋なんてね、あり得ないの。絶対に、おかしいもの」

 彼女は力強く否定した。理由はわからないが、恋とは認めたくない確かな理由があるらしい。本人がそう言うなら、そういうものなのだろうか。学生ならよくある、痴情のもつれ、的な。そういうものでないなら、私はなんの話を聞かされているのだろう。
 よくわからない。というよりは、恋なんて興味がなかった。わたしにはせっちゃんがいるから。彼女がいる限り、恋愛とは無縁だろうと思う。一度、知らない男に告白されたことはあるが、当然知らない相手なのでフッた。せっちゃんと過ごす時間が少しでも減るのなら、恋人なんて必要ないのだ。
 先輩はねえ、と優しい声を掛けてきた。

「きむちちゃんは、わたしの話聞いてどう思った? なんだか思い当たること、無い?」
「わたしに? なんですか急に」
「あなた、よく一緒にいる女の子がいるでしょう? わたしの学年の。なんて子だったかしら……」

 弥生先輩も、せっちゃんのこと知ってるんだ。ぼんやり考えて、突っぱねるように言う。

「せっちゃんがなんだっていうんですか? 先輩には関係ないじゃないですか」
「うん。わたしには彼女のことは関係ないけどね。きむちちゃん、わたしに似てるなって思うの」

 なにが。わたし達の共通点なんて何もない。わたしはせっちゃんを大切にしているし、せっちゃんのことは大好きだけど、それは友達として……。
 心がざわつく感覚を、わたしは確かに覚えた。
 弥生先輩は柔らかい笑みを浮かべたまま言う。

「友情を超えたらね、恋か依存しかないの。ねえ、どう? わたしには、その女の子ときむちちゃんの関係が、友情以上のものに見えたのだけど。わたしの話を聞いて、何も思わなかった? ……考えることをやめてない?」
「なに、言って……」

 いや、先輩の言う通りかも知れない。わたしは、考えることを放棄している。というより、わたしのことを、考えないように、目を背けている。
 せっちゃん。
 脳裏にあの整った横顔が浮かぶ。よく通る鼻筋に、長いまつげに縁取られた大きな瞳。薄い唇や絹のように白い肌と、つややかな黒髪。どこまでも完成された彼女の姿を想像して、崇めるように脳裏にとどめて、それで、思考は停止する。
 わたし、せっちゃんのこと……。
 友達だと、思ってる?
 自分に問いかけて、やっぱり何も考えたくなくて、先輩の顔を見た。

「どうでも、いいんじゃないですか」
「え?」
「友情も、依存も、恋も、そんなに変わりませんよ。その人に寄せる気持ちがなんであるかなんて、どうでもいい。大事なのは──」

 せっちゃんは、わたしの一番の親友なんだ。そうだ。そう。それだけ。

「その人が、明日もわたしにとって大切な人であること。変わらず、いつまでも、大切な人、であること。それだけ」

 先輩にそう伝えると、彼女はわたしを見つめた。正確には、わたし越しに、誰か別の人を見ているような、そんな風に映ったけれど。

「そう、なのかもね」

 先輩はふわりと笑う。ただ少しだけ、寂しそうに。
 そうだ。せっちゃんは、大切な人。それだけだし、それ以上に何も必要ない。
 先輩の言いたいことを、理解しないふりして、どこかでわかってしまったけど。
 どうでもいいじゃないか。わたしがせっちゃんを大切に思う気持ちに偽りはないのだから。


ぷれぶ>>15
ねくすと>>17 七席目 物書の独り言

Re: まあ座れ話はそれからだ ( No.17 )
日時: 2019/11/10 20:15
名前: ヨモツカミ

七席目 物書の独り言

【高砂 篝(タカサゴ カガリ)】

 この世の殆どの事に、意味など無いのだ。

 ──物語において、主人公に障害を与え、悲劇を与え、別れを与え、血を吐くような苦しみで私たちの心を引き裂き、苦悩を、苦痛を、苦行を与え、運命という名の筋書きで私たちを飼い殺しにするのは、作者である。そう、絶対的な神様。私たちの逃れ難い運命の鎖は悪役を倒せば解決するものではない。この世に生を受けたその瞬間から、神様の気分のままに私たちは弄ばれる。
 ──だとすれば、真に倒すべきは悪役なんかじゃない。神だ。

 なんて、文芸部の部誌に掲載する小説の冒頭を書き上げてみたところで、物語を紡ぐオレ自身もまた、倒されるべき神様に成り上がってしまったわけだ、と思った。かと言ってオレが書いてる話の主人公は、オレを憎んで殺しに来ることなんてできやしない。その思想さえも、神様たるオレの掌の上。
 主人公に「ああ、神様がいなければ喜びも悲しみも怒りも愛も知れはしなかった」などと言わせれば、それが主人公の意思になってしまう。どう足掻いたって登場人物がオレに逆らう事はできないのだ。
 じゃあ、この物語なんて、無意味な世界だ。こんな無謀な復讐譚なんかやめて、叶わない理想と難しい恋心に苦しむ学生の話でも書こうか。それとも友情に見せかけた依存と崇拝の話か。人生を諦めたゲーマーが最もスリルのあるゲームを求めて人を殺す話か。怪奇を否定してホラーフラグを全部へし折るコメディ小説とかも楽しそう。
 なんて。オレがいくら想像力を膨らませたところで、オレが書くわけじゃないから、この思考もまた、無意味なんだろうけれど。
 そう。人生は無意味の繰り返しで成り立つものだ。

「なあカガリ。“早贄”って覚えてっか?」

 彼の自室にて。一心不乱にキーボードを叩いて、画面の向こう側の敵を一掃する友人に訊ねた。彼は此方など見向きもせずに「あ? 知らねぇよ」と答える。知っていた。こいつがそう答えることを。
 カガリが知らないと答えることを前提とした質問もまた、意味は存在しない。ちなみに百舌鳥という鳥が行う“早贄”という行為。木の枝に自分の仕留めた獲物を突き刺して置いて、それを後で食べに来るわけでもなく、何かに使うわけでもないという。つまりは、これもまた意味のないこと。
 意味なんか一々必要ないのだ。面白いから。興味があったから。楽しそうだから。なんとなく。そんな言葉で片付くくらいの適当さが丁度いい

 高砂篝は危険人物だ。

 小学生のとき転校してきたオレは直ぐにそれに気が付いて、同時に強く興味を持ってしまった。
 学校の帰り道に一緒に昆虫を取って遊んだ。取ったそばから篝はそれを殺して遊んだ。気持ち悪いと思った。学校の花壇に咲いていたマリーゴールドの根本を手折っていた。なにしてんのと聞いてみると、生命あるものに終わりを与えることが楽しいと言う。気持ち悪いと思った。
 小六のとき、放課後の図書室でクラスメイトを虐めていた。彼の前科を考えると、その少年の生命を手折ってしまってもおかしくなかったので止めた。
 そうしたら、オレが殺されそうになっていた。首を両手で力いっぱい締め付けられて、息ができなくなって、死ぬんだと思った。こいつなら本気でやるから。オレは無我夢中でカガリを殴って止めさせた。そのとき、親友は笑っていた。恐怖よりも、やっぱり気持ち悪いなと思った。
 中学二年生のとき、カガリは犬を殺したらしい。これは結構最近打ち明けられたことだ。それが初めての器物損壊だったから、話しておこうと思った、なんて言っていて。
 おもむろにそれを報告してきたときは、何処の犬を、どうやって、と訪ねたが何も答えず、ただやってみたかったからやったのだ、と。満足している、と答えが返ってきた。
 特に意味は、無いらしかった。
 そんなものだ。無意味なことが、何処か崇高なのだ。カガリは意味のないことを繰り返して、業を重ねて、針の山を進む。積み上げた無意味な遊びが、地の底でカガリを呪い続けている。そうして、もう戻れないところまで来ていると思う。
 カガリは未来を諦めているんだ。今を生きている。
 そんな無残な姿のカガリを、眩しいと思うオレがいるわけで──。


 という感じで。なんか朝(と言ってももう昼の少し手前)目を覚したら、部屋に親友の百舌 石蕗(モズ ツワブキ)がいた。見慣れたテンパの髪を真ん中で分けて、黒い縁の眼鏡を掛けた、一見頭良さそうに見える頭おかしいやつ。それが何故かラグマットの上で正座していた。
 起きるなりパソコンのゲームにログインしてヒャッハーし始める俺の横で、百舌は鞄から原稿用紙を出して眺めていたり、よくわからない質問を投げかけてきたり。
 多分、折角遊びに来たのだから構ってほしいのだろう。もしくはちゃんと用はあるが、俺がゲームに集中しているから気を遣っているのか。
 ……仕方ないだろう、ゲームにはログインボーナスとか朝やらないといけないイベントがあるのだから。
 それが一通り片付いてから、折角なので話しかけてやる。

「お前なんでこんな時間にうちにいるんだ。学校は?」
「何寝ぼけたこと言ってんだよ。今日土曜日だべ」

 毎日が休日みたいな俺に、まともな曜日感覚なんて無かった。ベッドに置いてあったスマホの電源を付けてみると十月七日。確かに土曜日だった。そもそも百舌が私服で来ている時点で気付くべきだった。

「てかカガリ凄いなあ、これ」

 ポツリと百舌が唐突に呟く。なにが、と聞き返そうとして俺は息を呑んだ。百舌の手元に昨日、唐洲世津那の殺害方法をまとめたノートがあった。ノートを。討伐計画ノートを百舌に見られた。
 咄嗟に壁際に置いてあった鉄アレイを引っ掴み、振りかぶる。

「マジすげぇ。何、カガリも小説書きたかったのか?」

 百舌がキラキラした目で此方を振り返るものだから、慌てて鉄アレイを上下させて、筋トレでもしているふりをする。
 危なかった。殺してでも奪い取らなければ、と一瞬とはいえ確かにそう思ったのだ。まあ、親友の頭をかち割るというのもなかなか面白そうだ。でも百舌を殺すならもっと綺麗に殺してやりたい。親友なのだから、葬式に参列するときに顔が見れないと感傷に浸れない。自分で殺した奴の死に顔を拝むという図が面白いんだ。
 勿論、今本当に殺したいのは唐洲だから、やるとしても百舌は後回しだが。
 ちなみに百舌が言った“お前も”というのは、彼が部活で小説を書いていて、それを俺がしょっちゅう読ませてもらっているのだ。幸い、討伐計画ノートを見て俺が小説の設定でも練ってると思い込んでくれたようでほっとした。

「コレすごいわ。めっちゃ面白そうだ。なんかガチで殺す奴の心理みたいでゾッとする……」

 床に鉄アレイを戻してから、ふっと笑う。
 ノートに視線を落とす彼に、俺は「よくわかったな」と低い声で言った。まだ何もわかってない親友は多分死ぬ瞬間もなんにもわからないままなのだろうな、と不憫に思いながら。
 俺の言葉に首を傾げている百舌の服の襟元を引っ掴んで無理矢理立たせると、流石に驚いた顔をしていて、でも俺がこんな事するなんて疑いもしてないのだろう。嘲笑いながら隠し持っていた刃物を百舌の喉元に突き立てる、切っ先が沈むこむ薄い皮膚の下で喉が上下したのが見えて、動物を殺すのと同じ要領で、押し付けた刃物をサッと軽く滑らせる。

 まあ、刃物と言っても学校で使ってた普通の鋏だから、切れもしないし痕も残らないのだが。

「──どう、殺す奴の心理みたいでゾッとした?」

 手を放すと、放心したままの百舌がふらりと壁にもたれ掛かって腰を下ろした。というよりは、力が抜けて崩れ落ちたという方が近かった気がする。百舌が強張った顔で喉元に手を当てたまま虚空を見つめていて、ちょっとやり過ぎただろうかと反省する。

「一瞬マジで殺されるかと思って、怖かったんだけど……高瀬舟かよ」

 ズレた眼鏡をかけ直しながら苦笑を浮かべる百舌に、半分本気だったけどな、とは流石に言えるはずもなく、俺は曖昧に微笑む。

「高瀬舟……なんだっけそれ」
「カガリ、学校行ってないから忘れてんだべ。現代文の時間にやったろ、森鴎外のやつ」
「俺、国語嫌いだったし、体育と生物しか出来なかったから覚えてねぇよ。エーミールはかぷかぷ笑ったってやつ?」
「うっわ。もう色々違うからいいわ」

 呆れて苦笑する百舌が、パタンと俺のノートを閉じる。その百舌の手元からノートをひょいと取り上げて、自分でも中身を眺めてみる。
 幾つもの殺し方を書き綴ったのに、殺すまでの過程に様々な事を試せても、大事な死因は一つしか選べない。俺は死因にまでこだわりたいのに。

前話>>16
次話>>18

Re: まあ座れ話はそれからだ ( No.18 )
日時: 2019/12/07 19:53
名前: ヨモツカミ


「……お前だったら、誰かを殺すとしたらどうやって殺したい?」

 試しに百舌に聞いてみる。急にこんな質問をするのはおかしいかもしれないが、流石は親友。そこについてはなんの疑問も感じないのか、一瞬の間はあったものの平然とした顔で答えてくれる。

「オレはやっぱ魔法だなぁ」

 少し予想外の答えが返ってきたため、俺は思わずノートを落としかけた。

「ま、ほう?」
「例えばさ、沢山剣とかナイフを召喚する魔法でさ、ビュンビュン、グサーって! 炎とか氷みたいな、あえて定番のやつじゃなくてさ!」
「びゅんびゅん、ぐさー……か。お前、物書きのクセに語彙力死んでるのな」
「オレが日常的に小説みたいな喋り方してたら嫌だべや! オレは一つ、空を切るように右手を振った。瞬間、無空間から鋭利な刃物が次々と出現した。かと思えば、刃物は標的を目指して虚空を切り裂き、弾丸の如く打ち出されてゆく。──みたいな。やだろ!」

 それもそうだな。そう言いながら俺はノートを閉じて、表紙に視線を落とす。

「まあ、つまりな? オレ魔法少女になりたいんだよ」
「は?」

 百舌の謎発言にすぐ顔を上げることになった。
 そういえばコイツ、オタクだったな。魔法少女好きって言ってたし、未だにプ○キュア見てるんだよな。
 若干困惑しながらも、冷めた目で百舌を見つめていたら、何を思いついたのか、親友はキラキラした目で口を開く。

「そだカガリ、魔法少女になったオレの名前考えてみて」
「あ? あー……『頭皮とぅるとぅる! きら☆ぴかりん』とかどうだ」
「ハゲとるやんけ。もっとにゃんにゃん! つわぽんだぴょんっみたいな、可愛い要素くれ」
「お前は猫なのかうさぎなのかはっきりしろや。きら☆ぴかりんも可愛いだろ」
「ハゲ女のどこに需要があるんだよ! カガリに聞いたのが間違えだった!」

 ようやく理解したらしい。俺に聞くだけ無駄、そういうことだ。
 ふう、と息を吐きながら、ところで、と話を振る。

「俺、お前みたいに文章力とか表現力無いからよ、暇だったらコレ、お前が文章化してくれや」

 殺人計画……いや、討伐計画ノート。俺が小説を書こうなんて欠片も思わないが、勘違いされたままだと、そのうち読ませてくれとか言われそうなので、そんな事を言ってみる。
 そうすると、百舌がキラキラした目で此方を見つめ返す。

「えっ、マジいいの? カガリがいいなら書きたい!」
「おー、よろしくたの……」

 そこまで言いかけて、ちょっと俺は顔をしかめた。
 百舌が書く話は毎度何故かバッドエンドで終わるのだ。ひとつくらいハッピーエンドで終わってもいいと思うのだが、幸せを願ったヒロインは救われず、信じていた親友は裏切り、愛してくれていた母親は死に、大切な会いたい人には会えず、栄えていた国は滅亡し、そして主人公は絶望する。見事なバドエン厨だ。
 そんな話ばかり書くやつに自分がこれから本当に実行すること、つまり俺の動向を題材とした話を書かせるのは気が引けた。
 ノートのページをパラパラと捲り、白紙の部分にぼんやり視線を落としながら、ちょっと肩を落とす。

「コレもバッドエンドで終わるのか……」

 苦笑しながら思わず声を漏らすと、百舌が「あたりまえだチョップ!」などと訳のわからないことを叫びながら俺の頭部に手刀を落としてきた。うるせえ、うぜえ。
 舌打ちして百舌の腕を払い除けると、勝手に百舌は語りだす。

「オレがバッドエンドしか書かないのは、バッドエンドが悲しい結末じゃなくて、悲しみの終わりだと思うからなんだよ。オレの手で、登場人物の悲しみを終わらせてやる為。これ以上、誰も悲しまなくていいようにさ」

 どうしてか、百舌は小さく俺に微笑みかけながらそう言った。俺には何を言っているのかわからなくて、思わず首を傾げる。

「……俺国語嫌いだったからよくわかんねぇよ。作者の気持ちだの登場人物の気持ちだのは本人しか分かんねぇのに、模範解答が用意されてる事が気持ち悪くて仕方なかったし」

 だから国語は基本赤点、と付け足すと少し間を開けてから百舌が喚く。

「だからお前オレが国語毎回教えても赤点とってたのか! オレが! あんなに熱くルロイ修道士の気持ちを! 語ったのにっっ!」
「うるさい」

 そもそもルロイなんとかの名前を出されても、あまり記憶に残っていない。確か中学三年生の時に習った「握手」という題名の小説の登場人物だったとは思うが、それ以外の情報は忘れてしまっている。百舌がひとりでルロイなんとかと主人公の関係がどうの、過去がどうのと言っていた気がするが、当時は聞き流してしまっていた。
 興味も無いし、どうでもいいことなのだ。

「そういえばカガリ。お前のくれた写真、反響良かったわ」
「反響?」

 百舌は自分のスマホを取り出すと、軽く操作して、ある画面を俺に見せてきた。そのサイトには見覚えがある。百舌が中学生の頃から続けている個人ブログだ。くれた写真、と言われると、殺した茶虎猫の写真のことだろう。あんなものをブログに載せたのか? と思ってギョッとする。

「載せたのか? あの猫を。お前友達いなくなるってか、動物虐待だの何だのって言われて通報されるぞ」
「そりゃ普通の時系列通りに猫虐める写真上げたらそうなるべ。そうじゃなくて、逆の順序で写真載せんだよ」

 画面をスクロールして、実際に俺が送った写真を見せてきた。確かに、一番怪我が酷い写真が先頭になっている。そうして、スクロールするごとに傷は減って行って、最後には見つけた瞬間の写真が載せられていた。

「まず、傷付いた猫を拾いました、オレが必死に看病します、少しづつ良くなっていきます、そして元気になりましたーってな?  最後はキャー百舌クン優しいーってなるんだ」
「うっわ」
「ついでに流石医者の息子ーって。百舌君も医者を目指してるんだもんね流石!  とか言われるんさ。死ねっての」

 唐突に低い声で毒付いて、百舌はブログに寄せられた読者の皮肉なコメントを眺める。
 百舌の家系はずっと医者の家系で、こいつの父親も勿論医者だ。だから、百舌自身も将来的に病院を継げ、と言われているらしい。当然、目指す大学も医療系だ。しかし、百舌の趣味は小説の執筆。本当は文系の学校に進んで、小説家を目指したいのだ。生まれたときから定められた進路と、それに従うしかない百舌は、ずっと家族を嫌って生きてきた。だから家族と過ごす時間を嫌がってしょっちゅう俺の家に逃げてくるし、そのまま俺の部屋で小説の執筆を始めたりする。百舌は親に抗いたいのに、何もできていないのだ。
 同情はするが、だからといって俺にできることは何もない。強いて言えば、親友としてこいつの小説を読んでやることくらいだ。百舌の小説は大抵バッドエンド、よくてメリーバッドエンドで終わるが、非常に読みやすく、秀逸な表現力でかなりレベルが高いと思う。小説家を目指したい、という気持ちは本気なのだろう。だが、親がそれを許さない。大学だって既に決まっている。だから、小説家の気分を味わえるのは高校のうちだけだ。俺は一人の読者になって、少しでも百舌の気持ちを尊重してやる。それしか、できなかった。

 百舌は冷たい目で画面を睨み付けていたが、俺が見つめていることに気が付くと、「クソみたいだな」と笑った。百舌が無理矢理笑うから、俺は何も気にしないふりして口を開く。

「クソなのはお前もだろ。猫が死んでく様子を素敵な美談に変えやがって」

 そう言うと、百舌はけらけらと笑いだした。

「ははっ。いいかカガリ。美談ってのは大抵都合のいい解釈による創作なんだよ」

 百舌はスマホの電源を落として、不気味な薄笑いを浮かべたまま語り始める。

「そうだなあ、じゃあカガリ、オレがお前の彼女の百舌子だと仮定して、」
「気持ちワリィな今すぐ別れろ」
「待て待て、仮定だっての。とりま、アタシとお前は殺人鬼に監禁されました」
「急だな」
「殺人鬼は言います。『おれはとても慈悲深い。だからテメェらカップルでじゃんけんをして、勝った方は生かしてやるが、負けた方は殺してしてやる』」
「あいこはどうすんだよ」
「『あいこなら、両方殺す。さあ、早くしろ』と、言います」

 百舌は相変わらず気持ち悪くニヤついていた。

「当然、仲の良いカップルである百舌子とカガリは互いに互いが死んでほしくないって思うわけだ。そこで、百舌子はカガリに提案する」

 百舌が軽く咳払いをするものだから、なんとなく予想はついたが、やはりコイツは裏声を使って、百舌子になりきりながらその台詞を言う。

「『アタシたちどっちかが死ぬなんて嫌! こうなったら、アタシもカガリンもパーを出して、二人で死のっか』……てな。はい、ここでカガリは何を出す?」
「チョキだ」

 こんなキモい彼女と心中なんてゴメンだからな。自分だけ助かって、百舌子には死んでもらう。
 俺が即答すると、百舌はニヤリと口角を吊り上げた。

「最っ高。カガリならそう言うって信じてたわ。実際、ここでこの彼氏はチョキを出すんだけど、百舌子は何故かパーではなく、グーを出し、カガリは負けてしまいます」
「あ? 百舌子にハメられてんじゃねぇか」

 百舌は人差し指を振りながら、楽しげに答える。

「違う違う。百舌子はな、一緒に死のうとか言っときながら、素直にパーを出してきた彼氏にじゃんけんで負けて、殺されようとしたんだ。んで、彼氏の方はこの提案を出された時点で、百舌子がパーを出さないことに気が付いた。そこでカガリは、百舌子が死ぬ気ならそれを阻止するためにチョキを出した。そしてじゃんけんに負けたカガリは死に、百舌子だけ生還しましたとさ。……ああ! なんて感動的な愛の物語なんだ! てな」

 百舌の解釈を聞いて、軽く鳥肌が立つのがわかった。
 百舌は得意げな顔をして続けた。

「実際はカガリみたいにこの彼氏は、自分が生き残りたいからチョキを出しただけかもしれない。なのに、解釈によってはこんなに感動的な話に変えられる。だからカガリが猫を殺して、その死ぬまでの過程の写真をオレに送り付けて、それをオレがブログに載せたって、オレはただの良い人になれるんだ。死人に口は無し。あ、猫は元々喋れないか」

 自分で言って楽しくなったのか、百舌は口元を押さえてくすくすと笑う。

「……百舌」
「ん?」
「お前、気持ち悪いな」

 顔を歪めてそう言う俺を見て、百舌は心底おかしそうに笑った。その様子はどこか嬉しそうでもあった。
 本当に、気持ち悪い奴。だから、こいつが親友で良かったと思う。狂っている。こいつが狂っていればそうであるほど、自分はまだ正常でいられるんだ。

全話>>17
次話>>19

Re: まあ座れ話はそれからだ ( No.19 )
日時: 2020/02/19 18:31
名前: ヨモツカミ

「ところで、昼ご飯にカプ麺を買ってきた。お前んちのポット借りるから、台所行ってくるな」
「おー。俺のぶんは?」
「無いけど」
「……」

 不満げな顔をする俺を横目で見てニヤつきながら、百舌は部屋を出て行った。
 俺がパソコンの画面に向き直ってしばらくすると、蓋の隙間から湯気を立ち上らせるカップ麺を片手に、百舌が帰ってくる。

「お前んち、この辺に砂時計置いてあったよな。あ、あったあった」

 百舌は言いながら空いた方の手で、パソコンの机の隅に置かれた小さな砂時計をひっくり返した。

「は、キモ、なんで俺んちの物の位置把握してんだよ。クソクソキモいな」
「ここに砂時計あるのわかっててカプ麺を買ってきた」
「マジか、超絶怒涛にキメェ」

言いながら、俺は砂時計を握り締めると、それを激しく上下に振る。

「あああ! おい! カプ麺の食べ時がわかんなくなっちゃうべや! やめろぉ! やめて下さいお願いします! 何でもしますからぁ!」
「なんでもすんだな。じゃあ出てけ」
「酷え!」
「じゃあ俺はこれを振り続ける」
「あああ! もうヤダ! やだあ!!」

 そうやって砂時計の取り合いをして、多分三分なんて普通に経っているだろうから、百舌は割り箸を割って、ズルズルと麺をすすり始めた。カップ麺の湯気で眼鏡が曇っている。特に何も言わないことから、麺の硬さは丁度よかったのだろう。
 ところで俺も、朝から何も食べてないため空腹感を感じ始めた。百舌の食べているカップ麺美味しそう。超美味しそう。眼鏡が曇るほどに熱々で、カレーの匂いがこっちまで漂ってきている。めっちゃ美味そう。

「百舌」
「んー?」
「じゃーんけーん……」

 突然俺が拳を振り出したので驚いていたが、流石の反射神経でしっかりパーを出す百舌。俺はチョキを出していた。勝った。

「えっ、なんのジャンケンだ?」
「俺が勝ったらそのカップ麺を半分貰うジャンケンだ。寄越し給え」

 ちょっと嫌そうな顔をしたが、百舌は小食なので、快く譲ってくれる。渡されたカップ麺と箸を使って、一口啜る。熱い。

「あっつ」

 しかし美味い。この謎肉が好きなのだ。謎肉は実は肉は一切使ってないらしい。じゃあ何を使っているのか、と言うかそれは最早肉と呼べるのか否か。でも脳がこれを肉だと判断して味わうからきっと肉なのだ。
 多分半分かそれより食べたので百舌に返した。

「いやお前馬鹿、絶対半分以上食べてんじゃん、馬鹿。カガリのバーカ」
「今度なんか奢るから許せ」
「はい、許すー」

 そんな緩いやり取りをして、一緒にゲームをしたり百舌の愚痴──最近三又していたらしいが、全員に振られたとかなんとかという話を聞かされて、気が付けば夕方になっていた。
 百舌が荷物を持って立ち上がる。帰るのか、と俺が聞くと、いや、と返事が帰ってくる。

「川越行こうぜ。夕飯でも食べに」
「いいけど、なんで川越まで」

 俺達の地元にだってそこそこ店はある。川越の方が駅周りの店は充実しているが、でも電車で十五分くらいかかるし、わざわざ行く必要が感じられないのだ。
 首を傾げていると、百舌がにっと笑う。悪戯っぽく、というよりはもっと悪意の篭った悪い笑みに見えた。

「お気に入りの刃物持ってこいよ? 川越の駅から少し歩いたトコにある公園に最近猫がずっといるんだよ。リアル解体ショー、見せてくれや」

 俺も思わず釣られて微笑んだ。きっと百舌と同じ、悪い笑みを浮かべているだろう。
 本当に狂ったやつだ。俺が目の前で生き物を殺すところを見せてほしい、なんて言い出すんだ。しかもそのための獲物を自分で探し出しておくなんて。
 俺は机の引き出しから、一番最近通販で買った気に入っている折りたたみナイフを取り出すと、パーカーのポケットの中に滑り込ませた。

「んじゃ、駅に行くか」

 短く口にして、家を出た。
 外は日が沈み、紺碧の空に星が散らばっている。やはり少し肌寒いな、なんて思いながら、駅までの道を歩いた。俺の家から駅まではそれなりに近い。歩いて五分くらいだろうか。

「ありおりはべりいまそかりアタック!」
「痛ってぇな!! 何しやがる! 手加減とかできねぇのかよ!」

 道中、百舌が訳のわからないことを叫びながら鳩尾に拳を叩き込んできた。通りすがりのカップルと思わしき高校生たちにガン見された。なんかもう、屈辱的だし、普通に痛いし恥ずかしいし、許し難い。

「なんか殴りたかなっちゃって、てへぺろ」
「ぶっ殺すぞ」

 でも殴り返したりはしない俺、偉いんだよな。
 そうこうしている間に駅についた。
 ポケットに入れていたPASMOで改札を通ろうとする前に、百舌に肩を掴まれて止まる。

「オレ定期忘れたから切符買ってくる。待ってて」

 仕方なく改札の横で百舌が切符を買うのを待った。なんとなく、ポケットの中に手を突っ込む。中には財布とスマホと折りたたみナイフが入っている。周りにいる人間はそんなこと知らない。そう考えると、なんとなくゾクゾクする。
 なんて考えているうちに百舌がやってきたので、一緒に改札を通り抜ける。
 ホームで電車を待って、その間にまた謎の攻撃ありおりはべりなんとかが飛んできたので、掌で受け止めた。

「なんだと、オレの拳を受け止めるとは! じゃあ今度はありおりはべ、」
「それ以上やったらてめぇの眼鏡のレンズ、ベタベタ触んぞ」
「そんなことしたら眼鏡へのセクハラで訴えんぞ」
「警察は物的証拠が無いと動かねぇんだよ」
「ツッコミどころはそこじゃないんだよなぁ」

 話している間に、騒音と共にホームに電車が滑り込んできた。休日の午後七時、電車の中は席に座れない程度に混んでいる。仕方なく、二人して扉の前に立って、適当に駄弁る。そういえば有名なあのRPGゲームがリメイクして発売されるらしい、と百舌が思い出したように言う。キャラクターに声優がついて、あんなシーンやこんなシーンがフルボイスになるとか。ちなみに俺は買わないけど。

 川越駅に着くと、広い駅のホームに人が溢れる。流れる人混みに巻き込まれて階段を上がり、改札を通り抜けた。百舌が東口の方に向かうので、俺は黙ってその後ろをついて歩く。警察署の前を通り抜けて、階段を降りて、更に真っ直ぐ進む。
 それからグネグネと道を曲がり、駅から30分近く歩いた頃、ようやく小さな公園にたどり着いた。
 少し歩いた所、と言われていたのに思ったより歩かされた。その不満について文句を言おうとしたが、百舌が指差す先を見て、言葉を飲み込んだ。
 猫だ。赤い首輪をした、三毛猫。滑り台の下にちょこんとお行儀よく座っている。二人でゆっくり近付いていったが、猫は逃げる様子はなく、それどころかにゃあ、と声を上げて俺の足に擦り寄ってきた。可愛い。
 百舌は猫の側に屈むと、スマホで撮影してから、首の下を撫で始めた。ゴロゴロ、と人懐っこく喉を鳴らしている。

「まだ公園にいてくれてよかったわ。家に帰っちゃうかと思ったんだけど、まだ夜遊びしたい悪い子ちゃんなんだな」
「飼い猫だろ、こいつ。誰ん家の猫か知ってんのか」
「……さーあね」

 含みのある言い方だと思った。けれど、百舌がこの猫の何を知っているかについては、まあ、どうでも良かった。

「んじゃあ、始めてよ」

 百舌が言う。俺は薄く笑って、猫の首輪を掴み、胴体を抱え込んだ。猫が嫌がって身をよじる。無理やり押さえつけて、茂みの裏に連れて行った。百舌はあまり近寄らず、ちょっと距離を置いて眺めている。
 俺は猫の首輪を放さないよう、しっかり地面に押さえ込んで、ポケットに入れていた折りたたみナイフを開いた。銀色に月明かりが当たって光を反射する。
 それを猫の首筋に振り下ろした。

「──あハ、ハハハっ」

 耳障りな鳴き声。暖かく手触りのいい毛皮。そこから溢れる赤い、赤い赤い赤い、鉄臭くて汚くて、なのにとても綺麗で温かい液体。ゲームで見るよりずっと鮮やかな色彩。リアルの血に触れてしまうと、画面越しの流血なんか安っぽく思えてしまう。ディスプレイに表示された赤い光を血と呼ぶには物足りない。本物はもっと暖かく鮮やかで、手を浸しているとなんとなく落ち着く。最初は鉄分を多く含んだ臭いに噎せ返りもしたが、今では包まれていると安心する。
 ナイフを引き抜く。まとわり付いた毛と血が辺りに跳ねる。振り下ろす。肉を突き破って、程よい手応えと共に猫の唸り声が煩い。早く黙れ。そう念じて喉元をナイフで抉る。骨の硬さが邪魔をする。引き抜いたナイフを、別の角度で喉元に落とす。猫の声が止んだ。まだ体は動いているから、あと何度かナイフを突き刺した。
 まだ音がする。そう思ったが、それは自分の喉の奥から溢れる、笑い声だった。
 楽しくて仕方がないんだ。この高揚感。獣臭さと鉄の臭い。生き物の命を奪う感覚。最高だ。

「カガリ、終わったー?」

 我に返って、顔を上げる。少し顔を引きつらせた百舌と目が合う。

「ああ。もう死んだ」

 答えてから、手元の肉塊に視線を落とす。柔らかい毛皮を濡らす赤。てらてらと光る肉の断面。見開かれた目は、激しい苦痛を訴えている。死して尚、殺した俺を睨みつけている。目障りだ、とナイフを落とすとぶにゅ、と嫌な手応えにゾワリ、背中に悪寒が走った。
 百舌が近寄ってきて、控えめに見下ろす。うわ、と顔をしかめて声を漏らす。

「そうだ。お前、解体ショーが見てぇって言ってたよな」

 俺は猫の死骸の腹にナイフを突き立てて、呟く。
 百舌の反応はあえて見ない。腹に深くナイフを沈みこませると、左手で胴体を押さえながら、刃先を滑らせていく。

「ちゃんと見とけよ?」

 毛皮の隙間からドロドロ溢れてくる血が、土に染み込む。うわわ、と百舌が嫌そうな声を上げつつ、ちゃんと見ているのを確認しながら、腹を切り開いていった。切り込みの隙間に指を入れて、引っ張る。臓物が覗いた辺りで百舌が、

「あー、オレ無理。これ以上は遠慮するわ」

 なんて言い出した。不満を隠しもせず、俺は顔を上げて言い返す。

「これから良いところなんだから、」
「いやいいって。思ったよりキツイ。もう十分見たからさっさと手洗って飯行こうぜ」
「え、お前これ見たあとに飯食うのかよ」
「これから夕飯食べるからこれ以上見たくないって言ってんだべや! 寿司とか食べよーぜ! 肉以外のもの食べたい」

 まあ、確かに川越には夕飯を食べにきたはずだった。食べる前に殺すのは、順番が逆だった気もするが、とりあえずは楽しかったので良しとする。
 死骸は適当に土をかけて埋めて、公園の水道で手やナイフについた汚れを流した。夜風に晒されて、濡れた肌が冷たい。爪の間の血までは落ちない。いつもそういうものなので、もう気にしないことにしていた。

「臭いも落ちねぇんだよなあ。このまま店入って大丈夫かよ」
「臭いがかき消えそうなとこいくか? お好み焼きとかどーよ」

 ものによっては肉も入っている気がするが、百舌がそれについては気にしないようなので、俺は頷いておいた。

「よーし、腹減った! 早く行こうぜ」

 猫の解体を見たあとに食欲がある百舌って、本当に頭おかしいやつだな。そう思ったが、本人には伝えずに、無言で俺は親友の後ろについていった。

全話>>18
次話>>21 八席目 “神”に抗え!

Re: まあ座れ話はそれからだ※更新じゃない ( No.20 )
日時: 2020/02/19 18:30
名前: ヨモツカミ

更新滞っており申し訳ございません。ヨモツカミです。
本編にてミスがあったので修正しました。

四席目 僕の日常はここに >>10>>11にて、

唐洲世津那の台詞
「イース、ニャルラトホテプ、チャウグナルホーン、ディブク、ピシャーチャ……色んな呼ばれ方をしてきましたが、まあ、名前なんて意味はありませんよ。ワタシは、ワタシなんですから。ワタシはワタシという神様なんです。ふふ、よくわからないって顔してますねぇ四方田君」
この台詞の
チャウグナルホーン→ヒュプノス
に直させて頂いてます。私のクトゥルフ神話知識に誤りがあったためです。
同様に御神黄泉の台詞もチャウグナルホーン→ヒュプノスに直させていただきました。もしかしたらどうでもいいかもしれませんが、クトゥルフ神話を深く齧ってる人からすると割と重大なミスをやらかしたので申し訳ございません!

引き続き執筆頑張りますのでよろしくお願いします。

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