複雑・ファジー小説

アスカレッド
日時: 2018/04/22 23:36
名前: トーシ
参照: https://kakuyomu.jp/works/1177354054885634102

 ヒーローって、何だ。

  *

 《COLOR》と呼ばれる異能力が存在する社会。
 瀬川飛鳥は、10年前に自分を助けてくれた『ヒーロー』に憧れながら生きてきた。
 高校2年生のある日、飛鳥は席替えで水島青太と隣同士になる。青太は《COLOR》を持たない人間――の、筈だった。

  *

 閲覧ありがとうございます! トーシです。透、とかいう別名義もあります。
 今回、初めて小説を書かせていただきます。異能力アクションものです。
 どうぞよろしくお願いします。

  *

目次
 
プロローグ カラーボーイ
>>1

第1話 アオタブルー
>>2(扉絵付)
>>3
>>4
 
  *

記録

4/13 連載開始


  *

Twitter @little_by_litte
ハッシュタグ #アスカレッド

カクヨムで同時連載中(親記事URLより)です。

Page:1



プロローグ ( No.1 )
日時: 2018/04/23 09:00
名前: トーシ

プロローグ カラーボーイ

 10年前のことなんて、ある一点を除いて、ほとんど覚えていない。あの頃の彼は普通の小学生で、取りたてて珍しいこともなかった。少しは他の友達より目立つ存在だったかもしれない。けれど、本当に少し、なのだ。
 そんな彼が、10年前の夏の日、周りの子供たちより一足早く大人になった。
 大人になった、というよりは、確固たる夢を見つけた。
 その日、彼は遅くまで友達と遊んでいた。5時のチャイムはもう随分と昔に鳴ったような、そんな気がしてくるほど遅い時間まで、彼は公園の中を駆け回っていた。友達の家はその公園の近くにあって、彼の家はそこから遠い場所にあった。だから彼は独りきりで帰途についていた。
 長く伸びる影を引きずりながら独りぼっちで歩く。その日の空は、今までに見たこともないような色をしていた。ざわざわと、雑音がヒグラシの声と混じっていた。真夏なのに少年の肌は粟立ってた。
 歩いていた彼は、角を曲がったところで走り出した。
 ぱたぱたと、靴底の音が、静かな道に寂しく消えていく。早く速く。焦る気持ちに足は上手くついていかず、彼は前に倒れるように転んだ。掌と膝小僧を擦った。薄い表皮の下から血が滲み出てきて、じんじんと痛み始める。
 鼻の奥がつん、とした。自分の掌が歪んで見えて、それでも泣き出さないように、彼は唇をきつく結んだ。ふと、小さな身体に影がかかった。

「どうしたの、転んだのかい?」

 少年が見上げると、そこには男がいた。男は膝に手をついて、少年を見て笑う。ゆっくり頷くと、男は少年に手を差し出しこう言った。

「痛そうだね。ちょうど絆創膏を持っているんだ。車の中にあるから来なさい」

 男の後ろ、少し離れた道の途中に古いワゴン車が停まっていた。
 少年は男の手を取った。分厚い肉とかさついた肌の手は、思っていたよりずっと冷たかった。そこでやっと、彼はこの男について行っちゃダメだと気が付いた。

「あ、あの……僕、いいです。絆創膏なくても、帰れます」

 鳥肌は一層ひどくなった。嫌な汗が流れて、Tシャツが背中にひっつく。少年はもう男の手を握ってはいなかったが、男は少年の手をしっかりと掴んだまま放そうとしない。足を踏ん張ろうとしても、恐怖と怪我のせいで、それはよたよたと男と同じ方向に動いていく。
 こういうときは、大声をあげて助けを呼ぶか、防犯ブザーを鳴らさないといけない。それから、それから。学校で教わったことが頭の中を流れていくけれど、喉も、手も、腕も、足も動かない。ワゴン車がどんどん近くなっていって、ドアが開けられて。

「いや……だ……僕、もう帰……っ」

 彼は容易く、生温い空気が充満する車内に押し込まれた。ざらざらしたシートの上に乱暴に乗せられる。薄暗くて狭い空間。スモークガラスで外の様子はほとんど見えない。息が止まりそうになった。そして、男の方に振り向こうとした少年に、手とは違うものが触れた。それは紐だった。男の手首の辺りから生えた紐は、少年の細い腕に巻き付いて、そのまま首を捕らえて、ぎゅっと締め上げた。視界が暗闇に侵食されていく。
 しかし、次の瞬間、闇を光が裂いた。
 締め上げる力が突然になくなって、かと思えば、少年を惨たらしく締め付けていた紐まで、あっという間に粒子になって消えた。驚いてドアの方を見ると、そこに男は立っていなかった。代わりに、車体の横から車輪が回る音が近づいてきて、ドアの前でそれは止まった。あか色。車椅子に乗った男子学生は、片手にあかい炎を燃え上がらせながら、ちらりと少年に視線を投げた。

「もう大丈夫」

 不敵に笑って、そう、言った気がする。
 炎はもっと大きくなって、時折大きく揺れてはバチバチと弾ける。少年が開きっぱなしのドアから顔を出すと、路上で片手を押さえて蹲る男と少年の間を遮るような位置に、男子学生は止まっていた。

「今すぐこっから去るか、それとも『コレ』を顔面に食らうか。選ばせてやるよ」

 男子学生の背中しか見えず、彼がどんな表情をしているのかは分からなかった。男の顔が悔しげに歪み、歯軋りをしていたことを考えると、彼は尚もニヒルで好戦的な笑みを浮かべていたのかもしれない。
 男は呻き声をあげて、両眼を見開いて、体を震わせている。すると、突然手を前に突き出して、男子学生――いや、その後ろの少年へ向かって空気を抉るように紐を伸ばした。
 ボウッと巨大な炎が翻る。火の粉の中で、塵が、灰が、粒子が落ちていく。あかい炎は、紐を一瞬で焼き払った。

「そうか――オレに、焼かれたいんだなァ!」

 男子学生が吠えるのと同時、炎が、膨張して、不死鳥の翼のように空を凪いだ。大気が焦げる。けれど、少年に火の粉が降りかかることはない。
 炎がすぐに収束したのは、きっと男が逃げたからだろう。男がさっきまでいたところには、既にその姿はなかった。
 降りて来いよ、と男子学生が手を差し出してくる。といっても、彼は少年がそのまま手を伸ばしても届かない場所にいた。だから少年は1人でワゴン車から降りて、痛む足で走って、車椅子の青年の手を握った。熱い手だった。

「怪我してる……アイツにやられたのか?」
「違う。これは、自分で転んじゃって」
「ん、そうか。でも、お前すごいなあ。よく泣かなかったな」

 エライな、と空いている方の手で少年をわしゃわしゃ撫でる。その割には優しい手つきで、少年の目からついに涙が溢れ出した。男子学生は笑いながら親指で涙を拭ってくれた。

「怖かったな」

 そうやって、手を引いて家まで送ってくれた。2人並んでゆっくり歩きながら、少年は隣の青年に尋ねた。

「お兄さんは、誰なんですか」
「普通の男子高校生だよ」
「……名前は?」
「うーん。それは内緒」

 少年が不思議そうに目を瞬かせると、青年はにっと口角を上げた。

「『ヒーロー』は、名乗らないのがかっこいいんだ」

 ヒーロー。
 その言葉が、少年の見る景色とともに強く脳に焼きつけられた。あかい髪、あかい瞳の、車椅子に乗ったヒーロー。
 だからお礼はいらないぜ、と青年は手を放した。そこは少年の家の前だった。彼は手をひらひらと振ってすぐどこかに行ってしまったので、少年はお礼を言えなかった。

 ああ、でもやっぱり、助けてくれてありがとう、と伝えたかった。10年前のことを後悔したって仕方ないが、自分の人生はあの日、彼と出会ったことで大きく変わったのだから。
 そういえば、あの日の空は赤かった、とふと思い出す。
 瀬川飛鳥(せがわあすか)の眼には、今でも、あの『あか』が映っている。


NEXT>>2

1−1 ( No.2 )
日時: 2018/04/19 23:58
名前: トーシ
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=905.jpg

第1話 アオタブルー

1−1

 朝だというのに、空は雲に覆い隠されてくすんだ色をしている。きっと、1限目の間に降り始めるだろう。登校中に降らなかったのは幸運だったな、と瀬川飛鳥(せがわあすか)は片手に持った傘をちらりと見て思った。
 玄関の傘置き場にそれを置いて、飛鳥はいつものように上履きを履く。すれ違う同級生と挨拶を交わしながら、彼は自分の教室に入る。そして、一瞬動きを止めた。自分の席に自分ではない男子生徒が座っていた。座る席を間違えたのだろうか。そこ僕の席だよ、と声をかけようとして、飛鳥はそこで昨日のクラスラインを思い出した。
 この2年B組では2ヶ月ごとに席替えが行われる。進級直後の学級ホームルームでそう決めたのだ。それから2ヶ月経って、今日が初めての席替えだった。
 昨晩、クラスラインに貼られていた新しい座席表を思い出しながら、飛鳥は教室の後ろを歩いていく。確か自分の席は、と記憶を頼りに、飛鳥は教室の1番後ろで窓から2列目の机に鞄を置いた。
 
「瀬川くん、おはよう」
「おはよう、潮田さん」

 飛鳥の右隣、窓から3列目に座っていた女子が飛鳥に話しかける。彼女は、飛鳥が名前を呼ぶと嬉しそうに微笑んだ。

「私、瀬川くんと隣の席だって知って、昨日すごくテンション上がっちゃって。今日はね、学校に来るのとっても楽しみだったの」

 飛鳥はそれに薄く笑って答える。彼にとって、女子を相手にして話すのに今更どぎまぎするようなことはなく、教科書を机に入れながら言葉は自然に出てきた。

「そう言ってもらえると、僕も嬉しいよ」
「なんか、学校に来る目標ができたなあ。最近蒸し暑くなってきたから、登下校すら億劫なんだよね」
「もう梅雨だからね。潮田さん、今日から夏服なんだね」
「気付いた? 今朝、急いで出してきたの」

 アイロンとか十分に出来てないんだよね、と潮田は恥ずかしそうに自分のセーラー服を撫でた。セーラー服の上で、色素の薄い髪が静かに揺れる。

「瀬川くんも今日から夏服だよね、お揃いだね!」

 潮田はじっと、飛鳥の琥珀の目を見つめて笑った。潮田の目は鮮やかな桃色をしていた。飛鳥はその時初めて、この女子生徒の目を直視した。眼前で輝く、一対の色彩。宝石のようにも思える。こんなにもはっきりとした色をしているなんて知らなかった。飛鳥は無意識に息を止めて、しかしすぐに意識を取り戻して「そうだね」と、息を吐き出した。 
 朝から気分が重い。窓の外の空を見てしまえばもっと沈みそうで、飛鳥は潮田の声に空返事をしながら、彼女を見ないように教室を見渡す。始業までに15分はあるが、教室にはクラスメイトのほとんどが揃っていた。茶色、焦げ茶、亜麻色、橙色、金色。それだけではなく、まるでアッシュカラーで染めたような、桃色、藤色、彩度の低い緑色。
 もちろん、自由な髪染めが許されるほど、この高校の校則は緩くない。中にはこっそり染めている生徒もいるかもしれないが――大抵の生徒はそれが生まれつきのもので、あちらこちらでカラフルに煌めく目も、また同様だった。
 自分の高い背が後ろの邪魔にならないな、とついさっきまで安心していた飛鳥だったが、こうもよくクラスメイトが見えてしまうとなると、新しい席はあまりよく思えなかった。その上、隣には自分によく話しかけてくる『色鮮やかな』女子生徒がいる。
 次の席替えはまだまだ遠い。さらに2ヵ月後に思いを馳せながら、ふと、左隣が空席であるのが見えた。教室の隅の席。ここには誰が来るのだろうか。まだ登校していないクラスメイトを考えていると、突然脳裏を黒色がよぎった。真っ黒な髪の毛。そして黒く光る両目。完全な黒髪黒目が逆に珍しいこの教室で、それでも目立つことのない、大人しくて地味な男子生徒。

 ああ彼だ、水島青太(みずしまあおた)だ。

 飛鳥は青太について、よく知っているわけではない。高1の時は別のクラスで、今年初めて同じクラスになったばかりの生徒だからだ。
 運動はまあまあできるが、勉強は少し苦手なようで、けれどどちらも平均に分類される程度。自己主張をあまりしないので、クラスの中心にはなれない存在。でも誰とでも問題なく話せるし、仲のいい友人と楽しそうにお喋りしているのをよく目にする。言ってしまえば、どこにでもいる、普通の、平々凡々とした少年。
 そしてなんとなく、彼は『無色』なのだろうなと思っていた。何の色彩も持たない髪と目は、一般的に『無色』である証拠となる。それに彼は、友人に自分は『無色』だと話していたような。やはり水島青太は『無色』なのだ。
 予鈴が鳴り響いて、飛鳥は考えるのを止めた。授業開始まであと5分。隣人はまだ来ていない。生徒達はお喋りをやめて、自分の机の上に教科書やノートや筆記用具を出し始める。カーテンがふわりと揺れる。湿った風が、教室に静寂までもたらしたようだった。
 そういえば、潮田さんとの会話はいつ終わったんだろうか。彼女をちらりと見ると、特に不機嫌な様子はなく、普通にしていた。どうやら上手く対応できていたらしい。
 また、カーテンがたなびく。雨のにおいがする。予想通り1限目の間に雨は降り出すのだろう。それで晴れたらもっと蒸し暑くなる。まあ下校の時に晴れたなら、それはそれでいいだろう。
 飛鳥が窓を閉めようと立ち上がるのと同時に、静けさを裂く足音が聞こえた。

「隣、瀬川なんだな。おはよう」

 青太が教室に入ってきて、早足で真っ直ぐこちらの方に歩いてきて、飛鳥にそう言った。目が合った。

「おはよう、水島」
 
 飛鳥は立ったまま、動けなかった。初めて青太と目を合わせた気がする。彼の目はやはり黒かったが、なぜだかその奥に青を湛えているような気がした。海の底の、青が濃くなって黒のようになったところと同じ色のような気がした。
 青太はリュックサックを机の横にかけた。そして椅子に座る前に、あ、と呟いた。

「窓、閉めたほうがいいよな」
「あ。うん、よろしく」

 青太は人のよさそうな笑顔のまま、窓枠に手をかける。その時一際大きな風が吹いて、飛鳥の前髪を煽った。自分の白い髪が揺れる向こうで、飛鳥は青太の黒髪が翻るのを見た。そうして、普段彼の耳にかかっている髪の毛の、奥の色が覗いた。
 晴れた日の海のような、濁りのない青色が覗いた。
 涼しい、と青太は零した。飛鳥にとっては、自分の顔に触れていくその風は冷たかった。 

NEXT>>3

1−2 ( No.3 )
日時: 2018/04/22 23:35
名前: トーシ

1−2

 目の奥で青色が瞬いている。隣の席の青太を盗み見る。彼の耳には黒髪がかかっていて、青色は見えない。しかしそこに青色があるような気がするし、時折黒の隙間から色が覗いている気がする。思い込みすぎて、ただ錯覚しているだけかもしれないが。
 けど確かに飛鳥は、青太の青い髪の毛を見たのだ。それも、このクラスの誰よりも鮮明な色彩の青を見た。姉やその同僚の『色』と同じくらい、美しい色だったと思う。

「オレ、何か間違ってた?」
「えっ」

 唐突に青太に声をかけられて、飛鳥はハッとした。間違ってた、って今朝のことだろうか。自分に青色をうっかり見せてしまったことだろうか。

「オレの方ずっと見てるみたいだったから、和訳で間違ってるとこがあったのかなって」

 青太は自分の英語のプリントを飛鳥に差し出した。2行ほどの英文があって、その下に青太の文字で日本語が書かれている。そこで飛鳥は、今が6限目の英語の時間であることを思い出した。机をくっつけて、隣同士で模試の演習の答え合わせをしている最中だった。
 今朝のことなんて全然関係ないじゃないか。何を考えているんだ、と自分の忌々しい思考を振り払う。青太の日本語訳を急いで読み、参考書に書いてあった解説を思い出しながら、それらしく誤りを指摘する。青太はなるほど、と素直に納得した。

「すげえ分かりやすかった、さすがだな」
「そうかな。分かりやすかったならいいんだけど」

 青太の純粋な賞賛に、いつもなら「ありがとう」と言えていたのだろうが、飛鳥はなぜかそれが喉に引っかかったまま出てこなかった。気分が悪い。さっきまで暗かった空がやっと晴れ間を見せようとしているのに、こんなに気持ちが沈んでいるのだから、自分の憂鬱が雨のせいではないことは明らかだった。
 やがて教師の解説が始まって、青太は顔を前に向けた。飛鳥も青太に倣ってみるが、教師の言葉がいまひとつ耳に入ってこない。そしてすぐに、耳鳴りのような重低音が鼓膜の奥で響き始めた。雑然とした脳内が、意識の全てを占領していく合図だった。
 
 ――青太はおそらく、《COLOR》所持者であるということ。それも、強力な《COLOR》を持っている人物であるということ。

 この世界には、異能力が存在する。
 念力、透視、瞬間移動、テレパシー、発火、その他多くのいわゆる超能力が、異能力と呼ばれている。かつて人間が想像していたよりも多種多様で超常的なものばかりだから、超能力と呼ばれていたそれは、超能力の既存のイメージを超えて『異能力』と呼ばれるようになった。 
 異能力者の人口が8割を優に上回った現在でも、異能力について判明していることは数少ない。
 その希少な1つに、異能力者は身体の色素が変化する、ということが挙げられる。つまり、平たく言ってしまえば、異能力者は髪の毛や目がカラフルなのだ。しかも異能力が周囲に与える影響が大きければ大きいほど、強力であればあるほど、色彩は作り物かと見紛うくらい鮮やかになっていく。
 だから異能力は、根源とされている物とも相俟ってこう呼ばれている。

 ――Characters Of Linked ORigine、通称《COLOR》。
 
 そして、その理論に従うならば、今まで自分を無能力者――『無色(colorless)』だと自称してきた青太も《COLOR》を所持していることになる。誰よりも強力な力を有しながら、それを隠していることになる。
 もちろん、色素の変化の度合いには個人差がある。強い《COLOR》を持ちながらも黒髪のままの人だっているし、その逆で《COLOR》が弱くても、派手な髪色の人だっている。
 だが飛鳥は、青太のあの青色はその範疇を超えていると思った。誤差だとか個体差だけで済まされるようなものではない。力が伴わなければ、あれほどまでにさやかな色にはならない。だからあの彩りは、正真正銘の青太の力を示しているように思えた。
 だとしたらなぜ、青太はそれを隠すのだろうか。髪の毛の一部だけ色素が変わることはないから、きっと地毛があの色だ。目だって本当は黒ではないのだろう。それをわざわざ黒に染め上げて、黒のカラーコンタクトをして、自分を『無色』だと主張する意味が分からない。
 どうしてなんだろう。どうして、そんなことをするのか。いっそ訊いてみようか。いや、「どうして」自分はそれを訊きたがるのか。なぜ。その問いかけの裏にある本心は一体何だ。訊いて、その後どうするんだ。自分は何を思うのか。
 予測できてしまいそうだった。
 胸の奥に潜む不定形の物体が、徐々に輪郭を持っていく――次の瞬間、鐘が鳴った。
 物体は瞬きする間もなく霧散した。同時に飛鳥の意識は現に浮上する。鼓膜が震わされる。外界の音の侵入を拒んでいた耳が、椅子を引く音や、号令の声を受け入れ始める。
 授業が終わったらしい。先生の話、全然聞いてなかったな、と飛鳥はぼーっとする頭でそんなことを考えた。
 ノートを仕舞いながら、ついつい青太の方に目線を向けてしまう。今日で何度目だろうか。また、目が合った。不自然な色の目だ。

「体調、悪いのか」

 青太が首を傾げて尋ねてくる。

「いや、元気だよ。どうして?」

 努めて自然に振舞う。早鐘を打つ心臓の音が、相手に聞こえてしまわないように。唇が震えないように。

「瀬川、今日一日中ずっとぼんやりしてただろ。授業とかいつも真面目に聞いてるから、珍しいなと思ってさ。だから、もしかしたら体調悪いのかなって」
「ああ、ちょっと疲れてるのかな。でも平気だよ、心配してくれてありがとう」
「そうか。ならよかった」 

 青太は優しい奴なんだろう。けれどこれ以上彼と言葉を交わすのは苦痛だった。飛鳥はいつもより早く荷物を纏めて、椅子を入れる。青太の「じゃあな、お大事に」という言葉に自分が何と返したのか、よく覚えていないが、いつものように当たり障りのないことを言ったのだろう。
 お大事に、って何だ。平気だって言ったじゃないか、ちゃんと聞いてたのか。
 青太の言葉が「ゆっくり休めよ」くらいの意味であろうことは、飛鳥も知っている。知っているが、その言葉を受け入れられない。
 外に出ると、雨は降っていなかった。薄くなった雲は停滞したままだ。飛鳥は片手に閉じたままの傘を持って、生徒玄関を出た。今日の放課後は予定がない。1時間かけて徒歩で帰宅してもいい。いや、やっぱりいつも通り電車で帰ろう。早く帰って、問題演習の解説を聞いていなかった分も、早く勉強に集中しよう。余計なことを考えないように。
 飛鳥は、色彩のない空の下を歩き出した。

NEXT>>4

1−3 ( No.4 )
日時: 2018/04/23 08:58
名前: トーシ ◆zFxpIgCLu6

1−3

 飛鳥が通う高校から歩いて15分ほどの場所に、大きな駅がある。この市の中枢となる駅だ。その間には別の高校があって、駅裏には中学校と大学が存在している。15分間自転車で走ったとしたら、もっと多くの学校を目にすることだろう。だから駅周辺は、放課後になるといつも学生でごった返していた。
 ただ、今日の混雑は理由が違った。
 飛鳥の目に映るのは、駅の2階の窓ガラスが割れている様だ。1枚のガラスに大穴が開いている。その周辺のガラスも穴だらけで、白い大きなヒビが何本も走っている。明らかに自然現象や不注意による事故ではない。
 飛鳥は自分の前に立ち塞がる群集を掻き分けて、何とかイエローテープの手前まで出た。イエローテープを挟んですぐ向こう側には、武装した警官が等間隔に並んで立っている。当然これ以上先へは進めない。駅前広場へさえ行くこともできず、駅前の交差点で立ち往生をくらったまま、飛鳥はその光景を凝視した。
 広場の石畳の上にガラスの破片が散乱している。それらは広場全体に落下していて、駅舎からかなり離れたところにまで飛んでいた。そして耳を澄まさずとも、建物の中からくぐもった轟音、何かが割れる音、そして怒声が一際、はっきりと聞こえた。
 瞬間――甲高い音が、空気を割った。ガラスが割れた。欠片が宙に飛散する。群集から驚愕の声と悲鳴が上がる。鼓膜を突き刺した派手な音に次いで、飛鳥の神経を刺激したのは、その穴から空に身を放るひとつの人影だった。それは1階の屋根に着地して地面に飛び降りる。それを追って、もうひとつの人影が同じ場所から現れた。同じように、そしてより身軽にその人物も地面に降り立った。
 追われる方は、黒いパーカーを目深に被った男だった。衣服は所々切れていたが、血が滲んでいる箇所はない。息を荒げて、肩を大きく上下させながら相手を睨みつけている。
 対して追う方は、黒い戦闘用スーツに身を包んでいた。身体のラインに沿うように防具が取り付けられた、シンプルな形のスーツ。その胸元に輝く銀色の紋章が、飛鳥の網膜に克明に焼き付けられる。頭部にはヘルメットを装着している為、それが誰なのかは分からない。しかしあまり高くない背や、どことなく曲線の多いボディラインから、それが女性であり『彼女』であるのは明らかだった。そして何よりも、全身を黒で包んだ彼女の、唯一露出された手の白さが際立っていた。
 距離をとって相対する二人。じり、と破片を踏みながら、相手の様子を伺う。硬直する空気の中では、そよ風さえ吹かない。

 つかの間の静止、きっかり5秒後。

 両者の腕が動いた。
 男の剥き出しの掌は飛鳥達の方に向けられ、彼女は逆の方へ掌をかざして。大気が鈍く轟くのと同時に、彼女の腕は、空気を大きく振り払う。
 飛鳥は一瞬、空気が弾丸のような輪郭を持ち、こちらへ飛んでくるのを見た。だが1秒とおかず、白い盾が視界を覆った。白は刹那に粉砕される。高い音を立てて、盾の形を成したまま、それは粒子となる。白が視界を舞う。すぐに空間に溶けて消える。まるで雪だ。
 その間にも男は、2発3発と空気砲を撃った。彼女は氷の盾で確実に受けとめていく。唸る発砲音と、氷が砕ける音が、何度も何度も。男の罵声が混じりながら、何度も何度も何度も響いた。
 石畳を駆ける音は止まない。透明な欠片が蹴り上げられて、ダイヤモンドダストの如く輝く。あちこちで破壊される氷塊が、雪になる。統率のとれていない影絵のように、6月の銀世界を黒い人影が動き回っていた。彼女は男の動きを全て見切る。一挙手一投足、その中に隙が生まれる零コンマ1秒を狙って。
 飛鳥の眼前で繰り広げられる戦闘は、そこにある筈なのに、まるで液晶を挟んでいるかのようだった。だとしても、有り余った威力で生み出された風が、髪を、睫毛を、袖口を揺らす度、それが本物であると肌で感じる。時折頬にかかる粒子は、冷たい。
 足裏に粉々になったガラスを煌めかせながら、彼女は動く、走る。
 その時、男の態勢が崩れた。
 あ、転んだ、と飛鳥が思うのとほぼ同時。彼女は両手を接地する。
 白の粒子が、接地点から霜のように立ち昇る。
 ピキッと、小さな氷解が宙に生まれる。
 凍る時間。
 金属同士がぶつかるのにも似た音がして。

 ――白龍が地面を穿ち、男の足に喰らいついた!

 男はあっという間に、膝の下までを氷漬けにされた。足を地面に固定されて動くことができない。再び空気砲を撃とうとするが、彼女が腕を一振りすると、手まで氷漬けにされてしまった。彼女は、自らが作り出した氷の道の終点にいる男をじっと見つめる。

「確保!」

 彼女が叫ぶと、武装警官達はすぐに喚く男を取り囲んだ。「16時47分、器物損壊罪及び威力業務妨害罪現行犯、逮捕!」と、男はそのまま手袋と手錠を嵌められ、パトカーに数人の警官によって押し込まれた。残りの警官達はイエローテープを回収し、ガラスを撤去し、人々を安全な順路で駅舎へ誘導していく。少し遠回りをして駅裏から入るようにさせているのだろう。ざわめきはすぐに収まって、人々はそれに従って歩き始める。非日常は余韻を残すことなく、日常へ逆戻りしていく。
 飛鳥はというと、人の流れから外れた位置に移動して広場の方を見ていた。広場の真ん中に立つ、彼女を見ていた。彼女の前にはもう、あの氷の脈はない。既に粒子と化してしまって、そこには平らな石畳が広がっている。さっきは地面を穿ったように見えたが、本当は表面を凍らせていただけのようだ。 
 彼女は首や肩を回しながら、ふと飛鳥の方に視線を流した。飛鳥が小さく手を振ると、彼女は頭部を包み隠す黒いヘルメットに手をかけて取った。黒で覆われた肩と背中に、白く長い髪が流れ落ちる。琥珀の目を細めて、彼女は飛鳥の方に歩いてくる。

「凄かったね、姉さん!」
「ありがと、飛鳥」

 彼女――飛鳥の姉、瀬川白鳥(せがわしとり)は一切照れることなく、白い歯を見せて、その端正な顔に逞しい笑顔を浮かべた。

「飛鳥、怪我してない? 大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「それならよかった! 結構近かったから、破片とか飛んでないか心配でさ」
「姉さんがちゃんと守ってくれたから、僕は平気。それに、怪我するとしたら姉さんの方じゃないか」
「私も平気。ちゃんと今日も無傷よ」
「姉さん、強いからね」
「慣れよ、慣れ」

 そう言って、白鳥はぐっと伸びをする。すると凛々しかった表情は、弟の前であることもあってか、ふっと弛緩した。家のリビングで見せるような顔つき。それでも戦闘服姿は様になっている。飛鳥はそんな姉に微笑み返して、けれど意識は彼女の左胸に向けられていた。
 左胸にある、盾と旭日を模った紋章――府警直属、対《COLOR》犯罪専門戦闘員の紋章に。

「それにしても、こんな時間に駅前にいるなんて珍しいじゃない」
「今日は何の予定もないから、真っ直ぐ帰ろうと思って」
「ほんと真面目ね。たまには遊べばいいのに」
「遊んでる暇なんかないさ」
「そうかなあ」

 暫し考えて、「今度休みが取れたら、どこか連れて行ってあげる」と白鳥は飛鳥の頭をぽんぽんと叩いた。

「たまにはガス抜きも必要ってね……じゃあ、気をつけて帰るのよ。最近は事件の連続発生も増えてるし」
「連続発生?」

 飛鳥は耳に覚えのない言葉に、思わず聞き返す。白鳥は再び、うーんと悩むように腕を組んだ。どれほどまで弟に話していいのか、そのラインの見極めが難しいようだ。 

「なんて言えばいいのかな……1人を逮捕した直後に、その近辺で、一般人が襲われることが増えたのよ。まあそうは言っても、頻発してるわけじゃないけどね。でも、こんな変なこと今までにはなかったから」

 それは、飛鳥の知らないことだった。しかし思い返してみれば、確かに、新聞の小さな記事に、そのような事件について書かれているのを読んだことがあるかもしれない。 

「最近、特に物騒だし、気をつけておいて損はないから」
「うん、分かった。姉さんは、今日も遅いんだよね」
「多分そうなると思う。晩御飯、残しといて」
「了解。じゃあ姉さんも気をつけて」

 白鳥はばいばい、と手を振って踵を返した。歩きながら、ウエストの辺りまで伸びた長髪を器用に仕舞って、ヘルメットを被った。そういえば姉の移動手段はバイクだったな、と何となく思う。戦う姉も、バイクに乗る姉も、どちらもかっこいい。 
 白鳥の背中を見送った飛鳥も駅舎へ向かう。風穴の空いた窓ガラスは、風景の中でやはり異質なものだった。けれどそれが異質だと思えるのは、道も、人も、駅以外の建物も、日常の姿をなしているからだ――いや、違う。異質なものが、もう1つ。
 飛鳥の目は、駅のすぐ近くの、建物と建物の間に釘付けになった。正確に言えば、そこに走りこんでいく1人の少女に。長い三つ編みを耳の下で輪っかにしたような、変わった髪形の少女だった。そして、特徴的な台形のセーラーカラーが、彼女が自分と同じ高校に通う生徒であることを示していた。
 建物の隙間は暗く、真っ黒だ。女子生徒の小さな背中は、一瞬で長方形の闇にかき消されて見えなくなった。だから、彼女が焦っていたのかどうかは分からない。彼女の傍らで、せわしなく揺れる通学鞄がなぜか脳に焼きついた。
 飛鳥の脳内で、街の喧騒がフェードアウトしていく。代わりに、姉の言葉が頭蓋骨に響く。
 逮捕した直後に、その近辺で、一般人が襲われる、と。
 歩行者用信号機が青に変わる音が聞こえて、飛鳥は迷わず少女の後を追うように走り出した。

NEXT>>
(4/27更新予定)

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