複雑・ファジー小説

ハートのJは挫けない
日時: 2018/12/03 17:56
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ

 能力バトル流行れ!(大声)

 新創作始めました波坂といいます。閲覧ありがとうございます。今回は能力バトル系を書いていきます。色々と至らない部分もあろうかと思いますがそこはどうぞ生暖かい目線で見守って頂けたらなと。

 一気読み用【>>1-100】 最新話>>87

 目次>>73

Twitter創作アカウント
→@namisaka_sousak

 略称はハジケナイです。

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18



Re: ハートのJは挫けない ( No.85 )
日時: 2018/11/11 20:16
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ

 僕の父親は、ヒーローだった。
 はっきり言って、彼は器用な人間ではなく、寧ろ馬鹿と形容される側であったことは間違いない。簡単に人の事を信じるというか、人を疑うという事を苦手としていた。
 彼は欠点だらけだった。色々な所がなっていなくて、詰めが甘い。完全無欠なんて言葉をどう捻じ曲げても当てはまりそうにないタイプだった。
 それでも、僕は自分の父親の事が好きだった。他人の為に全力で動ける父親が。常に人の事を考えていられる父親が。周囲から信頼を集めていた父親が。
 彼が言っていたのだ。人を救う事が、一番の生き甲斐だと。自分の行動で人が少しでも幸福になれたら、それよりも嬉しいことは無いと。

 そんな彼を、僕はヒーローだと思った。


 でも、僕のヒーローは死んだ。
 だから、思った。
 僕が、ヒーローになろうって。
 彼の代わりに、なろうって。






 燃え盛る炎を背景にして、僕の身体を持ち上げる男。この四宮秋光という男が、僕の実質的な命令役だ。
 それが、今こうして僕に敵対している。

「気分はどうかな? 一条」
「……ぐっ……」
「オイオイ返事くらいしてくれよ……なぁ!」

 膝が鳩尾に激痛を伴って叩き込まれ、胃の中の空気が不自然な音と共に口から出た。口の中から流動物が出そうになるのを必死に堪える。
 四宮は首を鳴らしながら僕をゴミを投げるみたいに適当に放り投げた。先程の戦闘で既に受け身を取れる程の体力は無くなっていた。床に派手に背中を打ち付ける。

「なぁ一条、おじさん確かこう教えたよなぁ。仕事は徹底的にって」
「……ぐぁっ……」
「……喘いでねぇでちったぁ返事してくれよな? おじさん、そんなに気ィ長くないんだからさぁ」

 僕が立ち上がろうとした所に、容赦なく回し蹴りが襲い掛かる。防御する術も無く側頭部に直撃。視界がグラつき数秒後に視界が安定する。その時には既に僕の体は地にうつ伏せで倒れていた。
 が、髪が引っ張られる感覚がした。そのまま頭皮が千切れそうな感覚に変わり、頭が宙に浮く。僕の頭を持ち上げる四宮は、顔だけは笑っていた。
 でもその奥の瞳は、全く楽しそうではない。

「おじさんさぁ、暇じゃないのよ。ねぇ、わーってる?」
「……す、すみませ……」
「誠意を見せろよ誠意を、ほらねぇ」

 不意に頭に下方向の力が掛けられ、地面と顔面が派手に正面衝突する。鼻が特にジンジンと痛むが、四宮はこちらの事などお構い無しに、玩具で遊ぶかのように、僕の頭を何度も地面に叩き付ける。その度に激痛が脳に響いて意識が飛びそうになる。

「おじさんも人を虐める趣味は無いんだけどねぇ。ほら、無能な奴って見てるとイライラする訳。それ自体は罪じゃないんだけどさぁ、身の程を弁えろって話。お宅、未だにヒーローになれるなんて思ってんの? ダメダメぇ。そういう絵空事が言えるのは極一部の限られた人間なんだから」
「…………い」
「なんて?」
「……うるさい……! 誰もお前の助言なんて……求めてないだろ……!」
「……かぁー…………折角人生の先輩として言ってやったのにこの始末か…………」

 四宮は呆れた顔で腰を落とし、僕の顔を目が合うように持ち上げる。

「おじさんもさぁ、許してやろうかなくらいは思ってたのよ。ね? だけどねぇ。おじさん嫌いなの」

 四宮の右手に、文字通り火が付いた。手をまるごと覆うほどの炎と呼ぶべきそれを僕に近付けて彼は言う。

「一条、お前みたいな勘違い野郎の事がさぁ」
「……止めろ……!」
「言葉遣いってもんはどうしたのよ。なんだ? 自分の本性見透かされてイラついたかい? それとも殴られて腹が立ったかい? 勘違い野郎って言葉が嫌だったかい?」

 四宮は小さく、最大限の侮蔑を込めた舌打ちをして、僕に言葉を吐き捨てる。

「生憎、どれもこれもお前の失敗だの欠点だのが招いた事。おじさんは事実を言っただけ。違う? 薄々気が付いてんだろ?」


「一条、お前はヒーローになれないよ」

 認めたくなかった。

 僕がヒーローになれるって信じてるなら、僕がヒーローなら。今すぐこの場で反発しただろう。
 その言葉が憎くて憎くて仕方ない。今すぐにでも撤回させてやりたい。そう思っている。

 だけど、僕はそれを行動に示せなかった。

「……ぁ…………」

 ただ、呆然としているだけ。それしか出来ない。

「もう知ってんじゃないの? 気が付いてんじゃないの? 一条自身が一番。自分がそんな器じゃないって」
「……違う! 違う! 違う違う違う!」

 今更必死になって首を振った。必死になって、勢いで否定を続けた。何回も何回も何回も。まるで内側からせり上がってくる肯定から目を背けるように。

「……違う…………ちが…………う……」

 でも、その勢いが失せた時、僕は言葉を失った。出てくるのは否定の言葉じゃないくて、情けない自分を嘆く、涙。

「……お前も随分面倒臭い野郎だねぇ」

 溜め息をついた四宮は、炎を更に一層激しく燃やした。そして、その燃え盛る手を僕に近付けてくる。

「燃やしてやるよ。もう何も思い出せないくらい。お前も辛かったろ? そんなバカみたいなもの、追い続けるのはさぁ」

 その手が僕の顔面を掴んだ時、感じたのは言い表せない程の熱だった。とにかく熱い。痛いのではない。熱いのだ。普通は痛覚に変わるはずなのに、その炎はただただ熱いだけ。

「おじさんのハートは《心を焼く力》。お前もじきに、何も知らない真っ白な灰になるだろうねぇ」

 自分の中で何かが焼けていくのを感じた。
 でも何が焼けたのかは思い出せない。不思議なくらい、全く。
 このまま全部燃えるのだろうか。
 いつかは僕という人格すら、燃えるのだろうか。

 四宮が僕をこうしているのは、情報漏洩を防ぐ為だろう。つまり、僕はもう彼らとは居られない。要らないものという事だ。
 つまり、彼女は僕を要らないと言ったのだ。唯一、僕の存在を見付けてくれた彼女が。認めてくれた彼女が。居場所を作ってくれた彼女が。必要ない。無価値だ。そう判断したのだ。
 そんな僕に、生きる価値なんて無い。
 いっそこのまま、灰になるなら、それはそれでいいと思った。彼女が必要としてくれないなら、この世界はもう要らない。
 僕も、要らない。


 そう思っていた次の瞬間、僕らの背後の炎の幕の一部が裂けるように開いた。驚いて四宮は振り返る。
 咄嗟に背後を見た四宮の顔に、明らかな同様が走る。
 炎の中から、一つの影が姿を表した。その片割れが、刀をこちらに、四宮に向ける。
 束の間の静寂の後に、言葉を切り出したのは四宮だ。

「…………驚いた驚いた。おじさん、結構全力だったんだけど」
「心配すんなよオッサン。オレも大分削られたからよぉ」

 軽口を飛ばし合っているが、彼らの雰囲気は剣呑だ。無川刀子は常に四宮を睨み、一瞬たりとも目を離さない。一方四宮は僕の事を一旦置いて無川刀子に対峙する。こちらを構っている暇が無いのだろう。
 そして、無川の後ろから、炎の洞窟を通って大柄の男が一人。

「待ってろ正義。今助ける」

 友松共也が、居た。

「……馬鹿じゃないんですか。貴方」

 思わず、そう言葉が零れた。
 どうしてここまで出来るのか。分からない。本当に分からない。

「そうだ。俺は馬鹿だ」

 だけど、と彼は拳を握る。


「人を見捨てるのが賢明だって言うんだったら、俺は人を救いたい馬鹿になる」

 彼はそう言って、馬鹿みたいにとびっきりの笑顔を浮かべた。
 僕は悟った。
 僕は、こんな風にはなれない。ヒーローには、なれないんだと。






 正義を放ってこちらに相対する四宮には若干の動揺が見て取れた。恐らくあの炎の幕を突破してきた事を想定していなかったのだろう。今ならまだ、チャンスはある。

「……へぇ。あんちゃんたち、思ってたよりもデキる子みたいだねぇ」
「ハッ。余裕ぶっこいてる暇があるなら命乞いした方がいいんじゃねぇかオッサン」
「悪いねぇ嬢ちゃん。おじさん、簡単には引けないんだよねぇ」

 四宮が冗談っぽくそう言うが、その笑顔さえ若干硬い。そして向こうが動く。
 彼は再び超高速の光弾を無川に発射した。途方も無いハートが込められた一撃。無川のハートすら上回るほどの力を持ったそれが、無川に向かって行く。

「あまりオレを舐めるなよ」

 無川はそれを真っ向から切り付けようと刀を上段から振り下ろした。
 刀と光弾が接触した瞬間、無川の刀と光弾が拮抗。が、それもすぐに破られ無川の刀が光弾を真っ二つに切り裂く。切り裂かれたそれらは爆発もしなければ燃えることもなく虚空へ消え去る。

「もうテメェのハートは通用しねぇ」
「…………ハハハハハ……嘘でしょ。おじさん、こんな化けモンがいるだなんて聞いてないんだけどねぇ……」
「悪ィがこちとらテメェと同じ人間様だ。化けモンなんかそもそも居ねぇ」

 無川はそう言ってから一気に横方向に跳躍して四宮との距離を詰め、長い刀を横から薙ぐように振るった。

「……しょうがないねぇ……おじさんもちょっと、頑張ってみようか……な!」

 だが無川の刀は停止した。無川の目が驚きで見開かれる。
 一方四宮が持っていたのは、炎だ。正確には、棒状に圧縮された炎。まるでそれは炎の剣とも呼ぶべき形を取っている。

「……ンなモンで防げるかよ!」

 無川がそう言うと、徐々に炎剣が削られ始め、無川の刀が少しずつ四宮に迫る。

「共也ァ! 今の内に一条を!」
「分かった!」

 四宮が何も手が出せないこの間に、俺は正義の回収を試みる。正義の倒れている地面と俺のすぐ側の空間を繋げればいい。
 だがいつのように適当に場所を決めるわけにはいかない。少し狂えば正義の体が接続された空間に挟まれてその部分が削り取られてしまう。だから慎重になる。

「……お前は…………どこまで……」

 正義は俺がハートを使おうとしていることを悟ったのか、俺に尋ねる。

「さっき言ったろ。俺は馬鹿だ」

 照準が定まった所で、ハートを使う。すると正義の体が地面に飲み込まれるのと同時に、俺の上から落ちてくる。一度キャッチして、彼を地面に寝かせてから、俺は言う。

「馬鹿は損得の計算なんかしねぇんだよ」

 その時、俺は確かに油断していた。
 正義が必死な形相になるまで、俺は異常には気が付かなかった。

「……どけ……!」

 瞬間、正義が立ち上がって俺を突き飛ばす。
 その時、初めて気がついた。
 俺が繋げた空間から、四宮から放たれた炎が飛んできていることに。俺のちょうど真上に降り注いでいることに。
 その炎が、正義に直撃するまで、俺は気が付かなかった。

「……あ……え…………」

 俺の喉は意味不明な音を発すだけ。驚き過ぎて声が出ないとは正しくこの事か。
 正義は意識が無いのか、自分の体に炎が纏わりついているのに未だに微動だにしない。

「お、おい! しっかりしろ!」

 正義に纏わりつく炎達をどこか適当な所に飛ばす。炎の大部分はそれで処理できた為に、炎はそこまで長く燃えることは無かった。

「……テメェ……」
「言ってるでしょ? 仕事だって。おじさん、一応正義の保護者なんだけど」

 睨み付けた先の四宮は、無川と未だに鍔迫り合いを続けつつも俺に言った。その顔には汗が浮かんでおり、既に余裕がなくなっている事を表していた。
 逆にそんな状態でも、彼は正義を狙ったのだ。つまり、彼にはどうしても正義を狙う理由があった。

「何故正義をここまで狙う」
「……犯人が正直に動機を言うのはドラマの中だけだよ。あんちゃん」

 少しだけ強ばった口調でそう話すと、彼は一旦炎剣を手放して距離を取った。無川の刀が主が居なくなった炎剣を真っ二つに切り裂く。

「オッサン、もう終わりだろ」
「……ふぅ……おじさん、もう疲れちゃったよ」

 四宮は表情に如実に疲れを表している。考えてみれば、あんな炎の幕を使ったのだから、精神的には既に限界の筈だ。

「だから、さっさと終わらせるねぇ」

 そう言って、彼は指を鳴らした。
 瞬間、視界が再びホワイトアウトする。
 先ほどのような風圧を伴ったものでは無い。目が痛くなる程の光だ。俺はまだ目を咄嗟に閉じれたからか、すぐに視界が戻った。
 そして視界には、未だに目を抑えている無川と、炎剣を再び作り出した四宮が映っていた。心拍数が跳ね上がるのを感じる。

「じゃあねぇ! お嬢ちゃん!」
「クッソ! こんな目潰し如きでやられっかよ三下ァ!」

 無川はそれでも声から場所を割り出したのか、刀を作り出して四宮に相対する。その時、四宮は既に炎剣を無川に振り下ろしていた。

 身体中から、再び汗が噴き出した。
 心がざわつき始める。
 指先が震え始めた。
 変に寒さを感じた。
 嫌な予感が全身からビリビリとし始めた。
 直感的に思った。無川は、多分アレを食らう。アレを食らったら、何か大切なものを失う。

 
 気がついた時、既に俺の体は動いていた。




 ああそうだ。
 やはり俺は、信じられないのだ。

「…………………は…………?」

 無川の困惑と疑問が混じった声が、やけに鮮明に聞こえた。

「……っ……」

 感じたのは、熱だ。ひたすらに熱いだけ。痛くはない。けど、何かを確かに失っている気がした。
 それでも、俺はやらなければならない。目の前の四宮をどうにかしなければ。例えこの胸に炎剣が突き刺さっていても、全身が炎に包まれていたとしても。
 声にならない叫びを上げて、俺は精一杯四宮を突き飛ばす。幾ら成人男性とは言え俺には体格差で負ける彼は、そのまま後ろに綺麗に倒れる。その間に、俺は彼の後ろの空間を、何処か遠くへと繋げた。どこかは俺も知らない。ただ、間違いなくこちらにはすぐに来れない場所に。

「……いいよ。今回はあんちゃんの覚悟に免じて負けてげるねぇ」

 接続された空間に呑まれて言った四宮は、最後に言った。

「でも、次はない」

 そして、接続を切ると、四宮の姿は完全に見えなくなった。
 身体の電源が切れたかのように、俺の足に力が入らなくなって、そのまま仰向けで倒れる。
 そのまま横を見ると、やけに視界が赤い気がした。


「共也、お前、何してんだよ」

 無川の声が、聞こえる。

「なぁ、返事しろよ」

 まるで、俺を咎めるような声だ。
 知っている。彼女は俺に失望しているのだ。

「なんで、オレを庇った」

 俺はあの時、無川の目の前に瞬間移動して、炎剣を変わりに受けたのだ。気が付けば炎は消えている。恐らく無川が消してくれたのだろう。それでも、未だに何かが燃えている感触がある。きっと、無川でも殺せない程強く残っている箇所があるのだろう。

「……あの時、オレは視界が戻り始めてたんだ。炎剣も見えたし、それを受ける事も出来た」

 そうか、無川は何をしなくても一人で解決できていたんだな。なんて後悔気味に思ってみる。

「なんで、オレを庇ったんだよ。どうして、オレなら大丈夫って、そう思えなかったんだよ」

 冷静に考えたら、あの時確かに無川なら受けられた。今思えば、そうとしか思えなくなってくる。では何故俺は無駄な犠牲になった?
 ああ、そういう事か。

「ごめん」
「謝るな」
「ごめんな」
「謝るなってのが聞こえねぇのかよ!」

 それでも、俺は謝らなければ気が済まなかった。

「俺は、無川を信じられなかったんだ。最後の最後で」

 あの時、俺が無川を信じてやれていたら。俺はこんな事にはなっていなかった。無川を傷付けてしまう事もなかった。でも、俺は信じられなかった。
 無川の事を、信じると決め、一度はそうした彼女でさえ。
 俺は、信じられなかった。

「…………そんなのって……ねぇだろ……嘘だって言えよ……言ってくれよ……」

 無川の言葉を最後に、俺の意識は徐々に消えていった。まるで、炎に焼かれるかのように。
 裏切り者には、お似合いの最後だ。


次話>>86    前話>>84

Re: ハートのJは挫けない ( No.86 )
日時: 2018/11/12 17:54
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ

 私が意識を取り戻した時、他に立っている人は誰一人として居なかった。友松さんも、一条という人も、その場に倒れていてビクともしない。
 その時、気が動転していたにも関わらず救急車を呼ばなかったのは不幸中の幸いだった。これはハートが関わってくるもの。表に出るのは少しまずい沙汰だ。
 私が真っ先に連絡したのは、友松さんのお兄さんの友松見也さんだ。彼は私を電話越しに落ち着かせてくれ、なんとか冷静になった私はまず状況を伝えた。
 その後見也さんと彼の部下の青海さんという方が来て、二人を周囲に気が付かれないように運び、病院のような施設に着き、そして今、私は施設のソファに座っている。

 ほんの一瞬にも感じる出来事だったが、私の心は多分完全に取り残されている。今の現状を把握出来ていない。彼らに何があったのかすら、私は知らない。
 そして、『私』も返事をしようとしない。何度頭の中で呼び掛けても反応がない。無理矢理外に出す事も考えたが、こんな事は初めてなのだ。迂闊な行動は避けるべきだと考え、私は無知なままでいる。

「……ねぇ……『私』……」

 声に出してみるが、相変わらず彼女から返事が無い。

「どうして、返事してくれないの……?」

 何よりも、私は一番気になっていた。

「どうして、こんなに悲しい気持ちなの?」

 私と『私』は心を共有している。だから、私の強い感情は『私』に伝播するし、その逆もある。

「答えてよ…………」

 でも、彼女は何も言わない。

「君、そこで何をしているんだい」

 ふと、聞き慣れない声が掛けられた。そちらの方向を向くと、見た事のある顔があった。人口色の金色の髪に、男にしては長い髪。そして教会の神父の服。

「八取さん……?」
「おや、覚えていてくれたのかな。まぁ、流石に数週間前に会った人の顔くらい、頭の隅には残っているものか」

 彼は意外そうにそう言った。恐らく彼は私に対して『私』と同じような印象を抱いているのだろう。……そう考えるなら、その反応は分からなくもない。

「どうして……ここに……」
「なぁに、ちょっとした協力を求められてね。ま、友松兄弟には借りがあるから、ここらで返しておくかと思ってね」

 彼はそう言って、私と少し間を開けて隣に座る。

「……浮かない顔だね。心配事かい?」
「……別に……」
「友松共也の事かな?」
「……だから、違うって言ってるじゃないですか……」
「じゃあどうしてそんな顔してるんだい?」
「……これが普通なんです」
「……流石に、言い訳が下手なんじゃないかな。君は」

 困ったように頭を搔く彼。もしかしたら私が想像していたよりも大人しいといった事を思っているのかもしれない。

「ま、それならいいさ。虚勢を張るくらい元気があるなら、ね」

 彼は溜め息を付いて立ち上がる。私に呆れたのだろう。変に意地になって困らせてしまったことに若干の罪悪感を抱くが、それを謝る行動力は、私にはない。

「和泉(わいずみ)教会」
「……え?」

 彼は私に背を向けたまま、そう小さく呟いた。

「僕の務め先だ。話したいことがあるなら来るといい。学校の放課後なら、丁度僕の仕事も落ち着いてくるだろうし」
「…………私は貴方を、一度殺したんですよ」

 彼の言葉が申し訳なくて、撤回させるためにこんなことを言うなんて、自分でもどうかしていると思った。
 彼はどう反応するだろう。怒るだろうか。黙るだろうか。それとも血相変えて逃げるのだろうか。何れにせよ、もう私には関わってこないだろう。そう思っていた。

「君」

 だが、彼はこう言った。

「あまり僕を舐めるなよ」

 その言葉に、喉が詰まりそうになった。

「きっとこう思っているんだろう。こう言えば自分には関わってこないだろうって」

 だが、と彼は強い声音で続ける。

「僕は仮にも神を信じる者の端くれだ。悩める者を導くのもまた当然の事。そこに差はない。例え殺人鬼だろうが関係無いんだ」

 そして、彼はこう言い残して何処かへ行ってしまった。

 ──僕は殺されたくらいで怯みはしない。


 彼が何処かへ行ってしまった後、私は暫く座り込んでいた。何をする訳でもなく、ボーッとしていた。驚いていたのかもしれない。

 それから少し経った時、唐突に、大きな声が廊下に響いた。少しだけ驚きつつも、気になってそちらにゆっくりと歩いていく。
 部屋の前で、二人の人が話していた。一人は知らない誰かで、もう一人は見也さん。そしてそのすぐ側に青海さんが立っている。
 彼らの表情は至って普通だ。だが、ほんの少しだけ、良くはない雰囲気がした。

「……共也の容態について、了解した」
「では、私はこれで」

 男性が何処かへ去っていった時、見也さんは私に気が付いたようだった。

「……あの……共也さんは……」
「…………」

 彼は、何も答えない。
 暫く沈黙が続いた後、青海さんが沈黙を破った。

「見也様、ここら見せた方が早いでしょう」
「……そうだな。青海、頼む」

 すると青海さんは部屋の中に入っていく。見也さんから手招きされて中を覗き込む。
 中にはベッドの上で上半身を起こしている共也さんがいた。特に何をする訳でもなく、外を見つめている。
 まるで、何かを考え込むように。
 でも何も変わりない。彼だ。共也さん以外の誰でもない。何も変わった様子もない。特に大きな怪我をしている訳では無い。

「共也様」

 その声に、最初は彼は反応しなかった。
 だが青海さんの目線に気が付いてから、ようやく彼は青海さんの方を見る。
 その反応は、違和感以外の何物でもない。

「……すみません」

 彼は唐突に謝り、何気なく言った。
 あまりに不自然過ぎる、一言を。

「それって、俺の事ですか?」

 一瞬、理解が追い付かなかった。
 名前を呼ばれていて、こんな対応をする人間がいるだろうか。いや、いない。でも、共也さんはまさしくそれをしている。

「……何が、起こってるの」

 誰に言ったわけでもない、不意に口から出た問いに、返したのは見也さんだ。

「……驚かないで聞いて欲しい」

 そして、見也さんは一度目を伏せ、息をゆっくりと吐き出してからこう言った。

「共也は、記憶を失っている」

 簡単なはずのその言葉を理解する為に、私は多くの時間を費やした。



《英雄心理(終)》

次話>>87   前話>>85

Re: ハートのJは挫けない ( No.87 )
日時: 2018/12/03 17:55
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ

 目を開けると、そこは知らない部屋だった。
 ゆっくりと上体を起こし、周囲を見回す。明らかに、自分の部屋ではない事は確かだ。更に言うなら作りはドラマなんかでよく見る病室そのものだ。本来ならば異常な事態ではあるが、不思議と心は落ち着いていた。

「おや、起きたかな」

 その声の方に目を向けると、長い金髪が特徴的な男がそこに座っていた。どこの宗派かは分からないが神父のような服装だ。

「……ここは」
「さぁね。僕もここはよく分からない。でも危険な場所じゃあない。……僕にとっては、ね」

 男の若干不明瞭な言い方に違和感を覚えるが、とりあえず記憶の整理を優先する事にした。

「……僕は……」

 段々と記憶が戻って来る。
 勿論、思い出したくないようなものも伴って。

「……負けたのか…………」

 友松共也にも、四宮にも、僕は負けた。その事実は確実に僕の精神を抉る。頭を振って無理やり思考を切り替えつつ、今に集中しようと頭を回す。
 まず、ここは何処だ。それが疑問だ。僕の予想が正しいとすれば、友松共也に関連するもの、もしくは病院だろう。だが病院にしてはこんな知りもしない男が目の前にいるのは異常すぎる。姿からして間違いなく医療従事者ではない。
 取り敢えず起き上がろう。そうしようとして、気が付く。
 片手に手錠が掛けられていて、それは僕が寝ているベッドに繋がれていた。

「な──」
「一応、保険を掛けさせてもらったよ。万が一、僕が君にやられでもしたら困るからね」

 目の前の男が驚く僕にそう言った。
 だがそれでもすぐに動揺は収まった。取り敢えず分かったのは、ここは間違いなく友松共也関連の場所であり、目の前の男もまたあちらの味方ということだ。そうと分かれば早い。さっさとハートの力でこの場を打開するだけだ。
 まずは釘を具現化させて手錠を破壊する。そう考え、手に釘を呼び出す。

「……は?」

 しかし、何も起きない。

「……何故……?」

 何度試行しても、ハートが一切反応しない。

「悪いけど、君のハートは取り上げさせてもらったよ」

 金髪の男がそう言い、ポケットから青白い光を放つ炎が入った瓶を取り出す。明らかに不自然なものだが、ハート関係と言われれば素直に納得できる。

「……何だと?」
「僕の名前は八取仁太郎。しがない神父さ。僕はハート持ちでね。他人のハートを奪う事が出来るのさ」
「そんな……!」
「僕だって好きで使ってる訳じゃない。でもさ、人として借りくらいは返しておきたいだろう?」
「何が言いたい」
「ま、君のハートは文字通り僕の手の内って事さ」
「……返す気は?」
「今のところは無いね」

 この言い回しから察するに、どうやらこの男は本当にただ力を貸しているだけで、僕の敵というわけでは無く、かと言って味方でもないらしい。
 と、そこまで考えたところで、この部屋のドアが軽快なノックの音を立てる。そして入るぞと低い男の声が向こう側から聞こえた。直後、扉を開いて入ってきたのは、正しく大男としか言いようがない人物だった。
 黒いスーツを身にまとい、飾り気のない腕時計。そして何よりも目を引くのは、その背丈と肩幅だ。目の鋭さも相まって、僕は直感的にこう思った。
 この友松共也に、似ている。
 男は人を威圧感のある視線をこちらに向けつつ、こう問うた。

「君が、一条正義か?」

 一瞬、息が詰まった。
 意識して呼吸をしなければ、その事すら忘れてしまう程に、その男が恐ろしく感じられた。ただでさえ大きな姿が何倍にも見える。

「あ、ああ」

 辛うじて生返事を返すが、これが限界だ。大男は鋭い眼光のまま、そうか、と一言だけ言い、金髪の男に声を掛ける。

「それが、彼のハートか?」
「そうだね。……渡しとくよ。僕が持つより、君が持ってる方が100倍安全だ」

 大男は僕のハートの入った瓶を受け取ると、それを持って僕の方をじっと見詰める。なんだこの男は。何者なんだ。一体どうして僕はこんなところに居るんだ。
 そうやって、僕は脳内で嘆いた。何もわかっていない自分の圧倒的不利な状態に。何も出来ない不甲斐なさに。
 そう、頭の中で。

「俺は友松見也。お前にさっき世話になった共也の兄だ。仕事でここに居る。お前は共也や乾梨と共にここに搬送されただけに過ぎない」

 だがこの男は、まるで全て見抜いているかのように、僕の頭の中の疑問一つ一つに答えた。この瞬間、僕は悟った。

 この男に、僕は勝てない。






 八取と呼ばれていた金髪の男が立ち去ってから、僕は友松見也という男と二人きりになる。
 相変わらず鋭く張り詰めた威圧感を放つ男は、僕のことをじっと見ている。まるで何かを観察するかのように。僕の中のことを透かして見ているかのように。
 それから暫くして、彼は唐突に立ち上がり、僕を呼んだ。

「一条君」
「…………な、なんだ……」

 名前を呼ばれるだけでも、はっきり言って精神的に良くない。それだけで心拍数が跳ね上がるのを感じる。

「……君は……」

 男の言葉に何が続くのか、僕は固唾を飲んで待つことしか出来ない。最悪、僕はこの後ろ次第で今後の生死が決まると言っても差し支えない。そう考えた時頭の中に恐怖の二文字が過ぎる。だがそれでも、固唾と共にそれらを飲み込み表には出さないようにする。せめてもの、僕の最後の意地だった。
 そして、彼の言葉が放たれた。

「……コーヒーと紅茶……どちらが良い?」

 こーひーとこうちゃどちらがいい。
 なんだこの言葉達は。カタカナ言葉か。何かの拷問器具か。どちらが良い、だと。僕に選ばせる気か。クソ、どちらが正解なんだ!? 僕は英語はそんなに得意じゃないんだ。こんな所になるならもっと真面目に授業を受けておけばよかったと今更後悔するが、既に遅い。

「……何か、勘違いしていないか」

 男がそう言った瞬間、背中にぞわりと悪寒が走る。まさか、どちらがセーフでどちらがアウトという問題ではなく、どちらもアウトな問題だというのか。どちらも生き残る余地がないような凶悪な物なのか。この男、思ったよりも鬼畜だ。いや、僕が油断していた。自分の甘さに歯噛みする。
 何れにせよ僕は逆らう術がない。黙って享受することしか出来ない。

「……コーヒーでいいな」

 しまった、と思うがもう遅い。彼はしびれを切らしたのかそのまま部屋から出ていってしまった。クソ、不味い。あの様子ならキツイ方を用意してきても全く不自然ではない。失敗した。
 だが悔やんでいる暇はない。今はとにかくこの手錠をどうにかするべきだ。だが手錠の内側には変にモコモコとした素材が付いていて細部が見にくい仕様となっている。なんていやらしい構造をしているんだ、これ。

 そうやって手錠との悪戦苦闘の挙句、僕の手錠は外れることは無かった。

 そして、大男が持ってきたものは僕の想像よりも苦く、少し暖かいものだった。


次話>>88   前話>>86

Re: ハートのJは挫けない ( No.88 )
日時: 2018/12/17 21:32
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ

 コーヒーが飲みやすい温度になってから、ようやく目の前の男は口を開いた。

「……落ち着いたか?」

 訳が分からない。その一言に尽きる。僕のこの男に対する感情は、段々と恐怖から困惑へと変化していた。この風貌や威圧感は間違いなく相手を脅す類のものであるにも関わらず、茶を入れるだの気を遣うだのと相手を宥める行動ばかり。矛盾したそれらを前に僕の思考回路は焼き切れそうになっている。
 目の前の男は値踏みするような目で見た後に、重々しく口を開いた。

「…………まあいい、本題に入ろう。一条正義、君は何者だ?」
「……僕が言うとでも?」

 なんとか気丈に切り返すが、それでも歯切れがいいとは言えない。一方、友松見也はじっとこちらを見ている。それこそ、人を殺しそうなくらい鋭く。
 この男は苦手だ。僕の全てを見透しているかのようで、自分の心の防御壁が全て意味を成していない気にさせられる。彼が僕に訊いてくる事も、本当は全て分かりきったことなのではないかと、そう思えて来るのだ。

「……やれやれ。何が君をそうさせるかは知らないが……無駄でしかない」
「それでも僕は話す気なんてありませんよ。残念ですね」

 軽い嘲笑を最後に入れたつもりが、上手く笑えなかった。そんな僕の余裕の無さを悟ってか、彼は特に反応を示さなかった。
 それからまた暫く間を置いて、彼は再び口を開く。

「……君は、自分の事を覚えているのか?」
「覚えてますよ。何言ってるんですか?」
「……ほう、なら俺の弟を狙った目的も覚えているか?」

 やはり弟である友松共也の件が気になっているのだろうか。勿論覚えているが、敢えて言ってやるまでもない。
 そう、僕はこの時に気が付くべきだったのだ。どうしてこんな具体的な例を挙げて記憶の有無を訊ねたのかを。まるでそこの有無のみが気がかりとでも言いたげな言い回しを。

「そんなの覚えて……」

 そこまで言って、言葉が止まった。

「あ……」

 思い出そうとした。
 思い出せるはずだ。
 だけど、何故かは知らないが、頭には何も浮かばない。

「……なんで……」

 何か大切な事が、思い出せない。
 僕が心の支えにしていた何かが。大きなものが。確かにあったはずのそれが、それに関する記憶が、頭の中から綺麗さっぱりいなくなっていた。

「……やはり、な」

 彼の反応は、まるでこの事を知っていたかのようなものだった。至極冷静な口調で、彼は言う。

「君の記憶が消えている事は大体把握出来ていた。……恐らく、君を差し向けた者に関する記憶のみ、な」

 その言葉に納得してしまった瞬間、自分というものが頼りなくなって、僕は両腕で自らの体を抱きしめた。そうしないと、この薄っぺらい自分が何処かに吹き飛んでしまいそうで。
 支えの消えた自分が、酷く脆い気がして。
 急に怖くなって、体が震え始めた。変な汗が出始めた。そんな自分に困惑し、僕の心の中はズタズタのぐちゃぐちゃになっていた。

「一条君、一つ提案がある」

 不意に自分の名前が呼ばれ、そちらを振り向く。すると相変わらずの鋭い眼光がこちらに向けられていた。

「……?」

 何が、と言う前に、彼は返答した。

「俺の命令に従えば、君の記憶を取り戻させてやろう」
「ッ!?」

 彼の口から軽く吐かれた言葉に、僕は強く驚いた。彼の目を真っ直ぐ見つめると、彼は続ける。

「確証はない。だが出来る限りの事はしよう。幸いな事に、こういう方面のハート持ちを知っているのでな」

 そこまで聞いて、迷いなく了承しようとした。
 だが、寸で言葉を呑み込んだ。

「……何をさせる気ですか?」

 そう、これを聞いておかねばならない。
 自分に無理な事を言われてからでは遅いのだ。それこそ、上手い餌で誘導しようとしているかもしれない。疑うような目で彼を睨むと、向こうは小さくため息をついた。これは僕に呆れているのだろうか。それとも面倒に感じているのだろうか。何れにせよ、心地よいものではない。

「君は疑い深いな。……騙したりはしない。言葉に一切の偽りは無い。それは約束しよう」
「貴方の言葉をどうして僕が信じるとでも?」
「信じてもらわなければ、困る」
「貴方が困った所で、僕は一切困らないんですけどね」

 僕は言葉を返しながら、内心は緊張で一杯だった。相手の威圧感に相対するだけでも困難なのに、煽りや挑発を入れるなどやっているだけで精神が擦り切れそうになる。
 僕の言葉に何を感じているのかは知らないが、彼は一切表情を変えない。ひたすらに、こちらを見詰めているだけだ。緊迫した空気が漂い始める中、不意に彼はこう呟く。

「そうか。なら仕方ない」

 彼はそれだけ言って、ゆっくりと立ち上がった。そして、こちらに一歩前進する。その様子に若干恐怖し、こちらも一歩下がる。

「落ち着け」
「落ち着ける訳ないでしょうが!」
「……聞き分けの無い」

 そのままじりじりと後ろに追い詰められ、遂に背中が壁にぶつかった。そのまま彼は僕の前まで近付き、その大きな手をこちらに向ける。
 抵抗する気すら起きなかった。声を出さないようにするのが精一杯で、僕はその手を見ていることしか出来ない。
 それは、僕の片腕をガッシリと掴んだ。皮が固く、分厚い手だ。とても普通の人のものとは比べられないくらい大きい。そして力が強い。僕の腕力で引き剥せるとは到底思えなかった。
 彼は僕の腕にもう片方の手を近付け、何かを捻るような動作をした。痛みを堪えようとして、咄嗟に強く目を瞑る。

 ガシャ、と、まるで金属が落ちるような、そんな音がした。

 そして僕の腕は圧力から解放された。
 不自然に思って、目を開ける。

「な──」

 真っ先に目に飛び込んできたそれに、僕は驚かされた。

「……これで、信じてもらえるか」

 彼はそう言って、床に落ちている鎖付きの手錠を拾い、僕が寝ていたベッドの上に置いた。

「……何、やってるんですか?」
「こうすれば、信じられるか?」
「……馬鹿なんですか?」

 訳が分からない。僕を解放する理由は何だ。何が目的だ。何がしたい。分からない。僕はこの男が解らない。

「……そうかもな」

 そう言って、僕を真っ直ぐ見詰める彼には、何処か見覚えがあった。
 見たくもない顔が、頭の中にフラッシュバックする。

「……条件、教えて下さい」

 自分でも、馬鹿けているとは分かっている。
 でも、何故か自分は納得してしまったのだ。
 この男はきっと、嘘なんて吐かないと。


次話>>89   前話>>87

Re: ハートのJは挫けない ( No.89 )
日時: 2018/12/24 21:02
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ

 ぼーっと、窓の外を眺めていた。
 静かな街。光る太陽。青い空。流れる雲が無ければ時間が止まったのかと錯覚してしまいそうになるそれを眺めながら、私は何も考えてはいなかった。
 様々な事があった。一条正義さんの件。『私』の件。特に後者は未だに解決したとも言えない。
 そして私のすぐそこにも、未解決の異常はあった。

「…………えっと……」

 困惑したような声を出した彼に顔を向けると、彼は頭を掻きながら困った様子でこちらを見ていた。恐らく、なんと声を掛けていいのか分からないのだろう。主に名前が分からないせいで。

「乾梨ですよ」
「すみません……まだ名前が憶えられなくて……」

 申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる彼の顔は間違いようもなく友松共也本人だ。髪型こそいつものように後ろに流してはいないが、一見鋭いがよく見れば優しさのある彼の目は健在だ。
 そしてその目は、こちらをじっと見ていた。

「どうしました?」
「……いや……俺と乾梨さんってどんな関係だったのかなって……」

 その言葉に、少しだけ胸が痛んだ。でも悟られないように下手くそな作り笑いを浮かべて、友人です、とだけ返す。彼は、そうなんですか、とだけ返し、口を閉じた。

 共也さんは、記憶が無い。
 つい先日、何者かによって記憶が消されてしまったらしい。らしい、と言うのは現場に居合わせたのは私ではなく『私』の方だった為に、実際に見た訳では無いからだ。

「……すみません」
「え?」
「俺が記憶を失ってるから……その……貴方が困っている気がして……何言ってるんでしょうね。ほんと……」

 私の作り笑いはやはり下手くそだった。私に関する記憶を失った人にさえ、簡単に見抜かれてしまうような薄っぺらいものしか生み出せないのだから。

「大丈夫ですよ」

 そう言って笑おうとしたけど、うまく笑えなかった気がした。





 『私』は今、何故か全く私との交信を経っている。姿はおろか、声すら全く聞こえないという状態だ。
 その原因も、恐らくは共也さんが記憶を失った事が関係あるのだろう。だが、その記憶がある人は今、『私』を除けばこの場にはいない。そして『私』は、居ないも同然といった状態。このままでは正しく埒が明かないと言った所だ。
 共也さんの部屋を出た後、私は建物の屋上に出向いていた。風に当たれば、少しは気分が晴れると思ったのかもしれない。
 重たい鉄の扉に手を当てると、思ったよりも冷たかった。ドアノブからヒンヤリとした感覚がやけに体の中に伝わるのを感じながらそれを捻って押すと、涼しい風が私の前から後ろに吹き抜けた。
 相変わらずの青い空を見つめながら、すぐそこの壁に背を預けて体の力を抜く。一気に脱力感がして、そのまま完全に座り込んでしまう。
 昨日と今日で疲れが溜まっていたのかもしれない。特に昨日は、慣れない事、衝撃的な事が一気に襲い掛かってきたみたいな日だった。

「……ねぇ、そろそろ出てきてよ……」

 そんな言葉が、いつの間にか口から零れていた。
 それでも誰も何も返さない。周囲から見たら当然のことかもしれないが、私からすればそれは異常な事なのだ。

「……ねぇ、『私』……私だって、ホントはこんな事したくないんだけど……」

 私はゆっくりと立ち上がって、少し前に手を向ける。
 目を瞑って、自分の心の中を無理矢理引き出すような、中の何かを引き摺り出すような感覚で、私は片手に力を込める。
 すると、目の前に何か気配のようなものが現れたのを感じた。そっと目を開くと、そこには私とそっくりの人が居た。
 正確には、『私』が居た。

「…………あ"………………?」

 両手両足をだらしなく地面に投げ出して、カクンと首を下げた状態で座り込んだ彼女が、少しだけ驚いたような声を出した。

「…………強制的に呼び出したのかよ……」
「……ごめん、でも、どうしても聞かなきゃと思ったから……」

 彼女はずっと俯いたままで、こちらを見ない。そのまま、吐き捨てるように言った。

「もう、知らねぇよ」
「……え?」
「知らねぇ、そう言ったんだ」
「で、でもあの時は『私』が体に居たはずじゃ」

 私がそうやって言い返そうとすると、彼女は、急に頭だけを動かしこちらに目を向けて言い放った。


「知らねぇって言ってんのが聞こえねぇのか!」

 その一喝に、口から出ていた言葉が止まった。
 外の風が、流れる雲が、全て止まったような気がした。
 その目は、端的に言えば恐ろしかった。いつものような綺麗な赤ではなく、おどろおどろしい程に濃い紅色の瞳で、視線だけで食い殺しそうな程に鋭い目付きで、彼女は私を見る。

「…………」
「…………」

 お互い、沈黙が続く。視線は相変わらずぶつかりあったままだ。私は『私』から目を逸らすことも、瞬きさえも許されない気がしていたのだ。
 静寂を破ったのは、『私』の舌打ちだった。

「……知らねぇ。……アイツの事なんかよ」
「……それってまさか、共也さんの事?」

 返答もまた、わざとらしい舌打ちだった。

「……何が、あったの?」
「…………」

 彼女は何も言わない。同じ事はもう言わないと言わんばかりに、そんなの知らないと、そんな雰囲気で。

「『私』……どうしちゃったの……? そんな風に落ち込んでるの……全然貴女らしくないよ」

 これは、率直な感想だった。心からの、何一つない感想でしかなった。
 だけど彼女はこれを、笑った。
 鼻で、笑った。

「……なぁ……『オレ』……」

 そして彼女は、再びこちらを睨んだ。


「テメェはオレの……何を知ってんだ……?」

 何一つ、笑っていない顔で。見たことも無いくらい、冷たい鉄の表情で。

「オレらしい、ってなんだ?」

 彼女は続ける。
 冷凍されたように固まった言葉を並べる事を。

「テメェに黙って従ってりゃオレらしいか? テメェの呼び出しに応えてりゃオレらしいか? 悩みなんてねぇみたいな図太いツラぁ下げてりゃオレらしいのか?」
「べ、別にそんなこと」
「じゃあなんで言ったんだよ。オレらしくねぇ、なんてよ」
「そ、それは……」

 言い返せるはずなのに。違うって、そうじゃないって切り替えせるはずなのに。
 頭の中で言葉同士がぶつかり合って、変に混ざって、全く文が纏まらない。そのまま私があたふたして黙っていると、彼女は皮肉げに笑って言う。

「ほら見ろ。テメェはオレの事をなんも知らねぇんだ。……『私』なんて呼びやがってよ気持ち悪ぃ。テメェにとってのオレは都合の良い人形だろうが。変に当たり障りの良い言葉に改竄してんじゃねぇ」
「ち、違うよ! そんな風に思ってなんかない!」
「じゃあ……なんで返答出来ねぇんだ……? ほら、なんか反論してみろよ……」

 彼女は笑う。
 酷く、悲しそうに。
 彼女は口を歪める。
 乾き切った表情で。

 そんな彼女に、何故か私は何も言えない。
 言っては、いけない気がした。これ以上何か言うせいで、彼女を傷付けてしまいそうで。
 もしかしたら、自分が気が付いていないだけで、彼女をそういう目でしか見ていないのかもしれない。そんな事実かも分からないような事が、有り得ないはずの事が、もしかしたらあるかもしれないなんていうのが、怖くて。

「……別に構わねぇよ。オレは人形でテメェは主。最高じゃねぇか」

 彼女の口調はどんどん加速していく。強くなっていく。まくし立てるみたいに。責め立てるみたいに。

「ビジネスライクに行こうぜ。テメェは困った時だけオレを出して、好きなように使って好きな時に仕舞って好きな時に捨てりゃいい。ああお人形なんてそんなもんだ! オレだってなんにも変わりゃしねぇさ!」
「……もう止めてよ……! なんで、そんなこと、言うの……? 私は……! ただ貴女が心配なだけなのに!」

 私の言葉に、彼女は停止した。
 そして先程と同じような口調で一言だけ。

「心配って、綺麗な言葉だな」

 そして付け足すように、彼女は冷めきった言葉でこう残した。

「押し付けの同義語としては、な」


 そう言われた瞬間、自分の中の何かが砕けたような音がした。
 気が付けば、私の視界の中には、既に彼女は居なくなっていた。
 でもそれ以上に、今は寒くて仕方が無かった。暑いはずの夏の日の中、彼女の言葉が、まるで私の全身の熱を奪ってしまったみたいで、今にも凍りついてしまいそうだった。




次話>>90   前話>>88

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


E-Mail


URL


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大7000文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。