複雑・ファジー小説

ハートのJは挫けない
日時: 2018/07/29 14:02
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ

 能力バトル流行れ!(大声)

 新創作始めました波坂といいます。閲覧ありがとうございます。今回は能力バトル系を書いていきます。色々と至らない部分もあろうかと思いますがそこはどうぞ生暖かい目線で見守って頂けたらなと。

 一気読み用【>>1-100】 最新話>>74

 目次>>73

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→@namisaka_sousak

 略称はハジケナイです。

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Re: ハートのJは挫けない ( No.74 )
日時: 2018/07/29 21:09
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ

 朧気な映像が、俺の視界を埋め尽くしている。その中には俺の姿もあって、ホームビデオを観ているような感覚だ。
 見たくなんか、無いのに。

『お前は友松家の人間ではない』

 ああ、この声。懐かしい。
 そして胸が痛くて、苦しくて、切なくて、冷たくて、潰れそうになる。

『何故お前は力が無い? お前の兄も姉も、お前の歳では既に芽生えていたのだぞ』

 無力だった。ひたすらに、どうしようもなく、残酷なまでに。

『それでも私と同じ血を引いているのか』

 信じられないだろう。俺も今でも信じられない。こんな奴と血が繋がっているなんか。

『お前は、要らない存在だ』

 止めろ。その言葉を今すぐ取り消せ。
 なんて向こう側に叫んでも、その男に伝わるわけもない。記憶が変わるわけでもない。

『無力なお前は、何もしなくていい。何もしない事が、お前の役だ』

 その言葉を最後に、映像が揺れ動く。ノイズが画面を真っ黒に染め上げ、数十秒後、全く違う場所が映し出される。
 そこにも、俺は映っていた。

『共也、お前は悪くないんだよ』

 その声だけが、やたらと大きく響く。それは俺の記憶に根強く残っているせいか、他の声がどうでもよかったのか。どちらにせよ、聞こえる音は一種類だけ。

『共也、意志のある人になりなさい』

 ああ、そういえばこんな声だった。長い間見ていなかったから忘れかけていたが、思いの他人の記憶力とは凄まじいものだ。

『いいかい、この力は、人を救う為に使うんだよ』

 そうだ。この日からだ。
 俺が、人を救いたいと思うようになったのは。






「……またか……」

 目が覚めた。時刻は早朝。服は汗でかなり濡れていた。嫌な夢を見たことが気のせいではないことが、はっきり分かる。
 いつもより少し早い時間だが気にする程でもない。起き上がって朝の支度を始める。
 昔の事を夢に見るのは、珍しくもない。時々、こんな事があるのだ。頻繁にではないし、周期があるわけでもない。
 ただ、俺が幸せを感じている時。確かに幸福を感じている時に、それは訪れる気がする。

「……見たいわけじゃねぇのによ…………」

 ただ、最近は頻繁にこの夢を見る。もちろん思い当たる節もある。

「……あの時、引っ張り出しちまったからな」

 無川の一件で、俺は過去の一部を引きずり出さざるを得なかった。あの時は、生半可な想像や作り話で話にならないと考え、ブラックボックスの中身を引き出した。
 あの時、俺の中の何かが。悪い夢を抑えていた何かが抜けたのかもしれない。


 それから暫くして、いつのように滝水公園の入口で貫太を待っていた。少し早過ぎたかなと画面を確認すると、貫太が来るまでにあと十数分ほど余裕があった。
 何もすることが無い。取り敢えず携帯電話を開くが、特に着信などは無かった。携帯電話をしまいつつ、貫太がいつもくる方向を眺める。そこにはまだ誰も居ない。

「友松共也さん、ですか?」

 唐突に背後から声を掛けられた。いきなりと言うのもあって少々驚いてしまう。慌てて振り返ると、背の低い男子生徒がいた。俺より20センチほど低い。

「……そうだが?」
「ああ良かった。僕、あなたを探してたんですよ」
「俺を? 何の用だ?」
「まあまあ、そう焦らないで下さいよ。時間はまだまだあるんですから」

 今朝の夢のこともあってか、今の俺にあまり精神的な余裕は無かった。だからだろう。こんな奴の少しの物言いにイラッと来てしまうのも。
 暴言を飲み込んで、目を向けるだけにしておく。だが向こうは相変わらずのニヤケ顔でこちらを眺めてくるだけ。見た目は至って平凡な黒髪黒目。顔立ちは童顔寄り。そんな彼は手を振りながら微笑みかける。

「やだなぁ、怖いですよ?」
「……今、ちょっと内心穏やかじゃないんでな」
「ああそうなんですね。てっきり──」

 俺はコイツに対して『急に話しかけてきた変な奴』程度の認識しか持っていなかった。だが、コイツのこの一言でそれがひっくり返される。

「無川刀子の一件を終えて、スッキリしてたんじゃないかと思ってましたよ」

 無川…………刀子?
 こいつ今、間違いなく言った。誰も知らないはずの。俺達ハート持ちを除けば誰も知らないはずの事実を。

「……テメェ……!」
「あー、これはちょっと不味かったですかね。今のナシで」
「ナシになんかならねぇよ……!」
「いやー怖い怖い。このままじゃ交渉の前に捻り潰されること間違いなし。なんで端的にお話しますよ」

 そいつは俺の方から顔を逸らし、滝水公園の方角を向く。そして、ちょうど噴水があるであろう角度を指さしてこう言った。

「あの噴水で、放課後待ってますよ。あ、勿論一人で」
「オイ、テメェが何者かは知らねぇが、テメェの言いなりになる理由なんざこれっぽっちもありゃしねぇんだよ。何なら今からそのムカつくニヤケ面を目も当てられないくらい粉々にしちまってもいいんだぜ。こっちはよ」
「ヒェーゴリラ丸出しじゃないですか。人間として生きましょうよ。友松先輩」

 ソイツは顔を逸らしたまま、左目だけが見えるような状態のまま、こちらに目線をやる。

「それに、あなたは従わざるを得なくなる。いや、来なければならないハズだ。コレを見ればね」

 ソイツが顔を俺に向けた。全貌が見える。
 そして驚く。

「テメェ……! その右目は、その赤い目は……!」

 先程まで真っ黒だったはずの右目が、赤くなっている事。これは以前見た浮辺と同じ症状。つまり、コイツもまたハート持ちであり、誰かに作られたハートということ。

「ではこの辺で失礼しますね」
「お、オイこら待ちやがれ! 誰だテメェ!」

 踵を返して何処かへ去ろうとする彼の背中に、疑問を投げかける。

「一条正義(いちじょう/まさよし)。正義と書いてまさよしと読みます」
「そういう事が言いてぇ訳じゃねぇ!」

 だがその背中は既に居なくなっていた。
 誰だ彼は。何者だ。発言の節々や制服などから察するに、ウチの高校の一年生。後輩にあたる人間だ。
 だが違う。それだけではない。彼はハート持ちだ。ただ他のハート持ちとは何か違う点がある。
 まるで、ナイフを向けられているような感覚。あの瞳の奥に、ニヤケ面の裏側に、とてつもない敵意が潜んでいる気がした。

「一条正義……一体奴は……」

 話した時、変だった。性質の話だ。癖があるとはちょっと違う。掴み所がないというか、次の瞬間何をするかがさっぱり変わらない。そんな得体の知れない何かがあった。

「共也君、遅れてごめん」

 そこで貫太が到着したようだ。時刻を確認すると、既にそんな時間だった。
 歩きだそうとして、少し冷たい感覚がした。気がつけば、俺の体には冷や汗が伝っていた。



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Re: ハートのJは挫けない ( No.75 )
日時: 2018/08/06 08:16
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ

 僕は、ヒーローになりたかった。
 この夢が馬鹿らしいなんていうのは、今まで散々思い知らされた。何度笑われたか、数えるのすら億劫だ。皆、僕の言うことは冗談だって思っているだろう。
 別にそれはおかしくない。所詮は現実を見るとほざいて夢を諦めた敗北者たち。むしろ、僕の夢が理解できないのは当然のことと言える。
 そして僕は見付けた。ヒーローになるための、特別な力を。他の誰も真似出来ないような、不思議な力。そして、僕の為にある、僕の力。
 そしてその力をくれた、僕のヒロイン。彼女は言った。私はもうすぐ、何かと争う事になる。だから助けが必要だ。と。
 これは僕の物語だ。
 僕が悪役を、友松共也という敵を倒し、彼女を救うという、僕の為の物語だ。






 俺は朝学校についてから、真っ先にとある人物の元に向かった。二年四組を通り過ぎる辺りで、目当ての人物の背中を見つけた。

「おーい、乾梨」

 声を掛けると彼女は振り向いた。その表情は疑問を帯びていた。

「友松さん? どうしたんですか?」
「ああいや、ちょっとな……」

 まさか朝の出来事で乾梨の事が心配になったとは言えず、適当に監視の仕事などと言って誤魔化しておく。

『んだよ、朝から仕事かぁ?』

 乾梨よりも少し高めの声でそう聞こえたかと思えば、彼女のすぐ後ろに背後霊のような形で無川が空中に立っていた。服装は近所の中学校の制服だ。あの日以来、無川の姿が中学生時代の姿で固定されてしまったらしく、服装も当時の記憶に残っているものになったのだろう。

「……見れば見るほど亡霊だな……」
『喧嘩売ってんのか。呪うぞ』
「お前が言うと冗談に思えねぇよ」
『冗談じゃねぇよ』
「尚更悪いわ」

 ふよふよと浮かびながら俺と軽口を交わす彼女は、他の生徒には見えていない。というより、ハート持ち以外の人間には見えていないらしい。どうやら無川という存在そのものが乾梨のハートの一部になったそうだ。そのため、具現化しない限り無川は重力に囚われることもないし、ハート持ち以外から見られることもないとのこと。

『ここんとこオレは優等生ちゃんだったぜ。特に報告することなんざ、ありゃしねぇよ』

 無川は例の事件以降、謎の殺人衝動に駆られることは無くなったらしい。おかげでこちらも後数ヶ月程度で監視の役目は終わりそうだ。

「おー、いい子いい子」
『ナメてんのかテメェ』

 ムッとした様子で見てくる彼女だが、以前のように殺気が伴っている訳ではないため、威圧感というものが全くない。可愛らしいと形容できる表情に、ついつい煽りに歯止めが効かなくなる。

「はっはっはっ中学生から睨み付けられても怖くねぇよ」
『あ?』

 瞬間、彼女の視線が冷たく煌めく。やばい。何かのスイッチが入ったようだ。

「ワリィ、普通に怖ぇから止めてくれ」
『……次言ったら髪の真ん中だけ殺す』
「割とリアルにできそうな脅しは止めろよ!?」

 髪の毛の危機に思わず両手で頭皮を隠す。すると彼女は溜息をつきつつも目を伏せた。

『冗談だって。……二割くらい』
「ボソッと聞き捨てならねぇこと言うなよ!?」
『まあそれはどうでもいいんだよ』
「人の髪の毛事情をどうでもいいとか言うんじゃねぇ」

 無川が俺の方に飛んできて、俺に鼻同士が触れそうな程に顔を近づけてから訊いてくる。

『で、なんで共也がここに?』
「仕事だって言って」
『オレに嘘が吐けると思ってんのかよ』

 彼女の赤い瞳に、自分の内面が目を通して見透かされている気がした。彼女に嘘は付けない。直感的に、そう感じた。

「……心配だったんだ。乾梨と無川が」
『……は、はぁ?』
「本当だ。何か嫌な予感がした。2人に何かあったんじゃないかって」
『な、何アホな事、言ってやがる。お、オレがヘマするかっての』
「ま、それもそうだったな。ワリィ」

 彼女が急に顔を話してそっぽを向いたのが少しだけ疑問だったが、深く気にしないことにした。
 そこで丁度予鈴が廊下に鳴り響いた。2人に別れを告げ、俺は自分の教室へと戻った。





「……共也クンの様子デスか……」
「そう。なんか変なんだよ。今日」

 僕は朝から観幸に相談していた。登校するなり姿を消してしまった彼。流石に不自然すぎて、賢い友人に相談している。因みに今日の朝は愛泥さんと出会うことは無かった。何かあったのだろうか。

「ま、ほっときゃいいのデス。彼が隠す事は、基本的に自分の事だけデスから。それも知られたくないタイプの」

 僕の心配に反するかのように、観幸の返答は雑なものだった。

「でも……」

 僕がなにか言おうとすると、机を挟んで向こう側にいる彼は、若干身を乗り出しつつ、僕には釘を刺すかのように言う。いや、実際はそのつもりなのかもしれない。

「いいデスか? 一概に相手のフィールドにズカズカ入り込むのは良い行為とは言えないのデス。誰にでも、踏み入られたくない領域はあるのデスから。特に理由もなくそれに侵入するのは、相手からしたら大迷惑なのデス」

 真剣な眼差しに、何も返せなくなる。

「…………そっか」

 それでも何か返そうと思ったが、口から出たのは小さな相槌だけだった。

「……まあ気を落とさないでいいのデスよ。事実、ボクも普段明るい彼の調子が変ならば、気になりマスし」

 身を戻して彼が口にパイプを咥えながら、僕を励ますようにそう言った。

「……観幸って何だかんだ優しいよな」
「そうデショウ?」
「やっぱ撤回。そのドヤ顔ムカつく」

 褒めた瞬間に調子に乗る彼。やはり迂闊に褒めてはいけない。その満足そうな表情を保ちつつ、彼はそのまま言葉を続ける。

「フッフッフ、恥ずかしがらずとも良いのデスよ」
「どこに恥じらう要素があった」
「ヒア」
「ここにはないからな?」

 一呼吸おいて、彼は目つきを変えて話を戻した。切り替えの早いやつだ。

「ま、貫太クンの事デス。ボクがなんと言おうと、気になってしまうデショウ」
「……図星だよー。あーほんと読まれるなぁ」
「何年付き合ってると思っているのデスか」
「僕にはお前の思考が読み取れないけどな」
「フフ、探偵とはミステリアスなものなのデス」
「それ前も聞いた気がする」

 なんとなくだが前のことを思い出した。

「そんなに気になるなら実際に聞いてみれば良いのデス。真剣に聞かれて黙るほど、彼は不親切ではないデス」
「うん、そうだな。ありがとう観幸」
「不甲斐ない友人の相談に付き合うのも探偵の仕事デスので」

 それから何回か彼と軽口を飛ばし合っていた所にだ。

「すいませーん。針音貫太さんはいますか?」

 聞いたこともない声が、耳に飛び込んできた。それも、僕の本名付きで。少しだけ驚きつつも、音源の方を向く。
 そこに居たのは、至って平凡そうな男子生徒だった。黒髪黒目で身長も平均……僕より高いな……。制服の校章の色から察するに、恐らく一年生だろうか。少なくとも僕は、この学校で彼と一度も会ったことも話した事も無い、はずだ。

「えっと、僕が針音貫太ですけど……」

 席から立ってドアの方へと向かう。すると彼はこちらを認識したようで、どうもと頭を下げた。

「初めまして。僕、ちょっとだけ用事があって」
「はぁ……えっと……君は誰かな?」
「ああ、申し遅れました」

 彼は微笑みつつ自分の名前を言った。

「僕、一条正義って名前です。正義はせいぎって書きます」

 正義……なんか名前からして真っ直ぐそうな人という印象を覚えた。今も話している感じ、爽やかな男子高校生といった雰囲気だ。

「それで、一条君が僕に何の用かな?」
「出来れば正義って呼んで下さい。えーと、ちょっと話しづらいのでこっちに」

 彼は手招きをして僕を誘導する。暫く歩くと、そこは屋上へと続く階段。当然、人など来ない。

「……で、こんな所に連れ出して、何の用かな」
「ちょっと待って下さい。スグに分かりますよ」

 彼は暗くて良く見えなかった方から何かを持ち上げるような動作をした。そして、それを僕が見える範囲まで持ってきて、床に乱暴に落とす。
 それに、その人物に、僕は目を見開いた。

「……え……?」
「ほーら、見えますかー?」

 彼が示した方向には、隣さんが居た。壁に背を預ける形で、意識があるようには思えない。

「な、なんで隣さんが、ここに」
「いやー、割とさっくり行けちゃったもんだから、折角だから見せちゃおっかなって」

 彼がそう言いながら、愛泥さんの長い黒髪を弄ぶ。
 瞬間、僕は無意識の内にナイフを取り出し、彼に突きつけていた。内側から、熱い何かが燃え始める。

「……その手を退けるんだ。今すぐに。僕は、そこまで気は長くないぞ」
「はっははー。この人の事情になると怒りやすい……いや、身内かな? どっちにしろ、この人は貴方にとって大切な人な訳だ」

 だが彼は僕の脅しなんて無いように、しゃがみこんで隣さんの輪郭を指で沿うように撫でる。その光景が、より一層、僕の炎に油を注ぐ。

「分かったらさっさと隣さんから手を離せ」
「ははは。怖いなぁ先輩。そんな小学校に通っててもおかしくない体なのに、威圧感だけは物凄いや。小学生レベルで」

 こちらに向かって不敵な笑みを浮かべる彼。そこには爽やかさなど微塵もない、ただの下衆が居た。

「……いい加減にしなよ」
「落ち着きましょ。血の気が多いんだから全く」
「落ち着いてられないから怒ってるってのが、君には分からないのかなぁ?」

 だが彼は一切反省する気もないと言わんばかりにこう返す。

「いえいえ分かりますとも。むしろ分かるからこそこうやって焦らしてるんですよぉー。分かってないなぁー。これだから針音先輩は」

 僕の中で、スイッチが入れ替わるような音がした。この人間だけは許せないと。
 今まで会ったことのない人種だった。まるで、人の不幸を、苦しみを無条件に笑えるような、そんな人間とは、一度たりとも出会ったことは無かった。だが、一条正義とは明らかにそれに当たる人物だった。

「……」
「あー、無反応って結構傷付きますよー。僕みたいな人間は、相手の反応目当てに嫌がらせするんですから」
「……反応って、君を殴る事かい?」
「さぁ? この光景を見ても、そんな事が出来ますかね?」

 彼が指を鳴らす。すると、隣さんが立ち上がる。だが、その目は何の光も映し出していない。感情豊かな彼女は、そこにはいない。あるのは、体だけ。心というものが、感じられなかった。

「ククク、僕のハートの力です。どうです? 中々面白いでしょう?」
「な、何をしているんだ」
「体を動かしているだけですよ。別に害はありません。まあ、彼女は一切体の自由が効きませんけど」
「今すぐ止めろ!」

 僕の叫びに、彼はつまらなさそうな顔をする。コイツは、僕らのことを遊び道具としか捉えていないのだろう。
 僕の事はどうだって良かった。ただ、その中に隣さんが含まれていると考えると、ムシャクシャして仕方なかった。

「ちぇーっ。連れないなぁ。まあいいや。人形遊びとかもう飽きたし。じゃあ交渉です」
「交渉……?」

 彼はくるりと自分を回す。

「簡単なトレードですよ。僕のハートからこの人を解放する代わりに、今度は貴方に僕のハートを受けてもらう」
「……」
「おやぁ? おやおやおやおやぁ? だんまりですかそうですか。なら勢い余ってこの人形をぶっ壊しちゃうかも知れませんねぇ?」

 彼が制服から取り出したのは、大きなハサミだ。殺傷能力は、十分にある。

「や、止めろ!」
「はぁ?」
「わ、分かった。……僕にハートを使え。だから……隣さんには何もするな」

 彼は僕の言葉にそのハサミをしまい、笑ってこちらを向く。ニヤニヤと、楽しむような目付きを伴って。

「んー、まあいいでしょう。約束は守ります。じゃあ、避けないで下さいね?」

 すると、彼の手の平に巨大な釘が現れた。いや、どちらかと言えばボルトのような、ネジのような、そんな形状だ。

「……その赤い釘が、君のハートなのかい?」
「運命の赤い糸ならぬ、運命の赤いネジってどうです?」

 そして、彼がその杭を、僕の胸に突き刺した。痛くはないが、代わりに何か異様な気味の悪さのようなものが流れ込んでくる。

「打ち込むだけで、僕の傀儡の完成……ってね。期待してますよ。針音先輩」

 その言葉を最後に、僕の意識が真っ黒に塗り潰された。



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Re: ハートのJは挫けない ( No.76 )
日時: 2018/08/13 22:05
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ

 僕の意識が、真っ黒に塗り潰されていく。視界から色が消え失せつつある中で、僕は最後に言う。

「……正義君、君のハートは解かない方がいい」
「へぇ、まだ意識があるんですね。針音先輩。で、どうしたんです? 僕のハートの虜になりましたか?」

 表情筋だけでも動かして、精一杯の強がる笑みを作る。少しでも、彼の悔しがる声が聞きたかった。

「君のハートが解けた時、僕は君を後悔させる。僕達に手を出したことをね」
「へー。針音先輩が? いやいや無理でしょ」

 僕を鼻で笑う彼に、言ってやる。

「……なら試しに解いてみなよ。きっと、君にごめんなさいって言わせて上げるからさ……!」

 僕の最後の負け惜しみを。




 気が付けば、僕はいつの間にか教室から別の場所へと移動していた。確か、正義君から頼みがあると連れ出されたのだったか。

「針音先輩? 大丈夫ですか?」

 僕の前には、一人の男子生徒。確か……一条正義君、だっただろうか。
 周囲を見回すと、屋上へと続く階段だと言うことが分かる。薄暗くて、壁の角やらが良く見えない。

「ああ、ぼーっとしてた」
「そうですか……ビックリしましたよ」
「ごめん」

 イマイチ状況が整理できていない。気がついた時にはここにいたのだ。恐らくボーッとしていたのだろう。

「それで、頼みって何?」

 僕がそう聞くと、彼はキョトンとした表情を浮かべた。え、僕何かまずいことでも言ったのだろうか。
 彼は気まずそうに僕から目をそらしつつ、頬をかきながら僕に言った。非常に言いづらそうに。

「ええと……用事はもう終わったんですけど……覚えてません?」

 そう言われて、こちらが驚いてしまう。僕の記憶には、彼から頼み事をされた記憶はない。だが、何故か意識を失っていて僕の記憶は抜け落ちている。彼の発言を信用するしか無かった。

「そ、そうだったね」
「はは、意外と針音先輩って抜けてるところあるんですね」
「実はね……そんなに意外でも無いと思うけど。じゃ、僕はこれで」

 僕はそのまま彼から離れて、階段を駆け下りる。記憶が抜け落ちるなんていう、不思議というか怖い現象に遭ったのもあり、できるだけ薄暗いところに留まっておきたかったのだ。
 それに、何か嫌な予感がした。あそこに居てはいけない。居たらダメになる。そんな感覚がしたのだ。
 正義君と何をしたのかは分からないが、彼は特に悪い事とかしないタイプの人だろう。害がないなら、気にしないでもいいか。
 なら、さっきの感覚はなんだろうか。あの変な感じ。

 ──こんな風に考え込んでいたものだから、正義君が最後、ポツリと何かを言ったのに、気が付く事が出来なかった。

「……ちゃんと記憶が抜け落ちたみたいで、安心しましたよ」

 彼は、なんと言っていたのだろう。今となっては、それを知る術は無い。





 約束の場所へ向かった俺を待っていたのは、ベンチに足を組んで座る一条だった。彼はこちらに気が付くと、ニヤリと笑みを浮かべる。

「随分、ゆっくりしてたんですね」

 彼は公園に設置された、柱の頂点にある時計を見上げながら俺に言った。丁度時計は午後五時を示している。

「悪いな」
「まあいいですよ。ふふ、時間はたっぷりありますからね」

 彼はベンチの右端に寄ってスペースを作る。俺に座れと言いたいのだろう。だがそれを無視して、俺は柱に背を預ける。彼の纏う雰囲気からか、あまり近付きたいとは思わない。
 そんな彼はこちらを見た後、笑いつつも再び座る位置を戻す。そして口を開いた。

「端的に言うとですね」

 彼は座ったまま、こちらに右手を伸ばして言う。ニヤリと笑った目線が、こちらの体に纏わり付くような感触を覚えた。

「僕の、お仲間になりませんか」
「断る」

 反射的に、そう答えていた。

「やれやれ、話の詳細も聞かないうちに即答とか、僕も嫌われたものですね」

 彼はやれやれと言わんばかりに両手を中途半端に上げ、わざとらしい大きな溜め息をつく。

「話はそれだけか」
「少しは余裕って奴を持ちましょうよ。どうです? 続きはあの辺りを右に曲がって真っ直ぐ行った所にある喫茶店で」
「いい加減にしろ!」

 彼の回りくどい言い方に、思わず口調が強くなる。だが彼は俺の起こる様子をみて、一層そのふざけた笑いを深める。

「単刀直入に言え。お前は何がしたい」
「……対話を積極的に楽しもうとした僕がバカでしたね」

 彼は不満そうに立ち上がり、俺に相対をする。水が流れる音だけが響き、それが20秒程続いた後、彼は言葉を繋ぎ始める。

「僕は貴方に協力して欲しいんですよ」
「…………目的は」
「正義(せいぎ)の為、ですかね」

 その言葉を聞いて、余りに彼のイメージに沿わないものだから、笑ってしまう。

「お前が正義? 笑わせんなよ」

 俺が、そう言った。
 瞬間、彼がフラリと立ち上がる。
 そしてこちらを向いた。
 それはもう、ゆっくりと。

「は?」

 その目は──生きてはいなかった。
 正気も生気も、そのレンズには映されていなかった。そこにあるのは、深い黒。どこまでも続くような、黒い黒。
 口を開けた彼が、一歩、また一歩と俺に近づく。足音が一つ一つ近付いてくる。それは分かっている。当然理解している。
 だが、動けない。
 彼の目が、視線が、その瞳が、俺をこの場に縛り付ける。動くなと、訴えてくる。そして俺は、それに釘付けにされていた。

「僕はふざけてなんかいない」

 彼が胸倉を掴み、俺の顔を引き寄せる。そして、その深い黒を、俺の目に見せ付けるように合わせてくる。
 彼の目の底には、何も無い。一つの色で、満たされている。

「僕は今まで正義の味方を目指してきた」

 彼の力が、強くなる。
 その源は、俺への怒り。

「それに偽りなんて、何一つない」

 彼の瞳を見つめていると、本当に自分の中が侵食される気がした。何か、何か見てはいけないものを見てしまった気がした。
 だから、彼を思いっ切り突き飛ばした。体格差的に、当然彼は俺から離れる。だが、力がそこまで入っておらず、彼を地面に倒すには至らなかった。

「なんだテメェ! 急にこんなことしやがって!」
「……ククク……まあ良いですよ……」

 唐突に、彼は両手を大きく広げ、天を仰いで、これ以上ないくらい、清々しい笑顔を浮かべた。
 ネジが一つや二つくらい、吹き飛んでいそうなほどに、痛快な笑顔を。

「僕はあなたを打ち倒す! あなたを打ち倒し、あの化物を連れて『あの人』の元へ行く! 例え、貴方と化物を殺してでも!」

 狂っている。
 直感的に、そう感じた。
 コイツは他の奴らとは違う。自分や他人に酔ってるとか、その次元じゃない。もはやこれは、信仰に近いものだ。彼は、『あの人』とやらに、異常なまでの盲信をしている。

「おい」

 だが、そんなことはどうでもよかった。

「化物って、誰だよ」

 俺にとっては、そんなことよりも、もっと重要な事があるからだ。
 彼が姿勢を戻して、首だけを異様に傾けて疑問符を述べた。

「はい?」
「化物が誰かって聞いてんだよ!」

 返答によっては、俺はコイツを殴らなくてはならない。

「やだなぁ、貴方が一番良く分かっているでしょう? でも貴方は目を背けている」

 目の前のコイツは、俺の方に顔を寄せ、舌を伸ばしてニタニタとした笑みを浮かべる。
 そして、耳元でこう囁いた。

「彼女が」

 俺にとって、最悪の言葉を。

「無川刀子が、化物だって」

 瞬間、視界が一瞬だけ紅く染まった。

『友─梨─が化物だとな』

 そのセリフが、思い出したくもない過去と、重なる。

「無川刀子は、人間の皮を被った──」

 また、視界が紅く染まる。

『友──花は、人間の皮を被った──』

 止めろ。
 その先を言うな。

『「怪物だ」』

 聞きたくもない一言に、頭の中が振り切れた。
 思い出したくもない一言に、過去の記憶が擦り切れた。
 目の前の奴と、あの男が、重なって見える。

「殺すぞ」

 その言葉が、余りに自然と、口から出た。

 正義が、俺を見る。
 俺は、正義を見る。
 彼の瞳には、俺の瞳が映り込んでいた。

 俺の瞳と、彼の瞳は、驚く程に、似通っていた。



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Re: ハートのJは挫けない ( No.77 )
日時: 2018/09/21 17:04
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ

 俺と正義が目を合わせる中、向かい合う彼は、ふっと軽く笑って雰囲気を弛めた。

「お互い、取り乱しちゃいましたね」
「…………」
「やだなぁ、そんなに睨まないで下さいよ」

 何となくで張り詰めた雰囲気は、俺の中で消化不良のままとなった。だが正義はそんな事には構いもせずに、その口からペラペラと相変わらず掴み所のない言葉を吐く。

「ところで先輩。僕、一つだけ謝らなくちゃいけない事があって」

 彼は俺に申し訳なさそうな半笑いを浮かべて頭を掻く。だがそれは本気で反省しているのではなく、むしろわざとらしく取り繕ってこちらを煽っているとも取れるものだった。

「朝、言ったじゃないですか。一人で待ってるって。でも、不安だったので一人付いてきて貰いました」

 そういえば朝、彼は一人で待っていると言っていた気がする。
 不安だった、というのは俺が彼に襲い掛かる想定でもあったのだろうか。何れにせよ、俺にその気は全く無かった訳だが。

「はっ、最初っからそのつもりだったんだろ。で、何処だよ。お前の伏兵ってやつ」

 俺の言葉に、彼はその口の端を吊り上げた。
 瞬間、嫌な予感が、俺の背後を通り過ぎた。

「いやいや、伏兵だなんてそんな大層なものじゃないですよ。それに──」

 彼は右手をパチンと鳴らす。すると、彼の服の裾から赤い光のような、糸のようなそれが溢れ出した。咄嗟に身構えるが、それは俺の方に来る気配はなく、正義の右手首に巻き付き始める。
 数秒後には、彼の右手には腕輪が作られていた。六角形のその赤い腕輪は、まるでボルトを固定する器具であるナットのような形状だった。
 彼は少しだけ嬉しさ──というより、愉悦を含んだ声でこう言った。


「きっと、貴方の方が『彼』の事を知っているでしょう」

 コツン、と。足音がした。
 それは噴水の向こう側にいたようだった。今まで水の音で聞こえなかったようだが、それを回り込んで十分に接近した今、ようやく靴の音がしたのだろう。
 振り返ると、それの顔が見えた。
 見覚えのある、その顔が。

「お前……」
「………………」

 俺が呼び掛けても、彼は一切反応しようとしない。ピクリとも動かず、何も感じていないのではないかと疑ってしまう。

「……なんでお前が、ここに居るんだよ」

 よりによって、あいつの伏兵として。


「なんで、貫太が居るんだよ」


 表情筋の死んだ針音貫太が、静かにそこに佇んでいた。
 俺のすぐ横で、本性が覗いたかのように、正義は黒く笑った。
 瞬間、俺は正義の胸ぐらを掴んで持ち上げていた。彼の体は軽かった。

「正義テメェ! 貫太に何しやがった!」
「ぐぅ……酷いなぁ、急にこんな事するなんて……」
「さっさと答えやがれ!」

 俺の苛立ちとは真逆に向かうように、彼はヘラヘラとした笑みを崩さない。むしろ、俺の反応を楽しんでいるとも解釈できる。

「……忘れてるんですか?」

 彼は目を細めて笑った。

「僕はハート持ちだ。ただの無害な一般モブキャラ男子生徒じゃあないんですよ」

 そして彼は目を開け、それを見せた。
 紅く輝くその右目を。
 俺は油断していたのだろう。きっと、コイツが自らアクションを起こす事は無いだろうと、勝手に思い込んでいたのだ。だが結果がこれ。危機感の無い自分に苛立ちを覚えるが、今はそれ以上に正義に対して憤りを感じていた。

「ふざけんじゃねぇ……!」
「おっと、手を離してもらえます?」
「このまま殴ってやってもいいんだぞ……?」
「はぁー、じゃあ仕方ないですね」

 彼がそう言った瞬間、背後から何かが突き立つような感覚がした。咄嗟に首を回して後方を確認すると、俺の背中にはナイフが突き刺さっていた。
 貫太が投げた、ハートの力で作られたナイフが。

「ッ……!」

 いつの間にか、正義を掴む手の力が緩んでいた。彼は俺の右手を払うと、そのまま驚いて動けない俺を通り過ぎて、こちらに右手を向ける貫太の隣へと向かう。

「……何してんだよ……貫太……」
「…………」

 貫太は何も喋らない。
 いや、そこに貫太はきっと居ない。そこには心が無かった。彼から滲み出る雰囲気がいつものものとは違い、まるで人間性の欠片もない者が持つ冷徹なものと化していた。

「正義、まさかテメェ……」

 俺の頭の中で、まさかと思い浮かぶものが一つあった。
 それは、愛泥のハートだ。彼女のハートは人の心理を操り、動くように働きかけるというものだった。彼のハートも、似たようなものなのだろうか。あの右手に付いた赤い腕輪には、何か意味があるのだろうか。

「ま、多分大方予想は付くでしょうね」

 俺が思考を巡らせる中、彼は解答を提示した。

「僕のハートは、人を操る力である、とだけ言っておきましょう。現在、愛泥隣と針音貫太は既に手中に収めました。後は……」

 彼は左手に、先ほどの赤い腕輪と同じような材質の何かを、今度は左手に作り出した。それは、ネジのような形状をしており、先端は鋭利に尖っている。

「貴方と、無川先輩だけなんですよ」

 そして、彼はそのネジの先端をこちらに向けて、言う。

「大人しくして下さい。友松先輩。僕にベッタベタな脅迫のセリフを言わせる前に、ね」
「……クソ野郎が……」
「フッ、中々いい顔してますよ。今。僕を殴りたくて仕方ないって顔です」
「その通りだからよォ。その顔面差し出してくれねぇか」
「お断り、です」

 彼はそう言い切った後に、俺のすぐ前まで距離を詰めた。
 ここで拳を動かせば、今ここでコイツの顔面を凹ませることが出来る。完膚なきまでに叩きのめすことも可能だ。
 だが、万が一、俺が気絶させる前に、貫太に何かをされたら。
 それは、ばあちゃんの言うことに反する。
 俺には、できない行為だった。

「では、失礼しますね」

 彼は俺に、一歩踏み込む。
 俺はただ、その得体の知れない赤いネジを見ることしか出来ない。
 そして、先端部分が俺の腹部にめり込んだ。
 痛みこそは無いものの、それをされた瞬間に、俺の視界が、だが徐々に遠のいていくのを感じる。

「……後は、無川刀子だけですか……」

 このままでは、多分俺は意識を失うだろう。その後、どうなるかも分からない。もしかしたら、貫太のように、コイツの言いなりになるかもしれない。
 だが──それは、失策だろう。

「……俺を使って、無川を懐柔しようってか?」

 俺の言葉に、彼はその笑みを少しだけ崩した。

「だとしたら、失敗だぜ。その策とやらはよ」
「……負け惜しみですか」
「いやちげぇ。本当の事だ」

 こいつは何もわかっていないのだ。

「お前は知らねぇんだよ。無川が、俺なんか気にしてねぇって事をな。アイツは割り切って俺を殺すだろうよ」

 無川は、一度や二度なら躊躇いなく仮死状態にするだろう。それが例え、知人であろうともだ。
 つまり、俺という知り合いで責め立てようとしたコイツの策は、失敗という事だ。皮肉混じりの笑みで、力の限り笑ってやる。ざまみろと伝わるように。

「……そうですか。ありがとうございます」

 だが彼は最後までその様子を崩さなかった。意地でもあるのだろう。最後まで弱った姿なんか見せないという、彼なりの。

「テメェは無川に勝てやしねぇんだよ」
「不可能、ですか」
「ああ、そうだ」

 俺の返しに、彼はきっと悔しがるなり、残念がるなり、そんな反応を見せるだろうと、俺は思っていた。だが、彼が返してきたのは、その真逆。

「そうですか。それは……」

 彼の口から、予想外の言葉が飛び出した。

「とても、燃えてきますね」

 何を言っているのか、分からなかった。

「な、何言ってんだ?」

 俺の問いに、彼はこう答える。
 まるで、無垢な少年のような、彼のイメージとは真逆の笑顔で。

「だって、主人公(ヒーロー)って、不可能を可能に変えるものでしょう?」

 俺は、正義の最後の言葉の意味を、十分に理解しないまま、意識を真っ暗な底へと落としてしまった。


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Re: ハートのJは挫けない ( No.78 )
日時: 2018/09/21 17:04
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ

 あれから約20時間が過ぎた頃。俺は屋上に居た。
 すぐ隣には、あの正義がジュースを飲みながら隣の校舎を見下ろしている。他でもない、一条正義本人が。

「おい」
「どうしました?」
「どうしたじゃねぇよ」

 昨日、俺は確かにコイツのハートの力で意識を奪われた筈なのだ。貫太のあの様子を見る限り、恐らく釘を打ち込んだ他人の精神に干渉する力だろう。

「なんで俺の記憶を奪わなかった」

 俺の質問に、正義はストローから口を離して答える。

「さぁ?」
「答えろよ」
「特に理由なんて無いですし、僕には話す理由も無いです」

 素っ気なくそう言った正義に、思わず声を荒らげてしまう。

「……ああそうかよ!」

 クソが。今すぐにでもコイツを殴ってこんな茶番を終わりにしたいが、今の俺にはそれが出来ない。
 何故なら、封じられているからだ。昨日の出来事を正義以外に話す事。正義の事を他人に伝える事。そして、正義を攻撃する事。俺は今、奴のハートによって奴に不利な行動はできないようになっている。

「……別に僕は貴方と敵対したい訳じゃないんですよ」
「昨日は散々だったがな」
「ほら、雨降って地固まるとかなんとか」
「雨じゃなくて火災だったろ」
「それに、奪わない方が面白いんですよ」
「……?」

 その含みのある発言と共に、奴は再びストローに口を付けて視線を戻した。
 きっと、その顔は愉悦を浮かべていたのだろう。
 その心は、俺には分からない。

「……何、考えてんだよ」
「そういうのは言わないお約束ですよ。先輩」
「お前が何を企んでるのか知らねぇが、何もせずに黙っている程俺はお利口ちゃんじゃねぇぜ」
「へー。じゃあなんかしてみて下さいよ」

 瞬間、一歩踏み込んで奴の顔面に拳を叩き込もうと腕を振るう。

「バカですか?」

 だが拳は当たる直前で意志に逆らい、進行方向を変えて空を切った。正義は微動だにしていない。

「だから言ったじゃないですか。当たらないし当てられないって。今のちょっとイラッとしたんで、これ捨てといて下さい」

 正義が紙パックを投げ捨てると、俺の体は勝手に動き出した。屈んだのも、紙パックを拾ったのも、俺の意思ではない。操られているのだ。

「それじゃ、僕はこれで」

 背を向けたまま俺に言い残し、彼は屋上から立ち去った。紙パックでも投げつけてやろうかと思ったが、それは俺の手から離れそうにもなかった。無意識に動いてしまう右手によって。

「……分からねぇ」

 どうしても、分からない。
 こんなに完璧に俺を操れるなら、奴は何故俺に身投げなりなんなりさせて排除しない? 百歩譲って無川と乾梨を攻略する為に人質なりに使うとしても、俺に意思を残す必要なんてなかった筈だ。

 今まで味わったことの無い、気味の悪い感覚に悪寒が走り、俺はさっさとその場を離れてごみ捨て場に向かった。


 今まで昼休みだった為、掃除を挟んで五限目。当然、授業なんか集中できたものでは無い。だが安らかに眠ることも出来ず、苛立ちが積もるばかりだ。
 シャーペンを握り、取り敢えず板書だけしておく事にした。後から振り返るかどうか分からないが、しないよりマシだろう。
 黒板を写す中、教師の後ろが見えなくなった。良くあることだが、この教師は一度黒板に書き終えたら、その後は中々動かないのだ。その為、その場所を写し取るには授業後しか無い。
 結局、授業中に教師は動くことなく、終わってから俺は前に移動し、教卓にノートを置いて不明だった場所を写そうとして、ふと気が付く。
 文章の中に紛れた、『正義』の文字。
 気が付けば、俺は既にその文字を書き写し終えていた。

 それを見て、電撃が走った。

(文字に書くことは出来る。つまり、話せる)

 俺はすぐさま、脳裏に閃いた考えを行動に移した。




 ヒーロー、などというものは、特別な人間しか成れない。
 そんな事は知っていた。だから、そうなろうと頑張ったつもりだった。
 でもダメだった。何回も挑戦して、失敗して。でも逸材は悠々と飛び越えていく。僕が躓いた場所も、転んだ箇所も、飛び越えられないハードルも。涼しい顔で去っていくのだ。
 悔しさをバネにしようとした。失敗から何か学ぼうとした。自分を変えようと、必死になった。でも、その間にも逸材は進む。僕がまだ知りもしない場所へ。
 そしていつしか、諦めた。
 僕が止まった時、皆はきっとこう思った。いや、間違いなく思っていた。
 「ようやく夢から醒めたか」なんて。
 内蔵を引きずり出したくなるくらい、腹の中がムカムカした。掻き毟っても収まりようのない、内側で暴れる感情で、どうかなってしまいそうだった。いっそ、この体ごと無くなってしまえと、本気で思う程に。

「あら」

 そんな時だった。
 彼女が、僕を見つけたのは。

「どうしたの? 貴方はそんな素敵な心を持っているのに、何をしているのかしら?」

 僕が戻れなくなる寸前で、彼女はその手を僕に伸ばしてくれた。

「私? 私の名前は──」

 その時、僕は決めた。

「──よ。貴方の名前を教えて頂戴」

 この手を離したりなんてしないと。

「一条正義……」

 僕はもう、他のものなんて要らない。

「一条の正義(せいぎ)、良い名前ね」

 彼女が名前を呼んでくれさえすれば。

「正義君、私と一緒に──」

 彼女と共に、僕らの『正義』が守れたら。

「なにも、要らないんだよ」





「乾梨ぃー!」

 教室の内に向かって呼ぶと、案外近くにいた乾梨が一瞬だけ肩を上下させた後、こちらを向いた。その目は不安に近い何かを映し出している。

「ひゃっ!? ……と、友松さん……?」
「ワリィ、声が大きかったか?」
「あ、いえ、急に呼ばれたのでビックリしただけです……」

 手招きで教室の外に呼び、俺は軽く事情を説明した。

「スマン、急ぎの用があるんだ。屋上、来てくれないか?」
「でも……お仕事は……」
「仕事じゃねぇ。個人的な話だ」
『ふふふ、少しは落ち着いて下さる?』

 唐突に無川が乾梨から飛び出てくる。口調が以前のエセお嬢様になっていた。無論、姿は中学生のまんまである。ハッキリ言って、似合わない。

「無川、その口調と姿の組み合わせ、違和感の権化だぞ」
『あぁ!? 言葉遣い汚ぇとか言ってたのテメェだろうが!』
「そういうとこだぞ」

 いつもの無川に戻ったところで、2人に説明をする。

「悪いな無川。まあそんな事はとにかく」
『そんな事ってなんだ、コラ』
「ここじゃ話し辛いんだよ」

 最初は何を言っているんだと言わんばかりの様子の2人だったが、どうやら俺の真剣さが伝わったらしい。2人は分かった、とだけ答え、俺についてきてくれた。

 屋上に出てから、誰かに盗み聞きされないように扉から離れる。床の真ん中辺りに来たところで、俺は二人の方を見た。

「話ってのは……俺、今訳あってそれが出来ねぇんだよ」
『はぁ?』

 無川の気の抜けた声が出るのは予想の範疇だ。俺はポケットから折り畳んだルーズリーフを取り出す。
 ここには正義に関する一件の事が書かれている。アイツの詰めが甘かったのか、俺は奴に関することを言うことは出来ないが、書くことは出来たのだ。

「訳の分からんこと言って悪い。だがこれを読んでくれ。多分、全部分かる」
「えっと……それ、手渡してくれないと読めないんですけど……」

 無川が宙に浮けるものだから、乾梨も高低差は関係無いと思い込んでしまっていた。慌てて、それを乾梨に差し出す。



 突如として、腹の中から変な感触がした。慌てて左手で抑えると、そこが丁度、正義から釘を打ち込まれた場所だということに気が付く。

 無意識の内に、俺は右手の中のルーズリーフをグシャグシャに丸めていた。
 2人は驚きを隠せていない。そして、乾梨が目を見開いてこちらを見る中、俺は気が付けば、その細い首に両手を伸ばしていた。困惑しつつ解こうとするが、離れない。手が開かない。乾梨の首の感触だけが伝わってくる。

「まさか……!」

 俺は、見た。
 屋上の入り口に背を預けて、奴が立っているのを。
 彼の左手首には、赤い六角の腕輪があった。

「ありがとうございます。友松先輩」

 彼はとびきりの爽やかな笑顔でこう言った。

「僕の筋書き通りに泳いでくれて」

 手の平で、乾梨が弱っていくのを、確かに感じた。


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