複雑・ファジー小説

【THE MAID.】
日時: 2019/10/09 23:43
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM
参照: https://m.youtube.com/watch?v=uDhEtUl7U-A

「僕は───不本意ながらメイドだ」


イメージソング:Borderland(参照より)


登場人物

刑部 暦(おさかべ こよみ)
男。27歳。下向き糸目の女顔。
元々特殊部隊で傭兵をしていたが、突如として日本の一大実業家のひとり娘の、専属メイド兼ボディーガードとして転職させられる。ガン=カタを用いて戦闘する。メイド服の下には爆弾やら手榴弾やら機関銃やらナイフやらいっぱいに詰め込まれている。
かつて、あまりの強さに『デッドグロック』との異名を付けられていたらしい。本人曰く『ただの標的としてのあだ名のようなもの』。

法龍寺 尊(ほうりゅうじ みこと):キャラクター作成 河童氏
16歳JK。日本の一大実業家、法隆寺家のひとり娘で、暦が仕える主。やたらとSNOWで自撮りしたがりで、主に暦とのツーショットをよく狙う。それをSNSなどで載せたがる。今時のJK。暦の性別は初めから知っているのだが、メイド服のほうが似合う、という彼女からのお言葉により、執事服が暦のために用意されることはもうない。
実はある巨大組織から命を狙わらているらしく、それから守るために暦が呼ばれたらしい。本人は気づいてない。


おおまかなストーリー
特殊部隊の傭兵、そして『デッドグロック』として生きていた刑部 暦。しかしある日突然、日本の一大実業家から、ひとり娘のボディーガードとして来てほしいと依頼され、特殊部隊もそれを容認してしまい、転職させられる。そこで待っていたのは、ツッコミ疲れする依頼主の実業家夫婦とその娘。

そして『メイド服』であった。


ジャンル:日常/ガンアクション
年齢制限:なし
話数:10話程度


目次(仮)
プロローグ『シュガーソングとビターステップ』
>>1
第1話『空耳ケーキ』
>>2
第2話『桜のあと』
>>3 >>4
第3話『流星ダンスフロア』
>>5

Page:1



Re: 【THE MAID.】 ( No.1 )
日時: 2018/05/30 18:55
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM

 あたりいっぱいに広がる、硝煙のにおい。地面に散らばる薬莢。目の前に広がる、人の山。それらの殆どは穴が空いていたり、無残に切り刻まれたあとがある。みなどれもこれも、生きていく上での経験値の残りカス。少なくとも、今この場を作り上げた彼───『デッドグロック』はそう思っていた。
 代わり映えのしない日常。ただひたすらに戦地へ赴き、戦果を上げて、帰ってくる。たまに潜入捜査して、ホシを見つけてたぶらかして、戦果を上げて帰る。たったそれだけのこと。それが彼にとっての当たり前の日常であり、退屈な日々であった。だがこれしか、彼に与えられた仕事はない。他をやろうにももうおそすぎる。今から何かをしようたって、結局はこの場所に戻ってくるのだろう。彼はため息をつく。
 手にしたグロックはもうどれくらいの付き合いになるだろうか。思えば手元に握られていたのは、このグロックだった。何をするにしてもこれが一緒だった。でもそろそろ見飽きたかもしれない。彼はつまらなさそうにグロックをホルターへ入れ、本部へと戻ることにした。





「は?」

 間抜けた声が本部にある部屋に響く。普段糸目であるその目を、カッと開いてしまうくらいには彼は今驚いていた。目の前の会話相手は、彼のその反応に大笑いしているが。
 事の発端は少し前。戦地から帰還した後、突然上司からよびだされた。一体何かしでかしてしまっただろうかと、恐る恐る来るように言われた部屋へ入ると、見たこともない笑顔で上司は彼を迎え入れた。何を言われるのだろうかと警戒していたら、上司から出た言葉は彼を呆然とさせるのに、十分な破壊力を持っていた。

「お前女子高生のボディーガードになれ」
「は?」

 そうして今に至る。目の前の上司は何を思ったか、1回吹き出したあとに腹を消えて笑っている。そんなに面白いのか。全くわけがわからないし、そもそも放たれた言葉の意味がわからない。ボディーガードになれとは、女子高生とは。
 目の前の上司は少し落ち着きを取り戻すと、改めて話し始める。少しだけ広角が震えていたのは見なかったことにしておく。

「依頼が来たんだ。お前日本の一大実業家の、『法龍寺家』って知ってるか?」
「ええまあ。最初は巫山戯た名前だなと思っていました」
「その法龍寺家からの依頼だ。ひとり娘の16歳の女子高生のボディーガードに足り得る人間をくれってな。んで色々検討した結果、選ばれたのがお前だ、喜べ」
「いやいやいや何勝手に話を進めてるのですか」
「で、仕事の開始なんだけどな」
「まともに話を聞く気はないのですか」

 ひょいひょいと話を進めていく上司に、彼はため息すら出ない。どう反応しろというのだ。というか自分がその依頼を快く引き受ける前提で、話を進めているこの上司。彼は頭を抱えた。

「明日からお前法龍寺家な」
「は?」
「で、しばらくこっちの仕事は辞めだ。法龍寺家のボディーガード、かつ使用人として仕事しろ。いいな?」
「そんな急な仕事持ってこられても」
「い、い、な?」

 笑顔で、圧をかけながらそう言われてしまっては何も言い返せない。拒否できない。彼はため息をついて、仕方なく了承することにした。

「わかりました、わかりましたから…」

 かくして彼───刑部 暦は、法龍寺家のボディーガードに転職することとなったのである。


プロローグ
『シュガーソングとビターステップ』


 時と場所は代わり、日本、法龍寺家。その門前に、彼はキャリーバッグとリュックを携え、立っていた。

「……でかいな」

 つい口に出してしまうほどの屋敷の異様な大きさ。見るものを圧巻する大きさだった。こんなところに、今日からボディーガードとして仕事をすることになるのか、と、彼はひとり苦々しげに屋敷を見上げる。意を決して何故か取り付けられている、庶民的なインターフォンのボタンを押し、返答を待つ。しばらくすると、やたらと大きな門扉が開き、向こうからひとりのメイドらしき人物がやってきた。
 メガネをかけた老人、だが老人と思わせぬような背格好をしたその人は、暦を見てふっと表情を和らげる。

「お待ちしておりました。刑部暦様でいらっしゃいますね」
「ええ。はじめまして。刑部暦です」

 すでにこちらの名前を知っていたようで、メイドはうやうやしく頭を垂れた。暦もそれに習うように頭を下げる。本部の方から連絡を入れておいたのだろうか、いやそうであるに違いない。でなければここでの手続きは非常に、面倒なものとなっていただろう。

「私(わたくし)、法龍寺家メイド長を務めております、山田と申します。これからどうぞ、よろしくお願いいたします」
「(普通の名前だ…)はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
「それではお部屋にご案内させていただきます。どうぞこちらへ」

 山田と名乗ったメイド長は、暦を背後にして歩き始めた。暦もまた、その後を追うようについていく。
 しばらく歩いていると、山田は何か思い出したように、歩きながらだが暦に聞いてくる。

「そういえば刑部様。性別は男性で宜しいでしょうか?」
「ええ。それが何か?」
「……なら、旦那様と奥様が間違えられたのかしら。それともお嬢様?」

 なにやらブツブツと独り言を話し始めた。暦はその山田に訝しげに声をかける。

「あの、山田さん」
「あ、ああ。大変失礼致しました。コホン」

 そうこうしているうちに、目的地へたどり着いたようで、山田はある扉の前で止まった。

「こちらが本日より、刑部様のお部屋となります。ご自由にお使いください。お部屋に服を用意させて頂きましたので、そちらにお着替えになりました頃を見計らって、お迎えに上がらせて頂きます」
「旦那様と奥様への謁見……でしょうか?」
「はい。間違いございません。では」

 山田は深く頭を垂れると、暦に背を向けてその場から去っていった。気になるところは数あれど、とりあえずは着替えてしまおう。そう考えた暦は自室とされた部屋の扉を開ける。
 開けた先の部屋はとてもきれいなものだった。これが使用人、ボディーガードに与えられる部屋なのかと思うほど。そして次に目に入ってきたものは。

「……はっ?」



1着の、『クラシカルタイプのメイド服』であった。



プロローグ 終

Re: 【THE MAID.】 ( No.2 )
日時: 2018/06/03 22:33
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM

 そこに服がある限り、それを着なければならない。暦はしばらく呆然としていたが、時間はまってはくれない。このあとに依頼主である夫婦に会わなければならないのだ。いつまでもこうして突っ立っているわけにも行かない。ため息をついて諦めて、そのメイド服を手にとって袖を通した。

「ぴったりだ…」

 恐ろしいほどぴったりだった。まるで何もかも、全てが暦の体型にあわせて作られたようである。昨日の今日で、こんなにピッタリのものが作れるのだろうか。流石に無理だろう。というよりなぜメイド服が支給されたのだろう。ご丁寧にヘッドセットまで。全くわけがわからない。
 ふとスカート部分に妙な重みがあるなと感じた。気になってめくってみれば、スカートの内側に銃火器が、所狭しと仕舞われていた。中にはナイフや爆弾まで。完全に自分のために用意されたものだろう。暦は本日何度めかわからないため息をつく。
 着替え終わったことだし、外に出て待っていようかと思った矢先、軽くノックが3回鳴らされる。はい、と暦は応えた。

「そろそろ旦那様と奥様の所へ向かいましょう。お服は宜しいですか?」
「え、あ、はい……」

 困惑しつつも、暦は扉を開き、外に出た。外ではメイド長の山田が立っており、メイド服を着て出てきた彼を見て、やはりどこか訝しげな顔をする。何かしてしまっただろうか、無意識のうちに。暦は山田さん?と声をかける。

「っ、失礼しました。それでは参りましょう」
「はい」

 山田と暦は、何かが引っかかったまま、依頼主である夫婦のもとへと向かった。





 暫く歩いたあと、山田はある扉の前でピタリと足を止める。暦もまた同じように歩みを止めた。ひときわ大きな扉だ。しかも他の扉と作りが違う。法龍寺家の象徴なのか、わざわざ龍の装飾がところどころされてある。
 山田は軽くノックを3回する。

「山田、入ります。刑部様も入られます。今宜しいでしょうか」
「構わない」

 山田がそう言うと、中から通った声が帰ってくる。声からして『旦那様』の方だろう。山田は扉を開き、暦を先に入れて自らもまた部屋に入り扉を閉める。先に中に入った暦は、少し背筋を伸ばして、依頼主である夫婦を真っ直ぐに見据える。事務机と思しきそれの前に座る、いかにもな男とその隣に立つ、いかにもな女。反対方向にいるはおそらく、その男女の娘なのだろう。手に持っているスマフォを、なぜこちらに向けているのかは気にしないでおく。

「はじめまして。刑部暦と申します。此度よりこちらにて───」
「ああそんなに堅苦しくしなくて大丈夫だ。分かってるから。暦くん」
「は、はい…」

 とここで暦はふと気がついた。今この人は、メイド服を着ている僕を、暦くんと呼ばなかっただろうか?いや、事前に連絡は入れてあるから、性別はとっくにしてっいるはずだ。ではなぜメイド服を用意したのか?それとも別の人間が用意したのか?疑問符が浮かび上がり、それはどんどん増えていく。

「私はこの法龍寺家の当主、法龍寺芳雄だ。こちらは妻の法龍寺光子」
「よろしくね暦くん」
「はい、宜しくお願いします…」
「そしてこちらが、今日から君にボディーガードになってもらう娘の、法龍寺尊だ。さあ尊、挨拶なさい」

 そう言って当主、法龍寺芳雄は隣の娘───尊に促す。そして娘から出てきた一言に、暦は絶句することとなる。

「SNOWしていい!?」
「……は?」

 一体この2日間で何回いっただろうか。始まりはいつだっただろうか。今回ので何回目になるだろうか。あまりの言葉に暦は、もう口癖のようなそれを無意識のうちに出していた。SNOWとはなんだ、そもそも挨拶の代わりにSNOWしていいとはなんだ、というかSNOWしていいって何なんだ、わけがわからないぞこの保護対象。暦は口を半開きにして、呆然とする。あまりの唐突さに、あまりのわけがわからなさに、ただ呆然とするしかなかった。

「ははははは!尊、そんなにメイド服着てもらって嬉しいのはわかるが、まずは挨拶なさい」
「そうねえメイド服かなり似合ってるからねえ。やっぱりこっちのほうがいいわねえ」
「え?」
「ああ。メイド服を用意したのは娘なんだ。写真を見てね、絶対似合うってきかなくて。実際かなり似合っているが」
「……」

 なんなんだこの親子は。ただ会っただけなのにものすごく疲れてきた。いつの間にかメイド長は、部屋にはもういないし。暦はため息をつきそうになったが、既のところで飲み込む。いくら疲れる親子だからとはいえ、目の前でため息を漏らすわけにはいかない。暦は咳払いを一つ。

「それで、本日から早速ボディーガードとして───」
「ああ。娘のショッピングに付き合ってくれないか?」
「唐突ですね」
「そういわなさんな。この子はホントによく狙われててね」
「(ものすごく当たり前のように言ったな)」

 数が多くて困るよ、と、芳雄は笑いながら言うが、いや笑い事じゃないだろ、と暦は心の中でツッコミを入れる。というかよく狙われるって何なんだ。いや、実業家のひとり娘なのだから、狙われてもおかしくはないだろう。だがそれを笑い事で済ますのは、いささかどうなのか。
 ふと気がつけばいつの間にやら、ボディーガード対象の尊は、とっくの前に部屋から出ていっていた。なんだか自由だな、とは思う。だが目の前の当主に向き直れば、少しばかり神妙な顔をしてこちらを見ている。何か言いたげのようだ。暦はどうされたのですか、と促した。

「……娘がいたから笑ってはいたのだが、実はあの子は、ある巨悪組織から、本気で命を狙われていてな。この前は既のところで助けられなかったら、今頃君が見ていたのは娘の、首から上が無くなった『体』だったろう」
「───詳しく、聞かせてもらえますか」

 芳雄はその言葉に強くうなずき、妻がこっそり持ってきておいた椅子に、暦に座るように言う。暦は光子に丁寧に礼を言うと、その椅子に座り続きを、といった。

「ある日の帰り道でね、突然意識がなくなったそうなんだ。気がついたらさびれた倉庫のような場所にいた、と、娘は言っていた。そこで娘は、見知らぬ男数人に、執拗に脅されたようなんだ。口には出したくないこともされそうになったようでね。しまいにはナイフで首を切られそうになったそうだ。既のところで彼女の友人が気づいて助けてくれたからその時はどうにかなったが……それ以来彼女は、男という生物をひどく怖がるようになったんだ。幸いにも、私は平気なようだがね」
「それで、なぜ僕を?僕も男でしょう」
「───偶然さ。依頼を頼んだ特殊部隊に、ちょうど君がいた。君なら、言い方は悪いだろうが、女顔だしメイド服でも似合うのではないか、とね。部隊の方からそう貰ったんだ」
「なる程……そういう事ですか」

 戦闘能力が高く、礼儀もわきまえて、かつ声も比較的高めで女顔。無茶とも思えるその条件に、奇跡的に合致するのが彼、刑部暦だったという訳だ。暦はだからメイド服が支給されたのか、とひとり納得した。それならば仕方がない。

「ちなみにメイド服のサイズがやたらぴったりなのは」
「リサイクルだ。安心し給え、クリーニングはしっかりしてある」
「そういうことでしたか」
「納得いただけたかな?」
「ええ」

 暦は力強く頷く。そんな事情があるのならば、命令通りにメイド服を着よう。それにこの服、色々と仕込めるし。暦は席を立ち、挨拶をすると扉の前にまで向かう。

「最後に少しいいかな?」
「はい」

 芳雄は暦を呼び止め、暦もまた返事をして芳雄の方へ向き直る。

「君、車のフロントガラスを一発で蹴破れないか?」
「無茶言わないでください」


でもやっぱりどこか、この親子はおかしい。いろいろな意味で。


第1話 終

Re: 【THE MAID.】 ( No.3 )
日時: 2019/09/02 15:11
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM

 従者たるもの、主には忠実に。ここに来る前に、嫌という程教わった言葉だ。前まではそんなものクソ喰らえ等と思ってはいたが、従者、しかもメイドになってしまった今は、その言葉の通りに動くしかない。もっとも、使えるべき存在であり、護衛対象である少女に忠実になれと言われると、頭を抱えてしまう。
 正直いって投げたい。なんでこんなにも分からない家族に、余計な労力を削られながら仕えなければならないのだろう。他に適任がいただろうに。
 とは思うものの、当主から聞いた事情ではそうそうそんな人物がいるはずもない。そもそも暦がいた部隊は女性という女性がほとんどいなかった。なぜなのかは分からないが、そうだった。いたとしても、少女が苦手とするだろう者達ばかり。
 むに、と自らの顔を揉む。そんなにも自分の顔は使えるのだろうか。もにもにと動かすが、その行動に意味が見いだせなかったため、直ぐにやめた。
 今は護衛対象の法龍寺尊の元へと行った方が良さそうだ。


第2話
『桜のあと』


 メイドといえど、気を休めることはしない。なにしろ巨悪組織から命を狙われている少女に仕えるのだ、それ相応の態度と警戒はしなくてはならない。
 とはいえ元々特殊部隊の傭兵として動いていた期間が長かったせいか、ボディーガード、なおかつ年頃の少女相手となると方の荷が重い。あとやりづらい。しかもその親は全く腹の中が読めないし、話すだけで疲れてくる。こんなのでやって行けるのか?暦は深くため息をついた。
 そうしているうちに少女、法龍寺尊の部屋の扉の前にたどり着く。ふぅ、と一つ息をつくと、意を決してノックを3回。

「お嬢様、刑部です。お部屋に入らせて頂いても?」

 と、そこまで言ってはたと気がついた。父親が言うには、彼女は今異性恐怖症を持っていると。自分はメイド服を着てはいるものの、本来の性別は男だ。更には声だって人よりは高めだが、れっきとした男の声だ。喉仏もある。
 変声機も何も無いのに、普通に声をかけてしまったが大丈夫なのか?でもダメならば最初にあった時点でなにかあるはずだ。その上で依頼主の父親も、何かしらのものは渡すだろう。いやしかしそれでもどうなんだ。
 扉の前でうんうん唸っていると、部屋の中から「いいよー!」という元気な声が聞こえてきた。はっと意識を取り戻し、恐る恐るドアノブに手をかけて、暦は失礼しますと一言。

「暦さん早く来て!SNOW撮るよ!そんで加工してアップするから!」
「……はい?」

 部屋に入るなり、尊の突然の言葉のシャワーに、意識せずとも間抜けた声が口から出る。しかし相手はあくまでも仕える主。無下にすることは出来ず、重い足取りでそちらへと向かう。

「(……この子は僕が男だと知らないのか?いやでも依頼主達は「くん」付で呼んでいたから、自然と知ってるんじゃ)」
「はいそこのベッドに座って!」
「えっ」
「いーから!」

 しのご言わずに暦は尊によって、彼女のベッドにぼすんと座らされる。一体何が始まるんだろうかと困惑していると、尊はスマフォを構え、カシャカシャ撮り始める。

「(ポーズとかなしでこのままで良いんだろうか)」
「暦さん!もうちょっと大胆に!こう、今から何をされるのか分からなくて困ってどうしようもない感じで!」
「(注文多いな?)」

 というかどんなシチュエーションなんだこれは。むしろこっちが困惑してきた。それよりさっきまでの注文は、金持ちの娘といえど、今どきの女子高生が写真撮影する時に付けるものだったのか?渋々ながらそれっぽいポーズをするが、暦はだんだん頭が痛くなってきた。なんでこんな子に仕えることになってしまったんだろうか。
 と、ふと暦は思い出す。父親から彼女のショッピングに付き合ってくれと。このままだと訳の分からない撮影会で初日が終わる。何としてもそれは避けたい暦は、彼女に聞いた。

「お嬢様、ショッピングのご予定は──」
「明日に回すよ!今日は暦さんバシバシ撮らないと気が済まない!」
「(勘弁してくれ)」

 さらに気が重くなった。まさか本当にこのまま1日が潰れてしまうのか。実を言うとショッピングも出来れば行きたくなかったのだが、こんな最悪の形で回避されることになろうとは。どうすれば良かったんだ。
 こうなったら、隙を見て当身か眠らせるかして脱出せねば。暦は隠していた睡眠薬がたっぷりと染み込まれたハンカチを用意し、機を伺う。狙うのは、自分から意識がそれたその瞬間。その瞬間をじっと耐えて待つ。
 だが、その準備も無駄に終わった。ノック3回の後に、メイド長の山田が入ってきたのだ。

「失礼しますお嬢様。もう少しでお出かけのお時間ですので、準備をして下さいませ」
「あ、山田さん。今日なんかあったっけ?」
「奥様とのお買い物です。お急ぎください」
「あー、そういえばそう言う約束してたかも。はぁーい」

 気だるげな返事をすると、尊はスマフォをしまってどこかへと去っていった。部屋に残された暦は、ハンカチをしまいベッドから立ち上がる。その様子を山田は見ていたのだが、はぁ、とため息をついた。なにか小言でも言われるのだろうか。

「全くお嬢様は…このタイミングで来てよかったです。恐らく私が来なかったら、あれ以上のことをされてたでしょうから。暦さん、大丈夫です?」
「え、あぁ、はい。よく分からないポージングの注文をつけられた以外には、何も」
「それならまだ軽度ですね。これからお嬢様は奥様とのショッピングにお出かけになります。暦さんも旦那様から…」
「ええ。その間お嬢様の護衛をするようにと」
「もうまもなく出発致します。そちらも準備をして下さい。こちらの中にある服をお渡し致しますので、着替えてから来てください」
「わかりました。すぐに」

 そう言って山田は暦に服が入った袋を渡すと、一礼して部屋をあとにした。暦もさすがにこの部屋で着替える訳にも行かないので、大人しく自らに割り当てられた部屋へと戻り、渡された袋から服を取り出す。
 がしかし、そこからでてきた服はどう見ても

「……だろうと思った」


 女物の普段着用スーツ一式だった。


続く

Re: 【THE MAID.】 ( No.4 )
日時: 2019/09/03 21:56
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM

 なんだか頭が痛くなってきた。暦はショッピングモール(と言っても規模は小さいが)前ではしゃぐお嬢様を見て、心の中でため息をつく。もう何度今日1日でため息をついたことか。
 まさか出かけるためにと渡された服さえも、サイズぴったりだとは。奥方はたまたま買ってきただけだと言うが、絶対特注で作らせただろう。でなければこんなにきっちり男の体に女物の普段着用スーツが入るわけがない。それに元々傭兵をしていたのだ、体つきも人並みよりはしっかりしている。
 というより何故他のメイド達はそのままメイド服なのだろうか。自分だけ着替えさせられるのは腑に落ちない。一応いつ何時襲撃されてもいいように、武器はそれなりに持ってきてはいるが。

「お母さん新しい服欲しい!」
「ふふ、じゃあ見に行きましょうか」

 尊の一言によって、一行はショッピングモール内にある、目当ての服屋へと向かうことになった。
 歩いているとそういえばと暦は気がつく。このショッピングモール、先程から男という影を見ないのだ。道行く人々は皆女ばかり。というか女しかいないように思える。いたと思ったらそれはただのボーイッシュなファッションをした女であったし、この場所は本当に女しかいないのだろうか。

「山田さん、この場所は」
「はい。『女性会員限定』のショッピングモールです。男性は基本入場が認められていません」

 暦は小声で隣にいた山田に問う。その質問の意図を察した彼女は、こともなげに答えた。そういう事だったのか。女性会員限定のショッピングモール。しかし暦はならば何故自分がこうして普通に入れているのだろうと、新たな疑問を山田に問うた。彼女はそれに対し、心配には及ばない、と一言。根回しか何かしたのだろうか。後はこうもメイド服を着た集団が、ぞろぞろと歩いていても変に注目されないのも、何かあったりするのだろうか。

「……私もメイド服できた方が良かったのでは?」
「奥様がお似合いになると仰っていましたので…一応、暦さんのメイド服は持ってきてありますから」

 そう言われるや否や、暦の口は早かった。

「さすがに動きづらいので着替えさせてください」
「フィッティングルームまでもうすぐですから、それまで」

 そう言われてしまっては従うしかない。トイレで着替えるのもダメだろうか、と思ったが直ぐに消えた。もしトイレで汚したりなんかしたら大変だからだろう。早く目的地についてくれと、暦は必死に心の中で祈った。





 ある程度歩いたところで、尊たちの足が止まる。どうやら目的のショップにたどり着いたようだ。暦は山田に目配せをすると、彼女もそれを察して母娘の目線が商品に行ったその隙に、メイド服を素早く手渡した。受け取ると直ぐに彼はフィッティングルームに入り、瞬く間に着替えてみせた。もちろん、スカートの中には銃火器を。これでひと安心した彼は、そこから外へ出て、今まで来ていた服が入っている袋を山田に返す。ひとつ深呼吸をして、務めて冷静を装う。

「ねえ暦さん、これとかどうかなー…って、そっちに着替えたんだ」
「落ち着くので」
「へぇー」

 至極どうでもいいように尊は言うと、直ぐにショッピングに戻る。どうやら意識はそちらに傾いているようだ。良かった、何も言われなくて。内心ほっとする。
 改めて周りを見回す。見るからに女性物の服で埋め尽くされているその場所は、今のところ自分たち以外人はいない様だった。店員は裏へ引っ込んでいるのだろうか、姿すら見えない。こういう場所には普通1人や2人は店員はいるはずなのでは、と疑問に思う。店の外を出て、ほかの同じような場所を見てみるが、そちらには店員が何人か配置されていた。

「(ほかの店は店員が配置されている、何故この店は…)」

 すると店の奥から、店員と思わしき女性が1人出てきた。何故か息を切らしていて、こちらを見るなり慌ててお辞儀をして対応をし始めた。だけど変だ。どの服がいいかとか、最近の流行がどうだとかの話がしどろもどろなのだ。尊たちは特に気にすることなく、服選びに夢中になっているのだが。
 というかそもそも『呼ばれてもいないのに』あんなにグイグイ行くものなのか。服選びにしか目がいっていない客の邪魔にならないのか。というかあの腰のあたりの妙な膨らみはなんだろうか。まさかとは思うが『アレ』──なのだろうか、いやかもしれない。形が思いっきり隠れていない。袖の中に隠していたナイフをいつでも出せるように構える。

「(ん?なにか別の匂いが…あの店員から?)」

 するとふと暦は今までとは違う、場違いな匂いが混ざってきたのに気づく。新しい服特有の匂いとは違う、もっと別のもの。彼にとっては『嗅ぎなれた匂い』。そう、まるで───

「(血の、匂い)」

 それと加わる、『薬品の匂い』。確か昔、この体が薬品に対して体制がなかった頃嗅いだことがある。そう、あれは────

「(睡眠薬……!)」

 断定すると彼の行動は早かった。山田にコソッと耳打ちをする。

「山田さん、奥様とお嬢様を店の外へお連れください。出来ればこの店の死角に。店員は僕が対応します」
「……先程出てきたあの方ですか?」
「はい。ここの店だけ、店員がいないのが引っかかりました。多分裏で『作業』している時に、客に気づいて慌てて出てきたのでしょう。ですが、服屋の店員にしてはその関連の話がしどろもどろですし。何より───血の匂いと睡眠薬の匂いが付いてます」

 そこまで言うと目を見開き、その店員をちらりと見る。そう言われればなんだか怪しい。適当に寄せ集めた知識を披露しているのだろうが、コミュニケーションが取れていない。そもそも存在を無視されているようにも思える。けれどその店員は必死になって、特に尊に話し続けていた。意識を向けようとしているのだろう。
 隣でも光子が同じように服を選んでいるのに、何故そちらには話しかけないのだろうか。ずっと尊について行っている。とそこで山田が気づいた。

「暦さん。あのお方……服で隠してはおりますが、妙な膨らみが腰のあたりに」
「……ええ、そうです」
「────『銃』、ですね」

 そうつぶやくや否や、山田はほかのメイドたちに合図を、メガネのブリッジを、すっと上げる。それが意味するものは───

『全員特別警戒せよ』

 瞬間、尊たちのそばにいたあるメイドが突然彼女らに向けて当て身をする。その隙に別のメイドが気絶した尊を支え、店の外へと出る。それは光子に対しても同様で、さっと抱き抱えて目にも止まらぬ速さで外へと出る。山田は暦に対し、『あとはお任せします』とモールス信号を指で彼の背中にすると、姿を消した。
 店に残されたのは問題の店員と、暦だけ。

「さて……仕事だ」

 小さくつぶやくと、瞬きをする速度で店員の懐に潜り込み、腹に向けて1発拳を入れる。ぐらりとよろめき倒れるのを前に、またもう1発、今度は顎下に向けて重い一撃。その影響でぐんっと顔が上にいきなり向いたので、その隙に背後に回り込んで、回し蹴りを食らわせる。ガンッと地面に頭が叩きつけられる嫌な音がする。そうしてぴくりと動かなくなったのを確認すると、暦は髪の毛を引っつかみ、そのままズルズルと店の裏へと入っていく。顔面の惨状は、見ない方がいいだろう。
 裏に入れば、この店員だったものの味方だと思われる連中(全員女だった)2、3人程が、綺麗に銃を構えて待っていた。動いたら撃つぞと言わんばかりに。だが彼にしてみれば、その光景は正直笑ってしまいそうなものだった。なんでわざわざご丁寧に待ってるのか。普通なら有無を言わさず撃っているものだろう。余裕があるのだろうか。だからといって油断はしないし警戒も解かない。戦場では、一瞬の気の緩みが死に繋がる。それを嫌という程叩き込まれたのだ。そう簡単に休むものか。

「手加減はしとくか。確かに僕は『傭兵』だが、今は『メイド』なんでね」

 そう言い終えると同時に、先程のした奴をそちらに向けて思いっきりぶん投げる。これでも腕力はそれなりにあるのだ、人を1人投げるくらい出来る。
 突然の出来事に体が上手く動かなかったのか、連中はもろにそれを食らう。1人は完全にその下敷になったようで、思ったよりも重かったのか、脱出に手間取っていた。残りの2人は辛うじて避けられたようで、暦に向けて銃を構えてトリガーに指をかける。
 が、そんなことをさせるはずもなく、それよりいち早く2丁の銃をかまえていた彼は、そいつらの足に向けて撃つ。上手く命中したようで、トリガーが引かれるはずだったそれらは、呆気なく地面に落ちる。撃たれた方もまた、地面に落ちて蹲る。そして残った後1人はようやく脱出出来たらしかったのだが、暦がそいつの腹に向けて思いっきり踏んづけて、あえなく撃沈。まだ意識のある2人には、どっちの首根っこも掴み、力強く頭同士をぶつけさせる。ごちんとか、そういう言葉ではきかないような音が鳴る。すっと掴んでいた首をはなし、どしゃっと降ろす。
 全てを終えた暦は、きょろきょろと見回す。

「本来の店員達は……ああ、そこにいたか。眠らされているだけ、か?いや、なにか怪我をしているらしいな」

 連中によって眠らされていたのだろう、本来の店員たちを見つけると、直ぐに体を確認する。と、1人の店員が手のあたりに怪我をしているのを見つけ、暦は予め用意していた応急処置道具を使って、さっと軽い治療を施す。抵抗した際にナイフでつけられてしまったのだろう傷だった。浅かったのが幸いだ。
 がしかし、ここである問題に気づく。

「そういえば……コイツらから何も話聞いてないな」

 見事なまでに再起不能になった連中を見て、連れて帰って無理矢理にでも吐かせるしかないか、と思うのだった。





「ねえ暦さん」

 あの事件から1日経って、暦は尊の部屋にて髪の毛をいじくられていた。その際、不意に尊が名を呼び、今の状況にげんなりしつつも何でしょうかと返す。

「昨日ショッピングに行った時の記憶がないんだけど……何か知らない?」

 暦は少し黙った後、口を開く。

「実は、僕も覚えていないんです」
「え?マ?」
「お嬢様、言葉遣いにお気をつけください」

 覚えてないなら仕方ないか、と尊は特に気にしないようで、そのまま彼の髪を弄り続ける。その様子に暦は内心ほっとした。質問攻めにされたらどうしようかと思っていた。
 あの後、連中を連れ帰って、『ある場所』にて傭兵時代に見た『聴取』をやってみた所、あっさりと吐いた。聞けば尊を狙っていた巨悪組織の一員だとか、あのショッピングモールは法龍寺家が事業の一環として作った場所で、そこによく尊達が行く服屋があるからそこで待っていれば来るだろうから待っていたとか、その他諸々。

「(だからお嬢様と奥方がメイドたちと行っても、変に注目されるとかなかったのか)」

 そこまで聞いて納得すると、暦は全員にもれなくヘッドショット。呆気なく終わった。もちろん夫婦には報告済みである。ただ娘に何を聞かれても、知らないふりをしろと言っておいた。後々面倒くさそうだからと。

「(あれ?そういえばこのお嬢様、男性恐怖症だったよな?いくらメイド服を着ているとはいえ、なんで異性の僕に触れるんだ……?)」


 突然脳裏に浮かんだ当然の疑問は、尊に届く訳もなく解けて行った。


第2話 終

Re: 【THE MAID.】 ( No.5 )
日時: 2019/10/09 23:43
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM

 ショッピング騒動から数日が経った頃。法龍寺家では、あるひとつの話題で持ち切りだった。

「授業参観?」
「暦さんこないの?」



第3話
『流星ダンスフロア』



 そう、尊の学校で近々行われるという、授業参観のことだ。普段学校での子供の姿を、親が直接見れるという一大イベントにも等しいものであるが、如何せん尊の両親は多忙を極めており、一大実業家ということもあってか、彼女の授業参観には行けないという。なので毎回その時に選ばれたメイドが親戚を装って参観に行くのだが、今彼女は命を狙われている立場にある。以前から仕えているメイドは行けなくなってしまった。何かあった時、メイド諸共彼女も殺される可能性もある。
 そのようなことを、暦は尊との午後のティータイム(強制的に付き合わされているだけだが)の中で聞いていた。

「(なるほどそういうことか。これは暗に僕にいけということかな)」
「山田さんが『今回は暦さんに行っていただきますから』って言ってたから来るのかと」
「(決まってたのかよ)」

 そう、彼は今彼女のボディーガード。当然こういうことに駆り出される訳だ。紅茶を飲み干すと、小さくため息をつく。それに気づかない尊は、テーブルの上に乗せられたスコーンを手に取り割ると、ジャムをスコーンの間に塗って挟んで、かぶりついた。

「お嬢様、ジャムが口元に着いております」
「とってー」
「ご自分でお取りください」

 ただでさえ男性恐怖症の彼女に直接触れるわけにはいかないと、暦はスっとテーブルの上にあったハンカチを滑らせ、尊の手元に差し出す。それを特に気にした風もなく、尊は素直にそのハンカチを受け取り、口元を拭う。

「(この女(コ)、ほんとに男性恐怖症なのか?疑わしくなってきたぞさすがに。いやまて、女の格好をしているから平気なのか…?駄目だ頭が痛くなってきた)」

 近頃になって彼は尊の『男性恐怖症』を疑い始めた。というのも、初めの自らへの反応、先日の騒動、そしてその騒動が終わったあとの部屋でのこと。明らかに男性恐怖症と言うには軽すぎるのではないかと。只今の彼の格好はメイド服。それもクラシカルなタイプの。骨格も見えないように、色々と工夫がされてある。極めつけにこの女顔では、流石に症状は出ないのだろうか?否、声はある程度高いとはいえ、元は男。それをきっかけにして発作が起こるかもしれない。
 考えれば考えるほど、分からなくなってくるのだ。彼女のことも、病気のことも、そして両親のことも。とにかく分からないことが多すぎる。後でまとめ直すか、と暦はひとり思う。

「暦さーん?スコーン食べないなら食べちゃうけど」
「え?あ、あぁ、すみません頂きますね」

 思考の海から引きずり出されると、彼は促されるがままにスコーンを手に取り、割ってジャム───マーマーレードを塗りたくって頬張った。

「(甘…)」

 妙に胸焼けのする甘さだった。





 深夜、全ての業務を終わらせた暦は、自室で僅かな灯りをともして机に向かっていた。睨みつけるのは青白い光を放つパソコンのモニター。小気味いいキーボードのストローク音が響く。

「男性恐怖症と言いつつそのケを見せない令嬢、事態を把握しているのかしてないのか分からないメイド長、あっさりと一人娘を他人に任せる放任主義の両親……ほんとにここは日本か?日本に似た別の場所じゃないだろうな…というかこれ現実の話なのか?」

 そこまで言うと、大きなため息をついて頭を抱える。こんな分からないことだらけの屋敷で、ほとんど説明されずにボディーガードとしてポイと投げ出されては、身動きが取れなくなるだろう。まあつまりは───

「こんな状況でまともにボディーガード出来るわけないだろ……」

 何しろご令嬢の男性恐怖症の発作が今はないとはいえ、いつ起こるのかわかったものでは無いのだ。下手に軽めのボディタッチなどしてみれば、たちまち豹変するかもしれない。のだが、引っかかる。

「この前髪の毛に触った時は何も無かったんだよな…」

 そうなのだ。先日のショッピング騒動の後で、暦は尊に髪を触られ、そして好きなようにいじくられていた。なぜ男という生き物に対して、並々ならぬ恐怖心を抱いているであろう彼女が、その男である暦の髪の毛をさも平然と触っていたのか。普通は1本たりとも触れようとはしないどころか、そもそも近づきすらしない。そう、普通はそうなのだ。

「……あの子は僕が『男』だと知って、メイド服を用意したんだよな」

 似合うからと。ならば必然的に暦が男であることは知っている。いやだが、娘の目の前だから両親が嘘をついた可能性も否定できない。ならばメイド服を用意したのは誰だ?話ではご令嬢が用意したことになっていたが……
 思い起こせばメイド長の山田は、メイド服を着て部屋から出た暦を見て、「服を間違えられたのかしら」と言っていた。となると彼女は暦がメイド服を着た理由は知らないことになる。一体どういうことなんだ?

「……駄目だ、これ以上は本気で頭が割れる」

 パソコンをシャットダウンさせ、寝床へとぼふりと埋もれると、僅かだが灯りをつけていたにもかかわらず、そのままぐっすりと寝てしまった。
 ぼふんと埋もれたことによる衝撃で、ベッドからひらりと落ちる1枚の紙。そこに連ねられていた文字は、『授業参観のお知らせ』。

 そして参観日は、明後日だった。





 ところ変わり、日本ではないどこか。毎日のように銃声が鳴り響くその現場では、ひとりの男についての話で盛り上がっていた。

「『アイツ』、今頃寝てんのかねえ」
「ああ、『デッドグロック』か?」
「おうよ。ここにいた頃はキレーな顔がやったらホラーになるレベルで、バカスカぶっ殺しまくってたのになァ」

 今は一時の休息時間。酒を飲みかわしながら『傭兵』たちは他愛もない話を花を咲かせる。傷だらけの顔が、笑顔で肉を頬張り酒をかっ食らう。
 『デッドグロック』。言わずもがな『彼』の事だ。ここで暮らしていた頃は、ピクリとも表情を変えず、無慈悲に敵対勢力の人間を撃ち抜いていた。任務とあらば、自らの身体を使うことも厭わない……訳ではなかったが、それなりに手段は選ばなかった。必要とあればハニトラだって使っていたし、バトラーとして潜入していたこともあった。それがまさか今度はメイドとしてボディーガードをやることになるとは。

「世の中どうなるかわかんねえな」
「執事としても任務してたことがあったんだし、メイドの礼儀とかはやらなくていいだろって思ってたけどな」
「つーかどんな暮らししてんのかねー」
「報告がねえんだよなあ…いや義務付けしてる訳じゃねえだろうけど」

 だが、男たちの言葉はひとつにまとまる。

「まァ…人間味のなかったあいつが、人間の暮らししてそれなりにいい暮らししてんなら、言うこたねえよ」

 あんの青くせえガキンチョが銃構えて人殺して、一丁前に人生達観してますなんてこたァ、言うもんじゃねえだろ?少しはお嬢様っつーか、ジョシコーセーとやらに振り回されて来いっての。
 そう締めくくると、男たちはまた酒を煽った。今日はいつも以上に酒が進みそうだ。

「そういやあいつ27だったな」
「俺たちに比べりゃガキンチョだけどな!」
「おいおい俺ら基準にしたらダメだろ〜」


 ただし、飲みすぎにはくれぐれもご注意。


続く

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