複雑・ファジー小説

Seventh Knight ―セブンスナイト―
日時: 2018/10/10 15:10
名前: 清弥

 始めまして、閲覧ありがとうございます。清弥と申します。

 感想や意見を求めて三千里。「なろう」でも別名「セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―」として上げておりますが、何分あちらのサイトではあまり受けない内容でしたのでこちらにも掲載させて頂きます。
 内容はご当地主人公の異世界ファンタジー。拙い部分も多々ありますが、お付き合い頂ければ幸いです。

(以降、あらすじ)
 人間と魔族と禍族《マガゾク》が蔓延る世界。そんな中で、禍族に住んでいた町が襲われたことをきっかけに緑の少年……ウィリアムは大いなる力を手に入れる。
 これは、『緑の騎士』と成った少年が七色の騎士たちと織り成す『七色の騎士《セブンスナイト》』の物語だ。



序章 ―セブンスナイツ―
 第1話「始まり」 >>1
 第2話「穏やかな日々」 >>2
 第3話「そして始まりへ」 >>3
 第4話「担う力は護るため」 >>4
1章 ―力求める破壊の赤―
 第1話「誕生せしは『緑の騎士』」 >>5
 第2話「『騎士』になり得る条件」 >>6
 第3話「出発前」 >>7
 第4話「聴こえる声」 >>8
 第5話「その手に持つは殺戮の剣」 >>9
 第6話「戦いと”二人”」 >>10
 第7話「王都到着」 >>11
 第8話「『青の騎士』との邂逅」 >>12
 第9話「少年の運命」 >>13
 第10話「やるべきことは」 >>14
 第11話「その瞳に宿すのは」 >>15
 第12話「望んだ力を叶える能力」 >>16
 第13話「襲撃」 >>17
 第14話「偽章_力求める殺戮の赤」 >>18
 第15話「『緑の騎士』が望む力」 >>19
 第16話「真章_力求める破壊の赤」 >>20
2章 ―救済探す治癒の藍―
 第1話「悪夢」 >>21
 第2話「その後とこれから」 >>22
 第3話「『藍の騎士』との出会い」 >>23
 第4話「再会のための別れ」 >>24
 第5話「服を脱げ」 >>25
 第6話「本当の全力」 >>26

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2章_救済探す治癒の藍 ―その後とこれから― ( No.22 )
日時: 2018/09/20 20:25
名前: 清弥

 優しい手が伸びる。

「…………て」

 一声聞けば、安心できるような。
 その腕で抱かれれば、穏やかな眠りにつけそうな。
 思わず声をあげようとするけれど、何故か喉は焼け付いたように動かない。

「……きて」

 手が、離れていってしまう。
 嫌だよ、やめてくれ……そう願って両手を伸ばしたはずなのに、視界には何もない。

 自身という身体の全てが、存在していなかった。

「生きて、私の分まで」

 誰よりも求めたはずの腕が闇に飲まれ、視界が光で包まれていく――




 ――また、“あの日”の夢を見ていたようだ。

「ん……ここ、は?」
「お、目覚めたかウィリアム」

 暗く淀んだ夢を見ていたウィリアムは、自分に照る光で目を覚ます。
 二度と忘れることは無い過去の泥。
 けれど、今ウィリアムにとってその“夢”はどうでも良く思えて先程まで夢見ていた内容をいとも容易く忘れてしまう。

「おはよう、エンテ。ここは……」

 重たい体を何とか持ち上げ、ウィリアムは周りを見渡す。
 どうやら馬車の中らしく、ようやく今になってガタガタとこの中が揺れていることに気が付いたウィリアム。

(あぁ、確か俺とエンテが禍族二体を倒した後、気絶したんだっけ)

 周りの状況を上辺ながらも把握したことで、ウィリアムの脳が時間をかけて起動したのか今までの経緯も思い出した。
 エンテが『赤の騎士』となり、火炎を纏ってウィリアムと共に戦ったのである。

「そ、お察しの通り馬車の中だ」
「どこに行くんだ? と言うより、俺が気絶してから何があったんだ?」

 異様なほど重たい体に眉を潜め、壁に背中を預けながらウィリアムはエンテに問う。
 あの後どうなったのか、どうして馬車の中に居るのか、どこに向かっているのか。
 気絶して以降の記憶が全くウィリアムには無かった。

「今は『藍の騎士』が住まう街、確か……クェンテだったはずだ、に向かってる途中。そこに行く原因は、お前だ」
「俺?」

 唐突に指を刺されウィリアムは首を傾げる。
 特にこれと言ってやらかした記憶もウィリアムの中には無いし、それを言うのならブランドンから『赤の騎士』を継承したエンテの方がやらかしているだろう。
 なら何故、わざわざ『藍の騎士』の元にやらかした記憶のない自身が原因で行くのだろうか。

 全く気付いた様子のないウィリアムに、エンテは大きくため息をつく。

「お前、体が重く感じないか?」
「ん……? あぁ、確かに体全体が重たい気はしてるけど」

 一体それがどうしたのかと言おうとしたウィリアムは、あることを思い出した。
 同時に、何故自身が理由で『藍の騎士』の元へ向かうことも理解する。

「“|呪病《ジュビョウ》”……か」
「正解」

 “呪病”。
 それは長年戦ってきた『騎士』が良く起こす病気の名だ。
 この病にかかれば、『騎士』と成った者は『騎士の力』を扱えなくなり非常に体が重たく感じるのである。

 ほぼ唯一、禍族に対抗できるはずの『騎士の力』が扱えなくなる最悪に等しい病だが、原因はとっくの昔に判明されていた。

「二体の禍族を相手取るのに結構攻撃食らったんだろ? 十中八九そのせいだろうな」
「だよなぁ……」

 禍族と戦う『騎士』は当然、禍族の攻撃を食らうことも多々ある。
 その際に、禍族が持つ“力”が攻撃を食らった『騎士』に流れ込むことで、“呪病”となってしまう。
 つまりはこの病は、禍族の攻撃を食らいすぎた為に起きたものなのだ。

 納得し重たい体の具合を確かめようと肩を回すウィリアムに、エンテは苦笑しながら見守る。

「良かったな、現『藍の騎士』の人が“治癒系”の能力を持ってて」
「…………」

 エンテの言葉にウィリアムはぐうの音も出ない。
 本来、“呪病”とは禍族の力が抜けきるのを待つしか対策がないのだが、現『藍の騎士』は珍しい治癒の能力の使い手なのだ。
 その効果はどんな薬でも対抗できない禍族の力をも取り除く。

 だからこそ、今ウィリアムは『藍の騎士』が住まう街へ連れられていたのだ。

「それじゃあお前は俺の護衛ってことか?」
「おうよ。精々くつろいでろ」

 再度言うが現在“呪病”にかかっているウィリアムは『騎士の力』を行使できない。
 身体能力の超強化さえ出来ないので、禍族に対抗するどころか逃げる事すら危うい状態なのだ。

(なんか、癪だな)
(まぁこれもお主が見境無く攻撃を受けていたから起きた事態だ。これからは注意すると良い)

 護っていたはずの親友に護られるという事実に、若干ウィリアムは拗ねながらもバラムの至極当然の正論に頷くことしか出来ない。
 事実、ウィリアムが本来もっと気を付けて行動していれば“呪病”にかかることも無かっただろう。
 “呪病”と言えど数回攻撃を受ける程度ではかかるものではなく、何十と攻撃を受けたからなるものなのだ。

 そういう意味では、今回の“呪病”はウィリアムにとって良い薬である。
 毒も弁えれば薬となる……と言う言葉がピッタリと似合うウィリアムであった。

 意気消沈して大きくため息をつくウィリアムを見て、潮時かとエンテは別の話題へと切り替える。

「そういえば、ブランドンさんから“またな”って伝言預かった」
「……あの人らしいな」

 ウィリアムは二体の禍族との戦闘の後、そのまま気絶したためブランドンのその後は全く知らない。
 けれど、その伝言からは新しい人生への希望がありありと見えた。
 今頃戦う力を失った彼は、得意そうな力仕事をして家族と仲良く過ごしているのだろう。

「『赤の騎士』じゃなくなったんだよな、ブランドンさん」
「今は俺がその後を継いでるからな」

 小さく、事実を確かめるように呟かれたウィリアムの言葉に、エンテは笑って自身の右手の甲を見せた。
 ブランドンとは少し違う、直刀に火炎が纏う姿が描かれた“印”が少しだけ赤く光る。

(……そっか。やっぱりエンテが『赤の騎士』になったんだよな)
(どうしたのだ、いきなり?)

 心配そうに言葉を発するバラムに、ウィリアムは頬を緩めると何でもないと心の中でそう告げた。
 見せた表情は憐れむようなものでもなく、悲しむようなものでもない。
 ただ――

「エンテ」
「おうっ」

 ――ただ、親友が夢に向けて大きく進んだことへの喜びだ。

 右の掌を挙げたウィリアムがエンテに笑いかけると、彼は悟ったように明るく笑い挙げた掌に自身の掌を打ち付ける。
 馬車の中で、一際乾いた音が鳴り響く。
 それは万雷の拍手よりも、何百の喝采よりも嬉しくエンテには思えたのだった。




「――たった一つの町に”未熟な”『騎士』が二人、か」

 遠く離れた地で、ウィリアムとエンテがハイタッチを交わすのを見る影がある。
 奥深くまでフードを被っている為に、その顔はおろか女性か男性か……“人間かそうでないか”すら判る者はいないだろう。
 ただ、唯一フードから表に出ている口を大きく歪めて影は笑った。

「上手く行けば、我らの夢に向けて大きな一歩となるな」

 影は立ち上がると視界から離れていく馬車をただ見つめる。
 向かう先は『藍の騎士』が住まう街……クェンテだ。

 ――そこで何が起こるのか、それを知る者は未だ居ない。

2章_救済探す治癒の藍 ―『藍の騎士』との出会い― ( No.23 )
日時: 2018/09/24 00:16
名前: 清弥

「はい、確かに身分証明完了致しました。……ようこそ、クェンテへ」
「『赤の騎士』様、『緑の騎士』様、ご到着いたしました」

 ウィリアムとエンテが主に先日の戦闘について語らう中、どうやら馬車は目的地であるクェンテに到着したようだった。
 従者の声を聞いて、やっと到着かとウィリアムは大きく伸びをする。

「ようやく着いたぁ」

 体が鈍って仕方がないと言わんばかりに肩を回すエンテに、ウィリアムは苦笑しながらも一足先に馬車から降りた。
 なんだかんだ言って自身の体も鈍っているのを感じたウィリアムは、他人の事は言えないなと両肩や腰を回して少しでもほぐそうと努力を行う。

「お疲れ様です、『騎士』様方」

 恭しく礼をする従者にウィリアムは優しく微笑み、「こちらこそご苦労様です」と軽く頭を下げる。
 そして、しばらく待った後に一向に出てこないエンテにウィリアムは頭に青筋を立てて馬車の中へと侵入。

「お前いつまでやってんだっ」
「いやぁすまん、体が解れなくていてててて!」

 すぐさまウィリアムはエンテの耳を掴んで馬車から引っ張り出すと、放り投げるような形で街に強制突入させた。
 青筋を立てていた表情は従者に振り返ると同時ににこやかな笑顔となり、彼はそのまま軽く頭を下げ「馬車をよろしくお願いします」と立ち去っていく。

(あの少年、こええぇ……)

 あまりの公私の使い分け様に、従者はしばらく固まっていたのは別の話。

「――それで?『藍の騎士』が居るのはどこか知ってるのか?」
「っててて……。あぁ、当然知ってるに決まってるだろっ」

 未だヒリヒリと赤くなっている耳を手で撫でながら、エンテは若干涙目でウィリアムの問いにそう答える。
 多少、語感が強くなっているのもご愛嬌だろう。

「この街の奥にある治療院。そこで生計を立てながら生活してるらしい」
「まぁ、珍しい治癒の能力を持ってたら当然だよな」

 歴代『騎士』の中でも治癒の能力を持っている者は少なかった。
 まず、殆どの『騎士』は禍族や魔族に対する殺意や勇気によって成った者たちが殆どなのである。
 故に望む力は大抵“禍族や魔族を倒す能力”を生み出す。

 ウィリアムが納得したように首を何度か頷いている姿に、エンテは流石に苦笑をせざるを得ない。

「それを言うならウィリアムの能力だって、大分珍しいんじゃないか?」
「……そうかな」

 首を傾げるウィリアムだが流石親友と言うべきだろう、彼の言葉は真にその通りだった。

 “全てを護る能力”。
 それが、ウィリアムが望む力を叶える為に生まれた能力。
 大楯と言う得物や持つ能力は、歴代『騎士』の中でもかなり珍しいだろう。

 他人より自身を大切にする。
 常に自身という媒体を通して生きている限り、痛みや恐怖から逃れるため殆どの人間はそう無意識にでも思っているはずだ。
 けれど、彼は違う。

 自身より他人が大切なのだと想っている。
 『騎士の力』が反映するのは常に“宿り主の心の奥底”。
 ウィリアムが大楯を持っているということは、つまり心の奥底からそう想っているということなのだ。

 故にウィリアムは自身が“ずれている”とは欠片も思わない。

「っと、着いたぜ。ここだ」

 話しながら歩いていれば、気が付くと目の前に古い屋敷が目に入る。
 玄関へと続くまでの庭園や、目の前の玄関などはある程度綺麗にされているが、屋敷の隅っこの壁などは草や根っこが生えまくっていた。

「なんか、ボロッちいな」
「悪かったわね、ボロッちくて」

 隅々に映る手入れのされていない部分を、苦い表情をしながらも眺めるウィリアムとエンテに掛かる声。
 酷く耳に残る、鈴の音のような声のように感じた。
 この響く美しい声は誰が放っているのかと、二人はその声の聞こえた方へ顔を動かす。

「お初にお目にかかります……『藍の騎士』、アニータ・ミエルンですわ」
「――――」

 言葉を失う。
 それほど、それほどにこの目の前の女性は美しかった。
 長い絹のような金のロングヘアを揺らして、藍色の瞳を細めて見せる。

 エンテは現実を忘れ去ったかのように固まり――

「え、年下に敬語……?」

 ――ウィリアムは深く考えることをせず、ありのまま思ったことを口にしてしまう。。

 ピシリ。
 周りの空気が割れた氷のように固まったような、そんな恐怖にウィリアムは駆られる。
 内心、やっちまったと目尻を痙攣させながら。




「――で、貴方たちが『赤の騎士』エンテ君に『緑の騎士』ウィリアム君ね」
「う、うっす」
「ハイ……」

 エンテは美人を前にし固まりながら、ウィリアムは死んだ魚の目で無感情に返事する。
 屋敷に入るまでの数分の間にどうやら上下関係が確立したようで、アニータはため息をついて目の前の少年たちを眺めた。

(15……いや16歳ね。こんな子供が『騎士』、か)

 未だ21であるアニータでさえも若いと感じる少年たちが、禍族や魔族に対抗しうる切り札として在る。
 その事実に確かな歪さを感じながら、彼女は目線を二人からウィリアム個人へと移す。

(特に彼は全くダメね。……見た目筋肉も少々のみ、雰囲気も完全にインドア)

 数歩譲ってエンテは良いと思うのは、一目でわかるほどの“技術”が彼にはあるからである。
 鍛え上げられた肉体に、それを効率的に機動させる体の動かし方。
 完全にエンテは戦いに人生を預ける人種であり、何度か死線も潜り抜けてきたのは明らかだろう。

 だからこそ隣のウィリアムに酷く違和感を覚えてしまう。
 細い肉体に力配分が雑な身のこなしには、流石のアニータも溜め息しか出ない。
 マトモな鍛錬一つせず、報告で聞いた“禍族を単騎で討伐”が出来たものだと思わずにはいられないのだ。

「それで、『藍の騎士』である私を訪ねたのは何故かしら?」

 アニータの問いに無表情で固まっていたウィリアムが再起動し、一歩前に進み出る。
 彼の瞳が灯す“もの”を見てアニータは一瞬だけ目を細めた。

「実は――」

 『緑の騎士』であるウィリアムの口から語られるのは今までの事実。
 元『赤の騎士』のブランドンが住まう街でお世話になっていると、突如として禍族が二体出現したこと。
 近くに家族がいることで狂ってしまったブランドンに代わり、ウィリアム一人で禍族二体相手に時間を稼いだこと。
 その結果、“呪病”にかかり『騎士の力』が使えなくなったことまで。

 正直に言えば、アニータは目の前に居る緑の少年を見くびっていた。
 体が貧弱とはいえ『騎士』と成っただけあり、その功績も判断力も勇気も一般人とはかけ離れていたことを知ったから。

「話は理解したわ。……いいわよ、ウィリアム君の“呪病”を治癒しましょう」
「あ、ありがとうございます」

 椅子に座っていたアニータは立ち上がり、自身の豊満な胸の中心に両手を当て呟く。
 出会いの悪さからか下手すれば平服してしまいそうなウィリアムは、頭を下げながら心の中で思った。

 どうして治癒すると言った彼女が苦しそうなのだろう、と。

「穿て、“|水之治癒《ウィルン》”」

 胸の中心に刻まれた“印”が藍色に光出し、彼女の周囲に水が出現する。
 両手をそのまま広げると、周りを囲う水が両手に集い一つの……否、二つの形を為した。

「なんだ、あれ」
「…………」

 驚いて思わず口を開けるエンテと、絶句したまま目を見開き固まるウィリアム。
 それも無理はないだろう。
 今までの人生の中で、そのような形をしたものは初めて見たのだから。

 “く”の字に曲がった藍色の物体。
 一方の先端には穴が開いており、そこから90°まがった部分が手に持つ部分らしい。
 つまるところ、理解できる者に言わせれば……“拳銃”だ。

 固まる二人の少年を見て、アニータは困った表情をして「当然の反応ね」と言う。

「私だって最初は驚いたもの、まぁすぐに使い方は理解したけれど」

 アニータはそのまま右手に持つ拳銃の先端を、ウィリアムの胸板に当てる。
 ゆっくりと瞳を閉じた彼女は、しばらくした後に大きくため息をついて|面倒くさそう《苦しげ》に眉を潜めた。

「一ヶ月」
「え?」
「ウィリアム君が回復するまで、約一ヶ月は掛かるわ」

 あまりの長さにウィリアムとエンテは驚く。
 “呪病”とは基本そこまで長く続かないのが普通で、一週間か二週間で完治する。
 だが一ヶ月と言うのは中々聞いたことが無い。

「当然よ、ダメージの食らいすぎね。そこらの治療院じゃ外部の傷も治し切れてないくらい、ウィリアム君は傷を負っているもの」

 無数、というにはあまりにウィリアムの身体には傷が多かった。
 これでは“呪病”が完治したところで体が重たいという感覚は、中々治らないだろう。

「まずは身体にある外傷を治すのに一週間。そこから吸い込み過ぎた“力”を取り除くのに三週間と言ったところかしらね」
「……わかりました」

 一ヶ月。
 それはウィリアムにとって非常に苦しい時間だ。
 治療に専念する為に身体を動かせない、なんていうことも増えるだろう。

(俺はその間、何もできないのか)

 “人々を護りたい”なんていう望みを叶える努力も出来ないであろう事実に、ウィリアムはため息しか出すことが出来ない。
 残念がるウィリアムを見ながらアニータは「それと」と言葉を続ける。

「その一ヶ月の間にウィリアム君……貴方には最低限の戦い方を知ってもらうわ。このままじゃあ同じことの二の舞よ」
「……ぇ?」

 何もできないのだと失意に堕ちていたウィリアムは、すぐさまその瞳に光を灯らせ「良いんですか!?」と叫ぶ。
 あまりの緑の少年の変わり様にアニータは驚きながらも頷いた。

 子供のようにはしゃぐウィリアムに、エンテは頭を掻きながら見つめる。
 その瞳には、確かな“憂い”が存在していた。

2章_救済探す治癒の藍 ―再会のための別れ― ( No.24 )
日時: 2018/10/04 19:59
名前: 清弥

「んーっ、久しぶりのベッドだぁ……!」
「あぁ。ここに来るまでの間は野宿だったからな、ベッドが愛しくて仕方なかったぜ」

 その日の夜、ウィリアムとエンテは宿を取り久方ぶりのベッドを心行くまで堪能していた。
 沈むような柔らかさ、とはいかないもののある程度の柔らかさのある寝床に寝転び、ウィリアムは感嘆のため息をつく。
 エンテもベッドに腰掛け静かに天井を見上げている。

「……なぁ、エンテ。お前何か隠してるよな?」
「――――」

 唐突に問われたウィリアムの言葉に、エンテは大きく動揺したかのように瞳を揺らす。
 明らかな驚きの仕草に、問う彼は自身の疑問が確信へと変化するのを自覚した。
 ベッドに座るエンテは参ったと言わんばかりに両手を上げ、目を細めるウィリアムに向けて苦笑する。

「なんで分かったんだよ」
「お前、この街に来てから雰囲気変わりすぎでしょ。伊達に何年も親友やってないよ」

 どうやら親友には隠し事は出来ないようだとエンテは微妙な表情をして、頭をポリポリと掻いた。
 部屋を支配するのは静寂。
 ただただ、ウィリアムは自らの親友が何かを話しかけるのを待っているのだ。

(そうだ、そうだったな。お前はそういう奴だったよな)

 こちらに視線を向けつつ、それでも何も言葉を発しないウィリアムの姿にエンテは両手を握りしめる。

 緑の親友……ウィリアムは常に自ら隠し事を聞こうとはしない。
 相手側が話したいと望めば真摯に受け止め、一緒に悩んでくれる。
 けれど、話したくないと望めば彼はただ頷き元通りの空気へと戻してくれるのだ。

 ウィリアムの気遣いに自身は甘えているのだとエンテは誰よりも理解していた。

(そりゃまあ、9歳の頃からの親友だしな。分かってない方が可笑しいか)

 “ボロボロの姿”で9歳のとき、唐突にウィリアムは“たった一人”でエンテたちが住んでいた町にやってきたのである。
 初めは同情で彼と仲良くしていたエンテだったが、ある日理解した。

 ――どうしようもなく、ウィリアムという存在の生き方に憧れているのだと。

 それから、エンテはウィリアムと過ごすようになる。
 時には喧嘩をして、時には一緒に死にかけるような目にも合った。
 だから、“そういう日”が来ることはないのだと……心のどこかで安堵していたエンテ。

(アイツの気遣いに、いつまでも甘えてらんないな)

 大きく息を吸ってエンテは決心する。

「あのさ、ウィリアム」
「おう」

 ただ相槌だけを打ってウィリアムはエンテが話を続けるのを待つ。
 結局、今も彼に甘えているのだと理解しながらも、エンテは自身の右手の甲をウィリアムへ見せる。

「俺は『赤の騎士』になった。だから――」

 9年も共に生きてきた。
 その間、田舎よりである故郷は離れる用事も無かった為に常に一緒だったことを覚えている。

 けれどそれは今日までだ。

「――だから、お別れだ」

 禍族というのは神出鬼没である。
 出る頻度は一ヶ月に一度出れば多い方だが、その分与えられる被害はかなり多い。
 だからこそ、大陸の各地に『騎士』が配置される。

 一つの大陸の中で一定の間隔に『騎士』を配置することで、唐突に現れる禍族に早く対処しやすくするのだ。
 現在、“最前線”にて魔族を一人で抑えている『紫の騎士』を除きこの大陸には五人の『騎士』が大陸の各地に配属されていた。

 王都周辺を担当する『青の騎士』。
 大陸北部を担当する『橙の騎士』。
 大陸西部を担当する『藍の騎士』。
 大陸東部を担当する『黄の騎士』。
 ――そして、大陸中央を担当する『赤の騎士』。

 『赤の騎士』であったブランドンは、故にエレノアに住み周辺を禍族から護っていたのである。
 だが、現在ブランドンは『赤の騎士』ではない。
 今その役目を担っているのはエンテだ。

 故にエンテは大陸中央を護る為に、戻らなければならない。
 9年間、常に一緒だったウィリアムをここ……クェンテに残して。

 ウィリアムはそこまでを思い出して、咀嚼して、飲み込んで、理解する。
 つまりは親友との別れが近づいているのだと。

 ならばその親友へと向ける言葉は何が正しいだろう。
 「残念だ」、「寂しくなるな」、「一緒に行ってやれなくてごめん」?
 違うだろ。

「おめでとう」
「――――」

 一番エンテが望んでいる言葉は祝福のはずだ。
 確かに残念だし、寂しくなるし、済まないともウィリアムは思っている。
 けれど、その想いは誰よりもエンテが理解しているはず。

 だからウィリアムがエンテにかける言葉は、祝福。
 最強になりたいと、『騎士』になりたいと、全てを護る為に矛と成りたいと願っていた彼の夢が果たされる。
 その時に悲しんでどうするのか、親友だからこそ笑って送るべきだろう。

 ウィリアムはだから、今日一番の笑顔でエンテを祝福する。

「お前の望み、叶えて来い」
「あぁ、ご……いや、ありがとうウィリアム。その言葉が聞きたかったんだ」

 拳をエンテへ突きつけるウィリアム。
 笑って、赤の少年は親友の拳へと自らの拳をぶつけた。

「やっぱり、お前は最高の親友だぜ」
「当たり前の事言うなよ、親友」

 二人は笑う。
 互いの友情は確かなものだと、互いの望みの為努力するのだと。
 そう確かめ合うように。

「ウィリアム、お前は強く成れ。誰よりも強く……全ての人を護る為に」
「あぁ、だから約束しよう」

 深翠の瞳と、鳶色の瞳が交錯する。
 ただ真っ直ぐ見つめ合う瞳が向かう先は、逆方向だけれど心の行く先は同じ。

 ――“全ての人を護る”。
 彼らはその盾と矛になりたいのだから。

「「次会うとき、今よりも強くなってるって」」

 月明かりが差し込む部屋の中。
 緑色と茶色の髪が、穏やかな光に照らされる。
 その中で彼らが交わすのは……“再会の為の別れ”だった。

2章_救済探す治癒の藍 ―服を脱げ― ( No.25 )
日時: 2018/10/07 17:44
名前: 清弥

 次の日の朝、ウィリアムは再び『藍の騎士』が住まう治療院に来ていた。
 何度見ても最低限見れるだけの綺麗さを持つ建物に、ウィリアムは苦笑いする。

「あら、朝から結構な挨拶じゃない、ウィリアム君?」
「あ、えっと……おはようございます。その、アニータさん」

 とてもとても清々しい笑顔を向けられた少年は、曲線を描く目の中にある“威圧”に震えあがると姿勢を正す。
 完全に上下関係が構築完了したのか、傍から見ればそれはただの王女と下僕だった。

 姿勢を正しながらも周りの風景を眺めたウィリアムは、笑顔を向けるアニータの奥に見える屋敷の中を見つめて気付く。

「もしかして、アニータさん一人がこの治療院を……?」
「――――」

 痛いところ疲れたかの様に、アニータはその顔から笑顔を消す。
 一瞬、目を逸らした彼女が次に表すのは再び笑顔。

「えぇ、そうよ。私の治癒の力さえあれば問題ないもの」
「……そう、ですか」

 気高く常に真っ直ぐ前を見続ける、そんな人を体現したかのような彼女がその笑顔の淵に見せたのは“儚さ”だ。
 それを見つけたウィリアムは、治療院がアニータ一人で経営しているのも何かしら理由があるのだろうと結論付ける。
 けれど、その理由を問う資格はウィリアムに存在しない。

「では本題に行きましょう、アニータさん」
「――――。えぇ、どうぞ中に」

 ウィリアムが“何故”を聞かないのにアニータは一瞬驚き、すぐさま気を取り直して屋敷の中へ案内する。

(どうして聞かなかったのかしら。絶対気付いているのに)

 どこか抜けているようなウィリアムだが、彼が宿す瞳は全てを見透かすような雰囲気を持っていた。
 僅かに見せてしまった隙をその彼が見逃しているはずもないだろう。
 だが一向に聞いてくる気配を見せない緑の少年に、アニータは驚きつつも安堵する。

「どうぞ、あまりいいお茶は出せないけれど」
「ありがとうございます」

 治療院である屋敷の中にある治癒室にウィリアムは連れられ、すぐにアニータは暖かな紅茶を持ってきた。
 すごく美味しいとは口が裂けても言えないが、それでも紅茶の良い匂いと暖かさにウィリアムは癒されるのを感じる。
 明らかに表情を緩くなったウィリアムを見ながら、彼女は彼の真正面に腰を落とす。

「じゃあウィリアム君は脱いで、上半身」
「……ぇ、脱がなきゃだめですか?」

 至極真面目な表情でアニータは即座に「駄目」と言い切り、ウィリアムの逃げ口を完全に閉め切る。
 急に顔が赤くなり視線を右往左往に向ける、まるで本当の少年のような仕草に彼女は多少なりとも驚く。
 しかし、確かに目の前の彼は“少年”なのだと彼女はすぐに再確認した。

(あまりに彼が“非人間”らしくって忘れてたわ。確かに彼は少年なのに)

 アニータがウィリアムと出会って何より感じたのは、非人間っぽさ。
 人間の形をしていながら人間ではない……そう感じさせる雰囲気を彼は持っていた。
 儚く、淡く、それでいて吸い込まれそうなほど純粋で半透明。

 ――それはまるで、ガラス細工で装飾された水晶のように。

「早く脱いで、私も準備を済ませるから」
「あっはい」

 いそいそと顔を赤らめながら脱ぎ始めるウィリアムを尻目に、アニータは自らの両手に藍色の拳銃を出現させる。

「……脱ぎました」
「じゃあ始めるわよ」

 完全に上半身が裸になっていることをアニータは確認すると、ウィリアムの胸の中心に右手にある拳銃の銃口を当てた。
 すると、拳銃の持ち主である彼女の脳内にウィリアムの身体状況が流れ始める。
 その結果を見て、アニータは目を細めるしかない。

(全身の筋肉が凝り固まってて、一部の骨は未だ繋がりきってない。カサブタもかなり多いし……)

 よくこれほど自身の体を痛めつけられたな、と彼女は心の底から思う。
 大楯の得物を持つということは、つまりこういう身体を一生背負っていくことに等しい。
 人々を護るという使命故に自身の身体を気にしないのだ。

「“|治癒よ、体を治せ《リカバリー》”」

 アニータはウィリアムの体に対して、まず大部分を支える骨の修復から始めることにする。
 宛がわれた銃口が左腹に移動して藍の光を発し始め、左腹を満たしていく。

「っ! ふぅ……」
「――――」

 途切れ途切れだった骨が確かにくっついていくのをウィリアムは理解したのか、大きく息を吐いた。
 その時に左腹に込められた力が急速に抜けていくのを見逃さないアニータ。
 思わずため息をついて仕舞う。

(なるほど、普通に動けてたように見えたのは筋肉で強制的にくっつけてたからなのね)

 確かに骨で繋ぎ止めていた体を、筋肉が割増で負担すれば今まで通り動けるかもしれない。
 だがそれは常に尋常ではない痛みを負い続けることになる。
 一歩歩くだけでもかなりの負担になっていたはずだ。

 10分ほどをかけて、ようやく左腹の骨を繋ぎきったアニータは大きく息を吐く。
 ほぼ傷を負う前の状態にまで戻った骨に、流石のウィリアムも驚きを隠せなかった。

「おぉ、凄いです」
「……今日はここまでね」

 額を伝う汗を右腕で拭うと、アニータは“ウィルン”を消す。
 どうやら治癒というのはウィリアムの思う以上に負担のかかる行為だったらしい。

「大丈夫ですか?」
「えぇ。これ以上の治癒は私の体力が持たないし、それ以上にウィリアム君の体にも負担をかけるわ」

 治癒というのは傷を治すこと。
 けれどそれは摩訶不思議な能力だけで治している訳ではない。
 あくまで活性化させて治しているだけなので、一日に一定以上の治癒しか出来ないのである。

「これからは良く食べて良く寝なさい。それだけ体の治癒も早くなるわよ」
「わかりました、そうします」

 服を着ながら、ウィリアムはアニータの言葉に頷いたのだった。




「――ここがこの街の衛兵の訓練場よ」

 治癒を受けた後、アニータの案内によってウィリアムは衛兵の訓練場に来ていた。
 理由はもちろんウィリアムの基本能力を向上させ、再び“呪病”にかからせない為である。

 訓練場の中へと足を運んだウィリアムは、自身たちへ……いや細かく言えば“アニータへ”視線を向けている人が多いことに気が付く。
 それは下世話な視線ではなくもっと純粋な疑問の視線だった。

(何故お前がここに……という視線だな、ウィリアムよ)
(あぁ。アニータさんがここに来ることは珍しいみたいだ)

 バラムと内心で会話をしていると、不意に誰かが近づいてくるのを見つける。
 スキンヘッドに日焼けの肌、筋骨隆々とした身体で一見怖そうに見えるが、よくよく見れば目元は少し垂れており柔らかな雰囲気を持っている男性だった。

「おう、アニータ。お前が来るなんて珍しいじゃないか。どうしたんだ?」
「用があるのは私じゃなくて、隣にいる少年の方よ。衛兵長、エレベンテさん」

 スキンヘッドの男性……エレベンテはアニータからそう言われると、隣にいる少年であるウィリアムに視線を移す。
 立ち方、露出されている肌から見える筋肉量などをエレベンテは見て察する。
 極々真面目な表情をして、スキンヘッドの男性はアニータに詰め寄った。

「お前、子どもを拾ってきたのか?」
「違うわよッ!」

 響きの良い音を鳴らしてアニータはエレベンテの、毛一本生えていない頭を全力で殴る。
 正直、ウィリアムもそう言うのは在り得ないなと思った。
 ……どの口が言うのか。

 鋭く息を吐きエレベンテを睨みながら、アニータはウィリアムを指さす。

「例の『緑の騎士』、ウィリアム君よ」
「……初めましてエレベンテさん」
「――――」

 息を呑む音が聞こえた。
 こんな若い、しかもガタイの悪い少年が『騎士』だということが理解できないのだろう。
 エレベンテはウィリアムをもう一度見つめ――

「ウィリアムと言ったかな、脱いでくれないか」
「……ぇ?」

 ――アニータと同じ言葉を放った。
 二回目とはいえ、流石に男から言われるとは思わなかったウィリアムは思考回路が一瞬停止する。
 そして無意識に逃げを求めたのか、恐る恐ると言った表情で問う。

「あの、上半身だけ……ですよね?」
「何言ってるんだ」

 ウィリアムは大きく息を吐く。
 当然だ、誰も同性のパンツ一丁姿なんて見たくも無い。
 安心しきったウィリアムへ、さも当然化のようにエレベンテは言い放つ。

「全部に決まってるだろ」
「えっ」

 しばらく、思考回路が停止したウィリアムであった。

2章_救済探す治癒の藍 ―本当の全力― ( No.26 )
日時: 2018/10/10 15:10
名前: 清弥

「ぁあぁぁああぁぁ、お婿にいけない……。女性からも男性からも裸見られるとか、本当にお婿にいけない……」
「まぁまぁ、アニータが居なかったからまだ良かっただろう?」

 それとこれとは話が別だろとウィリアムは金魚の如く顔を赤くしながら思う。
 赤面するウィリアムだが、彼を見つめるエレベンテの表情は真顔で悩んでいるようだった。
 急に黙り込んだエレベンテにウィリアムは首を傾げる。

「少年、失礼だがキミ……貴族の隠し子とか何かか?」
「え?」

 エレベンテの言いたい意図が掴めず、疑問符を空中に浮かべるウィリアム。

「キミには筋肉というものが全く見当たらなかった。普通の平民なら畑仕事や友達と遊ぶことで、自然に筋肉は付く。だがキミにはその“付いて然るべき筋肉”というのが殆ど無い」
「……だから、貴族の隠し子ですか」
「あぁ」

 一つの街で衛兵長を任されるエレベンテはある一定の情報を持っている。
 ヘマをしない為、貴族とその子どもや孫の名前は熟知していた。
 だからこそ思ったのだ、ウィリアムは貴族の隠し子で運動する機会が無かったのではないか……と。

「すみませんが俺は貴族の隠し子ではないです。止めてくれませんか?」
「――ッ! あぁ、すまない」

 瞬間、エレベンテに感じたのは威圧。
 戦闘経験も豊富であり、禍族に対して十数分時間稼ぎを行えるほどの腕前だ。
 けれどその彼が、若い少年の威圧に圧倒され足を一歩下がらす。

 慌てて謝罪したエレベンテは、ウィリアムがすぐに微笑んだのを確認して内心で大きく安堵する。
 それほどまでに、ウィリアムが発した威圧は凄まじい物だったのだ。

「すみません、貴族にはあまりいい経験が無いものですから」
「……そう、か。不配慮だったな、重ねて謝罪しよう」

 禍族と魔族、人間にとって共通の敵が生まれたことにより人間通しのいがみ合いは消えた。
 その結果、人間同士の戦争によるストレス解消の為に治安が悪くなることも無くなり、貴族も悪い面では目立つことは少なくなったのである。

 だが、例外は存在するもの。
 隠れて一方的に平民などを傷付ける貴族も居なくはないのだろう。
 幼い頃、運悪く性質の悪い貴族に痛い目を見せられたのだろうかとエレベンテは悟る。

「この話はこれまでにしましょう、お互いに良いものではありませんし……。というより、アニータさんは何処に?」
「あぁ、アニータ嬢なら帰ったっすよ」

 エレベンテに裸を見せている間に何処に行ったのだろう、と視線を巡らせるウィリアム。
 その疑問に答えたのは、訓練場で訓練していた若い男性だった。
 帰った?と目をパチクリとさせるウィリアムに、エレベンテはツルツルの頭を撫でる。

「済まないな少年、アニータはいつもあんな感じなんだ。用がなければすぐに帰ってしまうんだよ」
「まぁ一応“ウィリアム君、頑張ってね”と伝言があったっすけど」

 おぉ……と感嘆の声を上げるエレベンテに若い男性は「そうっすよね!」と声を荒げた。
 全く理解できないウィリアムは眉を潜めると、エレベンテに同調した若い男性に問う。

「どういうことですか?」
「あ、キミが例のウィリアム君っすね。アニータ嬢は人嫌いなんすよ」
「人嫌い……?」

 若い男性の言葉にウィリアムはアニータとの今までを思い出すが、どうにもその言葉が当て嵌まらないような気がする。
 どちらかというと、普通の女性のようにウィリアムには思えた。
 だがその時思い出すのは“治療院を一人経営”という事実。

「もしかして、治療院を一人で経営しているのも?」
「俺はアニータからそうだと聞いているね」

 ウィリアムはアニータという存在の違和感に顔をしかめた。
 彼には、どうしても彼女が表面だけでそう決めつけているようにしか見えなかったから。

(表面では人が嫌いなんて言ってるけど、それじゃあ……)

 それではウィリアムやエンテと接しているときの、微かな笑顔は何だったのか。

「じゃあ話はこれぐらいにして、そろそろ訓練を始めようか」
「え、あっはい」

 目を細めて思考の海へ沈み込もうとしたウィリアムの鼓膜に、エレベンテの声が響く。
 お蔭で現実に思考を戻したウィリアムは、一つため息をつくとこの問題はとりあえず置いておくことに決めた。

「ウィリアム、キミはあまりに体が出来てなさすぎる。よってそこのウェイと共に衛兵見習いの訓練を受けてもらうよ、良いね?」
「分かりました」

 ウェイと呼ばれた口調が独特な若い男性の方へウィリアムは視線を向ける。
 茶髪に茶目という、人間では最も多い色素の色をした彼はウィリアムへと手を伸ばす。

「よろしくっす、ウィリアム君」
「君付けは止めてください、ウェイさん」

 こっちも呼び捨てで良いっすよと、ウィリアムの手を握ってウェイは笑った。
 そして、ウィリアムの鍛錬が始まる――。




「おら、まだまだ速度出るだろッ! 早く走れ!!」

 初めて鍛錬するウィリアムに課せられた最初の訓練内容、それは持久走だ。
 エレベンテが「良い」と言うまで一度出した速度を緩める事は許されず、逆に延々とスピードを出せと罵られる。
 時間を周回数も設定されていない、正真正銘ゴールのない持久走。

(え、えらい……!)
(ふむ、ゴールを設定しないことで気を緩めさせないのか。良い訓練だ)

 ただ見るだけで済むバラムに内心愚痴りながらも、ウィリアムは走る。

「おいウィリアム! てめぇそれで本気のつもりか!? 『騎士』様にしては一番遅いじゃねぇかッ!」
「はぁっ……! はぁっ……!」

 訓練モードのエレベンテは容赦がない。
 柔らかい雰囲気はどこかへ行き、そのガタイの良い怖い雰囲気が漏れ漏れである。
 しかし、彼が言っていることは何も間違ってはいなかった。

(日々運動してなかったのが、ここまで響くなんて!)

 事実ウィリアムは衛兵見習いの若い男性たちより、見間違えるほど遅い。
 それは根性や気持ちで何とかなるものではなく、ただウィリアムの体が周りに比べて圧倒的に貧弱なのだ。
 実際生身で走りながら、本当に『騎士の力』様様だと思わざるを得ないだろう。

「まだまだ、全員スピード上げろ! お前ら根性たりねぇぞ!!」
(ふざけるなよ……!)

 ウィリアムの体はとっくに警報を鳴らしている。
 休むべきだと、酸素を肺に欲しいと、止まるべきだと叫んでいるのだ。
 けれどエレベンテはこれでも根性が足りないのだと言う。

(これ以上、どうやって――)

 思考さえも段々白くなっていく。
 もう考える事さえ今のウィリアムの脳には出来ない。
 脚の筋肉が悲鳴を上げまくり、パンパンに膨れ上がる。

 だが虚ろな脳に響くのは止まるなという轟き。
 心臓が弾けそうなほど早くなり、もう走っているのか止まっているのかさえウィリアムとって重要ではなかった。
 声の通りに走り続けることだけが一番大切だったのである。

 この状態で走り続けて10秒か、1分か、1時間か……はたまたもっと長いか。
 不意にウィリアムは体のあらゆる苦痛が無くなるのを感じた。

(あ……れ、体が……か、るい)

 思考が未だ虚ろなままだが、少なくとも疑問に思える程度には考える力が残っていたらしい。
 全体的に白みを帯びた視界で確認すれば、未だウィリアムの足は動き続けている。
 心臓の痛みも、足の痛みも、喉の渇きも、振り上げる肩の痛みも、もう感じなくなっていたのだ。

 ただ茫然と走り続けるウィリアム。
 そしてようやく、終わりを告げる声が鼓膜に響く。

「――終了ッ!」
「ぁ……?」

 走ることしか考えれなかったウィリアムは、その声を聞いた瞬間に足を止める。
 瞬間、凄まじいまでの体の痛みや苦しみ、怠さが襲い掛かった。
 死んだかのように支える力を失くし地面に倒れるウィリアム。

「ひゅー……ひゅー……」
「歩ける奴は歩けよ! 倒れた奴は起き上がらなくても良いからな!」

 ウィリアムは感じた。
 今先ほどの“真っ白の状態”こそが、自身の本当の限界なんだと。
 そこに至るまでは、まだまだ体は動けるのだと。

(なる、ほど……これが、全力)

 指一本さえ動かせない。
 動かしてしまえば、まるで砂のように崩れ去るような気分さえある。
 だが、それでも――

(すごく……良い。気持ち良いなぁ)

 ――走り切った充実感や達成感に、心地よく笑うのだった。
 エンテが「運動は良いぞ!」と誘ってくれる意味を、ようやく理解しながら。

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