複雑・ファジー小説

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飛んでヒに入る夏の虫【完結】
日時: 2020/08/20 17:53
名前: 今際 夜喪 (ID: 6hC8ApqV)

飛んでヒに入る夏の虫

 暗がりを恐れているのか、灯りが恋しかったのか。それとも君も、死にたかったのか。
 白熱灯に触れた羽虫は、ジジッとノイズと共に生命を散らして、地に落ちる。イカロスだっけ、太陽を目指してロウで固めた翼を羽ばたかせたのは。少しだけ似ているかもしれない。
 いいな。空を掴めない掌で、太陽に焦がれた。遠い、遠い、蒼穹の中の光への羨望は、日に日に募っていく。
 
 きっと、どこかで野垂れ死んでしまう、羽虫のような存在。死んだって誰も気にかけない、ちっぽけな何か。
 夏は嫌い。溶けて消えてしまえとでも言いたげな炎天下が嫌いだった。夏休みの宿題を終わらせなければと焦らされる感覚が嫌だった。何かしなければいけない気がする感覚も嫌で、堪らなく嫌いなのに、夏の終わりが来ると、どうしてか寂しくなるのが、何よりも嫌いだった。
 ヒグラシの声に、耳を塞ぎたくなる。毎年同じ臭いのする、別の夏を見てきて、思う。
 
 死んでしまいたいなって。
 
 
初めまして、今際 夜喪(いまわ やそう)と申します。夏が来たらこの話を書こうと思っていたので。
短いですが、この猛暑で溶けて消えてしまいたいような、そのくせ溶け残ってしまった、何かみたいな、暗い話です。
(二年前の夏に更新停止したものを再始動しております)
 
目次
♯01 陽炎/カゲロウ>>1>>2>>3
♯02 蛍火/ホタルビ>>4>>5>>6>>7>>8
♯03 空蝉/ウツセミ>>9>>10>>11>>12
 
登場人物
日暮 禅/ヒグラシ ゼン
源氏 蛍/ゲンジ ケイ
薄羽 秋津/ウスバ アキツ
 

Re: 飛んでヒに入る夏の虫【8月完結予定】 ( No.10 )
日時: 2020/08/12 11:52
名前: 今際 夜喪 (ID: Whg7i3Yd)

 1日目。

 今日から夏休みが始まった。明らかに浮かれているクラスメイト達や、それを注意する教師たちを横目に見て、俺には関係ないって帰り道を1人で歩いた。そうして、学校の帰りにケイの病室に寄る。
 ベッドの中にお行儀よく収まっている彼女の姿は、どこか頼りなくて、顔色も一層悪く見えた。見てわかるほどに、日に日に衰えている。だから、今しかないって思ったんだ。

「ケイの体、良くないんだろう」

 病室に入って第一声がそれだった。少し気分を悪くしただろうか。ケイの様子を窺うと、その大きな瞳を更に見開いて、俺を見ていた。
 驚いた様子だったけれど、ケイは口元を綻ばせて、どこか諦めたみたいに笑う。「まあ、ね」と短い返事をして、残り少ない自分の命の期限について思考する。考えたって変えられるわけじゃない。どう足掻いたって、きっとこの夏休みの終わりに、ケイはいないだろう。
 だから、決めたのだ。

「じゃあ、この夏にしよう」

 1年前に彼女は俺に言った。一緒に死のう、と。彼女との心中を支えに、俺はこんな人生に耐えてきた。君と死ねることだけが、俺を支えていたと言っても過言ではない。ただそれだけを夢に見続けていた。

「今年ってさ、平成最後の夏って言われてるんだよ。だから、本当の意味で最期の夏にしようよ」

 最高の終わりを、共に迎えよう。
 そうやって、ケイに右手を差し出した。彼女はそれを風景みたいに眺めて、もっと何処か遠くを視線を漂わせる。
 俺の手を、取ってはくれなかった。

「……考えておくね」
「考えておく、て。そんな悠長なこと言ってられないんじゃないのか」
「大丈夫。わたしの体だよ、どれくらい保つかくらい、わかってる」

 もうどれだけ時間が残されていないかも、理解していると。暗にそう言っていた。
 ケイには時間がなかった。それは俺の想像よりずっと追い詰められていたのかもしれない。こうして普通に言葉をかわし合うことすらも、苦しかったのかもしれない。ケイはそれを悟らせないように、気丈に振る舞っていて。
 だから、俺は置いて行かれてしまったのだろうか。

「わかってるから。ちょっとだけ準備の時間をちょうだい」

 君の弱々しい微笑みを、そのときは信用した。本当に終わるときは、俺達一緒になれるのだろうと、信じて疑わなかった。約束が破られるものだなんて、裏切られたその瞬間くらいにしか気付けないだろう。

「うん。一緒に死ねる日、楽しみにしてるからさ」

 なあ、どうして。ケイは俺を裏切ったんだよ。


 6日目。

 病院の屋上で、ひたすら夜を待っていた。食欲なんてなかったから、今日は何も食べてないし、そういえば何も飲まなかった。体が本当の意味で空っぽになっている気がする。俺には元々何も詰まってないけれど。
 スマホの時間を確認すると、23時を過ぎていた。余命は1時間を切った。ほんの少しだけ、緊張しているのがわかる。怖い、というよりは、もっとふわふわした感じ。大舞台に立つ前の高揚感とか、大事な試合でのサーブをする瞬間とか、そんなものに似ているかもしれない。
 まるで、これから偉大なことを成し遂げようとしているような、そんな面持ちだった。
 死ぬ、というのはそんなにだいそれたことではないかもしれない。でも、俺の一生の中で、一番輝く瞬間。何より瞬く恒星になる、運命の一瞬なのだ。

 俺は鞄の中に仕舞い込んでいた三つ折りにした遺書を取り出す。夜風に攫われて仕舞わぬように、大切に持って。
 自分で見返してみると、何だか気恥ずかしい。初めは自分ではない誰かになりきったつもりで書こうとしたから、一人称が所々ぐちゃぐちゃになった、支離滅裂な文章。独白なのか、告白なのか、何を伝えたいのかもわからない散文。誰に何を伝えたいのかも不鮮明で、遺書というにはあまりにも抽象的な世界観がある。
 読み返して、何だこれと笑う。俺は何を残したかったのだろう。本当に全部を伝えたかった人はもういないから、ここに書き殴った感情の全てが無意味に散らばっている感じがする。

 スマホで時間を確認する。23時56分。そろそろだ。
 遺書が風で飛んでしまわないよう、鞄の下に敷いて、それから靴を脱いだ。いつもは揃えもしない靴を、その時ばかりはきっちりとかかとを合わせて、屋上の隅に置く。
 裸の足でフェンスを踏みつけると、ちょっと尖った部分が当たって痛かった。
 よじ登って、少し視線の高くなったところから地上を見下ろす。夜の街灯が煌めいていた。空の星には劣る光だが、最期に見るには悪くないなんて思う。

「…………、……」

 心臓が高鳴った。ここから見える風景の中に飛び込んで、全部が無に還る。そのための一歩が、どうにも重たい。泥濘から俺の足を引っ張ってるみたいに。
 アキツはもっと簡単そうに落ちてみせたのに。なんでかな。
 息を吸い込む。心臓を飲み込むみたいに、落ち着けようと必死になる。

 ……そのとき、急にアキツが最期に口にした言葉を思い出した。

「人生には、死と同じように避けられないものがある。それは生きることだよ」

 あの瞬間。生きることから逃げ出したのは、そっちの方なのに。俺には逃げるななんて、身勝手なことを言ったのだ。
 なんであんなことを言った。まるで俺にだけは、死んでほしくないみたいに。俺だけ生きたって、仕方ないじゃないか。もう、取り残さないでくれよ。なあ。
 嫌だ、俺は死にたいんだ。ケイに逢いに逝くのだ。アキツと同じところに逝くのだ。

 死んでやるって、決めたのに。
 死ねば楽になるって、わかるのに。
 ああ。なのに。

 なのにどうして。

 足が、竦むんだろう。

Re: 飛んでヒに入る夏の虫【8月完結予定】 ( No.11 )
日時: 2020/08/16 12:25
名前: 今際 夜喪 (ID: Whg7i3Yd)

拝啓
 
 恥の多い生涯を送ってきました、なんて。有名な書き出しを真似してみる事しかできない私を、あなたはどう思うでしょう。
 ありがちな事しか綴れないけれど、よくあるやつです。

“あなたがこれを読んでいるとき、私はもうこの世にいないでしょう”

 そう。遺書です。迷惑を承知でこの手紙をあなたに遺そうと思います。逝ってしまう私を、許してほしいとは言いません。私はあなたに恨まれ、罪の意識を背負う覚悟なんてありません。だから死ぬのですから。臆病で、挑戦よりも逃亡を繰り返してきた私だから。

 そもそも、私が何故この手紙を君に宛てたか。それは言ってしまえば君に対して抱いてきた「名前のない感情」によるもの。
 何だそれは、と思うでしょうが、その名の通り、既存の言葉では表せない感情です。
 私は君が好きでした。でも、恋のように甘く酸っぱく苦い、なんてものではありません。味で表すならもっと苦々しい、とても飲み込む事のできない激しい感情。苦くて辛い、何よりも痛々しい。蛇みたいに心の奥でとぐろを巻いて、のたうち回っては私の気持ちに荒波を立たせて、どうにも無視することができない。愛おしいのに、狂おしいほどの嫌悪とも相違ない。それを恋などとは呼べやしない。
 そう、私は君のことが大嫌いでした。

 あの日出会った君は、私にとっての太陽でした。
 眩しくて眩しくて、ジリジリと灼熱で私を溶かしてゆく。真夏の陽射しの如き君が、私は大好きでした。
 草木を伸ばし、自然を豊かにさせていく反面、君のその明るさは、水を殺す。私はきっと水だった。君の灼熱に苦しんでいました。
 それでも私が君の側にいたがったのは、枯れてしまいたかったのだと思います。君と一緒に、枯れたかった。

 私の人生は君に狂わされてばかりだったらしいです。君がいなければ駄目になってしまう。だから先に死んでしまうことにしたんだ。逆の立場なら、私は君の後を追って何処までも行くけれど、君はどうだろう? 後追い自殺なんて馬鹿げてるって、病室のベッドで笑い飛ばして、私との約束なんてなかったことにするかもしれないですよね。そんなのは悔しい。私だけが君に狂わされていたと思うと、やっぱり妬ましいです。祟ってしまいたい。冗談ではないよ。今度は私が君の人生を狂わせてしまいたいと本気で思ってるよ。
 
 私は透明でした。
 君と出会うまでの10数年に色はなかった。君と見た景色にだけ、鮮やかな色彩が溢れていました。空が青いのも、金魚が紅いのも。君の好きな花、マリーゴールドだっけ。君と一緒だから、あんなに綺麗に見えたんだと思います。君がいたから知ったことでした。それまでの空も金魚も、あの花も、無色透明の質素な物でした。君がいなければ色彩を知ることは無かった。
 ……君が俺に色をくれたんだ。

 私は君と出会ってから初めて人生を歩みだしたのです。君が色を与えてくれてから世界を知った。君を愛して初めて喜びを知った。君を恨んで初めて悲しみを知った。ずっと本当は寂しかったのかもしれない。それに気付いたのも、君を知ってからだ。
 君を知らなかったら私は、ずっとずっと、言い様のない、不定形の寂しさを引き連れて今も歩んでいけたのかもしれない。あの日、飛ぶ勇気等、本当はなかったのだから。
 でも、そうはならなかった。君を知り、私は初めて生きた。
 
 この激しくのたうった感情と折り合いを付けて、結果私は死ぬことにした。
 「名前のない感情」に、名前が与えられてしまう前に、私は「名前のない感情」を独り占めするために、逃げ出したかったのだ。
 君に抱いた、君だけに抱いた私の気持ちを、誰にも理解させるものか。君にさえ、理解させたくはない。この苦しみが君だというなら、私は敢えてそれに呑まれてしまおう。そう思ったのだ。
 
 俺は、とても不器用に生きてきた。君と出会う前の無色な人生なんて、否定して無かったことにしたいくらいに、なんにも無かった。
 勿論友達なんかいなかった。いたのは僕の妄想の中だけ。イマジナリーフレンド。君によく似た明るくて優しい女の子がいた。ただ、物心付いたときには消えてしまう。その程度の存在だった。私の妄想なんだ、その程度に決まっている。
 私は(黒く塗りつぶされている)悪かったから、気にしていないよ。強いて言えば、常識や現実や回避の仕方。私がおかしいってことを教えてくれなかった、両親を恨んだ。
 彼らは私に触れると穢れると言って、私を避けていた。私にとって、彼らはみんな敵だったけれど、本当に淘汰されるべきは私1人だった筈なんだ。周りを恨むことしかできない不器用な私だった。あの頃に、しっかり自分を殺せていたなら。君に出会わずに済んだかもしれないのに。私が人生において後悔していることは、小学生の時、ちゃんと死なななったことと、君に出会ってしまったことと、生まれてきたことだ。

 俺はあの頃、酷く寂しかった。当たり前だ、周りは敵しかいないのだ。俺が悪かったとしても、何かに縋り付きたかった。結局俺はどうやって生きていたのだっけ。虫食いの記憶しか残っていないよ。だから、色が無いんだ。
 色の無かった世界を揺蕩うだけでも良かったのに。あの日、君を知った。
 太陽と見間違うほどのその光に、俺は溶かされていた。
 衝撃を受けた。
 君という太陽が、俺の人生に与えた歪は余りにも大き過ぎたんだ。俺が今までの俺を否定してしまうことがこんなにも容易いなんて、知らなかった。強い光に、目が潰されてしまったのだと分かるのに、そう時間はかからなかった。

 きっと君はあの日、神様だった。ああ、こんなことを言うと流石に気持ち悪いかもしれない。でも、見間違いでは無かった、直感から確信へ。君は俺の神様だった。
 偶像でも構わない。俺は君を崇拝する信者だ。
 









 でも、神様は今日、壊れた。
 
 こんな簡単に終わりが来るとは思わなかった。これからずっとずっと、縋っていられると信じていた拠り所が、硝子よりも脆く崩折れて、僕はそれを泣きながら眺めて。
 神様、君は何も悪くない。君が死んで、君の言葉を見た瞬間、僕は生きながらに殺されたのだけど、それは全て僕に非があった。信じたのも期待したのも僕なら、裏切られ、失望するのもまた僕だけでいい。
 僕はもう、君を神様だなんて思ってない。偶像拝はやめたんだ。だけど、まだ、盲信の残渣が僕の中でのたうつのだ。それこそが、君に対する盲目的な愛で、呪いで、嫉妬と恨みと懐古の入り混じった醜い「名前の無い感情」の正体。
 何処までも純粋で純情。だが、何処までも歪み捻じれ、穢らわしい。それが、君に抱く感情。
 君は神様だった。地に堕ちた。僕の中で君は死んだのだ。本当の意味で死んだ。
 
 君の言葉を見返しながら、僕は思うのだ。君に出会わなければ良かったと。
 苦しみから逃れたいのに、君は僕を開放しない。君は神様の残渣を残して記憶の中で微笑むから。恨めしい。妬ましい。途方もなく愛おしい。きっと君などいなければ、色は無くとも世界は美しかったのに。
 
 僕の人生は君だった。でも此れは、君に対する恋文ではなく。なんのために、誰に向けて捧げる遺書だろうか。
 神様は死んだ。僕の神様は死んだのだ。これは後追い自殺。君より先に死んでしまおうと思っていたのに、先を越されてしまった。なんだかおかしいね。
 僕は本当は君の神様になりたかったのかもしれない。君に必要とされたかったのだ。盲目的に僕を見てほしかったのだ。愛されたかった。

 でもきっと、俺のような人間ですらない何かが、愛されたいなんて、おこがましいことで。
 こんな言葉を使うのは、相応しくないかもしれない。けれど、僕は君を、愛していました。愛されたかったからなのかもしれない。でも、見返りとかそれ以前に、この気持ちはずっとあったんだ。
 大嫌いな君。だけど、心から愛していました。
 出会わなければよかったと願うのに。嫌いで嫌いで仕方ないのに、愛していました。これだけははっきり言える。死んでしまった神様。君の屍に、少しだけ近づけたらいいと思う。

 夏の太陽が僕を焼き殺す。灼熱に、会いに行きたい。だから今日、僕は飛びます。

 俺はきっと、飛んでヒに入る。夏の虫。

敬具

Re: 飛んでヒに入る夏の虫【完結】 ( No.12 )
日時: 2020/08/20 17:53
名前: 今際 夜喪 (ID: 6hC8ApqV)

 よく晴れたアスファルトの上、白い腹を見せた蝉が転がっていた。
 まだ生きている、と鳴こうとする。自分はまだ果てないと叫んで見せる。
 でも、一向に声は出ないままで。
 そこを一台のトラックが通り過ぎた。
 ばり、ばり、と音を立てて。バラバラになった蝉が、灼熱のアスファルトの上に転がっていた。





 飛んでヒに入る夏の虫【完】

Re: 飛んでヒに入る夏の虫【あとがき】 ( No.13 )
日時: 2020/08/22 17:41
名前: ヨモツカミ (ID: uFFylp.1)

【あとがき】

今際 夜喪(今はヨモ)みたいな。名前を変えてみていましたが、正体はヨモツカミでした。皆さんこんにちは。

あとがきというものを書くのは実は初めてです。なにせ、作品を完結させたことがなかったものなので。「飛んでヒに入る夏の虫」も、本当は二年ほど前に書くのを諦めたはずの作品でした。二年前、というと平成の終わりですね。まだ令和のレの字も知らなかったあの夏です。

茹だるような暑さが毎日続いて干からびそうになっていたとき、ふと、平成最後の夏に何かを成し遂げたいと思ってふらりと書き始めたのがこの作品でした。
しかし私の性格はものすごい飽き性。続けることが億劫になって、一度筆を折りました。あと、あの瞬間書きたかった気持ちが不意に思い出せなくなって、これ以上書くのは無理だなって思ってしまったんですよね。

この作品を読み切ってくださった方ならわかると思うのですが、これ「死にたい」という、生きている上で最底辺に沈んだときの気持ちを想像して書かなければいけないから、普通のテンションじゃ書けないわけですよ。私も常に死にたいほど病んでるわけじゃないので(笑)

もう、書き始めたの二年前だし、あの頃の気持ちも殆ど思い出せないから書くのなかなか苦労しましたよ……。

「飛んでヒに入る夏の虫」のテーマは、平成最後の夏と、自殺と憧れです。とにかく夏らしさを描写し尽くした。強い陽射しと虫の声と海。読んでいるだけであのべたつく暑さが感じられたらいいなって気持ちで書いていましたね。

それから自殺。最初は全員が死ぬ予定でした。さて、そもそも最後のシーン、ゼンが死んだのかどうかはあえて描写しませんでしたので、彼の生死は想像におまかせ系になりましたね。この辺を作者である私が語ってしまうとそれが答えになってしまうので何も言いませんが、当初の予定では、ゼンが死ぬシーンもしっかり描写するつもりでした。多分二年前に書ききることができていたなら、彼が死ぬシーンは確実に描写されたのでしょうが、なんでしょうね。ゼンに、生きててほしいと思っちゃったんですかね。
私は人が死にたいと言っていたら進んで送り出すタイプの人間なので、二年前なら死にたいはずのゼンが死ぬことが最大のしあわせだと思って、迷わず描写したとおもうのですけど。今の私に、文で彼を殺すことはできないなと思ってしまったんですよね。

最後、憧れというテーマ。これはゼンのケイに対する気持ちですね。これこそが、二年前はあったけど今の私の中にはなくなってしまったので筆を折る原因だったわけですけど。
彼はケイのことを太陽だと表現しました。眩しくてとても無視できない、灼熱で私達を炙る、真夏の太陽のような存在だと。ゼンにとっては、それほど大きな存在になってしまっていたのですね。人生の大半を彼女への思いで埋め尽くされるほど。ただし、その感情は恋ではないのです。憧れなんて単語で表すと安っぽく見える、「名前のない感情」でした。私の中にもかつてあったそれは、いつの間にか形を失ってしまって、この作品を書くことはできないなと思ったんですけど。なんとか思い出しながら書き切りましたね。でもやっぱり、わからないものはわからないので、ゼンの遺書の内容なんて特に自分で書いてくせに何を書いてるかよくわかっていません。

わからないけど、あえて二年前に書いたそのままの形で載せることにしたんです。あの気持ちが思い出せなくても、あの思いは確かに存在したんだなと、忘れたくなくて。感情は消えるんじゃないから。時間が経って薄まってしまうことはあっても、見えないからまるでなかったことにされてしまうけど、消失するものではないんですよね。そんな私の持っていた何かを形にしたくて、ゼンの遺書という形状で作品になりました。

ゼンの遺書の解説を少しすると、バラバラの一人称は、誰が書いたのかを曖昧にするためのものです。なんとなくゼンは、あれを自分が書いたと思われるのを隠したかったという意思があります。
基本はケイに宛てて書いています。ですが、書き始めた時点でケイは死んでおります。でも、それを認めたくない彼が、ケイは生きている前提で書きました。しかし、神様としてのケイはゼンの中では死んでます。偶像崇拝をしていた信者であるゼンが、ケイに失望したことにより、ケイという神様、太陽は死にました。

それから、テーマというか、最初に見たときからわかっていたかもしれませんが、「飛んでヒに入る夏の虫」に登場する三人の名前は皆虫をイメージしています。蝉と蛍と蜻蛉です。随所で彼らを虫に例えた描写もあったと思います。
最後のアスファルトに落ちた蝉が轢かれる場面なんかも、ゼンの命が失われるシーンの代わりに入れたものです。この作中では、ケイとアキツと蝉がはっきりと死んでいるんです。

書き忘れましたが、ゼンの遺書の最後の「ヒ」とはなんであるか。
ヒは、変換すると色んな漢字になりますね。だから、1つの意味ではないんです。
自分が「飛んで非にいる夏の虫」であると表現したケイの遺書を真似して、ゼンも同じような文を入れました。それは碑であり、悲であり、想像におまかせします。ケイは非、線路に飛び込み、電車を止めてしまうことへの罪悪感から。アキツは陽、ずっと引き篭もっていたけれど、太陽の下に出てこれたから。そしてゼンはヒ。それぞれの虫が「ヒ」の中に。そういう意味のタイトルでした。

こんなに自殺にまつわる話を書きましたが、けして自殺を推奨したり助長するような内容ではありません。自殺はいけません、思い悩んだら人や掲示板に書き込んだりして、相談しましょう。

恥ずかしながら、私も一時期本気で自殺を考えたことがあります。そのときはちょうど、この作品のように「海がいいな」と考えました。というか、それがきっかけでこの作中では海が出てきます。
きれいな海を最期に見て、終わりにしたいと。自殺の名所が絶景なことが多いのは、そこから落ちればしねるからというよりは、最期に美しいものを見たいと思う人が多いからなのでしょうね。
そこに、生きることへの未練が現れているように思います。
誰しも、死にたいのではなくて、生きられないと思いこんでしまうのだろう、と。視野が狭まってしまうんです。もう道はそれしかないのでは、と。死ななくてもどうにかなることなんていくらでもあるのに。
私の場合は勇気が少しもなくて死ねませんでした。臆病でよかったです。死ぬことになんか勇気を出さずに、生きる勇気を持つべきなんです。

大人になってからの方が、人生楽しいことばかりです。子供のうちは辛くて、その辛い環境が自分の世界全てだから、どこにも逃げられないと思って、彼らは自殺を選んでしまったのでしょう。
ケイなんかは本当に追い詰められていて、自殺しか道がなかったのかもしれません。でもアキツやゼンは死ななくても良かったのではないか、と思います。それでも彼らは死ぬことを選ぼうと考えました。
若いからこその行動力がそうさせてしまったのか。やはりなにより環境がそうさせてしまったのでしょう。

もう命を断ってしまった彼らに、それでも生きてほしかったと思えてなりません。でもこれは私達のエゴですね。誰かにどうしてほしいとか、何が一番彼らのためになるとか、私達がどう考えたって、決めるのは彼らなのだから。

ケイは死んだ。アキツも死んだ。ゼンはどうなのだろう。絶対に生きていたほうがいつかいいことがあるって思うけれど、彼らが死ぬことを選んだのなら、それもまた正しい道だったのかもしれません。


さて、余談ですが、この作品のテーマは私が複雑ファジーでは執筆している中編小説「まあ座れ話はそれからだ」に酷似している部分があります。
自殺願望を持ちつつ死ねなかった小豆澤燕と、唐洲世津那への異様な執着、殆ど崇拝するような姿を見せる木村散帝亜です。
あえてテーマを被らせたというか、被ってしまったというか。
なので「飛んでヒに入る夏の虫」を気に入ってくださった方は是非「まあ座れ話はそれからだ」も読んでみてほしいです(宣伝)
私の代表作は「継ぎ接ぎバーコード」だと思われがちですが、気合の入り具合はまあ座れのほうが高いと想いますので、おすすめです。


ここまで長いあとがきというか、執筆後のつらつらとした余談に付き合ってくださった方、ありがとうございます。また別の作品でお会いしましょう。

Re: 飛んでヒに入る夏の虫【完結】 ( No.14 )
日時: 2020/12/05 09:06
名前: ヨモツカミ (ID: xJyEGrK2)

名前を変えてますが、作者のヨモツカミです。
大会が始まったので、せっかくなので多くの人の目にふれればいいなと思ってスレを上げます。夏のお話ですがよろしくお願いします。


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