複雑・ファジー小説
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- 華壱匁
- 日時: 2018/09/17 18:51
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
- 参照: https://m.youtube.com/watch?v=gZJUOfU_22g
────勝って嬉しい華壱匁
────負けて悔しい華壱匁
さぁさご覧に入れましょう。
我らは『百鬼夜行』。只今生活を護る為、我らの平穏を護る為、ここにやってまいりました。
これより行われますのは
楽しい楽しい『宴』であります───
※注意※
解釈違いの可能性あり
この話は主に現代妖怪(都市伝説)を扱います。アレとかアレとか。
作者の趣味と軽率な行動で構成されています。
おそらくグロ要素が入ります。18禁にいかないといいですね。
最後に、この作品はフィクションです。実在する個人、団体、地域などとは一切関係ありません。
あらすじ
人里離れて山の奥で妖怪たちと暮らしている弘原海御幸が、度々街で噂になる『げんだいようかい』を、現世からの因縁を断つために、何より自分たちの平穏を守る為に、百鬼夜行を率いてやってくる一話完結型長編。
ジャンル:ホラー/ファンタジー
年齢指定:R15〜
用語集
(そのうち作る)
目次
第壱話 八尺様
>>1 >>2 >>3 >>4
>>1-4 (まとめ読み用)
第弐話 コトリバコ
>>5
第参話 メリーさん
第四話 テケテケ
第伍話 ムラサキカガミ
(全十話〜十五話予定)
- Re: 華壱匁 ( No.1 )
- 日時: 2018/07/27 21:27
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
人里より遠く離れたかの場所。そこには人ならざる彼らが、日々ひっそりと、悟られぬように暮らしている。人に、自らの存在を認知されぬように。
だが得てして彼らは、自ら人里に降りてくる。それは好奇心ゆえか、それとも。カランコロンと鈴の音、靴音を鳴らし、彼らはやってくる。暗闇から、何もないところから。ほんのりと明かりを付けて。ほんのりと、ひんやりと。
彼らを率いるはひとりの『にんげんとは違う何か』。大正時代を思わせるような、黒の学生服。白い手袋をはめて、長い髪を揺らし、細身で長身の刀を携えて。口元はゆるりと曲がり、その目はすべてを見透かす。そうして『彼女』は彼らを率いてやってくる。ひとすじの、『まじない』にもにた言葉を紡いで。『百鬼夜行』はやってくる。
───知らざぁ言って、聞かせやしょう
───我ら妖怪御一行
───只今百鬼夜行道中
───どんちゃん騒いで道行きますれば
───何卒、何卒、願います故
─華壱匁-はないちもんめ─
〜第壱話 八尺様〜
近頃街はある噂話がしきりに出回っていた。その始まりは巨大ネット掲示板からだった。
『八尺ほどの身長の女』。『ぽっぽぽっと奇妙な音が聞こえる』。『若い男にだけとりつき食らう』。などと言ったものがいつの間にやらあちこちに広まり、話を調べてみれば実際にそれを見た、という証言まで出てくる始末。
その都市伝説、または噂の名を『八尺様』。身長が八尺ほどあるからそう名付けられたらしい。白のワンピースに白の帽子を深くかぶり、髪の毛もやたら長く、その後尊顔を拝むことはできない。
曰く、その八尺様はある村で封じられている怪異なのだが、それによる被害は実に数年から十数年に一度といったもの。その村にある地蔵が倒されぬ限り、表には出てこられない。
しかし、それが近頃破られたというのだ。封印の意味でも、『出現範囲』の意味でも。
「……っつう話が出回っとるらしいんだわ」
そしてその話を終えると、その人物───否、『妖怪』は相手の顔色を見る。その話はまだ噂の範囲。どのような反応をするか、伺っているのだろう。それによる出方も。話を聞いていたその人物は、くわえていた煙管を手に取り、口から外す。口からは白と灰色が混ざった煙が漏れ出て、煙管から紫煙が立ち昇る。すぁ、ふぁ、と。
ここは人里より離れた山の奥深く。そこにぽつんと構えられている居に、数多の『者たち』は、ひっそりと暮らしていた。その暮らしをさとられぬように。察せられぬように。その居で『者たち』の中の、『ふたつ』が出回っている噂について話し込んでいた。妖怪の方はそれなりに気になるという態度をとりつつも、聞いていた煙管を吸うその人物は、何だその程度か、としか思っていないようで、いかにも興味がなさそうな顔をしていた。ただ、話くらいは合わせてやろう───そう思ったのか、声のトーンは軽い。
「そいつぁ大物な気がするな。だが実際に被害はまだ出てねェんだろゥ?ちょいとそれだけじゃ、あっしもどうするこたぁ、できねぇな」
「だけどよ、そういう『噂』が出回ってんだぜ?何があったっておかしくねぇさぁ」
「って考えるだろ?その手の話にゃ、ハズレがつきまとうもんさ。いつでもね」
そんなもん、いくらでもあるじゃあねぇか。そう言うとその者はまた煙管を口に咥え、すぅっと吸い込む。そしてまた口からなんとも言えない色の煙が漏れ出す。その煙を楽しむと、ほっ、と口を丸くして残っていたすべての煙を出した。だが、隣にいた話し相手の妖怪はまた、口を開く。
「けどよ、『噂は噂されるほど強くなる』って言ってたのは、他ならぬあんた───御幸姐(あね)さんじゃあないか。今回のその、『はっしゃくさま』とやらも、その類だろゥ?どうすんだい、山の麓の村にまで被害が出たら」
「ふぅむ……そいつぁ一大事だなァ」
「おッ、姐さん物の見方がかわったねッ」
「そんな大袈裟にするもんじゃあ、ないだろ」
そう言われると、途端に御幸(ごこう)と呼ばれた人物は、煙管をいじる手をピタリと止め、もう一方の手を顎に沿わせ、深く考え込む態度を見せた。その様子に妖怪はぱちんと両の手を鳴らす。
山の麓の村。それは彼らが暮らす山の麓にある、大きい村のことである。村としては大きいために、本来街とするべきなのだろうが、いかんせんゴロが悪くなるという意見により、村のままの表記となっている。そもそも、村としてやってきた歴史が古いのもあるのだろうが。
その村には、御幸たちの存在を知ってかしらずか、毎日おにぎりをお供えにくる子供たちがいる。村のはずれの、大きな石の目の前に。それをありがたくいただき、皿を空にして石の目の前に戻す。そして子供が夕刻あたりに取りに来、また翌日の朝におにぎりを作ってお供えにくる。これを毎日繰り返している。普段外に出ない御幸にとってはこれが毎日来る食事であるので、村にもし八尺様の被害が出たとしたら……想像は容易い。
「なっ、なっ、これは外に出るべきじゃあねえかっ」
「そう言っといて、ホントはおめえさん───その八尺様が見たいだけだろゥ?」
「ぎく」
「はっはっは、好奇心があるのはいいことだけどな、何事もほどほどって言葉があんのさ」
カラカラと笑うと、御幸はこの話はここいらで終わりにしようぜ、と切り上げた。それを妖怪───『一つ目小僧』は慌てて引き留めようとする。
「姐さん、どこにいくんでぃ」
「あー?散歩だ散歩。目覚ましと外の空気を吸いになぁ」
それだけいうと、御幸───弘原海 御幸(わだつみ ごこう)は、一つ目小僧に手をひらひらと振って、その場から去っていった。残された一つ目小僧は、まだ話してないことあったんだけどなあとつぶやいてみせるが、それを拾う者は誰もいなかった。
次回更新日 8/3
- Re: 華壱匁 ( No.2 )
- 日時: 2018/08/03 17:24
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
弘原海御幸は実の所、よくわかっていない人物だ。素性も、経歴も、果たして『人間であるのか』すらも。はっきりとしていることは、御幸はれっきとした『女』であり、古来より日本に住まう妖怪たちが為す『百鬼夜行』の、リーダー的存在であるということ。なぜそうなったのか、それは遥か忘却の彼方。いかんせん、彼女は物忘れが激しいらしく、昨晩の夕飯のことすら忘れることもしばしば。遠い昔のことなど、もってのほかだろう。
「なんてことを御幸さんは思ってみたりもした」
「なぁん」
「猫又?どうしたあっしの散歩に付き合ってくれるんか?」
「んなー」
先程の部屋を出て玄関口。靴を履いてさて外に出るかという矢先、御幸の足元に一匹の猫───否、尾が二つに割れた、所謂『猫又』が寄ってきた。御幸は猫又を抱きかかえ、少しばかり撫でてやると、猫又は満足したのか腕の中で喉を鳴らしたあとに眠り始めた。二つに別れていないことを度外視すれば、普通の猫のように思える。
「おーやおや。おねむかい、寝子(ねこ)さんや」
猫は一日の半分以上を寝て過ごすっつぅからなァ。カラカラと御幸は笑うと、戸を開けて外へと足を踏み出した。
外は思ったより天気が良かったようで、木漏れ日が御幸と猫又を柔く照らす。それとなく心地いい木漏れ日だ。今日はいい散歩になりそうだな、御幸は笑うと、特に目的もなくあたりを歩き始める。
最近寝ても寝たりなかった体を目覚めさせるには、ちょうどいい。昼飯におにぎりでも持ってくるんだったかな、と御幸は思う。あ、でも昼飯食ったような気がする。どっちでもいいか。腹減ったし。くぁ、とあくびをする。やはり木漏れ日が心地いいからだろうか、それとも腕の中で眠る猫又がやけに温いからだろうか、自分でさえ眠くなってきた。元々眠気覚ましに散歩をし始めたのに、これでは本末転倒かね。そう思う御幸であったが、次の瞬間完全に目を覚ます。
『なあ、ここにヨーカイがいるって本当か?』
『マジだよアタシ間違えないもん。あと心霊写真も取れるって』
『なーなら早く撮ろうぜ、待ちきれねー。インスタにアップしよ!』
『いいねどんだけくるかなあ』
どうやら何も知らない人間が、この山に目的を明確に持って来たらしい。とても人間らしい目的だ。心霊写真と妖怪を目当てに来るとは。人間はわからないかもしれないが、それは他人の家に勝手に侵入するのと同じ。荒らすのと同じ。なんでそんなこともわからないんだ。御幸は苦々しく思うが、それが人間というやつなのだろう。人間は人間以外の、人間にとって訳の分からぬ生き物を、理解しようとしない。そうなれば必然的なことだろう。いつになっても、変わらない。
「(やれやれ。さてどうしたもんかね。穏便に帰ってもらうにゃあ……)」
御幸はかぶっている帽子を、深くかぶり直した。今下手に出ても自分たちの存在がバレるだけだし、かといって騒ぎ立てて帰ってもらっても、『何かがいた』と下界で騒がれるだけだ。そうなれば平穏な暮らしはもう戻っては来ないだろう。何かいい案はないかね。思考を巡らせている内に、突然、風がひゅう…ひゅううう……と音を立てて強まる。木々は騒がしく揺れ、こころなしか雲が広がってきた。おやおや、こいつぁヤツの仕業かな。
そうこうしているうちに風はやたらと強くなり、その場に立つことすら難しくなってきた。それを察したのか、その場で写真を取ろうとした人間たちは、逃げるように山を下っていった。その姿に、「落ちねえようになァ、後々めんどくせェから」と心の中で声をかける。届くことはまずないだろうが。
姿が完全に見えなくなった頃を見計らい、御幸は隠れていた場所から動き、空に向かって声を上げる。先程の現象の『主』に。
「いよゥ烏天狗!さっきは助かったぜ」
「自惚れるな、貴様のためではない」
「相変わらずだねェ。少しゃ、素直になってくれてもいいんだぜ?」
「………」
「無視決め込まれちまったか。ほんと気難しいもんだな」
姿は見せないものの、厳かな声で『烏天狗』は冷たく放つ。慣れているのか、御幸は笑いながら受け流したが。返事が返ってこなくなると、これ以上は無理だなと判断し、その場から御幸は立ち去る。いつの間にやら、風はやんでいた。
「にしても、八尺様、八尺様ねぇ。初めて聞いたぜ、長いこと生きてるが」
腕の中で眠る猫又をゆるりとなでながら、御幸は一人先程の、一つ目小僧がよこした噂話を思い起こしていた。なんでいきなりそんな噂話をしたのか。御幸はそれが引っかかる。否、他にもいくつかはあるのだが。
「ただの興味本位かぁ?それとも……」
おなご目当てか、そう言いかけた瞬間、猫又の目が開いた。徐々にではなく、カッと。ある一点をじっと見つめて、フーッと息を荒らげる。その時点ですでに御幸もそちらの方向を見ていた。
そこに見えるは、八尺ほどある身長に加え、白のワンピースに白の帽子。そしてやたらと長ったらしい黒い髪の毛が、風が少しばかり吹いてきたにもかかわらず、たなびかずに下に降りている。
御幸は悟った。アレは『人間ではない』と。明らかに異質であると。そして重なった。一つ目小僧が面白そうに話していた、あの『八尺様』の特徴と。
「(オウオウオウ、噂の主まじでいたぜ。何のようだァ?お仲間探しなら下界でやってくんなァ)」
あっしらの関わるところじゃねえぜ───気づかれぬように心の中で唱えると、今にも飛びかかりそうな猫又をなだめる。今は気づかれちゃならない。何とかしてここから去ってもらおう。その願いが届いたか否か、その異質なものは瞬きをした次の瞬間には、もうそこから消えていた。猫又もそれを察知したのか、あれだけ荒れていた息もすっかり落ち着いている。
「なぁん」
「んん、そうだな。流石に帰って報告と行くか」
「なぁう、なん」
「そうさなぁ。やっぱ眠いよな」
うりゃ、と猫又を一撫ですると、御幸は来た道を戻っていった。
次回更新日 8/10
- Re: 華壱匁 ( No.3 )
- 日時: 2018/08/11 15:32
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
「今回集まってもらったのは、まあ散歩中に見かけたヤツのことだ。こいつぁ、猫又も見てるからあっしの話で信用できなかったら、猫又に聞け」
帰宅後、すぐに招集をかけ、集まれるものだけ集まった広間にて、御幸を中心にして、会議のようなものが行われた。集まった妖怪たちは実に御幸と猫又を入れて六。その中には一つ目小僧もいた。他は集まらなかったようだ。
「さて事の発端は、数十分前に一つ目小僧がよこした噂話になるんだが。長くなるぜ」
近頃噂になっているという、八尺ほどの女、八尺様。その内容を事細かに伝える。途中で一つ目小僧もそうだそうだと頷いていた。何がそうなのかはわからないが。
「そんで、さっきあっしらは散歩に出かけたときだ。妙なやつを見かけた。八尺ほどの身長で、白のワンピースに白い帽子、やたらと長い黒い髪の女を」
「姐さん!そいつぁぜってぇ八尺様だぜ!オイラ確信する」
「そこでだ。一つ目、他に八尺様ってやつについて、知ってるこたぁねえかぃ?」
立ち上がった一つ目小僧に、御幸は他の情報を吐き出すよう、促した。合点承知之助でい!力強くそう言うと、一つ目小僧は自信たっぷりに話し始める。
「八尺様は、聞けば若い男を好むんだとさ。まあ魅入られるとか言われてるらしいがね。そんで魅入られちまったやつぁ、数日以内に死んじまうらしい。対処法が、そいつが封印されてたその地区を出るか、盛り塩と御札でかったーく封された部屋には、少なくとも一晩ははいってこれねえってよ」
「ほォ……で、なんで今。その八尺様の噂が?」
「こっからが本題なんだよ姐さん!それを話す前に散歩行っちまうんだから。どうにも八尺様の封印が解かれたみてぇで、しかもなんか封印してた地区から出られるようになっちまったんだ!現にここいらじゃねえけど、八尺様に魅入られて死んでった人間が、あちらこちらにいるみてぇなんだ」
一つ目がそういった時には、もう部屋の空気は変わり果てていた。麓の村ではないにしろ、すでにもう被害が出ているとは。ただの噂話が広まっただけかと思いきや、もうそこまで来ていたか。御幸はなんだか無性に苛立って舌打ちをする。どうしたんさ御幸と他の妖怪に声をかけられるも、いや大丈夫でさァ。と返事をする。
「だから姐さんにまだ話は終わってねえっていったんだぜ」
「あー、聞いてなかったわ。すまねぇな!」
「だぁーろうと思ったよォ!」
「して、八尺様とやらに魅入られて、そこから逃げ延びれた人間は今いるのかしら?」
「うぉ、骨女姉さん」
このまま続けば言い合いが始まるだろう。そう踏んだのか、集まっていた妖怪のうちの一つ、『骨女』が割って入ってきた。それまで静かに事を見るつもりだったのだろうか、だんまりを決め込んでいたが、突然とも言えるそのタイミングで声をかけたものだから、一つ目小僧は思わずのけぞる。その様子に骨女はふふ、と笑い、一つ目に続きを促した。
「それがよぉ、噂をしてる割には、みーんな死んじまってるってよ?話すもみんなが噂してるもんだからさ、だーれも信用しねえんだ。ただの都市伝説だろってさ!」
「あらあ。人間、そういう類のものは好き好んで流すくせに、いざ『本物』が出てきたと思ったら尻込みするのねえ」
「仕方ねェさ。人間っつぅもんは、『自分とは別の存在のものとの会話を拒む』もんさ。都市伝説もそういうもんだろう。話は聞いてて面白いが、実際に現れたら人間は逃げるぜ?面白いようにな」
「姐さんがそれ言う〜?」
からかうように一つ目は言うが、あっしはまた別もんさ、と涼しい顔で受け流す。いつの間にか点けていた煙管を口にくわえ、煙を楽しむ。
「とにかくだ。遅かれ早かれ、麓の村にも来るかもしれねえよ。これはもう出るしかねえんじゃないか、姐さん」
「まて、一つ目。その八尺様がこの村に来るという確証がない。急いで動くのは危険だ。まだ事を静観すべきだろう」
「ぐぬぬ、青坊主の旦那まで……」
「一つ目くん、そんなに外に行きたいのかい?なら今夜あたり僕と出かけようか」
「鎌鼬の兄さん!っくぅ〜やっぱ鎌鼬の兄さんがいて良かったぜ!」
「こーらこら、甘やかすなィ」
『青坊主』が止め、一時はこれで引き下がるかと思われたが、横からの『鎌鼬』の甘言に台無しになる。それを御幸は止めようとそう言うが、すっかり図に乗った一つ目はその場でぴょんぴょんと跳ねる始末。やれやれ、話を最後まで聞くのはどっちだ。ふぁ、と口から煙が漏れ出す。
「やれやれ。そんなに見てぇんなら今夜あたり見てきたらどうだィ。いるかもわからねぇけどな」
「いたらまっさきに姐さんに伝えるぜ!」
「……若造、本当に良いのか。こやつをいかせて」
「鎌鼬もいるしまだいいだろ。まだ」
「なぁん」
「あとは社会見学的なやつだ」
「御幸ちゃん……もしかして、めんどくさいっておもってる?」
「さぁてあっしは昼寝と洒落込もうかね」
「逃げたな」
会議は終わりだ、各自解散。図星をつかれたのか、そうでないのか、単に眠いだけなのか。御幸は返事を返すことなく、やけに大きな独り言を吐いたと思ったら、猫又を抱えて別の部屋へと去っていった。その後ろ姿を見て、青坊主はため息をつき、骨女はあらあらとおかしそうに笑い。
残りの鎌鼬と一つ目小僧は、今夜のことで話が持ちきりであった。
◇
真夜中。誰もが寝静まる丑三つ時。御幸ですらも熟睡中。一つ目小僧と鎌鼬はワクワクしながら山の麓の村、いや街へと降りてきた。流石にこんな時間にであるっている人間は少ない。表立って堂々と自分たちが歩けてしまうくらいである。
一つ目小僧は今このときが大変に楽しいのか、口元も、一つの目玉の目元もゆるゆるに緩んでいた。それを鎌鼬がヨイショと治すのだが。
「八尺様いるかねえ、鎌鼬の兄さん」
「うーん、それは実際にあってみないとなあ」
「だーよなー」
からんからんと下駄を鳴らしながら歩いていると、突然鎌鼬が一つ目小僧をぐいっと引っ張り、物陰に隠れる。あまりに突然のことだったので、一つ目小僧は何すんだよと語気を強めるが、しっと口に蓋をされる。何かいるらしい。
鎌鼬はそうっと気になる方向を見る。一つ目小僧の下駄の音にまぎれて、もうひとつ靴音がしたのだ。そう、今見ているそちら側から。
完全に姿が見えるようになると、そこには若く窶れた男が歩いてきたのがわかった。どこかやせ細っているようだ。一体どうしたことだろうか。手には酒瓶をもち、ふらふらと足元がおぼつかないようで、いろいろなものにぶつかってしまうほど。
なぜそうなってでも酒を飲んだんだ?いや、そうなった理由はなんだ?あれだけの若い人ならば、普段のご飯もガツガツと食べきりそうなのに。鎌鼬は疑問に思ったが、次に耳にした音で、完全に理解した。
『ぽっ ぽぽっ ぽぽ ぽ ぽ…』
その若い男の背後から、そんな不可解な音が聞こえてきた。まるで自らそう『発している』かのようだ。よくよく見れば、男の背後には、『八尺ほどの身長で、白のワンピースに白の帽子、やたらと長ったらしい黒髪を持った女』がいた。これはまさか、いやもしかしなくとも。
『ぽぽ ぽぽぽっ… ぽっぽぽ』
気がついたときには、鎌鼬は一つ目小僧を連れて、音もなく逃げていた。
『ぽ ぽぽ』
たしかにそいつは、『こっち』を『見た』。
次回更新日 8/17
- Re: 華壱匁 ( No.4 )
- 日時: 2018/08/18 14:39
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
翌日。猫又に叩き起こされた御幸は、眠い目をこすりながら服を着替えて、目覚ましに日を浴びようと縁側にくる。木漏れ日が差し込んで心地がいい。こんな時には、緑茶を飲むのが一番だ。隣にはいつの間にやら持ってきてくれていたのか、子供たちがお供えしてくれたおにぎりが置かれてあった。うむ、理想的な朝である。膝下には猫又がおり、叩き起こしたくせに自らはそこでうつらうつらと船を漕いでいる。まあこれはこれで寝子らしいか。御幸はそう思いながら、猫又の喉あたりを撫でる。
「あー平和だなー」
握り飯を頬張り、緑茶を飲んでふとそんなことをつぶやいてみてしまう。このまま何事もなく、寝て過ごせればいいんだけどなァ。その幻想は見事に粉々に砕け散るわけだが。
「御幸さん!」
二口目を頬張ろうとしたその時、ふいに後ろから大声で名前を呼ばれ、おにぎりを落としそうになる。なんとか落とさずキャッチできたからいいものの、食事中に大声はマナー違反だぞ、と注意してやろうと後ろを振り向いたら、そこには血相を変えた鎌鼬。妖怪に血相も何もあるかとは思うが、とにかく血相が変わっていたのだ。
何かあったのかと御幸は問うた。だが返ってきた答えは、ろくに参考にもならなかった。
「昨日の夜にあれがこれでどれがあれで」
「落ち着け鎌鼬。緑茶でも飲め」
呆れて緑茶を差し出すと、鎌鼬はすぐにそれを奪い取るようにして、ずずずと一気に飲み干した。そして一息つく。いくらか落ち着きを取り戻したようだ。
「で、どうしたよ」
「その、昨晩に僕と一つ目で街に行っただろう?最初はまだ良かったんだ、最初は」
だが途中で別の足音が聞こえたから隠れたこと、その方向からやってきた若い男がなぜかガリガリにやせ細っていたこと。そしてその人間の後ろに───
「身長が八尺ほどある女が、いた」
「───!」
その一言に、御幸の目は鋭くなる。幸いにしてなんとか逃げ切れたこと、その女が『ぽっ、ぽぽっ』という、不可解な音を出していたこと、そして明らかに、『コチラ側』をみていたこと。その時の状況をかいつまんでだが伝えると、何か不安のようなものが落ちたのか、鎌鼬は唐突に眠気に襲われたらしい。しばらく寝てくるよと、別の部屋へ去っていった。
「……」
御幸は考える。八尺様がもし本物だとしたら、そいつはもう麓の村に来ている。そして明らかに力が強まっている。なにせここは、八尺様が封印されていた地区ではない。ならば、力を強めてこちらにいよいよ来た、と考えるのが妥当であろう。それか「ついてきてしまったのか」。いずれにせよ、早めに対処せねばならなくなってしまった。面倒くさいが、やるしかない。おにぎりのためにも、平穏な暮らしのためにも。
「……猫又、お前さんもこい。今日は昼間っから、出かけなならねえ見てェだ」
「ぅなぁう」
残りの握り飯をぽいぽいと食べ、少しばかり背伸びをすると、猫又を抱えて別の場所へと移動することにした。
「一つ目の野郎、面倒な都市伝説ふっかけてきおって。あとで説教だな」
勿論食っちゃ寝生活を崩されるきっかけとなった、一つ目小僧に対してのフォローも忘れちゃいなかった。なんで変な噂話を持ってくるんだ、つかそもそもどこでそんな話を聞いてきたんだ。また勝手に街に降りてったな?
「あーあ、休みてぇ」
「んななぅ」
「そうさな、あっしら年がら年中休みだったわ」
なんとも羨ましいことを呟いた。
「あれ?つか一つ目は?」
「なあん」
「は?当分美女は勘弁?なんだそりゃ」
◇
さて、街へ出るために服をそれなりに目立たぬ物へと着替え、ふらりふらりと辺りを練り歩く。勿論猫又は尾を一つにし、怪しまれぬようにあちらこちらを飛び回ったり、気まぐれにしているようだ。
街の人々の話を断片的に聞いていくと、やはり八尺様のことばかり。相当広まっているようだ。人々は噂好きだな。口には出さずとも、他人事のように思う。他に話しのネタはないのか。ないか。それとなく入ったコンビニで、適当に目についたタバコと紙パックの烏龍茶を買い、外に出る。ただうろついてるだけでも怪しまれるかと思ったが故の行動だった。紙パックの烏龍茶にストローを突き刺し、一気に半分まで吸い上げる。
それにしたって、先程のコンビニで流れていたラジオですら、八尺様の話ばかりだった。なんでこうも噂というのは広まりやすいのか。というか、ただの掲示板への書き込みが、こんなに広まったのは何故なのか。たかが創作の書き込みだろう。妙に腑に落ちない。またたく間に飲み干した紙パックの烏龍茶をゴミ箱に投げ捨てると、御幸はタバコを開けて一本取り出し、火をつける。うぇ、まずい。失敗した。やっぱ煙管のほうが旨い。
ふと、同じくタバコを吸いに来たのであろう、通りがかった男に声をかけ、八尺様について何か詳しいことを聞き出せないか試みる。その者は八尺様という名前を出しただけで表情を変え、ひょいひょいと話してくれた。
「八尺様かい!そりゃあ、いま世間でも知らん人はいないくらいの話さ。なんでも、若い男をとっ捕まえて、殺しちまうんだとよ?いやー怖いねえ。まっ、俺は年食ってるから問題ないがね」
「そうかい?あっしから見りゃ、充分若いとは思うがねェ」
「おっ、お前さん見どころあるな!俺もまだまだヤングボーイって所か」
なははと笑うその男に、特に返事をすることなく御幸はまずいと評したそのタバコを吸う。煙管を吸いたいところだが、今この時代で煙管を日常的に吸う者は、ほとんどいないだろう。ぐっとこらえる。とそこで、男は何か思い出したようにまた口を開く。
「そーだ、確か近頃、ここらへんの若い男が妙に窶れたっていうんだ。話を聞きゃ、変な音がするだとかやばいのがいるだとか、そういうことばっかりでよ。本当に八尺様にでも取り憑かれたんでねえかな?噂話だけどよ」
「───そいつぁ、本当かい?」
「ああ。まさに好青年って感じのやつがよ。急に顔色悪くしてふらついて、夜も出歩ってるっていうしよ?ありゃー、悪いもんでも来たんかねえ」
次の瞬間、御幸はタバコを握りつぶした。
「なるほどな……ありがとうよ、面白い話が聞けたぜ。これはほんの礼だ」
御幸は先程買ったタバコの箱を男に押し付け、走ってその場から去っていった。突然タバコを押し付けられた男は御幸を引き留めようとするも、まあ貰えるものならいっか、と特に気にせずタバコを吸い続けるのだった。
「あー、平和だなー」
◇
白い変な奴が、目の端に映るようになってそれなりに経つ。そいつはこちらに何をするでもなく、ただそこに在り続け、自分その者をじっと見つめてくる。ときたまに、自らの部屋の窓をばんばんと激しく叩き、どこへ行くにしてもついてくる。気の紛らわしに酒でも飲んでみたが、そいつは消えることを知らずに居続ける。
『ぽっ ぽぽっ ぽぽぽ』
「それ」はじっと、そんな不可解な音を立てながらやってくる。何をするでもない、何が来るわけでもない。ただ、ただそこにいるだけで。
今日もまたそこにいる。あまりにも恐ろしくてついに御札を買いまくり、至るところに貼りまくり、盛塩までしてしまった。布団の中に潜り込み、明日が来るのをひたすら待ち続ける。以前噂話で聞いた『あれ』にひどく似ている、いやそのものの気はしたが、あえて認知しない。認知してしまえばそこで終わってしまうと思った。なぜなのかはわからない。
『ぽっ ぽ』
ばんばんと音がなる。やつが窓を叩いている。ここに入ろうとしている。頼む、頼むから帰れ。帰ってくれ。
───知らざぁ言って、聞かせやしょう
───我ら妖怪御一行
───只今百鬼夜行道中
───どんちゃん騒いで道行きますれば
───何卒、何卒、願います故
突如、鈴の音が鳴る。あたりはいつの間にか変わっていて、足元には彼岸花畑が広がっている。目の前には奴と、見知らぬ『誰か』が立っていて、奴を睨めつける。そしてふっと口元を柔らかくする。手には刀が握りしめられている。やたらと細身で長い刀だ。
「よーォよく頑張ったな。御札と盛塩。いい対策法だ。っつってもあっしも良くは知らねぇけどな。にしても数日も魅入られといてよく無事だったな、おめぇさん」
誰かは振り向いて、こちらに声をかける。何がなんだかわからないその者に、誰かはにやりと笑ってみせる。
「大丈夫でさァ。あっしはただの人間ですよ。ちょいと訳有りでは───ございますがね」
白い奴は誰かに向かってゆらりゆらりと近づいてくる。逃げたほうがいい。そう叫んでみるも、大丈夫大丈夫と言って、その誰かは聞かない。
「ああ、近くで見るのは初めてだが、こりゃあかなりの大物だな───お前さんら、出てきな。かなりの大物だぜ、歓迎してやんなァ!」
そう声を上げた瞬間。白い奴は別の何かによって引き裂かれた。
「さっすが猫又!的中だな」
「んなぁおう」
「え?今のは鎌鼬?ああすまねえ!でもすげえなあ鎌鼬!」
「ちょっと幸(こう)さん!無視しないで!」
「いやあすまねえすまねえ鎌鼬。ぐっじょぶって奴だな!」
数多の鎌を携えた別の何かが、その者に対し文句をつけるが、軽く受け流して化物の方を見据える。いつの間にやら近くには、一つの目しかない子供がいて、その子供は化物を見てひどく興奮しているようだ。
「ひぇ〜っ、あれが本物の八尺様かィ!すっげぇわくわくすんぜェ!なっ、なっ、見てみろよっ、すげえよアレ!」
「こぉれ一つ目。被害者に見ろとか言うんでねェ。オメェさんも下がってな」
ちぇっと一つ目と呼ばれたその子供は舌打ちをして、その者の後ろに隠れる。するとこちらも、どこからともなくぐいっと手を引かれた気がして、思わずそちらへと行ってしまう。ちょうど一つ目が隠れた場所と同じであった。
その者はにやりと口角を上げ、腰に携えていた長身の、細身の刀に手をかける。ちゃきっと音がする。
───さぁさいざご覧あれ
───我ら妖怪御一行
───我らの平和のため、我らの生活のため、今宵やって参りました
───今こそこの世に紡がれた因縁を
───我が絶刀(たちがたな)にて、無に返しましょうぞ
その瞬間、化物はひとふりとともに霧散した。
◇
「さっすが姐さん!見事だったぜ!」
「被害者の人間は寝たかィ?」
「バッチリ寝てるよ、幸さん」
八尺様を霧散させた後。その場はもとの風景へと戻り、魅入られた男は気絶するように寝てしまっていた。それを確認した御幸たちは、とりあえずホッとしてその部屋から出ていく。盛塩も御札も直して。
昼間御幸が戻ってきたあと、御幸は鎌鼬と一つ目小僧、そして猫又を引き連れて夜、街へと駆り出した。気づかれずに八尺様に魅入られた男に近づき、御幸が手にする刀───絶刀(たちがたな)でその八尺様を、現世からの因縁から断ち切った。それ即ち『噂を潰す』行為に等しい。一歩放っておけば更にまずいことになるし、かといって他に行かれても困る。そこで何物でもない刀にて、因縁を断ち切ることによって、噂はようやく死ねることができる。それができるのは御幸の絶刀(たちがたな)だけ。他のものでは、なまくら同然である。
「にしてもおめぇさん、何もしなかったな」
「えっやったじゃねえか!ほら、八尺様に魅入られた奴の家の特定とか!」
「気配でわかるからそうでもないような…」
「鎌鼬の兄さんまでぇ!」
「ははは、下がってろとはいったけどな」
「どーすりゃよかったんでぃ!」
ぷんすこぷんすこと一つ目は憤るが、鎌鼬も御幸もサラリと流してしまう。と、そこで御幸の足元にいた猫又が、大きくあくびをして御幸の胸元へ駆け上がる。それをうまく抱きとめ、御幸は猫又の喉元を撫でる。
「やあ、おねむかい。寝子さんや」
「なぁん」
「ははっ。それならもう帰るか。あっしも眠くなってきたぜ」
さてさて、噂はどこへ。
そう言い残すとあっという間にいなくなっていたとさ。
◇
街からは忽然と八尺様の噂が消えた。あれほど話されていた噂は跡形もなく、人々のタネは世間話となっていた。盛り塩も、御札も、更にはいつの間にやら売られていた『八尺様グッズ』なるものも、きれいサッパリ消えていた。人の噂は七十五日やらなんやら、そんなも言葉があるが、本当にその言葉通りのようだ。
ある喫茶店にて、若い高校生と思しき女子たちが、いつものように話に花が咲く。
「ね、ね、知ってる?ネットで『噂』になってる、この『白いワンピースのでっかい女の人』───」
人々の好奇心は『噂』となり、『肉』を持つ。
第壱話 八尺様
終
- Re: 華壱匁 ( No.5 )
- 日時: 2018/09/17 18:52
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
その日、小さき子供は一つの箱を手に入れた。何の変哲もない、小さな箱。子供はそれを玩具と認識したのだろう、それを持ち帰った。家族に見せびらかし、それを宝物だといわんばかりに夜、共にベッドへと入り夢の中へと。
───次の日、その家の女子供は全て死に絶えた。
第弐話〜コトリバコ〜
八尺様騒動から数カ月たった今日この頃。あいもかわらず御幸たちは、日々をぼんやりのんびりと過ごしていた。村の子供がくれるおにぎりを食べ、月一でやってくる知り合いが持ってくる、大好物の大根のそぼろあんかけを味わい、猫又と共に縁側で日を浴びて昼寝して。本当に何も変わらない。村の方もかなりおとなしいらしく、特にこれといった騒ぎは聞かない。うん、これを平和と呼ぶのだろう。実に素晴らしいものだ。何事もなく平穏で、それでいて静か。なんと幸せなことか。御幸は心からそう思う。今、縁側で茶を飲みながら。膝の上にはぐっすりと眠る猫又がおり、ほんのり暖かく感じるせいか、それとも柔らかな日差しのせいか、段々とまぶたが重くなっていく。
「このままなんもねぇといいんだがな…」
御幸はそうつぶやくと同時に、夢の中へ落ちた。
◇
目が覚めた其処は紫や黒が入り混じった、不穏な場所。どこからかはわからないが、じっとりと見つめられているということはわかる。見覚えのない景色、そもそもこれは夢か否か。はたまた胡蝶の夢か。
まずは少し歩き回ってみようか。そう思った御幸は、その場から一歩踏み出してみた。特に違和感はない。二歩目。落ちるなどということもないようだ。普通に歩き回れるのだろうか。靴音は完全にないが、感触はある。歩いているという感触が。
しばらく歩いて行き止まりに当たったのか、足を止める御幸。その場に立ち止まれば、強く強く視線を感じる。どうやらここらしい。幸いにも絶刀はあった。今ここで斬ってしまおうか。否、まだ早計だろう。様子を見てみるべきだ。その結論に至った御幸は、絶刀から手を離す。
「オメェは何者(なにもん)だァ」
御幸は問いかける。だが返事はない。そもそも言葉というか、声を発しないのだろうか。御幸は警戒を解かず、その場でじっと待つ。動けば何があるかわかない。ならば多少リスクはあれど、その場にとどまり刀をすぐに引き抜ける体制であったほうが良い。御幸は構える。
だが動きはない。向こうはただ、御幸をじっと見つめるのみ。否、見つめているというのは、些かおかしいだろうか。だが瞳は確かに御幸へ向けられていた。
「……だんまりかい?」
全く動く予兆すら見せないそれ。御幸はますます警戒を強める。沼にはまってはいけない。御幸は変わらず、それを睨めつける。何が来る?それとも何も来ないままか?思考を巡らせる。いや、そもそもここはどこだ?夢の中にしては、少々リアルすぎる。ねっとりとするような空気、いつまでも向けられる視線。足元の感触。なにもかも、確かという感覚がある。なんなんだ、ここは?
「(反応なし……一度斬ってみるか?)」
その結論にいたり、刀を改めて握りしめる御幸。意を決して抜刀したその時だった。
「っ、なんだっこりゃ?」
突如として御幸の足元が歪み始め、穴が開く。その穴にずるずると御幸は吸い込まれていく。否、飲み込まれていく。その穴から飛び出ようとしても、それは意味をなさず。ただただ飲み込まれていくのみ。目は御幸に何をするでもなく、そのさまを見続けている。
「テメェ、最初からこれを狙って───」
目は『丸み』を帯びる。それはまるで、アーチのように。せせら笑っているかのようだ。御幸は気に食わなかった。とてもとても、気に食わなかった。次第に御幸の体は半分以上がその穴へと吸い込まれていた。脱出しようにも、びくとも動かない。ずる、ずる、と。
「んの、テメェこのまま何するつもりだ───?」
意を決してずっと浮かんでいた問いを投げかける。しかし目は何も言わず。何も動かず。ただそこで、丸みを帯びたアーチで、御幸を見つめるのみ。このまま笑い続けるだけか。
いよいよ首が飲み込まれ、頭に差し掛かったところで、異変が起きる。あたりの壁の一部に、ぴき、とヒビが入った。そこからは光が漏れ出て、少しばかり明るくなる。そのヒビは段々と範囲を広めていき、しまいには『目』の部分まで差し掛かった。ヒビのおかげで壁はやがて限界を迎え、ばきん、といい音を立てながら崩れさっていく。
そこから現れたのは────
◇
「!」
はっと目を開く。つう、と頬を冷たい汗が流れる。床で寝ていたらしく、目を開いた時に最初に入ってきたものは、自室の天井であった。心拍音はいつもより早く、痛いくらいだ。
「……あれは」
御幸は起き上がり、辺りを見回す。見慣れた自分の部屋だ。改めて自分の部屋だと確認して、ほっと胸をなでおろす。布団は遠くへ飛ばされ、上には何もかかっていなかった。御幸はだるそうに立ち上がり、布団をズルズルと引っ張ってもとに戻す。そのときに丁度自分が寝ていた場所のすぐ近くに───猫又がいるのが見える。猫又はすうすうとのんきに寝ていたが、よくよく見ると手元あたりが黒ずんでいるのが見える。そしてほんのりと見える、疲労の影。もしかしてさっきの夢を壊したのは、猫又?
「……すまねェな」
ふっと口元を緩め、御幸は猫又をひと撫でする。ぴくりと耳元が動くが、それも一瞬。深い深い眠りに入っているようだ。ふう、といきを一つ吐露する。
「(あの夢、嫌な予感しかしねえな…まるでこれから何か起こることを示唆してるみてェな……警戒しとくが吉、だな)」
これまで過ごしてきた中で、あれに似た夢を見たときは必ずといっていいほど、良からぬことが起きている。御幸はちらりと外の方を見やり、そのまま再び眠りについた。
◇
山の麓の村では、あるものが『噂』となっていた。何の変哲もない、不思議な小箱。その小箱の中に水子の死体を入れ、それを殺したい人間にそれなりの嘘をついてそばに置かせる。何も知らぬそのものは小箱を持ち帰り、そのまま飾る。するとその小箱を持ち帰ったものは、一晩にしてもがき苦しんで死ぬという。その小箱の名を───
【コトリバコ】。
◇
翌朝目覚め、御幸は数人を呼び集めた。急な招集だったためか、呼ばれた妖怪たちはなんだなんだともの珍しげに御幸を見る。そもそも御幸は何か起こったときくらいしか、動こうとしない。ほとんど人界に干渉しようとしない。なればこそ、唐突に朝から、御幸自らが呼び寄せるというのは、彼らにとって疑問しかわかないのだ。御幸の部屋へ呼び寄せられた妖怪たちは、あぐらをかいて煙管を吸う御幸に対し、何があったんだと言わんばかりに見つめ続ける。
「さテ。全員揃ってくれたな。これよりだが、ちょいと伝えたいことがある。心して聞くこった」
「どうしたんだい、御幸らしくないじゃないか」
「枕返し、そう思うのも無理はねえな。こいつァあっしも予測してなかったからな」
「意味がわかんね」
枕返しと呼ばれた妖怪は、枕をボフボフと弄びながら御幸に問う。それに対し御幸は多少頷き、話の続きをする。
「事の発端はあっしの『夢』だ」
「夢?」
「そうさ茨木童子。昨日見た夢だ。気づけば見知らぬ場所にいた。あたりは真っ暗だァ。んで道になってたんでとりあえず歩いてみたんだ。そしたら周りは目だらけの場所にたどり着いた。しばらくの間様子をうかがってたんだが……突然地面に穴が空いた。何をしようが意味をなさねェ。ついぞ全部飲み込まれるってところで、助けが来たから良かったんだが…正直嫌な予感しかしねェ」
「その目は動かなかったのか?」
「いんや。笑ってたぜ。まるで可笑しいようにな」
そこまで言うと集められた枕返し、気怠そうにしていた茨木童子、そして残りの物言わぬ雲外鏡となんの気なしについてきた一つ目小僧は、途端に顔色を別のものへと変える。たいてい御幸がこういう夢を見たということは、彼らたちにとってもかなり不利益なことがおこる予兆だということは、ともに過ごしてきて嫌というほどわかっている…らしい。
御幸の夢にはいくつかパターンがある。ひとつは、御幸自身が沼に飲み込まれる、または穴に飲み込まれるなど、被害に合うパターン。もうひとつは、街と思しき場所があとかたもなく消え去るパターン。そしてもうひとつが、妖怪たちに人間が襲い掛かってきて、それを滅ぼすパターン。どれが一番程度がひどいかと言われれば、迷い無く最後のパターンなのだが、その夢が現実になったことはない。そうなる前に人里より自分たちの住む場所を『隔離』しているからだ。よってそれを除けば、ひどいのは一番最初のパターンである、御幸自身が被害に合うパターンの夢なのである。その夢を見るイコール、彼らも少なからず被害を被るということになる。
人里のくだらないうわさ話やら、また得体のしれぬもののとばっちりは喰らいたくない。それは誰も変わらない思いだ。なればそうなる前に自分らが動かねばなるまい。それを示唆、または忠告しているのだろう。
「で、だ。とりあえずまず一つ目小僧。お前は自由に探索していいから噂集めてこい。ただし騒ぎにならねェ程度にな」
「ガッテン承知之助さ!」
「そんで茨木。おめェは特に思いつかねえから待機。まあ、侵入者でも来たら追い返しとけ」
「へーへー」
「雲外鏡。おめェは人界の監視。鏡で見えた怪しげなもんは、逐一報告しとくれ」
「わかりました、仰せのままに」
「枕返しは寝とけ」
「なんもねぇじゃねえか!」
それぞれ役目が与えられたのに対し、適当にあしらわれた枕返しは御幸に枕をぶん投げるが、それを笑いながらひょいと避ける。だがそれでも御幸はまケラケラと、まだそれな分いいだろ、と返す。それだけいうと背伸びをして煙管を持ち直し、御幸は立ち上がる。
「さてと。猫又連れて散歩にでも行くかね」
呑気に呟くと、集められた妖怪たちを後ろにし、部屋をあとにした。残された彼らは、各々やるべきことや、やりたいことをしに、また部屋から出ていった。
あたりはひんやりとした空気だけ。
次回更新日 書き上がり次第
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