複雑・ファジー小説

攻撃反射の平和主義者です!【完結!】
日時: 2019/09/12 17:43
名前: モンブラン博士

1年ぶりの新作です。

生まれつき超人的な力を持つ美女、美琴は規格外の力で周囲の人々に迷惑をかけまいと、高校卒業後は山奥で生活していた。ところがある日、大好物であるおにぎりの味が恋しくなり、都会へと戻ってくる。そこで出会った不思議な紳士スター=アーナツメルツによりスター流なる武闘派集団に入門させられることに。美琴の運命は如何に!?

※本作は基本的に美琴の一人称で進みますが、戦闘シーンでは三人称で執筆しています。

出会い編
>>1>>2>>3>>4>>5>>6

修行編
>>7>>8>>9>>10

李編
>>11>>12>>13>>14


ムース編
>>15>>16>>17>>18>>19>>20>>21>>22

カイザー登場編
>>23>>24>>25>>26>>27>>28>>29>>30>>31
>>35>>37>>38>>39>>40>>41

ヨハネスとの修行編
>>42>>43>>44>>45>>46>>47


メープル編
>>48>>49>>50>>51

最終決戦編
>>52>>53

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11



Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.49 )
日時: 2019/09/12 09:18
名前: モンブラン博士

ヨハネス、美琴、カイザーの三人が向かったのはメープルが指定した闘技場だった。そこは昔は栄えている街だったが、今では廃墟と化し誰も住んではいなかった。町の名物として作られた闘技場も昔のままに残っている。建造物を見たヨハネスは顎に手を当て呟いた。

「まるでピサの斜塔みたいだね」
「ピザの斜塔……ですか? 美味しそうな名前ですね。形はあまり似ていませんね」
「美琴さん、ピザじゃなくてピサだよ」
「あっ、そうなのですね。わたしとしたことが聞き間違いをしてしまいましたね」
「とにかく中へ入ってみようよ」

闘技場の中には円型に観客席があり、その中央にプロレスのリングが設置されてある。

「お客さんがいないと、何だか少し寂しいみたいです」
「いや。その方がかえっていいかもしれん。どのような惨劇が起きるかわからない。失神する観客も出るだろうし、いない方が幸運かもしれぬ」
「あなた達、この試合場は気に入っていただけたかしら」

声がしたので三人が上を見上げると、パラシュートで降りてくる人影が2名。
1人はメープル=ラシック。そしてもう1人は正体不明の怪人だ。
メープルはいつものように棒つきキャンディーを口に咥えながら、美琴達を睨み。

「それでは初めましょうか。スター流の門下生達をかけた死闘をね」

カイザーは用意されたパイプ椅子に腰かけ、スターの約束通り美琴達の姿をビデオカメラで収める。本心を言えば彼も加勢したいのだが、そうすれば相手がどのような手を打ってくるかわからないところがあった。下手に相手を刺激して人質の魂を危険な目に遭わせるわけにはいかない。ならばヨハネスと美琴に託した方がずっといいではないか。カイザーは真剣な目で2人を見守る。
リングに上がったヨハネスと美琴はどちらがチームリーダーを務めるかという話になり、美琴は経験の多いヨハネスがリーダーになった方がいいと遠慮し、ヨハネスは実力が未知数の美琴に懸けてみるのも面白いと言い出した。
そこで2人は折衷案で時と状況に応じてリーダーを変えようという案に落ち着いた。そして先発はヨハネスが出ることになった。美琴は自軍コーナーで待機。
対する相手チームは謎の怪人が出るらしかった。勝負の開始を告げる鐘はない。
互いが攻撃をした時が始まりの合図なのだ。
「はあああああッ」
「……」

赤と金、長い髪を振り乱しながら両者はロープに飛び、リング中央で肘打ちを鉢合わせする。初コンタクトは互角だった。怪人がハイキックを放つとヨハネスはそれを腕で受け止め、彼の足をキャッチ。股が開いたところで急所の蹴りを打ちこもうとするが、逆に相手の急所蹴りを食らってしまう。涙目になり、唇を噛み締めつつも、怪人の頭を掴んでヘッドロックに捉え、ロープを使用した目潰しを敢行。圧力と速度により摩擦熱が発生し、ロープの擦る音と共に怪人が苦痛の声を上げる。

「どうだい。僕は他のメンバーと違って容赦はしないよ」

ヨハネスは懐に隠し持っていたメリケンサックを装備し、怪人に斬りかかるが、怪人はそれを避けると腕を振ってメリケンサックをヨハネスの腕から外させ、宙高く舞い上がる。そこから打点の高いドロップキックを甲板に命中させ、この試合がはじまって初のダウンを奪う。けれど怪人は軽快な動きで立ち上がると、背後に回ってバックドロップを炸裂させるべく、高々と持ち上げる。

「おっと、そうはいかないよ!」

ヨハネスはくるりと身体を反転させると、ボディプレスで反撃。
しかし体重の軽い彼は容易く弾き返されてしまう。
怪人は仮面の奥の瞳を光らせ、口を開いた。

「お前はこのような時でもそのような暑そうな服装をしているのか?」
「君に言われたくはないね」

ヨハネスは鹿撃ち帽子にインバネスコートという探偵スタイルを貫いていた。
けれどもこの服装は怪人にとって暑い上に動きを制限する枷にしか見えなかった。

「これは単なるファッションじゃないよ。ちゃんとした意味があって着ているものなんだ」
「ならばその意味とやらを証明してみるがいいッ」

仮面の怪人はヨハネスに突っ込んでいくと、拳を固めて打撃のラッシュ。
しかし美少年は避ける素振りをみせず、ノーガードで食らってしまう。

「ヨハネスさん、逃げてくださいっ!」

美琴は手をメガホンのようにして助言を送るが、ヨハネスは逃げない。
それどころか無数の打撃を受けているにも関わらず薄く微笑むばかり。
怪人は異変に気付き、打撃をストップ。

「貴様……そのコートは!?」
「ようやく気付いたようだね。僕のコートは身を守る盾としても機能する」
「打撃を吸収する素材を使用しているようだな」
「そうだよ。つまり、君のパンチやキックは僕には一切効かない。残るは関節技しかないけど、君はどうするつもりかな」

ヨハネスのコートは単なるファッションではなく防御としての効果があった。
その事実を知ると、怪人は後方に跳躍して思案する。そして棒立ちとなった。

「どうしたのかな。仕掛けないのかい」
「……」
「僕が怖くなったのかな」
「……」
「君が来ないなら、こちらか行かせてもらうけど覚悟はできたかな」

相手が返事をしないのでヨハネスは接近して距離を詰め、掌から火炎放射を放つ。

「火炎弾!」

ボゥッ!

近距離から炎を撃たれ怪人が怯んだ姿を見せると、ヨハネスはムースを思わせるドロップキックの連発で一気に相手に止めを刺しにいく。
だが、自らの炎により発生した煙に視界を奪われ、怪人を見失ってしまった。

「どこに消えたのかな」

訊ねると、背後から鋭い殺気が放たれ、手刀が振り下ろされた。
まるで日本刀のように鋭利なそれは、ヨハネスの衣服をチーズのように切り裂いていく。反応が遅かったのでガードの威力が不足していたのだ。

「くっ……」
「自慢の装甲が破壊された気分はどうだ。お前は打撃は無効化できると言ったが、手刀はどうなるかは口にしていなかったな。故に弱点を見抜くのは容易かった」
「驚いたよ。こんな短時間で僕のコートを台無しにするなんてね」
「お前の考えなど私は先手先でも読むことができる」
「どうやら君にも未来予知の能力があるんだね」
「そんなものはない。ただ、お前達スター流の攻撃ならば私は全て予測できるというだけに過ぎない」
「限定的な予測か……もしかすると君はスター流の関係者かな」
「お前の想像に任せる」
「気になるね。仮面の下の素顔、暴かせて貰うよッ」

正拳突きをジャンプで躱して背後をとると、後ろから手を回して怪人の仮面を掴む。

「視界を遮る仮面なんて邪魔なものは僕が外してあげよう」

美琴はヨハネスの表情がいつもと異なる残忍な顔となっていることに気が付いた。口元はキューッと口角があがり目からは冷たい殺気が溢れ出し、いつもの温厚な彼とはまるで別人のようだ。怪人も抵抗するが、ヨハネスは後ろから両足を胴に絡ませ、右腕で首をぐいぐいと締め上げているので、酸素不足となり思考が鈍っていく。すると、これまで無言だったメープルが言った。

「その怪人の仮面を外すと後悔するわよ」
「それならますます見てみたくなるよ」
「あなたはスター流屈指の知恵者みたいだけど、とんだおバカさんみたいね」
「挑発をしたって無駄だよ。僕は手を緩めたりはしない」
「わかっているわ。ただ、少し助言してあげただけよ」
「君の助言は不要だよ。美琴さんからのアドバイスならともかくね!」

ぐっと手に力を込め、ヨハネスは情け容赦なく怪人の木製の仮面をはぎ取った。

「さあ、どんな顔をしているのかな。見せておくれよ」

技を解き、前に回って顔を拝見しようとするが、怪人は俯いている。

「往生際が悪いよ。仮面はもう僕の手の中にあるんだから、素直に降参するべきだよ。それとも、仮面にまだ未練があるのかな」

仮面を地面に落とすと、怪人は拾おうとする。だがヨハネスはそれを踏みつけ、破壊してしまう。
「どうだい。これで頼りの仮面はないねえ。これで隠すこともできないよ」
「ヨハネスさん、なんてことをするんですか! この人は敵かもしれませんが大切にしているはずの仮面を割るなんて、いくらなんでも可哀想です!」

美琴が涙目になりながらも抗議をすると、ヨハネスはニコッとした笑顔で。

「甘いんだよ、美琴さんは。前にも言ったはずだよ。僕は勝利を選ぶためなら手段を選ばないって」
「だったとしても、希望を与えて目の前で刈り取るなんて、酷すぎます!」
「この怪人は僕達の仲間である不動さんの魂を奪ったんだよ? それぐらいの報いを受けるのは当然じゃないか。さあ、いい加減に顔を上げるんだ」

少年探偵が怪人の顎に触れて顔を持ち上げる。
するとこれまで得意げだったヨハネスの顔から血の気が引き、顔面蒼白となる。
驚きのあまり、二、三歩後退すると、尻餅をついた。

「そんな……き、君は――」

震える唇でどうにか言葉を絞り出す少年にメープルはにっこりし。

「だから助言してあげたのよ。見ない方がいいって」

果たして仮面の中から現れた顔とは。

ヨハネスが尻餅をついたことにより、美琴にも怪人の素顔がはっきりと見ることができた。長い睫毛に白い肌の美しい顔立ちをした少女。
怪人が男性ではなく女性であることにも驚愕したが、その顔は美琴やヨハネスにとってよく知る顔であった。

「李さん!」

喉の奥から、美琴は辛うじて相手の名を告げることができた。
不動の魂を肉体から分離させ、他の多くのスター流を苦しめた謎の怪人。
その正体が太陽の拳の仕様により魂が消滅して意識不明なはずの李だったとは。
彼女が動いていることも信じられなかったが、それ以上に美琴は彼女が悪行に手を染めていることの方が信じたくはなかった。

「李さん、意識が戻ったんですね。でも、どうしてこのようなことを」
「お前は何を勘違いしている。私は李などではない」
「……え?」
「私の名はレイ。メープル様の忠実なる僕だ」
「違うよ。君は僕達の仲間、李だ」

尻餅をついたヨハネスが立ち上がると、レイと名乗る少女は後方に蹴りを見舞い、ヨハネスの顎に足をめり込ませる。立て続けにこめかみを蹴り、足先で甲板に鋭い蹴りを打ちこんだ。

「ガフッ……」

ヨハネスは吐血し、敵側のコーナーへ衝突。そのままズルズルと倒れ込んでしまった。レイはフッと口角を上げ、口を開く。

「戯言を。私を惑わそうというのだろうが、そうはいかぬぞ。敵である貴様らの言動に誰が耳を傾けるものかッ!」

倒れているヨハネスの腹に貫手で追撃。鋭い手刀が腹に食い込むと、ヨハネスは唾を吐き出した。そして相手の長い金髪を掴んで立ち上がらせると、顔面に蹴りを炸裂。ヨハネスは後頭部はコーナーの鉄柱に強打、前面はレイの威力の高い蹴りを浴びで、血を噴き出す。

「これぞ名付けて地獄のサンドイッチだ」
「やめてくださいッ、ヨハネスさんとわたしは李さんの友達です!」
「友達? 笑わせるな。貴様らは敵以外の何者でもないッ」

レイの凍てついた目を見た美琴は思った。
あれほど優しかったはずの李さんが仲間に手を加えるなんて考えられません。
それに李さんは現在病院で入院中のはず。魂が消滅してしまっているのですから、悲しい話ではありますが動けるはずがないのです。それなら、わたし達の目の前にいる方は何者なのでしょうか。声や顔立ちこそよく似ていますが、李さんはあんなに冷たい目をしていませんし、何より名前が違うのです。
そうなると考えられるのは、よく似た別人でしょうか。もしもそうでなければ。
美琴の脳裏に恐ろしい仮説が浮かんでくる。
できることならば否定したいが、今はその材料が無い。
そうであってほしくないと全力で願いつつ、美琴は己の考えを口に出した。

「李さん、もしかして――わたし達の記憶がないのですか?」
「左様」

恐る恐る訊ねた問いに答えたのは、いつの間に現れたのだろうか、ジャドウ=グレイだった。彼はガイゼル髭を撫でつつ、低音で告げた。
「お前の推測通り、レイの正体は李だ。吾輩が魂のぬけた身体に奴の魂を再構成させて入れ直したのだ。但し、お前達と過ごした記憶を全て忘れさせた上でな」
「!?」
「ジャドウ、何故仲間に対し、そのようなことを!」

衝撃の大きさに返す言葉の無い二人に代わってカイザーが問うと、ジャドウは不敵に笑い。

「現在の弱体化したスター流を元の神聖で偉大なるものへと戻すため。つまり、スター様を汚す存在であるお前達の始末をするため、こやつを無慈悲な戦闘マシーンとして作り替えた」
「貴様の言葉を聞いたら、会長がどれほど悲しむかわかっているのか!」
「悲しまんよ。会長は喜ばれるだろう。少なくとも吾輩はそう思う」
「そんな勝手で仲間の命を弄ぶなど、許せんッ!」

ジャドウの非情に怒りを覚えたカイザーが彼に殴りかかろうとするが、彼はそれを手で制し。

「カイザーよ。此度の闘いはヨハネスと美琴のはず。お前が吾輩と一戦交えるのであれば、ルールに反することになるが、それでもいいのかね?」

ルールの縛りを出され、カイザーは突撃を中止した。
ここで自分が感情に駆られては二人に迷惑をかけてしまうと判断したからだ。
震える体を言い聞かせ、カイザーは再び椅子に腰を下ろす。
シャドウも反対側に移動すると指を鳴らして椅子を出現させ、尊大に足を組んで座った。

「互いに観客が一名ずつというのもまた面白いもの。では、李もといレイよ。
邪魔な奴らを始末せよ」

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.50 )
日時: 2019/09/12 09:22
名前: モンブラン博士

ジャドウの指示にレイは首を横に振り。

「私が従うのはメープル様のみ。あなたの指示には従わない」
「フン……ならば好きにしろ」

するとレイはメープルに手を伸ばし。

「メープル様、タッチです」
「ありがとう。そろそろ闘いたいと思っていたところだったの」

レイがタッチすると、メープルがリングに上がり、顔面を血だらけにしたヨハネスを見下ろし口に手を添えて笑うと、腕を掴んでヨハネスを立たせる。
すると背後に待ち構えていたレイが彼の首を背後からチョークスリーパーで締め上げる。そしてメープルは浮き上がったヨハネスの両足を掴まえ、パッパと慣れた動きで4の字固めを極めた。悪魔も思いつかぬ同時攻撃に痛みに強いはずのヨハネスは絶叫。激痛から逃れようと手を懸命に伸ばすが、彼のいる場所は敵側のコーナーであり、美琴はその反対側にいるので届くはずがない。
手が空を切るたびにメープルは一層4の字固めに力を加えていく。

「どうするかしら。素直に降参した方が身のためだと思うけど」
「どうせ君は僕が降参を示したところで見逃しはしないよ」
「察しがいいのね。残念だけど、スター流の門下生は全滅させることにしているの。特にあなたのようなスターに心酔しているような弟子はね」
「その言葉はジャドウさんに言ってあげるといいよ。僕はどちらかというと、カイザーさんの方を慕っているからね」
「でも少しはスターのことも尊敬しているはずよ。あなた達は何も知らないから彼を慕うことができるのよ」

言葉の最後に明確な怒りを込め、より一層4の字を深く極めていく。このままではヨハネスの両足が粉砕されるのも時間の問題だ。

「聞くところによるとあなたはスターにとても可愛がられているそうね。そのルックスなら愛されるのも頷けるけれど……それだけにあなたを倒したらスターがどれほど悲しむか見てみたくもあるわね」
「君には悪いけど、僕はまだ天国に行くわけにはいかないんだ」
「強がりね。でもここからどう抵抗するつもりかしら」
「こうするのさ!」

ヨハネスは自慢の髪を伸ばし、一本一本を剣状にすると、それでもってレイの掌や腕を突き出してチョークスリーパーから逃れる。支えを失ったメープルとヨハネスは共にマットに寝転がる。そしてすぐさまヨハネスは身体を反転させて切り返すと、そこから鎌固めをメープルにかけ、彼女の身体を弓なりに反らしていく。

「髪を武器にするなんて変わっているわね」
「よく言われるよ」

ところが優勢なはずの彼は鎌固めを解除し、美琴の元へ駆け寄ると、手を出した。

「ちょっとダメージが大きいみたい。代わって貰えるかな」
「勿論です」

ヨハネスに代わり、美琴が今度はリングイン。
格闘の構えをとり、メープルに宣言する。

「参ります」
「また会ったわね。あの時は話をしただけだったけど、今回は違うわ。あなたの実力、私にどれほどのものなのか、教えて頂戴?」


穏やかな口調だがその全身からは禍々しいオーラを放っている。
HNΩをあっさりと始末した時と何も変わらぬ威圧感。
どうして彼女は同じ仲間であるはずのスター流の門下生を傷付けるのか。
そしてブラックリストに載っていたのは何故なのだろうか。
疑問を抱きながらも美琴は対峙する。
メープルは服からフルートを取り出し。

「闘いの前に一曲聴いては貰えないかしら」

口にフルートを当て、繊細な音色を奏でるメープル。瞼を閉じて風に髪を靡かせる彼女の姿は美琴には悪人とは思えなかった。演奏に耳を傾けていると、突如、カイザーの大きな声が飛んできた。

「彼女の音色を聴いてはいけない!」
「もう遅いわよ」
「どうしたというのでしょう。急に頭が割れるように……」

美琴は両手で頭を押さえ、その場にうずくまってしまう。

「私のフルートの音色は聴いた者に激しい頭痛を与えるの。両腕が塞がっては、返し技は使えないわね」

魔の音色に髪を乱しながら七転八倒する美琴の姿をメープルは嘲笑する。
彼女は特に打撃を加えるでもなく、ただフルートを演奏するのみだ。しかし、美琴にとってはどんなパンチよりも威力のある攻撃に感じられた。肩で息をし、苦痛に耐えながらも、どうにか頭から右腕を離すことに成功する。頭痛は収まってはいないが、今はそれに我慢しなければ、反撃の活路を見出すことはできない。一歩、一歩近づいていくと手刀を振るい、彼女のフルートに当てる。
一撃でコンクリートを粉砕するほどの美琴の掌から繰り出される手刀は、フルートをあっという間に破壊してしまった。美琴は深呼吸をして息を整え、メープルを見た。

「これで音色を出すことはできませんね」
「そうね。これで私も武器に頼ることなく自前の戦闘力だけで闘えそう」

ブゥン!

怪しげな音と共にメープルの掌に緑のエネルギーが凝縮されていく。
それを美琴めがけて放つが、彼女はそれを弾いて無効化してしまった。

「HNΩだったら今の技で爆発していたところね」

連続してエネルギー弾を放つが、全て美琴は弾き返す。
けれどメープルの目的は彼女に攻撃を当てることではなかった。
無数のエネルギー弾により視界を遮った彼女は、一気に間合いを詰めると美琴の腹に拳を打ち込もうとする。けれど美琴は彼女の腕を掴み、軽々と持ち上げると、反対方向に投げ返してしまう。蹴りを打てば足を取られて、軸足を奪われマットに転がされ、掴みにいけば逆に投げられてしまう。
試合がはじまってから美琴は一度として自ら攻撃をしていない。全てメープルが放った攻撃の力を利用して返し技に移行しているのだ。攻撃をすれば返し技を食らい、かと言って攻撃をしなければ決着は付かない。美琴の狙いが分かったメープルは彼女に告げた。

「考えたわね。あなた、私に降参して欲しいんでしょう」
「はい。わたしは誰も傷付けたくありません。できることなら、誰も傷付けることなく闘いを終わらせることができたらって……いつも考えています」
「甘すぎて吐き気がしそうね。攻撃を全部返して相手の戦闘意思を奪う……
これがあなたのファイトスタイルなのね」
「はい」
「他の相手には通用したかもしれない。でも私には効かないわね」
「どうしてでしょうか」
「私があなた達スター流を……いえ、スターを憎んでいるからよ!」
「どうしてスターさんを憎むのですか? あの人は確かにちょっと変わったところがあるかもしれません。でも、とっても優しくていい人なんです。わたしは森から町に出て、空腹だったところを彼にご馳走して貰って――」

パァン!

美琴がここまで語った時、乾いた音が闘技場に木霊した。
メープルが彼女を張ったのだ。

「あなた、何もわかっていないのね。彼がどれほど酷い男かを!」
「酷い……ですか?」
「そうよ。私も嘗ては彼を信頼して素晴らしい人間だと思っていたわ。でも、私の想いは砕かれた。あの掟のせいで!」

キッと美琴を睨む瞳。その中には憤りと怨み、そして深い悲しみが宿っていた。
彼女は続いてカイザーを睨み。

「どうして私を守ってくれなかったのよ。あなたならスターに意見できたはずなのに!」
「……すまん」
「誰が肯定したとしても私だけは認めないわ、スター=アーナツメルツの存在を!」



「一体、過去に何があったんですか」

おずおずと美琴が訊ねると、メープルは棒付きキャンディーを口に咥えつつ、彼女を頭のてっぺんから足の先まで観察し、口を開いた。

「あなた、恋愛経験はあるの?」
「はい。今のところ一度だけですが」
「相手はどんな子なの?」
「それは……言えません」

顔を真っ赤にして俯く。彼女はスター流に所属し自己紹介をした日に李に一目惚れをしてしまった。それから長い間片思い状態が続いたが、相手が同性だと判明し、その恋心は終わってしまったのだ。そして現在、李はレイと名を変え、記憶を失い、敵対する立場にいる。けれども惚れた過去は変わらないし、たとえ相手が記憶を失っていたとしても、当の本人の前で言うのはあまりにも恥ずかしい。耳まで赤くしている彼女にメープルは口の中でゴロゴロとキャンディーを転がしながら話を続けた。

「あなたもスター流の一員なら、私がブラックリストに入っていることは知っているわよね」
「はい。実際に調べてみて驚いたんです。こんな綺麗な人がどうしてリストに載っているのかなって」
「褒め言葉は多少の感謝をしておくとして、あなたはどうして私がリスト入りしたと思う?」

メープルの質問に美琴は顎に手を当て思案する。
リストに載るってことは、やっぱりムースさんみたいに大量虐殺をしたのでしょうか。それともHNΩさんのように殺し屋をしていたのでしょうか。
でも、それなら世界各国の政府が黙っているはずがありません。彼女が脱獄したにも関わらず、ムースさんの時と比べると世界の反応は薄く――というよりニュースや新聞にも一切取り上げることはありませんでした。けれど、スターさんの反応はいつもより慌てていました。やはりこれだけ憎悪を抱かれているからでしょうか。悪いことをしてスターさんが直接牢獄送りにしたというのなら、少しは分かるような気もしますが、そうでもなさそうです。

「わかりません」

暫く考えても答えが出なかったので、その旨を正直に伝えた。すると相手は肩を竦めて嘆息し。

「答えは恋よ」
「恋……ですか!?」

予想の斜め上をきく答えに、美琴は思わず彼女の言葉を繰り返す。
そしてますます頭の中にクエスチョンマークが浮かんできた。

「なぜ恋をしたらいけないのでしょう? 失恋したら悲しいですが傷つくのは個人であって周囲に迷惑をかけるわけではないはずです。もちろん、逆恨みとかで犯罪に走る場合もありますが……」
「私は別に相手を恨んだりもしていなかったし、両想いだったわ。もちろん、犯罪なんかしたこともなかった」
「それなら、どうして地獄監獄に入れられたのですか?」
「当時のスターは恋愛は人を弱くするって考えだったの。たぶん自分が失恋した時に本当に力が弱くなったからそう思ったのかもしれないけれど。とにかく、彼はそのように考えてた。だからこそ弟子達の弱体化を恐れ『恋愛禁止』の掟を定めたの」
「それで、破ったらどうなるんですか!?」
「破門よ」
「破門……! き、厳しすぎます〜!」

あまりに厳格な掟に美琴はぐるぐると目を回してしまった。現在のスターからは想像もできないほど厳しい決まりである。

「別に片思いも失恋も大丈夫だった。だけど、両想いは絶対に認められなかった。どんなにお互いが愛し合っていたとしても」

するとその言葉に反応を示したのはジャドウだ。手を上げ自らの意見を口にする。

「スター様が懸念されるのも当然だ。恋愛など人を堕落させる不純物に過ぎぬ。
闘いに生きる吾輩にとっては到底理解できぬ概念だ」
「あなたは当時と変わらない考えね。きっと不動もそうだと思う。でも、周囲が敵だらけの中でカイザー、あなただけは理解を示してくれた」

カイザーは頷き。

「私は愛する者を守るという気持ちを高めることができるならば、より世界平和の為に闘う意思を強めるだろうし、人が人を好きになるのは個人の自由なのだから、制限するのはあまり褒められたものではないと会長に告げた」
「でも、スターはそれを認めず、却下し続けた」

ここでメープルは地面に視線を落とす。マットを見つめると、嫌でも過去が頭を過り、目に涙が溢れ出す。

「私は同門の男の子に恋をしたの。彼は礼儀正しくて、親切でカッコ良かった。
厳しい修行で苦楽を共にしているうちに、私達はお互いに惹かれあった。
でも、その想いがスターにバレて私は破門された」
「……」

無言で見つめる美琴に近づき、メープルは更にもう一発掌底を食らわせた。

「あなたは掟を破った私が悪いと思っているのかもしれないけど、悪いのは掟を作ったスターよ! あの人があんな決まりを作らなければ、私達は今でもお互いに愛し合っていたはずなのに!」

美琴に涙を流しながら怒りの形相で往復ビンタを見舞うメープルに、ジャドウは酒瓶を取り出し、上に傾けて飲むと不敵に笑みを浮かべた。

「下らぬ。恋愛感情など長い時を経れば変わりゆくもの。むしろお前はスター様に感謝すべきだ。幸せな思い出だけを残したまま別れさせてくれてありがとう、とな」
「わあああああああああッ」

美琴の胸倉を掴み、メープルは鉄拳を幾度も見舞う。
辺りを黒い雲が覆い雨が降り出した。
闘いはまだ終わらない。

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.51 )
日時: 2019/09/12 09:25
名前: モンブラン博士

美琴はメープルの絶叫を聴き、拳を頬に受けながら思った。
彼女はわたしを見てはいません。彼女の視界には恐らく、わたしではなくスターさんが見えているのでしょう。深く愛し合っていたのに、その恋が実らなかったとは本当に可哀想です。わたしはあなたとは違う形ではありますが、失恋の悲しみを知っています。ですからほんの僅かでも寄り添ってあなたの悲しみを癒してあげたいです。メープルは滝のような涙を流しながら、妥協なく美琴の顔面を狙ってパンチを打ち込む。

「あなたさえいなければ私達は楽しくデートして、いつまでも愛し合う関係でいられたのに! 愛することはそれほど罪なの!? 愛で弱くなるなんてあり得ない。そんなの誰かが吹き込んで出鱈目よ! 風の噂で聞いたわ、彼は天国に帰っていったって! 私は罪を重ね過ぎた。もう天国で再会することさえ叶わない。この悲しみ、どう責任をとってくれるのよ!」

ドカッ!

怒りを込めた一撃が美琴の頬に当たると彼女は体勢を崩して倒れる。
冷たい雨が美琴の白い装束や髪を濡らしていく。メープルは肩で息を切らし、口を開いた。

「冷たいわ。まるでスターの心のように冷たい……」
「少しは気分が和らぎましたか」

美琴は足をガクガクと震わせながらも立ち上がってくる。その表情には微かな笑みがあった。メープルは口に手を当てて静かに笑うと。


「あら、あなただったの? 私はてっきりスターかと思っていたわ。勘違いしてごめんなさいね」
「謝らなくてもいいですよ。わたしはあなたの心が少しでも和らげば、それでいいんです」
「面白いことを言うのね。確かにほんのちょっと落ち着いたかしら」
「それなら良かったです」
「でも勘違いしないで。私のスターに絶望を与えるという気持ちは変わらないわ。レイ、交代よ」
「美琴さん、僕はもう充分休んだから、交代しよう」

メープルがレイに美琴がヨハネスにタッチし、再びカードはレイVSヨハネスとなる。

「君の正体が李と分かった今、僕には考えがある。先ほどと同じ僕とは思わない方が身のためだよ」
「はあぁッ!」

レイとヨハネスの手刀が激突。2人は無数の拳の突きを炸裂させる。
鉢合う拳と拳。レイが蹴りを繰り出せばヨハネスもキックで対抗する。
跳躍や威力、共に全くの互角だ。

「……!」
「僕は決めたんだ。この試合、君が嘗て仲間として使っていた技の全てで対抗しようとね。火炎弾!」
「小癪な!」

ヨハネスが掌から真っ赤な炎を打ち出すと、レイも紫色の火の玉を放つ。
互いのエネルギーは空中で爆発し、リングを濃い煙で包みこむ。
煙が晴れると、そこには服にダメージを負った両者の姿が。

「貴様、私が先ほどやったことをわざと……?」
「そうさ。君なら絶対に火炎弾で反撃すると思ったからね。そこから発生した煙で奇襲をかけたけど、流石は君だ。魂を失っても技の切れは変わらない」
「小賢しい男だッ」

レイはコーナーポストに飛び乗ると、全身に紫色の炎を纏い、飛び蹴りを放つ。

「貴様の身体を貫いてくれる! 疾風紅蓮脚!」


ザクッ!

コートの防御を失ったヨハネスの身体は、いとも簡単にレイの蹴りに貫かれ、腹に大穴開いてしまう。そこから血を噴水のように流すヨハネス。
がくりと片膝を突く彼を心配し美琴が思わずリングに入ろうとすると、ヨハネスは強い口調で。

「来ないで!」
「ヨハネスさん……」
「僕は大丈夫だよ」
「でも、お腹に穴が出来ているんですよ。早く塞がないとあなたの命が」
「闘いに怪我は付き物。これぐらい何でもないよ。だから、君に見ててほしいんだ。この試合、僕が放つ最後の技を!」

目は虚ろになり額から汗は流れ、足元はふらついている。けれど、彼の表情から笑顔は消えない。その様子にレイは訊ねる。

「貴様、これほどの致命傷を受けて何故笑うことができる」
「……そんなの、決まっているじゃないか。これから、君と天国に一緒にいけるのかと思うと嬉しくてねえ。一人では怖いけど、二人一緒なら怖くないし、寂しくないよ」
「貴様、何を言って!?」

「ヨハネスさん!」
「ヨハネス!」

彼が何をしようとしているのかを察したカイザーと美琴が名を呼ぶと、ヨハネスは最高の笑顔を見せ。

「君達と一緒に闘えて良かった。美琴さん、隊長。スターさんに伝えてくれると嬉しいな。帰還できなくてごめんって……」
「ヨハネスさん!」
「ヨハネス!」


覚悟を決めたヨハネスは短い歩幅で距離を詰める。

「く、来るなぁ!」

相手の覚悟に飲まれ、レイが怯むがヨハネスは動じることなく突っ込んでいき。彼女の胸を貫手で貫くと心臓をガッチリと掴み。

「これで試合終了だ!」

ありったけの力を振り絞って握りつぶす。
そしてヨハネスとレイは重なり合うようにして倒れた。

「相打ちか。味な真似を」

ジャドウは吐き捨てるとマントを翻してその場を去る。
美琴とカイザーが近づいた時には既に二人とも命を落としていた。


ヨハネスとレイもとい李の亡骸は粒子となって昇華していく。
あとには彼らの体内に残っていたキャンディーが空高く舞い上がっていった。

「ヨハネスさん、李さん……」

美琴はマットに両手両足を突く。溢れ出る涙が止まらない。
ヨハネスは大切な仲間で李は初恋の人。そのどちらも、彼女は一瞬にして失ってしまった。泣き声を上げる彼女に対し、メープルはかん高い笑い声をあげて。

「どう? 少しは分かったかしら。愛する者を失う悲しみがどれほどのものか」
「……はい」
「遠慮することはないわ。あなたも私と一緒に悪の道に染まりましょう。この闘いを仕組んだのは私なのだから怨みの力で私を倒すという手もあるわよ」

メープルが耳元で挑発するが、美琴は強く首を振って否定した。

「いいえ。わたしは闇には染まりません。ヨハネスさんと李さんを失ったのは悲しいです。でも、だからと言って他の誰かを憎んだとして、彼らが喜ぶでしょうか。わたしはそうは思いません」
「偽善ね。本当は感情をむき出しにして私に攻撃したい癖に」
「この闘いの結末は、たぶん、ヨハネスさんが自ら望んだ形だったと思います。
だからわたしはあなたと落ち着いて話ができているのでしょう。もしもあなたが目の前で李さんと協力してヨハネスさんの命を奪っていたら、きっとわたしは冷静さを失っていたかもしれません」
「あなたのいい子ちゃんぶりには呆れてものも言えないわね。まあいいわ。今回は引き分けにしましょう。また、会いにくるわ」

メープルはリングを降り、空となったアタッシュケースを手に持ち、出口に歩みを進める。そして髪を雨で濡らしながら、こんなことを口にした。

「前に会った時にいた女の子、名前はなんといったかしら?」
「ムースさんです」
「あなたには感じらなかったけど、あの子からは強烈な匂いがしたわ。甘い恋心の匂いがね。でも、安心して。彼女がどんなに願っても、その恋は実ることがないのだから」
「……やっぱり、ムースさんは誰かに恋をしていたのですね。今は彼女は地獄監獄にいますが、いつの日かあの監獄から自由の身になった時、その想い人に想いを伝えられたらってわたしはいつも願っていますよ」
「あなたはお気楽でいいわね。それじゃあ、ごきげんよう」

手を振り、メープルは去っていく。

「私は本部に戻るが、君はどうする?」
「もう少しだけ、ここにいさせてください」
「わかった」

カイザーは空を飛び、決闘場から離れていく。
誰もいなくなったリングで一人、雨に打たれながら美琴は立ち尽くした。
そして膝から崩れ落ち、着るもののいなくなったトレンチコートと鹿撃ち帽子を握りしめ、彼女は再び大声で泣きだした。

「ごめんなさい、李さん! ヨハネスさん!
わたしにもっと力があったなら、あなた達を救えたかもしれないのに!
わたしのせいで大事な命を失ってしまうことになってしまって、本当に、本当にごめんなさい!」

大粒の雨に撃たれ仲間を守ることのできなかった謝罪を幾度も口にする美琴。
タッグ戦の結果は引き分け。けれど、美琴にとっては非常に大きな敗北だった。

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.52 )
日時: 2019/09/12 09:33
名前: モンブラン博士

しばらくの間美琴が泣いていると、1人の老紳士が声をかけてきた。

「泣いて少しは気分が落ち着いたかの?」
「はい。ほんの少しだけですけれど……」
「それは良かった」
「あの、あなたはどちら様でしょうか?」

美琴は老人を見た。黒い三角帽子に黒いコート。靴も黒い。そしてその右手には黄金の骸骨の飾りがついた巨大な鎌を所持していた。

「名を名乗るほどでもないが、あえていうならば先ほどの試合の観客じゃよ。
わしは試合の全てを観戦しておった。お前さんは大切な友を失い、初めての敗北を喫した」

彼の言葉に美琴は小さく頷く。

「お前さんは知らんかもしれんがスター流の者は1度だけならば復活することができる。天国から肉体を伴って蘇り、第2の人生をスタートできる」

紳士の言葉に美琴は自分が観ている景色がパッと明るくなるように感じられた。
李さんにまた会えるかもしれない。彼女を生き返えらせることができるのならば、どんなことだってできます。彼女は胸の中に決意を秘めつつ、紳士に訊ねた。

「どうすればふたりを生き返らせることができるのでしょうか?」
「そうじゃの。スターさんに頼むのが一番じゃろう……と言いたいところじゃが、そうもいかんの」
「どうしてでしょうか」
「お前さんは知らんかもしれんが、嘗ての戦いでふたりは命を失ったことがある。そしてスターの手で蘇り、今度の戦いでまた、殉職してしまった」
「つまり……それは……」
「悲しい話じゃが、二度目の蘇生は無い。それがスター流のルールじゃからの」
「そんな!」

李が二度目の人生を歩んできたことも衝撃だったが、それ以上に美琴にとって強かったのは今後、李が二度と蘇ることがないという事実だった。老人の言葉は妙な説得力と威厳があり、嘘を突いているようには思えなかった。
残酷な現実に美琴が瞳から一筋の雫を流すと、紳士が優しい口調で言った。

「あの子達は蘇ることはないがの。あの世でお前さんの活躍を見守っておる」
「李さんとヨハネスさんが……」
「そうじゃ。それに、お前さんは完全にふたりを失ったわけではない。彼らと過ごした思い出が心の中に生きているじゃろう」
「思い出……」

目を瞑ると、これまで李と過ごした日々が脳内に流れ込んできた。
初めての日、彼女のあまりの美しさに一瞬で心を奪われたこと。温泉で性別を知り、初恋が失恋に終わったこと。危機を救ってくれたこと。
ヨハネスとはスパーリングをして、今日一緒に闘うことができたこと。

「どうじゃな?」

ゆっくりと目を開けた美琴に紳士が微笑んだ。目元は帽子に隠れているが、その口元は柔和な笑みを浮かべていた。

「幸せな日々を思い出しました。何だか身体と心があったかくなるみたいで――完全に消滅してしまったと思っていましたが、彼女は心の中に生きていました」
「そしてお前さんが生きている限り、彼女もまた生き続けることになる」
「はい!」

美琴ははっきりとした声で返事をした。先ほどのような悲しみの色はなく、表情にも生気が戻っていた。

「おじいさん、ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げて礼を言うと老人は首を振り。

「わしは何もしておらんよ。お前さんが自分の力で悲しみを乗り越えたのじゃ。
そしてこれはメープルを倒す鍵にもなるかもしれん」

老人はスーッと音もたてずに後退していき、空気の中に溶け込むように体が透けていく。

「待ってください。もし宜しければおじいさんのお名前を教えていただけませんか?」
「ホッホッホ……それは秘密じゃ。わしの事なら今にきっと分かる時が来るはずじゃから」

その言葉を残し、老人の声は止まった。結局、彼が何者かは分からず終いだったが、美琴は彼との会話を通して大きなことを学んだ。
空を見上げるとあれほど厚かった雨雲が消え、満天の星空が現れていた。
にっこりと微笑み、拳を固く握って気合を注入。そして彼女は空に叫んだ。

「メープルさん! わたしはあなたの悲しみに満ちた心をきっと救ってみせます!」

美琴はスター流本部に帰還すると、一心不乱に修行を始めた。
カイザーの協力も得て、彼女はスパーリングを続ける。
サンドバックに手刀や蹴りを打ちこみ、重量級の練習人形を投げ飛ばし、スープレックスの練習をする。彼女は燃えていた。次の対戦で必ずメープルを倒し、彼女の心を救ってみせると。熱意は練習量となって現れ、彼女はめきめきと技の技術を伸ばしていった。
3か月後、再びメープルから挑戦状が来た。
当然美琴はそれを受諾し、二度目の対決の運びとなった。
試合当日。美琴はスターと向かい合って食事を摂る。
美琴はいつものようにおにぎりを、スターはフレンチトーストだった。

「美琴ちゃん。メープルを倒す作戦は立てているのかね」
「作戦はわかりませんけれど、魔笛が使えなくなったことだけは確かだと思います。前回はタッグでしたが、今回はシングル戦。状況も変わってきますけれど、わたしはきっと勝ってみせます!」
「うん。その意気だね。前の敗北が君をどれだけ成長させたのか、私に見せてくれると嬉しいよ」
「はいっ」

元気よく返事をしたのと同時におにぎりを飲み込んでしまったので、むせてしまい、咳き込む羽目になってしまった。スターに背中を撫でられながら、目に涙を溜め、美琴は嘆息した。

「わたしってまだまだですね……」
「まあ気合が空回りすることもあるからね。気にしない、気にしない。さあ、お茶を飲みたまえ」

スターが差し出したお茶を飲み干し、決戦への闘志を燃やすのだった。
二回目の対決の舞台は、美琴でも想像できない場所だった。
都会のど真ん中である。道路一帯を通行止めにして、交差点の真ん中に堂々と立つリング。既に周りには大勢の観客が集まり、スマホなどで映像を撮っている。全世界に中継もされる大一番。美琴は軽く呼吸をして、華麗にリングイン。
メープルはへそ出し肩出しの黒のエナメル生地の戦闘服に身を包んでいた。
口に咥えた棒付きキャンディーも冷たい眼光の瞳も何も変わらない。
無言でリングに上がった彼女はリングシューズの足音を立てながら、美琴の目と鼻の先に歩み寄ると、くすりと口元に薄く笑った。

「逃げださなかったことだけは評価してあげるわ。気の弱いあなたの事だから、逃げ出すかと思っていたけれど、予想は外れたみたいね」
「わたしはもう、負けません」
「そう。でも、今回はお友達の助けには期待できないわね」
「大丈夫です。わたし1人で最後まで戦い抜いて見せます」
「ウフフ……空元気がどこまで持つか楽しみね」


嘲笑をして踵を返し、自軍のコーナーへと戻るメープル。
美琴は彼女の全身から禍々しい暗黒のオーラを感じ取っていた。
緊迫した空気が辺りを包む中、世紀の一戦の開幕を告げる鐘の音が高らかに打ち鳴らされた。泣いても笑っても、これが最後の好機なのだ。これを逃せば後はない。魂を奪われた不動の為にも、先の闘いで散っていった李の為にも美琴は頑張らねばならないのだ。

「……参ります」

毅然とした声で言い、美琴は決戦への第一歩を踏み出した。

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.53 )
日時: 2019/09/12 09:35
名前: モンブラン博士

リングの中をゆっくりと動き、互いの出方を伺う両者。
傍から見れば単に歩いているだけにしか見えないが、闘いは既に始まっている。
誰から仕掛けるのか。どんな技が繰り出されるのか。相手の動きを予想し、先手を取ろうとする。静かな、けれど緊張感が全力の無言の勝負。
先に動いたのはメープルだった。中央に駆け、美琴に拳を打ち込む。
けれど美琴はそれをかいくぐり、逆に彼女の腹に掌底を叩き込む。

「クッ……」

くの字に身体が曲がり吹き飛ばされるが、踏ん張りを利かせてロープ際までの後退は回避する。しかし、彼女はまた突進してくる。けれど、今度は攻めない。
棒立ちになり攻める姿勢を見せない。互いに攻めない状態では相手を倒すことができないと考え、美琴は蹴りを見舞う。靴底がメープルの顎に攻めるが、彼女は落ち着いて足首を掴むと甲板に一発食らわせる。

「え?」

その威力に美琴は目をぱちくりとさせた。全然痛みを感じないのだ。
痛いどころか触っただけにしか感じられなかった。どういうことだろうか?
疑問が頭を掠めるが、次なる攻撃は美琴を襲う。身体を後ろに反らしてパンチを回避し、その腕をとって一本背負いでリングに叩きつけた。特に抵抗もせずにマットに背中から衝突されるが、メープルは立ち上がる。

「速さ威力共に増しているみたいね」
「はい。あの後沢山修行をしましたから」
「そう」

メープルは美琴が後方に回るのを察知、伸びてきた腕を掴んで投げ技に移行させない。くるりと背後を向いて裏拳を炸裂。美琴の頬を穿つそれだが、今度の威力もまた軽い。彼女は幾度投げられようと殴られようと、蚊に刺された程度の力でしか攻撃をかけてこない。美琴にはそれがとても不気味に思えた。
決して自分に気を遣っているわけではない。それならどうして、全く通じない事を繰り返すのか。もしかすると何か策があるのではないか。果敢に、けれど殺気や重さの無い打撃を捌きつつ、思案する。躱され、反撃され、それでもメープルは攻めの姿勢を崩さない。傍から見れば美琴が圧倒的優位に見える状況下だが、美琴自身はどこか煮え切れないものがあった。試合が開始されてどれほどの時間が経過しただろうか、ふとメープルが攻撃の手を止め、ニヤリと笑った。それは己の不利を感じさせないほどの勝機に満ちた冷たい笑み。
何か来る。
そう、美琴が直感を覚えたその時だった。
がくり。
不意に美琴の体が傾いたかと思うと、まるで糸の切れた人形のように真横に倒れてしまった。

「何が起きたのでしょう?」

困惑しつつも立ち上がるべく、両腕に力を込める。が、背に重石でも乗っているかのように身体を起き上がらせることができない。腕はプルプルと震え、再び地面に倒れてしまう。そこへ、射るような視線が飛び込んできた。冷笑を見せつつ自分を見下ろしているのは他でもない、メープル=ラシックだ。

「かかったわね。私の策に。あなたの負けはこれで決定よ」
「!」

メープルは腰に両手をあて、上体を屈めて美琴を見下ろす。

「あなた、自分の能力の弱点に何も気づいていないのね」
「弱点、ですか?」
「スターはあなたに反射能力の2つの欠陥を教えずに授けていたとは流石ね。
冥土の土産として私が代わりに教えてあげるわ」

スターが美琴に授けた白の超人キャンディーは受けた攻撃を何倍にもして反射する能力を食べたものに与えることができる。しかし、この能力は一見無敵に思えるが実は穴が2つ存在していた。1つはヨハネスの開発した能力封印の薬。
相手の能力を封じる効果を持つ薬を注射として打つことで能力を封じることができる。この薬の威力は強力で美琴とて例外ではない。だからこそ、ヨハネスは嘗てのスパーリングで使用したのだ。けれど一定時間を過ぎると効果が切れる為、制限時間内に倒さなければならないという欠陥があった。しかも、1度打たれると耐性が付き、2回目からはその効果も薄くなる。それを知っていたメープルはこの手を使わなかった。反射の能力の2つ目の弱点はその最大の長所である反射にこそあった。実はこの能力、相手の攻撃力を返すには一定の基準があり、それを下回る攻撃は反射することができないのだ。本来なら誰もしらないこの致命的な弱点を彼女はジャドウの入れ知恵により完璧に突いてきた。
結果として美琴は立ち上がることさえできないほどの大きなダメージを体内に蓄積させてしまったのである。

「まさか、わたしの能力にこんな弱点があったなんて」
「驚いたかしら。でも、後の祭りよ。私があなたに覆いかぶさって3秒間フォールすれば私の勝ちが決まるのよ」

すかさずフォールをしようとするメープルだったが、美琴は肩を浮かせて3秒のフォールを回避。残された力で押し返すと、どうにか立ち上がり、闘う構えを見せる。顔は青ざめ、玉の汗が額から流れ、見るからに彼女は衰弱していた。
それを目を細めて観察するとカリッと口に咥えたキャンディーを噛み砕き。

「命の炎が燃え尽きる寸前の最後の抵抗と言ったところね。でも、ここからどうするつもりかしら」
「あなたに勝つまで前進するのみです!」

美琴は腋を締めて拳を握ると、後退する様子を見せず、真っすぐ相手に向かう。そして怒涛の打撃のラッシュを見舞ってきた。相手の予想外の猛攻にメープルは押される。

「何なのこの力は? とても最後の抵抗とは思えないわね」
「やあああああッ」

延髄蹴りを食らい、大きくのけ反るメープル。続けて胸に蹴りを受けて、ロープに飛ばされ、反動で返ってきたところにキッチンシンクで胃袋を抉られる。
胃液を数粒吐き出すものの、ダウンはしない。美琴はその隙を突いて彼女の両腕を羽交い締めにすると後方に投げつけた。倒れたところに鋭い膝爆弾であるニードロップが炸裂。その威力に悶絶するが、美琴は素早く足をとって捻り上げる。先ほどはメープルが美琴を困惑されていた。しかし、今は自分がその立場に置かれている。普段の美琴はどちらかといえば消極的でカウンター攻撃を主としている。だが、今はどうだろうか。まるで別人のように矢継ぎ早に攻撃をしているではないか。

「何があなたをここまで積極的にしたというの?」
「わたしは見つけたのです。あなたを救う方法を」
「お節介もいいところね」

美琴は考えたのだ。メープルは能力が発動しないように細心の注意を払っている。発動すれば勝ち目がないと踏んでいるからだ。恐らく余程の事がない限り、冷静さを失うことはないだろう。かといってこちらが待ちの姿勢では相手を倒すことはできはしない。ならばどうするか。自分から積極的に攻めて相手が攻撃をする隙を与えず倒しきってしまえば良い。そうすれば能力を発動することもないから、彼女を必要以上に苦しめる事にもならない。
弓矢固めを極めつつ、メリメリとメープルの骨が軋む音に耳を傾けながら、美琴は懇願した。

「メープルさん。潔く敗北を認めてください。このままでは、あなたの背骨が折れてしまいます」
「敗北を促されるなんて随分舐められたことね。でも、私を甘くみないことね」

驚異的な柔軟性で身体を更に反らして、美琴の手足から脱出する。
美琴も立ち上がり、両者は互いを見据える。互いに息を乱し、汗を流す。
両者とも長時間の戦いで体力は底に尽きかけていた。残るは気力の勝負だ。
タックルを美琴はしかけると彼女を上空に放り投げ、自らもそれを追い、空中でパイルドライバーを慣行。

「スター流奥義bP5 3時のスイーツ!」

真っすぐにピンと真横に伸ばした自分の脚と垂直になった相手の体が時計の午後3時の形に見えることから名づけられたこの技は、完璧に極まった状態でメープルの脳天をマットに激突させた。凄まじい衝撃音と土煙がもうもうとあがる中、技を解く美琴。けれどメープルは体をユラユラと揺らしながらも、まるでゾンビのように起き上がってくる。

「私は負けられないのよ。スター流を全滅させるまで……」

そんな彼女に美琴は歩み寄り、優しくハグをした。

「愛する人を失った、あなたの気持ちはわかります。前の戦いでわたしも初恋の李さんとお友達のヨハネスさんを失いましたから」
「それなら私が憎しみを募らせる気持ちも理解できるでしょう。おとなしく、私の復讐の為に散りなさい!」
「復讐をしても愛する人は帰ってきません。それに、わたしは気付いたんです。確かに李さんやヨハネスさんはわたしの目の前で消滅してしまいましたが、彼らの思い出はわたしの心の中で生きています」
「思い出が心の中で生きている……」
「あなたも、そうでしょう?」

囁くような声で言われメープルはハッとした。
大好きだった少年との思い出が次々に蘇ってくる。
共に修行をしスターの元で学んだ日々。遠い昔の出来事のはずなのに、彼女にはそれが昨日のことのように近く感じられた。
ハグを通して伝わってくる美琴の温もり。その熱く優しい抱擁に彼女の頑なで凍てついた心は少しずつ溶かされていった。

「復讐をしても心も満たされず、愛する人も悲しむでしょう。あなたの愛した方はきっと、天国であなたを見守っていますよ」
「……そうね……」

その言葉を共にメープルはガックリと倒れ伏し、完全に失神。
体力の限界に加え美琴の愛の抱擁により復讐心で支えられた気力が消えてしまったのだ。彼女が所持していた瓶の蓋を開け、美琴は不動の魂を解放。彼の魂は大空へと昇華していく。きっと、元の体に戻るだろう。
試合の様子を上空から観察していた者が3人いた。
1人はスター、もう1人はジャドウ、最後の1人は老紳士だ。

「スターさん。よくぞ美琴をあそこまでの戦士に育て上げましたな」
「先生に褒められると照れますが、私は何もしていませんよ。弟子達の教えが良かったのです」
「しかし、流石はスター流の守護神でありスター様の師匠である闇野髑髏(やみのどくろ)様の意思を継ぐ者。吾輩が手塩に育てたメープルさえも撃破するとは、恐ろしい才能ですな」
「でも、先生も自分の名前くらい美琴ちゃんに告げれば良かったのに」
「いやいや。わしのような不細工の後継者と知ったら彼女もガッカリすることじゃろうからな。あの子は何も知らぬまま、スター流で成長させた方がいい」

闇野髑髏の言葉にスターが続ける。

「いずれくる後継者任命のその日まで、ですね」
「そうじゃ。ジャドウ、君からも時折、試練を与えてやるといい、彼女の成長を促す為にもな」
「ハハ―ッ、偉大なる守護神、闇野様の命、光栄に思いまする」

闇野は踵を返し、弟子とその側近に背中を向けたまま告げた。

「これからも彼女の事を頼むぞ」

おわり。

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