複雑・ファジー小説

【リレー企画】セイテンノカゲボウシ
日時: 2019/01/09 13:52
名前: マッシュりゅーむ

こんにちは!マッシュりゅーむです。(正確にはおまさの中の人の友達です)「アイツに友達がいたのか!?」という疑問はさておき。
今回の作品は、リレー形式で進めていきたいと思います。リレーは初めてなので、皆様にご協力いただいて面白い物語になればいいと思っています。
ではでは、楽しんでいってくれたら幸いです!


注意:以下に注意してください。
・コメント等は差し控えてください。



…以上ッ!!

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16



Re: 【リレー企画】セイテンノカゲボウシ ( No.76 )
日時: 2020/03/05 12:17
名前: おまさ

1





ーーーあれからどのくらい経っただろうか。



「ーーー、」
 マンションから、人影を求めて歩き始め。もう何時間歩いたのかわからない。陽光とそれが持つ熱、更にはアスファルトからの輻射熱がじりじりと私の気力を奪い、精神を磨耗させてゆく。

 ーー暑い。

 気候は、私が異世界召喚された時のそれ。日本列島の、甑に坐す暑さのなか数時間活動している私は、何故か意識を失うことがなかった。水分を摂取していないのにも関わらず、熱中症で昏倒することがない。いっそのこと、意識が刈り取られてしまえばよかった。
 そうすれば、この暑さから逃れられる。何も感じなくなる。

 ーー暑い。

 もう最早、これは罰なのではないか。
 逃れられず、他者からも何も干渉されず、驥尾に付すことも赦されない。ただ、自分のみが存在する空間。
 佐藤レナという大罪人を断罪する、そのためだけの泡沫の白昼夢。

 ーー暑い。

 思考が固着し、自彊の意義を感じなくなり、ただ負のベクトルの感情が瀰満してゆく。蓄積された負荷が、目の前の事象が逆修か否かの判断力を鈍らせていくのを自覚していた。
 
 ーー暑い。暑い。

 きたるべき譫妄が訪れず、愚かで矮小な私は降鑑の視線の主に助けを求めそうになる。忘れろと、かぶりを振った。
 祈るのは、許しを得るとき。願望の成就を望むのは甚だ傲慢というもの。
 そんな、ありもしない可能性にすがろうとしていることに、しかしこの時の私は気付かない。

 ーー暑い暑い暑い。

 苛立ち、不安、無気力。体に籠っていた熱が、脳にまで流れ込む錯覚。烟る視界に写る諸有がーー焦螟すらが、己の正気を蕪雑に掻き毟る誘因になりかねない。

 ーー暑い暑い暑い暑い暑い暑い。暑い。

 ただ、暑さが体を、心を、佐藤レナを蝕む。暑い紅鏡の光が精神を蹂躙し、足蹴にする。暑さしか、感じられない私を、暑さで炙り。暑さで足蹴にし。暑さで嬲り。猛暑をもって断罪を、業を、猛暑という業火によって裁かんとしている。この熱が充満する過酷な環境で耐えられる精神力など今の私にはないそれどころかこの世にかく有る全ての生命における全ての全ての全ての暑さが輻射熱が熱が熱が熱が本来であれば水分を口腔から簒奪してゆくはずなのに此度の暑さは何だ何なのだ何が起こって嫌だ嫌だ私はこんな謂れのない暑さに苦しみ訳もわからず足を動かさねばならないのか何故誰も説明してくれないのだろう何故誰もここには居ないのだろう何故ここには私しか居ないのだろう何故私は歩いているのだろう何故私は未だに生きているのだろう全ての問いが答えが事象が世界が曖昧になって境界線が綻んで澱んで混ざって繋がって歪んで融けて溶けて溶けて溶けて曖昧になってそして暑くなって暑くて暑くて暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑いあついあついあついあついあついあついあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつあつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつつっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっーーー。





2

「・・・」

 ふと。
 目を開けたとき、唇が何かを呟いていた。

 仰向けになったまま四肢を床に投げ出し、私は呆然と蒼穹を仰いでいた。風のそよぎと、萌える緑のざわめきを感じる。






 ーーーん?緑?


 直前の記憶ーー炎天下の下、猛暑に精神を食まれた時の状況との齟齬を感じ、上体を起こす。先程の状況の延長線上であれば、私は熱いアスファルトの上にいる筈だから。

 体を起こし、ぼやけた視界に世界を写す。
 急に覚醒したことに眼がついてきていないのか、ピントのずれた景色が見える。思わず目をこすろうとしてーー異変を悟った。
「・・・え、」
 右目をこすった手に、朱の色が付着している。血か。一体何故。
 疑念と軽い恐怖を感じながら、再び右目に手を近づける。



 視神経に鑢をかけられるような鋭い痛覚を感じたのはそのときだった。
「ーーーぎ、がぁぁああ!?」
 仰け反り、再び地面に後頭部を打ち付ける。しかしその痛みは感じないーーー否、感じている。ただ、右目の痛みが強すぎるだけだ。
 ーー痛い痛い痛い!
 少しでも眼窩の痛みを誤魔化したくて、何度も後頭部を地面に打ち付ける。だが、それでも右目の激痛は私を逃がしてはくれなかった。
 衝撃にじんじんと痛む鼓膜と後頭部を慮りつつ、激痛を奥歯で噛み殺してもう一度起き上がる。
 視界はいまだにぼやけているが、右目に触れることへの恐怖が刻まれた私は、目を擦るのは結局諦めた。
「うーん・・・」
 目を細めてみると、どこか見慣れた街並みが見えた。どうやら私は、石畳の道端ーー木陰に横になっていたらしい。
 ただ、肝心の「ここが何処なのか」を受け止めるのに時間が掛かった。
 何故ならーーー、












「ーーーここって・・・オースンカッグ・・・?」

ーーーー見慣れた街の空が、蒼穹に染まっていたから。


「何で・・・?だってっ、」
 そう。
 ここが影の世界であるならば、空の色は碧でなく紫黒であるはずなのだ。基本的に普段は曇っているか霧がかかっていて、陽光が差したことなど一時たりともない。
 ならば何故、自分が以前いた世界のように太陽が爛々と輝いているのか。
「ーーー、」
 右腕を見れば、完全に〈ギシュ〉は消え失せている。かの書庫でのカミュとの立ち会いで既に消失してはいたが、それが直接今現在に作用するとは考えづらい。
 何せ、先程見た白昼夢ーーー蒸し暑さのなかに己の存在が掻き消えていった、あの時点では右腕が存在していたのである。それも、〈ギシュ〉ではない、異世界召喚によって失われたはずの自分の腕で。

 故に、ここでは恐らく現実と何の干渉も起きず、何の関連性もない。まさしく夢現の状況だ。
 故に、ここは現実の世界ではない。
 故に、ここで起こった出来事は起きる筈もないこと。
 故に、ここで提示された過去は真実ではないということ。
 故に、ここで暗示された未来は絶対に起こり得ないこと。
 故に、ここで見たオースンカッグは本物ではない。

 ーーー故に、全てが妄想に、詭弁に、糊塗に侵された事象であるということ。







でも。
そのはずなのに。
何故か。
私は。
まるで。
    るように。



 立ち上がって、歩みを進めてしまった。
「・・・だ、れか・・・いませんか」

3


 

 道端から立ち上がって歩くこと五分。以前ゲファレナーに出くわした役所の前で足を止める。

「ーーー。」
 酷い有様だった。
 風光明媚は何処に消え、石煉瓦の荘厳な門は土台を残したまま、それ以外が存在自体を根刮ぎ抉られている。門の跡を過ぎて正面口に向かう途中の石畳には、陥没が幾つも残っていた。
「ーーー違う」
 掠れた声が、虚しく大気を揺らす。それが誰の声なのかは、解っているけれど解らなかった。



 石畳を抜け、同じように荒んだ階段を上がる。
 役所の建物は、更に惨憺たる状態だ。エントランスは崩壊し、無事な柱はある筈もないということが見てわかる。瓦礫を踏み締め、崩落した入り口から蕭索としたエントランスホールを覗く。人の気配は当然ながらない。

「ーーーー」

 大理石の床と、螺鈿のカウンター、そして鈍く黒光りするそれの上の白磁の花瓶。それらには、朱の跡が残されていた。
 朱のいろーーー血糊を見て私が感じたのは、恐怖でも驚嘆でもなく、安堵だった。
 渇いて、尾を引いた血糊こそ、この世界に命がいたことへの証明だからだ。

 足音を響かせながら、カウンターに歩み寄る。そこで気付く。



 ーーーー白く無機質な花瓶とカウンターに付着する血は、点々と視界の端に続いていることに。




 しゃがみ、痕跡を辿る。朱色は、点々と白い大理石の上を続き、それはそのまま、影の中に続いてーーーー、
















「・・・・・・・・・・ぁ」
ーーー壁際に倒れる、『刻眼のミコ』の横腹を終点にしていた。


 倒れているヘイズ。その脇腹からは血が流れ出た跡がある。体の中の血潮は殆ど流れ出た後だろう。朱色に染まった冷たい床に伏すヘイズは、口の端から血を流しながら苦し気に喘いでいる。

 私は殆ど無意識に、ヘイズの横にしゃがんだ。
 トリアージで治療不可能(クロ)と判定される程の傷を負っていることが、私にも分かった。

「・・・・・・・・・・・・・く、ぁ・・・・・・・・?」
 それでも、驚くことにヘイズにはまだ息があった。何かを喋ろうとしている。

「ヘイズ・・・」
「・・・・た、すけ・・・・、ぁふ・・・・き・・・きー、す・・・っ」
 最強と名高い〈カゲノミコ〉は、集点が定まらない虚ろな瞳で、虚空を見つめながら譫言を繰り返している。桜色の唇から零れる言葉こそ、彼女の生命力の全てと誇示するかの如く。
 ヘイズが咳き込む。体内の血はほぼ全て流れ落ちてしまっただろうけれど、口腔に残っていた僅かな紅が、顔を覗き込んでいた私の顔に跳ねる。



ーーーーそして、それを最後にヘイズは沈黙する。




「ーーーーぁ」
 呆然と、声が私の口から零れ出ていた。


 死んだ。死んだのだ。『刻眼のミコ』ーーーヘイザノート・フォーマルハウトは、母なる大地に篝花を開花させ魂を散らした。断末魔さえ無いまま静かにこと切れ、彼女の気高い誇りと矜持が護られたことだけが唯一の救いだ。
 しかし、そんな救いなど、圧倒的な喪失感と自責の前では何だと云うのだ。
 恩人たる彼女に何も返さずーーーー否、最早自分が彼女を死に至らしめたのではないか。

 無力感にうちひしがれ、尚も足掻いてきたというのに。
 ・・・自分が。

 自分がヘイズを殺してしまった。その事実は、今の私には重すぎて。






 せめてもの謝罪と贖罪に、ヘイズの死体ーーー魂の脱け殻の口の端に残る血を拭ってあげたくて、私はヘイズの口に触れた。








ーーーーその瞬間。

「・・・・・ぁ、ぇ・・・・・・・・・・?」
 私が冷たい身体に触れた瞬間、ヘイズの体が霧散する。

 比喩表現なしに、霧散だ。泡沫の白昼夢のように。打ち砕かれた矜持のように。儚く散る砂の城のように。まるでそこに最初から存在しなかったみたいに、ヘイズの体は粒子となって風に溶け込む。



























「ーーーー違う」








 先程聞こえたのと同じ声が、大気を揺らす。







「違う・・・違うよ、わ・・・私、私は、ぁ・・・・・っ・・・・!」

 ーーーー嗚咽、そう呼ばれるらしいその声を出しているのは、私だった。







「ちが、う・・・違う違う違う・・・っ・・・・! 私は、こんなことを望んだんじゃ・・・!」

 私の口が、何かを口にしている。
 何を言っているのか判らなくても、私は自分がどんなことを口にしているのか、何となく分かった。
 
ーー懺悔。ーー妄言。ーー支離滅裂。論理性の欠片もなく、ただこの世界の不条理を呪って、嘆く。

 己の正当性を嘯き、都合の悪い運命を詰る。ーーーそんな私の姿は、哀れな道化みたいだった。











 魔人にも、勇者にもなれない、ただの出来損ないーー憐憫の視線を向けられて雨のなか佇む、道化。

 それが、私。




















「・・・・・・・・・・・ぁ?」
 涙に眼を赤く腫らした私は、唐突な知覚に思わず顔を上げる。何か、変だ。
 得体の知れぬ違和感。最初は小さかったそれは次第に大きくなり、


「ぁ、あああぁぁぁあ!?」
 





 ーー理解、という形で結実する。


 空間が捻れる。三半規管が根こそぎ掻き回されるような違和感と不快感。
 最早、この空間の破けた先に何が広がっているのか、予想する間もなく。

 刹那の浮遊感。ーー転移が来る、と直感が告げる。





 そして、天地が逆さまになったような浮遊感を感じた瞬間、脳裏に『声』を聞いた。


























































































「時計の針を進めよう。『怨恨』と『瞋恚』ーーー君は、どちらから俯瞰するのかな」


ーーー試練は、終わらない。







 


 
 

 
 
 

 



 

Re: 【リレー企画】セイテンノカゲボウシ ( No.77 )
日時: 2020/03/09 10:58
名前: マッシュりゅーむ

『皇国に複数人の侵入者――五名のうち四名を捕捉、残り一人は未だ捜索中――』

「―――……?」
 微風が気持ちの良いある場所にて、座りながら、そんな大見出しのある面が書かれている夕刊の新聞を広げ目を細めていると、何やら森の方角から時空が捻じ曲がるような〈カゲ〉の奔流を感じ、その幼女は小首を傾げる。

―――はて、こんな遠くまでそんな波動が届くくらいの術とは…………。

「……ふぅ」
 まぁ害はなさそうだからいいか、と、新聞を閉じ立ち上がると、声が掛かった。
「ヘイズ様!!」
「おぉ、ガーランド」
 顔を上げるとそこに来ていたのは、相変わらずの黒スーツに身を包んだ、部下のガーランドであった。
「おやヘイズ様、喉治ったのですね。おめでとうございます」
「おかげさまでの。じゃからもうこの髪飾りともオサラバじゃ!」
 そう言って自分の側頭部に付いている豪奢な髪飾りに触れる。
「ヘイズ様はあまり着飾るのがお好きでないお方ですからねぇ………。はぁ、ヘイズ様の麗しい姿がこれから見れなくて残念です」
「……おい今何か少しペドフィルに似てたぞお前」
「―――は!?や、やめてくださいよ、間違ってもあんな変態と一緒にするのは!?」
 半眼を作って見せると、目の前の男はその巨体に似つかない慌てた表情を見せてくる。そのギャップに少し笑ってしまいながらも、今度は真面目な表情をして彼に尋ねる。

「して、奴は見つかったかの?」
 その言葉で一瞬で空気が張り詰めたものへと変わる。それは主語の抜けて言葉。しかし、長年一緒にいる彼には、それだけで十分伝わった。
「残念ながら、『狐染』の〈ミコ〉はその所在どころか目撃情報も上がっておりません。………誠に申し訳ありません」
「まぁよいよい」
 雰囲気をいつものエージェントそのものにして、唇を噛みちぎる勢いで噛みながらこちらに向かって頭を下げてくる。そんな彼に対し、ふっ、と笑って首を横に振りながら言う。仕方のないことだ、彼女は同じ〈ミコ〉である自分でさえ何を考えているのか分からない。

「それから……ディレは?もう怪我は治ったのかの?」
 話題を変え、自分と同じように傷を負っていた無口な少女を思い浮かべながら尋ねる。
 彼女は暴走した『シャーナー』を鎮まらせた時はあまり傷は負わなかったが、レナ――否、〈カゲノチミ〉になかなかのものを喰らわせられたのだ。
「あ、あぁそれが………」
 突然歯切れが悪くなるガーランド。何があったのだろう、と目線で問う。
 そして、ガーランドは観念したかのように言葉を綴っていく。
「じ、つはですね――先日、怪我が全治して、」
「おお!」
「そう医師に告げられた瞬間急に立ち上がって、」
「…おお?」

「そのまま――弟と一緒に失踪しました」

「お……おおァァァッ!?」
 思わず目を見開き勢いで立ち上がってしまう。
「な、何故じゃ!?理由は――」
「――恐らく、今失踪しているサトウ・レナの捜索だと思われます」
「あーー、成程そうか……」
 確かにディレカートはレナに敗れて傷を負ったので、恨み等は募っているやもしれないとは思っていたが……。まさか自ら行くとは。しかも弟までも連れて。

「と、いうことは今万全な状態で動ける〈カゲノミコ〉は―――」
「――ヘイズ様とユグル様、だけでしょうなぁ」
 レナという罪人に続いて〈ミコ〉二人が仕事を放棄し失踪となると、この影の世界は大混乱どころじゃないだろう。
 内心で盛大に溜息をつきながら目頭を摘み、グリグリと揉む。恐らく残っている〈ミコ〉――即ち自分達ににファグとディレのツケが回ってくるだろうと思うと荷が重い。

「それにしても―――」
 と、ガーランドがふと辺りを見渡して問うてくる。
「――こんな辺鄙な場所にいるとは思いませんでしたよ。おかげで探すのが少し遅れました」
「………ははは、すまんのぉ。じゃが儂は何気にこの場所が気に入っておるのじゃよ」
 その物言いに笑いつつも自身も改めてこの場所を見回す。

 オースンカッグからだいぶ離れた場所にあるここは、ここだけ世界に取り残されてしまったような、どこか神聖な雰囲気を窺わせる所であった。
 過去の建造物と思しき石の塔が多く罅割れ、横たわっている地面は全てまっさらな灰。その中にはむごい壊され方をした白い石の家屋や、何やら溶けたような跡がある石柱等が多く点在する。今自分たちがいるのは、その一つの巨大な岩石の上だ。

 しかしそんな中、一番存在感を放っているのはその中央。
 鋼鉄の箱の様なものに、これまた金属製のある管が何本も伸びて、そこに歯車が何個も重なっている。罅割れて、本来持ち得ていただろう光沢が失われたそれが、巨大な台に鎮座しているという、違和感でしかないもの。この世界にはない、この世界の住人は、こんな代物を知らない。本来は知り得ないはずのものだ。

―――この、影の世界の住人にとっては。

「あれが『機械』………何度見ても不思議なものですね」
「…う〜む。じゃが儂らにはそう見えても光の住人にとっては普通に見かけるようなものらしいがのぉ」

―――『エンジン』に似ている。
 過去、どこかの光の世界から来た人物が、これを見てそう言ったらしい。
 『機械』を動かすための、心臓部分にもあたる部品。その呟きを聞いた当時の〈カゲノミコ〉は何を言っているのかさっぱり分からなかったらしいが、何度も調査をしていくうちに―――これは〈カゲノキグ〉の一種であることが分かった。

 光の『機械』と影の〈キグ〉。
 この事実は、言わば光と影の世界の技術が合成されたものということ。一体誰がこんなものを作ったのか、何の目的で、どこでこの知識を………――――。
 様々な憶測が飛び交ったが、分かったのは「いつ頃製造されたものか」ということだけ。まぁ、ここの遺跡の知識を少し知っていれば、誰でもその結論に行きつくと思うのだが―――
「――500年前。ここは『あの事件』が起きた、その発生地。付いたこの場所の名は―――」
「―――『レックスタラニス』」
 この場所がこんな荒れ地と化している状態で長年置かれている――保護されている理由としては、その『事件』の渦中であった地がここであるから。

「そんな場所が落ち着く、ですか。それは―――」
「―――分かっとるよ。『変わっている』と言いたいのじゃろ?でも、何故か無性にこの場所を離れたくないのじゃよ」
 押し黙るガーランドの言いたいことは分かる。歴史的に一番最近の、一番大きな悲劇の坩堝が起こったこんな不気味な場所は、自分以外は歴史研究家ぐらいしか好き好んで近づこうとはしないだろう。

 しかし何故か、心の奥で、記憶のどこかで、『此処に在れ』と訴えてくる何かがあるのだ。
 自分でもそれが何か分からない。
 だが、何故かここに来ると、そんな気持ちがしっくりくるのだ。 

「…………」
「…………」
 途切れた会話、既にだいぶ暮れてしまった空を背に、ガーランドが静かに断りの言葉を言い、同時に気配が消えゆく。

 そんな中でその幼女は――ヘイザノートは、ゆっくり目を閉じた。



***



「う、かはッ!おぇ―――」

 頭がくらくらする。気持ちも悪い。まるで酩酊だ。お酒、飲んだことないけど。
「―――はぁ、はぁ……ふぅ……」
 何も入っていない胃から胃液だけ出して、口や服を盛大に汚しながらも立ち上がる。
「………ここは、」
 どうやら私――サトウ・レナは、あの『地獄』から転移したどころか、スタート地点も変わってしまったらしい。周りの風景は、一切合切私の知らない土地だった。
「………」
 地面は年季の入り壊れかけた白い石畳。道は後ろ左右は壁――まるで誰かが意図的に造りだしたかのような建物で塞がり、目に前の一本道。

 そしてその奥から、何やら不穏な残響と、可視できるほどの〈カゲ〉が。

「進めってことですか……?」
 眼は虚ろに、全く元気のない声音が喉から出る。相当精神が参ってしまったらしい。
 その声に他人事みたく薄く苦笑していると、横目に場所の名前を指す看板――案内板が目に入った。

『レックスタラニス』

 そう、掠れた文字で書いてあるのを見、また溜息が出る。

―――確か『向こうの世界』で、【終焉】っていう意味だったっけな……―――

 呆然と、涸れ果ててしまった思考能力で脳髄の片隅にあるそんなことを思い出す。
 その言葉の意味に、どんな思いが込められているかも知らずに。

「…はぁ、はぁ……」
 歩を進める。その一歩一歩の足取りが重い。一気に年を取ってしまったみたいだ。―――今ならヘイズの気持ちがわかるかもしれない。

「――うっ………」
 と、そこでまたヘイズのことを思い出してしまい、足が止まる。気持ちを紛らわそうとして何かを考え続け、そして思考がここまで自分を蝕んだ元凶へと回帰する。踏んだり蹴ったりだ。

「……………」
 もう何も考えず、ただ足を動かすことだけに集中することにした。





 そして見えた、永遠に続くと思われた道の先。

 傷つき、壊れ、倒れた石の建造物が建ち並ぶ中、一際目を引くのはその中心。


「…ぁ……あぁ………あ、あ……」

          ・・
 そこにあったのは、生贄だった。

「ぅ……おぇ…」

 二人の男女が左右に並んで股から脳天まで鉄の杭が打たれ、その真下には血肉や体液を床に撒き散らし、二つの大きな染みを作っている。
 苦渋のその表情からは、既に生気が感じられなかった。
 その哀れな囚人の様な裁きを受けている男女の、女性の方に目が行く。行ってしまう。
 その服装、特徴的な腕、掛けている眼鏡を見て―――激しく慟哭する。

「あぁ……ぁああァァッ!!?」

 そして気付いた。気づかざるを得なかった。

          ・・・・・・・
 この女性が――――未来の自分の姿だということに。

 その光景は、精神に傷を負った私に止めを刺すには十分すぎるものだった。


「―――ん?誰だい?」
 そんな静寂の地獄絵図の中で思わず腰が抜け、言葉を失う私に向け、場にそぐわないその呑気な声が響く。

「………ぁ……」
                 ・・
 『贄』に気を取られ、その奥にいた本命の存在に気付かなかった。

―――ソレは、巨大な〈カゲ〉の渦そのものだった。
―――ソレは、胸の内に、『ヒカリ』を宿していた。

 モザイクのかかったように、姿形が認識できないソレに対し、私は。
 光と影、相反する力を持ちえたその魔王を目の前にし、私の奥の本能とも呼べる自衛機関は、そのモノに、大きな嫌悪感と忌避感を訴えてきた。

 それと同時に、私は私に、ある問いをしてきた。











――――勇者になれない道化は、勇者の資格が、魔王と対峙する覚悟を得ることが出来ますか?







Re: 【リレー企画】セイテンノカゲボウシ ( No.78 )
日時: 2020/04/04 21:26
名前: マルくん


彼は静かに怒りという炎を燃やしていた。まさか、「簒奪者」をかんな早い段階で出して来るとは思っていなかった。
しかしここで感情に任せ暴れても意味が無い。敵に自分の首を差し出すようなものだ。簒奪者の対応は考えてある。落ち着いていこう。慌てる程のものでも無い。相手が簒奪者を出してきたという情報が大きいのだ。
怒りという感情を直に感じている《カゲノシモベ》たちは満更でも無い。もしこの1件が自分の主人の逆鱗に触れたなら、その矛先が向くのは自分達かもしれないのだから。
そして影の王はシモベ達に次なる命令を告げる。
「あちら様は出し惜しみなしでかかってくるそうだ。次に出てくるのは調停者辺りだろう。その前に簒奪者を潰す。奴は時が経てば経つほど強くなる。1番面倒な厄介者だ。然し出現した今ならまだ潰すのは簡単だ。ロンギヌスの槍を使え。」
《カゲノシモベ》たちに動揺が走る。
ロンギヌスの槍やりとはどんなものでも確実に殺害する代償に使用者は死亡するというものだ。ここまではまだいい。
しかしロンギヌスの槍は1度使えば消滅し、姿を消す。使い所を考えさせられるものだ。
それを今回簒奪者に向けて使用する。それはあまりにも勿体ない。まだ《カゲノシモベ》と同等かそれ以下の相手に使うというのは贅沢すぎる使い方だった。
「まだ急速に成長する可能性があり、不確定要素なのは簒奪者だ。使え」
簒奪者は時間が経てば経つほど強くなるのにそれを最初に出してくる。
それに対しロンギヌスの槍はここぞという時に強敵に使うものだ。
この騙し合いの暗々とした戦い、どちらが勝つのか。それは神のみぞ知る。


すいません。今回自分の趣味全開で書きました。そして遅くなり大変申し訳ありません。

Re: 【リレー企画】セイテンノカゲボウシ ( No.79 )
日時: 2020/05/19 07:59
名前: おまさ

 皆様、参照数5000突破ありがとうございます! そしておめでとうございます、マッシュ様、マルくん様。
 そして、なんだかんだ地味に世界紀行の方も参照数300突破しているという…。ありがとうございます!

 
 ここまで来れたのも、皆様のご愛読あってのことです。感謝、感謝です!
 
 

 今後も、このセイテンノカゲボウシ、ならびにEXも宜しくお願いします。
 では、本編をお楽しみ下さい。









…ていうかマルくん様、ロン●ヌスの槍は流石にまずいでしょうよ…。せめてカ●ウス辺りに……。


*****







 白い空間のなか、揺蕩う意識だけが漂っていた。
「ーー、」



 ふと、閉じていた目を開ける。今は体という枷から解放され、自我のみの自分には瞼なんてある筈がないのに。
 僅かに重い頭を上げ、周囲を見渡す。ーー否、この場合は『参照する』という言葉の方が正しいだろうか。
 少なくともここが何処なのか、何となく察していた。


 目前に幾つも浮かんでいるのは、水晶玉のような大きさで形の『風景』ーーー『記憶』と、そう呼称すべきか。
 水晶の内の一つ、先程の光景が映っている。





『デイズ!?』
 相棒ーーバーヘイトの、焦燥感のある声音。その直後自分は昏倒しーーその場には那由多の〈カゲ〉の奔流のみが残っていた。

 まるでかつての伝承のように。

 初代〈ミコ〉ヘデス・メーメル。かつて天蓋にその魔手を至らんとし、刹那射し込んだ光によって左目を灼かれた隻眼の魔女。
 先程の、〈カゲ〉の奔流が天へ迸る光景は、確かにかの隻眼の魔女の所業を彷彿とさせる。






「ーーっと」
 そんな感慨を中断し、意識のみで立ち上がり、背後の気配に向き直る。そして、その気配の主の元に跪いた。



 ーーそこには、男が立っている。

 背丈はかなり高く、190センチ超だろうか。優雅な金髪や豪奢な軍服風の装い、更に腰に携えた煌やかなサーベルは、いわゆる典型的な「貴族」のイメージ通りだ。
 ただ、厳密には彼は貴族ではない。彼はーーー、

















「ーーー殿下」


 ーーーアンベルク公国第85代目君主、ヴラディミール・フォン=センテ・アンベルクその人だ。

2





「ーーいやはや驚いた。よもや卿が、かの名高き『影の王』に相対するとは」

 
 ヴラディミール殿下は、さも興味深そうにそう宣った。殿下のそのお言葉を拝聴して、自分が顔をしかめるのが分かった。

「『影の王』…。この国の主である殿下を差し引いて王を騙るとは、度しがたい不遜な輩です」
 殿下は苦笑した。
「実質100年前に実権が議会と〈ミコ〉に移ったのは卿も知っておろう? 公国家なぞ、そこな民草に表向きの権威を振るっているだけよ」

 そう。
 100年前、公国家は国有権以外の一切の権限を公国議会に委ねた。……表向きは。
 事実、剥奪に近い。
 民主化が急速に進み、公国議会は民衆に対する実質的な権威を手に入れた。むしろ、絶大な宗教的信仰を恣にした〈カゲノミコ〉が率いる議会に、衆が靡かぬ訳がない。
 故に、現在アンベルク家は国民の血税に寄生することで存続しているのだ。



「君主制を悪とする思想は理解に苦しみます」

 自分の元いた世界では、世界的に民主主義の風潮が広がっていた。東西冷戦を切っ掛けに、某国の共産党を弾圧する方針は世界的なものとなっていたのだ。右翼の人間が国を治めているーーというのは、少々過言だが。







 かつて、紀元前欧州のかの地で400年間に渡って名を轟かせた大国があった。

 その国家は、当初は小さな王政国家であったもののすぐに共和制に移行した。しかし、ある一大戦争での大国への下剋上を果たし、広大な領土を手に入れたその国はすぐさま政治的に不安定になってしまった。一説には、政において一つの決断に時間を要する共和制では、広大な領土の各地で起こる問題に対し迅速に対応出来なかったとある。

 その状況を危惧してか、ある英雄はルビコンを渡って終身独裁官となり、事実上初代皇帝の座に就く。

 その英雄は第一に領地の拡大を止め、疲弊しきった国力を回復させ、優れた政治システムを導入することにより柔軟な対応を可能とし、ひいては帝国の発展に尽力。その後暗殺されたが、彼の築きあげた礎は次代の皇帝に継承された。
 かの帝国は『地中海の覇者』とまで呼ばれ、地中海を「我等が海(マーレ・ノルトリウム)」とまで言わしめた帝国は、数世紀にわたる支配による平和ーーパックス・ロマーナを実現できたのである。





 四百年間の安寧を作り上げた民主主義国家は、今のところ存在しない。


「まぁそう湿気た顔をするでない。女子にしかめ面は似合わぬと、余は思うておる」
「…まさか口説いていらっしゃるんですか?」
「たわけ。卿さては分かって言っておるな?」

 軽口に、殿下も軽口で返す。このやり取りも、何だか久しぶりな気がした。



 ーーと、不意に殿下の姿に、砂嵐のような不自然なノイズが走った。それに殿下は不愉快そうに眉をひそめる。
「ほう…今日はここまで、ということか」
「申し訳、ございません。わたしの落ち度で…」
「卿の意識に接続している無粋は余ぞ。その無粋に配下を詰るほど、アンベルク家は堕ちてはいまいよ」


 砂嵐のような乱れは広がり、殿下の声はもうノイズによって半分ぶつ切れの状態だ。

「時間がない故に、単刀直入に訊く。心して答えよ。ーーー時にミユよ、卿を召喚したあの半人…川本江との進捗は?」

 その懐かしい呼び名に少し回想する。『佐々木ミユ』という異邦人の名を捨て、『デイズ』となった自分を。
 回想しようとして、今はそういう訳にもいかないと、思考を中断した。

 少なくともまだ、今はこれでいい。



「ある程度の信頼関係は築けたと。…あるいは単に、胸中を見透かされているか、それともはぐらかされた可能性もありますが」
 互いに爪を突き付け合い、牽制している可能性があると。それを聞いた殿下はしかし、くつくつと微かに笑ったようだった。



「それもまた一興よ。世というものは簡単に推し量る事なぞできぬ。だが、それでよい。だからこそ人はーー人の世は面白い」

 そう言って、殿下の姿は完全に消える。






「…そっか」
 ひとり、取り残され呟いた。
 この声は、他のだれかに届かなくてもいい。伝える必要もない。むしろ、口にする必要もない。
 だから、この声を出すのは単に。





そうして、ひとりの異邦人は泡沫の夢から弾かれてーー現実へと、意識が回帰する。
 


 


Re: 【リレー企画】セイテンノカゲボウシ ( No.80 )
日時: 2020/05/18 12:27
名前: マッシュりゅーむ

***



「……………ふむ、姿を見せない、か……。―――ふふ、そこにいるのは気配があるから分かっているよ。安心したまえ、【ワタシ】は君に危害は加えない。だから出ておいで」
「―――」

 何故か知らないが、どうやら私の姿が見えていないらしい。

 目の前で佇む『陰陽の魔王』を、呆然と眺める。

 それと同時に、私も。

 見えているはずなのに見えない。目で知覚した瞬間からその映像が消え去っていく。
 そんな、矛盾するような、不思議な感覚を味わっていた。

 だがもう、そんなことは、


―――どうでもいい。


「………」
 自身が今、何をしたいのか、何をしようとしていたのか。
 こんな時、普段の自分は何を思ったのか、どんな行動に出るのか、どんな表情をするのか。
 その全てを思い出せないまま、腰の抜けたままの状態から、俯いたままの体勢から、動けない。

「………何か、喋ったらどうだい?ここに来たのは【ワタシ】に用があったからなのだろう?」

 そうだったっけ。そうなんだっけ。

 私は、するべき何かを、成し遂げなくてはならない何かを、持つことが出来ていたのだっけ。


―――どうでもいい。


「ふむふむ。君は今の状況に否定的なんだね。伝わってくるよ、《カゲ》を通じて。今の君は酷く消極的だ。そうだね―――ただひたすらに虚しい」

 ただひたすらに、虚しい。

 そうか、今の自分は虚しいのか。

 絶望しているのか。
 悲観しているのか。
 失望しているのか。
 絶念しているのか。

 諦め、たのか。

 何に?

 何に?何に?

 私は―――

「―――……」

 答えは、見つからない。

「……ん?んん?この感じ………あぁなるほど!時間軸のズレか!道理で君の姿が見えないと思ったよ。君は過去から来た人間なんだね」

 過去。かこ?

 という事は、これは未来の風景、光景、情景。

 この残酷で、冷酷で、無慈悲なものは、この世界の終着点。

 あぁ、そうか。

 私の前に道なんて、進むべきレールなんて―――

「未来はあり得ないよね。あはは!だってもう―――【ワタシ】が壊したから。未来は、来ないんだから」

―――未来なんて、なかったんだ。

 そうかそうか。

 私は『何に』絶望しているんじゃないんだ。
 悲観しているんじゃないんだ。
 失望しているんじゃないんだ。
 絶念しているんじゃないんだ。

「抗った者は皆散っていった。そうでない人間も皆、君と同じように終わりを悟って逝っていったよ―――」

 私は―――






「―――『全て』に絶望しながらね」












――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

僕には、今の彼女の未来が見えませんでした。




Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大7000文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。