複雑・ファジー小説

ジルク【キャラ募集中】
日時: 2020/07/19 18:11
名前: おまさ (ID: Yo35knHD)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=1260

どうも、初めましての方は初めまして。セイカゲからの方はこんにちは、おまさです。

今回は、SF的な作品が書きたくてスレ立てさせて頂きました。この作品は、皆様と一緒に作っていきたいのでキャラ募集をします。リクエスト掲示板の方に関連スレを立てましたので、そちらにキャラ情報を投稿していただければその中から選抜して作品に登場させたいと考えています。(詳しくは関連スレへGO)
あ、ちなみに関連スレは上のリンクから行けます。

世界設定などは本編の方で触れますのでご了承下さい。
なお、本スレは感想など受け付けておりますが、ここに投稿したキャラクターリクエストは受理しないと思ってください。
また、スレッドを荒らすような真似は絶対にしないでください。宜しくお願いします。

では、本編どうぞ!




もくじ




(最新更新:>>23) (関連イラスト:>>18) (一気読み用:>>01-)


一話:逢瀬              >>1

二話:外出はパーカーと共に      >>3

三話:アフレイド・オブ        >>4

四話:オムカエ            >>5

五話:ファン・トゥ・ドリフト     >>6

六話:羅刹              >>7

七話:偽善の形            >>8

八話:アネサマ            >>9

九話:王子              >>10 

十話:velvet             >>11

十一話:Raison d'etre          >>14

十二話:傲慢              >>15

十三話:捕捉             >>16

十四話:神ヲ驕ル者          >>17

十五話:冷たい感触          >>19

十六話:ふぉーてぃーせぶん      >>20

十七話:ばけもののすがた       >>21

EX:前日譚1(上)「16年前の雲の上で」 >>22

十八話:オマエヲコロス        >>23

Page:1 2 3 4 5



15話 ( No.19 )
日時: 2020/04/09 15:05
名前: おまさ (ID: r1bsVuJn)

 1


ーーー駆逐攪乱種(クレヲヴロター)。前にもシーナと合間見えた相手だ。こうも相対のスパンが短いとなれば、まさか自分は呪われているんじゃあるまいか。
 シザを喰ったあの巨獣には敵わないとて、駆逐攪乱種は恐らく重量級の類に与する〈オスティム〉だろう。当然だが、拳銃じゃあとてもじゃないが太刀打ちは出来ない。
 いや、厳密には弱点を突ければ拳銃でも対応可能だ。しかし、この場合は数が多すぎる。

「シーナ!何かないか何か!」
「分、かってる….考えてるよっ……!」

 少々刺々しい態度になっているシーナにも余裕がない。イオトよりも情報量を持っている彼女だ、多分イオトよりも焦っているのだろう。

 見れば、夜の砂丘の向こうには、夥しい程の砂煙が立ち上っている。それが何なのかは想像に難くない。

「….クソ」

 漏れた呟きを尚噛みしめ、イオトは歯噛みする。
 今日は、何という日なのか。絶望に絶望を重ねて、自己嫌悪と世界への呪詛に塗れて。

 ーーもう、終わりなのか。

 この感慨を抱くのも、今日で何回目になるだろうか。
 ただ一つ明瞭に己の内にあるのは、世界はこんなちっぽけな感傷に浸ることすら赦してくれないということだ。


 事実、 駆逐攪乱種と此方との距離は百メートル程まで迫って来ていた。奴らの機動力を以てすれば、この距離は数秒で詰めることができるだろう。
 機動力ではこちらを圧倒。攻撃力も、奴らが前足を振り下ろしてしまえば、脆弱なひとの体など引きちぎってしまえる。とても、拳銃一つで突貫できる相手ではない。
 数は質に勝るとは言うものの、質すら劣っている此方に、勝機は皆無。



 ーー距離、五十メートル。けたたましい咆哮は、戦陣が鬨の声をあげる様とさながら同じだ。


 「….ッ」



 ーー距離、二十メートル。その、本能的に畏怖を催す外見と眼光は、一方的な暴力の気配を纏っている。



 「………ッ……..!」










 そのとき。不意にシーナが叫ぶ。













「ーーー北北東より、不明機(アンノウン)接近っ! 時速…257キロ…..!?」

 息を詰め、振り返っても遅い。





 “それ”は、時速二百キロ超の圧倒的な速度とそれに伴う運動エネルギーを以て、中空を飛来する矢の如く。
 “それ”は、月光に煌めく銀の色彩と、宿業の成就が叶えば折れ続けるも由とする氷刃の様な冷徹さを以て。

 先頭の勢いを削ぐべく、大気を、砂塵を、敵を縦貫しーーー主の槍となって障害を穿つ。





















































 「ーーーーイロハっ!」


 突如として吹き飛ぶ、先頭の〈オスティム〉。その光景にイオトは、安堵のような、歓喜の様な声を上げる。
 応じる声はない。しかし、翔ぶ機構少女は先陣の勢いを確かに殺している。数発、閃光の様なものを撃ち込んだ彼女は、派手な爆轟を背景にイオトの目前に背を向けて降り立った。

 ーーーその綺羅の装いと、頭上の幻想的な光の冠、煌めくけれど華奢な羽は、確かに天使のようであった。

 がしゃり、という作動音に見れば、イロハの両拳の付近が裂けーーー鋭利なフォルムの発光体が顕現する。それが近接武器の類いであることは、その危うい紫紺の光芒を見れば明らかだ。



 前傾姿勢で脚部ブースターに点火。重量実に300キロ級の重武装のアンドロイドを200キロ毎時超過の世界に導く暴力的なパワーが、大気と砂を蹴散らす。




「….す、ごい」
 飛翔体ならではの立体的な機動で敵を撹乱する様に、思わず感嘆が漏れる。

 左斜め上に旋回、そして急降下。
 ブースターによって吹き飛ばした砂塵で相手の視界を塞ぎ、その隙をついて敵の斜め後ろに回り込む戦術。口にすればそれだけの事だが、正気の沙汰でないことは確かだ。ーー何せイロハは、それを時速200キロ以上のステージで平然とこなしているのだから。
 〈オスティム〉の後方に回り、イロハは自身からブースターを切り離す。ブースターはより高く高度を上げ、….イロハは砂の帳のなか地表に降り立った。

 イロハの両拳に装備されている武器ーー詳細は不明だが、いわゆる暗器に近い近接武器では、数多の敵を掃討するのにはあまりに効率が悪い。
 何せ、一体一体を相手取らなければならないのだ。近接武器というのはそういうもので、だからこそ敵の射程の外側から面制圧可能な銃器やミサイル、ひいては航空爆弾が、戦争においては発展してきたのだと言えよう。


 故に、こう断言できる。ーー殲滅戦において、近接戦闘は愚の骨頂。刃など、以ての他である、と。














 



 無知蒙昧の衆愚の早合点を、しかしイロハは続く攻様で否定し、鼻で嗤った。そして軽く軽蔑するかの如く体現する。

 ーー舐めるな、凡愚。



 高く高く飛翔したブースターは一定の高度に達すると、変形。そして、
「…あ」

 ーーー刹那、ブースターを起点に、放射状に紫紺の光線が大気を灼いた。



 
 2

 天誅。そんな言葉が脳裏を掠める。

 神に代わり、下賤に誅を下す執行者。“engel”ーー天使の名を冠するに相応しい様だ。
 光の矢が数多の〈オスティム〉を貫く様は、宛ら雷霆(インドラ)を想起させた。


 そうして生まれるのは、戦場にはいっそ不自然な空白地帯だ。

「…」
 それだけの攻撃を成したイロハはしかし、その攻撃を受けあまりの高温に血潮すら流れない屍を意に介さず、地を蹴る。最も近い〈オスティム〉との距離を詰め、一閃。吹き出す青の鮮血。

「……っ、は」
 イロハがとどめを刺したとき、イオトは自身の呼吸が止まっていたことを自覚した。あまりの攻勢の鮮やかさに、呼吸を忘れていたのだ。

「ーーー。シーナ、マガジンを」
 弾倉を受け取り、思い出したように拳銃をリロード。十六発の九ミリ弾を収め、初弾を装填した。


「……とりあえず、半径五十メートル付近の目標は完全に沈黙したよ」
 シーナが目線を此方に向ける。その白い顔が僅かに、緊張が解れたような表情をしている気がするのは間違いではないだろう。イオトも、はりつめていた息を吐いた。
 
「そ、っか…」
 ひとまずは安堵だ。気休めでも、今は余裕が欲しい。

「あ、そうだ。ありがとう、これ」
 イロハがいれば、この拳銃がなくても大丈夫そうだ。礼を言い、拳銃を差し出した。それを受け取りシーナは再び表情を引き締めると、少々気まずそうに切り出した。


「お兄さん…?」
「ん?」











「…ごめん」

 シーナは、頭を下げていた。

「ちょちょちょ、どういうことだよ。何で頭なんか下げて、」

 慌てて頭を上げさせようとしたイオトは、そこで言葉に詰まった。シーナがその容姿には合わぬ、泣き笑いのような自嘲のような、断頭台に上がった聖女の様な、複雑な表情を滲ませていたからだ。
 その表情に、感情に対してかけるべき適切な言葉を、イオトは知らない。慰撫の類いは、イオトの語彙は持ち合わせていない。ーーそれが酷く、歯痒かった。

 しかし、そんな歯痒さも、続くシーナの言葉と行動の前では焦螟に等しい。
















































「ーーーここが、終着点みたいだね。イオトも、わたしも」


 胸に突き付けられる冷たい感触が、拳銃のそれであることを理解するのに数秒を要した。

16話 ( No.20 )
日時: 2020/06/04 16:03
名前: おまさ (ID: r1bsVuJn)

 戦塵の舞う大気の中、冴えた電脳意識に轟が走る。







《警告》




《code:β302発信者の人命的危機を確認》
《X.I.O.プログラムへの抵触を察知》




《故に》
《code:β302発信者の死亡及び致死結果は許容できず》
《code:β302発信者に対する脅威の迅速な処理を強要》



《観察対象82nをcode:β302発信者に対する武力的脅威と推定》



《観察対象82nを敵性存在と確認》
《観察を破棄》
《以降は此を、敵性存在“イデ”と呼称する》

《敵性存在“イデ”の排除を推奨》


《排除開《強制割込》》
《行動を中断》

《一時待機を強制》
《以降は、観察を推奨》











《尚、code:β302発信者の存命危機の事態に対してのみ、此を破棄する》

***






 黒光りする拳銃は、……やけに冷えた「死」の気配を纏っていた。





「ーーー、」
 眼前に唐突に突き付けられた「死」ーーー理不尽と困惑を嘆かんとして、そこでイオトの言葉は途切れた。

 何故なら、その「死」には冷徹な、冴え冴えと研がれた殺意が感じられなかったから。
 それを裏付けるかの如く、拳銃は震えている。
 いや。
 震えているのが自分なのか、はたまた相手なのか。イオトには最早判らなかった。



 判らないから。だから、言葉は自然と紡がれた。


「…これで予定通り、か?」
「ーーっ、」
 暗くて顔はよく見えなかったけれど、シーナは唇を噛んだらしかった。…こんなときなのに何故か酷く落ち着いるな、とイオトはぼんやり思う。




「…じゃ、あ……お兄さんは……お兄さんこそ、予想済みだって言うの?」
 拳銃の震撼は、声にもそのまま現れた。
 そしてその動揺は、悲痛に変わる。

「全部…全部全部全部全部っ!わたしを、わたしを…っ……!」
「……」
 吠える。糾弾する。









「…赦せるの? ねぇ、わたしを赦せるとでもいうの!? ねぇ、ねぇねぇねぇねぇ……答えてよ!!」



「何にも持っていない、ただの操り人形に殺されるんだよ? それをあなたは、容れられるって、言えるの?」



「この震えだって、…感情だって作り物なのに」



「表情も、行動も運命も何もかも。全部、錻の紛い物なんだよ…?」



「これまでにわたしは、何をしてきたの…?何を選び取って、何を望んだの…?」



「わたしは……っ、『シーナ』じゃない。そんな上等なものじゃないーーーヒトですらない、47番なんだよ」










「そんなわたしにーーわたしたちに情を抱くお兄さんこそ、ヒトじゃないよ。…ただの、」















































ば け も の だ。










 化け物だと。人を象った怪物だと、そう言われてもなお。

ーーシザ。


 瞑目する。
 凪の意識が一瞬、回想する。
 そして、回想から回帰した頭の中には、やけに研がれた冴えと圧倒的な熱があった。

 その熱が、自らを焼き焦がさんとする自責の業火なのか。はたまた「彼女」への恋心か。それはイオトにもわからない。多分、両方だろうなとぼんやり思う。

 カチカチ、という音に見れば、拳銃のトリガーに置いたシーナの指が震えていた。いつの間にか、猫類を模したヘッドセットも砂の上に落ちていた。






 ーー化け物は、死しても尚、来るべき場所へ呼ばれる。






 だから。

「ーーー」
 イオトが目を向けると、シーナは何かを悟った。ぎんいろの瞳が、困惑、理解ーー否、諦観の順に色を変える。
 そしてシーナは、心底疲れたように嘆息した。
「…そっか。無駄なんだね、化け物のお兄さん」



 イオトは苦笑した。
 多分、「化け物」とは少々柔らかい物言いだろう。イオトの積み上げた罪はもっと、重い筈なのだから。
 …いや、シザと出会ってからきっと自分は罪しか積み上げていない。

 ーー彼女の望みを踏み躙って。ーー勝手に世界の意思を代弁して。
 シーナにだってそうだ。シーナの姿に「彼女」を重ねてーーあろうことかそれを当人に見抜かれて。厚顔無恥にも程がある。







 酷く傲慢で狭量。それが自分なのだと、醜い己の姿を嫌というほど思い知った。






 イオトの苦笑は次第に、渇いた酷薄な笑みに変わる。
 その笑みに、シーナが初めて動く。……一歩、後ろに。まるで畏怖に近い念をーー否、実際彼女は畏怖している。未だ此方に銃口を向けた拳銃の震えが一層と激しくなった。嫌々とかぶりを振って、動揺と得体の知れない恐怖に必死に抗うように、拳銃を両手で構え直した。

「……無理、だよ…」
「…」
「こんな、こと……。………人を、撃つなんて。ーーたとえ命令でも、わたしには、ぁ……!」

 出来ない、と言外に言ったその声音も、最早震えたか細いものでしかない。

「…殺さないのか」
「……殺、せない。出来ないんだよ…」
「なら、それを下ろしてくれないか。引き金を引けないのなら、そんなもの、何の意味もない」

 一層、震えが大きくなる。恐怖に比例して震える拳銃を必死に押さえ込み、シーナは言葉を絞り出した。



「そ、んなの…無理に決まってるじゃん!」
「…は」
「だってこれを下ろせば、きっとわたしは死んでしまう。……死にたく、ないんだって。そう思うことしか赦しさないつもりなの? …赦すんなら、最後まで責任取ってよ!!」

 拳銃を下ろせば、自分は死ぬと。それがイオトに縊られる可能性を危惧してのことなのかどうか、きっとシーナにもわからない。ひょっとしたら、それを成すのはイオトでないのかもしれない。
 だが、誰に殺されるかどうかなんて、少なくとも今のシーナには関係のないことだった。

 だって、シーナは恐れている。イオトを。この世界を。何もかもを。
 それらの恐怖がぐちゃぐちゃになって、…だから。



「…来、ないで。こっちに寄らないで。わたしに近付かないで。来ないで、来ないで来ないで来ないで止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めてよぉ!!」
「ーーー。」
「何もしないで、そのまま立ち去って。わたしにーーわたしたちに、もう関わらないでーーー!」




 叫び、戦き、畏れ、シーナは塞ぎ込む。拳銃だけを此方に向けたまま、しかし撃鉄を叩くことはしない。そんなシーナの様子に、イオトは息を吐くと後ろに一歩下がった。

「これでいいか」

 一歩。

 拳銃にとっては、無いに等しい距離。自分の命は未だ人質にとられている。シーナは一歩距離をとったイオトを恐る恐る見て、微かに震えた、しかしやけに渇いた声音でポツリと呟く。
 





「やっぱり…嘘、だったんだね」
「…。」
「………許さない。許してなんかくれない。…そんなの、分かってた筈なのに、ね」

 赦しを以て、わたしを許さないと。ある種の呪縛によって、……断罪せんと。
 





 数回瞬いて、それから改めて、シーナはイオトを見た。
 そして。
 震えながら、何かを押し殺して唸るような声で、シーナは言った。

「…まさか、そ、こまで傲慢なの……? お兄さんは…イオトは、どこまで……ど、こまで…ぇ……」
「傲慢、か」
 思い起こすのは、シザが副長を務めていたかの部隊の機構人形の言葉。




『成程、強情なことだ。ーーーー否、この場合、卿は傲慢だと言った方が正しいか』



 確かに、自分は傲慢だ。こうまで言われれば、認めざるをえない。…そも、否定したい訳ではないが。
 それでも。
 己のそんな醜さを知った上でも尚、シザとの再びの逢瀬を諦める気は毛頭ない。



『お前ごときが、彼女に会える訳がない』と、内なる自分が嗤うのが分かる。
 ーー知ったことか。
 怪物だと、傲慢だと罵られてもいい。半ば開き直りにも似た感慨が、頭のなかを支配する。






ーーーこの傲慢さを以て、彼女を連れ出す。そう決めた。



























「ーーーッ、!」
 途端、暫し保たれていた戦場の静謐が途切れる。周囲に膨れ上がる鬼気に、悪寒が猛虎の如く背筋を駆け上がった。



「オスティムが……!」
 人類の外敵が跋扈する競合区域(コンテスト・エリア)で悠長にし過ぎたとイオトは微かに歯噛みする。見れば、周囲には夜闇に光る〈オスティム〉の眼光が、あたかも人魂の如く浮かび上がっていた。






「…これでも、それを下ろしたりはしないんだな」
 未だに、震えながら照準をイオトに合わせているシーナ。

 今見たところ、辺りを囲んでいるのは駆逐攪乱種(クレヲヴロター)のような大型の〈オスティム〉ではない。もっと小型のーー獺型強襲種(ルトルナ)と同程度かそれ以下の体躯の。
 故に、四面楚歌の状態から突破口を開くのに、シーナの拳銃の威力があれば十分だ。

 が、シーナは拳銃をイオトに向けており、それを周囲に蔓延る害悪の存在に向けることは多分、頭にない。


 今もなお、震えるシーナ。

 すぐ近くに、分かりやすい敵が存在しているのにも関わらず、得体の知れない「怪物」に必死に威嚇している。ーー優先的に排除するのが〈オスティム〉ではなく自分とは、とイオトは少し感傷的になる。













 ……いや。
 本当はシーナは、迷っているんじゃあるまいか。



 拳銃を下ろせば自分は死ぬ、とシーナは言った。それは即ち、『イオトから照準を外せば自分は死ぬ』と言い換えることが出来るのではないか。

 ーー故に、仮に照準をイオトから〈オスティム〉に移した場合、なんらかの原因でシーナは死亡する。
 ーー故に、仮に照準をイオトから移さなかった場合、〈オスティム〉の手によってイオトは死亡する。

 後者の場合、シーナも無事では済まないだろうが、彼女は機構少女だ。脆弱なひとの体よりは堅牢に作られているのが道理だ。


 ーー他人を殺して自分は生きるか。それとも。












 その白銀の瞳は、難儀な命題の狭間で揺れているように見えた。思わず何か、声を掛けようと一歩ーー、




「おい、」
「ーー来ないでっ!!」

 本気の怒声だったーーー否、違う。

「そ、れ以上…近付いたらわたしは、………わたしはお兄さんを、っ……!」










 そこにあるのは憤怒ではなく、ただただ迷いと怯えが渦巻いているだけだった。
 グリップを握る握力が強くなり、銃が軋むように見えた。

 しかし、無情にもこの世界は、そんなシーナを待ってはくれない。



 じりじりと、〈オスティム〉が彼我の距離をあたかも嬲るように詰める。













 ーー距離、十五メートル。
「……ぅ、やめ………っ、」









 ーー距離、十メートル。
「…ぁ、うぅぁぁ……!」







「…うぅ、ぅぁぁぁああああああああっああ………!!」
 顔を伏せ、銃口のみをこちらに向けたまま、シーナは叫ぶ。

 瞳が揺れる。焦点が合わなくなり、視界は眩む。脚は小鹿のように震え、歯はカチカチと耳障りな音をたて噛み合わない。


 迷いと、憂いと、焦燥と、脅威と、畏怖と、恐怖と、恐怖と、恐怖と、恐怖と、恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖がーーーー選択を、迫る。







『恐怖は、人を動かすことができる』。何処かで思った言葉が、脳裏を掠める。
 


ーーそして、シーナはついに、それに対してはっきりと『対処』した。




「っぅぅううああああああああっぁああああぁあああぁあぁあああああああ!!」





















































































 撃発。




 九ミリ弾が、夜の澄んだ大気を引き裂く。銃身内圧と射撃反動でスライドが後退し、空薬莢が薬室から弾き出される。

 そして、それだけのエネルギーを以て、九ミリ弾は真っ直ぐと大気を縦貫しーー、









    ・・・・・・・・・
 ーーーイオトの頭上斜め上を通過した。


 それは、シーナが引き金を引いたということだ。それは、射線がイオトから逸れたということだ。

 それはつまりーー、





***




《敵性存在“イデ”のcode:β302発信者に対する武力的脅威の失効を確認》
《クリア》

《排除実行》


《》

《》


《…》
《………、…》


***


 背後から迫る暴力の気配に、身じろぎをーーー遅い。

「…ぅ、ぶ」
 シーナが、華奢な肩を僅かに跳ねさせ体を震撼させた。無理もない。






 だって、胸を背後から貫かれ、蠢く腕にその心臓をーーリアクターを握り潰されているのだから。






 無論、心臓を潰されようと、予備電力がバッテリーに残っているシーナは死なない。ーーその状態で、〈オスティム〉の群れに放り投げられさえしなければ。

 胴を穿った腕が抜かれる。宙に放り出され、刹那の浮遊感。

 

〈オスティム〉に群がられる直前、ぎんいろの瞳が向く。

 何の感慨も抱かず、心臓を抉った「天使」を見る。
 そして。
「ーー、」
 
 最期まで、凪の瞳でシーナを見据えていた少年。シーナは安堵に頬を緩め、












「嘘つき」






 砂に後頭部から着地する。同時に、またも野蛮な暴力の気配。群がる〈オスティム〉。


「ーーーー!」
 口腔から迫る牙が、爪が、人工の喉を食い破る。構わず、絶叫を上げ続けた。


 太陽が地平線から昇ってきていた。
「ーー! ーーーー!!」

 自分を照らしているのが陽光なのか、〈オスティム〉の眼光なのか。眼球を抉られたシーナには、最早わからない。


「ーーーーーーーーーーっ!!」








 ーーーその断末魔はイオトとイロハ以外、誰も聞かない。


















17話 ( No.21 )
日時: 2020/06/06 18:27
名前: おまさ (ID: r1bsVuJn)

遅くなりました。
今回は久しぶりにPCを使って執筆。やっぱり書きやすい。



***





------あれから、何時間経った。




 眼窩に収まっている虚ろな眼に一面の紅い砂丘をただ映しながら、イオトは半ば無意識にも近い状態で足を動かしていた。
 
 背中には陽光が突き刺さり、その茹るような暑さでじりじりと気力と体力、水分を簒奪し、舐り、弄ぶことでイオトを嘲笑う。踏むたびに足が沈む砂の台地も、体力を奪ってゆく要素の一つだ。それに加え、今日に限って風が吹いていないため、通気性のよい半袖も露出した片腕やうなじを日光で集中的にいたぶる原因になり果てている。

 額から噴き出した汗が、顔を伝って目に入る。砂丘の砂が、靴の中に入り込む。構わない。今のイオトには、それらに頓着する余裕も不快感に顔をしかめる気力もなかった。
 
「------」
 景色を景色として認識せず、ただ眼球に砂丘を映しているだけのイオトの半歩後ろを続くのは、忠実なる天使------イロハだ。がしゃがしゃと、やや耳障りな音を立てながら、機械仕掛けの足を動かし300キロを優に超える機体を動かしている。

 その、何の感慨も抱いていない浅葱色の双眸はしかし、イオトの虚ろさとは質が異なる。機械仕掛けの天使の瞳はむしろ、無機質で単純な傀儡や木偶のそれであった。


「……気持ち悪い」
 だから、そんな彼女の前では気負わなくていい。胸の内に瀰漫するこの感情を吐き出すことも、イロハは許してくれる。



…許す?







------許さない。許してなんかくれない。

------------そんなの、解ってた筈なのに、ね。








赦されるのだろうか。

自分は、赦してもらえるのだろうか。------シザに。
紛い物にしても妹分を、〈オスティム〉の中に放り込んだこの偽善者を、果たして彼女が許すことはあり得るのだろうか。

------ど、うして、覚えてねえんだよっ!!

記憶の欠落したシザに、情けなくも堪え切れずに声を荒げてしまった。ぶつける場所の無かった感情の蟠りを、あろうことか一番ぶつけてはならないひとに叩きつけてしまった。そんなものは、単なる自慰行為以外の何だというのだ。
八つ当たりに他ならない最低の言動を彼女が容認する保証はない。そんなものはイオトが自ら、とっくに破り捨ててしまっている。

だって。

彼 女 は 人 間 な の だ か ら 。



ひとであるというなら、眼前の理不尽には反発するのが道理だ。そうでないなら、矛盾が生じてしまう。…シザが人間じゃないだなんて、他ならぬ自分には絶対に言えない。
 きっとそうしなければ、イオトはそれまでの自分を、きっと信じられなくなる。



それに。
他ならぬ自分こそ------シザを赦しているのだろうか。


自身を錻力の紛い物だとする彼女らの在り方を、…本当は歯痒く思っていたのではないか。彼女らなりの存在意義を容認できていないのではないか。むしろ、それを確かめるための逢瀬を、今の自分は望んでいるというのか。




…いや。
それは危うい考えだ。間違っている。


------否。
間違っていなければならない。でないと瓦解する。

イオトが。イオトが、イオトが、イオトがイオトがイオトがイオトがイオトが------イオトの全てが、この目に映る世界観が、…もしかしたら世界の事象全部が揺らいで、瓦解してしまいそうな気がして。

こわい、と思った。
だって、もしこの考えを認めてしまえばきっと、シザの内心を見透かそうと躍起になってしまうかもしれない。…傲慢である事は自覚しても、その上にさらに『強欲』のレッテルを貼られたくないし、貼りたくなかった。
そうやって、世界の価値観や自身の根幹、そしてシザの見え方まで変わってしまったら、果たしてイオトは、動けるのだろうか。

否、むしろ------そうなった自分は、本当に自分なのか。



「こわい」
 口について零れた感情は、しかし誰にも掬われることなく消える。


------考えてはならない。考えれば、きっと戻れなくなる。
------知ってはならない。知ったら、きっと立てなくなる。
------信じてはならない。信じては、きっと竦んでしまう。


うだる暑さの中、感傷と思索が脳の中に残留し続け、我が物顔で思考を跋扈する。…してはならない、考えてはならない、と。

そう、そうだ。今はこんな感慨に寄り添ってなどいられない。
そうじゃないか。ただひたすらに足を動かして前に進めばそれで------。





『------お前は、一体どこを目指し足を動かしている?』
 不意に。
 内なる自分が、そう蔑んでいる気がして、息が詰まる。あまりにもその疑問が、考えたくなかった領域を正確に抉っていったからだ。

『そんなに傷ついて、そんなに辛い思いをして、一体何になる?』


…うるさい。

『傲慢というラベルを貼られていてもなお、何故動こうと試みる?』


…煩わしい。どこかに行ってしまえ。今はなにも、ききたくない。










『そこまでの価値が------彼女にはあるのだろうか?』

「っ------!?」


どす黒い酸を顔面にぶちまけられた時みたいに、そのときのイオトは激しく吃驚------否、衝撃を露にした。
揺らぐ。…いままでの行動原理が。ひいては行動そのものが。
 
その価値が、シザにあるか。

いつもなら簡単に頷けるはずの問いに、しかしこのときは首を縦に振ることが出来なかった。
何故なら、気付きを得てしまったからだ。
決して気付いてはならないことに、辿り着いてしまった。
だってもしそれに気付いてしまったら、…自分が定義できなくなってしまうから。


愚かだと、そう思っていた。
地に住まう人々は、人の心を持つ機構人形に情を持たない。それがひどく愚かだと、イオトは思っていた。
体が錻力の紛い物でも、彼女らには心がある。彼女らが、人を模したものに過ぎないとしても、感情を与えられた彼女らには情を抱かせる権利があると。
そんな感慨を傲慢だと罵られて、それでもイオトはシザを錻力の人形として扱うのを拒んだ。








でも。

でもそれは、傲慢と罵倒されてもなお、イオトが自分の内の本当の「傲慢」に気付いていなかっただけなのだ。


『嘘つき』
その「傲慢」にしかし、シーナの最期の言葉を聞いて気付かされてしまった。

『成程、強情なことだ。------否、この場合、卿は傲慢であると言った方が正しいか』
『そんなわたしに…わたしたちに、情を抱くお兄さんこそ、ヒトじゃないよ』

彼ら彼女らがイオトを傲慢と称したのは、…その性格を顧みた結果でないと、今なら断言できる。



























------彼女らは、他でもないイオトこそが、シザを人形だと思っていたことを「傲慢」と称したのだ。


シザをひとだと嘯いた自分はあろうことか、ぶつけてはならない言葉を彼女に吐き捨て、挙句の果てには存在理由すら貶めようと、無意識のうちに思ってしまっていた。そんな自分の態度が、一体人形へのそれと何が違うのだろうか。
愚かだと、そう思って見下し侮蔑してきたものに成り下がってしまった。結果として、シザを無意識のうちにスケープゴーストにしてしまったのだ。
その醜悪な在り方そのものが、「傲慢」たる所以と成り得る。


ちがう。
そんなはずはない。
ちがっていてほしい。ちがっていなければならない。

『逃げるな』
 
 耳をふさぐ。そんなことをしても意味がないと理性が告げるが、それでも。
内なる己という悪魔から、こころを守りぬかなくては。

しかし、悪魔は続ける。……気のせいか、その悪魔は声音に愉悦の色を滲ませて、ゆっくりと嬲るように。



『過去から逃れることは、赦されない』
 その声が聞こえたと、錯覚した途端。




「------わ、ぶ」
水分不足のせいか、眩暈と同時に体から力という力が抜け落ちる。重力に逆らえなくなり、そのまま顔面から地面に倒れこんだ。
痛みは無い。倒れた先が柔らかい砂地だったということもあるが、それだけではない。



------イオトの身体は、酷く痛々しい有様だった。

シーナを投げ込んだ〈オスティム〉の群れに囲まれ、無理くり脱出しようとしたツケがこれだ。
片腕を食まれ、抉られた腕から覗くのは神経か血管か、それとも筋繊維か。いずれにせよ、人体が破壊されている光景は原始的な不快感を催す。食まれた左腕のうち上腕部から上は無事だが、だからと言って流れ落ちる血の量が変わるわけではない。付け加えれば、辛うじてくっついている掌にはいまは三本の指しか残っていない。わざわざ利き手を避けてくれたところに、運命の悪意を感じた。
そんな傷の痛みに比べれば、地面に倒れこんだ時の痛みはむしろ、痛覚のうちに入らない。

イロハのレーザーで傷を焼いて無理くり止血させたが、その荒療治ももう限界だ。流れ出た血が多すぎるのと、炎天下で浪費したことで体内の水分の大半が枯渇してしまった。

…それに、一度膝を折ったイオトには立ち上がる気力すらない。




















「------、」

 ふと。
次第に暗転していく視界の淵。人影が砂丘を踏みしめ近付いてくる。それが誰か判った途端、イオトは少し救われた気がした。------この卒倒が安堵によるものだと言い訳できるから。





そこに立っていたのは紛れもなく------緇衣を身に纏い、髪をばっさりと切り落としたシザだった。






暗転。


















前日譚1(上) ( No.22 )
日時: 2020/07/08 18:06
名前: おまさ (ID: Yo35knHD)

遅くなりました。いやー、やっぱ三編同時製作は大変ですね(これと本編18話と短編書いてた)。
そしてこの前日譚、一話で済まそうと思ったらゴリゴリ長くなり、なので今回は「上」としました。
また前日譚“1”とあるように、バックストーリーもまだまだありますので、暇が出来たら他のやつも書きたいです。
そんなわけで一応、本編の方も少しできているのでもうしばらくお待ちいただければ。



…はい挨拶終わり! あとはごゆるりとお楽しみください〜。


******




-------酷く、頭が重い。




「------!」
 誰かの喧騒と叫喚が、不明瞭な意識に曖昧に響く。酩酊のように頭が痛み、重く、くらくらとしていて、視界はチカチカとモノクロに点滅しているように見える。
 冷たい金属製の床に突っ伏して、その揺らぐ感覚と猛烈な吐き気を堪えた。耐えた。



不意に。


「…ル……、ェルダン、エルダン」
 その揺らぐ五感に、本当に肩を揺さぶられ名前を呼ばれる感触を覚え、揺蕩っていた意識がふと、凪の水面に浮上するような感覚を味わい覚醒した。
 一時的に死んでいた網膜が役目を取り戻し、徐々に視界がクリアになってゆく。そうして完全に視力が回復した時、目の前には仲間の姿があった。



「……ぁ」
「良かった、エルダン。お前、頭をライフルで殴られて気絶してたんだよ」
「……ケラー、か。助かった」


 肩を揺すって自分を起こしてくれた仲間に感謝しつつ、とにかく立ち上がる。今は、そんな感慨に浸っているべきではない。
 いつの間にか脱げていたヘルメットを被り直し、横に頽れている屍のライフルを奪った。


「助かったついでに聞きたいんだが……、ケラー、状況は?」
「あまり芳しくない。向こうの増援がじき投入されるだろう。ジリ貧になるのは時間の問題だと俺は思うね」
 疲れたように嘆息するケラーに、俺はしみじみと頷く。
 ジリ貧は覚悟の上、…そも、今回の仕事は前人未到・天荒の所業を成す必要があるのだ。





------天空の砦、〈ジルク〉からの脱出。



 それこそが、今回の依頼のメインになってくる要素。つまり今回の依頼こそ、自分らチームの最後の大仕事というわけであった。
 チーム解散を寂しく思う気持ちは無いわけではないが、所詮は流浪人の集まりだ。いずれ散っていくことへの覚悟は、とうに済ませてある。


……それに、命の恩人とその家族、そして彼の思いに対して、恥知らずな真似はしたくなかった。




ふと、思い出しそうになったからかぶりを振って唇を引き結び。アサルトライフルの初弾を装填した。

「ルート33を通り、第七ケージから一旦離脱する。……中尉に合流しよう」




2



十数分後、とりあえずは第七ケージから脱出できた。会敵せずに切り抜けられたことは僥倖だ。おかげで予定より数分早く到着と相成ったわけだ。
 今のところ他のメンバーとの連絡も取れている。ひとまずは安堵だ。張り詰めた息を吐くと、思っていた以上に気持ちが落ち着いた。よほど緊張していたらしい。



〈ジルク〉、エリア63、78-D区画、第13居住区にて。



 自分たちが原因の騒動によって外出規制されているようで、普段ならたくさんいるはずの住民たちの姿が見えない。
「民間人を巻き込まないように、か」
 少々自嘲気味の呟きも、妙に物寂しい居住区の大気に溶け、消える。




 ともあれ、この場所に来たのはある人物に会うためだ。
 居住区の街路を進む。コツコツと響く、武骨な軍用ブーツの音。



 暫く歩いたのち『ソデロフ』と書かれた表札の前で止まり、カードキーを使って鉄扉を開ける。冷たい通路にはエアロックの音が響く。
 開いた扉の奥、人影がソファーに腰掛けているのがちらと覗えた。

「依頼通り来たぜ、中尉」
 奥の人物に声をかける。人影はその細い腕に何かを大切そうに抱えながら、ゆるゆると立ち上がった。


















「---------あら、中尉だなんて貴方らしくない堅い呼び方ね、エルダン。いつもみたいに『ツグさん』で良いのだけれど」




 そう冗談めかしころころと笑うのは、ツグミ・カービス中尉その人であった。



3


照明をつけていないからやや薄暗い室内で、ツグミと向き合う。……ツグミの隣に、若い頃から見慣れた痩躯がいないことに自分が感傷的になっているのだと、自覚して顔を伏せた。
様子を悟ったのか、ツグミは儚く気丈に微笑んだ。

「……あの人がいなくなって。時間が止まったように思えたけれど、それでももう二年も経つのね。貴方はそれを酷薄だって、そう言って嗤うかしら」
 ツグミの笑みは次第に泣き顔に近しく------否、きっと彼女は最初から泣いていたのだ。きっと、二年前のあの日から瘡蓋は取れていないままなのだ。

 その表情を見た途端に、情けなさに憤死したくなった。





「……笑ったりしねぇよ」
 だから。
 だからせめて、ツグミの涙は愛と弔いのものなのだと信じたいし、信じさせてあげたい。

「二年前のことで後悔してんのは俺も一緒だ。…いつまでも過去に囚われるなって言われりゃ、それだけの事なんだろうがさ」
 死者とは過去だ。決して侵すことを赦されない理で生者と隔てられた彼岸の彼ら、即ち過去の幻影に生きる理由までもを取り憑かれてしまうのは人生において本末転倒だろう。
 それでも。
 大切な人を弔いたいという気持ちは尊いものだと思っている。その愛の形はきっと、過去に囚われることとは違うのだとも、思う。




……それすら蔑ろにしてしまうようになったら、自分たちはヒトでなくなる。それはヒトとしてかくある以上守らなければいけない最低限のモラルだ。


そんなモラルすら忘れ去られたとき、この〈ジルク〉は人類の箱舟ではなくなる。






たとえ潔癖だと嗤われても、この天空の砦をただの空っぽの檻にはしたくなかった。





「……いいえ、ごめんなさい。違うの」

 しかし、ツグミは俯き首を横に振った。




「ううん……それだけじゃなくて、………私はあの人が、この子の姿を見られないまま死んだって思うと………っ」


------遣る瀬無い、と。





 そうして聞こえてきたのは、吐き出すような泣き声だ。
 二年の間堪えてきた、耐えてきたものが決壊する。その滂沱を見、悟った。

------中尉は決して強くはないのだと。



 最初は思っていた。
 普段から凛と在る彼女はひょっとしたら、二年前のことはも引きずっていないのではないか。弔いはとうに済ませて前を向いているのではないか、と。

そんなはずがなかった。
  ツグミは繊細で、傷付きやすくて、脆くて。だからこそ痛みを無視して、耳を塞いで。そうしてわかりやすく考えないポーズを形式的にとっていなければきっと、歩けなくなってしまう。------そんな人なのだ。



 そうして、二年もの時が過ぎて。……今、我が子を手放さなければならない現実と対峙して。ツグミはどれだけの、悲痛な感情を滾らせているのだろう。

 ひとの気持ちを100%理解することなどできないから、「わかってる」と安直な慰めすらも口にすることはできない。だからこそひどく、歯痒かった。


 堪えたものが、何かが軋む音と一緒に嗚咽となって吐き出される。そのことが少しでも救いになるのならば、一体誰が彼女を責められようか。



 せめて落ち着くまで寄り添おうと思い、手を差し出す。ややぎこちなくなったが、それでもツグミは差し出された掌を握ってくれた。するりとした玉の繊手と、軍用グローブを着けた無骨な手が交錯する。





---------耐熱性の高いグローブは、手の温度すら通さない。

18話 ( No.23 )
日時: 2020/07/19 18:09
名前: おまさ (ID: Yo35knHD)

つよい、つよい風が吹いていた。



ポッドから降り、砂の大地に立つ。黄昏に染まる稜線と、砂塵を巻き上げる冷たい風。
文明の残り香なんて欠片もない、ただ自然の猛威と行雲流水、鳶飛魚躍の法則がそこにはある。
こんな荒れ果てた地にかつて、人の世と文明が存在していたとは、にわかには信じ難い。
「―――、」


 手元の端末から浮かび上がるホログラムを見下ろしながら、私は嘆息した。





――――今回の私の任務は、単独で〈M-0E6h:engel〉ユニットを鹵獲・回収することだ。


当該機構人形の脅威度は、ツグミ少佐から配布された資料に目を通した限りなかなかに高い。仮にいくら相手が満身創痍であっても、翼の無いこの身では鹵獲が難しい。空中からの立体機動攻撃には為す術もなし、最悪、飛び去られてしまう恐れもある。
……もっとも、この広大な地表で遭遇すること自体が期待薄だが。

件のアンドロイドを開発した少佐の話によれば、例の機体はかなり特殊性のあるものらしく、ある特殊な電波を発信しているのだそうだ。その電波を衛星で拾って逆探知して、機体の座標を割り出すという。




……そういえばあまり、少佐はそのアンドロイドについて詳しく話したくなさそうな印象を受けた。


それに、今思い返してみれば、私たちに対する少佐の接し方は他の人のそれとは少し異なるものを感じさせるような気もするのだ。優柔不断というか、多分なりそういった印象に近い。
基本的には、私たちアンドロイドに対し、デロル中尉のように事務的なやり取りのみを済ませる者が殆どで、……だから少佐のように少し親身になるような人はいない。―――ない、はずだ。

そのため、私はここまで作戦内容について敷衍されることに経験がなかった。きっと通常の作戦であれば、作戦の意図や目的に関して殆どなにも告げられずただ淡々と敵を屠るだけなのに。
少佐の行いが、親切なのかはたまた慈悲なのかはわからない。



その親切を、煩わしいとも思わない。―――ただ、困惑がある。

 ただ命令に従い、決められたように決められた仕事を決められた分だけこなし、用意されたレールの上を進むことに不満はない。それこそが、機構人形たる私の在り方で存在意義のはずだ。




けれどどういうわけか、作り物に過ぎない私は感情を与えられた。

本来、地上の〈オスティム〉を掃討することだけが目的なら、感情なんていう機能など必要ないのだ。それこそ、心なんてない殺戮兵器というただの道具であればいい。感情なんて、生産性を落とす無駄な機能なのだから。


……ならば。
ならばこの胸の内にある、蟠りは何だ。


いつからか、何かを探しているような気持ちに取り憑かれ、苛まれる。
その「何か」が自分なのか、それとも別の何かなのか。それはわからないけれど。




そんな感慨を抱きつつも結局量産品として扱われる自分に、けれど向けられる親しげなものが理解できない。ただ困惑するだけだ。
そうだ。きっとそうだ。自己定義の必要性もない、ただの歪な模造品に過ぎない自分には、物事や道理を考える必要性も意義もない。ただ命令に従えば、それで。


それ以上など――受け取る資格は、わたしにはないのだから。



























『―――ど、うして、覚えてねぇんだよっ!!』


ふと。
声がした。

毒を吐くようで、そのくせ真摯な声。




『16年前にね。まだ生まれて間もなかった』
『いいえ、違うの。――私が捨ててしまった』 

別の声がした。悔悟に震わせた声。悲しくて――どこか、真摯な。



















『名前、か』

 再び、先の声は言う。





















『じゃあ―――シザ、なんてどうかな』








……いいのだろうか。

 私に、私たちにそれは許されるのだろうか。
 私の命は消耗品だ。この体も単なる模造品で、魂の器には成り得ない。……人を模した、木偶人形に過ぎない。
 それでも私は、なにかを受け取る資格を持っていていいのか。
 ひとと同じように、何かを受け取って、何かを紡いで、何かを共有して。……その上で。




 なにかを望んで、いいのだろうか。





 覚えている。……覚えていた。何もかも。

 私が忘れていても――あるはずのない魂が彼を覚えていた。





「……イオト」
 そっと、自分の唇が何かを呟いた。



……あろうことか。
 真摯に、懸命に手を伸ばしてくれた彼のことを、私は忘れていた。



 ―――そんな恩知らずの自分に望みを抱くことがゆるされるのだろうか。






 なるほどそれは、……傲慢なことだろう。
 でも。
 けれどその傲慢を――過去を躙り幻想にすることは赦されない。
 己の過去という名の十字架は決して、なくなったりはしない。その者が在る限り背負い続けるものなのだと、そう思うから。



……ただ。

 醜い過去を認めることが、望みを抱くことへの免罪符になるわけではない。それとこれとは全く以て別の問題だ。
 じゃあそれならそれで、何をすれば望みを抱くことが許されるというのか。――そんな命題の答えは、今の私には到底計り知れないことだった。





ふと。
思い至って―――否、気付きを得て顔を上げる。そして愕然とした。


『何かを望んでもいいのか』なんて。
それはつまり。
赦されていないのにも関わらず。




     ・・ ・・・・・・・・・・・・・
私は既に「望む」ことを望んでいるではないか。




 遅すぎる吃驚と白々しさに我ながら心底反吐が出る。
……嗚呼、何て傲慢!人でない身にも関わらず、既に「望み」を抱きつつあるこの身の卑劣さよ。己への軽い軽蔑すら生温く、衝動的な自罰欲求すらも覚える。
 こんな傲慢で、醜悪で、卑劣愚劣で恩知らずで人でない自分に、果たして「望み」を抱けるだけの価値はあり得るのだろうか。


―――価値の有無に拘らず、おまえは勝手に望んでいるではないか。






そんな声が聞こえた気がして、私は必死にかぶりを振った。


そんな筈はないと、必死に否定しなければ。………きっと、こころがいたいから。






 刹那。

 ホログラムにノイズが入る。電波変調の余響だ。
 先の思考を引きずりつつ私は強引に思考を切り替えた。そんな感傷に付き合っている暇はない。……少なくとも、今は。
 途端に夕凪の如く落ち着く戦闘機械としての自我に嫌悪感を抱きつつも、ホログラムを閉じてインターフェースに並ぶ情報の羅列を注視する。

《目標を探知:北北東、距離およそ300000》
《時速5キロ以下で移動中と推定》
《接触目標所要時間設定:7時間38分》
《目標の推定電源残量:30%以下》

 目標の電波が僅かに微弱なのは、上空の雲が原因だろう。最悪、電波が途切れることもありうる。
 迷っている暇などないな、と私は駆け出した。


****************


*当該機構人形には、発電装置及び内核熱機関が搭載されていない。
*故に、当該機構人形との戦闘に発展した場合の最適解は持久戦である。
*尚、当該機構人形の脅威度が未知数な以上、以降は現場での判断を優先する。
*尚、目標の損傷率を可能な限り抑え、無力化した上で鹵獲することが必須条件となる。


****************



「―――え、」

 その光景を目の当たりにして、私はひどく空虚な声音を零した。
 嘘だ。嘘だ。そんな筈はない。そんな筈がない。あり得ない。あっては、ならない。
 目を逸らしたい。目を逸らせない。見なかったことにしたい。……そんな陳腐な演技すら、する事が出来ない。
 眩んで、竦んで、呆然となる。
 だって、そこには――――、







「イオトっ!!」

 ―――眼前で血と砂の海に溺れ伏した少年の名を、本能的に呼んだ。


言の葉に―――運命を覆す力などない。



「イオト、イオト、イオトイオト、イオトっ!」
 それでもけれど、まるで呪詛のように繰り返す。求めるように。欲するように。縋るように。何度も、幾度となく、繰り返して彼を呼んだ。


「―――、」
そんな私を、機械仕掛けの天使は見ていた。











「……ぁ」


 ――双眸に、無機質な殺意を孕ませて。












Page:1 2 3 4 5



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大7000文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。