複雑・ファジー小説

銀の贖罪【完結】
日時: 2020/03/11 21:10
名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)

 追想に導かれる罪と罰、苦痛で描かれる絶望の贖罪・・・・・・


 満月が浮かぶ深夜、『高月 真尋(たかつき まひろ)』は残業を終え、人気のない夜道を歩いていた。
空腹だった彼は遅くなった夕食を求め道沿いにあるレストランに足を踏み入れる。

 レストランにいたのはシェフとして働く1人の少女『門永 零(かどなが れい)』。
彼女は閉店直前にも関わらず、真尋を飲食店に招き入れる。
天使のような笑顔に真尋は零に一目惚れの感情を抱きながら、席に腰かけ、料理を注文する。

 誰にも邪魔されず、異性と2人きりの心躍る空間。
豪華な晩餐を味わう最中、ふと零は月を見上げて言った。

 誰でも共感を抱くただの一言・・・・・・しかし、真尋は知る由もなかった。
それがこれから起ころう悪夢の始まりだった事に・・・・・・

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Re: 銀の贖罪 ( No.3 )
日時: 2020/02/18 18:31
名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)

「その格好、夜遅くまで仕事をしていたんですよね?ここに来たという事は、夕食もまだ・・・・・・もう閉店の時間を過ぎてますが、今日だけはあなただけの貸し切りにしますのでここで料理を召し上がっていって下さい」

 そう言ってシェフはにっこりと微笑んだ。
その無邪気な笑みは天使のようだった。
 彼女は礼儀正しく気品がありそして、なんて優しいのだろう。
苦労に苦労を重ねる暮らしの中で、こんなに誰かに親切にされたのは何年ぶりだろうか?

 お言葉に甘え俺は遠慮なく、外の景色が見える窓際の席に座り、シェフはドアにかけられた札をオープンからクロースに切り替える。
客にいるテーブルに戻って来ると、氷水が注がれたグラスとメニューが載ったリストを開き"ご注文は?"と聞いてきた。
 俺は一応短くリストを眺めたが、迷うことなく"例の物"を頼む事にした。

「この前スマホにこの店の広告が来たんだけど、新メニューのロースステーキはあるかな?」

「勿論、ありますよ。この店特製のロースステーキですね?畏まりました」

 シェフはそう喜ばしく注文を聞き入れると、丁寧にお辞儀し厨房へ姿を消した。
俺はワクワクしながら料理が運ばれてくるのを待った。
細かい氷が浮かぶ冷水を口に含み、夜明けにはまだ遠い外の景色を気紛れに眺める。
 気紛れに空を見上げると、星は見えず、銀貨のように丸い月だけが闇夜に浮いて輝いていた。

 早速、調理を始めたのか壁で見えない奥の厨房でジュ〜と音が聞こえてきた。
恐らくは、油を注いだフライパンで生のステーキを炒めているのだろう。
一定のタイミングで肉をひっくり返しているのも分かりやすい。
 やがて味付けが施され、食欲をそそるスパイスの香りが漂ってきた。

 俺は待ち遠しい気持ちで、テーブルの隅にある食器を取り揃える。
上機嫌な感情のまま、フォークの横にナイフを置いた瞬間

「・・・・・・!?」

 突然、店内の照明が消えた。
辺り一面が暗くなり、明るいお洒落な雰囲気もただの暗い部屋に変わる。
 慌てふためいてる最中、消灯のタイミングに合わせてシェフが厨房から出てきた。
左手には、できあがったばかりの料理を乗せている。
もう片方には、注文した覚えのないワインとワイングラスを手にしていた。

「驚かせてしまってごめんなさい。電気を消した方が他のお客様が来る事もないですし、1人で落ち着いて食事を満喫された方がいいでしょう?」

 そう言って、シェフは料理を俺の手前に置く。
十分に火の通った長く幅広いメインディッシュが鉄製のプレートに盛られ、満遍なくかけられたデミソースがぐつぐつと泡を立て煮えていた。

「お待たせしました。ご注文の特製ロースステーキです」

「おおっ!かなり美味しそうだ!」

 俺は歓喜を隠せない口調で言いたい感想を述べた。
若い女も嬉しそうに可愛い笑顔で微笑む。

「食前にワインは如何ですか?これ、フランスから取り寄せた高級品なんですよ?」

「え?ワインを頼んだ覚えはないよ?高級品を出されても俺、あまりお金持ってないし・・・・・・し、支払いはいくら!?」

「ふふっ、安心して下さい。これは私からの特別サービスです。お忙しい仕事を頑張ったご褒美のつもりで遠慮せず嗜んでくださいね」

 シェフは焦る客人を面白そうに眺め、栓抜きでコルクを蓋を開けた。
瓶を横に傾け、美しい紫色のアルコールが透明のグラスに注がれる。
高級品なだけに香りも上質で、そこら辺で売ってる安物とは比べ物にならないだろう。

「有難いけど、俺だけこんなに特別扱いしてもらって、ちょっと申し訳ないな・・・・・・本当にタダでいいのかい?」

「ええ、構いませんよ。これは私からの"最初で最後"の好意ですので」

「?・・・・・・そうですか・・・・・・じゃあ、遠慮なく・・・・・・」

 俺はシェフの言葉に違和感を覚えながらも、料理を頂く前に彼女に向けて乾杯の仕草をする。
ワインを口に含むと、渋みがない葡萄の甘味が口内に染み渡り、かなり美味だが少し苦い。

「どうですか?お味の方は?」

 シェフは相変わらず表情を和ませ、感想を聞く。

「あまりの美味しさに衝撃を受けたよ。高級な酒がこんなにグッとくるとはな。ちょっと苦いけど・・・・・・」

「質のいいワインほど、アルコールが強く苦いんです。このワインの良さが分かるなんて、お客様はお酒が似合う素敵な大人ですね」

 子供に褒められ照れてしまった俺は恥ずかしそうに、つい無意識に後頭部を撫で下ろす。

「最高に幸せだよ。もっと頂いてもいいかな?こんな絶品、もう当分は飲めないだろうから」

「どうぞどうぞ。遠慮する必要はないので、今夜は贅沢を楽しんで下さい」
 
 1杯目のワインを飲み干し、2杯目を注いでもらった。
それもまたすぐに飲み干し、爽快な息を心地よく吐き出した。

 俺はナイフとフォーク、両方の手に持つとようやく、今日初めてのディナーにありつく。
肉を裂くと、ジューシーな肉汁が溢れソースに混ざる。
細長く切り分け、刺したステーキを口に運び噛むと、いつも食べてる物とは違う味がしたが、とても柔らかい。
濃い味付けがされた熱い肉を堪能した後に、フルーティなワインで乾いた喉を潤す。


「今宵も月が綺麗ですね・・・・・・」


 ふと、シェフが白銀の満月を見上げ、独り言のように言った。
浮かべた表情は優しかったが、少し切なそうな一面も感じられる。
 夜の太陽に照らされた彼女の姿はまるで、絵にできそうなほど、とても美しかった。

 我に返った俺は食事を中断し、何食わぬ顔でシェフを見た。
一旦、食器を置くとナプキンでソース塗れの口を拭い

「確かに、こんなにも月が綺麗に輝くなんて都会にしては珍しいな。満月だからか・・・・・・?」

 と確かにと言わんばかりに強い共感を抱く。
そして、シェフと同じように窓越しから月を眺めた。

「満月の夜になると、"あの日の事"を思い出します。忘れたいけど、忘れられない・・・・・・ううん、忘れたくない・・・・・・」

「あの日の事?」

「お客様、ご迷惑じゃなければ少し私の話に付き合ってくれませんか?私も残業でずっと1人だったから、ちょっと寂しかったんです」

 なるほど、この子も残業だったのか。
同じ境遇の環境にいたため夜は大変だとか、1人が寂しいとか、彼女の気持ちには、はっきりと頷ける。
 それよりも俺は、こんな可愛い子と2人きりで会話ができる事に言わずと歓喜していた。
俺はデートに誘われた彼氏のような気分に浸り、迷わず肯定の返事を返すのだった。

「勿論、こんな冴えないおじさんでよければ」

 シェフは"やった!"と純粋に喜び、俺の向かいの席へ座った。

「お客様、店員さんと呼び合うのもすっきりしないから、これからはちゃんとした名前で呼び合いませんか?私は『門永 零(かどなが れい)』と言います。変わった苗字と名前でしょ?」

 シェフは胸に手を当てると、礼儀正しく自身の名を名乗る。

「そんな事ないよ。誰が聞いても素敵な名前だ。俺は高月真尋、女にも多いんだよなこの名前」

「真尋さん・・・・・・あなたもいい名前をお持ちですね」

 2人は互いの名前を教えると、何が可笑しいのかクスッと小さく笑い合った。

Re: 銀の贖罪 ( No.4 )
日時: 2020/02/24 20:54
名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)

「零ちゃんはこのレストランでシェフとして働いてるんだよね?アルバイト?」

「いいえ、違いますよ。昔から料理人になるのが夢でして、最近になって資格を取りました」

 零は頭を横に振り、質問の内容を否定する。

「あ、じゃあ正式な店員なんだ?道理で君が作った料理は格別に美味いわけだ。若いうちから才能があって、夢が叶うなんて羨ましいなあ。俺なんて働けるならどこでもいい、いい加減な人生だってのに・・・・・・」

「とんでもない、褒め過ぎですよ。私は働き始めたばかりの新入りだから、上司や先輩達の足元にも及びません。それだけに今日みたいな残業を押し付けられているわけで・・・・・・」

「そっか・・・・・・俺の職場も上司に意地悪な奴がいてね。部下をこき使うのに人生かけてるっていうか、嫌な仕事は下っ端の俺達に押し付けるんだ」

「真尋さんも苦労してるんですね。ちなみにどんなお仕事をされてるんですか?」

 別に自慢できる職業じゃないので、なるべく控えめな言い方で

「俺はこの近くにある、ほとんど廃墟と言ってもいい地区の小さな会社でコンピューター関連の仕事をしてる。プログラムを修正したり、バグがないか1つ1つ細かくチェックするんだ。貰える給料はそれなりと言ったところか・・・・・・」

「よく分かりませんが、かなり神経を使いそうな作業ですね?」

「零ちゃんの言う通り、1日中パソコンのブルーライトに晒されてるから、目も痛くなるし肩と首の凝りが半端じゃない。頭痛が起きないのが不思議と言っても過言じゃない」

 言いたい愚痴を次々と並べ、少し冷めてきたステーキの一切れを口に放り込む。ついでに3杯目のワインをごくごくと飲み込んだ。

「ところで、零ちゃんはどうして料理人になろうと思ったの?やっぱりきっかけがあるんだよね?」

 俺がそう尋ねると零は黙って頷き、テーブルにかかとがついた手に顎を乗せると再び月を見上げた。
そして、静かに理由を語り始める。

「私には、とても仲がいい幼馴染みがいたんです。その人も私と同じ、食べ物を料理するのが好きで・・・・・・幼かった頃、彼が私の家に遊びに来て、自分で作ったお菓子をご馳走したんです。始めて作った失敗作のケーキだったけど、彼は美味しいと言って全部食べてくれました。だから、もっとたくさん美味しい物を食べさせて喜ばせてあげようって。それがきっかけで私は彼と同じ、調理師の道に励むようになって、気がつけば私の料理でたくさんの人を笑顔にする事が夢になっていました」

「晴れてその夢が叶ったんだね?最高に素晴らしい話だ。感動したよ」

 俺は"おめでとう"の思いを込めた拍手を送り、零は頬を赤くし照れていた。
彼女は姿勢を変えず続きを話す。

「高校に進学した私は料理を専門とする大学に入るため、必死で勉強しました。知識を学ぶ事は難しかったけど、楽しくもありました。そんなある日、とある行きつけのレストランで久々に幼馴染みと再会したんです。この出会いを機に私達の親しい関係は昔以上に深まり、会う回数も日に日に増えていき、そして満月が浮かぶ夜の日に彼から告白されたんです。嬉し過ぎて私は止まらなくなった涙を流し、迷わず頭を縦に振りました。その時から正式な恋人としての付き合いが始まったんです」

「俺なんかとは真逆の人生だな。こんなにも幸せに恵まれて羨ましいよ。1日でいいから代わってくれ」

 悔し紛れに言ったジョークに零は愉快に笑った。
ふと、俺はある事が脳裏をよぎりはっと顔を上げた。

「ちょっと、待てよ・・・・・・もしかして、その行きつけのレストランというのは、まさかぁ・・・・・・?」

「そうです!このレストランの事なんですよ!真尋さん勘が鋭いんですね?」

「俺は昔から勘がいいって、よくまわりから言われていたよ。実は超能力者なんじゃないかと揶揄された事もあった。」

「私もそんな気がします。真尋さんって、普通の人にはない特別なオーラを感じますよ。超能力者というのもあながち嘘じゃないかも?だって実際、"何かを隠している"ような感じがしますし」

「零ちゃんまで・・・・・・はははっ、いや〜君は本当に人を褒めるのが上手だね」

 食事という本来の目的と時間の流れを忘れ、零との会話に夢中になっていた。
俺は彼女をもっと喜ばせたくて、ジョークや面白い話を延々と続ける。
 気がつけば、目の前の少女に魅了されていた。
可愛くて、優しくて、美しい・・・・・・だんだんと胸が熱く心臓の鼓動が激しくなっていく。

「ところで、その彼氏さんとは今でも上手くやってるのかい?」

 しかし、その気安い問いが零の笑顔を奪った。
今までの愉快さが、まるで幻だったかのように彼女は急に沈黙した。
明るかった空気が一変し、2人の会話で賑やかだった店内はしゅんと静まり返る。
 勘違いかも知れないがほんの一瞬、零が俺に対し憎しみを込め、睨んだような気がした。

 何か傷つけるような事を言ってしまったのか?
俺は心の中で深い後悔と抱き自分自身を罵倒した。
もう手遅れだと薄々気づいていたが、とりあえず重い口を開き謝ろうとした直後に

「彼は数年前に亡くなりました・・・・・・」

「死んだ・・・・・・?」

 決して冗談ではないであろう気鬱な言い方に俺は深刻に呟いた。

「殺されたんです・・・・・・数年前、歩道橋の上で誰かともみ合いになり、道路に突き落とされしまって・・・・・・それもちょうど、今日みたいに、満月が浮かぶ深夜の事でした・・・・・・」

 背筋が凍る感触が伝わり、痙攣に近い震えと共に俺の気持ちは真っ青になった。
殺された・・・・・・まさか、この零の口からそんな衝撃的な告白をされるなんて・・・・・・不幸とは無縁に見える彼女もそんな闇の深い過去を・・・・・・

「悲しかったです。心臓を抉られた気持ちでした。だっていつも一緒に過ごしていた大切な人が、突然いなくなってしまうんですよ?どんなに泣いても彼はもう目を開ける事はない・・・・・・私の名前を呼ぶ事もなく、夢へをきっかけを作ってくれたあの笑顔も・・・・・・二度と見れない・・・・・・!」

「零ちゃん、もういいよ!これ以上喋らなくていい!」

「私は理不尽な運命、この世の全てを呪いました・・・・・・!幸せなんて、ただの束の間の幻、絶望に苦しむ人の姿が面白いから神様に利用されただけなんだって・・・・・・こんな事になるなら私なんて、最初から生まれてこない方がよかった・・・・・・!」

「・・・・・・零ちゃんっ!」

Re: 銀の贖罪 ( No.5 )
日時: 2020/03/01 18:19
名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)

 気がつけば俺は席から立ち上がり、零の両肩を強く掴んでいた。
彼女は間近に迫った必死に訴える顔に思わず口を閉ざす。
 俺は再び我に返り、はっとした表情で驚かせてしまっただろう彼女を手放した。
悔やんでも悔やみきれない後悔を抱きながら暗い顔を俯かせた。

「ごめん・・・・・・全部、俺が悪いんだ。君の苦しみも知らないで、平然と言ってはいけない事を口走ってしまって・・・・・・」

「真尋さんは悪くありません。最初に彼の話をしたのは私の方ですから・・・・・・こちらこそ、嫌な気分にさせてしまい・・・・・・すみませんでした」

 2人は互いに謝罪を述べ、何とか平静さを取り戻した。
俺は再び席に腰掛け、もう何杯目か分からないワインで喉を潤した。
少しむせて息苦しい咳をしながら、中身が半分以下になったボトルを置く。

 零は相当、落ち込んでいるのか曇った表情を緩めようとしなかった。
顔の上半分を両手で抱え、一滴の涙が頬をつたり落ちるのが見えた。
 罪滅ぼしに何とか励ましてあげたいが、どう慰めればいいのか分からない。
いい判断なのか定かではないが、俺も自分の過去を打ち明ける事にした。

「俺の人生も幸せとは縁がないものだった。親父が酒とギャンブルに溺れた最低な奴でな。気に入らない事があれば、妻子に暴力を振るい女房の給料を奪っては、自分の快楽のために悪用した。理不尽な生活に耐えられなくなったお袋は、家を出て行ったきり二度と帰って来なかった。それ時から今度は俺が生贄にされる日々が始まり、毎日が地獄だったよ」

「酷い・・・・・・」

「そんなある日、ついに俺も暴力に耐えられなくなり家出を決意した。アパートで1人暮らしをしてる友人の元で同居する事になったんだ。暴力もケンカもなく、生活も実家よりはかなり充実していたが、純粋とは遠くかけ離れていた。数年後には、その友人さえも行方をくらました。事件に巻き込まれたのかは不明だけど、今になっても消息を掴めないままなんだ。生きてるのか死んでるのかすら分からない」

「・・・・・・」

「ごめんね、また嫌な話をして・・・・・・でも、何が言いたいかって言うとね、理不尽な運命に人生を狂わされたのは決して君だけじゃないって事。俺だって、たった27年の人生の中で何回死にたいと思ったか。でも、生きていたら自然と運が巡って来たんだ。諦めず希望を捨てなかったお陰で、今はこうしてまともな社会人をやってる。零ちゃんは俺より若いし、人生まだまだこれからなんだ。だから諦めないで生き続けよう?」

「・・・・・・ありがとう、真尋さんって優しいんですね・・・・・・」

 零は再び笑顔を見せ、それを見た俺はホッとする。
取り返しのつかない失敗に一時はどうなるかと思ったが、最悪な事態だけは何とか避けられたようだ。
 相手が取り乱す事なく許してくれて、かなりの安心感を実感した。

「話をしていたら、もうあっという間に時間がこんなに経っちゃったね。もう夜も遅いし、零ちゃんも早く帰りたいでしょ?俺も明日仕事だから早く帰って寝なきゃ」

 俺は沈鬱で重苦しい話を遠ざけるため、無理に別の話題に切り替えると、残ったロースステーキを頬張る。
零は気にしていないかも知れないが、それが本心なのかは定かではない。
この気まずい状況に長く耐えられそうもないので、早くこの場から逃げ出したかった。
料理を平らげて零にお礼を言ったら、急いでこの店から出る事にした。

「明日は仕事に行く必要なんてありませんよ」

 ん?今なんて言った?彼女は何でそんな事を口にしたんだ?
零の謎めいた一言に、俺の口と食器を持つ手が止まる。
正面に顔を上げると、そこにはさっきと変わらない頬に手を添えたい可愛げな笑顔が目に映る。

「今日は私にとって、最高に幸せな日になるでしょう。だって、満月が浮かぶ今宵、復讐が果たされるのだから・・・・・・」

 汚れのない笑顔とは裏腹に発せられた言葉に、俺は体の奥底からゾッとした。
さっきよりも計り知れない不安と恐怖に背中を襲われる。
この少女には絶対に関わっていけない、そんな気が芽生え始める。

「ごめん、続きはまた今度話そう?ステーキ美味しかったよ・・・・・・!いつかまた必ずこのレストランに来るから・・・・・・!」

 その時、少女らしくない鋭い声が俺の耳を過った。


「・・・・・・何言ってるんですか?あなたはもう、帰れませんよ・・・・・・」

Re: 銀の贖罪 ( No.6 )
日時: 2020/03/06 21:09
名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)

「・・・・・・え?」

 俺はその意味がどうしても理解できず、戸惑った。彼女の次に出た言葉を耳にするまでは・・・・・・

「あなたが飲んだそれ・・・・・・猛毒入りのワインなんです・・・・・・」

 不気味に口角を上げる零、俺は無意識に勢いよく席から立ち上がった。
膝がテーブルを蹴り上げ、ステーキが散乱し、落ちたワインボトルがガラスの音を立て砕け散る。
血のような赤い液体が広がり、白い床を塗りつぶしていく。

「嘘・・・・・・だろっ・・・・・・?」

 俺は自分の体を抱き抱え、為す術もなく立ち尽くす。

「その毒は遅効性です。全身に回ってから症状が現れ、激痛を最後に心臓が止まります。あなたはそうとは知らずに何杯も飲んでいましたよね?もうそろそろ、効いてくる頃ですよ」

「何でだよ・・・・・・?何でこんな事・・・・・・!」

 零はクスッと笑い、やがてこちらを睨み返すと

「だって真尋さん、あなたは私の恋人を殺した『犯人』だから。全てを失ったあの日から、私は彼を殺した人間を捜し続けました。何年も何年も・・・・・・憎しみが消える事はなかった。復讐だけが生きる支えで・・・・・・でも、その執念が報われたのか1人は殺せました。息の根を止める前に、もう1人の共犯者の詳細を聞き出し、最後の復讐を実行しようと私はあなたのスマホだけに広告を送り、このレストランに誘い出しました。そして、まんまと罠にかかってくれましたね」

「1人は殺せた・・・・・・まさか・・・・・・って事はお前・・・・・・!」

 その意味を悟った俺が言おうとした発言を零が遮り

「あなたの友達、哲治さん・・・・・・でしたっけ?彼もこのレストランに誘い込んで殺害しました。今、あなたにやろうとしている同じやり方で。彼は死ぬまで、あなたの名を呼んでもがき苦しんでいましたよ。あまりにも醜い姿に嫌気が差したので、すぐに黙らせましたけど。それと、あなたが食べたロースステーキは牛肉ではなく、彼の一部だったんです。久しぶりに再会した親友のお味は如何でしたか?」

 あの広告も今までの親切も天使のようなあの笑顔も、全て殺意を偽る嘘で罠だったのか!?
哲治が行方不明になった真相を知り、そして更には、殺したあいつの肉を俺に食わせたというのか・・・・・・!?
 全ての線が繋がった時にはもう何もかもが・・・・・・狂ってる・・・・・・!

「大切な人を奪っておきながら、あなたは罪の意識さえもなくのうのうと生きてる!私は絶望の底に孤独に沈んでいた!恋人の命も私の人生も、あなたのようなクズなんかよりずっと価値があった。それを虫けらのように踏みにじって・・・・・・だから今度は、私があなたの価値のない命を踏みにじってあげる・・・・・・じゃなきゃ、殺された彼が泛ばれる事はないだろうから・・・・・・」

「うっ・・・・・・ぐぷっ!」

 悲鳴を上げようとしたが、先に吐き気が引き起こり、胃から食道へ何かが込み上げてくる。
それは喉を通り越し、口から噴き出した。

「うぇっ・・・・・・おええええ・・・・・・!」

 さっき食べた哲司の肉と毒薬が混ざった嘔吐物をテーブルの上にぶちまけると、床に倒れ全身を強く打ちつける。
血が溢れ出てきたのは、その後だった。
喉を掻きむしり、激痛が走る全身に抗い、無意味に地べたを這った。
 零はその様子を楽しそうに眺めながら、ゆっくりと後を追う。

「ほら、毒が回ったみたいだね?」

「げほっ!おぇっ・・・・・・た、助け・・・・・・!」

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!
その願望で脳の中身が埋め尽くされる。
体が意思に従わず、呼吸も思うようにできない。
だんだんと視界が黒く染まっていく。
 
 零は、そっとポケットから何かを取り、手にぶら下げた。
それは月の光を反射し、美しい銀色に輝く鋭利なナイフだった。

「嫌だ・・・・・・がっ・・・・・・ああ・・・・・・死にたく・・・・・・ない・・・・・・!」

 女々しく命乞いをして逃げ惑う俺は最早、手足をもがれた獲物。
零はナイフを振り上げると、狂気に狂った笑みを浮かべ

Re: 銀の贖罪 ( No.7 )
日時: 2020/03/11 21:08
名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)



「死ね♪」


 ナイフの先端を深々と俺の背中に突き刺した。

「・・・・・・がああああっ!」

 俺は上半身を海老ぞりに曲げ、悲痛の叫びと共に血をドバッと吐き出した。
裂けるほど口は大きく開き、目線はぐるりと上に向く。

「あ・・・・・・ああ・・・・・・!」

 ナイフは一旦抜かれ、傷口から生温かい体液が噴き出す。
毒に蝕まれる痛みに刃物で刺された痛みが加わり、その激痛は言葉では到底表せなかった。
一瞬の硬直の直後、激しい痙攣が襲う。

「痛い?当然だよね。こんな鋭利な刃物で刺されたんだもん。これね、恋人の形見なの。この銀のナイフが赦されぬ罪人の体内を抉り、罪人であるあなたは絶望の贖罪の果たすの・・・・・・」

 零が楽しそうに言ってもう一度、同じ姿勢でナイフを掲げ

「とても痛そう・・・・・・でもね・・・・・・殺された彼はもっと痛かったんだっ!!」

 張り上げられる怒鳴り声、力任せの刀身が再び振り下ろされる。
血が滴る刃の先端は今度は肺を突き破る。

「ぎゃああああ・・・・・・あああ・・・・・・!」

 ありったけの憎悪を再び突き立てられ、俺は悲鳴と共に血と唾液が混ざった体液を赤子のように垂らした。
視界が暗く手足の方から感覚が消え、意識が遠のいていく。
それなのに痛みだけが、はっきりと神経に響く。

「おぇ・・・・・・げぼっ・・・・・・ゆ、許して・・・・・・殺さな・・・・・・いで・・・・・・下さ・・・・・・い」

 俺に逃げる術はなく女々しく命乞いする事しかできなかった。
死んだら楽になって、こんな鬼畜な状況からも解放されるのだろうか?・・・・・・それでも死にたくなかった・・・・・・!まだ生きて人生をやり直したい・・・・・・まだ生きて恩返しがしたい・・・・・・!

「お願い・・・・・・罪は・・・・・・償・・・・・・あぐっ・・・・・・!」

「私は何年も、この日が来るのを待っていた・・・・・・!ずっとお前に後悔と痛みを味わわせたかった・・・・・・!絶対に楽には死なせない・・・・・・もっと、いたぶっていたぶっていたぶって、苦しい最期を迎えさせてやる・・・・・・これは恋人の分だっ!!」

 零は命乞いを無視して三度目の刃を振り下ろす。
毒に心臓の歯車を狂わされ、大量の血が体外に流れ出て、俺にはもう喋る気力さえも皆無に等しかった。
怒りに任せ、俺の背中を何度も何度も何度も何度もナイフを深く捻じり込ませる。
その度に俺の血が噴水のように溢れ出て、彼女の白いコックコートをどす黒く塗りつぶしていった。
 返り血を浴びた悪魔の形相、最早そこに天使の面影はなかった。

「婆ちゃ・・・・・・ご・・・・・・め・・・・・・」

 それが俺の最後の言葉だった。
届くはずもない伸ばした手もその指先も床に落ち、二度と動く事はなかった。
体は血に塗れた人の形をした肉の塊となり、1つの命の灯が消える。

「はあ・・・・・・はあ・・・・・・!」

 零は背中からナイフを抜き取ると、息切れしながら死体を見下ろした。
俺が死んだ事を確認し、口に点々と付着した血痕を袖で拭い取る。
興奮が冷めた頃、彼女は再び優しい笑顔を浮かべ空に輝く月を見上げた。

「あはは、やった・・・・・・」

 零は月に告げるように独り言を零し始める。

「私、ついにやったよ。あなたの恨みを晴らす事ができた・・・・・・あなたを殺した人間は皆、死んだ・・・・・・もう誰も憎まなくていいんだ・・・・・・ふふ、こんなに清々しい気分になれたのは久しぶり・・・・・・さてと、私の役目は終わった・・・・・・これでやっと一緒になれるね・・・・・・?」

 零は嬉しそうに、そして平然とナイフを自身の首に当てた。

「・・・・・・覚えてる?私が初めて作ったケーキの事・・・・・・失敗作だったけど、あなたは美味しいって喜んで食べてくれたよね?あの時が私にとって1番の幸せ、永遠に私の宝物・・・・・・」

 刀身が皮膚に食い込み浅い傷口から血が首元を伝っていく。

「1人じゃ寂しいでしょ?今から私もそっちに行くから。もし天国で会えたら、私の作った料理をたくさん食べさせてあげるね・・・・・・大好きだよ・・・・・・純介・・・・・・」

 恋人の名を口にし、零は自身の首を深く掻き切った。
頸動脈から大量の血が吹き出し、深紅の雨が降り注いだ。
力を失った手からナイフが落ち、彼女は仰向けに俺の死体に覆い被さる。
そして、幸せに満ちた笑顔を浮かべながらゆっくりと目蓋を閉ざした。
 2人の死体から流れ出た鮮血が床を染め、醜いアートを描き、それを照らす月の光は不気味なほど美しかった・・・・・・



「今朝8時頃、東京の住宅街にあるレストランで会社員である高月真尋さん(27)とレストランのシェフを務める門永零さん(22)の2人が倒れているところを、近所に住む住人に発見されました。2人は近くの病院に搬送されましたが、既に意識がなく死亡が確認されました。真尋さんは刃物で背中を数ヵ所刺されており、零さんも頸動脈を切っているところを確認されていますが、詳しい事は不明です。警察は2人の間に何かトラブルがあったとみて捜査を続けています。続いてのニュースです・・・・・・」


                                 銀の贖罪 終

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