複雑・ファジー小説

宵と白黒 外伝
日時: 2020/08/06 01:34
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode=view&no=5662

こちらは、ダーファ板で連載しております『宵と白黒』の外伝になります。
キャラクターたちの過去の話をしたり、完全に蛇足な話をしたりするでしょう。

上記リンクが本編になります。よろしくお願いします。
星がついてるのは本編に関係してくる話です。
たまに消したり書き直したりなどします。


全体の目次

最新話   >>25
         
■自由と命令 ☆
 蓮の過去編です。
>>17

■雨が降っていてくれて良かった
 ヨモツカミさん主催のみんなでつくる短編集にて投稿したものです。
>>18

■白と黒   ☆
 シュゼは、昔はどうやら髪が長かったようです。
>>19-23

■星を造る人
 よもつかみさん主催のみんなでつくる短編集にて投稿したもの第二弾になります。
>>25

■青の暗示と優しい嘘は。 ☆
 ブランが出会った、力の制御が出来ない少女の話。
>>26

■記憶の果てに沈む。
 蓮が初めて華鈴に会った日は、夏祭りの日でした。
 ヨモツカミさん主催のみんなでつくる短編集にて投稿したもの第三弾。
>>27

Page:1 2 3 4 5



Re: 宵と白黒 外伝〜白と黒〜 ( No.22 )
日時: 2020/06/22 00:22
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

 玄関のドアの前で立ち止まったブランとノーシュは、僅かに息を吐いた。ちらりと目を合わせて、彼等はそっと頷き合う。細められたブランの青い目が、きらきらとまたたいた。
 唐突に、空気が冷えきる。その冷気は、この国を代表する三つの一族のひとつであるキュラスの人間としての───圧倒的な力の開放。そのままブランは、持っていたポーチから取り出したフレームレスの眼鏡をそっと掛けた。

「ッツ……!」

 特にポテンシャルが高い力を持つ二人の発した気を前にして、リュゼが反射的に体を引く。それに気付いたノーシュが、ちらりとリュゼを見て安心させるように微笑んだ。
 深呼吸して呼吸を整えた彼女は、ぎゅっと胸の上で手を握りしめたまま、邪魔をせぬよう後退る。それを確認して、視線を前へ戻したノーシュは右手の人差し指を眉間に当てた。
 自分を中心として、音の波が走り抜けていくような感覚。ザザッ、とノイズのように人々の思考が彼の脳内に滑り込んでくる。

「OKかな、ノーシュ? ボクの方は観えるよ、問題ない。」
「僕も大丈夫ですよ、姉上。きっちり視えます。」

 青い目を薄明るく光らせて、ブランはドアの外を見つめた。彼女の視界には、この家の外も向かいの家の中も、全て見えている。これこそが、すなわち【透視】である。弟のノーシュの【透思】と一対をなし、名前を持つ力──ちなみに呼び分ける際はブランの方を【アイサイト】、ノーシュの方を【マインド】と呼ぶ───だ。

「大丈夫、ですか?」

 1歩その場から離れていたリュゼが、心配げにそういう。ぱちぱちと目を瞬かせて、ブランは意識をこちらへ引き寄せた。

「ああ、ボクは問題ない。これのお陰さ。」

 掛けている度の入っていない眼鏡のつるを叩いて、彼女は笑った。元々彼女の力は強力で、それは幼かった彼女には制御出来るものでは無かった。そこで、彼女の両親は幼いブランにこの眼鏡を与えたのだ。この眼鏡を掛けていれば、力を上手く制御できる、と。
 いわば、この眼鏡は暗示なのである。もちろんとっくにブランはその事に気付いている。けれど、それでも尚眼鏡を使い続けていた。精神安定剤の代わりだよ、なんて言って彼女は笑う。
 元々力は精神状態に由来する面も大きい。怒りで力が倍増する、なんてこともありうるように、感情によっても強さは左右される。だからこそ、この眼鏡には意味があると彼女は考えて掛け続けていた。親をどう思うにせよ、だ。

「僕も大丈夫。ただね、やっぱ長くは持たないから、さ。早く、行こう?」
「は、はい! 行きましょう!」

 痛みを堪え、軽やかに笑ってノーシュは僅かに眉間を抑えた。彼の力もまた、使用している間は絶え間のない微かな頭痛に悩まされる。
 そっと左手をドアノブに当てて、ノーシュはゆっくりとドアを開けた。
 夜の広がる黎明街へ、三人はそっと踏み出した。

Re: 宵と白黒 外伝〜白と黒〜 ( No.23 )
日時: 2020/06/29 18:30
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

 はっ、は……とノーシュの口から息が吐かれる。シュゼがいなくなったという通りを三人は走っていた。オシャレな街灯で照らされる無数のショーウィンドウが、きらきらと光を反射してオレンジに瞬いている。冬の寒い空気が肌を撫でていくのすらも涼しいほど、ノーシュは暑かった。体温を必死に下げようとしているのか、全身から汗が吹き出ている。
 それは、限りなく力に対して体がオーバーヒートしている状態に近い。だが、ここで力の行使を止めるわけにはいかない。必死に視線を辺りへ巡らせれば、パチパチと弾けるように誰かの思考が流れ込んでくる。『腹減った……』『まだかなぁ……』『あいつ絶対ぶっ殺す!』『何なんだよ……』『まだか、まだなのか!?』

「ッくそっ!」

 思わずノーシュは悪態を吐いた。無数の人々の思考が無差別に流れ込み、目的のそれなど視つかる気配もない。それが聞こえ、ブランは同じように顔を歪めた。集中が切れたせいでさらに眼に負担がかかっている。グルグルと辺を見回して、必死にシュゼの姿を探す。

「ノーシュさん、大丈夫ですか!?」

 後ろを走るリュゼが、泣きそうな声でそう呼びかけた。肩で息をしながら、ノーシュは振り返る。彼女が泣きそうな顔をしているのに気付いて、ノーシュは笑ってみせた。

「大丈夫。」
「無理はよしとけ、ノーシュ。ボクも居るから、落ち着いて!」

 横合いを走るブランが、ノーシュにそう呼びかけた。

□  △  □

 シュゼと誘拐犯と思しき人物の間には、しばらく沈黙が落ちていた。先程から男は、手に携帯電話を握って張り詰めた眼差しであたりを見回している。シュゼの黒く染めた髪を、吹き抜ける風が揺らしていた。

「ッツ………!」

 男の口からわずかに悲鳴のような息が零れた。突き刺すような何かが、彼の肌に焼き付く。その声に、シュゼがばっと顔を上げる。それと同時に、はっきりとした音が響いた。携帯の着信音だ。

「え……? ちょっと、何!? ねぇ!」
「うるさい、静かにしてろ!」

 容赦なくシュゼの腹に男の足が蹴りこまれる。ドッ、と鈍い衝撃が彼女の体を駆け抜ける。誰かに手を上げられるのは初めてだ。たすけて───! そんな事を必死に願いながら、未知の痛みにシュゼは意識が遠のいていくのを感じた。

□  △  □

「シュゼ!? 今、助けにいってやるから!」
「なんだ、あの男ッ! シュゼのこと、蹴りやがった! クソ、ボクがあそこにいれば蹴りかえしてやるのに!」
「姉上、言葉!」

 黎明街を駆け抜けながら、ノーシュとブランはほぼ同時に叫んだ。顔を怒りに染めて口汚く叫ぶブランをノーシュが諌める。ショーウィンドウから零れるオレンジの光が、彼らの足元を照らしだす。周りを歩く品の良さげな貴婦人たちが驚いてこちらを見るが、それを気にせずにノーシュたちは走り出した。

「ノーシュさんっ! ブランさん!」

 後ろから急いで追いかけるリュゼが、彼らの名を呼んだ。何かを見つけたように駆け出す二人を見て、リュゼの心に希望が宿る。ブランはその声に振り返った。追いつけそうに無い程の速さで走っていた彼女が少し速度を落とし、リュゼと併走する。そっと少女の小さな手を握り、僅かに笑った。

「見つかったから、もう大丈夫。あとはボクらに任せて。リュゼ、君は先に家に帰っていて?」
「ブラン、さん……」

 泣きそうになりながらもこくりと頷いたリュゼは、くるりと踵を返して走り出した。結局私がいると足でまといなんだから、とそんな事を思って。

□  △  □

「おら、起きろお嬢様!」

 気絶していたシュゼの頬が、ぱちぱちと叩かれる。下腹が痛まないような体勢を探しながら体を起こしつつ、シュゼは呻いた。

「何、どうしたの!?」

 男は苛立ったようにシュゼを拘束を解く。手の自由を味わう間もなく、ヒヤリと冷たい感触が指先に触れる。男の息がかかるのが首筋に感じられ、ぞわりとシュゼの体に鳥肌が走る。

「分かるか? 動いたら、この刃がお前の指を切り落とす。痛い目に会いたくないなら動くなよ?」
「ッ!」

 指先に、刃が食いこんだ。白い肌に赤い雫がぽつりぽつりと浮かび上がり、滴り落ちる。それの恐怖に、シュゼの魂は警鐘を鳴らした。このままでは命が危ないと。身体を、守れと。

 男の手首に、鮮やかな青の炎が灯った。


「ぐぁ!?」

 不意に、手首に這う刃の感触が消え去る。それと同時に、男の手による拘束も解けた。からりと刃が落ちた音を立て、きらきらと瞬く。

「うわぁっ!」 

 恐怖に竦みそうになりながらも、シュゼはもどかしげに目を覆っていた布のようなものを投げ捨てた。急に明るくなった視界に目を慣らそうと必死に瞬きながら、ばっと振り返る。男は手首を抑えて呻き声を上げていた。

「っひっ、ハッ!」

 それは、酷い火傷の後だった。そこだけが燃やされたかのごとく赤く焼け爛れていて、思わずシュゼは目をそらす。だが、現実は変わらない。彼女が、己の力で彼を傷付けたのだということは。
 恐怖に顔を歪めながら、シュゼは駆け出した。ふらつきながら、何度も転びそうになりながら。光のある方へ、街へ。路地を抜け出て、走る。いくつもの角を衝動的に曲がる。
 だが。逃げ続けることは、出来なかった。

「お前……よくも、やってくれたな…………!」

 何故か瞬間で後ろに現れた男は、顔を歪めながら残った左手に握られた刃を振り上げた。月の光を写して、キラリと刃が光る。再び力を発動するのは、不可能だ。あれは、シュゼの魂が反射的に発動したもの。自発的な意思によるものでは無いから。
 今度こそ、本当に死ぬ───! シュゼの思考は、そこで停止した。

「待てぇっ!」
「お前……ボクのシュゼに好き勝手やってくれやがって!」
「姉上、シュゼは貴女のものじゃありません! あと言葉!」

 夜闇を切り裂くかの如く、凜然としたテノールとアルトが響く。白い服を纏った背中が、目の前に映る。ざっ、と石畳を蹴立てて現れたのはノーシュとブランの二人だった。誘拐犯とシュゼの間に立ちはだかる彼らの姿は、何処までも頼もしい。安心してか腰が抜け、ぺたりとへたり込んだシュゼが呆然と彼らを見上げているうちに、気の抜けるような会話を二人は交わした。
 殺されるかもしれない相手を前に軽口を叫び合う二人を前にして、男は我慢できぬとばかりに叫んだ。

「何なんだ、お前らっ! いい加減……いい加減にしろ! お前……リュゼ・キュラスじゃなかったのか!? 俺を、騙したんだな!」
「うぉっ!」

 ブランが勢いよく飛びずさる。不意に、間合いを詰めて目の前に出現した男は石畳に付着していた土を舞い上がらせる。足をブラン目掛けてはね上げると、立て続けに刃を振るった。僅かに息を零しながらそれら全てをかわしてのけたブランは、ニヤリと笑って言った。

「そっか、それが君の力か。そうだな、んん…身体を粒子状の何かに変えて、高速で移動している。そして、それは他人とも共有可能…………それで君はシュゼを攫った。どうだい? こんなところだろ? ボクを女だと思ってナメるなよ?」

 メガネの奥で、青く瞳を煌めかせながらブランはそう分析してのけた。自信満々に紡がれた言葉の刃によって、生じた綻びを縫うかのように、男は連続で攻撃をブランへ向ける。
 だが、その全てを彼女の目は捉えていた。それもそのはずだ、彼女の力とはそう言うものだから。視力全般の強化、それに付随する透視────視力を強化した時に生じる効果の中で、最も人外であった透視が高名になっただけのことなのだ。
 全ての攻撃を見切って、ブランが反撃に出た。左足を軸にした回し蹴り。

「ぐっ、は……!」

「ねぇ、君。さっき、リュゼ・キュラスじゃなかった、とか言ったよね?」

 倒れた男を地面にローファーを履いた足で踏みつけて、ブランは笑う。もう抵抗する気もないのだろう男へ、酷く冷たい声を投げかけながら、ニヤニヤと。

「君はもしかして、リュゼの髪色が黒だからそう判断した? だったら、君は何も見えていないな。ボクは一発で分かったけどね。」
「間違った子を誘拐して、こんな怪我して……いっそ同情できる。まあ……僕は許さないけどさ。」

 冷たい空気を発しながら、ノーシュたちはそう言った─────────

□  △  □

「わぁぁぁねぇさぁぁん!」
「リュゼ…………!」

 あの後、警察へ男を───二人ほど迎えに来た仲間がおり、やはり身代金のための誘拐だったそうだ─────を連れていったノーシュとブランは、そのまま病院へ直行した。シュゼの怪我の検査をする為である。シュゼは蹴られただけだと言ったのだが、ノーシュとブランは聞かなかった。
 本当に大事ないことが検査で確認され、シュゼの望みである所に寄ってから家へと帰宅した三人を、リュゼが出迎えた。
 泣きながらシュゼに抱きついてから、少女は何かに気づいたように顔を上げた。

「あれ? ねえさん…髪、切ったの?」
「あ、うんっ! ほら、もう……間違えられたり、しないように。リュゼをちゃんと守るために、ね。」

 ふわりとボブカットの白髪に触れながら、シュゼは微笑んだ。その様子にノーシュとブランは、ゆっくりと口元に笑みを浮かべると手を振った。

「あとは二人水入らずで話しなよ。僕たちは帰っているから。じゃ、バイバイ!」
「バイバイ、ボクのシュゼリュゼ!」
「だから、貴女のものじゃないつってんでしょう姉上!」

 軽口を叩き合いながら、ブランとノーシュが立ち去っていく。ハッと顔を上げた二人が、がばりと頭を下げた。

「あの、本当に……ありがとうございました!」
「ありがとう、ございました!」

 ひらっと手を振って立ち去っていく二人の姿が見えなくなるまで見送りながら、リュゼはシュゼへと向き直って言った。

「ねえさんは………長い髪が、好きなんじゃなかったの?」

 その問いに、シュゼはハッとした顔をした。次の瞬間、くしゃりと破顔して少女は言う。

「いいの。全部、リュゼを守る為だから。だって私は───────お姉ちゃんでしょ?」

(白と黒〜完〜)

Re: 宵と白黒 外伝 ( No.25 )
日時: 2020/07/06 07:45
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

「なあトワイ、お前知ってるか?」
「何をだ?」

 師匠が珍しく酒場に飲みに行くと言うから、そのキーパーとしてついてきたオレは早々に暇を持て余していた。大体そうなのだ、あの人は老体のクセによく飲む。会計はオレが払うことになる。だったら着いてこなければいいのだが、酔い潰れた師匠を迎えにくるのが普通にだるい。困ったものだ。
 ちょっとロマンチストな同業者、リオンはオレにそう問いかけてきた。会うと何故か常に絡んでくる奴だ。

「人はさ、死んだら星になるんだってな。」

「死んだら……星になる?」

 オウム返しにそのまま問い返してしまった。スツールに座るオレの目の前に、リオンは椅子を引き寄せて座る。カウンター席で酒を飲んでる師匠に目を向ければ、まだまだ終わりそうな雰囲気ではなかった。

「そそ。この間殺した女が言ってたの、死の間際ってやつに。『星になって貴方の隣にいるから』、ってさ。それってそういうことだろ?」

 やたらと声真似が上手い。でもリオンがそれが何だかバカバカしい気がして、オレは明後日の方向を向きつつ生返事を返した。

「ふーん?」
「お前絶対本気にしてないなおい!」

 ムッとした顔を向けてきたリオンへ、ひらひらと手を振りつつオレは笑った。
 
「半分くらいはしてるよ。まあ……オレたちには無縁みたいなものだろう?」

 オレがそう言った途端、リオンがすっと真顔に戻った。まずいことを言った、という自覚は無かった。当然だからだ。手を血に染めるオレたちに、そんな死後が望めるはずもないだろう?

「そうだけどよ。お前もーちょっと夢見ねえの?」
「さあ。」

 夢を見る、という表現がよく分からない。

「ほんと現実的なヤツ。リアリスト、っての?」
「知るかよ。」

□  △  □

 オレは酒場から帰ってきて、師匠の家の庭に座り込んだ。考え事とか、昼寝とか。庭の中心辺りに生えてる木の下が、オレは好きだ。空が見えるように倒れ込んで、星を見上げる。いつも葉が落ちているのだが、今は夏だ。昼間は暑苦しく晴れ渡っていたから、夜空も星が瞬き続けていた。掃き溜めの如く溜まる星、模様を作って輝く星。
 死ぬと星になると言うなら、オレたちは星を造っているという事だ。それは、つまりオレたちが人の役に立ってるってことなのか? 星明かりは誰かを照らし得るのか? どうやら深夜というのは、どうしようも無いことを考えたがるらしい。その場に背中から倒れ込むと、地面に敷かれているボロボロの石畳の硬さが伝わってくる。
 
 こんな、こんなことで。己の行為を正当化していいわけなんてない。

 そう思って、オレは手を伸ばす。
 
 

Re: 宵と白黒 外伝 ( No.26 )
日時: 2020/07/29 06:43
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

 タリスクには、遥か昔から続く三つの家がある。マータ、ルクスィエ、キュラスの三家である。ルクスィエは分家のシールと血で血を洗う争いを繰り返し合い、力を削り削られ合う。マータの一族は首都にて国政へ深く関わっており、他の二家とは一線を画す力を持っている。
 そして、キュラスは長らく国政に関わっていたが、マータの二番手に甘んじていた。当代のキュラスであるルクスは業を煮やし、国政から引いて会社を設立する道を選んだ。
 ノーシュが真名を奪われるよりも10年ほど前のことである。
 彼の選択には反対する者も多く、それを巡って一族は三つの派閥に分かれることとなる。保守派と革新派、そしてなし崩し的に派閥とならざるを得なかった中立派である。
 保守派にはこれからも国政に関わり、マータの下に甘んじようとする者たちが集った。これならば今後も安定して利益を得られると考えたからだろう。
 二番手に甘んじることを拒否し、ルクスについていく事を選んだ者たちが革新派。その圧倒的な力でもってルクスは、働かず、金のみを食い漁っていた人間を──保守派、中立派、革新派問わずに──粛清した。その力とカリスマに惚れた者たちは、彼の狂信者となっていった。

 必然的に、保守派からはルクスに逆恨みの敵意が向けられることとなる。

 その敵意は、ついに殺意へと成り代わった。保守派としてもそこまでの行動に出る気は無く、一部の暴走なのだろう。ルクスに暗殺者が仕向けられたのだ。これが、およそ三年前の出来事。ボディガードが身代わりとなり、彼は事なきを得た。
 しかし、革新派の中にはルクスの狂信者たちがいる。彼らは、主を守るために独断で手を打つ。
 それは、ある一人の少女を犠牲にするものだった。

□  △  □
「貴女は……誰?」

 そんな問が、目の前に立つ少女から投げ掛けられた。此処はパスト・ウィル本社のビルの三階小会議室。彼女と目の前の少女以外に人はおらず、窓は開け放たれている。そこから入ってきた風が、少女のダークグレー、毛先だけライトグレーを帯びた髪をふわりと揺らした。青い目がきゅっと細められる。怯えたように一歩下がって、手のひらを必死に隠しているようだった。

「ボク……私はブランシェ・キュラス。ブラン、と呼んでくれ。君は?」

 涼やかなアルトが会議室に響く。優しく微笑んで、ブランはそう名乗って手を差し出した。

「私、は。リフィス・キュラスです……見たでしょう? 私と握手、なんて。」

 リフィス、と名乗った少女は、ブランの差し出された手を見てビクリと半歩後ずさる。

「……君は、怖いんだろう?」

 ブランのその言葉を聞いて、リフィスは押し黙ってしまった。ブランは空っぽのままの手のひらを見て、ここに来た訳を思い返す。

□  △  □

「……新しいボディガードくんの所に行って欲しい?」

 カフェテリアの一角で、ブランはノーシュと話していた。昼時だからか、たくさんの社員がテーブル席に座っている。窓から入ってくる強烈な陽射しを手で遮りつつ、ノーシュは答えた。

「はい。その、どうやら……その子は、姉上と同じらしくて。」

 同じ、と言われてブランは苦虫を噛み潰したような顔をした。肩を落とし、頬杖をついてガラスの外を見下ろす。

「そう、か。わかった、行こう。どこにいるんだい?」
「あそこにいますよ……ま、姉上なら上手くいきますよきっと。」 

 ノーシュはそう言って楽天的に笑うと、真っ直ぐにブランのかなり後ろを指し示した。同じ窓際の席で、かなり隅の方。周りが大人の社員ばかりだからだろう、その幼い背中は酷く浮いて見える。少女が噂で聞くよりもっと小さかったことに、更にブランの怒りが増す。
 こくりと頷いた彼女は、ガタリと椅子を引いて立ち上がった。胸元のタイ代わりの青いリボンが、ふわりと揺れた。小さく頷きを返したノーシュも、会計をするために立ち上がる。
 すたすたと席の間を通り抜け、ブランは目当ての少女の元へ辿り着いた。それを見て、一瞬あたりがざわつく。それらを欠片も気にとめずに彼女は少女の目の前へ回り込んだ。

「こんにちは。」

 ふわりと顔を上げた少女と目が合う。その幼くて怯えているかのような雰囲気に似合わない鋭い目が、ブランに猫のようだという印象を抱かせた。ぱちぱちと瞬いた彼女は、そのまま首を傾げ、言った。

「何か御用でしょうか……?」
「少し君と話がしたい。どうかな?」

 話がしたい、と言われて少女は一瞬嬉しそうな顔を覗かせた。直ぐに元に戻ってしまったけれど、ブランは僅かに安堵する。テーブルに手を突いて、彼女は微笑んだ。
 少女の方は、少し逡巡したようだった。グレーのワンピースの布地をギュッと掴んで俯いた後に顔を上げ、ブランを見つめる。

「はい、構いません。」
「ありがとう。じゃ、場所を変えようか……会計はしてあるかい?」
「あ、はい。」
「じゃ、行こうか。」

 そう言ってブランはくるりと出口の方へ体を向けた。僅かに微笑んで振り返り、そっと手を差し出す。

「行くよ? 来ないのか?」
「あ、はい。」

 伝票を左手に持って、立ち上がった少女が右手でテーブルの上に置かれていた紙コップを掴んだ。その時───その紙コップが、溶け落ちた。

「ッツ……!」
 
 少女が悲鳴のような声を零す。

「これ、か……」

 周りの社員たちがざわめき、明らかな蔑視が少女に突き刺さる。伸ばされたブランの手がが少女の手を掴むより早く、彼女は駆け出してしまう。

「何で……!」
「待ってくれ!」

 幼くて細い泣き声が、ブランの耳に響く。絶対に救ってやる、と彼女は思う。そして、その幼い背中を追いかけてブランは走り出した。

□  △  □

 溜め息をついて、ブランは少女の青い目を真っ直ぐにみつめた。恐れと怯えからだろうか、その目はゆらゆらと視線を定めていない。
 リフィスは、押し黙って俯いたままぎゅっと右手をにぎっている。風が強く吹き抜け、髪が揺れる。ホワイトボードに張り付けられていたポスターが剥がれそうなほどの風。
 なにも状況が変わらないことに、ふっと息を吐いたブランはウエストポーチへ手を差し込んだ。取り出したケースから、度の入っていないメガネを出して掛けておく。ぱちぱちと瞬いて、もう一度リフィスに呼びかけた。

「リフィス。君は力が制御出来ていない。そうだな?」

 静かに落ちたその言葉に、少女は顔を跳ねあげた。

「だからなんだって言うんですか!?」

 キッとこちらを睨んでくるさまは、本当に猫のようだった。

「ボクもさ。」

 そう言って、ブランは微笑む。かつり、と音を立ててリフィスへ一歩近づき、メガネを外す。度が入っていないから、当然視界に変化なんてない。くるりと長い会議用のテーブルを回り込んで、リフィスの斜め後ろへ移動する。
 若干息を飲んで、リフィスは振り向いた。その目は、先程までの恐怖だけでなく、僅かな期待で揺らいでいる気がする。

「貴女、も……?」
「そうさ。ボクも──今は違うけど──君くらいの年の時は力の制御なんて全然上手くいかなかったよ。だから、大丈夫。君も大人になれば、きっと上手くいくようになるから。」

 優しく、言い含めるように。そっと人差し指を立てて、内緒話のように彼女は話す。微笑んで、少女の頭に手を乗せた。

「それじゃダメなんです!」

 ぎゅっと拳を握って震えていたリフィスが、そう叫んだ。風が強く吹き、ざわざわと音を立てる。

「私は、今すぐルクス様を守れるようにならないといけないんです! いつか、じゃダメなんですよ!?」

 そう叫んで、リフィスは泣き出した。それを見て、ブランは考え込む。きっとこの子はどこまでも純粋で、刷り込まれた事にさえ気付かずに信じ込んでしまうのだろう。なら、と彼女は思う。しゅるりと胸元の青いリボンタイを引き抜いて、ブランはリフィスを呼んだ。

「リフィス。」
「なん、ですか……?」
「これ。ボクもこれのおかげで制御出来るようになったの。」

 そっと少女の右手首を手に取って、くるりとそこへ巻き付ける。ブレスレットのような華々しさは無いけれど、確かにそれが良く似合う。本当は、嘘だ。何も証拠なんてない、とブランは思う。自分が制御出来るようになったのはメガネによる、いわば暗示のお陰だ。なのに、ボクは平然と嘘をついている。

「ほんと……?」
「ああ。」

 苦い思いと、少女を救える喜びのような感情。所詮偽善なのだけれど。他者を見る目を持つ彼女は、それより何より自分をよく知っている。
 それでも尚ブランは少女の手のひらへ己の手を重ねる。ッツ、と。浅くリフィスが息を飲んだのがわかった。逃げ出そうとしている身体を押さえ込んで、ブランは囁く。

「ほら、大丈夫だろ?」
「私、は。大丈夫、なんですか? そうなんですよね?」
「うん。大丈夫だ。」

 まるで彼女の精神へそれを染み込ませるように、ブランは幾度も囁いた。暗示と言うより、己を信じさせて精神を安定させる。
 つねに力が発動してしまうわけではないから、今ブランの手が溶けていないのは純粋に運が良かっただけかもしれない。だが、それでも彼女は手を離さなかった。

「ありがとうございます、ブランさん。」

 そう、リフィスは言った。そっと身体をブランから離し、手首のタイへ触れる。ゆっくりとそれを撫ぜながら、少女は笑った。

「もう、大丈夫だといいですね。」
「ああ、そうだな。」

 ブランは一つ、ここで優しい嘘を吐いた。

Re: 宵と白黒 外伝 ( No.27 )
日時: 2020/08/01 02:28
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

ヨモツカミさん主催のみんなでつくる短編集にて投稿したものです。 みなさんぜひ書きに行ってみてはいかがでしょうか。



「記憶の果てに沈む。」


 横断歩道の前、信号で立ち止まってぼんやりとレンは空を見上げた。今まで二値化された夕暮れに慣れきっていたから、その空は不気味なほど紅く赤く鮮やかに見える。むしろこちらの方が怖く感じるほどに。ざわざわと揺らぐ中に立ち尽くして、微かに息を零した。ちらりと横目で見上げてみれば、信号はまだ赤だ。
 夕暮れで思い返された色で塗られた記憶に沈み込んで、彼はどうしようもない最初を思い出す。


 それは、蒸し暑い夏の夜だった。母、咲織の喪が開けて幾日か経った時のような気もする。今日は毎年恒例の夏祭りが命風神社で行われていて、彼もそれに行く予定だった。途中までは確かに祭りに向かおうとしていたはずで、その証拠に甚平を着ているしあずま袋も持っている。だが、何となく気が乗らなかったのだ。それはもしかしたら、明るくてきらきらした祭りがあまりにも今の自分の境遇には合わなかったからかもしれない。叔父であり育ての親でもある楓樹は町内会の仕事やら何やらをしに行くらしく、夕暮れ前から家を出ていったのだが。
 黒のサンダルが乾いた土の地面を踏みつけて、道の端に転がっていた小石を蹴り飛ばす。人の気配なんて全然辺りにはしなくて、どんちゃん騒ぎの幽かな音が風に乗って流れてくるだけだ。木綿の涼やかな肌触りとは裏腹の、鈍い冷たさの風が肌にぶつかる。
 それに何故かどうしようもなく腹が立って、風に八つ当たりしても仕方ないのに少年は叫びそうになった。息を吸って、腹に力を込めて、身体をくの字にそらして、叫ぼうとしたその時────

 不意に、心地のいい風が吹いた。

 顔を元に戻して、息を吸い直して、咳き込みそうになるのを堪えて前を見る。そこに立つのは、蓮よりも年上と思われる少女だった。彼女の冷涼な美貌に目が引き寄せられて、その次に鮮やかな白と緋袴に目が動く。その衣は何よりも雄弁に彼女の身分を物語っていた。

「巫女……さまが、なんでここに…………?」
「やめて、その呼び方。私は華鈴。それ以外の何者でもない。」

 緑髪が風に靡き、力を僅かに抜いた少女の下駄が微かな音を立てた。夕暮れの光が滑り込んで、黒い瞳を照らしていく。

「華鈴、さまは……」
「華鈴でいい。君は?」
「あ、ぼくは井上蓮と言います…………えと、じゃ、華鈴さんはどうしてここに……?」

 生温い風が長い髪を揺らして、彼女は鬱陶しげにそれを払う。ちらりと己の服装を見下ろして、せめてとばかりに絵元結を引き外した。女なら羨ましがるであろう美しい髪を、しかし彼女は無造作に後ろへ跳ね除ける。
 一挙手一投足があまりにも綺麗で、蓮は華鈴から目が離せなくなった。ゆっくりと桜色の唇が動き、彼女は蓮の問に答えを返す。

「私がここにいた理由かぁ。ん……」

 そう言って彼女は黙り込んだ。ふっともう日の沈みかけた空を見上げては息を吐きだす。

「なにも、見えないんだ。」

 なにも、見えない。小さく蓮はその言葉を反芻して、自分なりに意味が咀嚼してできないものかと考え込む。そんな様子を目にして、華鈴はその歳に見合わぬ自嘲のような表情を浮かべて言った。

「何も見えないんだよね。暗くて、沈んでて。自由なんてものがどこに存在するかもわからない。」

 あまりにも大人びていて抽象的なその言葉は、蓮では上手く消化できなかった。だから、他になにか汲み取れやしないかと彼は華鈴の目を見つめる。

「なんてね。ちょっとした冗談だよ、気にするな。」

 そう言ってふわりと笑い、少女は蓮に向けてそう言う。じっと己の目を見つめていた蓮の目を見返すように見つめ合い、華鈴は微笑んだ。それで形成されてしまった気まずげな空気を、打破しようと試みたのは蓮だった。

「もし、よければ。屋台とか、いかない?」

 その蓮の問いに、彼女は驚いた顔をした。辺りに視線を投げて、人がいないかを確認する。

「え、良い……のかな。」
「だめ、かな。」
「でも、見つかってしまったらアレだから、さ。きみが怒られてしまうよ?」

 蓮がそれに答えを返そうとしたその時、不意に轟音が響いた。はっとして二人が顔を上げて、東の方角を見つめる。家々の重なり合う間を透かし見れば、美しく煌めく花火がもう既に上がり始めていた。紺色の空は花火の背景となって淡い赤に照らされ、星々を超えるように輝く。

「私たちは、ここに居ない?」
「それでも、いいですけど……」

 花火の轟音と激しくなる喧騒が遠くから響いて反響して、華鈴は静かに微笑んだ。こんな空気が好きだ。棘もなくて逆に柔らかく甘やかすものもなにもない。

「きみは、優しいんだね。」
「え?」
「君は、本当に優しいなぁ。父様の機嫌取りなんてなにも考えず、私に接してくれる。他の者達は皆みーんな父様を優先して私の自由などおかまい無し。外ふらついてる私を連れ戻せば父様の覚えが良くなるとか、恩恵があるとでも思ってるのかな。」 
「父様、って神主さまのこと……?」

 一転して荒々しい口調で放たれたその言葉もまた、蓮は半分も理解できなかった。疑問を浮かべながらでも、蓮は満面の笑みを閃かせた。理解出来た部分は、彼にとってとても嬉しいことだったから。
 立て続けに打ち上がる花火の音にかき消されないよう声を張って、少年は言う。

「わあ、人から褒められるのってうれしいですね……華鈴さん。」
「え……うん、そうだな! ……ねえ、蓮。私、明日も君と会ってもいいかな?」
「べつに、いいですよ? でも……ぼくなんかと会って何するんです?」

 そう言って、少年は首を傾げた。

「秘密。会ったら話してあげる。だから、また遊んでね!」

 少女もまたそう言って笑って、さらりと髪を揺らして振り返った姿が美しかったことを、蓮は今でもよく覚えている。



「レン。レーン! 信号変わってるぞ!」

 ブランのアルトが呼ぶ声に引かれて、ふっと意識が今に浮上した。夕暮れを見て思い返していた過去に虚しくなって、レンはくっと息を詰める。秋津の夏の匂いが甦ってきそうになって、さらに苦しくなる。でもいくら想起したところで足元は踏み固められた土とかではないし、手に握られたのはあずま袋でもない。
 
「ハイ! 今行きマス!」

 もう、過去のことだ。そう思って彼は、そっと白と黒の線上に足を踏み出した。

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