複雑・ファジー小説

【永遠に続く夜の世界】 ( No.2 )
日時: 2018/03/16 02:10
名前: 荒城太陽

≫No.1 『絶望の街』

●○○○●

その世界に朝は無いが、仮に人々が目覚める時間帯を朝だと呼称するとしよう。
その場合、少女の朝は店の準備を始める所から始まる。

木と布で構成された質素な家が建ち並ぶ、静か過ぎる住宅街。
その奥に位置する一回り大きい木製の建物。
希望を意味する言葉が名前の喫茶店だ。

赤毛の少女は、寝癖を直すことなく開店の準備に取り掛かった。
店の所々に存在する蝋燭に火を点け、暗闇の中に明かりを灯す。
ガラスに映った少女の顔は酷く汚れているが、今は気にしていられる程余裕のある状況では無い。
夜が来ないこの世界で遠出する人間は中々いない。よって水源の確保は非常に困難なものだ。
顔を洗う、風呂に入る、そんな事は夢物語なのだ。

近場で採れる果物と植物を盛り合わせただけの料理を振る舞うこの喫茶店は、繁盛しているとは言い難い。
現にここ一ヶ月、客と呼べる人間は一人も扉を開けていない。
それでも少女は店を構え続ける。
絶望に包まれた街の中、一人だけ希望をその瞳に宿す彼女──サラには。
一体どんな思惑があるだろうか。誰も興味を持たなかった事だ。

しかし今日、喫茶店に客がやって来た。
彼との出会いが、サラを変えたのか。
はたまた、サラが彼を導いたのか。
出会うべくして出会った二人の、物語を始めるとしよう。

●○○○●

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

来客を告げる呼び鈴を耳にしたサラは、笑顔で入口へと向かった。
一ヶ月ぶりの来客に心躍らせていたが、決して客には悟られぬよう笑顔を保った。

客は、自分と歳の近い青年だった。
黒髪と青の瞳という組み合わせはこの辺りではあまり見ない為、旅の者だと把握した。

「うん。良い雰囲気の店だね、とても居心地が良いよ」
「外はとても居心地が良いとは言えない雰囲気ですからね。是非ゆっくりしていってください」
「ありがとう。とりあえず、クリアスティーを一杯頼んでも良いかな?」
「畏まりました。席に着いてお待ち下さいませ」

大量に自生している果物──『クリアス』は、簡単に手に入る事で有名だ。
成長したクリアスは、青く輝く果実を地面に落とす。
皮まで食べられる甘い果実は、この辺りでは主食と言っても過言ではない。

そんなクリアスを使用した自家製の茶を木製のコップに注ぎ、席に座っている青年の元へ届けに向かった。

「クリアスティーになります。どうぞ」
「ありがとう。うん、美味しいね。初めて飲んだけど好きな味だ」
「失礼ですが、お客様は旅をしていらっしゃるのですか?」
「まあ、そんなところだよ。ここに来る途中怪物に襲われてね、休憩がてらこの店に寄ったんだ」
「そうでしたか。無事で何よりでした」

笑顔で怪物と遭遇したと話したが、とても青年は強そうには見えない。
大人でも恐れる怪物。遭遇したら死は約束されたものだと言われている生物を前にして、この青年は生き延びたという事だ。
どういう事なのか、興味が湧いた。しかし、青年の方もサラに興味を抱いたようだった。

「それにしても、君はどうしてこんなところで店なんかやっているのかな?店を構えるにしては、とてもじゃないが良い場所とは言い難いんだけどな」
「それは……すみません、言えません。軽々しく言える程、安い理由でもないものなので……」
「それは悪かったね、謝罪するよ。あと、敬語はやめてもらっても良いよ。きっと僕達は同年代だ。仲良く話そうじゃないか」
「はぁ……。じゃあ、敬語はやめるね。よろしく」

クリアスティーを飲み干した青年は、メニューを見始めた。
きっとこの青年は、長居するつもりなのだろう。
心の中でもっとこの人と話がしたいと思っていたセラは、敬語じゃなくても良いと聞き少し嬉しく思った。

この絶望の街で、人と話せる機会はそうそう無い。
一ヶ月前の来客も、食事だけ済ませすぐに帰ってしまった。
今の状況に、サラは喜びを隠せないでいた。

「よし。次はマリュードサラダを頼もうかな。えっと……」
「私の名前はサラ。呼び捨てで良いよ」
「じゃあ、サラ。マリュードサラダを一つお願いするよ」
「うん。その前に、貴方の名前を教えてもらっても良い?」

青年は一瞬躊躇い、そして名乗った。

「僕の名前はゼロ。よろしく」

●○○○●

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