二次創作小説(映像)※倉庫ログ

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虚の旅路
日時: 2015/10/17 21:56
名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)

世界よ、滅びを謳え。
旅人よ、真実を追え。

神は、苦悩と闘いの果てに待つ。

*********************************************************************

 始めまして、霧桜と申します。
 キャラ作画と設定にほれ込み、突発的に小説なぞ書かせていただきました。

 此方は『テラバトル』の二次創作となっております。スマートフォンのゲームアプリと言う、非常にニッチなジャンルでの執筆となりますが、気が向いた時にでも読んでくだされば幸いです。
 ごくごくたまに挿絵を付けるかもしれません。

【閲覧上の注意 -Attention-】
・ この小説はテラバトル内で明示されているストーリーラインをなぞりながら、私独自の世界観の解釈・設定考察を基にストーリーの間を埋めていく、所謂ノベライズ形式の小説となります。あくまでも私個人での解釈や考察であり、公式による設定解釈とは異なることを予めご了承下さい。
・ ジャンルとしてはとてもマイナーな部類故、ストーリーやゲーム内のシステムについてはなるべく作中で解説を入れるつもりではあります。しかしながら、ある程度まではこのゲームを知っていること前提の表現が入るかもしれません。そのような場合は遠慮なくご指摘下さい。
・ 一部にややバイオレンスな表現を含む可能性があります(主要キャラの死ネタなし)。予めご了承下さい。
・ リアルタイムでゲームを進めながらの執筆となるので、更新はとても遅いです。リアルもそれなりに忙しい身分ですので、良ければ更新は気長にお待ちください。


【目次 -Index-】
第一章:叫ぶ虚
>>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>10 >>11 >>12
>>13 >>14 >>15 >>16 >>17

第二章:蔓延する狂気
>>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>23 >>24 >>25 >>26 >>27
>>28 >>29 >>30 >>31 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36 >>37
>>38 >>39

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Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.35 )
日時: 2015/10/17 21:37
名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)


 彼女の眼前で、期待は粉々に打ち砕かれた。
 雨が止む止まないの話ではない。彼女の前には、最早水浸しを遥かに通り越し、水中都市状態となった街が広がっていたのだ。何故これほどまでに水で溢れるのかは全く分からないが、通りに並ぶ建物が皆高床である理由だけは、この有様から容易に察しがつく。
 ぽかんと口を半開きにし、診療所の出入り口を開けた体勢のまま固まるバル。その横から、誰かが声を掛けた。

「ねぇ、あなたも旅人さん?」
「!——そう、だが」

 はっとしたようにバルが見た先は、広いポーチの隅。華奢な体躯には不釣合いに大きなとんがり帽子、ふんわりと羽織ったマントから、ローヒールのパンプスの先までもれなく雨に濡れながら、しかしその少女は笑っていた。葡萄酒のような赤紫色の瞳が、分からない程度の検分の色を含めて、バルを見ている。
 お前は誰だ。単刀直入な女旅人の言葉に、少女はにかっと歯を見せながら返した。

「わたし、リッキー。西の都に行こうと思って、北の方から来たんだ」
「北の方か……」

 一行が一夜滞在していた街も、北の辺境区にある。北としか言わない以上正確なことは不明だが、己をリッキーと名乗ったこの少女もまた、あの街に居たのかもしれない。だからどうだと言う訳ではないが、妙な親近感をバルは覚えていた。そして差し向かいのリッキーは、そんなバルの微かな感情に気付いている。
 気付きながらも、言動には表さない。ただ、快活な少女としてリッキーはバルに接しようとしていた。

「名前を教えて。旅人さんじゃ呼びにくいからさ」
「嗚呼。バルだ」
「そっか。よろしく、バル」

 ひゅたっ、とばかり、勢いよく差し出される右手。いつぞやか、ナイトに同じようなことをされた記憶が脳裏に引っ掛かる。しかし彼女は、あの男にやったような拒絶をリッキーには向けなかった。握手を求めてくる少女に対して、彼女は黙って手を取ることで応える。
 ぐっ、と力強く手を取り合い、寸秒目配せを一つ。手を離した双方の口の端に淡く笑みが浮かぶ。

「ところで、何故扉の外に? 言えば中へ入れてくれただろう」
「それが、ノックしても誰も出てこなくってさ。その時は居ないのかなって思ったけど」
「嗚呼。恐らく聞こえていなかっただろう」

 少し思い返せば、あの散々目を通した文が目に浮かぶ。結局彼女には何も分からなかった。
 何処か遠い目で、しみじみとしたように前方の街を見つめるバル。その横顔に、リッキーは問う。

「どうして? 此処の人がノック音聞き逃すなんて普通ないよ」
「新しい魔法を作っていたらしい。私にはさっぱりだったがな」
「へぇ。やっぱり治癒魔法なのかな」

 どんなのだろう、と、頬杖をつきつき、リッキーは斜め上の虚空を見上げる。自分は早々と理解を諦めた境地について、眼前の少女は自分から、好奇心ではなく興味によって片足を突っ込もうと言うのだ。彼女がそれを本当に理解出来るのかは別と置くにしても、その心意気は感心に値するだろう。
 ——この少女はいかなる者か。
 バルは不意に興味が湧いた。利用価値ではなく、純粋な人柄に。

「リッキー」
「なーに? バル」
「お前は何の為に、何処へ行く?」

 問う言葉はそれだけだった。親しく話が出来るほど、彼女は語彙に優れてはいない。
 そして少女は、朴訥な問いに対し、歯を見せて笑う。それは不気味なほど快活に。

「何の為でも、何処へでも。誰かが強く願う所へ」

 不思議な答えだった。思わず眉根を寄せ、バルは問いを続ける。

「真実の為に、死出の道を歩むと。そう言ってもか」
「それに価値があるならね。——驕ってるのかもしれないけど、わたしはそこら辺の馬鹿や能無しと自分は違うと思う。ただ自棄になって自滅の道を走ることも、何も考えず何も知ろうとしないのに、いざ終わりが来たときだけ「話が違う」と喚くことも、わたしはしないと思ってる」

 返答のようで、返答に非ず。だが妙に言葉は説得力を帯びていた。
 バルは沈黙によって言葉を催促する。彼女は小さく頷いて、続きを紡いだ。

「例えば、あなたの言う真実を求めて、あなた達が旅をしている時。どうしても越えられない壁の先に求めるものがあって、その壁を壊すか超えるかするためにわたしを求めるなら、喜んで手伝ってあげる。でも、ただそこにあるだけの壁を壊すためにわたしを求めても、わたしは絶対応じてあげない」

 ただあるだけの壁なんて、あなた達だけで壊せるから。
 抱えた膝に頭を乗せ、にんまりと口の端を釣り上げて、謳うリッキーの声は軽やかに弾む。その軽やかさに紛れた、強い毒を含んだような黒い意思に、バルは背が不気味に冷たくなるのを感じた。安易に敵へ回ればただでは済まない、そう感じ取らせるだけの厳格さと老獪さを、彼女は意図的に含めたのだ。
 しかし、そんなリッキーに対し、バルは平静な態度を繕ってみせた。

「目的なき旅をするほど、私達には愚かでない。その余裕もない」
「そうだね。雨が止むかもなんて期待してるくらいだもん」
「気が急いていると笑うか?」
「いや、だって当たり前じゃん。時間が無いんでしょ?——この、星には」
「……!」

 にんまりと、楽しそうに。
 放たれたリッキーの声に、バルはいよいよ寒気がしていた。
 初対面の時から、バルは己が抱えた旅の詳細など何一つ語ってはいない。だと言うのに、目の前の少女は、これまでに交わした僅かな会話から、彼女が抱えた事情を見透かしている。
 恐ろしいまでの洞察力。バルにはない、しかし何よりも強烈で強力な武器だ。
 目を見開き、眉を寄せ、ただ沈黙するバル。そんな彼女に、リッキーは純粋な笑みを向けた。

「んっふふー、人間観察はわたしの趣味で得意技だもんね」
「口も上手いようだが、弁護士でもやっているのか? お前は」
「そ、そ。ワルに騙されて土地を根こそぎ持って行かれたって人が居てさ。今から取り返しに行くんだっ」
「やけに生き生きしているな」
「だってさ、ばっちり悪党だもん。悪党に騙された人の弁護なんて楽勝楽勝!」

 けらけらけら。そんなオノマトペがぴったり当てはまる、心底楽しそうな笑声は、雨音を掻き消して朗らかに響く。何故これほど楽しそうに出来るのか、バルは想像しようとして、即座に止めた。
 彼女が弁護人として法廷に立ち、弁舌を振るう情景。その想像の中で、リッキーの姿は限りなく悪魔に近いものだったのだ。これまでの会話で生まれた偏見に基づく空想だが、少しずつ外堀を埋め、退路を断ち、真綿で首を絞めるが如く追い詰めていく彼女のイメージは間違っていないと、バルは断言できる自信があった。
 ふぅ、と疲れたような溜息を一つ。リッキーの隣に、彼女もまた腰を降ろした、その時。

Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.36 )
日時: 2015/10/17 21:40
名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)


「あれぇ? リッキーしゃんと、あなたは誰でしか?」

 正面から、舌足らずな声が掛かった。その方を見る。
 そこは雨止まぬ山麓の宿駅、その道に溢れる即席の運河の上。
 ——今時店に並ぶことも珍しい骨董品のボート、その上で、カッパを羽織ったトカゲの少女が首を傾げていた。


「わぁ、サンドラ! 久しぶりー!」

 一体誰だ。思わず眉をひそめるバルを横に、リッキーはボートからポーチへと飛び移ってきたトカゲの少女に、諸手を大きく広げて挨拶をする。サンドラ、と呼ばれた少女は、何処かふわふわとした走り方でリッキーの方へ走り寄ってきたかと思うと、迎え入れるように広げられた両手を取ってにっこりと笑った。
 その様に、誰もが同じ感想を抱くだろう。可愛い、と。
 半ばサンドラに引っ張られる形で立ち上がったリッキー、その顔を見上げて、サンドラはまた首を傾げた。

「お久しぶりでし、リッキーしゃん! 雨やどりでしか?」
「そーなんだけど、マリーってば魔法作るのに一生懸命でさ。ノックしても開けてくれなくって……」
「あーっ、だめじゃないでしかマリー! メッ、でしよ! めっ!」

 言うが早いが、サンドラはぱっとリッキーの両手から手を放した。そして、全体重を使って片方の扉を引き開けたかと思うと、隙間に体を滑り込ませ、ぱたぱたと勢いよく診療所の中を突っ切っていく。扉の向こうからは、マリーを呼ぶ声がけたたましい。
 そして残されたリッキーとバルは、朗々と過ぎ去っていった嵐に顔を見合わせ、困ったようにくすりと笑いあって、そのまま診療所の扉を開けたのだった。

Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.37 )
日時: 2015/10/17 21:45
名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)

 アミ・サンドラと、トカゲの少女は名乗った。
 まだ正式に看護師の資格を取った訳ではないが、彼女の持つ魔法の技量は、本職であるマリーの遥か上を行くと言う。だが、幾らそれを口頭で説明されたとて、複雑な魔法の理論を理解できるほどの知識はバルにない。そして、サンドラのあどけない容姿は、言葉から説得力をそっくり奪っていた。
 ただ一人、一行で言葉に含まれた意味と凄まじさを理解出来るのは、同じヒーラーであるソーマニアだけだ。

「成程……最新理論を提唱した同僚とは、この子のことかね」
「そうなの、学会で発表した時は『馬鹿の理想論だ』って一蹴されてたけどね」
「ばかじゃないでしっ!」
「分かってる分かってる」
「二つへんじ良くないでしよ!」

 必死で馬鹿ではないことを主張するサンドラに対し、生温かい視線を送っていたマリーの笑顔が、むにぃっとばかり横に伸びた。やめてぇ、とあまり危機感のない声に対して、ムキーッ、と何処かの漫画じみた声を上げながら、サンドラは同僚の頬を引っ張り続ける。
 きゃあきゃあと楽しそうに騒ぐ二人の看護師、それを横目に、バルと男共は、何とはなしに部屋の隅へ寄り集まっていた。マリーもサンドラも「部屋の隅に固まれ」などとは一言たりと発していないのだが、何となくそこへ集まっていないといけないような空気が、彼等の中にはあったのだ。
 何が楽しくてそんな所に固まるのか。隅の方でこそこそと話し合いを始める彼女等に、リッキーの視線が冷たい。しかし、そんな冷ややかな視線にもめげず、三人の男女は言葉を投げあう。

「ところで弓使い、お前は朝何をしていた?」
「何って、コートの修繕だけど」

 平然と口にする着物姿のままの弓使い、その肩に引っ掛かった外套の肩口は、その痕が分からないほど綺麗に繕われている。否、最早繕ったというよりは、破けた部分を織って継ぎ足したかのようだ。破けていたはずの部分を覗き込みながら、バルは感心したように顎へ軽く手を当てた。

「嗚呼、道理で一人分しか鼾が聞こえないと思っていたが……まさか、一晩中起きていたのか」
「しょーがねーだろ、この編目再現すんの大変なんだぜ」
「お前は一体何を言っているんだ」

 一本の糸と針で防刃繊維の編みを再現するなど、最早裁縫と言う次元ではない。呆れ半分感心半分、何とも言い表しがたい表情のバルに、弓使いは苦笑を一つ。目の下に出来た濃い隈が、この修繕にどれだけ労力を注いだかを雄弁に物語っている。

「どうせもう一度買えるようなものじゃねーんだ、大事にしとかないとオバケが出ちまう」
「出ているどころか、恐らく毎晩枕元に立っているぞ」
「マジかよ!?」

 ひゃー怖ぇー、と、馬鹿のような声を上げてわざとらしく震え上がってみせた弓使いには、ビンタが飛ぶ。スナップを効かせた強めの平手を、しかし弓使いは首を逸らして避けた。鼻の上一ミリ上を、ひゅんと空を切ってバルの手が横切る。その音から、当たったときの威力は察して余りあるだろう。

「止せやい、マゾヒストじゃねぇんだよオレは」
「良い目覚ましになるだろう?」
「寝かせろよそこは——へぶっ」

 言いながら欠伸を噛み殺しかけた弓使いの頬に、今度こそビンタがヒットした。とは言え、威力は先ほどの半分もない。ぺちっと軽い音を立てて叩かれた頬に手を当てつつ、何すんだと彼はやや苛立たしげに眉を寄せる。一方のバルはと言えば、柄にもなく楽しげだ。

「嗚呼、冗談だ」
「……あのさ、仏の顔も三度までってことわざ知ってるか?」
「触らぬ神に祟りなしと返そう」

 一体どちらが祟り神なのか、この構図では全く分からない。やれやれとばかり頭を抱えた弓使いへ、流石に哀れみを感じたか、バルは悪かったと声を低めた。対する男は、黙って首を横に振る。

「まあ、あんたが笑ってるところなんてそうそう拝む機会なさそうだし」
「信用ならない相手に油断している姿は見せられないからな」
「嬉しいねぇ、少なくともオレは信用を勝ち得たわけだ……ふぁ」

 大欠伸。はしたない、とバルは体ごと弓使いから目を逸らす。悪かったな、と欠伸混じりに彼は言い返し、ぎしりと背もたれを軋ませて椅子に身を預けたかと思うと、やおら手を組んで目を閉じた。何を、とバルが見たときには、最早夢の中。寝落ちと言う言葉がこれほど似合うシチュエーションもそうそうないだろう。
 早速深い寝息を立て始めた男から、彼女はそっと視線を外す。そこに、槍使いの声が横から届いた。

Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.38 )
日時: 2015/10/17 21:48
名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)

「なぁ、バル」
「……何だ?」

 目を向けた先には、椅子を反対に使い、背もたれに顎を乗せた槍使いの姿。その表情は至って真剣なもので、何だその格好は、と言いかけた口を、バルはそっと押さえる。言葉で続きを促せば、帰って来るのは静かな声だ。

「今日の南中から日暮れにかけて、雨が弱まりそうだ。雲が段々途切れ始めてきてる」
「完全に途切れる時間は分かるか?」
「南中から三時間が勝負ってとこだな。それ以降はどうなるかまだ分からん」
「三時間……」

 腕組みをしつつ、背もたれに背を預けて、バルは少し考え込む。
 ——此処から予定の宿駅に寄るとしても、もしもあの水浸しが街の外まで広がっていたならば、三時間ではとても辿り着けないだろう。そこから雨が収まった状態が続いても、日暮れまでに宿駅へ辿り着ける可能性は低い。
 ——しかし、この機会を逃せば、恐らく雨止みはずっと先になる。
 バルの中で、取るべき選択肢は一つに絞られた。視線は槍使いからマリーへと移る。

「マリー。先ほど見たが、貴女の所にはボートがあるんだな?」
「私の所と言うか、この街の人だったら誰でも持ってるわよ。私のが一番大きいけどね」
「用意周到だな。同船させて貰っても構わないか?」
「ええ、どうぞどうぞ。どうせ私も西の都に行くんだもの、相乗りしましょうよ」
「——決まりだ。正午に此処を発とう」

 それまでに諸々の準備を頼む、とマリーへ一言言い残し、バルはやおら椅子から立ち上がる。そして、傍に立て掛けてあった得物の剣を携え、隣室への扉を開けた。何をしに行く、と槍使いが尋ねれば、私には私の準備がある、と一言のみ。者どものリアクションを見ることなく、彼女は扉を閉める。
 直後、どさっと重いものが一気に床へ落ちる音が響き、深い溜息が続いて漏れ聞こえた。昨晩から腕や足の防具は身に着けたままだったが、それを外したのだろうか。室外に締め出された者達には、推察しか許されない。
 呆然としたように扉の方を見やる一行、その意識を引き戻したのは、ぱちんと言う軽い拍手の音だった。

「あーっ!」

 続くのは、サンドラの大声だ。切迫したものを含むその響きに、マリー以下部屋の一同がびくりと肩を竦ませる。

「なっ、何!? どうしたのサンドラ!?」
「ボート、ボート……!」

 酸欠の魚のごとく、口をぱくぱくと開閉させながら、サンドラは突っかかって出てこない単語を必死に絞り出そうとする。だが、言葉が声となって出てくる前に、彼女の足が先に動いてしまった。

「あっ、ちょっと! サンドラ待ちなさい!」

 バタバタバタ、と激しく床を鳴らしながら、彼女は診療所の外へと至る階段を駆け出していく。思わず強い語調で叱り飛ばしたマリーへと、ようやく紡がれた声は、止まらない足音に紛れて届いた。

「ボートもやうの忘れてたでしぃぃ……!」

 一瞬の、静寂。
 そして、彼女は理解する。

「はぁああ!? 何ですって!? こらっ、待ちなさぁいッ!」

 そして再び響き渡る、騒がしい足音と、ドアが乱暴に開閉される音、そしてサンドラを呼ぶマリーの声。一部始終を唖然として眺めていた槍使いは、二人の去った部屋に静寂が訪れたころ、やっと状況を理解したらしい。か細く、長い息を一つ吐いて、いつの間にか傍に居たソーマニアとリッキーに目配せした後、隣室のバルへ言葉を掛けた。

「俺、ちょっと手伝ってくるわ……荷物番頼む」
「嗚呼、そうしてやれ」

 労わるように、だが何処となく楽しそうに、バルが返答してくる。その言葉を背に受けながら、槍使いはやおら着込んでいた外套と帷子を脱ぐと、今までバルが座っていた椅子の背めがけてそれらを放り投げた。勢いと重みで倒れた椅子は見ないふりだ。
 はぁ、とまた小さく溜息を一つ、槍使いは重い足で階段を下りた。

Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.39 )
日時: 2015/10/17 21:51
名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)

「ただいま……」
「遅かったな」

 ずぶ濡れの三人が、大量のタオルを抱えて戻ってきたのは、それから一時間後。
 槍使いの曰く、舫(もや)い忘れたボートは、通りの端まで流されていたらしい。此処まで引っ張るのにやたら時間が掛かったと、槍使いの声は少々疲れすぎていた。その尋常でない疲労加減の裏には、何某かあったに違いない。話を聞きつつバルは思うも、口には出さない。楽しそうな濡れ鼠のサンドラを見れば、察せられる。
 その代り彼女は、身の丈ほどもある長い槍を彼に投げ渡した。男が持ち歩いている得物だ。

「一体何……ん? 何か軽いな」
「嗚呼、重心を少し柄の方へ寄せておいた。振り回すならそちらの方が良いだろう」

 扱いやすくなった槍へ首を傾げる男に、事もなげにバルは告げる。マジか、と男は眉を跳ね上げた。

「アンタ、武器の調整も出来るのか」
「旅の途中で少し覚えただけだ。それほどのことはない」
「いやぁ、普通自分の使わない武器の調整は難しいと思うけどなぁ、俺……」

 関心八割、呆れと驚きが一割ずつ。複雑な色が混さり混ざった声をバルに向けつつ、彼は己の得物をまじまじと手に取って見つめる。調整のついでということなのか、刃は綺麗に磨き上げられ、輝きが曇り空の下でも眩しい。これを一時間で済ませたのかと思うと、槍使いは感心するしかなかった。
 そして、ふと疑念が湧いてくる。

「まさかバル、この為に?」
「冗談を言え、ついでだ」
「……ははぁん、ツンデレか——ぐふァっ!?」

 意地悪い笑みが、反対側の壁に吹き飛んだ。殺風景な部屋の数少ない調度品が衝撃で微かに揺れる。
 壁に叩きつけられ、床にそのまま倒れた後も、槍使いは立てなかった。いくら籠手を着けていない女の拳とは言え、油断していた所に手加減なく振り抜かれ、おまけに鳩尾のど真ん中にめり込んでは、さすがの男も悶絶するしかない。ふるふると小さく震えながら腹を押さえ、言葉もなく床にへたったままの男を、バルは冷たく見下ろした。

「レディの親切を無碍にした罪は重いよ、ナイトさん」
「さ、さーせんっした……っ」

 そして、リッキーの満面の笑みと声が追い打ちを掛ける。槍使いは、最早土下座以外の道を取り上げられ、その場に倒れ伏して額をこすりつけることしか出来ない。
 ——そうしてふざけながらも、折節慌ただしく、折節緩慢に、時は刻一刻と過ぎてゆく。
 南中まで、一行の間に沈黙が訪れることはなかった。


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