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*57*
小鳥がさえずり、木々が音を立てて揺れる。シナ湖では水中で泳ぐ魚が時々跳ね、水しぶきが上がる。
しかし、今は鳥の声も木々や風の音、水しぶきでさえ耳には入ってこなかった。
聞こえるのは思いを詰めた、誠意実で甘く澄んだケイの声のみ。
「好きです」
その告白を告げたとき、ケイは自分でも驚いていた。
(な、なんで僕、いきなり言ったんだ!? それにお姉さま、きっとまた信じてないはず……)
ちらりとルリィを見やると、真ん丸に目を開き頬を赤く染めたルリィの姿があった。
(なっ!! ……初めて、伝わった…………?)
自分が見ている光景に目を疑う。
今までもっと甘い言葉をささやいたり、何度も自分の本心を言ってきたのに一度だって信じてもらえず、相手にされたことがなかった。
その時は少しだけ、幼い頃に出会ってしまったことと自分が表に出している性格が可愛らしいものであることを呪った。
もっと自分が早く生まれて、もっと大人だったら、と何度願ったことか。
しかし、そんなものは叶うはずもなく唇をかむことしかできなかった。あと、自分にできるのは自分が成長するまで他の男をルリィに近づけないことや、信じてもらえなくとも「好き」を伝えることだけだった。
(お姉さまに伝わった……ああ、これだけでもこんなに嬉しいなんて)
高揚する胸の高鳴りを押さえながらルリィをまっすぐ見た。
ケイの視線にさらに赤くなるルリィについつい忍び笑いが漏れてしまいそうだ。
ケイはその視線をはずさないまま、ゆっくりと微笑んだ。
「ずっと前から好きでした、お姉さま。これからも僕をそばに置いてくれませんか?」
「えっ、えっと、その、ケイの気持ちはとても有難いわ。嬉しいわよ。で、でも……ああ、ごめんなんさい、混乱しているようで頭が回らない……」
「ふふっ、大丈夫ですよ。お姉さまの気持ちの答えが出るまで待ちます」
ようやく伝わって、こんなにも共同不信になるルリィを見ていると、希望があるのでは? と、ついつい思ってしまう。
妖精王アリアと人間のシナの叶わない思い、それがこのシナ湖に収められている。
シナは手の届かない妖精という存在に絶望しながらそれでもあきらめきれなかった。とても愛していたから。そのためシナは最後の時まで嫁も貰わず、他の人との交際もなくアリア一筋だったという。
そんな忠実でとても悲しい末路をたどるシナが自分と重なって見えた。
吸血鬼であるルリィ、彼女に恋をした、まだ幼い人間の自分。そしてライバル(恋敵)もいる。
アリアとシナのような過酷な道だが、今なら自分にも乗り越えられそうな気がした。
(僕はバッドエンドなんて認めない)
強気な態度で決意を固めると、世界がなんだか開けた気がした。
先ほどより、何倍も美しい光景が広がる。同じ景色なのに不思議だ。
「お姉さま、戻りましょうか? そろそろ時間ですし」
少し冷たくなってきた風を頬に受け、立ち上がって手を差し出す。
「え、ええ。分かったわ」
ロボットのようにぎこちなく、ルリィはケイの手を取った。そうして立ち上がり、右手と右足を同時に出してガシャンガシャンと歩く。本人は気づいていないだろうが、その光景はとても奇妙でおかしいものであった。
その様子に我慢できなくなりケイが吹いてしまったのは言うまでもない。
「お前はどこの阿呆だ」
ロボットウォーキングで戻ってきたルリィを見やりナイトはつくづく「馬鹿な奴」と思った。
そうして口から出てきたのは呆れた言葉。
その言葉にピクリと耳が動いて、ルリィが抗議してきたがそれもどことなく固かった。
顔はほんのりピンクがつき、隣でニコニコしているケイをちらりちらりと見てはすぐに別の方向を向く。
ケイとルリィの間に何かあったのは一目瞭然。それも自分にとってあまり嬉しくないものだろう。
「なあ……」
なにがあったんだ? その言葉を口にしようとしたとき、なにかが喉につっかかった。
なぜだか聞きたくない。理由はなんだかわからないが心の中に黒い雲が渦を巻いている。
「……もう遅いし、帰るか」
言葉を飲み込み、厚い雲で覆われた空を見上げる。朝の晴れた晴天とは大違いだ。
「まあ、もうそんな時間なのね! 結局月光の雫は見つからなかったけれど……気分が晴れたわ。ありがとうケイ」
「いいえ、お姉さま。こちらこそ今日この場を借りて思いを告げることができました……さっき言ったこと、忘れないでね?」
急に赤くなり焦るルリィを満足げに見上げるケイ。
そんな場面に、ナイトは知らず知らずの間に目をそむけていた。
なんだかわからないモノが胸の中で哭いては沈む。
そして、心臓を細い針で刺すようにチクリと痛みが走る。
(だるい……)
重たく固まった脳が思考力を停止させ、やる気さえ奪っていく。
何年ぶりかにきた沈んだ気持ちは心地よいものではなかった。
(ケイはルリィに何を言ったんだ)
そんな疑問が何度も頭に浮かんでは消えてゆく。考えていても仕方がない事なのにどうしても思わずにはいられなかった。
「ったく、どうしてこうも最近は忙しいんだ……ゆっくり休めもしない」
一人、誰もいない静かな自室で呟いた。
シナ湖から帰ってきて、時は深夜。良い子は眠りにつき、闇に巣くう魔物が動き出す時間帯だ。
しかし、品質の良く数か月たって自分好みになったベットの中でも眠りにつけなかった。ルリィのことが頭について離れないのだ。
(カモミールでも飲むか……)
いくら考えても答えの出ない疑問を捨て、ナイトはよく眠れると昔から重宝されてきた紅茶を飲みにベッドから抜け出した。
台所へ紅茶を淹れに行くと、そこには質素だが立てつけのよいテーブルで本を読む意外な人物の姿があった。
「ルリィか? こんな夜遅くに何やっているんだ?」
少し眉にしわを寄せ近づいた。
基本ルリィは吸血鬼だが朝方なので夜は信じられないほど早い時間帯から眠りにつく。なので夜に彼女を見かけることは稀なことだった。
「ああ、ナイトね。そっちこそ何をしてるのよ」
「俺はちょっと眠りが悪くて。紅茶を淹れに来たんだ」
「じゃあ私のぶんもお願いするわね」
暗い廊下から姿を現したナイトに目を瞬きつつ、ルリィは微笑んで迎える。今となってはなじんだ風景だが、当初はこんな動作さえもお互い緊張がはしっていた。
(慣れたものだよな……)
いつもと変わらない会話、行動。そんな一つ一つがルリィと自分が過ごした時間を物語っているようで、なんだか穏やかな気分になれた。
「で、お前は何をしているんだ?」
カモミールを淹れながら再び本に没頭しているルリィに問う。ルリィは本から少しだけ顔を上げ、本に目線を向けたまま答えた。
「妖精王アリアと人間のシナの伝説、それについて書いてある本があったから読んでいるの」
「ああ、今日行ったシナ湖の言い伝えか。確か悲しい恋語りだったよな? 妖精と人間が恋に落ちたが報われず人間のほうが先に命を落としたとか、なんとか」
「そうよ……でもね」
密やかにルリィは笑みを浮かべてナイトに本のある部分を示した。
「この話にはまだ続きがあったの」