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吸血鬼だって恋に落ちるらしい【完結】
作者: 妖狐  (総ページ数: 119ページ)
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*58*

「胸が高鳴って眠れないや」
 時同じ頃、ケイも眠りにつけずベットの中で寝返りを打っていた。しかし沈んだ気分のナイトとは違い、心の中は晴れ晴れとしたものだった。
「やっと、届いたんだ」
 シナ湖でのルリィの赤面をまぶたの裏に映し出して細く笑う。今回、自分の最大の課題である「ルリィへの告白」が成功しケイは浮き足だっていた。
 残すとこわずか一日となった祖母のキューマネット夫人からのナイトへの試練。それは三日間の間でナイトへライバル心を燃やす自分自身をルリィのもとへ送り付け、ナイトの実力を測るものだったのだろう。そして自分自身もそれに協力した。
 なんせ、これは自分に与えられた機会(チャンス)でもあったからだ。憎きライバルナイトへの抹殺、そしてルリィへ思いを告げることが可能な三日間なのだ。
(きっとおばあ様は僕がこの機会をえて、試練とは別に動いてることも予想しているだろう)
 キューマネット夫人は自分の祖母ではあるが、彼女自身が使える者は駒としてつかう敵にしたくない恐ろしい人だ。
 だが同時に一割だけ自由をくれる人でもあった。その一割をどう使うかは自分次第というわけだ。
(僕はその一割をもう果たしたんだよね)
 ルリィへの告白、それが今回の目的だ。そしてそれを成功させた今、もうすっかりナイトへの敵対心は消えていた。
「ごめんなさい、おばあ様。今回の試練は続行できそうにないです。あばあ様が思うように動けずごめんなさい」
 セリフは謝罪の言葉なのに、口調はどこか嬉しさがこもっていた。祖母からもらったナイフへ向けて呟く。別に祖母へ声が届くわけでもないが、自然の言葉が口から出ていた。
 それは初めて自分が祖母の手のひらで躍らせられずに動けた瞬間だったからなのかもしれない。
「僕はもう、立派な大人なんだ」
 子ども扱いされた日々とは別れを告げられた気がした。

 やはり胸が高揚して眠れない。すこし落ち着かせるため夜空でも見ようかと窓を開けたとき、下の階の窓から明かりが漏れてるのに気付いた。
「お姉さまかな?」
 なんだか今は、その予想があっている気がしていてもたってもいられず部屋を飛び出した。
 階段を下り、明かりの漏れていた部屋を目指していくと、うすく扉が開いている部屋があった。そして思った通り扉の隙間からはルリィの姿が確認できた。
「お姉さ……――!」
 わくわくと話かけに扉へ近づくと低い声が部屋の奥から響いた。
「……ルリィ、茶が沸いたぞ」
(――あいつか!?)
 黒い髪に黒曜石の瞳を持った男が頭に浮かぶ。この澄んだ響きのよい声質はナイトのものだった。
 ルリィがナイトと一緒に紅茶を飲んでいる景色が頭の中に広がり、とっさにドアノブへと手をかけた。しかし、ケイの動きは固まったように止まったのだ。それは信じられな言葉を耳にしたからだった。
「ナイト……ずっと前から……愛しているの。…………勇敢で勇ましい人が好き、そう貴方みたいな。――ナイトは……好き?」
 ケイは耳を疑った。
 脳がこれは嘘だ、空耳だ、と懸命に訴える。しかし、今の言葉は確かにルリィが言ったものだった。
 よろよろと後ろへ崩れるように下がる。いくら頬をつねっても痛いばかりで夢にはなってくれなかった。
「嘘だろ……?」
 ケイは顔をゆがめた。そしてその場から逃げるように走って行った。

 
「さて、もうそろそろ寝ようかしら?」
 半時の間、談笑が続き、ほどよく睡魔が襲ってきた頃。ナイトとルリィは自室に戻るべく台所から出ようとしていた。
 しかし、その時耳が痛くなるほどの破損音と冷たい強風、そして一瞬にして辺りが暗闇に包まれた。
「何が起こったの!?」
「窓が割れて、そこから吹いてきた風でろうそくの火が消えたんだ。ちょっと待ってろよ」
 そういうなりナイトが台所の棚をごそごそと探る。その手つきはまるで真っ暗な中でも見えているようだった。
「……ナイト?」
 何も見えない状況で音だけが頼りの中、不安に駆られたルリィは自分の騎士の名を呼ぶ。それに答えるように明かりが再びともった。どうやら予備として置いてあったろうそくに火をともしたようだ。
「きっと嵐だ。今日は妙に動物たちが静かだったり、雲の流れがおかしかったのはこれのせいだったんだな」
「今までのは嵐の前の静けさ、だったのね」
 外でごうごうと風がうなっている。雨粒も大きく強く降り注いでいるようだ。このままだと明日には川が増水して大変なことになりそうだ。
「そういえば、キューマネット夫人が前に嵐が来るだろうって言ってたわね」
 前にナイトと一緒に大きな穴に落ちた時、奇跡的に現れたキューマネット夫人が告げていったのだ。しかし、その後ケイが訪問して来たり雫の件などで忙しく、すっかり忘れていた。
「ちょっとケイの様子を見てくるわ」
「分かった。俺は壊れた窓の補強、それから雨漏りがないか調べてみる」
「お願いするわね」
 そう言うなりルリィは上の階にいるであろうケイを探しに向かった。
「ケイ、ケイー、いたら返事をして頂戴」
 上の階も同様、廊下にともされていた火が嵐によって消え真っ暗闇だ。しかし、多少は暗闇に目が慣れてきたルリィは壁に手を当てながらも速足でケイの姿を探す。
「ケイ、ケイ……? いないの、ケイ!?」
 いくら探してもケイの姿は見当たらない。ケイの部屋にも他の部屋にも、下の階のもケイはいなかった。
「どこに、いったの……?」
 血の気が引いていくようにルリィはその場にしゃがみこんだ。外は雷までうなり始め、今はとうてい外出できるような状況じゃない。だが――
「ルリィ! おい、しっかりしろ! ルリィ」
 小刻みに震えだす手を必死に抑え、うずくまっているとナイトが近寄ってきた。
「ナ、イト……ケイが、ケイがいないの!! もしかしたら、外に……!」
 最悪の光景が頭の中を駆ける。川の中で溺れているケイ、雷に打たれて倒れこむケイ、山の土砂崩れに巻き込まれて……――
(嫌、嫌、いやいやいやいや――)
「ルリィ!!」
 乱暴に体を包まれ、ナイトの温かい胸の中に抱き寄せられた。もうろうとしていた景気が戻ってくる。ナイトの体温はとても安心するもので、ルリィの心の中はだんだん落ち着いていった。
 治まったルリィの震えを確認し、ナイトはルリィの瞳をしっかりと見やった。
「俺が探してくる。ルリィ、お前はここにいろ」
 そういうなりナイトは館を飛び出してった。
 ルリィは再びナイトの温かさが消え寒くなった体を自分自身で抱きしめ、ナイトの跡を目で追った。

 試練残り一日

 狼と猫は嵐の中へ放り出される。はたして無事に帰ってこれるのか……。

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