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*9*
5日目「君と相合傘をしてみました」
ざぁざぁ……耳障りな雨の音が聞こえる。
今日の天気予報では降水確率は20%だったのに、こんなに滝みたいに雨が降るとは……。外の景色を見るなり、私は大きくため息をついた。
良かったことに私の鞄の中には、もしものために入れておいた折り畳み傘があり、ほっと安心する。
「帰る準備出来た?」
「え、あぁ……うんっ」
有馬君が私の席にやってきてそう言った。鞄を持ち私はすぐさま立ち上がる。
有馬君は「そんなに急がなくてもいいよ」と笑うけれど、そんなわけにはいかない。
席を立つときに、足を机の角にぶつけ私は小さな悲鳴を漏らす。痛い、痛すぎるよ。
「あのさ、今日傘持ってる?」
有馬君の質問に私は何だかいい予感がした。
「ごめんね、沢渡さん。今日雨降らないと思っていたんだけどさ」
「えっ……っ!? ぜ、全然構わないっ」
ザーザー降る雨の音は全く耳に入ってこない。
有馬君がいつも以上に近くにいるということで頭がいっぱいで大騒動だ。胸がキュンキュンして大変だ。
いわゆる相合傘というやつ。
傘持ってきてよかったよ。神様、ありがとうっ!! 私は今まで信じたことなんてあんまりなかった神様にお礼を言いながらぎゅっと傘の柄を握った。
「やっぱ、持とうか?」
「……へ」
「いや、身長差あるから大変そうだなぁって思って」
有馬君はどうやら私が有馬君に雨がかからないようにして高めに傘をあげていることを気にしたようだ。持とうか、なんて言われると思っていなかったから私は吃驚する。
急に有馬君の手が私の手に重なる。傘を持つのを代ってくれようとしたのだ。心臓が何だか喧しい。
足が止まってしまったせいで、少しだけ有馬君がぬれ、その上「どうしたの?」と私を心配して声をかけさせてしまった。
ただ、ドキドキして足が止まっただけ。そんなの有馬君に言えないよ。
有馬君は私を家まで送ってくれた後、私が傘を貸してあげて彼もまた家に帰っていった。
「明日、傘返すね」
有馬君はそう言ったが、私からしたらそのままもらってほしいトコロだ。でも、赤い傘だから有馬君にはあんまり似合わないかもしれない。
今度はもっといい傘を持って来よう、うん。
***
さて、問題はこれからだ。
昨日のことからして、間違いなくとはまだ言い切れないが有馬君は高確率で「オタク」ということが分かる。
少し誰かに相談しようと、私の周りの友達を考えてみる。
そんな友達はあんまりいない。
ハッと思い出したのは、いとこの一人の少女だった。部屋に入って携帯で彼女に電話をかけてみると、すぐに彼女は電話に出た。
『もしもーっし、美咲だよ。どうしたの、柚菜ちゃんが私に電話なんて珍しいっ』
電話の主は電話越しでも陽気だということが分かるくらいの明るい声。彼女は、私のいとこで田中美咲という。私より一つ下の女の子、つまり高校一年生なのだが、私の知ってる限り相当なオタクだ。
「もしもし、話があるんだけど今大丈夫?」
『えー、あぁ、今部活でね。もうすぐで終わるから柚菜ちゃんち行くよ?』
「え、あぁ……助かる」
『じゃぁ、あとでっ』
まさか家に来てくれるというとは思っていなかった。私はすぐに切られた電話に多少イラッとしながら、ベットにごろんと転がった。周りに見える家具などが、いつもとは違う感じがした。
「ねぇねぇ、柚菜ちゃん!! ドジっ子メイドとツンデレ幼馴染ってどっちが王道かな!!」
いきなり部屋に入ってくるなり意味不明な言葉を連ねるいとこに驚きながらも、私は一言。
「私はね、美咲がそう言うこと好きでも別にいいの。それは美咲の個性だしね。でも、人の家に来たらまず初めに「久しぶり」とか「お邪魔します」が一般的な第一声だと思うんだよね。だから何を言いたいのかというと、やっぱり私は挨拶くらいはきちんとした方がいいと思うってこと」
私の言葉に「相変わらずだねぇ、柚菜ちゃんは」と笑いながら言う美咲はすとんと私の部屋のピンクの椅子に座り、コホンと咳払いをした。
何か偉そうだな、と思うけど口には出さないでおく。
わざわざ部活上がりに家に来てもらったのだ。感謝しないと……。
「で、どっちが王道!」
「その話まだ続いていたんだね」
私が有馬君がオタクと知って驚かない理由。それの主となっているのはこの子、美咲だろう。一個下だったから他のいとことかより仲良くしていたが、彼女は中学に入ると同時に変な方に進んで行ってしまった。
それがいわゆる二次元というやつだ。
だから昨日行ったライブも本当の本当は美咲から話は聞いたことがあったため、少し興味はあった。
美咲の満面の笑みに私は耐え切れなくなって、適当に「ツンデレ幼馴染」というと、同意見だったのか「だよねー」と言葉を返してきた。
だったら聞くなよ。正直そう思った。
「で、話って?」
美咲が本題に入ろうとその言葉を投げかけてくる。私は戸惑いながらもすべてのことを話した。
有馬君に勢いで告白してしまった水曜日から、今までのこと。
それを聞くなり美咲は「うんうん」と勝手に納得し、私の方をちらりと見た。それから深いため息をつくなり、
「柚菜ちゃん、馬鹿だね……相変わらず」
と私を小馬鹿にして、そのあとまた鼻で笑った。
バカにされるのは仕方がない、でもあまりにも酷すぎないか? 美咲はまたコホンと咳払いをし、右手を机につくなり私の目を見てこう言った。
「まぁ、私が考えなくても分かるように、その有馬っていう男は間違えなく私と同類だね。てか紹介してよ、仲良くなれると思うからっ」
やっぱりオタクなんだ、と思いながら私は納得したように「へぇ」と相槌を打った後
「紹介するのは、嫌」
とはっきり言ってやった。
美咲は静かにしていたらそこそこ可愛い。つまりオタクじゃなかったら、普通にモテる今時の女の子なんだ。真っ白な肌、パッチリ二重。出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。スタイル抜群で正直羨ましい限りだ。そんな可愛い女の子を紹介するなんて私としては自傷行為としか思えない。
「その有馬っていうやつは、本当に柚菜ちゃんのこと好きなの?」
「……へ」
「確かに付き合っている時点で柚菜ちゃんに何らかの興味はあると思うよ。でも、ならどうして一週間なの? それが悩ましいトコロだね。柚菜ちゃんがそいつをオタクと知ってなお好きならば、柚菜ちゃんがその気持ちを伝えればいいと思う。まぁ、柚菜ちゃんは人をそういうところで判断しないからね、だから私は、そんな柚菜ちゃん好きだよ。それに、柚菜ちゃんだって種類は違えど私たちと同類だよ」
美咲の言葉に私は息をのむ。
同類……その単語に私は少しだけ目を逸らしてしまった。一概には言えないが、確かにそうだ。
有馬君は私をどう思っているのだろう。
あと二日。君に答えを聞いてみよう、私は君にとってどんな存在なのか。
君のことを考えて苦しくなった月曜日。