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*1*
『夢』
それは誰もが睡眠をとっている時に見る一つの映像のことだ。楽しいことや悲しいこと、怖いことなどまるで現実と大差ないぐらいにリアルに感じることもある。
それが決して現実ではあり得ないことも同様だ。
例を挙げるなら、自分が正義の味方になって悪を退治して平和になる夢とか謎の力を手に入れ、世の中を変えていく夢とかリアルとはかけ離れた夢なのにそれを現実と思ってしまう時もある。
大体夢とはそういうものだと俺は思う。
その人にとって刺激的な夢や平凡な夢、様々な点をひっくるめて夢はある。
しかし俺は、
「また夢か………」
自分の身の丈と同じくらいに伸びた草草を前にしながら俺はため息まじりにそう呟いた。
俺の見る夢は他の人とは少し違うと言えるのかもしれない。
他人が見る夢ならばいつも急な展開に戸惑いながらもなぜかそれに順応していく。
しかし俺の夢はと言うと、まったく変化がない。急な展開なんかどこにもないし、俺自身それに違和感を感じて仕方がない。今現在だってこれが夢だということを自覚していた。
どことも分からない土地に立たされ、上下黒の学生服を着せられている。太陽はギラギラと俺に狂気的な光を浴びせているのにまったく暑さを感じない。
眼前に広がる緑色の土地を眺めながら、俺は心の中でこう呟いた。
(そろそろか……)
そう思ってすぐだった、
「やっほぉぉ!!」
「ぐふっ!?」
甲高い声と共に俺の背中に衝撃が走った。衝撃によって俺の体のバランスは崩れ、前に傾き、そして倒れた。
一瞬目の前が真っ暗になったが、ここは夢の中、そのまま意識が消えることはない。
俺は顔を上げ、自分を奇襲した張本人に問いを投げかける。
「お前は人と会う時毎回そんな挨拶をしてるのか?」
「まっさかぁ、私はいつも礼儀正しく会った人には元気よく挨拶してるよ〜」
自分の背中の上でなんとも元気の良い返事が返ってきた。
彼女の名前は『ユメ』。この夢の中の住人とも言える人だ。何をするにも落ち着きがなく、終始慌ただしい性格の女子だ。
「相変わらずだよなお前のその性格………」
「………?」
少し間が空いたが、とりあえず俺はユメに自分の背中から降りてほしいことを意思表示する。
「何背中揺らしてんの?」
伝われ……俺から早く降りろと言いたいのだ。
「分かった!馬になりたいのか!!」
この馬鹿、どこの世界に馬になりたいやつがいる。そんなもん相当訓練された人にしかできない芸当だ。
俺は無言での指示は無理と判断し、重い口を開いた。
「お・り・ろ!」
「えぇ……面白いじゃん。もっと乗せてよ!」
ユメは素直に従うどころか、むしろ俺から降りる気がないようだった。
(仕方ない………)
「おわっ!?」
俺はそう思いながら無理矢理その場から立ち上がる。夢の中と言えど、所詮は女子の体重なんかたかが知れている。
男子高校生を舐めるな!
俺は後ろでドサッと何かが落ちた音が聞こえ、そこへと視線を向ける。そこには俺と歳が変わらないぐらいの女の子が尻もちをついていた。
腰まである銀髪の長髪に、宝石のように輝く瑠璃色の瞳。服は飾り気のない純白のキャミソール。
この子がユメである。
「ってて……面白そうだと思ったんだけどなぁ……」
「お前の遊びに俺を巻き込むな」
ユメはごめんごめんと苦笑いを浮かべながら立ち上がると、手を差し出してきた。
「初めまして、私は………ってまだ名前がないから適当に呼んでくれて良いよ」
笑顔でそう言うユメに俺は少し寂しい物を感じながらユメの握手に応じた。
リアルに再現された人の感触を再確認しながら俺は何度行ったか分からない自己紹介をユメにする。
「初めまして、ユメ。俺も名前覚えてないから好きに呼んでくれて良いよ」
すると、ユメは自分の名前が気に入ったのかパァと笑みが広がった。
「ユメ……ユメェ……!とってもいい響きだね!うん、気に入った!」
テンションが上がる彼女はじゃあ、と言葉を繋げた。
「あなたは名無しさんでどうかな!?」
名無しさん………相変わらずのネーミングセンスだな……そう思いながら俺は良いよとユメにそう言う。
俺はこうして夢を見るたびに繰り返される出会いを行っている。
ただこれがいい夢かと訊かれると実際は違う。一見ほのぼのとしているこの夢も、努力したら悪夢に変わる。
どんなに足掻こうと頑張ったところでそれが実ることは決してなかったのだ。