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壁部屋
作者: ryuka  (総ページ数: 22ページ)
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10~ 20~

*19*


「……はぁ。」

ため息をつくと、黒天の夜空に、吐いた息が白く映った。
全身が凍るように冷たい。浴びた飛沫の匂いに思わずむせ返った。


「やっぱり、あなただったんですね。土我さん。」
ジャリ、と目の前の砂利を踏む足音が遠くから迫ってくる。それと同時に、自分の意識も少しずつ、少しずつ薄れていくのが分かった。
身体は嫌と言う程冷たさを訴えているのに、意識だけが熱でも出ているみたいに火照っている。……どうにも、立ち上がる気が失せてしまったのでそのまま地に寝転がっていた。

「……違う。」
「八人。土我さんは八人やりました。」ジャリ、と最後の足音が止んだ。目の前に現れた女は、由雅だった。「罪人でも、その命はやはり人と同じものです。あなたの罪は一生消えない。あなたは死ぬまで人殺しだ。」

さらさらと、背後の小川が綺麗な音を立てて流れている。「どうとでも言え。」どうしてお前がここに居るんだ、と心のなかで毒づいた。
「まぁ結構です。それで、七日目の入れ墨は土我さんが入れられましたよね。そして、」由雅が着物の右袖をまくし上げた。右腕の中程に、八匹の蛇の絡みついた模様があった。「ほらこの通り、八日目の入れ墨はこの私が入れられましたとさ。覗き見してたらこの通りですよ、全くツイてないわ。」

「お前も俺も不運だったな。」どうした訳か、眠くて眠くて舌が回らない。「眠い。放っておいてくれ。」
「やがて夜が明けます。ここに居たら人に見られますよ、血まみれなのに。」
「……放っておいてくれ。眠い。眠いのだ。」




それを最後に、俺の意識は綺麗に途絶えた。
その晩見た夢は、どうしてかとてもいい夢だった気がする。


翌朝。
寒さのあまりに目が覚めた。暗かった空は少しずつ白み始めていた。
ふと、自分の手を空に翳すと、赤かった。ああ、やはりアレは現実だったのだな、としみじみと思った。

けれど、これで、リトが救われるのなら別にいい。
もう、リトや矢々丸とは会わない。こんな迷惑な知人は居ない方がいいのだ。
よっこらしょ、と気を取り直して立ち上った。これからどうするのかを考えなくてはいけない。取りあえず、寒いが川で汚れを落とすことにしよう。
まるで突き刺さるような冷水に、足の先から入った。その冷たささえ、今は心地が良かった。

水は、早朝の空の色と同じ、淀んだ灰色だった。
小川の岸には、背の高い葦が群を成して生えていた。その中に、周りの灰色から際立って、藍色のものが見えた。あれは何だろう。
近寄って見てみると、藍色の上等な着物であった。もっと言うと藍色の着物を着た、由雅だった。葦と葦の間にもたれ掛るようにして、目を閉じてじっとしている。

「おい、何をしている、お前。」
話しかけても返事が無い。まさか死んでいるのじゃないだろうな、と思って肩を揺らすと、そのまま由雅はがっくりと頭を垂れた。

「おい、おい!」
本当にヤバいのかもしれない。急いで由雅の体を岸に上げ、自分も岸に上がった。たっぷりと水を吸い込んだ着物が、やけに重かった。

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