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壁部屋
作者: ryuka  (総ページ数: 22ページ)
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10~ 20~

*2*

「ふうん。土我さんって言うんですかぁ。」

この、目の前で茶碗をすする女の子の名前は由雅というらしい。もちろん、土我というのは俺の名前じゃあない。親切にしてくれたのに申し訳ないが、あちらの素性が分からないのに本名を語るのは馬鹿な行為だと思った。

「あのさ、由雅ちゃん。親切にしてくれてありがとう。でも俺、先を急ぐから。太刀……返してくれないかな。」
「もう行くんですか?行き倒れてたのに。」茶碗を盆に戻した、由雅の表情が僅か、陰った。

「うん。」
「そうですか……」

少し、残念そうな笑顔で由雅は縁側を指さした。
「縁側に置いてある籠、あるでしょ?そこに土我さんの履物と、背負ってた荷物、それに太刀も包んで入っていますから。……あと、お節介かもしれないけどおにぎりも握っておいたのが入っていますから。良かったら食べてくださいね。」何も嬉しくないはずなのに、由雅は嬉しそうに笑った。無邪気な笑顔に、裏があるのではないのかと勘ぐってしまうのは、俺の根性の悪さだとしておこう。

「……ありがとう。これ、おいしかったよ。」
「道中気を付けて下さいね」
俺が支度し終わると、由雅は家の外まで出てきて見送ってくれた。満開の花のような笑顔で手を振って、さようなら、と言ってくれた。後ろを振り向くのもなんだか照れくさかったので、振り向かず、歩きながら手を振って答えた。
しばらく歩いて、もう由雅も由雅の家も見えなくなっただろう距離まで来た時にはじめて後ろを振り向いた。もちろん、見えるのは立ち並ぶ家々ばかりだ。




………あの子は、由雅は、どうしてそんなに笑えるのか。そもそも、道端に倒れていた全く知らない男になんでこんなに親切にしてくれたのか。




 そ ん な 、 こ と は 愚 問 だ




冷たい理性が、少し熱くなった思考に水を差した。
そうだ、何を関係のないことを。きっとあの少女には何か目当てがあるに違いないのだ。主様のためにも、妙な道草を食うわけにはいかない。




…………辻風が、裾を乱す。




          ◆


「あーあ。行っちゃったな。あの人。」

由雅は客人が去った後の道を仰ぎながら言った。退屈だ。また、退屈になる。

その時、庭で水を撒いていた初老の男が声をあげた。
「そんなに退屈ですかいな。」低い、含みのある声である。
「あはは、鴨。じじいには分からんだろうなぁ」由雅は大きく伸びをして答えた。バキバキと、体中の関節が大きな音をたてる。……昨晩は、さすがに遊びすぎたか。

鴨と呼ばれた男は由雅の隣に立って、遥か遠く、ずっと同じ方向に伸びている道を眺めた。あの、土我と名乗った若者はもう見えない。

「由雅はんも物好きでんなあ。あんな行き倒れの男なんざ、拾ってなにが楽しいのやら。」
「うん?別にいいではないか。退屈なのだ、私は。」

鴨は愉快、愉快、と呆れた様な笑いを残して、庭に戻っていった。……ったく、どこまでも腹の立つじじいである。これだから頭の固い年寄りは嫌いなのだ。




あーあ。本当に、つまらない。

都から飛ばされて、はや4ケ月。地方ではもっと遊べるかと思っていたが、そうでもない。あるのは結婚話ばかりである。まぁ、おとなしく宮中の言うことを聞いて嫁に入る気などさらさら無いが………結婚なんかしたら、今よりもっと変わり映えのない退屈な毎日を過ごすことになるんだろうな。そんなのは絶対に嫌だ。

あの、土我とやらを見つけた時は少し希望が見えたのだ。これから少しでもいい、心浮き立つような“何か”が起こるんじゃないかと。この退屈な毎日の連鎖から抜け出せるんじゃないかと。



感傷的に、なりすぎたか。




どうせ、決まった人生だ。
何か、起こるんじゃないかなんて、幼稚じみた妄想。





「あーあ!」

大きく、空にむかって叫んだ後、由雅は先程の淑やかな態度はどこへやら、ずかずかと大股で家の中へと戻っていった。

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