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*1*
四月。
「――だれ?」
僕が彼女に出会ったのは、桜色の世界でのことだった。
「誰だろうね。当ててみて」
右半身は、未だ熱を持っていない土に触れ、左半身は、揺れる花弁の隙間から漏れる日光で、眠くなるような温もりに包まれていた。声のした方に目を向けると、一面の桜色と深い水色の斑を背負うように、一人の少女が立っていた。
「うーん……分かんない」
少し首を傾げ数秒。早くも考えることを放棄した彼女は、「教えて」と答えをねだる。風音の隙間を縫うように耳に入り込んだソプラノボイスが、心地好い。
「正解は、ただのお兄さんだよ」
この時の僕は、彼女の年齢も、名前も知らない。ただ舌足らずな言葉と、少女特有の高く甘い声。そして背格好のみで、自分より年下だろうと判断したのだ。そして、結果的に違っていようが、気にしてはいなかった。元々、口からの出任せのみで言ったのだから。
「ふぅん、そうなんだ」
後に、それは小さな嘘になった。
そしてこの嘘が、僕と彼女の非日常な平和の始まりだった。
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