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*7*
十月。
地面は、茶色い木の葉の絨毯を敷かれ、四月の桜色がそのまま朽ちたような景色の中、彼女は僕を抱きあげて、元の場所から少し離れた所に下ろした。
「……思い出したんだ」
彼女の手には無骨に思える、園芸用のシャベルを振るって穴を掘る背中に、語りかける。
返事は期待していない。聞いてほしい訳でもない。でも、言いたかった。彼女には。僕が生きていた事。僕が死んでいた事を。
「僕はね、君くらいの女の子に飼われてたんだよ」
風が吹く。
返事は無い。
「病気に罹って、寒くて痛くて、それでも怖くはなかった」
シャベルが土に食い込む音が鳴る。
返事は無い。
「三月の最後の日、自分は死ぬんだって分かってね。家を抜けだして、ここまで来たんだ。そして、君と出会った」
枯れ葉が擦れる。
返事は無い。
「君と話すのは、楽しかったよ。本来は過ごせなかった時間だからね。友達が出来るのも、こうして話すのも」
シャベルが土を積み上げる。
返事は無い。
「生きてた頃は、友達なんて出来なかったからね。家族とその他だけだった。不思議だね、友達って。他人じゃないのに、親しくもない」
茶色い穴が広がる。
「……わたしも」
返事ではないけれど、言葉が返ってきた。
「わたしも、楽しかった」
絞り出すような、湿った声。
あぁ、泣かせたくなかったんだけどな。
「そっか。それは良かった。」
生きていたら、人間だったなら、微笑んで頭を撫でてあげられたのだろう。
だけど僕は死んでいて、猫だから。こうして彼女だけの世界に住む事しか出来ない。そして、それさえも、これから出来なくなるんだ。
彼女の腕が僕を抱き、暫しの空中遊泳。そして、下ろされる。深い穴の底に。
「……それじゃあ、ね」
「……バイバイ」
どちらが言ったのか、もう分からなかった。
視界と意識が同時に真っ暗になる直前、「お兄さんは、雪の匂いだね」と、彼女の声が聞こえた気がした。