完結小説図書館
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*9*
ぱち。
目の前にあるのは孤独の世界ではなく、自分の部屋の天井だった。
うちは…知るべきなんだ。過去の【記憶】を。
それが、どんなに無残なものであっても。
なんだか、今やらないと一生思い出せない気がするんだ。
もうあんな怖い思いはしたくないと思ってる。
けど記憶(じじつ)から逃げても昔と何一つ変わらない。
こんな自分が嫌なら切り開けばいい。
外に出て見る。真っ暗な夜の空。曇っている。
息を吸い込んだ。
どく、どく、どく。
心臓が同じリズムを刻んでいる。
眼鏡をそぉっとかけた。
とたんに、灰色の雲が押し寄せて来る。
怖い。けど、変わんなきゃいけないんだ。
渦に飲み込まれる。周りを灰色の闇で覆われた。
―― 友達に、【記憶】に会わせて! ――
お詫びの言葉より、サヨナラの言葉より、伝えたい事がある!。
どうしても言わなきゃいけないんだ。
じゃないと私は一生変われないし、友達だってそんなの望んでない。
うちが壊れてしまってもいい、狂ってしまってもいい。
朽ちてしまってもいいから、友達に会わせて! !
いつの間にか雲は晴れ、沢山の星が瞬いている。
ただ、空の色は紅い。なんだか懐かしい感じの風景だ。
【記憶】がもどってくる。
うちが溺れそうになって、それで…友達が助けてくれた、
そこまで思い出すと風景は消え、目の前で何かが光った。
目を開けると、おじいさんのお店の窓際の席だった。
一緒に座っていたのは、
「ゆーみん…。」
そこに座っていたのは、友達。
そっか。名前を思い出した。
松原 結海(まつばら ゆうみ)通称ゆーみん。
明るくて、ムードメーカー。そしてうちの、
「神友、でしょ?」
明るい笑顔で、うちに微笑む。
「久しぶり…だね。」
話すことがすぐなくなってしまった。
ゆーみんは顔を変えず、
「言うことが違うっしょ。」
からからと笑う。変わってない。少し、顔つきが変わったかな。
「天国でも成長ってするの?」
「うん。おなかは減んないんだけどさー。あ、おじいさんあったかい紅茶ちょーだい!」
横に立っていたのは、あのおじいさんだった。
窓の外を見ると、確かに高層ビルが少ない気がする。
「君のお友達は、変わってるんだねぇ。夏なのに暖かい紅茶を注文するなんて。」
相変わらずにこにことしているおじいさん。おじいさんに最後にあったのは1日前なのに、久しぶりに会った気がする。
「うちは、紅茶のアイスで。」
おじいさんはカウンターへ戻って行った。
「ねぇねぇ、今の哩のまねしちゃろか?」
「えー?、いいよぉ。」
「いいけん、みよってや。『こーちゃのiceで』。」
吹き出してしまった。なんだそりゃ。なんでアイスが欧米風になってんだよ。
「おっさんか。」
「おっ、今日の哩さんのツッコミは冴えわたっておりますなぁ。」
もう。おふざけが好きなんだから。紅い、眼鏡のレンズの奥に、楽しそうな瞳がある。
もしかして、このメガネはゆーみんの?
「お待たせしました。ミルクティーと紅茶にございます。」
おじいさんが飲み物を持ってきた。
ゆーみんの方は湯気を立て、うちのは氷が楽しげにぷかぷかと浮いている。
「ねぇ、この眼鏡ってもしかしてゆーみんの?」
ゆーみんは、紅茶の湯気をあごに当てながら答える。
「うん。あたしの事忘れとったみたいやったけん。思い出の品として。」
そうか。だから、かけるとゆーみんとの思い出が浮かんだり消えたりしてたのか。
「さあ、て。あたし、そろそろ帰るわ。」
「え、もういっちゃうの?」
「うん。あの天使の羽根、もぎ取ってくれるわァ!」
力こぶをつくって咆哮する。
「ゆーみん。」
「んー?」
「ありがとう。」
精いっぱいの笑顔で言うと、ゆーみんもそれに負けないくらいの笑顔で返す。
「あんたと話せて楽しかったわ。あたしは十分、幸せだ。」
そういって消えた。
いつの間にかうちは泣いていた。
悲しみやさびしさじゃなくて。
ありがとうの涙。
店の中には、うち意外いなくなっていた。
―― あたしは十分、幸せだ ――
その声が、涼しげにとける氷の音と響いていた。
いかがだったでしょうか?
少女がこの後どうしたかは誰にもわかりません。
ここは、【記憶ノ図書館】
人々の記憶が眠る場所。
申しおくれました。この図書館の館長の、暁(あかつき)と申します。
まだまだ記憶は他にもいっぱいあります。
あなたの共感できるもの、ファンタジーのような現実にはありえないようなもの、沢山の【記憶】がここにはあ在ります。この【記憶】は、あなたを切り開く鍵となるかもしれません。
ただし、ハッピーエンドとなるか、バットエンドとなるかは私にも分かりません。それでも、人々の心の中に秘められた【記憶ノ品】を見たいなら。
そっと、気になった本を開けてみて下さい。
沢山の【記憶】があなたを待っているのです。
案内役は私、暁がさせていただきます。
ではごゆっくり。。。