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この距離のままで
作者: 雪歌  (総ページ数: 8ページ)
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*6*

 久しぶりに学校帰り、友達と遊びに行くことになった。遊びに行くといってもなんせ受験生なのでぶらぶら歩きながら話したりという感じだ。それでも本当に楽しくて、明日からまた頑張ろうとかそんなことを言って別れた。
 
 その後、私はなんとなく一人になりたい気分になって、しばらくふらふらと行き先もなく歩くことにした。一人になると、受験についてはもちろん、今までの自分の行動が思い出されたりと、本当にいろいろな考えごとをしていた。ぼーっとしながら信号待ちをしていると、ふと視界に見慣れた顔が写った。

 ――高瀬先生。同時に先生もこちらに気づいたようで、目が合った。私は思わずぱっと目を逸らして、回れ右。気がつくと信号とは反対方向に早歩きしていた。やばい。絶対に変に思われた。それでももう立ち止まる事は出来ずに、私はとにかく歩いた。自分は本当に何をしてるんだろう。自分の都合だけで先生を無視したりして。だんだんと足取りは遅くなり、目の前は霞んできた。そのとき、

「…高見っ」

予想以上に近くで先生の声が聞こえた。私は思わず立ち止まってしまって、もう逃げることはできなかった。久しぶりに先生の声を聞いただけ、それだけで涙が滲んだ。

「高見…なんで俺を避けるんだ」

いきなりの直球で言葉がつまる。私はなるべく自然に悪あがきをしてみた。

「別に、避けてないって」

「嘘つけ。さっき目あっただろ」

先生の目はすごく真剣で、きっとこんなに言及してくるのは私的理由じ
ゃない。私の担当のこと、あくまで仕事として追いかけてきてくれたのだ。それを思うと、もう嘘はつけなかった。

「なあ、理由教えてくれ。俺が嫌なら主任に言って…」

「先生っ」

私はこれ以上聞きたくなくて、振り返り、先生の言葉を遮った。力んでしまって結構な大声を出してしまい、自分でも驚いた。胸が苦しい。そういうわけじゃないのに、そう先生に思わせた自分が情けない。私は深呼吸をして覚悟を決めた。

「…あのね、先生。避けてたのは嫌いだからじゃないよ。…っ……好き
だよ」

言ってしまった。私は息もうまく出来なくて最後の言葉は消え入りそうな声だった。先生の顔をうかがうと、目をぱちくりさせてこちらを見ている。あまりにも拍子抜けの顔をしていて、思わず笑ってしまった。

「…ふっ…せんせいすごい間抜けズラ」

「なっ失礼だな。そんな顔じゃないだろ」

先生の少し怒ったような顔を見て安心した。今までの苦しさは不思議となくなって、心が軽くなった。伝えよう、全部。

「先生と、一緒に馬鹿みたいに話して、授業して。…気がついたら好き
になってた。」

まだ顔を見ることはできない。それでも俯きながらでも伝えようと思った。

「それで、辛くて耐えられなくなって、逃げた。ごめんなさい。」

乾いたはずの涙が、また頬を伝った。

「…先生の、笑った顔が好き。声が好き。優しいところも、全部好きだよ。」

やっと言えた。もうこれで言い残すことはない。あとは――。

「………」

しばらく沈黙が続いた。先生の返答がない。すっかり身構えていた私は不思議に思って顔をあげた。

「……っ…」

先生は顔を真っ赤にして目を見開いていた。言葉が出てこないのか、手の甲は無意味に口元に当てられている。私はあまりにも予想外の反応にどうしたらいいのか分からなかった。ただ、本当に先生の顔は真っ赤で、また笑ってしまった。

「わ、笑うなよっ」

「だって先生、タコみたい」

「タコってお前…仕方ないだろ、そういう意味だなんて…思うかよ普通」

そういいながら先生は熱いと言って手で顔を仰いでいる。一度目の『好き』は恋愛感情だと伝わっていなかったらしい。だから拍子抜けしていたのだ。

「好きだよ」

顔のほてりが取れない先生が少し可愛くて、私はいたずらにもう一度言った。

「っ…何度も言わなくても分かったって」

困った顔で、それでも嫌そうな顔ではない。完全に拒絶されると思っていた私は一気に気分が楽になった。

「それで、返事は?早く一思いに振ってくれないと。そのつもりだったんだから」

自分の言ったことに傷つきながら、精一杯の軽口で責めるようにいった。するとそれまでの先生の表情は一変して、また一心に私をみつめた。


「俺は…この気持ちが何か分からないけど、高見と話せなくなるのは、嫌なんだ」

全く目を逸らさずに見つめる瞳。私の心臓はどんどん加速していた。

「だから…お前が卒業するまで待ってくれないか」


「……え」

今度は私が驚く番だった。先生は何をいってる?頭の中が混乱して何も考えられない。

「それってどういう」

「とりあえず、返事は保留ってことにしといてくれよ」

先生は仕返しというようにいたずらっぽく笑った。そんな先生のしたり顔に私は我に返ったようにいい返した。

「や、やだよっ気になるし。受験なのにさ」

「そこは俺が見てやるから大丈夫だろ。合格しなかったらなんか罰ゲームな」

「な!聞いてないそんなの」

「いま言ったからな」

言えば言い返してくる。こんな子供みたいな先生は見たことがない。かなりたちが悪い。

「……先生、そんな感じだったっけ…?」

「高見の観察眼が足りないんじゃないのか」

照れていたときの可愛さはどこへ行ったのか。どんどん先生のペースになって悔しくなってきた。今までは逆の立場だったのに。私は既に告白したことに後悔しながら、ため息をついて呟いた。

「…もうまいちゃったから仕方ないか」

「ん?なんか言ったか」

「…なんでもないよ」

「それより最近塾来てないだろ。センターまでもうないんだから、みっちりやるぞ」

塾までの道を歩いている途中、ふと周りの店のドアを見た。そこにはスーツ姿の先生と、制服を着た私がぼんやりと映っていた。



fin.



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