完結小説図書館

<< 小説一覧に戻る

この距離のままで
作者: 雪歌  (総ページ数: 8ページ)
関連タグ:
 >>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック

*5*



 年をとるたびに、時間がたつのが早く感じられるというのは本当のようで、気が付けば道路に沿って生えている木は丸裸になって、人々の吐く息は白く消えるような、冬がやってきた。

 冬休みも明けてセンター試験間近の私たち受験生は、以前とは比べ物にならないほどの緊張感を抱えていた。周りには、もうそんな時期でもないだろうに、勉強に集中できないとか懺悔しているクラスメイトもいる。
 
 私はというとその点ではあまり心配がなかった。あれから、授業以外であまり塾には行っていない。危機感も後押しして、以前より家できちんと勉強できるようになっていた。むしろ塾に居るほうが集中できなくなってしまって、これはいい傾向なのか、それは分からない。

 私は時を重ねるごとに、どんどんと高瀬先生を直視できなくなっていた。授業中もなんとかギリギリ話しているという状態で、隣にいるだけでも逃げ出したくなるほど苦しくなる。
 
 しかし、思いは大きくなるばかりでも、私にはどうすることも出来なかった。いってもただ困らせるだけだと分かっていた。きっと相手はすでにいるだろうし、むしろ結婚していてもおかしくない。それに前提として、生徒と教師という関係がある。伝えるという選択肢なんて、私の米粒ほどの勇気では初めから消去されている。どうしようもないのだ。
 
 そんなわけで、塾にいても私は前より先生と話さなくなった。知り合いがいないわけではなかったので、同輩とセンター前の苦しみを分け合ったりすることが支えになっていた。今はセンターに集中しないといけない。他のことを考えている暇はない。そう頭の中で反復して。

「あーっ…ほんと…しんどいよな」

「うん。まじで」

 同じ中学だった木佐とは、高校は別々でそう会うこともないと思ったが、彼がこの塾に入ったことで思いがけない再会となった。授業の曜日も同じだったので、休憩時間に話すのが習慣になっている。中央スペースで木佐と私は死んだような顔をしながら、ほぼ愚痴り大会のようなものをしていた。

「彼女ほしーなあ」

「え。木佐、いなかったっけ」

「いないよ。…なんか、こんな時だしなあ」

「ああ。なるほど」

 受験という辛い時期に一人というのはやっぱり辛いものがあって、たしかに支えあえる人がいるかいないかは重要なポイントなのかもしれない。相手が出来たら出来たで、集中できなくなりそうな気もするが。

「そういえば、高見はいるのかよ。彼氏」

 その瞬間、私の体に電流がはしったような感覚がした。まっさきに頭に浮かんだのは先生の顔で、それが嫌ですぐにそれを消そうとした。塾でこんな話になるとは思っていなかった。先生は聞いていただろうか。そればかりが気になってしまう。聞こえていても、先生が気にするはずがないのに。自分が恥ずかしくて、なかなかすぐに返答することが出来なかった。

「…私も、いないよ。…興味ないしそういうの」

 嘘はいっていない。実際私の片思いでしかないのだ。ただ、保険のために後半も付け足すようにつぶやいた。自分に言い聞かせていたのかもしれない。興味がないと言ってしまえば誰にも、自分にさえこの気持ちを気づかれないような気がした。




4 < 5 > 6