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作者: 雪歌 (総ページ数: 8ページ)
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*4*
それから1週間して、久しぶりに高瀬先生の授業を受けた。この前は確か学校の定期テスト前で休んでしまったため、約2週間ぶりだろうか。もっとも、自習でほぼ毎日通っていたので会っていなかったわけではないけれど。
「なんか…授業は2週間ぶりなのに、こう久々感がないな」
「久々感て。まあ毎日来てたし」
「本当に毎日来るよなあ」
「いいじゃん。私に毎日会えて」
「…それ真顔で言うとちょっと怖いぞ」
おちゃらけてこんなことを言ってみたりするが、内心結構意識している。ただ先生の返答は大抵ツッコミなので私はわりと安心感をもって発言できるのだ。これが違うタイプの返答だったときにはきっと、冗談を言うどころか平静を保つことさえ出来なくなるのだろう。想像しただけでも恐ろしいが。
「なんか…高見と話すのは日課になりつつあるな」
先生は突然月次を書く手をとめて、椅子にもたれかかって私を見た。いつも授業の合間の雑談は、月次を書きながらこっちを見ないで話すのに。急に目が合って思わず逸らしたくなるほどに動揺した。必死で表情筋をコントロールする。平静に。
「…いつから先生が担当なんだっけ」
「んー。高1の終わり頃からだな」
「ほんと長い付き合いだよね」
「そうだなあ。始めのほうはあんまりしゃべらずに真面目に授業してたよな」
「今も真面目だよ。始めは私の人見知りが発動してたからね。…今も真面目だよ」
「分かったよ、真面目なことは。」
個別の塾なのでマンツーマンで授業を受けているのだが、私の塾は大抵さまざまな理由があって先生がときどき変わる。一年間でも十分長いほうだ。その点で高瀬先生の担当はかなり長い。塾の主任が私の人見知りを把握しているせいもあるのだと思う。特に私が先生を嫌だと言わない限り、変わることはなさそうだ。もしくは先生が塾をやめなければ。
講師は大学生のバイトが多いため入れ替わりが結構激しい。そのため私は一時期、高瀬先生が卒業やらでやめないか心配して、先生に年齢や学生なのかを聞いたことがあった。しかしその度に先生はひどい年齢詐称をするので(3歳とか、はたまた100歳とか言って)、本当のところが全く分からなかった。しばらく辞める様子もないので今はもう心配していない。私の受験が終わるまではとりあえず彼が担当してくれるのだろう。
「そういえば先生、そろそろ実年齢教えてくれてもいいんじゃないの」
「だから100歳だって…あ、違うか。この前101歳になったな」
「その設定で通すんだね。…おめでとう。ギネス目指せばいいよ」
「ああ、載るよギネスブック。……なんの話してんだ俺ら」
先生が高めの声で笑って、私もそれにつられて笑った。こんな時間がずっと続けばいいのにと、そのときは完全に授業を受ける気が失せつつあった。つまり、リラックスモードだったのだ。
「…お前とこうやって話すの好きだよ」
一瞬にして、私は緊張モードに変わった。そういう意味だと分かっていなくても、好き、とか…。そのワードに大袈裟なほど反応してしまう自分が嫌になる。机から目が離せなくなってしまった。横なんて絶対見れない。私の様子なんてお構いなしに先生は話を続けた。
「なんか平和だなって感じして。真面目なときは真面目だしさ。」
私は病気になったのかと思うくらい心臓の辺りが痛くなった。いつもはこんな褒めるようなことは言わないし、自分で褒められるようなことをしているとも思っていない。どういう反応をしたらいいのか分からない。卒業前で、だから今のうちに褒めてくれているのか。そんなことを思うと寂しいという気持ちも増して、さらに調子が悪くなった。
その日の授業は、問題文がなかなか頭に入らずミスが異常に多かった。丸付けは先生に変に思われるのが嫌で、わざと小さめにマルをした。