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*2*
すたすたと廊下を早歩きで歩いていると、ふと違和感を覚えた。
「………ねえ、なんであんたもついて来てるの?」
それは後ろから当たり前のように糸樹がついてきているからだ。しかし彼は適当に相槌するだけで、楽しそうにしている。美香は不服そうにそんな彼の様子を見ながら、あきらめて何も言わずに職員室へ向かった。
「あれ?遠藤さんも連れてきてくれたの…?」
部屋に入り、“こうすけ”の元へ行くと、彼女はすこし驚きの色をみせている。
「二人来てくれるなら、私が行く必要ないわね。じゃあ、コレよろしく。」
そういって、彼女は社会科の機材であると思われるものがパンパンに詰まった袋をいくつか渡してきた。まだ状況がよくつかめない美香に対して、糸樹は、はーいといい返事をして職員室を出る。美香は、ほぼ無意識のうちにそれについて行った。
「……あたし呼ばれてなかったじゃん!?」
やっと状況がつかめた美香が両手に荷物を持ちながらくい気味で糸樹に叫んだ。完全に雑用を手伝わされたのだ。本来は彼だけが頼まれていたのに。非常にナチュラルに填められてしまった。
「まあまあ、手伝ってくれてもいいだろ。どうせ美香もあとは結果を待
つだけだし。暇してるだろ」
ヘラヘラとしながら糸樹がこたえた。彼も美香と同様で既に本番も終わっている。これから何をしても、合格に繋がるわけではないので先生に頼まれごとをされていたようだ。
「そうだけど、あたし行く必要なかったよね。先生だっていたし。」
やはり納得できないようなしかめ面を保ち続ける美香であるが、そうこうしている内に社会科準備室についてしまった。そこには地球儀やらさまざまな国旗のモデルやら、見ているだけで気が滅入りそうな程大量の資料やらが並んでいた。二人は適当に運んできたものを床に置いて、一息ついた。
「…腰がいたい……」
そう嘆いて美香は馬鹿でかい本棚にもたれて座り込んだ。
「そうですかそうですか、おばあさん」
糸樹がふざけて笑いながら言う。その部屋にある類の本に興味があるようで、いくつか取り出してペラペラとめくり始めた。部屋は本がすぐに褪せてしまいそうなほど日当たりがよく、美香はだんだん眠気に襲われてぼーっとしていた。
「…次の曲なにしようか」
それまで読んでいた本を急にパタンと閉じて、糸樹が口を開いた。
「次の曲って。べつに披露する機会もないでしょ。」
もちろん彼らは既に引退しているので、軽音楽部として校内でライブをしたりはできない。活動再開というのも勝手に好きな曲をやりたいときにコピーしているだけだ。ちなみに、糸樹はギターで美香はボーカルである。他にももちろんメンバーはいるのだが、彼らはクラスが同じこともあり、ときどき二人で合わせたりしている。
「俺らが演奏して、自分らで満足すればそれでいいだろ」
「うん。まあそうだよね」
「次はオリジナルとかどう?」
「…歌詞は糸樹が考えてよ。」
美香は自分の文才の欠落を非常に気にしている。それは周りも承知しているために、今までやってきたオリジナルも彼女が歌詞を考えたことは一度も無い。しかし美香は、その歌詞の思いを声に乗せるのに非常に長けていた。それが最大の才能だといっても過言ではない。どんな歌手の曲でも、誰よりも雰囲気がある曲に仕上がるのだ。糸樹を含めた彼女のバンドメンバーは、美香のそんなところを認めており、気に入っていた。
「どんな曲にするかね………ラブソングとか」
「なんか、糸樹が言うと気持ち悪いなあ」
「気持ち悪いとか言うな。“俺からお前への愛”みたいなのどうだ」
大袈裟にポーズをして、美香を指差した。ついでにオプションでウインク付きだ。
「冗談きついわ」
美香はピシッと言って、笑いながら彼の言葉を放り投げた。彼女は糸樹がまたおちゃらけて対応することを予想していたのだが、反して彼は急に黙りこくって、そこには少しの沈黙がはしる。窓からのそよ風でカーテンがなびく音だけが聞こえた。
「…でもお前に歌ってもらえる歌は幸せだよな」
沈黙を破ったのは糸樹の方。普段のふざけた様子とは裏腹に、美香をまっすぐ見て言った。美香はというと、いきなり恥ずかしいことを言われて何も言えず、ただ床の辺りを見ている。糸樹はときどきこんなキザなことを言い出すので、周りが恥ずかしくなることがあり、そのことも彼が一部に人気である理由であるのだが。普段は割と彼に冷たくしている美香は、どう反応していいのか困るときがたびたびある。
「そういえばさ、」
再び糸樹が話題展開をした。そして、それまで読んでいた本は手に持たれたままで、美香の隣にしゃがみこんだ。
「お前、耳弱いんだな」
「!!ちょっ…と…」
そう言った瞬間、彼女の耳にふーっと息がかかった。美香は相当弱いのか、耳も顔も真っ赤になって両手で耳を塞いだ。
「なにすんの!」
「ほんとに弱いんだなあ」
そんな彼女を見て、糸樹は笑いながら満足げな顔をしている。
「…分かってるなら狙わないでくれます?」
美香はそう言って、呼吸を整えようとため息をつきながら少し糸樹から距離をとった。しかし彼はその分だけ近づいてくる。
「いや、狙うね」
美香の言葉は空しく、彼の一言で叶わぬものとなってしまった。あきらめモードではいはい、といって美香が自分を手で仰いでいると、糸樹は持っている本を右手に持ち替えた。
「暑い…?」
糸樹は微妙に口角を上げて、まさに緩んだ顔をして本でバサバサと美香を仰いだ。
「………熱いに決まってるでしょ」