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*3*
数日後、既にいくつかの私立校の結果が出始めていた。学校には先生に報告するために何人かの生徒が集まって来ている。ちょうど美香や糸樹の受験した学校も発表が終わったところだ。
「…っ受かった!」
美香は普段からは見られないほど興奮して担任の先生に飛びついた。変な奇声まで発している。飛びつかれた教師はかなり驚いた様子だが、それは飛びつかれたからであって受かったことに驚いたわけではない。もともと美香は模試の判定もよかったので、特に心配はされていなかった。むしろもっと上を狙えたはずだ。しかし受験を乗り越えた喜びと安心感は非常に大きいのだろう。予想していたとはいえ、教師も嬉しそうにしている。ひとしきり喜びあってから、これからのことなど心の弾む会話を終えて、美香はいったん教室に寄ることにした。自分と同じく結果の出た生徒が少数でもいるかもしれない。
「…あ、糸樹」
教室の後ろのドアを開けるとそこにいるのは本当に少数で、教室の後ろの空きスペースに座り込んでいる糸樹が一番に目に留まった。ギターを持って何か考えている様子だ。
「思った以上に人少ないなあ」
美香は糸樹の所に行って、立ったまま話しかけた。それまで明後日の方向を向いていた彼はゆっくりと頭を上げた。伸びた前髪が目にかかって表情がいまいち分からない。
「ああ…美香。」
糸樹は今気づいたという様子で微妙な反応をした。別にいつも激しいテンションなわけはないけれど。いつものしつこさというか、よく言えば、明るさが感じられないので美香は違和感を覚えた。しかし久々に会って気にしすぎなのかと思い、続けて話しかける。
「糸樹も結果出たんだ?」
「美香とほぼ同じ日だったしなー。あんまり心配はしてなかったけど…受かってたよ。」
糸樹も美香と同様それなりに頭がいいので、やはり周りも特に心配していなかった。ただ美香と決定的に違うのは本人自身それを自負していることだ。美香は割りと心配性なのだが、糸樹は結構な自信家で受験に関する不安は皆無と言っていいほどだった。それは普段の“面倒くさい”性格にも滲み出ているのかもしれないが。
「そっか。あたしも受かってたよ。」
「まあ、美香は受かるだろ。模試も余裕だったし」
そういって糸樹は再びギターに目を向けた。さっきからいつものへらへらした様子が全くみられない。美香はおもわず彼に問いかけた。
「…なんか、調子悪い?」
「いーや、むしろ全て終わって弾けた感じだ。かなり元気」
「…そう」
やはり糸樹の様子はいつもと違う。美香は違和感を覚えながらも気にしないふりをするが、表情の変わらない糸樹が少し恐くて話しかけるのにも思わず身構えてしまう。
「ねえ。ギター持ってるってことは、もう歌詞考えたの?」
「ああ、もう出来てる」
「どんなやつ?見せてよ」
美香が手を差し出すと、糸樹は美香の顔をじっと見てから意地が悪そうに笑って、彼女の手のひらに自分の手を乗せた。
「見せない。」
さっきまでほぼ無表情だった糸樹が少しでも笑ったことで、美香は気休め程度に安心できたが、また別の不安が押し寄せてきた。いままで彼は歌詞を見せてくれなかったことなど一度も無い。もっと言うと歌詞は一例でしかなく、彼が自身について美香が質問したことに答えなかったことは一度もないのだ。
「…なんで」
美香は糸樹の態度やら言葉に自分が揺らされていることが悔しく思えて、だんだん機嫌が悪く、眉間にシワがよってきた。
「メロディだけは後で渡すから」
美香の様子に気がついたのか、糸樹は彼女の肩をぽんぽんと叩いて立ち上がった。
「…帰らないの?」
「ちょっと寄るとこあるから。先に帰ってくれ」
いつもは暑苦しいほどに夏でも冬でも美香と一緒に帰りたがる。たとえ用事があっても、むりやり美香を連れて行こうとするのだ。どう考えてもおかしい。そう美香は思ったが、特に何も言えずあいさつだけして先に帰った。帰りの道は心なしか長く長く感じた。