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この距離のままでanother story
作者: 雪歌  (総ページ数: 5ページ)
関連タグ: 恋愛 高校生 
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*4*



「………長い。」

部屋の窓にかかっているカーテンの隙間から鋭く差し込む朝日。忌々しい、と目を細めながら枕の横に放り投げてある携帯を見つめて、思わず美香は呟いていた。糸樹と学校であってから既に一ヶ月近くになろうとしている。あれから二人は、一度オリジナル曲のメロディを受け取るために会った以外で連絡を取っていない。特に喧嘩をしたというような自覚は美香にはないのだが、こんなに音沙汰ないのは初めてなので違和感でしかない。これまで、一週間毎くらいには必ずと言っていいほど糸樹から電話やら、メールがあったのだ。それは受験勉強をしているときでも、彼が忘れることは無かった。バンドを休止している以上、そのことに関しての話題はゼロに等しい。ただふざけた会話をしていた。反対に美香から彼に連絡を取ったことはほとんどない。

「……」

美香は糸樹とのなにげないやり取りを、少し鬱陶しいくらいにしか思っていなかったのだが、それが無くなってようやく気づいた。彼女は彼とのやりとりが心地よかったのだ。どんな些細な会話でも、すでに美香の中では大きく割合を占めてしまっていた。自分でも気がつかないうちに。

「……仕方ないか」

彼女は不機嫌そうな顔をして携帯を乱暴に手に取った。そして一通のメールを送る。またそれをベッドに放り投げ、外の温度を確認してから適当な服に着替えて家を出た。どんどん足元が早くなる。涼しく吹く風に追い立てられているようだ。こんなに焦っている自分がかなり悔しく思えた。悔しい。ムカつく。頭の中で反芻しながらも足は止まらない。止まってくれない。


「っ…はあ」

知らぬ間にほぼ走っていたらしい美香は呼吸がうまく出来なかった。心拍数は上昇しっぱなしだ。家から一番近い公園に着くと、そこにはギターを構えた糸樹がベンチに座っていた。その近くの遊具には小学生くらいの男の子たちが騒いでいて、はたから見ると結構ほほえましい光景だ。

「…糸樹」

美香はベンチに近づいていって声をかけた。糸樹は彼女に気づいていただろうに、わざと今気づいたかのように顔をあげる。その顔には既にいつものにやけ顔があった。

「久しぶり。どうしたんだ?こんなメール送ってきて」

糸樹は送られてきた美香からのメールを見ながら、やはり笑っている。そこには『どこにいる?今から会いに行くから』と乱雑な文面が書かれていた。女子とは思えないメールに自分で苦笑しながら、美香は彼の目をしっかり見据えながらはっきり言った。

「…早く新曲が聴きたかったんだよ」

そうして、すぐにその辺に植わっている木に目を向けた。糸樹は明らかに目を逸らした美香をみつめて、またまたにやにやしながらふーんと頷いた。

「なあ、俺としばらく会えなくて寂しかった?」

糸樹は突然美香の手をつかんで言った。その表情は冗談とも本気ともとれるようで、美香はなんと答えるかとまどった。自分の心のうちを見透かされたようで恐くもあったのだ。

「…なに、気持ち悪いこと言ってんの」

つかまれた手を引っ込めて下を向いたまま呟いた。

「相変わらず容赦ないなあ」

糸樹はただそんな彼女を見て笑っている。そしてベンチの端に寄り、空いたところをポンポンと叩いた。

「曲出来たよ。歌って」

そう言って、歌詞が書かれた紙を美香に渡したが、当の美香はかなり不服そうであった。初見でいきなりギターに合わせろというのもなかなか酷な話だ。そうこう思いながら、いままでイヤホンで聞いていたメロディが、生のギターの音となって聞こえてきた。慣れというかなんというか美香は反射的に歌いだす。歌詞の思いを込めて、――歌う。

―――――歌う。


「………っ」

一番を歌い終えて、美香の声は途切れた。糸樹もギターをやめる。美香は息を切らしながらベンチにもたれて歌詞の紙を持っていない方の手で目を覆った。

「……ちょ…糸樹、これ」

「…あれ、バレた?」

糸樹はすっとぼけたような様子で美香を見ながら言った。この歌、この歌詞から溢れてきたのは、あまりにも強く激しい思い。めまいがするほどの、思い。

「バレたんじゃなくて、自分でバラしたんでしょ…」

そういいながら、重そうに顔をあげる。彼女の頬ははっきりと高潮していた。額には汗をかいている。

「赤いなあ、顔」

「…うるさいよ」

間をおきながら言葉をかわす。いつの間にか遊んでいた子供たちはいなくなっていた。二人はそれぞれ雲ひとつ無い空を見つめている。

「それでさ。……美香は?」

糸樹がおもむろに口を開く。言われて彼女の体は一瞬固まった。公園の土を見ることしか出来ない。彼のほうを向くことが出来ない。彼女は自分の気持ちがどういうものなのか、はっきりと分からなかった。今回のことも、なぜあんな衝動に駆られたのか。本当は分かっているのかもしれない。しかし素直に認めることはあまりにも恥ずかしかった。

「………」

そんな様子を見て糸樹は、ふっと笑いながら自分の肩にかけていたギターを美香の膝に乗せた。

「…じゃあ今度は美香が歌詞かいてくれよ」

美香がパッと顔をあげて糸樹を見た。

「……あたしの文章能力、知ってるだろうに」

「まあそこは…頑張って書いて」

糸樹が美香の持っているギターを爪で叩いて、やはりニヤつきながら言う。美香は何も言わず、弾いたことの無い弦を適当にかき鳴らしながら、顔を糸樹の方に傾けた。公園には学校帰りの小学生がやってきて、日本語なのかも怪しい奇声が次々に飛び交う。そんな中やはり奇声とも似ている不協和音はしばらくじゃんじゃんと鳴り響いていた。



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