完結小説図書館
>>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック
*2*
(2)
僕は、その日は夜まで彼女を放置していた。僕だって、一人暮らしという性質上、洗濯やら掃除やら、ご飯の支度だってしなければいけないのだ。
夜、寝ようと布団を敷いて寝転がったとき、やっと、机の上の女性と目が合った。女性は、何も言わずに、僕の方をじっと見ている。さすがに僕は良心が痛んで、女性に背を向けて、簡潔に一言言った。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
この人が、おやすみなさい、という言葉を知っていることに僕は驚いた。この女性も、案外普通の生活ってものを知っているのだろうか。だとしたら、一体どこで知ったんだろう。やっぱり、この女性と同類のものなんかと、一緒に暮らしていたんだろうか・・・そんなことを考えながら、僕は眠りについた。
その日、僕は夢を見た。
真っ白い建物の中で、僕は見たことの無いベッドに寝かされ、ロープでぐるぐる巻きに縛りつけられている。そこへ覗き込むのは、白い髪に白い髭を生やしたマッドなサイエンティストと、小さな女性の小人だった。
「さあて、どうしてくれよう。君のルーツを吐いてもらおうか」
「わたしが知らないわたしを教えてくれるまで、離しません」
二人はそう言って、なんだかよくわからないネジ巻きやら、トンカチやらを持って、僕を脅す。
助けてくれ。
そう言いかけたところで、目が覚めた。
何て夢だ。
僕がガバッと身を起こすと、フラスコの中の女性と目が合った。彼女はぱっちりと目を見開いて、昨日と同じような体勢で、ガラスに手を付き、こちらを見ていた。なんだか気まずくなって僕は目をそらす。
「あなたの見る夢は夢です。わたしの見る夢は希望です。あなたの見る世界は姿を変える。わたしの見るものは姿を変えない」
僕は、変な夢を見た直後で機嫌が悪く、むっとした口調で言い返した。
「何を言っているのか、わからないよ」
「何が良いたいかと言うと」
フラスコの中の女性は、こほんと小さく咳をした。
「あなたの世界は姿を変えた。朝というものに。私の見るものは変わらない。あなたが朝を迎えたことは、幸せなことであると言っているのです」
なんだか、まるで良い目覚めをした爽やかな朝を僕が迎えたかのような言葉だった。けれど、その言葉には感じるものがあった。けれど、それがなんなのか、わからない。
「はいはい。じゃあ僕は行って来るからね」
僕は、こんな意味不明な女性に何かしらの感銘を受けたことをごまかそうとして、手早く朝の準備を済ませると、玄関に立った。
「行ってきます」
「わたしを置いていくのも、あなたの世界の摂理を保つためのひとつのパズルのピースなのでしょう。あなたの世界の摂理はわたしの夢のようです。待っている薔薇は棘で刺し殺されたりしません」
僕は、ようやく話が通じるようになってきたと思っていた矢先にまた意味のわからないことを言われ、思わず鞄を肩から擦り落としてしまった。
「つまり?」
僕は頬を引きつらせて聞いた。
「希望あふれる私の夢へ、行ってらっしゃいませ。私は薔薇のように棘で自分を傷つけません」
僕は、何も言わずに、外に出た。鍵をかけるかかけまいか何故か迷って、結局かけることにした。こんなのが居るとしれたら、大騒ぎどころじゃ済まない。