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『君にそっくりな子だったね、セイレーン』
自分達の血を確かに引き継いだ少女が去り、自分と彼女、魔法王を除く他のトリックスターたちも消えてから、彼はそう呟いた。
『ですねぇ。あんまりそっくりだったので、最初わたくしも驚きましたよ』
『そうじゃなくて、いやそれもあるけど……見栄っ張りで強気で、でも実際は壊れやすくて不器用なところが、凄く』
『ちょっと待ってくださいダークロード、それわたくしが見栄っ張りで強気で壊れやすくて不器用だって言ってるんですか。激しく異議を唱えますよ』
『ふふ、確かに昔の貴女にそっくりでしたね。外見もそうですけれど、その性格も。若い頃の貴女を見ているみたい』
微笑むネペトリに、セイレーンはぷくっと子供っぽく頬を膨らませた。それを見て尚更「似ている」と二人は思うのだった。
怖がりで臆病な癖に、自分の愛する者の前ではかっこつけたがりで無茶だって平然とする危なっかしい少女。敵と見做せば容赦の一切をしない反面、味方にはとことん甘かった。
生まれが何だと自らの境遇をも跳ね飛ばし、彼女は血の滲むような努力だけで数多の魔術を修めた。その胸にいつも在ったのは、己を誇る心、そして、愛する者を守るという強い意思。
『……でも確かに、男の人の好みまでわたくしそっくりでしたからね。苦労しますよ、あの子』
『それは僕が苦労するような人間だって言ってるの』
『ええ勿論。わたくしが貴方を振り向かせるために費やした努力の数々、今更知らないなどとは言わせませんからね』
『“彼が振り向いてくれない〜っ”って私にまで泣きついてきましたしね。それが今では、子孫にまで出会えて』
でも、と。ネペトリは先程まで彼女がいたところに穏やかな視線をやり、頷く。
『彼女が貴女とどこまでも似ているのなら、彼女の恋も何れ実ることでしょう。楽しみですね、セイレーン?』
『ええ勿論。目下何が一番の楽しみかって、あの子がいつ思い人と一緒になれるかですからね。先人として色々アドバイスもしてあげたいところですし』
『君のアドバイス、あんまりアテにならないと思うけど』
一見無表情なダークロードの呟きにも、よくよく見てみると子孫の幸福を祈る色が垣間見えた。飄々と軽口を零しつつも、彼がとても自分の血族を愛し誇りに思っているのをセイレーンとネペトリは十分すぎるほど知っている。
嘗て過ごした平和な時間。彼らは宝石に心臓を宿す人ならざる身となっても、共に愛を育み子をもうけた。彼らが心から慈しんだその子がまた誰かを愛し子孫を増やし、……こうしてまた自分の血族と会うことが出来るとは、願ってもみない幸運だった。
自分たちはもう、現世を守ることは出来ないけれど。その意思は、ちゃんと後世に引き継がれた。だからもう、心配することは無い。
これからの時に思いを馳せて。魔法王は、静かに微笑んだ。
『さ、そろそろ時間ですよ二人とも。私たちは静かに、あの子を見守っていきましょう……あの子がこの先も行くであろう、永久の時を、共に』
『『御意に』』
二人が声を揃えて唱和すると、途端三人の姿は薄れて消えていった。
彼らの時は、あの魔法を発動させた時より永久に止まった。今やアルテオ王国やトリックスターにまつわる文献すら散逸している今、それでもその血と意思は確かに現世に息衝いている。
彼らの守りたがったものを守る、と。そう告げた少女の行く末を心から願い、古の英雄達は再び、束の間の眠りに落ちるのだった。
(いつか潰えた彼らの未来)
(然れど継がれた僕らの未来)
(願わくば、君の未来に幸福のあらんことを)