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僕だった俺。
作者: 全州 明  (総ページ数: 5ページ)
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*4*

リビングの電気を点け、壁にかかった時計を見ると、午後十時半だった。
 家の中にはたくさんの家具があり、生活感こそあったものの、人気は全くなかった。
 それが余りに不気味だったので、二人で手分けして家中を探し回った。
 俺は一階をくまなく探しまわったが、誰もいなかった。
 二階担当のさやかがまだ降りてこないので、俺は木製の階段をのぼり、二階へ向かった。
 さやかは、二階の部屋の中でも一際大きい部屋にいた。
 その部屋は、壁にそって窓がいくつもついており、教室のような作りだった。
 さやかは、その窓の一つを開け放ち、外の景色を眺めていた。
 夜空を見るのに夢中になっているのか、俺には気が付いていないようだった。
 月の光で照らされたさやかの横顔は、神秘的で、とても魅力的だった。
 その横顔をしばらく眺めていたかったが、視線を感じたのか、さくやかはこちらに気がついたようだ。振り向きざまに、彼女の長髪がなびいた。
 その黒髪もまた、目を奪われるほどに美しかった。今まではあまり意識していなかったので気がつかなかったが、さやかはかなり整った顔立ちをしていた。

 俺は、そんなさやかを見て、彼女ともっと、一緒にいたいと思った。
 でも、今さら戻ることなんて、僕には出来るのだろうか。
「・・・・ねぇ」
「なんだ?」
「ずっと気になってたんだけど、私をここに連れて来てどうするつもりだったの?」
「・・・・お前を、返すつもりだった。元の居場所に」
「何でそんなことしようと思ったのよ」
「じゃあ、なんでお前があんなことしたのか、教えてくれたら話してやるよ」
 さやかは一瞬嫌そうな顔をしたが、呼吸を整え、ゆっくりと語り出した。
「・・・・私ね、嫌いなのよ。何でもかんでも、深く考えすぎちゃう自分が。
 昔は、こんなじゃなかったのに、どうしちゃったんだろ、私・・・・
 ❘それで、死ぬことにしたの。だって、死んだらもう、何も考えなくていいんだから。
 最初は、飛び降り自殺にしようと思ってた。
 でも、屋上から飛び降りたらどうなるのかなって、考えたら、何か、怖くなっちゃって。
 だから、どうなるのか、全くわからない方法で死ぬことにしたの」
「それで、家ごと燃やすことにしたわけか」
「まぁ、失敗しちゃったけどね」
「悪いな」
「あんたのせいじゃないわよ。それよりほら、私が話したんだから、あんたも話しなさいよ」
「何でいきなり教室の窓から飛び降りたのか、聞かせてよ」
「何だ、気付いてたのか」
「初めから分かってたわよ。あんた、テレビで報道されてる昔の写真にそっくりだもん」
「え? あの写真、中学生の頃のだぜ? どこが似てるんだよ? 髪だって金色だったし・・・」
「そうね、確かにあの写真のあんたは金髪だったわ」
「でも、無理やりやってるのが丸わかりだった」
「今のあんたもそう、自分を無理やり変えようとしてる」
「どうしてそんなことするの?」
「・・・・変わりたいからさ」
「馬鹿ね、髪の色何か変えたって、何も変われやしないのに」
「そうさ、確かにその通りだよ」
 俺は、さやかと目を合わせた。
「髪を金色に染めたって、教室の窓から飛び降りたって、街を駆け抜けたって・・・・」
「誰かを助けたって‼」
「何も変わりやしないんだ。?いつもと違う事をした?たった、それだけのことなんだよ」
「俺はまだ、何一つ変わっちゃいない」
「このままじゃ、俺はまた、僕に戻ってしまう」
「弱虫で、臆病で、いつも何かに怖がって、何の役にも立たない、そんな僕に」
「それならそれで、別にいいじゃない‼」
「それじゃあ駄目なんだよ」
「俺はもう、元には戻れないんだよ。戻るわけにはいかないんだよ」
「もしも僕が元に戻ったら、きっと君を失望させる」
「それに、あの日俺は、教室の窓から、あの世界から、抜け出してきたんだから」
「だから何だって言うのよ!」
「俺は僕には戻れても、僕の居場所には、もう、戻れないんだよ」
「じゃあ、どうするのよ?」
「決まってるだろ? 死ぬんだよ。初めからそのつもりだった」
「本当にもう、戻れないの?」
「あぁ、もう手遅れだよ。今日、定期テストがあったんだ。でも俺は今日、学校に行ってない。それに、誘拐事件だって起こしちまった。きっと僕は、退学だよ」
「そんなこと、ないわよ。きっと、留年になるだけよ、退学なんて❘」
「確かにそうかもしれない。でも、それでも僕は、死ななくちゃいけないんだ」
「どうしてよ!? 居場所なら、ここにあるじゃない!」
「このまま二人で、やりたいことだけやって、生きていけばいいじゃない!」
「無理だよ。さやかだって、本当は、わかってるんだろ?」
「こんな生活、いつまでも続くわけがないって」
「明日になれば、きっと僕らは、警察に捕まるよ。そうなったらもう、終わりなんだよ」
「君はもう、戻れなくなるんだよ」
「そうなる前に、手遅れになる前に、僕は死ななくちゃいけないんだ」
「それで君が、今までやったことは全部、僕に脅されてやったって、皆の前で言うんだ」
「そうすればやり直せるんだよ。君ならきっと、大丈夫だよ。君は、僕よりずっと、強いから」
「嫌よ! あんたを踏み台にして戻るなんて、絶対嫌‼」
 さやかの頬が、冷たい涙で濡れた。
「お願いだから、死なないでよ。今のままで、別にいいじゃない」
「何も変われなくたって、弱いままだって、楽しければ、それでいいじゃない!」
「私、ホントは楽しかったよ。たった半日だったけど、人生で一番、楽しかった!」
「だって、あんたといると、何も考えなくてもいいって、思えるから」
「あんたも、楽しかったんでしょ、ねぇ?」
「駄目なんだよ、今のままじゃ。僕は、どうしても変わらなくちゃいけないんだ」
「あんたは、楽しくなかったの?」
「そりゃ僕だって、楽しかったよ」
「じゃあどうして死ぬのよ‼」
「僕はまだ、何一つ変わっちゃいないからさ」
「それに僕は明後日(あさって)に、明後日に死ぬって決めたから、君に会えたんだ。
 明後日があったから、僕はこんな幸せに巡り合えたんだよ。
 そんな明後日をふいにするなんて、僕には出来ないよ」
「馬鹿っ‼」
 酷く乾いた音が、部屋中に響き渡った。
 僕の頬(ほほ)が焼けるように熱い。どうやら僕は、さやかに叩かれたらしい。
 そう気付いたのは、さやかが出て行ってしまった後だった。
 部屋の時計を見ると、午後十一時五十八分だった。
 明後日まで、あと二分もない。
 僕はもう、死ぬしかないんだろうか。
 さやかの言う通り、今ならまだ、戻ることも出来るんじゃないだろうか。
  例え元通りにはならなくても、やり直すことなら、まだ、できるんじゃないだろうか。
 ―――大きな振り子時計が、十二時を告げる鐘を鳴らした。
 あぁ、もうすぐ、明後日が来る。僕に変化の勇気をくれた。
 ―――あの明後日が。

 ポケットに手を入れると、僕の冷たい指先に、小さくて固い何かが触れた。
 取り出すと、それはあのときの消しゴムの、欠けた破片の一部だった。
 僕はそれを、そっと、ポケットの中にしまった。

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