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僕だった俺。
作者: 全州 明  (総ページ数: 5ページ)
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*3*

 ―――気付いたころにはもう、夕方になっていた。
「なぁ、あとどのくらいで着くんだ?」
「えーっとね、多分あとニ時間ぐらい、かな?」
 少女は顔には出さないが、もうすっかり疲れきっているようだった。
 それは俺も同じことだったが、俺も顔には出さなかった。

 ――優しさではなく、単なる意地の張り合いである。

「なぁ、お前は―――」
「橋本! さっきも言ったでしょ」
「いや、だって、なんか俺が橋本って呼ぶと、なんか変な感じじゃん」
「じゃあ、さやかで、いいわよ」
「・・・・なぁ」
「何よ」
「人質って、そんなに楽しいのか?」
 ついに言ってしまった。
「え? どうゆう意味?」
「・・・・最初は、気のせいだと思ってた、何かの、間違いだって・・・・」
「でも違った」
 さやかが息を呑んだ。
「お前は、逃げようと思えば、いつでも逃げられたはずだ」
「でも、お前は逃げなかった。別に俺のことを怖がっているわけでもなければ、足が竦んで逃げられないわけでもないし、俺に逆らう勇気がないわけでもない」
「それどころか、あの家の中で会った時より、ずっと楽しそうだ」
「さっきだって、俺に笑顔を見せた。あれはとてもつくりものには見えなかった」
「だから、何が言いたいのよ」
「お前は、この状況を、楽しんでる。少なくとも、怖がってはいない。間違いなく」
「・・・・気のせいよ」
 そう言って、さやかは視線をそらした。

 ―――それ以降、家に着くまで、俺たちが会話することはなかった。

「着いたわ。ここよ」
 そう言って、さやかは目の前の一軒家を指さした。
 その家は二階建てで、明らかに一人暮らし用のサイズだったさやかの家もずっと大きく、また、所々古ぼけており、かなり年季が入っていた。
 その見た目から見ても、さやかの祖父母の家とみて間違えなさそうだ。
「ちょっと待ってて、今インターフォン押すから」
 そう言って、さやかは門の前へと駆けだした。
 祖父母に会うのが久しぶりでうれしいのか、妙にそわそわしていて、中々インターフォンを押そうとしない。門のまわりをうろうろして、辺りを見回したかと思えば、ようやくインターフォンを押した。
 会うのが待ちどうしいのか、足踏みをして、まるで落ち着きがない。
「そんなに会うのがうれしいのか?」
「え!? ちっ、違うわよ‼」
 なぜかあやかは顔を真っ赤にして怒った。女心とは本当にわからないものだな。
「あれ? 全然出てこない、いないのかな」
 しびれを切らしたのか、あやかはインターフォンを連打し始めた。
 だが、誰も出てこない。というか、電気も付いていないし、全く人気(ひとけ)がない。
 まぁ、もう辺りは真っ暗だし、寝てても無理はないが。
「なぁ、この門、鍵かかってないんじゃないか?」
「え? そんなはずは・・・・」
 あやかがプラスチック製の門に手をかけると、甲高い音を立てて開いた。
「あれ? おかしいな、いつも家の戸締りだけはしっかりしてるはずなのに」
「お前の祖父母も、もう年なんじゃないか」
「はぁ? 何言ってんのよ、きっと家の入口のドアにはちゃんと鍵をかけて―――」
 ドアノブを回すと、何の抵抗もなく扉が開いた。
「ないみたいだな」
「・・・・何かあったのかな?」
「ただの認知症じゃないか?」
「そんなはず・・・・」
 心配になったのか、あやかは急ぎ足で家の中に入って行った。
 俺は少々迷ったが、後に続いた。

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