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一万六千
作者: 全州明  (総ページ数: 10ページ)
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『僕が被害者だったころ』  54561  2028年 晴れ


 やばい、やばい、やばい、やばい! もうすぐだ、もうすぐ奴が来る!!
 今ならまだ逃げきれるかもしれない!
 でも、逃げてどうする? 無駄に長引くだけじゃないのか?
 いいや今はそんなことを考えている場合じゃない!!
 とにかく今は逃げるんだ!!
 ろくに身支度もせずに家を飛び出したので、財布くらいしか持ってきていない。
 だが、今回は、今回だけは死にたくないんだ!!
 せめて、うちの娘が中学校に入学するところまでは見届けてやりたいんだ!
 畜生!! 俺はなんて馬鹿なんだ。
 あのとき以来、もう絶対に幸せにならないって決めたはずじゃないか!
 なんで俺はこんなにも大切なものを作ってしまったんだ。
 このときが来たら、この日になったら、全部失うってわかっていたのに!!
 人気のない一本道を走っていた俺の目線の先に、人影が映った。
「ゆ、許してくれ!! 俺はまだ、死にたくないんだーー!!」
 俺は目の前の人物に、必死の思いで縋りついた。
「どうしました! 何かあったんですか!?」
 ・・・・どうやら、奴ではなかったようだ。それどころかコイツは・・・・
「たっ、助けてくれ、俺は狙われてるんだ!!あんた、刑事なんだろ? 奴を捕まえてくれよ!!」
「え? なぜそれを?」
「知ってて当たり前だ!そんなことより、早く助けてくれよ、一万六せ―――」

 ―――俺が最後に言った、あの数字の意味を、ちゃんと、理解してくれただろうか。


 目の前の俺は。


『僕が彼女だったころ』  3  2013年 冬 雨


 私のベッドの横にある勉強机の辺りから、携帯のアラームが鳴り響く。
 でも、まだ寝ていたいな。今日は学校休みだし。
 ・・・・あれ? なんか違うな、私の携帯のアラームは、こんな音じゃない。
 この音は、・・・・えーっと、この音は、確かー・・・・・・・・・・・・・。
 和義からの電話だ!! それにきずいた私はばっと起き上がり、すぐに携帯を取った。
 でも、電話の相手は和義じゃなかった。

 ―――走る。走る走る走る走る走る。私は今、病院の白い廊下を全力で走っている。
 家から病院に来るまでは、雨も降っていたし、タクシーを使ったけど、この中ではさすがにタクシーは使えない。
 てゆうかそもそも、ここは道路じゃない。
 全く、和義が階段から落ちたって電話がかかってきたから、寝癖もろくに直さず飛んで来たのはいいものの、なんでここの病院はエレベーターがないんだろうか。
 おかげで二階の一番端の、和義が入院しているという病室まで走って行かなくちゃあいけないじゃないか。あぁそうか、二階建てだからエレベーターがないのか。
 患者を運ぶ時は、専用の細長いエレベターがあるし。
 そんな、和義とは何の関係もないことばかり考えているうちに、いつのまにか和義の病室の前に着いたようだ。
「和義!!大丈夫!?」
 今までずっと我慢してきた、涙が込み上げてくる。
 さすがにここまで来たら、和義のことを考えずにはいられない。
「あぁ、俺は大丈夫なんだけど、浅羽多が・・・・」
「浅羽多? ・・・誰?」
「電話で聞いてないのか?」
 言われてみれば、聞いた気がする。恐る恐る隣のベッドを見ると、その子のご両親と思われる人たちが、その子と思われる子が寝ている横で『なんで私たちより先に行ってしまったの』とか何とかいいながら泣き叫んでいた。
 あぁ、良かった。おかげでさっき私が大変失礼な事を言ったというのに、全く聞こえていないようだった。危なかった、聞かれていたら大変気まずくなってしまうところだった。
 和義も、見た感じ大した怪我はしてないみたいだし、いろんな意味で、良かった。
 私は胸をなでおろし、そっと、息を吐いた。
 今の行動も、浅羽多君のご家族には見られていないことを願おう。
 そういえば、さっき病室の外で和義のご家族とお医者さんがなにやら神妙な目つきで話していたようだけど、何だろう。本当に和義は大丈夫なのかな?
 いくら年が離れているとはいえ、浅羽多君は死んでしまったというのに。
 私は和義が心配になり、和義の方を向くと、そこに和義は居なかった。
 否、ちがう、和義は、床に倒れこんでいる。
「和義!!」
 私がそう叫ぶと、和義のご両親は振り向いて、目を丸くした。
 お医者さんと病室の外で話していた和義のご両親は、きずいていなかったようだ。
 その後、すぐに和義は手術室に担架で運ばれたけど、息を吹き返すことはなかった。

 ―――あれからもう二週間たっていた。
 和義の葬式中、私は全く涙が流せなかった。
 和義が死んだなんて、今でも信じられない。でも、例えそうでなくても、いまの私では、涙を流せないと思う。だって私には、新しい彼氏ができたから。彼はとっても優しくて、かっこよくて、彼と一緒にいるうちに、和義が死んだことへの悲しみは、薄れていったのだ。
 人間って、そんなもんなんだ、と、つくづく思う。
 でもその幸せは、半年も続かなかった。
 新しくできた彼氏も、死んでしまったのだ。
 私と共に。

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