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一万六千
作者: 全州明  (総ページ数: 10ページ)
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*2*

『僕が殺し屋だったころ』  17682  2028年 夏 晴れ


「知ってて当たり前だ!! そんなことより、早く助けてくれよ、一万六せ―――」
 私は静かに引き金を引いた。
 ・・・・うかつだった。まさかあいつに以前の記憶があるとは思わなかった。
 一応あいつがあの数字の意味を言う前に殺すことができたが、あの刑事なら勘付いたかもしれない。そう思うと、指先の震えが震える。
 あぁ、あの刑事が銃弾が飛んできた場所を目で追ってる。
 ここはうす暗い廃ビル、ある程度目が良くないと私は見つけられないはず
 あぁ、あの刑事と目が合った!こっちに向かって走ってくる。
 でも、私の体は動かない。
 ・・・・せめて、依頼主に報告しないと。
 ―――携帯が鳴った。
 その電子音で、私の体はようやく動くようになった。
『ランダム』
 電話の相手の依頼主は、いつも、真っ先にこの合言葉を言う。間違い電話だったらどうするのかと聞いたことがあるけれど、『俺に間違いはない』と言われた。
『おい、早く答えろ。ランダム?』
「タイムリープ」
 催促された私は急いで答えた。これで、合ってたかな?
『正解だ。あいつはどうなった?』
「たった今殺したところです」
『そりゃ助かる。これでもうすぐ、あれに追いつくはずだ』
「まだ気が早いのでは?」
『そんなことはないさ』
『それより、16000には数字の意味がバレていないんだな? 17682』
「危ない所でしたが、なんとか間に合ったようです。634」
「誰と話しているんだ」
 私のすぐ横で低い男の声が聞こえた。
 しまった、すっかりコイツのことを忘れていた。
「ずいぶん私を見つけるのが早いんですね、刑事さん」
「なぜ彼を殺した? 誰に依頼された?」
 私は隙を見て窓の外に携帯を投げ捨てた。
 16000は、私に銃を突き付けた。
「どちらにも、答える気はないわ」
「さぁ、早く撃ちなさいよ。捕まえても無駄ってことは、あんたが一番よく知ってんでしょ?」
 
 ・・・・そうだ、確かにその通りだ。
 殺し屋はもちろんのこと、殺人犯は皆かたくなに、黙秘権を行使する。
 コイツも例外ではないだろう。
 それどころか、少しでも隙を見つければ逃亡し、新たな犠牲者を生む。
 そうなるくらいなら、見つけた時点で殺せ、と、上から命令されている。
 俺もこの銃で、合法とはいえ、何人もの殺人犯を殺してきた。
 俺はこいつらと、あまり大差ない気がする。
 ―――でも、それでも俺は、引き金を引く。
 あるかもわからない、未来のために。


『僕が私だったころ・1』  54  2023年 春 雨


「ほら久美っ!! いい加減起きなさい!」
「うぅーん、もう何お母さん。学校なら明日じゃない」
 せっかく気持ちよく眠っていたというのに、母に無理やり起こされた久美は、まだ眠い目をこすりながら、さぞかし面倒くさそうに上体を起こした。
「何言ってんの、今日はその明日のために試しに通学路歩いてみるって昨日言ってたじゃない」
「えー? あぁ、そういやーそうでしたっけ」
 久美は、頭をボリボリと掻きながら寝がえりをうち、その先にあったカーテンを開けた。
「えぇー? 今日雨降ってるじゃん」
「ダーメ。明日道に迷って遅刻したらどうするのよ? すぐ着替えなさい」
「えぇー」
 しばらくして、母が部屋から出て行ったあと、久美は唇を尖らせながらも、渋々起き上がり、着替え始め、
「それじゃ行って来るね?」
 お気に入りの藍色の傘を手に、家を後にした。

「うわー。土砂降りじゃん。もう最悪」
 外ではまるで霧がかかったように、視界がぼやけるほど雨が降っていた。
 それを見て、久美は速足で歩きだした。
「あぁあ、まだかなー学校」
 しかし、しばらく歩き続けても、いっこうに学校は見えてこない。
「おかしいなー。確かにこの道は梅礼大通りのはずなんだけど・・・・」
 徐々に不安が募る中、道の先に人影が見えた。
「あっ、良かった、あの人に聞いてみよ!」
 その人影が、自分と同じか少し下くらいの身長である事を確認すると、小走りで駆けよった。
「あ、あの・・・・」
 が、その人影の正体が、少年であると確認できる距離まで近づいたところで、久美はあることに気が付いた。
彼は、ろくに傘もささずに空を見上げていたのだ。
 その左手には、確かに新品と思われるビニール傘があるというのに。
 しかし、そのことに気付いたのは、久美が彼に声を掛けた後だった。
「おぉお、本当に来た。久しぶりだね」
 その少年は、まるで昔の知り合いであるかのような口ぶりで笑みを浮かべるが、久美は彼に覚えはなく、怪訝な顔になる。
「あれ? そっか、やっぱり、僕のこと覚えてないよね。まぁ、そりゃそうだよね」
 少年は、さぞかし残念そうに俯いたが、かなり芝居がかっていたようにも見えた。
「だって、こうして顔を合わせるのは、君にとっては今日が初めてだもんね」
「君にとっては?」
「そ、君にとっては。それより君は、神って、いると思うかい?」
 落ち込んだかと思えばすぐに顔を上げ、何の脈絡のない話をし始める。そんな少年の態度は、どことなく、覚えがある気がした。
「神? 何言ってるのよ。そんなの、いるわけないじゃない」
 久美は彼を馬鹿にしたが、彼はまるで気にしていないようだった。
「もしホントに神がいるなら、どうして私たちの願いを叶えてくれないのよ」
「もう叶っているからさ」
「え?」
 少年は、とても嘘を言っているようには見えなかった。
「そして、その願いは、今日まで叶い続けている」
 そう言って少年は、突然上を向き、空に向かって両手を広げた。
「だから、僕らではだめなんだよ。僕ら以外の、別の誰かでないと・・・・」
 いつの間にか僕らというひとくくりの仲間扱いされたことに怒りを覚えた久美は、黙って立ち去ろうとする。
「どこに行くんだい礼梅久美?」
 が、少年がそう呼びとめた途端、足を止め、少年の方に振り返った。
「なんで私の名前知ってるのよ」
 その声は、僅かに熱を帯びていた。久美は、その名字があまり好きではなかった。
 それは霊媒師のような胡散臭さを感じるからでもあり、読みにくい漢字のため、親しくないクラスメイトにも馴れ馴れしく名前で呼ばれることがあるからでもある。
「僕の昔の名前だからさ」
「昔の? 何? 両親が離婚でもしたの? てゆうかあんた、久美って言うの?」
 もはや久美には一切の遠慮も躊躇もなくなっていた。
「違うよ。そうじゃない。僕の名前はムサシだ。礼梅久美は、僕が君だったころの名前だよ」
「は? あんた何言っての? もういい、付き合ってらんない」
 怒りを通り越して呆れてしまった久美は、今度こそ立ち去ることにした。
「いいか、これだけは覚えておけ、神に願って始まったなら、神に願って終わればいいんだ」
 おかしな名前の少年が、また変な事を言っていたが、今度ばかりは無視して立ち去った。
 でも、年下のはずの彼が、なぜだか自分より、ずっと長く生きている。そんな気がした。


『僕が自殺した人の一人だったころ』  425761  2030年 快晴


 僕には人は殺せない。今回の僕は、そんなひ弱な人間に生まれてきてしまったようだ。
 幸い、こうゆう人間は既に経験済みだ。
 でも、僕の計算上、あまり時間がない。もたもたしていると、追いつけなくなってしまう。
 だから今回は、遺書も書かずにとっとっ死んだほうが良さそうだ。
 そういえば最近、こんなことばかりやってるもんだから、とうとう人間の死因の五割以上が自殺と殺人になってしまい、深刻な社会問題となってしまったらしい。
 これからは、あまり目立った死に方はしない方がいいかな。
 死のうとしてるのがバレると、二年は隔離施設から解放してくれないらしいからな。
 まぁこの三十年、新たに生まれた人間は、八億人くらいしかいないらしいし、無理もないか。
 いっそ、全ての人間を隔離しちゃえばいいのに。
 腕時計のアラームが鳴った。
 おっと、これ以上はマズいな。一番手短な方法で、死ぬとするか。
 真っ青な空の下で、僕は真っ赤になって死んでいった。
 きっといつか来る、終わりのために。

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