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パフェイン0% (完) 『原題:今日創られる昨日』
作者: 全州明  (総ページ数: 9ページ)
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*2*

 扉の向こうは、大気圏ぎりぎりの空に繋がっているのだが、そこから落下しながら見る限りは、大して変わっていないように見える。
 強いて言うなら、前回降り立った神社が、前にもまして、古臭くなっている気がした。
 そしてその、古臭い神社に降り立ったセルゼルノは、再び宣言する
「我名はセルゼルノ、この世改のか―――」
「それ前も聞いた」
 半年ぶりに聞く、前と変わらぬその声に、セルゼルノはひそかに安堵した。
「なんだよ、最後まで言わせてくれよ」
「久しぶりね。あんた、普通に喋れるんじゃない」
「まぁね。あっ、そうそう、これ、返すは」
 セルゼルノが歴史の教科書を差し出すと、悦子はそれをすぐには受け取ろうとせず、しばしセルゼルノの手を睨む。
「ん? どうした?」
「どうしたじゃねぇよ!!」
 言うが早いか、悦子は持っていたスクールバックをセルゼルノの腹めがけて投げつけた。
「・・・・」
 しかしセルゼルノは、少し後ろによろけただけで、全く効いていない。
「痛く、ないの?」
 口を開かないセルゼルノに、恐る恐る問う。
「この世界の神だからね」
 それを聞くやいなや、『ちょっとやりすぎたかな・・・・』という若干の後悔を恥じ、悦子は目を背けた。
「ところで最近、なんか変わったこと起こってない?」
「変わったこと? そう言えば最近―――」
 悦子が何でもないように平然と話したその内容は、セルゼルノの目の色を変えた。


『晴』


 空でギラギラと光り輝くその光に無遠慮に照らされ、地面にはたくさんの影ができている。
 しかし、人気のない道路の、真ん中に立つ者の足元には、その影が見当たらない。
 かわりにその者の色は影のように黒く、その輪郭は、蜃気楼のようにぼやけ、その姿形は、煙と霧の塊のようで、まるで原型をとどめていない。
 存在すら曖昧なその者は、どこにあるのかわからない口を開き、しゃがれた声で呟いた。
「見つケタ。あいツダ。アイつハ、ホかトハチがウ。きょウカラ、あいツニなル」
 その不定形な眼の視線は、T字路の奥の路地裏に倒れ込む、一人の少女に注がれていた。
 ぼんやりと形の残る両足で、一歩一歩、ゆっくりと歩き出す。
 しかし、足音の立たぬその両足は、まるで質量を感じさせない。

「―――それで? その事件の犯人はまだ捕まってないのか?」
「うん、そうらしいよ。なんか気味悪いよね。
 殺すんじゃなくて、体の一部を取って立ち去るなんて。
 しかも複数犯だって言われてるよ。よくそんなことできるよね? 本当に人間なのかな?」
「本当に人間なのか、か・・・・」
 『持ちかえり魔』と呼ばれる事件が、最近多発しているらしい。
 しかもそれは、全国各地で起こっているために、犯人は複数人いると言われている。
 なんでも、人を無差別に襲ってその体の一部を、衣服を残してもぎ取るらしい。
 一体なぜそんな事をする必要があるのかはわかっていないが、大抵の人が何かのショックで気絶して、目が覚めたら体の一部がなくなっていたと証言しているため、何らかの手段で気絶させてから、隠し持っていた刃物で体の一部を切断し、持ち去るのではないかと言われている。
 その手口の残酷さと行われている規模で、一種の災害のように恐れられ、その被害者は、軽く百人を超えると言う。
「ん? どうしたの?」
「いや、もしかしたら、本当に人間じゃないかもしれないって、思ってさ」
「まさか。冗談でしょ」
 本気で言ったつもりだったのだが、悦子にはまるで相手にされず、笑われてしまった。
「あっ、いっけない。もう帰らなくちゃ。最近何かと物騒だし。変な奴もでるし」
 最後のはセルゼルノに言ったのだが、彼は全く気付かなかった。
「そうか。じゃあな」
 セルゼルノが軽く手を振ったのを無視し、悦子は背を向けて、とっとと立ち去ってしまった。
 セルゼルノには、まだ辺りが明るいように感じたが、その後あっというまに暗くなったため、すぐに納得した。そして、その色を見て、セルゼルノは、やり忘れていたことがあるのに気がつき、ダメ元でではあるが、右手を天高く上げ、強く念じながら、呟く。
「我もとに戻れ」
 すると、四方から夜の闇よりも黒い霧のようなものがこちらに迫ってきたかと思えば、セルゼルノの手の中へと吸い込まれていった。
「・・・・やっぱりか」
 分身たちが、セルゼルノのもとに戻ってきたのだ。
 近くには一体も見当たらなかったというのに。
 しかし、まだ足りない。セルゼルノは、しばらく考え込み、一つの仮定にたどりつく。
 おそらく、この戻ってこない分身のうちの何体かが、待ちかえり魔の正体だ。


『曇』


 やけに白い肌に触れると、ひんやりと冷たい。
 呼吸をしておらず、強く揺すっても、全く反応しない。
 目の前の少女は、明らかに死んでいた。
 しかしその者は、?死?を知らず、そのことに気がつかない。
「こレだ。こイツダ。コイつハ、逃げヨウとしナいシ、アの違和感モナい。
 決メた。今日カラ、こいツニナる」
 立ち上がり、改めて体全体を見てから、その者は、満足したように何度も頷き、少女に黒い手を伸ばす。しかし、その途中、声がかかった。
「誰よアンタ? その子に何してるの?」
 声のした方を見ると、路地裏を抜けた先に、中年の女が、訝しんだ表情で立っていた。
 どうやらこの女は、その者が暗がりにいるために、あらぬ勘違いをしているようだった。
 なぜならその者は、この世界の誰でもないのだから。
 その者も、その事に気がつき、明るみに出て、自らの姿を露わにした。
 空にはいつの間にか雲がかかり、光が遮られているために、その者に影がないことは気付かれていないようだが、女があることに気がつくには十分だった。
「あぁ、アンタ・・・・何、なの・・・・」
 先程の気迫は青空とともに失せ、女の目には、恐怖の色と後悔の色が浮かんでいた。
 あまりの恐怖に腰を抜かしたのか、女は尻もちをついたまま後づ去る。
 その者は、その場に立ちつくしたまま、女の問いに答えた。
「我、人ト非なルモのナり」
 がくがくと震えながら、なんとか立ち上がった中年の女は、何度も転びそうになりながらも、必死の思いで逃げ出した。人ト非なるものと名乗ったその者は、それを静かに見届けてから、再び路地裏の暗がりへと姿を消した。

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