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ユキノココロ【完結】
作者: ゴマ猫  (総ページ数: 79ページ)
関連タグ: 恋愛 切ない 三角関係 先輩 幼なじみ  
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*56*

「……何、これ?」

「……火事があって、家がなくなった」

 焼け跡がまだ生々しく残る俺のアパート跡地にやってきて、渚は信じられないといった顔で俺に問いかけてくる。渚から問いかけられた疑問に俺はなるべく簡潔に答えたのだが、その瞬間、渚の表情がどんどんと不機嫌になっていった。

「はい!? どうしてそんな大事な事を今まで言わなかったのよ!」

「いや、心配かけると思ったし。言ったら家に住めとか言っただろ?」

 俺がそう言うと、渚は深いため息をついて顔を伏せる。
 別に悪気があったとか、渚にどうしても言いたくなかったわけじゃない。いつかはバレると思っていたし、あくまでも心配をかけたくなくて黙っていただけだ。

「……ねぇ、準一。私って、そんなに頼りないかな?」

 渚は顔を上げると、寂しそうな表情と声音で俺に問いかける。

「そんな事はない。いつも飯とか渚に頼ってるし。俺はこれ以上、渚に心配かけたくないだけだよ」

「心配かけたっていいじゃない! 心配ぐらいさせてよ! いつもそうやって、何でもひとりで解決しようとして……」

「……渚さん」

 隣りに居たユキは渚を見て複雑な表情で呟く。渚の瞳からは大粒の涙が溢れ出していた。そんなつもりじゃなかった。渚に心配かけないように、悲しませないように、ただそれだけだったのに。俺は間違ってたんだろうか。

「……やっぱり私は、先輩にはかなわないのかな。どんなに頑張っても、幼なじみなのかな」

 そう自嘲気味に話す渚を見ていると胸が痛くなる。

「そこでどうして先輩が出てくるんだよ?」

「……準一、最近は先輩とよく会ってるじゃない。この前も先輩の方が先で、私が事情を知ったのは全部終わってからだった。先輩可愛いし、性格も落ち着いてて大人の女性って感じで、完璧だし。準一が好きになる気持ちも――」

「待て、待て待て。誤解してるぞ」

 先輩の印象は俺も渚と変わらなかったけど、先日のあの一件のせいで俺の先輩への印象は、がらっと変わってしまった。先輩は完璧な人に見えるけど、ちょっと変な人でもある。
 何かと最近は絡む機会が多かっただけで、積極的に絡みにいった訳ではない。この間の事もたまたまだし。もちろん、可愛い人だと思うし、一緒に居て疲れたりはしないけど。
 好きって、どういう事なんだろうな。そう考えると、先輩への好きは疑問符がつく。

「誤解なんかしてない! 誤解なんか、してないよ……。準一は鈍いからわからないだろうけど、私にはわかる。先輩は準一の事が好き。見てるとわかっちゃうんだよ」

 いつになく取り乱した様子で渚はそう言う。
 渚の言っている事は当たっている。実際に俺は先輩に告白なんてされたのだ。告白されるなんて思ってもみなかったし、俺のどこがいいのかいまだにわからない。
それと、幼い頃に淡い想いを抱いた相手でもある事がつい最近発覚した。初めて好きだと言われた事で、嬉しいという気持ちより戸惑いの気持ちの方が今は強い。
 なんか前にもこんな風に渚に言われたよな。それも先輩絡みだった。

「なぁ、なんでそんなに先輩の事が気になるんだよ?」

「……だからだよ」

「……えっ?」

 渚が呟くようになにか言ったが、声が小さすぎて聞き取れなかった。
 俺が聞き返すと、渚は俯いてとても言いづらい事のように眉根を寄せる。そして――

「準一の事が好きだからだよ! バカッ!」

 次の瞬間、渚はこの一帯に響き渡るような声でそう叫んだ。
 長い、とても長い沈黙が流れる。突然の事で状況を把握できない俺はその場で硬直してしまった。どれくらい硬直していたのだろう。多分、時間にしたら数十秒の出来事だったのかもしれない。ドサッという物音が背後からして我に返り、振り向くとそこには見慣れた顔があった。

「……き、清川くん」

 ぽつんと佇む先輩は、戸惑うような揺れる綺麗な瞳でこちらを見ていて、そのつややかなセミロングの黒髪は夜風に吹かれていた。

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