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*56*
「……何、これ?」
「……火事があって、家がなくなった」
焼け跡がまだ生々しく残る俺のアパート跡地にやってきて、渚は信じられないといった顔で俺に問いかけてくる。渚から問いかけられた疑問に俺はなるべく簡潔に答えたのだが、その瞬間、渚の表情がどんどんと不機嫌になっていった。
「はい!? どうしてそんな大事な事を今まで言わなかったのよ!」
「いや、心配かけると思ったし。言ったら家に住めとか言っただろ?」
俺がそう言うと、渚は深いため息をついて顔を伏せる。
別に悪気があったとか、渚にどうしても言いたくなかったわけじゃない。いつかはバレると思っていたし、あくまでも心配をかけたくなくて黙っていただけだ。
「……ねぇ、準一。私って、そんなに頼りないかな?」
渚は顔を上げると、寂しそうな表情と声音で俺に問いかける。
「そんな事はない。いつも飯とか渚に頼ってるし。俺はこれ以上、渚に心配かけたくないだけだよ」
「心配かけたっていいじゃない! 心配ぐらいさせてよ! いつもそうやって、何でもひとりで解決しようとして……」
「……渚さん」
隣りに居たユキは渚を見て複雑な表情で呟く。渚の瞳からは大粒の涙が溢れ出していた。そんなつもりじゃなかった。渚に心配かけないように、悲しませないように、ただそれだけだったのに。俺は間違ってたんだろうか。
「……やっぱり私は、先輩にはかなわないのかな。どんなに頑張っても、幼なじみなのかな」
そう自嘲気味に話す渚を見ていると胸が痛くなる。
「そこでどうして先輩が出てくるんだよ?」
「……準一、最近は先輩とよく会ってるじゃない。この前も先輩の方が先で、私が事情を知ったのは全部終わってからだった。先輩可愛いし、性格も落ち着いてて大人の女性って感じで、完璧だし。準一が好きになる気持ちも――」
「待て、待て待て。誤解してるぞ」
先輩の印象は俺も渚と変わらなかったけど、先日のあの一件のせいで俺の先輩への印象は、がらっと変わってしまった。先輩は完璧な人に見えるけど、ちょっと変な人でもある。
何かと最近は絡む機会が多かっただけで、積極的に絡みにいった訳ではない。この間の事もたまたまだし。もちろん、可愛い人だと思うし、一緒に居て疲れたりはしないけど。
好きって、どういう事なんだろうな。そう考えると、先輩への好きは疑問符がつく。
「誤解なんかしてない! 誤解なんか、してないよ……。準一は鈍いからわからないだろうけど、私にはわかる。先輩は準一の事が好き。見てるとわかっちゃうんだよ」
いつになく取り乱した様子で渚はそう言う。
渚の言っている事は当たっている。実際に俺は先輩に告白なんてされたのだ。告白されるなんて思ってもみなかったし、俺のどこがいいのかいまだにわからない。
それと、幼い頃に淡い想いを抱いた相手でもある事がつい最近発覚した。初めて好きだと言われた事で、嬉しいという気持ちより戸惑いの気持ちの方が今は強い。
なんか前にもこんな風に渚に言われたよな。それも先輩絡みだった。
「なぁ、なんでそんなに先輩の事が気になるんだよ?」
「……だからだよ」
「……えっ?」
渚が呟くようになにか言ったが、声が小さすぎて聞き取れなかった。
俺が聞き返すと、渚は俯いてとても言いづらい事のように眉根を寄せる。そして――
「準一の事が好きだからだよ! バカッ!」
次の瞬間、渚はこの一帯に響き渡るような声でそう叫んだ。
長い、とても長い沈黙が流れる。突然の事で状況を把握できない俺はその場で硬直してしまった。どれくらい硬直していたのだろう。多分、時間にしたら数十秒の出来事だったのかもしれない。ドサッという物音が背後からして我に返り、振り向くとそこには見慣れた顔があった。
「……き、清川くん」
ぽつんと佇む先輩は、戸惑うような揺れる綺麗な瞳でこちらを見ていて、そのつややかなセミロングの黒髪は夜風に吹かれていた。