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数学恋草物語 Chapter1
作者: 恋音飛鳥  (総ページ数: 7ページ)
関連タグ: 数学恋草物語 飴野夜恋 九石優也 恋愛 数学 理系ホイホイ 
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*3*

 「おはようございまーす」
教室のドアを開けてあいさつすると、一瞬、クラスメイト達が喋るのをやめて、冷たい視線を向けてくる。
 その後、全員が全員自分たちのおしゃべりに戻る。誰も挨拶を返してくれる人なんていない。
 私は自分の席に着くとため息をついた。
 九石と離れたくなかった理由はこれだ。
 私は、2−2、九石は2−1でクラスが違う。
 数学の特待生という立ち位置の私はクラスの中でも少し浮いた存在だった。数学に限らず、ほかの特待生でもそうなのかもしれないが。
「私たちは一生懸命勉強して、高倍率にも勝って入学したのにずるい」
そんな声が聞こえないわけでもない。もちろん、私は私なりにいろいろ努力があった訳だが、分かってはもらえないだろう。
 また、入学当初、友達がほしく、精一杯明るく振舞っていたら、逆に「ぶりっ子」認定を受けてしまい、尚更孤立した。
 何度か退学しようか迷ったこともある。しかし、何度も大会の優秀者名簿で1位を取っていた九石優也に勝ちたい、追い抜きたい、そんな気持ちのほうがいつも強く、今日もこの学校に通っている、
「結局いいのは表向きだけなんだよなぁ…」
小さい声で呟いた。
 でも、そこでずっと悩んでいるわけにはいかない。
 机にノートを開き、現在個人的に研究しているパスカルの三角形を眺める。
 どこからかバカにしたような笑いが聞こえてきた。知らないふりをして、なお机に向かう。
 「あ、九石くーん?2組に何か用ー?」
クラスの女子の一人がドアのほうになぜかいる九石に駆け寄った。語尾にハートマークがつきそうな声色に嫌気がさす。
「ごめん、飴野夜に届け物」
「あ、飴野夜さーん、九石君が呼んでるよー?」
普段は裏で「え、飴野夜さん?キモイよねーあの子。数学ばっかりやってるくせにぶりっ子でさーw」とか言ってるくせに、こういうときだけ人がよさそうに猫を被るのだ。
九石が学年中の女子からモテているのは知っていた。
 九石は数学特待生として入学しているものの、その他の教科も成績優秀で、学年トップを維持している。そのうえ、顔も悪くないし、背も高い。性格は若干不愛想だけれど、たまに優しいところもあるし。
 私の恋の標的にはならないけれど、モテる理由は理解できる。
 きっとこいつも九石好きだから、九石の前では猫被ってるんだろうな、と予想が付いた。
 「何、何か用?」
「『何かないと話しかけちゃダメ』、なのかよ」
明らかにからかい口調の九石にイラついた。
「…まぁ、そんな怖い顔するなよ。それより、」
はい、と一枚の紙を渡される。裏返すと幾何の問題が一問。若干(控えめな表現だ)悪筆な文字が並んでいる。
「今日の帰りまでに解けよー」
「はぁ!?時間ないじゃん!?」
「どうせお前卒業証書渡されてる間暇だろ?予行の時寝てたくせに」
「何見てんの!?このストーカー!」
「『ストーカー』じゃねーし。お前言葉気を付けろ」
頑張れよー、と手を振って九石は1組に戻っていく。
 不意にクラス中の女子からの冷たい視線を背中に感じた。クラス中の嫌われ者がクラス中の人気者と仲良く話していることに対する憎しみ、怒り、嫉妬、そんなものが感じられる。
 溜息をついて席に戻る。
「本当に時間ないのに、こんな難しい問題出しやがって…」
「パスカルの三角形」研究ノートを閉じ、プリントに向かう。
 でも、
「…こういうのも悪くないかもね。」
独り言はすっ、と消えていった。
 式が始まるとさすがにペンと紙を持つことはできないので暗算するしかない。しかし、幾何の問題を暗算しろと言うのも酷な話だ。
「やっぱり、それまでに解いちゃいたいなぁ…」
 でも、あの天才九石の出す問題がそう簡単に解けるはずもなく、結局式に持ち越しとなった。

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