完結小説図書館
>>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック
*4*
私の目はさっきからずっと空中をさ迷っている。周りから見れば頭のおかしい人だろう。またクラスで馬鹿にされる要因が増える。
けれど、そうでもしないと幾何を図を書かずに解くなんて不可能だ。
一学年200人の名前が一人ずつ読み上げられていく。一人10秒だとして、2000秒、つまりは焼く34分…。
私は部活や委員会に入っていない。入ればまたその中で孤立するから入りたくもない。
よって、親しい上級生も居ないわけで、卒業式で別れを惜しんだりすることもないわけで。
強いて言うなら、4月から最高学年なんだなー、くらいの実感しかない。
考えても考えても思考の闇に埋もれていく。手を動かさずして数学を解くなんてこと、やっぱり私にはできない。
パイプいすは少し動くだけでギギィーッ、と音を立ててしまうので、なるべく動かないようにして首だけを動かして、1組の方を見る。
列の一番端に座っていた九石は私の視線に気づくと口パクで(解けた?)と聞いてきた。本来なら、「図書かないで解けるわけないでしょ、バーカッ!!」くらい言ってやりたいものだが、式の最中なので、首を横に振るだけにとどめておく。
九石はニヤッと笑うと前を向き、眠そうに檀上の卒業生を見つめた。
制服の胸ポケットにはシャーペン(某数学の大会の参加賞)と生徒手帳が入っている。私は、先生が見ていないのを確認して、それらを取り出し生徒手帳のメモ用紙に例の問題を解き始めた。
不意に思い付きで一本の補助線を引いてみた。
「あ」
解けた。
なんでこれまで気づかなかったのだろう。ここ1本引くだけじゃないか。
あとは相似比と方べきと三平方計算するだけ……
「卒業生在校生、起立」
ガシャン、と言う音がして、周りが全員立っていた。慌てて、1テンポ遅れて私も立つ。
座ってふぅ…とため息をつくと、どこからかククク…と笑い声が聞こえてきた。振り返ってみると、1組の方で九石が吹き出していた。
――あの野郎、後で覚えてろ。
そんな私の胸の内を知らずして、問題を出してきた当の本人は笑いこけていた。
学校長のありがたい(はずの)言葉の間に私は計算を終えると、あとはもう2度と立つタイミングを間違えないようにするだけ、と思った。