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*2*
*九石Side*
飴野夜にプリントを押し付けた俺は一人で廊下を歩いていた。
「ありがとう」と微笑んだ彼女を見て、一瞬にして顔が熱くなった。真っ赤になっているであろうその顔を見られたくなくて、教室を飛び出したのは良いものの、
「どこも行くところない…」
仕方なく、廊下を散歩している次第だ。
飴野夜恋。その名前を初めて知ったのは小3の時。その頃の俺はあまり算数や数学が得意ではなかった。小3の夏に出たコンテストでは、成績優秀者の表にも載れていなかった。
けれど、そのコンテストの成績表を見て驚いた。
「飴野夜恋…満点!?」
全受験生の平均点は30点にもみたっていなかった。それなのに、100点をとれるやつがいるとは。
「すげぇ…」
気になって、何者なのかネットで調べてみた。
どれだけ数学界で有名な奴かは一目でわかった。数多くの大会でたくさんの賞を取っている。
けれど、その顔写真を見たとき、あまり頭の良さそうなやつじゃないな、と思った。背も小さく(写真を見たときは廻りのやつらが高すぎるだけかとも思ったが、その後本当に小さいやつだと分かった。)、当時の俺は少々がっかりした。こんなやつに負けるなんて。
その後、一生懸命数学を勉強し、小4の同じ大会で俺は97点を取り、金賞を取った。飴野夜は92点。わずか5点という僅差ではあったが。
初めて表彰台に乗り、初めて実物の飴野夜と会った。その時、写真を見た時と違う印象を受けた。確かに、背は小さく、実年齢より2歳は幼く見えた。
けれど、その表情を見て、俺は凍りついた。銀賞を取ったにもかかわらず悔しげな表情。一瞬緊張しているだけかとも思ったが、違った。悔しいんだ、こいつは。
それからずっと俺も飴野夜も数学をずっとやってきた。お互いをライバルだと思って。
――俺がこの学校に居るのは、ある意味あいつのおかげなのかもな。
ライバルがいて、そいつに勝ちたいと思えるからこそ伸びる。その実感があった。
学校に着くやつが多くなってきた。下駄箱の方からはクラス替えの結果に一喜一憂する声が聞こえてくる。
「あ、九石君!同じクラスだねー、よろしく!」
すれ違い際に笑顔で行ってくる女子がいるが、そいつらには「よろしく」とだけ返して歩みを進める。
自慢でなくとも、自分がモテているのは知っていた。だけど、ごめん。俺、好きな奴いるんだ。
今頃そいつは必死に問題を解いているはずだ。「くそぅ…九石め…私はパスカルの三角形がやりたいのに…」とか言いながら。向こうが俺の事をどう思っているかは知らない。きっとただの数学のライバル、友達の位置づけにも入れていないんだろうなぁ、と思う。少し寂しい気もするけど、きっとそれでも良いんだ。
一生懸命数学に取り組む姿や負けず嫌いな所。ライバルとしても尊敬できるその姿に、俺はいつの間にか惹かれていた。
始業まであと5分。もう飴野夜もあの問題とけてるだろうし、と俺は教室に戻った。
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