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*3*
*飴野夜Side*
どうしてだろう、涙が止まらないよ?
1人きりの教室で私は泣き続けた。手にしたプリントはもう文字が読めないほど、ぐちゃぐちゃにぬれている。
久しぶりに優しくしてもらえた優しさが、数学をさせてくれなかった。
ようやく泣き止んだとき、時計を見るともう7:45。もうすぐ他の人達もやってくるはずだ。
九石の問題はもう解けないので、代わりに研究ノートを開いて、気になる事をメモしていく。
教室はだんだん騒がしくなってきた。もしかして、と思って鉛筆からマーカーに持ち替えたとき、
「飴野夜さん同じクラスなんだぁ、よろしくね」
嫌味ったらしく声をかけられた。面と向かって話をしたくないので、ノートを見たまま「よろしく」とだけ感情のこもらない声で言う。
「あれ、九石君も同じクラスなんだね、飴野夜さん?」
もともと知ってたくせに。「そうらしいね」と興味のない返事をする。けれど、その言い方に腹が立ったのか、相手はもっと嫌味な言い方で言ってきた。
「飴野夜さん、九石君と同じクラスになれたからって今以上に近づかないでよ?」
私はふっと顔を上げて彼女を見上げる。
「同じ数学の特待生だからっていい気になっているんでしょうけどそれが何?九石君は優しいからアンタみたいなクズにも優しくしてくれてるだけよ」
そうそう、と周りの聞いていた女子も集って来る。そして、口々に暴言を吐いてくる。
「まぁ、あんたみたいな無脳にもこの言葉の意味ぐらいは分かるでしょ。これ以上九石君に近づいたら殺すから。あ、これ物理的にね」
「そうそう、中学生なんてまだ少年法適用されるから、社会復帰なんて簡単にできちゃうしね」
アハハハ…と笑う彼女らを遠巻きに見つめる男子からは、「酷くね?」「いくらぶりっ子の飴野夜だからって…」といった声も聞こえるが、最終的には他人のふりをするだけだ。
私はうつむいたまま、自分の時計を見つめる。8:15。あと5分後が始業だから、長くても5分の辛抱。
唇をかみ、未だに聞こえ続ける暴言の嵐に耐えることだけに専念する。
「飴野夜ー、解けたー?」
ガラッと教室のドアを開けて、空気を読まずに登場したのは、話題の九石だった。
女子たちは私を一回睨んだのちに散って、それぞれが自分達の話をし始める。
「あれ、話の邪魔しちゃった、俺?」
「いや、大丈夫だよ…うん…」
「大丈夫じゃねーだろ」
え、と私は顔を上げる。
「お前、泣いてんじゃん」
嘘、と目元を拭うと服がぬれた。
「こ、これは…!目にゴミが入っただけで…!」
「目にゴミが入っただけでプリントぐちゃぐちゃになるほど泣いたのかよ」
それは泣いた理由が違うのだが。
「これは違うの!…ごめん、問題せっかく作ってくれたのに…」
「いや、それは別にいいんだけどさ…」
キーンコーンカーンコーンと始業のベルが鳴り響く。ドタバタと九石も含め殆どの生徒が自席に戻っていく。
私は一人自席で溜息をついた。
私はこの世の中に必要とされていないのではないか、そんな気さえしてしまった。