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*6*
**九石Side**
彼女が走り去ってから、俺はすぐにため息をついた。
「すっとお前の隣で数学していたい」
…何を言っているんだ!?俺は!?
プロポーズか!?一生隣に居たい!?早すぎる!
それでも気づかないってあいつも鈍いんだな…。そんな所も好きだったりするのだけれど。
それにしても嫌な予感がする。雨脚がさらに強くなり、雷も鳴り出した。
「…そろそろ帰るか」
ノートと筆箱をまとめ始める。同室の奴らも心配しているだろう。就寝時刻からはもう30分近く経っていた。
まとめ終わって、自室の方へ足を向けかけたとき。
「助けてっ!九石ッ!」
…間違いない、飴野夜の声だ。そして、間違えなく俺の名前を呼んでいた。
声の下方向は先程飴野夜の駆けていった方向。その方向に向かって、俺も全力で走る。
廊下は暗く、怪しげな雰囲気、危険な空気を醸し出していた。
そして、その奥に、4人の男に囲まれる飴野夜を見つけた。
「…あいつら、何やってんだよ…」
飴野夜の目から大粒の涙がこぼれているのが見える。
「飴野夜の知り合いじゃないですよね。どちら様ですか」
暗い廊下に俺の声が響く。一瞬、男達は喋るのを止め、こっちを向く。
「あぁん?いきなり口出して来てんじゃねーよ?ガキが!」
「あぁ、そうか、この嬢ちゃんの兄貴?兄妹で夜の肝試しかよ。仲は良くても間が悪いぜ」
男共に押さえつけられ、飴野夜は一言も発せないまま、ただただ怯えたように泣いていた。
――彼女にこんな顔させんじゃねーよ。
怒りがわいた。いつも優しく、明るくて、俺の大好きな飴野夜に怖い思いをさせて、泣かせて。
飴野夜が自分のものでないのは分かってる。けれど、自分の好きな人がつらい思いをしているとき、救えないのであれば、それは本物の「好き」ではない。
「…ふざけんじゃねーよ。飴野夜に指一本触れる権利さえお前らにはねーよ」
相手が少しでもひるむように、精一杯の声を上げて。
飴野夜を守りたい、その一心で。
「生意気な事言ってんじゃねーよ、どうなるか分かってんだろうな?」
「おいお前ら、嬢ちゃんを押さえておけ。先にこっちをかたづけちまうからさ」
リーダーっぽいやつともう1人の男がこぶしを鳴らしながら近づいてくる。
「…そんなッダメ!九石、逃げてっ!お願い、逃げて!」
――助けて、って俺の名前を呼んだ奴は何処のどいつだったんだよ
相手は大人の男2人。俺の方が不利なのは誰がどう見たって明らかだった。
それでも、時間稼ぎにはなるだろう。その間に誰か別の人が助けに来てくれるかもしれない。第三者を頼ってしまうあたりがとても情けないけれども。
「誰が逃げるかよ。よんだのはお前だろ?」
フッ、と笑いがこぼれた。
好きなら、本当に好きなら、助けるんだ。
「生意気そうに笑っても無駄だっつーの」
男のうちの一人がそのままこぶしで殴りかかってくる。口の端に当たった感覚がいたかった。切れて、血まで出ていた。
けれど、飴野夜のためなら。こんなの痛くも何ともない。
「やめて!お願い!何でもするから、九石に手出さないで!」
「飴野夜、やめろっ」
体中を2人掛りで殴られ、もう数か所痣が出来ているのが分かった。飴野夜の声よりも殴られる音の方が大きく聞こえる。「…めて!…お…が…!」くらいに音が落ちて聞こえた。
「…ッ…。」
建てないほど軋む体。朦朧とする意識。目眩、吐き気、出血。
「さっきはあんなに意気込んでたのにもう終わりかよ。反撃も全くしないなんてな」
…まだだ。
守り切りたい。
守らないと。
それが俺の運命(さだめ)なら。
ボロボロになった足に力を入れて立つ・
「……。」
視界が眩む。もう…駄目かもしれない。
そう思った瞬間、みぞおちに強い衝撃を感じた。
泣き叫ぶ飴野夜の声。
あざ笑うかのような男たちの声。
かすかに見えた、懐中電灯の灯り。
「…情けない俺で…本当にごめん」
最後にそう呟いて。
俺の視界は完璧に闇に包まれた。