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*1*
「空って綺麗かな?」
「はあ?」
口から本音とも言える一言がでてしまった。
「ねえきみ」だとか「ちょっとそこのお嬢さん」だとかの前置きのような言葉が得られなかったからだ。
いや、得られたとしても同じ返答をしていただろう。なにしろ――話しかけてきた男性は、わたしにとっては赤の他人なのだから。
「そりゃ、まあ……綺麗だとは思いますけど」
「じゃあ、きみ」
「はい?」
「僕の娘は元気かな?」
――なんじゃそりゃ。変な質問ばっかり。
そう思いながら、一センチ一センチ、少しずつ……男性との距離を広めていく。
早く家に帰りたかったし、この男性と話すと、疲れる。
なんだか母が作ってくれるシチューやらカレーやら――いや、違う。ただの家庭料理が食べたくなってくる。
今は四時なのに。まだ四時なのに。四時といっても午後だったので、もう四時とも言えると思うが。
とにかく帰りたい。その気持ちがわたしを包みこんでいった。
「僕の妻は、娘は、家族は――」
「知りません」
「元気だと――」
「だから、知りません」
「……きみは冷たいね」
「ええ、よく言われます」
嘘だ。そうわたしは心の中で言っていた。
クラスでは割と明るいキャラで通っているし、成績も、まあ、いい。
決して冷たい人間ではないはずだ。――いや、待て。
「……明るいと思っていたけど、これは自分が思っているだけなのかも」
「そうかい? きみは僕から見ても明るい人だと思うな」
「さっき、冷たいねって言いましたよね」
「うん、言ったよ。言葉の声がね」
――言葉の声ってなによ。
もう我慢できない。普通の日々に普通じゃないのが混ざるのは嫌だ。
わたしはスタスタと男性から離れていき――少しして、男性が声を張りあげ質問してきた。
――ここのところ、曇りがずうっと続いているようだけど。僕に空を見せてくれないかい?
誰が、見せるもんか。
わたしは心の中で怒声をあげながら、帰り道を一人寂しく歩いていった。