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*7*
ぼくと別れ、二年生の教室に桃が入るシーンが流れる。
しばらくしてホームルームが始まり、何気ない授業の様子が映される。
なんだ、心配して損をした。
桃は楽しく学校生活を過ごしているじゃないか。
給食時間が終わり、昼休みになる。
ここで、事件が起きたのだ。
クラスメートの男子が桃に近づいてこんなことを言った。
「おまえの兄ちゃんって変だよな」
「いっつもぬいぐるみはめて独り言してるし」
「五年生なのに、幼稚園生みたい」
「変だよねぇ」
「そうだよねぇ」
「ぎゃははははは! 似てる似てる!」
心ない言葉が次々と桃に浴びせられる。
ぼくの口調の真似をして笑いをとる子もいる。
桃はピンクの瞳に涙を浮かばせ、服のポケットに手を入れる。
その中に入っているのは、ダイナマイト。
しかしながら、彼女は俯いてその手を出した。
投げてはいけないと分かっているため、理性で制御したのだろう。
しかし、その背中には兄をバカにされて悔しいという思いが、ありありと見て取れた。
桃は、ぼくの知らない間でこんなにも悪口を言われていたのか。
それを悟られないように、気丈に振る舞っていたなんて、知らなかった。無意識のうちに、目から水滴が流れ落ちるのを感じる。
ぼく、もしかして泣いてる……?
「京、これで拭いて」
「ありがとう」
トーマから手渡されたハンカチで涙を拭う。
桃、ぼくのせいで辛い思いをさせてごめんね。
きみはぼくにとってインストラクターかもしれない。
だけどそれ以前に、ぼくたちは家族なんだ。
ジャドウはリモコンのスイッチを押して映像を消す。
そしておもむろに立ち上がると、不敵な笑い声を出して向き直る。
彼は目が赤く光っており、死神そのものの凶悪な顔つきになっていた。
腰に装備しているレイピアを引き抜き、ぼくの喉元に突きつける。
「大形よ、妹の苦痛が目に見えて分かったであろう。
ならば、おとなしく魂ごとおれに消滅させられるがよい!!」
振り上げられる剣。
恐怖で目を瞑るぼく。
けれど、襲ってくるはずの激痛が感じられなかったので、おそるおそる目を開ける。
ぼくとジャドウの間には、これまで動きをみせなかったトーマガ立ちはだかっていた。
「トーマ=ヴェルナー。おれの邪魔をするなっ」
「ジャドウ、剣を鞘に納めて」
「断る! おれは奴に絶望を味あわせた後の魂を消滅させるためにここに来たのだ。今更引き上げられるか」
「お願い」
「なぜだ、トーマよ。おまえはどうして後ろの男を庇う。奴は魔界を支配しようとした悪人!
同情する余地などない。そのまま粛清した方が、魔界にもこの天国のためにもなるはずだ。
それをなぜ身を挺して守る? 答えよ、トーマ!」
「彼はぼくにとっての友達だから」
「友達……だと?」
「そうだよ、ジャドウ。彼は許されない過ちをしたかもしれない。けれど今は自分の行いを後悔して反省している。
だから、ぼくはこれ以上責める必要はないと思う。彼は地上に帰ったら、きっと、別人のように自分の魔力をいい方向に使うよ。
彼と言葉を交えて、ぼくはそれを確信したんだ。京は前みたいに悪に染まった人間じゃないって」
「……フンッ! 勝手にしろ!!」
トーマの言葉に、ジャドウは鼻息を荒くして出ていった。
「あぶないところをたすけてくれて、ありがとう」
「どうしたしまして」
ここにきて、ぼくの体が薄くなっているのに気が付いた。
「体が、消えかけている……!?」
「京、きみはそろそろ地上に帰らないといけないみたいだね。
体が仮死状態だと、家の人も心配するだろうし」
彼の言う通りだ。
ぼくはいつまでもここにいるわけにはいかない。
元の世界に帰ったらするべきことがたくさんある。
過去の過ちを償うために。
もしかすると、スターはトーマに合わせることで、自分にないものの存在に気づいてほしかったのかもしれない。
結局、部屋の外にも出ていないからここが本当に天国かどうかはわからない。だけど、これだけは言える。
トーマに出会えてよかった。
「元気でね、ぼくは天国からきみのことを見守っているよ」
彼は外国人らしく、友情の証としてぼくの頬にキスをした。
そのとき、何の気配も感じさせずにスターが現れた。
「大形くん、忘れ物を届けにきたよ」
それはぼくの両手のぬいぐるみ。
今ははめられることに恐怖を感じない。
なぜなら、ぼくは自分の優しさを取り戻したから。
「きみの背中に、さっきまで失われていた羽が見える」
「え?」
「天使の羽はね、人を愛し親切にする心そのものなんだよ。優しさに目覚めた今、きみの背中に羽が現れた」
背中を見ると、確かになかったはずの白い羽が生えている。
まるで、天使にでもなったみたいだ。
それはつまり、ぼくの心の成長を意味する。
「さあ、お家にお帰り大形くん。この日の出来事を忘れないようにね」
そしてぼくは、家に帰ってきた。
これからは、たくさんの人に愛を捧げよう。
トーマがぼくにしてくれたように。
おわり。