完結小説図書館
>>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック
*10*
目の前にあったのはいつも通りの日常。いつも通りの散らかった部屋にいつも通りの朝。
俺は普段の生活と変わらずベッドから起き上がり、歯を磨き、服を着替え、朝食を口にする。変わり映えのない日常に俺は案外退屈しながら、少し家でごろついた後、気分転換も兼ねて外へと出かけた。
今日が土曜日ということもあってか外に出かけている人が意外と多い。特にカップルとかカップルとかカップルとか。
俺への当てつけかと言わんばかりにイチャイチャしながら歩いている。
彼女がいない俺にとってはとてもいられた場所じゃない。
早々にこの場を立ち去ろうじゃないか。
そう自分に言い聞かせつつ、足早にこの場を離れていく。
それからどれくらい歩いたのか、俺は近くのベンチに腰を置いた。ふぅ…と一息吐くと、自分の頭上にある木々の木洩れ日を見上げながら落ち着いた気分になった。
俺の今いる場所は一つの近くの散歩としては有名なスポットだ。一つの川を挟んで沢山の木々が並ぶ道で春には沢山の花を咲かせて沢山の観光客や地元の人が立ち寄る場所でもある。
今はその春でも何でもないのでここで散歩する人は少ない。
落ち着きたい時には絶好の場所だ。
それからボーとしていると、なぜだか朝の出来事を思い出した。朝の出来事と言ってもただの夢だ。
内容こそはあまり思い出せないが、何か大切なことを誰かと約束した気がする。とても温かくて、どこか切ない気分がどうしても残っていた。誰かと話していた。それだけは分かっていた。
けど、誰だったんだ?
「約束……」
ふとこんなことを呟いた。
俺は誰と約束したんだ?相手はどんな奴だった?男?女?
どんなに思い出そうと努力してもどうしても思い出せない。もしかしてどうでも良い約束なのか?ひょっとしてしょうもないことなのか?
俺の中でそんな考えが流れ始めた。
その時、
『忘れないから!』
「ッ!?」
ふと頭の中で流れたとある言葉。女の子の明るい声が頭の中で響いた。なぜかとても聞き慣れた声で、違和感を感じさせなかった。そして一瞬だが、その声の主の顔が映画の一場面のように浮かび上がった。
「ああ……覚えてる」
覚えてる、確かに覚えてる。俺は誰かと不思議な場所で約束をした。どんなことで約束したのかは覚えていないが、何か重要なことを約束した。そして、今見た彼女のその表情はとても明かるげだったが、どこか切なげだった。
ここからどんなに思い出そうと頑張ったが結果は変わらなかった。
現状が変わらないまま数分が経ち、ここにいて考えても仕方ないと判断した俺は家に帰ることにした。だが、このまままっすぐ家に帰る気分でもなかったのでどこか寄り道してから帰ろうと考えた。
俺はベンチから立ち上がり、何も考えず足を進める。どこに行くかも分からない行き当たりばったりで…。
しばらく歩いていくうちに一軒の花屋を通り過ぎた。どこにでもあるようなおしゃれで可愛らしい小さな花屋だったが店の前に置いてある花に目が留まった。
紫色の細かい花びらがたくさんついた花。花の隣にはプレートがあり、そこには『オオカッコウアザミ』と書かれていた。たぶんあの花のことだろう。特に珍しいというわけでもなくどこにでも生えてそうな花なのになぜだろうか。
この場で見るのは初めてなのに前にもどこかで見たような気がした。
―――――――――――――――――――
「はぁ…」
俺はため息を吐いて道を歩いていた。片手にはさっき花屋の前に置いてあったオオカッコウアザミが花束として抱きしめられた状態にある。
なぜこんなものを…。
思い出も何もない花を衝動的に買ってしまうのは初めてだった。きっとさっきの夢の記憶に関連してるのかと思われるが、それより優先すべきがこれをどこに飾るかで困っていた。
家に飾るとしても花瓶なんていう大層なものは置いてないし、ましてやわざわざ花瓶を買う気にもならないし…。
再び零れるため息。
その時、俺は足を止めある場所へと視線を向けた。
俺が歩いている歩道の向かい側の歩道に黒い服を着た男性や女性が複数人ある建物に入っていくのを見た。黒い服と言ってもそんな怪しいものでもないやつだ。
所謂、喪服だ。
たぶん、誰かが死んでその告別式か葬式のどちらかだろう。
まぁ、他人の俺からしたら関係のないことだ。
俺はそう思いながら歩き出そうとした時だった。
「……!」
建物から人が出てくる際、開いた扉の向こうに死んだと思われる女の子の遺影が視界に入った。ここの歩道と向うの歩道の距離は決して近いわけではないが、それは確かに女の子だって分かった。
その写真が目に入った瞬間、なぜだか体が反射的に動いていた。間に車道があるにも関わらず、俺は関係なくそこを突っ切った。そして、建物の扉を勢いよく開け、構わず中へと突き進む。
「お、おいなんだね!君は!?」
「ちょっと誰か!!この子止めて!!」
「きゃあ!!」
色々な年齢層の人達が俺を見ては色々言ってくるが俺はそれを気にすることなく進む。ここで一体俺は何をしているんだ、頭の中ではそう理解しているのに体が言うことを聞かなかった。
そして、式が挙げられていると思われる会場の扉を半場突き破るような形で開ける。それと同時に死んだ女の子の身内や親戚が軽い悲鳴を上げたりして、一斉に俺を見ていた。
息も絶え絶えになりながら俺はそれを気にすることなく、ある方向へと視線を向けた。そこには銀髪の髪に子供っぽさを残す無邪気な笑みを浮かべる女の子が遺影に収められていた。
俺は急な脱力感に襲われ、その場にへなへなと座り込んでしまった。片手に持っていたアザミも今の行動で花びらが無残に散り、それがまるで死を表しているかのような状態だった。
ウソだろ…。
『やっほぉぉ!!』
お願いだ…。
『よし、じゃああなたはテンパ君だね!』
やめてくれ…。
『うん、テンパ君が言うことが本当なら次の私はあなたを忘れてる……だけど、私であることに変わりはないから誘ってくれると嬉しいな!』
ウソだと言ってくれ…。
『ごめんね。全部忘れちゃって…』
何でお前が…。
『だから、あなたがまた私に会ってくれると嬉しいなーって思う!』
何で……。
『また明日ね、ミンミン君』
また会えるって…。
『私も……ってこと』
約束したじゃないか…。
『また会えるよ!諦めなければ!』
「ユメ……」
そして、突然前触れもなく頭の中に流れてくる夢(ユメ)の記憶。唯一欠けてはならないとても大切な記憶だった。なのに俺はなぜ…どうして忘れていたんだ。気づけば俺は涙を流していた。
横たわるユメの棺桶の近くに位牌へと視線を移す。
そこには、
『夢原 愛子(ゆめはら あいこ)』
と彼女の名前が記されていた。
「やっぱり……」
俺はやっと思い出せたと心の中で呟いた。この夢(ユメ)物語で唯一現実を見つけ出したのだ。
なぜなら、俺は以前ユメに会っていた。
〜終わり〜