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*2*
* 2話
昔、といっても3年前のことを思い返した。
まだ星が高校に通っていて、僕の隣の家で生活していたときの頃。
「まーもるっ!! おはよ、寝癖がツノみたくなってるよ」
僕の部屋の窓から勝手に入ってきた星は、無邪気な笑顔を僕に向けた。僕はこの笑顔が好きだ。嬉しい、楽しい、そんな感情が顔に真っ直ぐに表れている星の笑顔が。
僕はワイシャツに袖を通しながら、おはよ、と応える。
「いつも言うけど、いくらとなりだからって窓から行き来するのはどうかと思うよ。危ないし、やめた方が――」
僕の部屋は2階にあって、星の家の両親の寝室の窓と向い合っている。毎朝、星はそこから行き来するのだが、落ちたりしたらひとたまりもない。そう思って注意しようとしたのも空しく、遮られてしまった。
「いーの、いーのだいじょぶ!! それより、今日の朝ごはんは何かなぁ?」
星の両親は離婚調停中で家に居ない。2人とも愛人のところで生活しているらしい。星は家で、ひとりぼっちだ。なので、朝と夜のご飯は僕の家で食べる。
「待って、僕も行く」
ボタンの掛け違えを直しつつ、慌てて後をついていく。
慣れた様子で階段を下りて、リビングのドアを開く。
「おはよーございまーす!! おっ、今日はオムレツ! おばさんのオムレツ大好きっ」
ちなみに僕の両親は健在で、今日も暑苦しいほどに仲が良い。
三人家族ということを忘れるくらいに、星は僕の家に溶け親しんでいた。専用の茶碗と箸、歯ブラシと洋服タンスまである始末だ。
「おはよう、星ちゃん。今日も窓から入ったのね?」
母さんが怪しんだ目で、笑う。決して若くはないが、時折僕と同い年のような表情をみせる、若々しい母親だ。料理が上手で、毎食とても美味しい。
「あっ……へへっ、バレちゃった?」
「星、危ないからやめなさいと何度言ったらわかるんだ」
これは僕の父さん。自分の娘のように星を可愛がっていて、最近なんかは僕より星の心配ばかりしている。厳しいけれど、家族思いの良い父さんだ。
「でも、大丈夫だって。ほら、脚長いし!!」
「……星」
冗談を軽くスルーされて、しょげた顔をするが、突然顔に笑顔が咲いた。
「やっぱり、大丈夫だよ、お父さん」
どこからそんな自信がくるのだ、と思いつつオムレツを頬張る。ん、今日はちょっと甘いかも。
「だって、衛が責任とってくれるから!!」
「まあ!!」
「ブッ……。なんで僕……?」
突然名前が出た驚きと、怪我した星の責任を僕が取らなきゃいけないことへの驚きで吹き出してしまう。
「ちょっと、衛……汚いわよ」
「なんでって、だってわたし衛しか男友達いないし。てか、え……ずっとそのつもりでいたんだけど、え、衛は違うの?」
違うの、って何が違うんだ。僕がなんだって、責任取るって?
「いやだよ、小学生じゃないから保険効かなくて、治療費高いし。大腿骨なんか折っちゃったら、一生介護でしょ? 介護はしたくないし……」
「………………」
「………………」
「………………」
「…………ん、え? なんか変なこと言った、僕?」
「衛の馬鹿……」
星が呆れたようにぼそっとつぶやく。僕はショックを受けて、両親に同意を求める。
「えっ……だってそうじゃん、ねぇ?」
ぼーっとした顔をした二人は、顔を見合わせて、それから
「馬鹿よ」
「馬鹿だな」
今日は朝から散々だ。